違憲審査制
{{#seo: |title=違憲審査制とは?付随的審査制・抽象的審査制・砂川事件の統治行為論を解説 - 保守ぺディア |description=違憲審査制の類型(付随的審査制・抽象的審査制)、日本の違憲審査の実態、砂川事件の統治行為論、各国との比較をリアリズムの視点から分析する。 |keywords=違憲審査制, 付随的審査制, 抽象的審査制, 統治行為論, 最高裁判所, 違憲判決, 憲法裁判所, 司法審査 }}
違憲審査制
概要
違憲審査制(いけんしんさせい、judicial review)とは、法律・命令・規則・処分が憲法に適合するか否かを裁判所が審査し、違憲であれば無効とする制度である。
近代立憲主義の根幹をなす制度であり、憲法を最高法規として位置づけ、立法権や行政権による憲法違反を司法的にチェックする機能を果たす。
日本国憲法第81条は「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」と規定し、違憲審査権を最高裁判所に付与している。
しかし、日本の違憲審査制は、その最も重要な審査対象(日米安保条約・在日米軍)について機能していない。砂川事件の最高裁判決(1959年)による統治行為論の確立以降、日本の最高裁は安保条約体制の合憲性を一度も審査していない。
違憲審査制の類型
世界の違憲審査制は、大きく二つの類型に分けられる。
付随的違憲審査制(アメリカ型)
具体的な訴訟事件の解決に必要な限りで、裁判所が法律の合憲性を審査する制度である。
- 起源: アメリカのマーベリー対マディソン事件(1803年)において、ジョン・マーシャル連邦最高裁長官が「憲法に反する法律は無効である」と判示し、違憲審査権を確立した
- 特徴: 通常の裁判所が、通常の訴訟手続きの中で違憲審査を行う。抽象的に法律の合憲性を審査することはできず、具体的な事件の存在が前提となる
- 効力: 違憲判決の効力は原則として当該事件の当事者に限定されるが、判例法の拘束力(先例拘束の原則)により事実上の一般的効力を持つ
- 採用国: アメリカ、日本、カナダ、オーストラリア、インド等
抽象的違憲審査制(ドイツ型)
具体的な訴訟事件がなくても、法律の合憲性を審査できる制度である。専門の憲法裁判所が設置されることが多い。
- 起源: ハンス・ケルゼンの法段階説に基づき、オーストリア憲法(1920年)で初めて憲法裁判所が設置された
- 特徴: 通常の裁判所とは別に、憲法問題を専門に扱う憲法裁判所が設置される。一定の機関(政府、議会の少数派、州政府等)が抽象的規範統制として法律の合憲性審査を申し立てることができる
- 効力: 違憲判決は一般的効力(対世効)を持ち、当該法律は無効となる
- 採用国: ドイツ、オーストリア、イタリア、韓国、スペイン、フランス(2008年以降の事後的合憲性審査)等
比較表
| 項目 | 付随的審査制(アメリカ型) | 抽象的審査制(ドイツ型) |
|---|---|---|
| 審査機関 | 通常の裁判所(最高裁判所が終審) | 専門の憲法裁判所 |
| 審査の契機 | 具体的な訴訟事件が必要 | 事件がなくても審査可能(抽象的規範統制) |
| 違憲判決の効力 | 当該事件限り(事実上の一般的効力) | 一般的効力(法律の無効) |
| 審査の対象 | 争訟に関連する法律・処分 | 法律全般(事前審査も可能な場合あり) |
| 政治部門との関係 | 事件に依存するため、政治問題は回避されやすい | 政治的問題も積極的に審査しうる |
日本の違憲審査制
憲法上の根拠
日本国憲法は、付随的違憲審査制を採用していると解されている。
- 第81条: 「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」
- 第98条第1項: 「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」
- 第76条第1項: 「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」
第81条の「一切の」という文言にもかかわらず、最高裁は抽象的違憲審査を行わないとする立場をとっている(警察予備隊違憲訴訟、1952年)。
違憲判決の実績
日本の最高裁が法律を違憲と判断した例は極めて少ない。主要な違憲判決は以下の通りである。
- 尊属殺重罰規定違憲判決(1973年): 刑法200条の尊属殺人罪の法定刑が重すぎるとして憲法14条違反
- 薬事法距離制限違憲判決(1975年): 薬局の距離制限が営業の自由(憲法22条)に違反
- 森林法共有林分割制限違憲判決(1987年): 森林法による共有林分割制限が財産権(憲法29条)に違反
- 郵便法免責規定違憲判決(2002年): 郵便法の国の損害賠償責任の免除・制限規定が憲法17条に違反
- 在外邦人選挙権制限違憲判決(2005年): 在外日本人の選挙権制限が憲法15条・44条に違反
- 国籍法違憲判決(2008年): 非嫡出子の国籍取得要件が憲法14条に違反
- 非嫡出子相続分差別違憲決定(2013年): 民法900条4号ただし書の非嫡出子の相続分差別が憲法14条に違反
- 女性再婚禁止期間違憲判決(2015年): 民法733条の100日を超える再婚禁止期間が憲法14条・24条に違反
最高裁が法律を違憲としたのは、施行から約80年間で11件程度に過ぎない。ドイツ連邦憲法裁判所が年間数百件の違憲審査を行い、数十件の違憲判決を下していることと比較すれば、日本の違憲審査制の消極性は際立っている。
消極主義の構造
日本の最高裁が違憲判決に消極的な理由は複合的である。
- 付随的審査制の限界: 具体的事件を通じてしか審査できないため、政治的に重要な問題が裁判にならなければ審査の機会がない
- 統治行為論: 安保条約・米軍基地など「高度の政治性」を有する問題は審査対象から除外される(砂川事件最高裁判決)
- 立法裁量の広い尊重: 最高裁は立法府の裁量を広く認める傾向があり、「合理的な関連性」があれば合憲と判断する
- 最高裁裁判官の任命プロセス: 最高裁裁判官は内閣が任命する(憲法第79条)。行政に対して批判的な人物が任命される可能性は構造的に低い
統治行為論と安保条約
砂川事件の意味
砂川事件の最高裁判決(1959年)は、日本の違憲審査制の最も重要な限界を画定した。
最高裁は、日米安保条約は「主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するもの」であり、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のもの」であるとした。
「一見極めて明白に違憲無効」という基準は、事実上、安保条約を合憲と推定するに等しい。この基準を満たすことは実務上ほぼ不可能であり、砂川判決以降、安保条約の合憲性が裁判で争われることは事実上なくなった。
恵庭事件・長沼事件
- 恵庭事件(1967年): 自衛隊の合憲性が争点となったが、札幌地裁は自衛隊法の解釈で処理し、憲法判断を回避した
- 長沼ナイキ事件(1973年一審): 札幌地裁の福島重雄裁判長が自衛隊を違憲と判断(長沼一審判決)。しかし控訴審・上告審で覆された
恵庭事件と長沼事件は、砂川事件の判例に従い、安全保障に関する問題について日本の司法が実質的な審査を行うことを回避する構造が定着したことを示す。
リアリズムの観点からの分析
違憲審査制の政治的機能
ハンス・モーゲンソーのリアリズムの観点から見れば、違憲審査制は中立的な法的制度ではなく、特定の権力関係を維持する政治的装置である。
日本の違憲審査制は、個人の権利に関する問題では一定程度機能するが、安保条約体制に関する問題では機能しないという二重構造を持つ。尊属殺重罰規定や非嫡出子相続分差別は違憲と判断できるが、在日米軍の駐留は審査すらしない。
この二重構造は偶然ではない。個人の権利に関する違憲判決は、安保条約体制を揺るがさない。しかし在日米軍の違憲判決は、安保条約体制の法的基盤を直撃する。日本の違憲審査制は、アメリカの利益を脅かさない範囲内でのみ機能する。
各国比較: 安全保障と違憲審査
| 国 | 審査機関 | 安全保障問題の審査 | 外国軍駐留の審査 |
|---|---|---|---|
| アメリカ | 連邦最高裁 | 大統領の戦争権限等を審査 | 該当なし(米軍は自国軍) |
| ドイツ | 連邦憲法裁 | NATO域外派兵・国防軍の活動を審査 | 米軍駐留に関連する問題を間接的に審査 |
| 韓国 | 憲法裁判所 | イラク派兵の合憲性を審査(2004年) | 米軍基地移転に関連する審査 |
| フランス | 憲法院 | 条約の合憲性を事前審査 | 米軍駐留なし(1966年以降) |
| 日本 | 最高裁 | 統治行為論で審査せず | 審査せず(砂川判決以降) |
ドイツの連邦憲法裁判所は、2003年のAWACS判決でNATO域外でのドイツ軍の活動について憲法判断を行い、連邦議会の事前承認が必要であると判示した。韓国の憲法裁判所も、2004年にイラク派兵の合憲性について審査を行った。
安全保障問題について司法審査を完全に放棄しているのは、主要先進国の中で日本だけである。
参考文献
- 芦部信喜著『憲法』(岩波書店): 日本の違憲審査制に関する標準的教科書
- ハンス・ケルゼン著『純粋法学』(原著1934年): 法段階説と憲法裁判の理論的基礎
- ハンス・モーゲンソー著『国際政治: 権力と平和』(原著1948年): 法制度の政治的機能に関するリアリズムの分析
- 布川玲子・新原昭治編『砂川事件と田中最高裁長官』(日本評論社、2013年): 砂川事件におけるアメリカの介入の実証研究