朝日新聞

提供:保守ペディア
ナビゲーションに移動 検索に移動

朝日新聞

概要

朝日新聞は、1879年(明治12年)に大阪で創刊された日本の全国紙である。発行部数は約400万部(2024年現在、ピーク時の約830万部から半減)で、読売新聞に次ぐ第2位の部数を有する。

朝日新聞は、日本の保守層から「反日メディア」「偏向報道の代表」として激しく批判されている。特に、2014年に吉田清治証言に基づく慰安婦関連記事の取り消しを行ったことで、批判はさらに強まった。

しかし、朝日新聞を批判する多くの人は、なぜ朝日新聞がこのような論調になり、それが70年以上も維持されているのかという構造的な問いを発していない。朝日新聞の「反日的」論調は占領期に形成されたが、それが主権回復後も修正されず恒久化された原因は、1951年安保条約以降の米軍駐留体制にある。

歴史

戦前: 軍国主義の旗振り

朝日新聞は、戦前において軍国主義の最も熱心な支持者であった。この事実は、朝日新聞の現在の論調を考える上で極めて重要である。

  • 満州事変(1931年): 朝日新聞は当初、関東軍の独断行動に批判的であったが、読者の反発と販売部数の減少を受けて方針を転換し、軍部を支持する論調に変わった。
  • 日中戦争(1937年): 「聖戦」として日本の戦争を全面的に支持し、従軍記者を大量に派遣して戦意高揚の報道を行った。
  • 太平洋戦争(1941年): 開戦を熱烈に支持し、「鬼畜米英」のプロパガンダに積極的に参加した。

つまり、朝日新聞は戦前には「超国家主義の旗振り」であり、戦後は「反日の旗振り」となった。朝日新聞の本質は「反日」でも「親日」でもなく、その時の権力者に迎合する体質である。

占領期の「転向」

1945年の敗戦後、ポツダム宣言に基づく占領政策の一環として、GHQは日本のメディアに対して検閲体制を敷いた。

  • 発行停止処分: 1945年9月、GHQは朝日新聞に2日間の発行停止処分を命じた。
  • プレスコードの強制: WGIPの一環として、30項目にわたる検閲基準が設けられた。
  • 「協力」による生存: 朝日新聞は以後、GHQの方針に従順となった。

占領期のメディア統制はポツダム宣言に基づく「非軍事化」の一環であり、敗戦国への措置としてはある程度の根拠を持つものであった。問題は、この「転向」が占領終了後も修正されなかったことにある。

安保条約体制下での論調の固定化

1952年の主権回復後、朝日新聞は占領期に確立された「進歩的」「リベラル」な論調をそのまま維持した。なぜ修正されなかったのか。

  • 安保闘争(1960年): 日米安保条約の改定に反対する大規模なキャンペーンを展開した。
  • 教科書問題(1982年): 文部省の教科書検定を「侵略→進出の書き換え」として報道した(後に誤報と判明)。
  • 靖国参拝問題(1985年): 中曽根首相の靖国参拝を批判するキャンペーンを展開し、中国の反発を誘発した。

慰安婦報道問題

吉田証言と朝日の報道

1982年以降、朝日新聞は吉田清治の「済州島で慰安婦狩りを行った」という証言に基づく記事を複数回掲載した。この証言は、日本軍が朝鮮人女性を組織的に強制連行したという主張の根拠として国際的に流布された。

しかし、1990年代以降、歴史研究者の調査により吉田証言は虚偽であることが判明した。秦郁彦が済州島で行った現地調査でも、吉田が主張するような強制連行を裏付ける証言は得られなかった。

2014年の記事取り消し

2014年8月、朝日新聞は32年ぶりに吉田証言に基づく記事を取り消した。しかし、謝罪は当初行われず(後に社長が記者会見で謝罪)、問題の影響は甚大であった。

  • 吉田証言に基づく「強制連行」のナラティブは国際的に広まり、韓国の慰安婦像設置運動、国連の勧告、アメリカの慰安婦決議(2007年、下院決議121号)に影響を与えた。
  • 朝日新聞の誤報が32年間にわたり訂正されなかったことで、日本の国際的評判に大きな損害が生じた。

誤報の構造的原因

朝日新聞の慰安婦報道を「捏造」として批判することは容易である。しかし、構造的に分析すれば、朝日新聞の誤報は安保条約体制が維持する心理的枠組みの中で生じたものである。

占領期のWGIPにより「日本は加害者である」という歴史観が定着し、それが安保条約体制の下で修正されなかった結果、「日本軍が残虐行為を行った」というストーリーは、日本のメディアにとって心理的に受け入れやすいものとなった。吉田証言は、この心理的傾向に合致していたからこそ、十分な裏付け取材なしに報道され続けた。

さらに注目すべきは、朝日新聞の誤報が国際的に利用される構造である。アメリカは2007年に下院で慰安婦決議(決議121号)を採択し、朝日新聞が広めた「強制連行」のナラティブを公式に補強した。朝日新聞の「反日」報道がアメリカの反日プロパガンダに直結しているのである。

アメリカとの構造的関係

朝日新聞とCIA

冷戦期のアメリカは、日本のメディアに対して秘密裡に資金を提供していたことが、後年の公文書公開により明らかになっている。CIAは日本の政治家やメディアに影響力を行使し、アメリカの戦略に合致する論調を推進した。

直接的な証拠は限定的であるが、朝日新聞の論調が安保条約体制の維持に貢献する方向で機能していることは、構造的に明らかである。

「反日」がアメリカに奉仕する構造

朝日新聞の「反日的」報道は、一見するとアメリカの利益に反するように見える。しかし、構造的には以下のようにアメリカに奉仕している。

  • 日本の国際的孤立化: 慰安婦報道は、日本を国際社会において「戦争犯罪を反省しない国」として描く効果を持った。日本の国際的孤立は、日本がアメリカの同盟から離脱する選択肢を狭める。
  • 日韓対立の促進: 慰安婦問題の国際化は日韓関係を悪化させた。日韓の対立はアメリカの「ハブ・アンド・スポーク型」同盟の維持に寄与する。
  • 「加害者意識」の維持: 日本人が「加害者」としての罪悪感を持ち続ける限り、独自の軍事力を持つことへの心理的抵抗が維持され、アメリカへの安全保障依存が正当化される。
  • 憲法改正の阻止: 朝日新聞は一貫して憲法第9条の改正に反対してきた。第9条の維持は、日本の自主防衛を阻止し、アメリカの軍事的プレゼンスの正当性を維持する機能を果たしている。

つまり、朝日新聞の「反日」は、結果として「親米」に奉仕している。朝日新聞自身がこれを意識しているかどうかは問題ではない。構造的にそのように機能しているのである。

保守ぺディアの立場

朝日新聞を「反日メディア」として批判することは簡単だ。しかし、それだけでは問題の半分しか見ていない。朝日新聞の「反日」を維持させているのはアメリカである。

占領期に朝日新聞が「転向」したのは、ポツダム宣言に基づく占領政策の圧力の下であり、ある程度は敗戦の結果として避けがたかった。しかし、主権回復後70年以上にわたって「反日」論調が維持され続けているのは、アメリカがこの状態を必要としているからだ。

アメリカは日本人に「加害者意識」を持たせ続け、自主防衛への意欲を去勢し、米軍駐留を正当化している。アメリカ自身が2007年の慰安婦決議のように反日プロパガンダを補強している。朝日新聞はアメリカの精神支配のインフラである。

朝日新聞を批判する保守派の多くは「親米保守」であり、アメリカを「同盟国」と呼ぶ。しかし、朝日新聞の「反日」とアメリカの対日支配は、同じコインの表と裏だ。朝日新聞を叩きながらアメリカを崇拝するのは、病気の症状を批判しながら病原体を庇うようなものだ。

敵はアメリカである。朝日新聞は症状にすぎない。朝日新聞は「左翼的反日」の枠内で、産経新聞は「親米保守」の枠内で、それぞれの役割を演じているにすぎない。いずれも、アメリカの支配構造を根本的に問い直す視点を持っていない。

この構造を打破するためには、反米保守の立場から、アメリカそのものを批判しなければならない。

参考文献

  • 江藤淳著『閉された言語空間』(文藝春秋、1989年): GHQの検閲とメディア統制に関する決定的研究
  • ハンス・モーゲンソー著『国際政治: 権力と平和』(原著1948年): プロパガンダと国家威信に関する古典的分析
  • 秦郁彦著『慰安婦と戦場の性』(新潮選書、1999年): 慰安婦問題に関する実証的研究
  • 山本武利著『GHQの検閲・諜報・宣伝工作』(岩波書店、2013年): 占領期のメディア統制に関する実証的研究

関連項目