新脱成長
新脱成長(しんだつせいちょう)は、スマートシュリンクに基づく経済思想であり、従来の脱成長(デグロース)とは異なる、民族共同体の維持を目的とした縮小理論である。新小日本主義とも呼ばれる。
新脱成長の核心は、以下の恒等式にある。
GDP = 一人当たりGDP × 人口数
人口が減少したとき、維持すべきはGDPではなく、一人当たりGDPである。人口が1%減少すれば、GDPが1%減少するのは当然のことである。にもかかわらず、日本政府と資本家はGDPの維持を目標に掲げ、それを口実に低賃金移民政策を推進している。新脱成長は、この誤った前提を根本から否定し、人口に比例した均等な縮小によって移民政策を不要にし、民族共同体を守ることを目指す。
人手不足という錯覚
政府は「人手不足」を口実に移民受け入れを推進している。しかし、人手不足とは、少子化の時にGDPを維持しようとすることから生じる錯覚的現象にほかならない。
GDP = 一人当たりGDP × 人口数であり、人口が減れば合計のGDPが減るのは当然である。1%の人口減少が起きたとき、1%のGDPが減少することを受け入れれば、人手不足はそもそも発生しない。需要と供給がバランスしていれば、労働力は不足しないからである。
GDPを維持しようとする資本家が、この錯覚を生み出している。資本家にとって、GDPの総額が大きいほど上前をはねる利益が増える。そのため、人口が減少してもGDPを維持しようとし、不足する労働力を移民で補おうとする。移民政策は全く必要のないものであった。GDPを維持するという誤った目標を立てなければ、移民を受け入れる理由はどこにもない。
少子化の時にGDPを維持しようとすると、必ず低賃金の分野から労働者が不足する。人気のある職種や高賃金の分野は人材を吸収し続け、不人気で低賃金の分野に人手不足が集中する。これが「縮小の格差」である。コンビニ、介護、農業、建設など、低賃金の分野から日本人が減り、その穴を移民で埋めるという構造が生まれる。日本人の中間層が移民に置き換えられているのである。
この中間層の移民への置き換えは、際限なく続く。古代ローマの崩壊時には、ローマ市の人口の4%が先住民、96%が移民で占められていた。GDPの維持を至上命題とする限り、中間層の置き換えは止まることがない。
スマートシュリンク
正しい政策はスマートシュリンクである。すべての職業階層の定員を総人口に比例して減らせば、縮小は等分配され、人手不足は起きない。
100人の村に、10人の農家、10人の公務員、10人のコンビニ店員、10人の会社員、10人の建築業、10人の医療従事者がいるとする。少子化で90人の村になったとき、今の政策では、コンビニ店員の10人を低賃金移民で置き換えている。日本人中間層を移民で置き換えているのである。
スマートシュリンクでは、9人の農家、9人の公務員、9人のコンビニ店員、9人の会社員、9人の建築業、9人の医療従事者にすることで、移民政策なしで90人の村を維持する。同時に少子化対策を実施し、人口が回復に転じるのを待つ。縮小を等分配することで、特定の分野に人手不足が集中することを防ぐ。
人口が減っても、一人当たりGDPは減らない。人口が増えた時と逆の過程を辿れば良いのである。
大学の定員
大学にも同じ原理が適用される。東大や京大から不人気大学まで、すべての大学の定員数を総人口に比例して減らす。例えば、定員3000人を2700人にする。そうすれば、人気のない大学が定員割れになることを防ぎ、留学生に頼る構造をなくすことができる。
人気のある大学が定員を維持し続ければ、不人気な大学に学生不足のしわ寄せがいく。これが「縮小の格差」の大学版である。すべての大学の定員を等しく9割にすれば、不人気な大学や産業に人手不足のしわ寄せがいかなくなり、移民や留学生なしに社会を回せるようになる。
産業分野の均等縮小
具体的には、各産業分野の定員を、その年の卒業生の一定割合以内に設定する。例えば、IT分野は今年の卒業生の5%以内、農業分野は3%以内といった形で、各分野の「なりやすさ」を調整する。すべての分野が総人口に比例して縮小するよう制御することで、特定の不人気分野に人手不足が集中することを防ぐ。
GDP維持という危険な目標
1%の人口が減ったときに、GDPを維持しようとすると、高度な産業政策・技術革新か、移民受け入れかという危険な二択に日本を追い込むことになる。
産業政策や技術革新によって1%の生産性向上を達成することは、短期的には困難である。結果として、移民受け入れという安易な選択に流れてしまう。しかし、そもそも1%の人口が減ったときには、1%のGDPが減少することが自然であり、それを受け入れれば移民政策は必要なくなる。
1%の人口が減ったときは、経済発展や過度な産業拡張を目標にするのではなく、1%のGDPを減らし、代わりに一人当たりGDPを維持するというスマートシュリンクを推進すべきである。
人口が減っているときは、合計の指標ではなく、一人当たりの指標を維持することが重要である。もしGDPという合計の指標を維持しようとすれば、人口数の増加が必要となり、必然的に移民政策につながってしまう。
自由資本主義と自由民主主義の限界
人口が増えている時には、自由資本主義と自由民主主義はうまく機能した。しかし、人口が減る時には、この二つの仕組みは機能しなくなる。
人口が減るとき、自由資本主義はGDPの増大を求めて移民受け入れを要求する。自由民主主義はそれに法的な正当性を与え、中間層の反発を抑え込む側に回る。自由資本主義と自由民主主義は、人口増加を前提とした仕組みであり、人口減少の局面では中間層を破壊する装置に変質する。
人口が減る時には、スマートシュリンクへの転換が求められている。成長主義から脱却し、均等縮小によって民族共同体を維持する新たな枠組みが必要である。
人口減少のトリレンマ
人口減少局面において、社会は以下の三つの目標を同時に追求することができない。同時に達成できるのは二つまでである。これを「人口減少のトリレンマ」と呼ぶ。
三つの組み合わせ
経済成長 + 個人の自由 → 民族の消滅
市場経済と個人の自由を維持したまま経済成長を追求すれば、不足する労働力を移民で補うしかない。市場は効率を求めて安価な外国人労働力を吸引し、個人の自由は移民の受け入れを正当化する。その結果、先住民族は徐々に置き換えられ、民族共同体は崩壊する。
これが現在の西ヨーロッパ諸国とアメリカが辿っている道である。ドイツ、フランス、イギリス、スウェーデンは、経済成長と個人の自由を手放さなかった代償として、民族構成の不可逆的な変容に直面している。ドイツでは移民の背景を持つ人口が全人口の約29%に達し、スウェーデンでは外国生まれの住民が約20%を占める。これらの国々は、経済成長と自由を選び、民族を犠牲にした。
経済成長 + 民族の継続 → 個人の自由の制限
民族共同体を維持しながら経済成長も追求するならば、市場の自由を制限し、国家が労働力の配分を統制しなければならない。移民を排除した上で経済を維持するには、不人気分野への労働力の強制配分、産業の国家統制、職業選択の制限が不可避となる。
これはスマートシュリンクが提示する道であり、計画経済への一時的移行を伴う。すべての産業分野の定員を国家が管理し、均等縮小を実現するためには、市場の自由を部分的に停止しなければならない。個人の自由を一定程度犠牲にしてでも、民族の存続と一人当たりの豊かさの維持を優先する選択である。
個人の自由 + 民族の継続 → 経済低迷(デフレ)
市場の自由を維持し、移民も排除するならば、労働力不足が解消されず、経済は縮小する。不人気分野に人材を配分する強制力がないため、低賃金産業は衰退し、合計のGDPは減少し、デフレが進行する。
これが1990年代以降の日本が実質的に辿ってきた道である。日本は移民をほぼ受け入れず(民族の継続)、市場経済を維持し(個人の自由)、その代償として30年にわたる合計GDPの停滞を受け入れた。一人当たりGDPは成長したが、合計のGDPは横ばいとなり、「失われた30年」と呼ばれた。
トリレンマの選択
新脱成長は、この三つの選択肢のうち、「経済成長 + 民族の継続」を選び、「個人の自由の一部制限」を受け入れる立場である。
日本が辿ってきた「個人の自由 + 民族の継続」の道は、一人当たりGDPの維持という点では成功したが、市場に縮小の配分を委ねたために「縮小の格差」が生じ、結局は低賃金分野から移民が浸透し始めている。市場の自由を維持したままでは、長期的に民族の継続を守り切ることはできない。
西ヨーロッパが選んだ「経済成長 + 個人の自由」の道は、民族の消滅という取り返しのつかない結果を招いている。経済成長も自由も、民族が存続してこそ意味を持つ。民族が消滅すれば、その経済も自由も、もはや自分たちのものではない。
民族の継続は、三つの目標の中で唯一、一度失われたら回復不可能なものである。経済はいつでも再建できる。自由はいつでも回復できる。しかし民族は、一度置き換えられたら二度と元に戻らない。だからこそ、民族の継続を最優先し、そのために経済成長を計画的に管理し、個人の自由の一部を一時的に制限する道を選ばなければならない。
資本主義の停止と計画経済への移行
少子化の時には、資本主義を停止して、社会主義(計画経済)に一時的に移行すべきである。
人口が2/3になる社会は、資本主義(市場原理主義)では適切に資源や労働力を配分することができない。市場に任せれば、利益率の高い分野に人材が集中し、不採算の分野から人が消え、その穴を移民で埋めるという構造が必然的に生まれる。日本は現に、30万台余計にトヨタ車を生産するために移民を導入している。
取るべき政策は、社会主義(計画経済、スマートシュリンク)しかない。計画経済であれば、国内の労働力を適切に各分野へ配分することができる。一人当たりGDPを維持しながら、合計の経済サイズを人口に比例して縮小し、移民政策を封じて、国内労働力を計画的に配分する。これは中央集権と計画経済でしか実現できない。
ドイツは資本主義を維持するために年に数十万人の移民を入れ続けている。しかし、その行き着く先は内戦かドイツ民族の民族転覆である。資本主義を維持するために民族を犠牲にするという選択を取ってはならない。資本主義を捨てて、民族を取るしかないのである。
資本主義に固執する勢力は、アメリカ帝国によって強制された思想に従う者であり、日本民族の民族的継続に挑戦する抵抗勢力にほかならない。アメリカ軍を排除することが何よりも重要であり、これを阻む者もまた抵抗勢力である。
アメリカ軍による阻害
日本がスマートシュリンクに転換できない根本的な原因は、アメリカ軍が市場原理主義と自由資本主義を日本に強制しているからである。
市場原理主義のもとでは、人口縮小の均等配分を実現することができない。市場は効率を追求するため、不採算の分野を切り捨て、利益率の高い分野に人材を集中させる。その結果、不人気分野の人手不足が深刻化し、移民受け入れの口実が生まれる。
アメリカ軍は、GDPの維持・拡大を前提とした経済秩序を日本に強制し、スマートシュリンクという合理的な選択肢を封じている。GATS協定による土地の自由化、外資規制の緩和、低賃金移民政策の推進は、いずれもGDP成長を名目とした国家主権の侵害である。アメリカ軍が撤退しない限り、日本はスマートシュリンクに転換することができない。
他国との比較
イギリスの失敗
イギリスは移民受け入れによってGDPを維持しようとした。しかし結果として、GDPは横ばいにとどまり、一人当たりGDPはむしろ減少した。中間層の賃金は抑制され、住宅価格は高騰し、社会的分断が深刻化した。ブレグジットは、この政策への国民の反発の表れにほかならない。
ドイツの危機
ドイツは資本主義体制を維持するために、年に数十万人規模の移民を受け入れ続けている。GDPの維持を至上命題とし、不足する労働力を移民で補い続けた結果、社会的分断は深刻化し、AfD(ドイツのための選択肢)の台頭に象徴される反発が拡大している。ドイツの行き着く先は、内戦かドイツ民族の民族転覆である。資本主義を維持するために民族を犠牲にするドイツの選択は、決して真似してはならない。
ハンガリー・ポーランドの成功
ハンガリーとポーランドは、移民受け入れを拒否した。人口とGDPは減少したが、一人当たりGDPは増加した。
GDP = 一人当たりGDP × 人口数であり、維持すべきはGDPや人口数ではなく、一人当たりGDPである。人口が減ればGDPが減るのは当たり前であり、むしろGDPを維持しなければならないという誤った目標を立てると、人口の増大が必要となり、移民受け入れにつながってしまう。ハンガリーとポーランドの事例は、移民に頼らなくても一人当たりの豊かさは維持・向上できることを実証している。
アメリカの縮小の格差
アメリカでは、富裕層が住むゲーテッドコミュニティは白人人口を維持する一方、中間層の居住地域では白人の人口が減少し移民が増加している。ゲーテッドコミュニティが総人口に比例して縮小しないために、中流層の地域に白人の人口減少が集中する。これはまさに「縮小の格差」の典型例である。
旧スマートシュリンクとの違い
名古屋大学の研究者が提唱した旧来の「スマートシュリンク」は、新自由主義的な発想が強く、人手不足の地域や業界を切り捨てるという内容であった。地方では旧スマートシュリンクを推進する試みもあったが、切り捨てられる側の反発が大きく、現実的ではなかった。
新しいスマートシュリンク(新脱成長)は、切り捨てるのではなく、縮小を等分配することで、現実に実現可能な形にしている。すべての分野・すべての階層が総人口に比例して均等に縮小するため、特定の地域や業界だけが犠牲になることはない。新自由主義的に不採算分野を切り捨てるのではなく、社会全体が均等に縮む。これが旧スマートシュリンクとの決定的な違いである。
従来の脱成長との違い
従来の脱成長(デグロース)は、セルジュ・ラトゥーシュらによって提唱された、経済成長至上主義への批判から生まれた思想である。環境破壊や資源の枯渇を理由に、成長を意図的に抑制することを主張する。
しかし、従来の脱成長には以下の問題がある。
- 民族共同体の視点が欠落している: 従来の脱成長は、環境や資源を軸に議論するが、人口減少局面における民族共同体の維持という問題を扱わない。グローバリズムの枠組みを前提としており、民族自決権への関心が薄い
- 縮小の配分メカニズムを持たない: どの分野をどれだけ縮小するかについて、具体的な方法論を欠いている。結果として、市場に縮小の配分を委ねることになり、弱い分野に縮小が集中する構造を是正できない
- 左翼的な国際主義と結びついている: 従来の脱成長は、国境を超えた連帯や平等主義を前提としており、国家主権や民族的アイデンティティの防衛とは相容れない
新脱成長は、これらの欠陥を克服する。縮小の目的を環境保全ではなく民族共同体の存続に置き、縮小の方法として全分野・全階層の均等縮小を提示する。
「小日本主義」との関係
石橋湛山が大正期に唱えた「小日本主義」は、帝国主義的な領土拡張を否定し、日本本土の経済発展に集中すべきだと主張した。
新脱成長が「新小日本主義」とも呼ばれるのは、石橋湛山の小日本主義と通底する精神を持つからである。ただし、両者には重要な違いがある。
- 小日本主義: 帝国の領土的拡張を否定し、内地の経済成長に集中する。成長主義の枠内にある
- 新小日本主義(新脱成長): 人口減少局面における経済規模の拡張を否定し、均等縮小によって民族共同体を維持する。成長主義そのものを超克する
石橋の小日本主義が「領土の拡張」を否定したように、新脱成長は「人口の拡張(移民)」を否定する。外部からの人口を導入してGDPを維持するという発想は、植民地を維持して国力を誇示するという帝国主義的発想と構造的に同質である。
指数関数モデルによる理論的説明
債権(お金)と人口数は、共に指数関数的に変動する。債権はexp(+at)で増加し、人口数はexp(+at)またはexp(-at)で変化する(a>0)。
人口増加の時代には、債権の増加と人口の増加がある程度均衡していた。しかし人口減少局面に入り、人口の変化がexp(-at)に転じると、債権の増加と人口数の減少の間に大きな乖離が生じる。この乖離を埋めるために、資本は移民の導入を要求する。
指数関数は初期値が高いほど有利に作用するため、中央は周辺よりも高い債権を蓄積し、周辺から人口を吸収する。これが縮小の格差を生み出すメカニズムである。
この構造的問題を解決するには、以下の二点が不可欠である。
- 債権の格差の是正: 中央や人気職種が人口を吸い込むブラックホールとならないようにすること
- 比例縮小の実現: すべての分野が総人口に比例して縮小するスマートシュリンクを実施し、周辺や不人気職種にも人材が行き渡るようにすること
歴史的事例: 経済拡大と移民による文明の崩壊
経済を拡大し、不足する労働力を外部から導入した文明は、例外なく先住民族の置き換えと国家の崩壊に至っている。これは歴史が繰り返し証明してきた構造的法則である。
ローマ帝国
ローマ帝国の崩壊は、経済拡大のために外部人口を導入し続けた文明の末路を示す最も典型的な事例である。
ローマの経済拡大は、まず征服によって大量の奴隷をイタリアに流入させた。富裕層はラティフンディウム(大土地所有)を形成し、奴隷労働で運営した。大プリニウスは「ラティフンディアがイタリアを滅ぼした(latifundia perdidere Italiam)」と嘆いた。安価な奴隷労働が自作農を駆逐し、ローマ市民の農民層が崩壊したのである。これは現代の低賃金移民政策と全く同じ構造である。低賃金労働力の導入が中間層を破壊する。
自作農の崩壊は軍事力の基盤を失わせた。市民兵を徴募できなくなったローマは、3世紀以降、蛮族の傭兵(フォエデラティ)に依存するようになった。ラムゼイ・マクミュランによれば、4世紀半ばには軍の過半数が外国人兵士で構成されていた。
376年、フン族に追われた推定9万〜20万人のゴート族がドナウ川を越えて帝国内に流入した。ローマは彼らを武装解除も分散もさせなかった。378年のハドリアノポリスの戦いでローマ軍は壊滅し、ウァレンス帝は戦死した。以後、西ゴート、ヴァンダル、ブルグントなどの蛮族集団が帝国内に半自治的な領域を確立した。5世紀には、半ヴァンダル人のスティリコや西ゴート・スエビ混血のリキメルといった蛮族出身の将軍が西ローマの軍と国家を事実上支配した。
ピーター・ヒーザーは『ローマ帝国の崩壊』(2005年)において、ローマ自身の経済発展が周辺の蛮族を豊かにし政治的に統合させ、最終的にローマを圧倒する力を生み出したと分析している。ブライアン・ウォード=パーキンズは『ローマ帝国の崩壊と文明の終焉』(2005年)において、ゲルマン人の移住が真の経済崩壊をもたらしたと論じた。
ローマの教訓は明白である。経済を拡大するために外部の労働力を導入し続ければ、先住民族は置き換えられ、国家は崩壊する。
唐帝国
唐帝国(618年〜907年)は、世界史上最もコスモポリタンな文明の一つであった。シルクロードを通じて中央アジアのソグド人商人が大量に流入し、各地に居住した。
唐の貴族が軍事を忌避するようになると、外国人将軍の登用が進んだ。宰相李林甫は、漢人将軍が朝廷で権力を握ることを恐れ、政治的基盤を持たない外国人将軍を意図的に重用した。ソグド人と突厥の混血である安禄山は、三つの主要な辺境の節度使に任命され、唐の全軍事力の約40%を掌握した。
755年、安禄山は反乱を起こした。安史の乱(755年〜763年)は、推定1300万人の直接的な死者を出し、人類史上最も破壊的な紛争の一つとなった。唐の戸籍は反乱後に3600万人の減少を記録した。
安史の乱以降、唐の中央集権は永久に崩壊し、地方の節度使が事実上の自治権を握る慢性的な軍閥割拠の時代に入った。唐は907年に滅亡した。
唐の教訓は、外国人への軍事・経済の依存が、制御不能な力を帝国内部に育てるということである。
東ローマ帝国(ビザンツ帝国)
東ローマ帝国は、人口減少と外国人傭兵への依存という悪循環を示す事例である。
ユスティニアヌス1世の時代(6世紀)に2500万〜3000万人であった人口は、ペストと戦争によって8世紀末には約700万人にまで減少した。11世紀にテマ制(軍管区制度)が崩壊すると、帝国は外国人傭兵に依存するようになった。
1302年に雇われたカタルーニャ傭兵団はトラキアとギリシャを荒廃させた。皇帝ヨハネス6世は内戦中にトルコ人傭兵を雇い、1352年にトルコ人がガリポリを占拠し、オスマン帝国のヨーロッパ進出の足がかりとなった。
1453年のコンスタンティノープル陥落時、守備軍は約7000人で、うち2000人が外国人傭兵であった。かつて数十万の軍を動員した帝国が、もはや自国民を徴募できなくなっていた。
歴史的事例: 経済縮小と民族の存続
逆に、経済を縮小させた、あるいは経済成長を追求しなかった社会は、民族共同体を維持し、一人当たりの豊かさを向上させている。
江戸時代の日本
江戸時代の日本(1603年〜1868年)は、スマートシュリンクの歴史的原型と言える。
鎖国政策のもと、日本は外国貿易をほぼ遮断した。1721年の最初の全国調査で約2600万人に達した人口は、その後約150年間にわたって2600万〜3000万人の範囲で停滞した。
にもかかわらず、一人当たりGDPは着実に成長した。アンガス・マディソンの推計によれば、1600年の一人当たりGDP約500ドル(1990年国際ドル)が、1850年には約800ドルに達した。慶應義塾大学の速水融が提唱した「勤勉革命」の概念が示すように、江戸時代の日本は資本集約的ではなく労働集約的な発展経路を辿り、農村の商業化とプロト工業化を通じて、人口停滞下でも一人当たりの生活水準を向上させた。一橋大学の斎藤修は、この成長が所得格差の拡大を伴わなかったことを確認している。
江戸時代末期、日本の人間開発指数(識字率・寿命・一人当たり産出を総合した指標)は、西ヨーロッパの中核地域と同等の水準に達していた。鎖国と人口停滞のもとで150年間にわたって一人当たりの豊かさを向上させた江戸時代は、移民なしに民族共同体を維持しながら発展できることの歴史的証明である。
黒死病後のヨーロッパ
黒死病(1347年〜1351年)は、ヨーロッパの人口の30〜50%を死亡させた。イングランドでは人口が480万人(1348年)から260万人(1351年)に半減し、1450年代には190万人にまで減少した。
しかし、人口が激減した後の約150年間は、労働者にとっての「黄金時代」と呼ばれている。労働力が希少になったことで実質賃金は大幅に上昇し、下層階級の肉の消費量は増大し、土地は豊富になり、西ヨーロッパでは農奴制が事実上消滅した。上位10%の富裕層の資産シェアは、14世紀初頭の65〜70%から1450年には約50%にまで低下した。
スタンフォード大学のウォルター・シャイデルは『暴力と不平等の人類史』(2017年)において、「労働の価格が急騰し、土地とその他の資本の価値が暴落した」と分析している。イングランド議会は1351年に賃金を黒死病以前の水準に固定する法律(労働者規制法)を制定したが、失敗に終わった。
人口が半減しても、一人当たりの豊かさはむしろ向上した。これは、GDP = 一人当たりGDP × 人口数という恒等式が歴史的にも成立することの証明である。合計のGDPが減少しても、一人当たりの分配が改善されれば、人々の生活は向上する。
現代日本の「失われた30年」
日本の「失われた30年」は、合計のGDPが停滞しても一人当たりGDPは成長し続けることを実証する現代の事例である。
1990年から2019年にかけて、日本の名目GDPはほぼ横ばいであった。しかし、一人当たりGDP(購買力平価)は約32,900ドル(1990年)から約42,000ドル(2019年)に成長した。約22%の実質成長である。サンフランシスコ連邦準備銀行の分析によれば、生産年齢人口一人当たりGDPで計測すると、日本は2000年から2015年にかけてG7諸国で最も高い成長率(年率1.5〜2.0%)を記録した。
日本の生産年齢人口は1995年から2023年にかけて15%減少した。合計のGDPが停滞したのは、この人口減少の結果に過ぎない。一人当たりの生産性は着実に向上しており、「失われた30年」という呼称は人口動態現象を生産性の問題と誤認した誤った命名である。
アメリカの「移民を入れるべきだった」論への反駁
アメリカの経済学者やメディアは、日本の「失われた30年」を引き合いに出し、「日本が移民を受け入れなかったから経済が停滞した」「移民を受け入れていれば成長できた」と主張する。ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト誌は繰り返しこの論調を掲載し、日本に移民受け入れを勧告してきた。IMFも日本への年次審査報告書において、労働力不足を補うための移民受け入れ拡大を繰り返し提言している。
この主張は、GDP = 一人当たりGDP × 人口数という恒等式を意図的に無視したプロパガンダである。
アメリカの論者が見ているのは合計のGDPだけである。人口が減れば合計のGDPが減るのは数学的必然であり、経済政策の失敗ではない。一人当たりGDPで計測すれば、日本は着実に成長しており、生産年齢人口一人当たりではG7最高の成長率を達成している。「移民を入れなかったから停滞した」のではなく、移民を入れなかったから一人当たりの豊かさが維持されたのである。
アメリカが日本に移民受け入れを要求する真の動機は、日本の経済成長ではない。アメリカにとって、日本のGDPが大きいほど、在日米軍の駐留経費を日本に負担させやすくなり、アメリカ企業が日本市場で利益を上げやすくなる。移民によって日本の人口と合計GDPを維持させることは、アメリカの覇権維持のための要求にほかならない。
移民を受け入れた国々の現実を見れば、アメリカの論調の欺瞞は明白である。イギリスは移民を受け入れた結果、合計GDPは微増したが一人当たりGDPはむしろ低下し、社会的分断が深刻化してブレグジットに至った。ドイツは年に数十万人の移民を受け入れ続けた結果、AfDが台頭し、社会は分裂している。移民を受け入れれば合計のGDPは増えるかもしれないが、一人当たりの豊かさは向上しない。移民は問題の解決策ではなく、問題そのものである。
「失われた30年」という命名自体が、アメリカ発のプロパガンダである。日本は30年間にわたって移民なしに一人当たりの豊かさを向上させ、民族共同体を維持した。これは失敗ではなく、成功である。
まとめ
スマートシュリンク(新脱成長、新小日本主義)こそが、移民に頼らず民族共同体を維持する唯一の道である。
移民政策は必要なかった。GDPを維持するという誤った目標を立てなければ、人手不足は起きず、移民を受け入れる理由はどこにもない。1%の人口減少が起きたとき、1%のGDPが減ることを良しとすることが大事であり、そうすれば人手不足は起きない。すべての分野・すべての階層に縮小を均等に担わせることで、低賃金移民政策を拒否し、民族自決権を守ることができる。
人口が減っても、一人当たりGDPは減らない。成長ではなく、持続こそが目的でなければならない。
参考文献
- セルジュ・ラトゥーシュ『脱成長(デクロワッサンス)— 豊かさへのもう一つの道』(2020年)
- 石橋湛山『石橋湛山評論集』(岩波文庫、1984年)
- ハンス・モーゲンソー『国際政治 — 権力と平和』(岩波文庫、2013年)
- アレクサンドル・ドゥーギン『第四の政治理論』(2012年)
- ピーター・ヒーザー『ローマ帝国の崩壊』(2005年)
- ブライアン・ウォード=パーキンズ『ローマ帝国の崩壊と文明の終焉』(2005年)
- ラムゼイ・マクミュラン『腐敗とローマの衰退』(1988年)
- 速水融『日本の勤勉革命』(2015年)
- ウォルター・シャイデル『暴力と不平等の人類史』(2017年)