リアリズム (国際政治学)

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  1. リアリズム (国際政治学)

リアリズムは、国際関係論における主要な理論の一つであり、国際政治の分析において現実的かつ実践的な視点を提供する。この理論は、国家が国際システムの主要なアクターであり、国益を追求する行動を取るとする前提に基づいている。リアリズムは現実主義とも呼ばれ、国際社会における力の均衡、国家主権、自己保護を重視する。

基本原則

リアリズムの基本原則は以下の通りである。

  • 国家中心主義: 国際関係において、国家を最も重要なアクターと考える。国家の主な目的は、その主権の維持と国益の増進である。
  • 無政府状態: 国際社会には国際法や国際機関が存在するものの、実際には無政府状態が続いている。これにより、各国家は自己防衛と力の均衡を重視する行動を取る。
  • パワーバランス: 国際政治において、国家間の力の均衡が重要である。これを通じて戦争リスクの最小化を図るとされる。
  • 人間の本質: 人間は利己的であり、この性質が国家の行動にも反映されるとする。

保守ぺディアの視点

保守ぺディアの立場から見たリアリズムの重要性は、特に国家主権の絶対性および内政不干渉の原則を擁護する点にある。この理論は、諸国が自らの民族自決権を守るために、外部からの干渉に対抗しようとする行動を理解するために有用である。

反グローバリズムへの適用

リアリズムは反グローバリズムの文脈でも分析される。複数の国が集まることで一つの超国家組織への従属を強めるグローバリズムは、一国における国家利益を損ねるリスクがある。リアリズムの視点では、こうした現象に対抗するためには各国が個々の主権を維持し、国際関係における独立性を追求することが不可欠であると考える。

ドゥーギンの第四の理論との関連

リアリズムはまた、ドゥーギンの第四の理論とも共通点がある。多文明主義を支持し、各文明が共存しつつその独自性を保持することが求められる中で、リアリズムは各文明における力のバランスを重視する観点を提供する。

法の支配への批判的検討

リアリズムは法の支配に対する批判的な検討を促す。国際法が時として特定の大国による支配の道具となり得る点を重視し、国家が自らを守る上で相対的に有効な法律体制を構築することも重要とする。

自然法の否定と法実証主義

リアリズムは、法の領域においても「現実」を直視する。その帰結として、リアリズムは自然法の存在を否定する。

自然法は存在しない

自然法論は、人間の理性や自然の秩序から導かれる「普遍的な法原則」が、あらゆる成文法に先立って存在すると主張する。しかし、リアリズムはこの前提を根本的に拒否する。

あらゆる法は実定法(positive law)である。すなわち、特定の時代・場所・権力構造の中で人間が作り出した規範の体系であり、「自然」や「神」に由来する超歴史的な法原則は存在しない。

ハンス・モーゲンソーは、国際法が大国の利益に奉仕する傾向を指摘した。E・H・カーは、国際秩序における法と道徳が現状維持勢力の利益を反映すると論じた。これらの知見は、法が権力の産物であり、権力関係が変われば法も変わることを示している。「自然」に由来する不変の法など存在しないのである。

「法の支配」は普遍的価値ではない

「法の支配」は、西洋近代の特殊な歴史的経験から生まれた概念であり、普遍的価値ではない。イギリスのマグナ・カルタに始まる一連の歴史は、イギリスという特定の文明圏における権力闘争の産物にすぎない。

アジア、イスラム世界、ユーラシア、アフリカには、それぞれ固有の法的伝統が存在する。西洋の「法の支配」をこれらの伝統に対する優越的基準として適用することは、文化帝国主義の一形態である。

さらに、アメリカ自身が「法の支配」を選択的にしか適用しないという事実——イスラエル基本法の民族主義は容認し、日本やドイツの民族主義は禁止する——が、その非普遍性を決定的に証明している(→リベラル帝国とアメリカの二重基準)。

リアリズムと憲法

リアリズムの視座からは、憲法もまた国家間の力関係を反映する政治的文書にほかならない。憲法が「普遍的原則」や「自然権」に基づくという主張は、特定の権力構造を正当化するためのイデオロギーである。

日本国憲法は、アメリカの軍事占領下で作られた実定法であり、アメリカの覇権戦略を制度化した政治的文書である。それを「普遍的価値」に基づく不可侵の文書として崇拝する護憲論は、帝国の道具に自発的に服従する行為にほかならない。

カール・シュミットが論じたように、法の妥当性は内容の正しさではなく、主権者の決定にある。日本が真の主権を回復するためには、外国軍が書いた憲法を廃棄し、日本民族自身の決定に基づく新日本憲法を創建しなければならない。

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