砂川事件

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{{#seo: |title=砂川事件とは?伊達判決・統治行為論・アメリカ大使館の密約を徹底解説 - 保守ぺディア |description=砂川事件の全容を解説。伊達判決(在日米軍違憲判決)、最高裁の統治行為論、田中耕太郎長官とアメリカ大使館の密約、司法主権の喪失をリアリズムの視点から分析する。 |keywords=砂川事件, 伊達判決, 統治行為論, 田中耕太郎, 在日米軍, 違憲判決, 日米安保条約, 跳躍上告 }}

砂川事件

概要

砂川事件(すながわじけん)は、1957年に東京都砂川町(現・立川市)の米軍立川基地拡張に反対するデモ隊が基地内に立ち入ったとして起訴された刑事事件である。

この事件が日本の憲法史において決定的に重要なのは、以下の三つの点においてである。

  1. 伊達判決(1959年3月30日): 東京地裁の伊達秋雄裁判長が、在日米軍の駐留は憲法第9条に違反すると判示した。日本の裁判所が在日米軍を違憲と判断した唯一の判決である
  2. 跳躍上告と最高裁判決(1959年12月16日): 検察が高裁を飛び越えて最高裁に直接上告し(跳躍上告)、最高裁大法廷は日米安保条約のような高度に政治的な問題は司法審査の対象外であるとする「統治行為論」を採用して伊達判決を破棄した
  3. 田中耕太郎最高裁長官とアメリカ大使館の密約(2008年公開の米公文書で判明): 最高裁長官がアメリカ大使館関係者に裁判の見通しを事前に漏洩していたことが明らかになった。日本の司法主権がアメリカによって侵害されていた決定的証拠である

砂川事件は、日本の司法がアメリカの軍事的プレゼンスを審査する能力も意思も持たないことを確定させた事件であり、法の支配が在日米軍の前では機能しないことを証明した。

事件の経緯

米軍基地拡張反対運動

1955年、アメリカ軍は立川基地の滑走路延長を日本政府に要請した。砂川町では農地の強制収用に対する反対運動が激化し、「砂川闘争」と呼ばれる大規模な反対運動が展開された。

1957年7月8日、測量のために基地拡張予定地に入った調査隊に対し、反対派のデモ隊の一部が基地のフェンスを越えて立ち入った。7名が刑事特別法第2条(施設又は区域を侵す罪)違反で起訴された。

伊達判決(東京地裁)

1959年3月30日、東京地方裁判所の伊達秋雄裁判長は、被告人全員に無罪判決を言い渡した。

伊達判決の論理は以下の通りである。

  1. 憲法第9条第2項は「戦力」の保持を禁止している
  2. 在日米軍は日本の「指揮権の有無、についてはともかく」、日本に駐留する「戦力」にあたる
  3. したがって在日米軍の駐留を許容する日米安全保障条約は憲法第9条第2項に違反する
  4. 刑事特別法の前提となる米軍駐留が違憲である以上、同法による処罰は許されない

在日米軍そのものを違憲とした判決は、日本の司法史上、この伊達判決が唯一である。

跳躍上告

通常の刑事裁判であれば、検察は高等裁判所に控訴する。しかし検察は、刑事訴訟法第406条に基づく跳躍上告(高裁を飛ばして最高裁に直接上告)を行った。

跳躍上告は極めて異例の手続きであり、検察がこれを選択した理由は、在日米軍の違憲判決を一刻も早く覆す必要があったからにほかならない。高裁での審理を経れば数年を要する。その間、在日米軍の合法性に疑義が付されたままとなる。アメリカ政府にとって、これは許容できない状況であった。

アメリカ大使館の介入

2008年以降に機密解除されたアメリカの公文書により、以下の事実が明らかになった。

マッカーサー駐日大使の動き

伊達判決が出された直後、ダグラス・マッカーサー2世駐日アメリカ大使(マッカーサー元帥の甥)は、藤山愛一郎外務大臣に対し、跳躍上告を行うよう働きかけた。

マッカーサー大使は国務省への公電(1959年3月31日付)で、「日本政府が迅速に跳躍上告を行うことが重要」であると報告している。

田中耕太郎最高裁長官との接触

さらに重大なのは、マッカーサー大使が田中耕太郎最高裁長官と接触し、裁判の見通しについて情報を得ていたことである。

公文書によれば、田中長官は大使館関係者に対し、以下のような情報を伝えていた。

  • 最高裁は全員一致での判決を目指している
  • 審理は迅速に行われる見通しである
  • 伊達判決は覆される方向である

これは三権分立の根本的な破壊である。最高裁長官が係争中の事件について、一方の当事者(アメリカ政府)に裁判の見通しを事前に漏洩したのである。日本の司法の独立は、この時点で崩壊していた。

最高裁判決

1959年12月16日、最高裁大法廷(田中耕太郎長官)は、伊達判決を破棄し、事件を東京地裁に差し戻した。

最高裁判決の論理は以下の通りである。

  1. 憲法第9条は日本が「戦力」を保持することを禁止しているが、在日米軍は日本の「戦力」ではない
  2. 日米安全保障条約のような「高度の政治性を有する」条約については、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外」である(統治行為論)
  3. 日米安保条約は「一見極めて明白に違憲無効」とは認められない

統治行為論の分析

統治行為論とは

統治行為論(政治問題の法理、act of state doctrine)とは、高度に政治的な問題については、裁判所は司法審査を行わないとする法理論である。

砂川事件の最高裁判決は、日本において統治行為論が最も明確に適用された事例である。最高裁は、安保条約の合憲性判断を「主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するもの」と位置づけ、「一見極めて明白に違憲無効」でない限り司法審査の対象外とした。

統治行為論の問題点

統治行為論は、以下の点で深刻な問題を含む。

  • 司法の自己放棄: 憲法の番人たる裁判所が、最も重要な憲法問題(外国軍の駐留の合憲性)について判断を放棄した。これは司法権の自殺行為にほかならない
  • 安保条約の事実上の合憲推定: 「一見極めて明白に違憲無効」という基準は、事実上、安保条約を合憲と推定するに等しい。この基準をクリアすることは実務上ほぼ不可能である
  • アメリカの利益への奉仕: 統治行為論が適用される領域は、在日米軍・安保条約・基地問題など、アメリカの利益に直結する問題に集中している。日本の司法は、アメリカの軍事的プレゼンスに関する問題だけを審査対象から除外した

他国との比較

外国軍駐留の司法審査 備考
日本 審査しない(統治行為論) 砂川事件最高裁判決(1959年)
ドイツ 審査する 連邦憲法裁判所がNATO域外派兵の合憲性を判断(2003年AWACS判決等)
イタリア 審査する 憲法裁判所がNATO関連事項について判断
韓国 審査する 憲法裁判所がイラク派兵の合憲性を判断(2004年)
フィリピン 審査する 最高裁がVFA(訪問軍協定)の合憲性を判断(2009年)

日本だけが、外国軍の駐留について司法審査を行わない。ドイツも韓国も、アメリカ軍の駐留に関連する問題について司法審査を行っている。日本の統治行為論は、法の支配の例外をアメリカの利益のために設けたものである。

リアリズムの観点からの分析

司法主権の喪失

ハンス・モーゲンソーは、主権とは「最高の法的権威」であると定義した。砂川事件は、日本がこの「最高の法的権威」をアメリカに対して行使できないことを証明した。

伊達判決は、日本の司法が在日米軍を違憲と判断する能力を持っていたことを示す。しかし、アメリカ大使館の介入と最高裁長官の密通により、その判断は覆された。以後60年以上にわたり、日本の裁判所は在日米軍の合法性を審査していない。

法の支配は、アメリカの軍事的プレゼンスの前では機能しない。これが砂川事件の教訓である。

田中耕太郎の密約の意味

田中耕太郎最高裁長官がアメリカ大使館に裁判の見通しを漏洩していた事実は、単なるスキャンダルではない。これは日本の三権分立が在日米軍の問題においては形骸化していることの構造的証拠である。

最高裁長官が外国政府と協調して判決を出すのであれば、それはもはや独立した司法ではない。日本の最高裁判所は、在日米軍に関する限り、アメリカの意向を追認する機関に過ぎなかった。

安保条約体制の法的基盤

砂川事件の最高裁判決は、日米安保条約体制の法的基盤を確立した。この判決以降、在日米軍の合憲性が司法の場で争われることはなくなり、日米地位協定を含む安保条約体制は司法的チェックを受けることなく維持されている。

ケネス・ウォルツの構造的リアリズムの観点から見れば、砂川事件は国際システムの圧力が国内の司法制度をどのように変形させるかを示す典型的事例である。アメリカという覇権国の軍事的プレゼンスが、日本の司法の構造を規定しているのである。

砂川事件の現代的意義

2014年、安倍晋三政権は集団的自衛権の行使容認を閣議決定した際、砂川事件の最高裁判決を根拠の一つとして援用した。判決中の「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置」という文言が、集団的自衛権を含むと解釈されたのである。

これは砂川判決の拡大解釈であるが、それ以上に重要なのは、砂川判決そのものが、アメリカ大使館の介入の下で出された判決であるという事実が、集団的自衛権の議論においてほとんど顧みられなかったことである。

汚染された水源から汲んだ水は、どれほど加工しても汚染されている。アメリカの介入の下で出された判決を根拠に、日本の安全保障政策を決定すること自体が、対米従属の構造を再生産する行為にほかならない。

参考文献

  • ハンス・モーゲンソー著『国際政治: 権力と平和』(原著1948年): 主権と法的権威に関する古典的分析
  • ケネス・ウォルツ著『国際政治の理論』(原著1979年): 国際システムの構造が国内制度に及ぼす圧力の分析
  • 布川玲子・新原昭治編『砂川事件と田中最高裁長官: 米解禁文書が明らかにした日本の司法』(日本評論社、2013年): アメリカ公文書に基づく実証研究
  • 江藤淳著『閉された言語空間』(文藝春秋、1989年): 占領期の精神支配と検閲の構造

関連項目