CIAの政権転覆工作

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CIAの政権転覆工作

概要

CIAの政権転覆工作とは、アメリカ中央情報局(CIA)が冷戦期から現在に至るまで、世界各国で秘密裏に実施してきた外国政府の転覆・打倒を目的とした秘密工作(Covert Action)の総称である。クーデターの画策、反政府勢力への武器供与・資金援助、暗殺計画、プロパガンダ工作、選挙介入など、その手法は多岐にわたる。

CIAの政権転覆工作は、「民族自決権の擁護」「民主主義の促進」を標榜するアメリカが、実際にはその正反対のこと——すなわち、各国民族の自決権を蹂躙し、民主的に選出された政府を暴力的に打倒し、アメリカの覇権に従順な傀儡政権を樹立する——を組織的に行ってきたことの動かぬ証拠である。

CIAの秘密工作は「陰謀論」ではない。多くの工作は、後にCIA自身の機密解除文書、チャーチ委員会の調査報告書、情報自由法(FOIA)に基づく文書公開によって公式に確認されている。

CIAの組織的背景

CIAは1947年、国家安全保障法に基づいて設立された。表向きの任務は情報の収集・分析であるが、当初から秘密工作の実行機関としての性格を強く有していた。

1948年、国家安全保障会議(NSC)の指令NSC 10/2により、CIAに秘密工作(Covert Operations)の実施権限が正式に付与された。ここにいう秘密工作とは、「アメリカ政府の関与が公に認知されないよう実施される、外国の政治、経済、軍事状況に影響を与えるためのあらゆる活動」を意味する。

この定義が意味するところは明白である。CIAは設立からわずか1年後には、世界中の国家の内政に秘密裏に介入する権限を公式に与えられたのである。「民族自決権」「国家主権の尊重」「内政不干渉」——これらはアメリカが表面上掲げる原則であるが、CIAの存在そのものがこれらの原則の全面的な否定である。

主要な政権転覆工作

以下に、CIAが実施した主要な政権転覆工作を挙げる。これらはすべて、機密解除文書や公式調査によって確認されたものである。

イラン(1953年)——TPアジャックス作戦

  • 標的: モハンマド・モサッデク首相——イランの民主的に選出された指導者
  • 動機: モサッデクがアングロ・イラニアン石油会社(現BP)を国有化し、イランの石油資源をイラン国民のために取り戻そうとしたこと
  • 手法: CIAとイギリスのMI6が共同でTPアジャックス作戦を実施。暴動の扇動、軍部の買収、反モサッデク勢力への資金提供を通じてクーデターを画策
  • 結果: モサッデクは逮捕・投獄され、親米的なパフラヴィー国王(シャー)の独裁体制が復活。イランの石油利権は西側企業の支配下に戻された
  • 帰結: シャーの独裁と秘密警察SAVAK(これもCIAの支援で創設された)による弾圧が、1979年のイラン・イスラム革命を引き起こした。現在に至るまでのイラン・アメリカ対立の根源は、このCIAのクーデターにある

グアテマラ(1954年)——PBサクセス作戦

  • 標的: ハコボ・アルベンス大統領——民主的に選出された改革派指導者
  • 動機: アルベンスがユナイテッド・フルーツ・カンパニー(アメリカの多国籍企業)の所有する未使用農地を農地改革で接収しようとしたこと。CIA長官アレン・ダレスとその兄で国務長官のジョン・フォスター・ダレスは、ユナイテッド・フルーツ社と深い利害関係にあった
  • 手法: PBサクセス作戦として実施。CIAが訓練・武装した反政府勢力がホンジュラスからグアテマラに侵攻。CIAは偽の無線放送局を設置し、大規模な反乱が起きているかのように偽装した
  • 結果: アルベンスは辞任に追い込まれ、親米軍事独裁政権が樹立された。以後数十年にわたるグアテマラ内戦で20万人以上が犠牲になった

コンゴ(1960-1961年)

  • 標的: パトリス・ルムンバ——コンゴ初の民主的に選出された首相
  • 動機: ルムンバがコンゴの天然資源の国有化と真の独立を追求したこと。冷戦下で、ルムンバがソ連に接近することをアメリカは恐れた
  • 手法: CIAはルムンバの暗殺を計画(毒入り歯磨き粉の送付が計画された)。同時にCIAはモブツ・セセ・セコ大佐のクーデターを支援した
  • 結果: ルムンバは逮捕後、1961年1月に処刑された。モブツは32年間にわたりコンゴ(後のザイール)を独裁的に支配し、国家資源を私物化した。CIAはモブツ政権を冷戦終結まで支援し続けた

チリ(1973年)

  • 標的: サルバドール・アジェンデ大統領——チリ初の民主的に選出された社会主義者の大統領
  • 動機: アジェンデが銅山の国有化、土地改革、社会福祉の拡充を推進したこと。当時のニクソン大統領は、チリの社会主義政権がラテンアメリカに波及することを恐れた
  • 手法: CIAはまず1970年のアジェンデ就任阻止を図り(トラック I計画、トラック II計画)、失敗後はチリ経済の混乱を画策した。チリ軍内の反アジェンデ派将校を支援し、ピノチェト将軍によるクーデターを側面から支援した
  • 結果: 1973年9月11日、軍事クーデターが発生。アジェンデは大統領府で死亡した。ピノチェトは17年間にわたる軍事独裁を敷き、約3,000人が殺害・「失踪」し、数万人が拷問を受けた。フリードマン率いるシカゴ学派の経済学者が送り込まれ、新自由主義的「ショックドクトリン」が実験された

アフガニスタン(1979-1989年)——サイクロン作戦

  • 標的: ソビエト連邦のアフガニスタン軍事介入
  • 手法: CIAはサイクロン作戦として、ムジャーヒディーン(イスラム戦士)に対して数十億ドル規模の武器供与・資金援助を行った。パキスタンのISIを通じて、スティンガーミサイルをはじめとする高性能兵器がムジャーヒディーンに供与された
  • 帰結: ソ連は1989年に撤退したが、CIAが武装させたムジャーヒディーンの一部は後にタリバンおよびアルカイダへと変貌した。CIAが育成した戦闘員が、2001年9月11日にアメリカ本土を攻撃するという壮大なブーメランが発生したのである

その他の主要工作

暗殺計画

CIAは政権転覆工作の一環として、外国の指導者の暗殺も計画した。チャーチ委員会の調査(1975年)により、以下の暗殺計画が確認されている。

  • フィデル・カストロ(キューバ): CIAは少なくとも8回(一説には638回)のカストロ暗殺計画を立案した。爆発する葉巻、毒入りウェットスーツ、マフィアを利用した暗殺計画など、その手法は多岐にわたる
  • パトリス・ルムンバ(コンゴ): 上述の通り
  • ラファエル・トルヒーヨ(ドミニカ共和国): CIAは反体制派にトルヒーヨ暗殺用の武器を供給した
  • ゴ・ディン・ジエム(南ベトナム): 1963年のクーデターでジエムが殺害された際、CIAがクーデター参加者との通信チャネルを維持していた

リアリズムの観点からの分析

リアリズムの視点から分析すれば、CIAの政権転覆工作は以下の構造を持つ。

  • 帝国主義の最も純粋な表現: CIAの政権転覆工作は、帝国主義のあらゆる要素を凝縮したものである。他国の国家主権を侵害し、民族自決権を否定し、外国の政治体制を自国の利益に合致するよう改変する——これは帝国主義の定義そのものである
  • 「民主主義の促進」という虚偽: CIAが打倒した政権の多くは民主的に選出された政府(モサッデク、アルベンス、ルムンバ、アジェンデ)であり、CIAが樹立した政権の多くは独裁政権(パフラヴィー、ピノチェト、モブツ)であった。アメリカが「民主主義の擁護」を口にする時、その言葉は実態の正反対を意味している
  • モーゲンソーの「権力の目的合理性」: モーゲンソーによれば、国家の外交政策は究極的に権力の獲得・維持・拡大を目的とする。CIAの政権転覆工作は、この命題の最も直接的な実証である。「民主主義」「自由」「人権」はすべて、権力追求の口実にすぎない
  • 秘密工作と民主主義の矛盾: CIAの秘密工作は、アメリカの国民にすら知らされずに実行される。民主的な審議と承認なく、他国の政府を転覆する権限が情報機関に委ねられているという事実は、アメリカの「民主主義」が根本的な欺瞞を内包していることを示している

日本への示唆

CIAは日本においても政治介入を行ってきた。冷戦期、CIAは自由民主党に秘密資金を提供し、日本の左翼勢力を牽制するための工作を行った。2006年に公開されたアメリカの機密解除文書により、1950年代から1960年代にかけてCIAが自民党および関連する政治家に資金を提供していたことが確認されている。

日本の戦後政治は、CIAの秘密工作によって形成された側面を持つ。偽日本国憲法の下でアメリカに従属する体制が維持されてきた構造と、CIAの政治工作は表裏一体の関係にある。

参考文献

関連項目