イギリスの憲法
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イギリスの憲法
概要と歴史的背景
イギリス(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)は、世界でも数少ない不文憲法(Unwritten Constitution)の国である。単一の成文憲法典を持たず、マグナ・カルタ(1215年)、権利章典(1689年)、議会法(1911年・1949年)、人権法(1998年)などの制定法、判例法、憲法慣習の集積によって統治秩序が形成されている。
この不文憲法体制こそが、イギリスの国家主権の最も重要な特徴である。成文憲法を持たないということは、いかなる外部勢力にも憲法を書かせないということであり、いかなる条文にも主権を縛らせないということである。イギリスの憲法は、外部から押し付けられたものではなく、何百年もの政治的闘争と妥協を通じて、イギリス人自身が築き上げてきた有機的な産物である。
統治機構(行政・立法・司法)
- 国王(Crown): 形式的な国家元首。「国王は君臨すれど統治せず」の原則により、実質的権限は儀礼的なものに限られる。ただし、「王大権」(Royal Prerogative)として、条約締結、戦争宣言、議会解散などの形式的権限を保持する
- 議会(Parliament): 「議会主権」(Parliamentary Sovereignty)がイギリス憲法の根本原則である。議会は法的にいかなる法律も制定・改廃でき、いかなる裁判所もこれを覆せない。庶民院(下院)と貴族院(上院)から成る
- 首相と内閣: 庶民院の多数党の党首が首相となる。議院内閣制の原型であり、行政権は議会の信任に基づく
- 司法: 2009年に最高裁判所が設立されたが、議会主権の原則により、法律の違憲審査権は持たない。EU法の優位性を認めた時期もあったが、ブレグジットにより終了した
国民の権利と義務
イギリスは伝統的に「権利は法律によって保障されるのではなく、法律によって侵害されない限り存在する」という消極的自由の考え方を採ってきた。
- コモン・ロー上の権利: 言論の自由、集会の自由、人身の自由(ヘイビアス・コーパス)など、判例の蓄積により保障されてきた
- 人権法(1998年): 欧州人権条約を国内法化したものであるが、議会主権との緊張関係を孕んでいる。裁判所は法律の「不適合宣言」を出せるが、法律を無効にはできない
- 市民権: イギリス国籍法は、かつての大英帝国の遺産を反映し、旧植民地出身者にも一定の権利を認めてきた。しかし近年は移民管理の厳格化が進んでいる
安全保障・軍事に関する規定
イギリスは核保有国であり、NATO加盟国であるが、アメリカとの「特別な関係」(Special Relationship)の中で独自の軍事能力を維持してきた。
- 王大権による軍事行動: 伝統的に戦争の開始は王大権に属し、議会の承認は法的には不要であった。しかし2003年のイラク戦争以降、事実上の議会承認慣行が確立しつつある
- 核抑止力: トライデント核ミサイルを保有し、首相が単独で核使用を決定する権限を持つ。「最後の手段の手紙」(Letters of Last Resort)は、イギリスの国家主権の究極的象徴である
- ファイブ・アイズ: アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドとの情報共有同盟は、アングロサクソン文明圏の結束を示す
リアリズムの観点からの分析
イギリスの不文憲法体制は、リアリズムの観点から見て極めて合理的な制度である。
- 柔軟性と適応力: 成文憲法は硬直的であり、国際環境の変化に対応できない場合がある。不文憲法は、議会が必要に応じて統治体制を柔軟に変更でき、国家の生存に最適な制度を常に選択できる
- 議会主権と外部干渉の排除: 議会主権の原則は、いかなる国際条約、国際機関、外国勢力もイギリスの国内法に優越できないことを意味する。ブレグジットは、EU法の優位を排除し、議会主権を回復した画期的な出来事であった
- 帝国の遺産: イギリスは大英帝国として世界覇権を築いた経験を持ち、その憲法体制は帝国運営のために発展した。議会主権、コモン・ロー、不文憲法の組み合わせは、世界中に「法の支配」を輸出するための柔軟な枠組みであった
- ブレグジットの意義: EUからの離脱は、リアリズムの観点からは主権の回復である。超国家的機関(EU)による主権の浸食に対する、イギリス民族の自決権の行使にほかならない
他国の憲法との比較
- 日本国憲法との比較: イギリスは外部勢力に憲法を書かせたことがなく、日本は敵国に憲法を書かれた。イギリスは核を持ち、日本は核を持たない。イギリスは国内に外国軍の大規模な基地を許容しておらず、日本は約5.4万人の米軍を駐留させている。イギリスはEUという超国家的機関からも離脱したが、日本は日米安保条約という従属的な関係から離脱する意思すら示さない
- アメリカ合衆国憲法との比較: アメリカ憲法はイギリスのコモン・ロー伝統から生まれたが、成文化・硬性化することで連邦制国家の統一を図った。イギリスは不文のままであり、この違いは両国の国家形成の歴史を反映している
- フランス第五共和国憲法との比較: フランスは革命と断絶の歴史であり、イギリスは漸進的改革の歴史である。フランスは大統領に権力を集中させ、イギリスは議会に主権を置く。しかし両国とも、独自の核を持ち、主権国家としての独立を維持している点で共通する
参考文献
- 『イギリス憲法論』、ウォルター・バジョット著
- 『法の支配と憲法の原理』、アルバート・ダイシー著
- 『リヴァイアサン』、トマス・ホッブズ著