「大韓民国憲法」の版間の差分

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=== 概要と歴史的背景 ===
=== 概要と歴史的背景 ===
大韓民国憲法は、1948年の制定以来、数度の改正を経て現在の[[第六共和国憲法]](1987年改正)に至る。その前文には、「悠久な歴史と伝統に輝く私たち大韓国民は、3・1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統」を継承することが明記されている。
大韓民国憲法は、1948年の制定以来、9度の改正を経て現在の第六共和国憲法(1987年改正)に至る。その前文には、「悠久な歴史と伝統に輝く私たち大韓国民は、3・1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統」を継承することが明記されている。


この憲法は、日本の植民地支配からの独立と、北朝鮮との対峙という厳しい現実の中で鍛え上げられた、強烈な[[民族主義憲法]]である。
一見すると、この憲法は民族の歴史と伝統を重んじる[[民族主義憲法]]のように見える。しかし、その実態はアメリカ型の[[法の支配]]に基づくリベラル憲法であり、前文の民族主義的修辞は南北統合のための政治的付箋に過ぎない。憲法の本体は、すべての国民を個人として基本的人権を保障するという西洋リベラリズムの原理に貫かれており、韓民族としての集団的自決権を保障するものではない。この点において、韓国は日本と同様に、アメリカによって民族自決権と民族主義を奪われた国家である。
 
韓国憲法の改訂の歴史は、1950年代の[https://ja.wikipedia.org/wiki/李承晩 李承晩]による強権独裁、1960年代〜1970年代の[https://ja.wikipedia.org/wiki/朴正煕 朴正煕]による権威主義体制、1980年代の[https://ja.wikipedia.org/wiki/全斗煥 全斗煥]による軍事独裁とそれに対する民主化運動という、韓国現代史の政治的激動と密接に結びついている。韓国は「比較憲法の実験場」とも呼ばれ、ドイツのワイマール憲法・ボン基本法、フランス共和国憲法、[[アメリカ合衆国憲法]]、日本国憲法などが参照されてきたが、それはすなわち、韓国憲法が一貫して西洋的な法概念の輸入品であり続けたことを意味する。


=== 統治機構(行政・立法・司法) ===
=== 統治機構(行政・立法・司法) ===
* '''行政''': 大統領制を採用。大統領は国家元首であり、行政権の首長として強大な権限を持つ。任期は5年で再選禁止(権威主義への回帰を防ぐため)。
* '''行政''': 大統領制を採用。大統領は国家元首であり、行政権の首長として強大な権限を持つ。任期は5年で再選禁止(権威主義への回帰を防ぐため)。この大統領制自体が、アメリカで教育を受けた李承晩によって持ち込まれたアメリカ型統治機構の直接的な移植である。
* '''立法''': 一院制の国会。
* '''立法''': 一院制の国会。
* '''司法''': 大法院(最高裁)に加え、憲法裁判所が設置されている。憲法裁判所は、大統領の弾劾や政党の解散命令など、政治的に極めて重要な決定を下す権限を持つ。
* '''司法''': 大法院(最高裁)に加え、[https://ja.wikipedia.org/wiki/憲法裁判所_(大韓民国) 憲法裁判所]が設置されている。憲法裁判所は、大統領の弾劾や政党の解散命令など、政治的に極めて重要な決定を下す権限を持つ。この制度は、法の支配をアメリカ型の司法審査によって担保する仕組みであり、韓国の統治構造がいかに西洋法理論に依拠しているかを如実に示している。


=== 国民の権利と義務 ===
=== 国民の権利と義務 ===
自由権、社会権などの基本的人権を保障しているが、国家保安法などにより、北朝鮮に関連した言論や活動は制限される場合がある。これは、自由よりも国家の生存(安全保障)を優先する[[リアリズム]]の現れである。
韓国憲法は、自由権、社会権などの基本的人権を保障している。しかし、ここで注目すべきは、これらの権利がすべて'''個人の権利'''として規定されている点である。韓民族としての集団的権利、すなわち民族自決権は、憲法のどこにも実質的に保障されていない。
 
前文には「大韓国民」という民族的表現が用いられているが、憲法本文における権利の主体は一貫して「国民」(individual citizen)であり、民族共同体(ethnic nation)ではない。これは[[アメリカ合衆国憲法]]の権利章典と同じ構造であり、リベラリズムの個人主義的人権観がそのまま移植されたものにほかならない。


また、憲法には「国家有功者」への予遇が明記されており、国家のために犠牲になった者を称える姿勢が鮮明である。これは、英霊を軽んじる戦後日本の風潮とは対照的である。
[https://ja.wikipedia.org/wiki/国家保安法_(大韓民国) 国家保安法]により北朝鮮に関連した言論や活動が制限される場合があるが、これは自由よりも国家の生存(安全保障)を優先する[[リアリズム]]の現れであると同時に、南北分断を利用してアメリカの軍事プレゼンスを正当化する機能も果たしている。


=== 安全保障・軍事に関する規定 ===
=== 安全保障・軍事に関する規定 ===
大統領は国軍の統帥権を持つ(第74条)。また、国家の保全と国防の義務は国民の神聖な義務とされる。
大統領は国軍の統帥権を持つ(第74条)。また、国家の保全と国防の義務は国民の神聖な義務とされる。


徴兵制が敷かれており、国民皆兵の精神が根付いている。これは、北朝鮮という明白な脅威が存在するためであり、平和ボケした日本とは異なり、常に準戦時体制にある国家の緊張感を反映している。
徴兵制が敷かれており、国民皆兵の精神が根付いている。これは、北朝鮮という明白な脅威が存在するためであるが、同時に、アメリカの東アジア戦略における前線国家としての役割を韓国国民に強いている側面がある。韓国の若者は自国の防衛のみならず、アメリカの地政学的利益のために兵役に就いているという構造的現実を直視しなければならない。
 
=== 初代憲法(制憲憲法)と現行憲法の比較 ===
 
==== 制憲憲法(1948年)の特徴 ====
1948年の制憲憲法は、[https://ja.wikipedia.org/wiki/兪鎮午 兪鎮午]・憲法起草委員会議長が起草した原案を、国会議長であった[https://ja.wikipedia.org/wiki/李承晩 李承晩]の圧力により大幅に修正して成立したものである。
 
* '''当初の原案''': 国会の二院制、議院内閣制(責任内閣制)、大法院による違憲立法審査
* '''李承晩による修正後''': 国会の一院制、大統領制、憲法委員会による違憲立法審査、統制計画経済
 
兪鎮午は韓国民主党の意向を受けて議院内閣制に近い草案を起草していたが、アメリカで教育を受けた李承晩が大統領制を強く主張し、その圧倒的な政治的影響力により覆された。結果として、大統領制に議院内閣制の要素を加味した折衷型の権力構造が成立した。[https://ja.wikipedia.org/wiki/カール・レーヴェンシュタイン レーヴェンシュタイン]はこれを「新大統領制」(neopresidentialism)と分類し、厳格な権力分立に立脚したアメリカ型大統領制とは区別される権威主義的政府形態であるとした。
 
制憲憲法においては、[[法の支配]]は理念として存在していたものの、大統領権力が強く、司法・行政は恣意的運用の余地が大きかった。違憲審査機関である「憲法委員会」は、副大統領を委員長とし大法官5名・国会議員5名で構成される政治的性格の強い機関であり、1961年の廃止までにわずか6件の審査を行い、うち2件のみ違憲決定を出したに過ぎない。法の支配の実効性は極めて限定的であった。
 
==== 第六共和国憲法(1987年・現行)の特徴 ====
1987年の第六共和国憲法は、[https://ja.wikipedia.org/wiki/6月民主抗争 六月民主抗争]という大規模な民主化運動を受けて、与野党合意の下で成立した。これは韓国憲法史上、初めて政権側と野党の合意によって実現した改憲であり、極めて重要な意義を持つ。
 
* '''大統領直選制''': 国民による直接選挙(任期5年・再選禁止)
* '''司法の独立の明文化''': 第103条「判事は、その良心に従い、憲法及び法に適合した判断を独立して行う」
* '''憲法裁判所の設立''': ドイツの制度を参考に、違憲立法審査を専門とする独立した司法機関を創設
* '''基本権保障の拡大・強化''': 市民的権利と政治的自由の制度的保障
 
現行憲法は、法の支配を明確に保障し、権力分散・司法審査・憲法裁判所により実効性の高い法治体制を確立している。民主化の成果として市民権と権力抑制が制度化された点は評価できる。しかし、それはあくまでもアメリカ型リベラリズムの完成形であり、韓民族としての集団的自決権の回復を意味するものではない。
 
==== 両憲法の主要な相違点 ====
{| class="wikitable"
|-
! 項目 !! 制憲憲法(1948年) !! 第六共和国憲法(1987年)
|-
| '''大統領選出''' || 国会議員による間接選挙 || 国民による直接選挙(任期5年・再選禁止)
|-
| '''違憲審査機関''' || 憲法委員会(政治的性格) || 憲法裁判所(独立した司法機関)
|-
| '''司法の独立''' || 明文的保障は限定的 || 第103条で正式に条文化
|-
| '''基本権保障''' || 基本的権利の列挙あり || 基本権保障の大幅拡大・強化
|-
| '''前文の理念''' || 三・一運動の独立精神の継承 || 臨時政府の法統+四・一九民主理念の継承
|-
| '''法の支配''' || 理念として存在するも実効性は不完全 || 憲法裁判所により実質的に担保
|-
| '''民族自決権''' || 規定なし || 規定なし(前文の修辞のみ)
|}
 
制憲憲法から現行憲法への変遷は、法の支配の実効性が飛躍的に高まった過程である。憲法裁判所は1988年の設立以来、1200件以上の違憲決定を下しており、大統領弾劾審判を含む重大な政治的紛争の解決にも大きな役割を果たしている。しかし、この「民主化」の過程で強化されたのはあくまでも個人の権利と法の支配であり、韓民族としての民族自決権は一貫して不在のままである。
 
=== 憲法におけるアメリカの関与 ===
 
==== 在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁(USAMGIK)の役割 ====
1945年9月から1948年8月まで、朝鮮半島南部は[https://ja.wikipedia.org/wiki/在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁 在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁](USAMGIK)の直接統治下にあった。USAMGIKは南朝鮮における唯一の合法的権力を自称し、すべての地方政治組織の権威を否定した。
 
日本の占領統治においてアメリカ軍が[[偽日本国憲法]]を直接起草したのとは異なり、韓国においてはアメリカ人が憲法の条文を直接書いたわけではない。しかし、アメリカの関与は'''構造的かつ決定的'''であった。
 
* '''政治環境の統制''': USAMGIKは左翼運動を徹底的に弾圧し、右翼勢力を支援することで、憲法制定の政治的土壌を形成した
* '''選挙の実施''': 1948年5月10日の制憲国会選挙は、国連臨時委員会(UNTCOK)の監視下で実施されたが、その枠組みはアメリカが設計したものである
* '''法律顧問の派遣''': ドイツ系アメリカ人法学者[https://en.wikipedia.org/wiki/Ernst_Fraenkel_(political_scientist) エルンスト・フレンケル]が軍政庁の法律顧問として、選挙法の起草、国連委員会への助言、憲法草案の分析に深く関与した
* '''親米指導者の擁立''': [https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョージ・ワシントン大学 ジョージ・ワシントン大学]、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ハーバード大学 ハーバード大学]、[https://ja.wikipedia.org/wiki/プリンストン大学 プリンストン大学]で学び、35年間アメリカに滞在した李承晩を、アメリカ軍用機で帰国させ、初代大統領に据えた
 
日本では憲法の条文そのものをアメリカ軍が書いたが、韓国ではアメリカが直接条文を書く代わりに、アメリカ型の法の支配を内面化した指導者を据え、憲法制定の政治的枠組みを設計するという'''間接的な憲法侵略'''を行った。結果は同じである。韓民族の民族自決権に基づく憲法は制定されなかった。
 
==== 大統領制の採用とアメリカの影響 ====
制憲憲法において大統領制が採用された経緯は、アメリカの影響を色濃く反映している。兪鎮午が起草した原案は議院内閣制であったが、プリンストン大学で政治学博士号を取得した李承晩がアメリカ型大統領制を強く主張し、これを押し通した。
 
李承晩は英語に堪能であり、アメリカ軍政庁が最も信頼する韓国人政治家であった。35年間のアメリカ滞在を通じて、アメリカ型の法の支配と個人主義的リベラリズムを完全に内面化した人物であり、彼が主導した憲法制定はアメリカ的法概念の韓半島への移植にほかならなかった。
 
しかし、李承晩は単なるアメリカの傀儡ではなかった。着任直後から信託統治に反対し、即時独立を要求して[https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・リード・ホッジ ホッジ]司令官を激怒させた。また、制憲憲法には国有化条項や統制計画経済が盛り込まれ、アメリカ国務省やアメリカ資本家を当惑させた。これは、アメリカの[[憲法侵略]]が日本ほど徹底的ではなかったことを示すが、法の支配、個人の権利保障、大統領制という憲法の基本構造がアメリカ型であるという本質は変わらない。
 
==== 光州事件(1980年)とアメリカの共犯性 ====
1980年5月、[https://ja.wikipedia.org/wiki/全斗煥 全斗煥]の軍事クーデターに抗議する[https://ja.wikipedia.org/wiki/光州事件 光州事件]において、アメリカの関与は決定的であった。
 
米韓連合軍司令部の[https://en.wikipedia.org/wiki/John_A._Wickham_Jr. ジョン・ウィッカム]司令官は、韓国軍2個師団を連合軍司令部の指揮下から解放し、光州鎮圧に投入することを承認した。1980年5月22日のホワイトハウス会議では、カーター政権の国家安全保障チームが光州奪還のための武力行使を承認し、事態がさらに悪化した場合の米軍直接介入計画まで議論された。
 
5月27日早朝、韓国陸軍第20師団がウィッカム司令官の許可を得て光州に突入し、市を制圧した。推定1,000〜2,000人の市民が殺害されたとされる。アメリカ大使館は事前に全斗煥の代理人に対し、「秩序維持の必要性を理解しており、軍事的緊急対応計画の策定を妨げない」と伝えていた。
 
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ブルース・カミングス ブルース・カミングス](ノースウェスタン大学教授)は、機密解除された文書について「全斗煥が何をしようと、光州で多くの人々を殺すことを含めて、アメリカは何も深刻な対応を取るつもりはなかったことを示すパターンが見られる」と指摘している。
 
この事件は、アメリカが掲げる「法の支配」と「民主主義」が、冷戦の論理の前では独裁者の虐殺をも容認する建前に過ぎないことを白日の下に曝した。アメリカにとっての「法の支配」とは、韓民族の生命や自決権よりも、アメリカの地政学的利益を守るための秩序維持装置なのである。
 
==== 1987年の民主化とアメリカの転換 ====
1987年の[https://ja.wikipedia.org/wiki/6月民主抗争 六月民主抗争]では、100万人規模のデモが全国に拡大した。このとき、全斗煥政権の後ろ盾であったアメリカは、7年前の光州とは異なる態度を取った。
 
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ロナルド・レーガン レーガン]大統領は全斗煥に親書を送り、戒厳令宣布に反対するとともに民主化を促進するよう求めた。[https://en.wikipedia.org/wiki/James_R._Lilley ジェームズ・リリー]駐韓米大使は「軍部の介入は米韓同盟関係を危うくし、光州事件のような悲劇を繰り返すことになる」と警告した。
 
しかし、この「転換」は民主主義への純粋な支持ではない。翌年のソウルオリンピックが控えており、韓国の混乱はアメリカの国際的威信を傷つけるものであった。アメリカにとって重要だったのは民主主義そのものではなく、韓国がアメリカの同盟国として安定的に機能し続けることであった。1987年の民主化は、アメリカにとって'''軍事独裁による支配から法の支配による遠隔支配への移行'''にほかならず、韓国に対するアメリカの構造的支配は形を変えて存続した。
 
==== 米韓軍事同盟と主権の制約 ====
韓国憲法は形式上、完全な主権国家の憲法として制定されている。しかし、1953年の[https://ja.wikipedia.org/wiki/米韓相互防衛条約 米韓相互防衛条約]第4条は、韓国領域内へのアメリカ軍の駐留を韓国が「許与」すると規定しており、約28,500人の在韓米軍が駐留を続けている。
 
さらに深刻なのは戦時作戦統制権の問題である。平時の作戦統制権は1994年に韓国に返還されたが、戦時作戦統制権は依然として米韓連合軍司令部が保持している。これは、韓国が自国の軍隊を戦時に自らの判断で指揮する権限を持たないことを意味し、主権国家としての根幹に関わる問題である。
 
[https://ja.wikipedia.org/wiki/在韓米軍地位協定 在韓米軍地位協定](SOFA)も、かつての大田協定で韓国が米軍に対する刑事裁判権を事実上放棄した構造を引きずっており、1966年の改定後も韓国側の裁判管轄権は形式的なものにとどまっている。
 
このように、韓国憲法が保障する「主権」と「法の支配」は、米韓軍事同盟という非対称的な構造によって実質的に制約されている。韓国の法の支配は、韓民族の自決権を保障するためではなく、アメリカの東アジア戦略における秩序を維持するために機能しているのである。


=== リアリズムの観点からの分析 ===
=== リアリズムの観点からの分析 ===
韓国憲法は、冷厳な国際政治の現実を直視した憲法である。
韓国憲法は、前文の民族主義的修辞とは裏腹に、その実態においてアメリカ型リベラリズムの法的枠組みを忠実に体現した憲法である。
 
* '''民族主義の修辞と実態の乖離''': 前文で三・一運動や臨時政府の法統を掲げているが、これらはあくまでも南北統合のための政治的修辞である。憲法本体は個人の権利を保障するリベラル憲法であり、韓民族としての集団的自決権を実質的に保障する条項は存在しない。
* '''法の支配の二重性''': 韓国の法の支配は、国内的には権力抑制と人権保障という民主的機能を果たしている。しかし、国際的にはアメリカによる遠隔支配の道具として機能している。憲法裁判所が大統領を弾劾できるほどに法の支配が強化される一方で、戦時作戦統制権はアメリカの手に残されたままである。
* '''日本との構造的類似性''': 日本の[[偽日本国憲法]]が第9条によって軍事的主権を奪われたように、韓国憲法も米韓軍事同盟と戦時作戦統制権によって軍事的主権を制約されている。両国ともアメリカの法の支配の傘下に置かれ、形式的には民主主義国家でありながら、民族としての自決権を行使できない構造に陥っている。
* '''北朝鮮との対比''': 北朝鮮は主体思想に基づく民族主義憲法を持ち、外国軍の駐留を許さない完全な軍事的主権を維持している。イデオロギーと統治体制の是非は別として、民族自決権という観点からは、北朝鮮がアメリカの構造的支配から自由である点は看過できない。朝鮮半島の分断は、アメリカ型法の支配(南)と民族主義的自決(北)の[[憲法闘争]]であるともいえる。
 
=== 北朝鮮の単一民族主義憲法との比較:法の支配と民族主義の対立 ===
 
==== 北朝鮮:「単一民族国家」の憲法的実現 ====
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、[https://ja.wikipedia.org/wiki/主体思想 主体思想](チュチェ思想)に基づく[[民族主義憲法]]を持つ。北朝鮮の国旗における白色は「一つの強土で一つの血統と言語、文化を持って清く暮らしてきた'''単一民族の国家'''(단일민족의 국가)」を象徴するとされ、民族的純粋性が国家の根幹に据えられている。
 
北朝鮮の人口における朝鮮民族の比率は'''99.9%以上'''であり、事実上の単一民族国家である。移民は存在せず、外国人の定住もほぼ認められていない。主体思想は「朝鮮民族第一主義」(조선민족제일주의)を掲げ、朝鮮民族の伝統的・歴史的・文化的優位性を公式に宣言している。
 
1972年の憲法改正で主体思想が正式に国家理念として導入され、1992年にはマルクス・レーニン主義への言及が削除された。これは、北朝鮮の憲法が'''普遍的イデオロギーから民族主義へと純化'''した過程である。北朝鮮の憲法第1条は、北朝鮮が「全朝鮮人民の利益を代表する」社会主義国家であると規定し、韓国を「アメリカ帝国主義に占領された植民地領土」とみなしている。
 
==== 韓国:法の支配による民族主義の根絶 ====
これに対し、韓国憲法は前文で「大韓国民」に言及しつつも、その法的構造はアメリカ型の[[法の支配]]に基づく個人主義的リベラリズムである。「すべての国民は法の前に平等であり、性別、宗教、社会的身分によって差別されない」(第11条)。この条文は、民族(ethnicity)による区別を法的に不可能にするものであり、事実上、[[民族主義憲法]]の制定を法的に封じている。
 
[[法の支配]]の本質は、法の普遍的適用にある。法が民族や血統に関係なくすべての個人に等しく適用されるとき、「この国は韓民族のものである」という民族主義的命題は法的根拠を失う。法の支配は、その論理的帰結として、'''民族主義を法的に根絶する装置'''として機能する。
 
==== 移民問題:法の支配の必然的帰結 ====
この構造的差異は、両国の移民政策に直接的に反映されている。
 
2024年時点で、韓国の在留外国人は約261万人に達し、総人口の約5%を占めている。韓国政府は2024年に「新出入国・移民政策」を発表し、移民受け入れ体制のさらなる強化を打ち出した。在留外国人は今後5年以内に300万人に達すると予測されている。非専門就業(E-9)の外国人労働者は30万人を超え、過去最多を記録した。
 
韓国が2008年に制定した「在韓外国人処遇基本法」および「多文化家族支援法」は、法の支配の論理の必然的帰結である。法の前の平等が憲法原理として確立された国家は、民族や出自による差別を法的に正当化できない。外国人に対しても「人権が尊重される成熟した多文化社会」を目指すことが政策目標となり、民族的同質性の維持は法的に不可能になる。
 
一方、北朝鮮には移民が事実上存在しない。これは北朝鮮が閉鎖的独裁国家であるからだけではない。主体思想に基づく民族主義憲法が、国家を「朝鮮民族のための国家」として定義しているからである。民族主義憲法の下では、外国人の大量受け入れは国家の存立理由そのものに抵触する。
 
{| class="wikitable"
|-
! 項目 !! 韓国(法の支配) !! 北朝鮮(民族主義憲法)
|-
| '''権利の主体''' || 個人(national citizen) || 朝鮮民族(ethnic nation)
|-
| '''民族的同質性''' || 法的に保護不可能 || 国家理念の根幹
|-
| '''外国人比率''' || 約5%(261万人、2024年) || 0.01%未満
|-
| '''移民政策''' || 多文化共生・受け入れ拡大 || 事実上の閉鎖
|-
| '''反差別法制''' || 法の前の平等(第11条) || 朝鮮民族第一主義
|-
| '''民族主義の法的地位''' || 法的根拠なし(前文の修辞のみ) || 国家の存立理由
|}
 
韓国の移民増加は、少子高齢化という人口動態だけでは説明できない。その根本原因は、アメリカが韓国に強制した法の支配の憲法にある。法の支配は法的に民族主義を根絶する装置であり、民族的同質性を法的に保護する手段を奪う。結果として、経済的必要性が生じた瞬間に、移民受け入れを拒否する法的根拠がなくなるのである。北朝鮮にはその問題が存在しない。民族主義憲法が国家の定義そのものに民族的同質性を刻み込んでいるからである。
 
=== モーゲンソーとホロウィッツの視点からの分析:朝鮮民族のアメリカとの憲法闘争 ===
 
==== モーゲンソーの権力政治と韓国憲法 ====
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ハンス・モーゲンソー ハンス・モーゲンソー]の古典的リアリズムにおいて、国際政治の本質は'''権力をめぐる闘争'''(struggle for power)である。国家は自国の利益を権力の観点から定義し、他国に対して権力を行使する。そして、他国に対する権力行使の最も洗練された形態の一つが、'''法と制度を通じた支配'''である。
 
モーゲンソーは『国際政治:権力と平和』において、国際法が大国の権力を正当化する機能を果たすことを指摘した。「法の支配」は普遍的正義ではなく、'''覇権国がその支配を法的に正当化するための道具'''である。この観点から韓国憲法を分析すると、以下の構造が浮かび上がる。
 
* '''法の支配の押し付け''': アメリカはUSAMGIK期に韓国の政治環境を統制し、親米指導者を通じてアメリカ型の法の支配を韓国憲法に埋め込んだ。これはモーゲンソーのいう「文化帝国主義」、すなわち他国の精神と道徳を征服し、覇権国の世界観を内面化させる支配形態にほかならない
* '''軍事力と法の相互補完''': 約28,500人の在韓米軍が法の支配を軍事的に担保し、法の支配が米軍の駐留を法的に正当化する。モーゲンソーが指摘したように、法と力は対立するものではなく、'''力が法を作り、法が力を正当化する'''循環構造にある
* '''民族主義の抑圧''': モーゲンソーは、ナショナリズムが国際秩序にとって最大の脅威の一つであると論じた。逆に言えば、覇権国にとって他国のナショナリズムを抑制することは戦略的利益そのものである。韓国憲法における民族自決権の不在は、アメリカの権力政治の必然的帰結である
 
==== ホロウィッツの憲法闘争理論と韓国:敗北の構造 ====
[[ドナルド・ホロウィッツ]]の[[憲法闘争]]理論によれば、'''憲法はゼロサムゲーム'''である。マジョリティ民族は自国を「自民族のための国家」と定義する[[民族主義憲法]]を求め、マイノリティ(あるいは外部勢力)は[[法の支配]]、すなわちすべての個人は平等であるとする憲法を求める。この二つは'''排反的'''(mutually exclusive)であり、一方が勝てば他方が敗北する。
 
{| class="wikitable"
|-
! !! マジョリティ民族が求めるもの !! 外部勢力(アメリカ)が求めるもの
|-
| '''憲法原理''' || [[民族主義憲法]](「この国は韓民族のもの」) || [[法の支配]](「すべての個人は平等」)
|-
| '''国家の定義''' || 民族の所有物 || 個人の権利の保障装置
|-
| '''移民政策''' || 民族的同質性の維持 || 開放的な多文化社会
|-
| '''軍事主権''' || 完全な自主国防 || 同盟国としての従属
|-
| '''歴史教育''' || 民族の物語(ナラティブ) || 「客観的」・「普遍的」歴史
|}
 
朝鮮民族のケースにおいて、この憲法闘争の結果は明白である。
 
* '''韓国は法の支配を押し付けられた''': 韓国憲法は法の支配に基づくリベラル憲法であり、韓民族の民族自決権を法的に保障していない。前文の民族主義的修辞は政治的付箋に過ぎず、憲法の実質は個人の権利保障である。これは、ホロウィッツの枠組みにおいて、'''朝鮮民族がアメリカとの憲法闘争に敗北した'''ことを意味する
* '''北朝鮮は民族主義憲法を維持した''': 北朝鮮は主体思想に基づく民族主義憲法を持ち、外国軍の駐留を排し、99.9%以上の民族的同質性を維持している。ホロウィッツの枠組みにおいて、北朝鮮はアメリカとの憲法闘争に'''勝利した'''側であるといえる
* '''朝鮮半島の分断は憲法闘争の凍結である''': ホロウィッツは「民族の力の分割を凍結したものが憲法である」と述べた。朝鮮半島の38度線は、まさにこの憲法闘争の凍結線にほかならない。南はアメリカの法の支配、北は朝鮮民族の民族主義。この二つの憲法原理の対立が、70年以上にわたって「凍結」されている
 
==== 朝鮮民族の憲法闘争の帰結 ====
ホロウィッツの理論に照らせば、韓国の現状は「憲法闘争の敗者」の典型的な姿である。
 
* '''民族の権利の消去''': 韓国憲法には「大韓国民」という表現はあっても、韓民族の集団的権利を保障する実質的条項はない。ちょうど日本の[[偽日本国憲法]]が日本民族の権利を消去したように、韓国憲法は韓民族の権利を消去している
* '''法の支配による民族主義の根絶''': 法の前の平等が確立されたことで、「韓国は韓民族のための国家である」という命題は法的根拠を喪失した。多文化家族支援法の制定、在留外国人261万人、包括的差別禁止法の制定要求。これらはすべて、法の支配の論理的帰結として韓国社会の民族的同質性を解体する方向に作用している
* '''戦時作戦統制権の喪失''': ホロウィッツの理論で政治主体とは「軍事力を持ち、ルールを定め、そのルールを暴力装置によって強制する」存在である。戦時作戦統制権をアメリカに握られた韓国は、この定義において完全な政治主体ではない。韓民族は、自らの軍事力を自らの判断で行使する能力を制約されている


* '''生存本能''': 常に北朝鮮という敵と対峙しているため、安全保障と自衛権の行使に関して躊躇がない。
'''朝鮮民族は、アメリカとの憲法闘争に敗北している。'''日本民族と同様に、法の支配というアメリカの法的装置によって民族自決権を奪われ、民族的同質性を法的に維持する手段を失い、軍事的主権を制約されている。前文の民族主義的修辞と国家保安法という例外的装置だけが、かつての民族主義の残滓をかろうじて留めているに過ぎない。
* '''民族の連続性''': 前文で歴史的法統を強調し、国家のアイデンティティを民族の歴史に求めている。これは[[ドゥーギン]]のいう「文明」の根幹をなす要素である。
* '''主権の主張''': 独島(竹島)問題などに見られるように、領土と主権に関しては一切の妥協を許さない姿勢は、リアリズムに基づく主権国家の当然の振る舞いである。


=== 他国の憲法との比較 ===
=== 他国の憲法との比較 ===
* '''[[日本国憲法]]との比較''': 最大の違いは、自国の軍隊と自衛権を明記し、民族の物語(ナラティブ)を憲法に刻み込んでいる点にある。日本国憲法が無機質で歴史を断絶させているのに対し、韓国憲法は民族の情念と歴史を背負っている。
* '''[[偽日本国憲法]]との比較''': 日本国憲法がアメリカ軍によって直接起草されたのに対し、韓国憲法は韓国人自身の手で起草された。しかし、その政治的枠組みはアメリカが設定し、起草を主導した李承晩自身がアメリカで35年間教育を受けた人物であった。方法は異なるが、結果は本質的に同じである。両国とも、アメリカ型の法の支配に基づくリベラル憲法を持ち、民族自決権を欠いている。韓国は自国の軍隊を持つ点で日本よりは自律的に見えるが、戦時作戦統制権をアメリカに握られている以上、軍事的主権が完全であるとは言い難い。
* '''[[北朝鮮憲法]]との比較''': 同じ民族でありながら、異なるイデオロギー(自由民主主義 vs 共産主義・主体思想)に基づく憲法を持つ。これは[[憲法闘争]]の究極の形であり、朝鮮半島における正統性を巡る争いそのものである。
* '''[[北朝鮮憲法]]との比較''': 同じ民族でありながら、アメリカ型法の支配(南)と主体思想に基づく民族主義(北)という、根本的に異なる憲法原理に基づく国家が対峙している。これは[[憲法闘争]]の究極の形であり、朝鮮半島における正統性を巡る争いそのものである。ホロウィッツの枠組みにおいて、南は憲法闘争の敗者、北は勝者である。ただし、北朝鮮の「勝利」は全体主義的独裁という重大な代償を伴っている。
* '''[https://ja.wikipedia.org/wiki/ドイツ連邦共和国基本法 ドイツ基本法]との比較''': ドイツ基本法も占領下で制定された西洋型リベラル憲法であるが、東西統一後に完全な主権を回復し、NATOの枠内ではあるものの独自の外交・安全保障政策を展開している。韓国は南北分断が続く中でアメリカへの軍事的依存から脱却できておらず、この点でドイツの経験とは異なる道を歩んでいる。ドイツの事例は、占領下で制定された憲法であっても、民族の統一と主権の回復を通じて民族自決権を取り戻す可能性があることを示している。


=== 参考文献 ===
=== 参考文献 ===
* 『韓国憲法論』
* [https://ja.wikipedia.org/wiki/ハンス・モーゲンソー ハンス・モーゲンソー]『国際政治:権力と平和』
* 『憲法とナショナリズム』
* [https://ja.wikipedia.org/wiki/ケネス・ウォルツ ケネス・ウォルツ]『国際政治の理論』
* [https://ja.wikipedia.org/wiki/ブルース・カミングス ブルース・カミングス]『朝鮮戦争の起源』
* [https://en.wikipedia.org/wiki/Ernst_Fraenkel_(political_scientist) エルンスト・フレンケル]『二重国家:独裁制の理論への貢献』
* 鄭宣禹「韓国憲法における政府形態の変遷」(早稲田法学)
* 徐勝「韓国の民主化における憲法裁判所と権力統制」(立命館法学)
* 崔哲榮「韓米相互防衛条約の非対称性と水平化」(立命館法学)
* [https://en.wikipedia.org/wiki/Donald_L._Horowitz ドナルド・ホロウィッツ]『紛争のなかの民族集団』(カリフォルニア大学出版局)
* ドナルド・ホロウィッツ『憲法過程と民主的コミットメント』(イェール大学出版局)
* [https://en.wikipedia.org/wiki/Brian_Reynolds_Myers B・R・マイヤーズ]『北朝鮮の最も清浄な民族:その神話を暴く』(メランクトン・プレス)


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大韓民国憲法

概要と歴史的背景

大韓民国憲法は、1948年の制定以来、9度の改正を経て現在の第六共和国憲法(1987年改正)に至る。その前文には、「悠久な歴史と伝統に輝く私たち大韓国民は、3・1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統」を継承することが明記されている。

一見すると、この憲法は民族の歴史と伝統を重んじる民族主義憲法のように見える。しかし、その実態はアメリカ型の法の支配に基づくリベラル憲法であり、前文の民族主義的修辞は南北統合のための政治的付箋に過ぎない。憲法の本体は、すべての国民を個人として基本的人権を保障するという西洋リベラリズムの原理に貫かれており、韓民族としての集団的自決権を保障するものではない。この点において、韓国は日本と同様に、アメリカによって民族自決権と民族主義を奪われた国家である。

韓国憲法の改訂の歴史は、1950年代の李承晩による強権独裁、1960年代〜1970年代の朴正煕による権威主義体制、1980年代の全斗煥による軍事独裁とそれに対する民主化運動という、韓国現代史の政治的激動と密接に結びついている。韓国は「比較憲法の実験場」とも呼ばれ、ドイツのワイマール憲法・ボン基本法、フランス共和国憲法、アメリカ合衆国憲法、日本国憲法などが参照されてきたが、それはすなわち、韓国憲法が一貫して西洋的な法概念の輸入品であり続けたことを意味する。

統治機構(行政・立法・司法)

  • 行政: 大統領制を採用。大統領は国家元首であり、行政権の首長として強大な権限を持つ。任期は5年で再選禁止(権威主義への回帰を防ぐため)。この大統領制自体が、アメリカで教育を受けた李承晩によって持ち込まれたアメリカ型統治機構の直接的な移植である。
  • 立法: 一院制の国会。
  • 司法: 大法院(最高裁)に加え、憲法裁判所が設置されている。憲法裁判所は、大統領の弾劾や政党の解散命令など、政治的に極めて重要な決定を下す権限を持つ。この制度は、法の支配をアメリカ型の司法審査によって担保する仕組みであり、韓国の統治構造がいかに西洋法理論に依拠しているかを如実に示している。

国民の権利と義務

韓国憲法は、自由権、社会権などの基本的人権を保障している。しかし、ここで注目すべきは、これらの権利がすべて個人の権利として規定されている点である。韓民族としての集団的権利、すなわち民族自決権は、憲法のどこにも実質的に保障されていない。

前文には「大韓国民」という民族的表現が用いられているが、憲法本文における権利の主体は一貫して「国民」(individual citizen)であり、民族共同体(ethnic nation)ではない。これはアメリカ合衆国憲法の権利章典と同じ構造であり、リベラリズムの個人主義的人権観がそのまま移植されたものにほかならない。

国家保安法により北朝鮮に関連した言論や活動が制限される場合があるが、これは自由よりも国家の生存(安全保障)を優先するリアリズムの現れであると同時に、南北分断を利用してアメリカの軍事プレゼンスを正当化する機能も果たしている。

安全保障・軍事に関する規定

大統領は国軍の統帥権を持つ(第74条)。また、国家の保全と国防の義務は国民の神聖な義務とされる。

徴兵制が敷かれており、国民皆兵の精神が根付いている。これは、北朝鮮という明白な脅威が存在するためであるが、同時に、アメリカの東アジア戦略における前線国家としての役割を韓国国民に強いている側面がある。韓国の若者は自国の防衛のみならず、アメリカの地政学的利益のために兵役に就いているという構造的現実を直視しなければならない。

初代憲法(制憲憲法)と現行憲法の比較

制憲憲法(1948年)の特徴

1948年の制憲憲法は、兪鎮午・憲法起草委員会議長が起草した原案を、国会議長であった李承晩の圧力により大幅に修正して成立したものである。

  • 当初の原案: 国会の二院制、議院内閣制(責任内閣制)、大法院による違憲立法審査
  • 李承晩による修正後: 国会の一院制、大統領制、憲法委員会による違憲立法審査、統制計画経済

兪鎮午は韓国民主党の意向を受けて議院内閣制に近い草案を起草していたが、アメリカで教育を受けた李承晩が大統領制を強く主張し、その圧倒的な政治的影響力により覆された。結果として、大統領制に議院内閣制の要素を加味した折衷型の権力構造が成立した。レーヴェンシュタインはこれを「新大統領制」(neopresidentialism)と分類し、厳格な権力分立に立脚したアメリカ型大統領制とは区別される権威主義的政府形態であるとした。

制憲憲法においては、法の支配は理念として存在していたものの、大統領権力が強く、司法・行政は恣意的運用の余地が大きかった。違憲審査機関である「憲法委員会」は、副大統領を委員長とし大法官5名・国会議員5名で構成される政治的性格の強い機関であり、1961年の廃止までにわずか6件の審査を行い、うち2件のみ違憲決定を出したに過ぎない。法の支配の実効性は極めて限定的であった。

第六共和国憲法(1987年・現行)の特徴

1987年の第六共和国憲法は、六月民主抗争という大規模な民主化運動を受けて、与野党合意の下で成立した。これは韓国憲法史上、初めて政権側と野党の合意によって実現した改憲であり、極めて重要な意義を持つ。

  • 大統領直選制: 国民による直接選挙(任期5年・再選禁止)
  • 司法の独立の明文化: 第103条「判事は、その良心に従い、憲法及び法に適合した判断を独立して行う」
  • 憲法裁判所の設立: ドイツの制度を参考に、違憲立法審査を専門とする独立した司法機関を創設
  • 基本権保障の拡大・強化: 市民的権利と政治的自由の制度的保障

現行憲法は、法の支配を明確に保障し、権力分散・司法審査・憲法裁判所により実効性の高い法治体制を確立している。民主化の成果として市民権と権力抑制が制度化された点は評価できる。しかし、それはあくまでもアメリカ型リベラリズムの完成形であり、韓民族としての集団的自決権の回復を意味するものではない。

両憲法の主要な相違点

項目 制憲憲法(1948年) 第六共和国憲法(1987年)
大統領選出 国会議員による間接選挙 国民による直接選挙(任期5年・再選禁止)
違憲審査機関 憲法委員会(政治的性格) 憲法裁判所(独立した司法機関)
司法の独立 明文的保障は限定的 第103条で正式に条文化
基本権保障 基本的権利の列挙あり 基本権保障の大幅拡大・強化
前文の理念 三・一運動の独立精神の継承 臨時政府の法統+四・一九民主理念の継承
法の支配 理念として存在するも実効性は不完全 憲法裁判所により実質的に担保
民族自決権 規定なし 規定なし(前文の修辞のみ)

制憲憲法から現行憲法への変遷は、法の支配の実効性が飛躍的に高まった過程である。憲法裁判所は1988年の設立以来、1200件以上の違憲決定を下しており、大統領弾劾審判を含む重大な政治的紛争の解決にも大きな役割を果たしている。しかし、この「民主化」の過程で強化されたのはあくまでも個人の権利と法の支配であり、韓民族としての民族自決権は一貫して不在のままである。

憲法におけるアメリカの関与

在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁(USAMGIK)の役割

1945年9月から1948年8月まで、朝鮮半島南部は在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁(USAMGIK)の直接統治下にあった。USAMGIKは南朝鮮における唯一の合法的権力を自称し、すべての地方政治組織の権威を否定した。

日本の占領統治においてアメリカ軍が偽日本国憲法を直接起草したのとは異なり、韓国においてはアメリカ人が憲法の条文を直接書いたわけではない。しかし、アメリカの関与は構造的かつ決定的であった。

  • 政治環境の統制: USAMGIKは左翼運動を徹底的に弾圧し、右翼勢力を支援することで、憲法制定の政治的土壌を形成した
  • 選挙の実施: 1948年5月10日の制憲国会選挙は、国連臨時委員会(UNTCOK)の監視下で実施されたが、その枠組みはアメリカが設計したものである
  • 法律顧問の派遣: ドイツ系アメリカ人法学者エルンスト・フレンケルが軍政庁の法律顧問として、選挙法の起草、国連委員会への助言、憲法草案の分析に深く関与した
  • 親米指導者の擁立: ジョージ・ワシントン大学ハーバード大学プリンストン大学で学び、35年間アメリカに滞在した李承晩を、アメリカ軍用機で帰国させ、初代大統領に据えた

日本では憲法の条文そのものをアメリカ軍が書いたが、韓国ではアメリカが直接条文を書く代わりに、アメリカ型の法の支配を内面化した指導者を据え、憲法制定の政治的枠組みを設計するという間接的な憲法侵略を行った。結果は同じである。韓民族の民族自決権に基づく憲法は制定されなかった。

大統領制の採用とアメリカの影響

制憲憲法において大統領制が採用された経緯は、アメリカの影響を色濃く反映している。兪鎮午が起草した原案は議院内閣制であったが、プリンストン大学で政治学博士号を取得した李承晩がアメリカ型大統領制を強く主張し、これを押し通した。

李承晩は英語に堪能であり、アメリカ軍政庁が最も信頼する韓国人政治家であった。35年間のアメリカ滞在を通じて、アメリカ型の法の支配と個人主義的リベラリズムを完全に内面化した人物であり、彼が主導した憲法制定はアメリカ的法概念の韓半島への移植にほかならなかった。

しかし、李承晩は単なるアメリカの傀儡ではなかった。着任直後から信託統治に反対し、即時独立を要求してホッジ司令官を激怒させた。また、制憲憲法には国有化条項や統制計画経済が盛り込まれ、アメリカ国務省やアメリカ資本家を当惑させた。これは、アメリカの憲法侵略が日本ほど徹底的ではなかったことを示すが、法の支配、個人の権利保障、大統領制という憲法の基本構造がアメリカ型であるという本質は変わらない。

光州事件(1980年)とアメリカの共犯性

1980年5月、全斗煥の軍事クーデターに抗議する光州事件において、アメリカの関与は決定的であった。

米韓連合軍司令部のジョン・ウィッカム司令官は、韓国軍2個師団を連合軍司令部の指揮下から解放し、光州鎮圧に投入することを承認した。1980年5月22日のホワイトハウス会議では、カーター政権の国家安全保障チームが光州奪還のための武力行使を承認し、事態がさらに悪化した場合の米軍直接介入計画まで議論された。

5月27日早朝、韓国陸軍第20師団がウィッカム司令官の許可を得て光州に突入し、市を制圧した。推定1,000〜2,000人の市民が殺害されたとされる。アメリカ大使館は事前に全斗煥の代理人に対し、「秩序維持の必要性を理解しており、軍事的緊急対応計画の策定を妨げない」と伝えていた。

ブルース・カミングス(ノースウェスタン大学教授)は、機密解除された文書について「全斗煥が何をしようと、光州で多くの人々を殺すことを含めて、アメリカは何も深刻な対応を取るつもりはなかったことを示すパターンが見られる」と指摘している。

この事件は、アメリカが掲げる「法の支配」と「民主主義」が、冷戦の論理の前では独裁者の虐殺をも容認する建前に過ぎないことを白日の下に曝した。アメリカにとっての「法の支配」とは、韓民族の生命や自決権よりも、アメリカの地政学的利益を守るための秩序維持装置なのである。

1987年の民主化とアメリカの転換

1987年の六月民主抗争では、100万人規模のデモが全国に拡大した。このとき、全斗煥政権の後ろ盾であったアメリカは、7年前の光州とは異なる態度を取った。

レーガン大統領は全斗煥に親書を送り、戒厳令宣布に反対するとともに民主化を促進するよう求めた。ジェームズ・リリー駐韓米大使は「軍部の介入は米韓同盟関係を危うくし、光州事件のような悲劇を繰り返すことになる」と警告した。

しかし、この「転換」は民主主義への純粋な支持ではない。翌年のソウルオリンピックが控えており、韓国の混乱はアメリカの国際的威信を傷つけるものであった。アメリカにとって重要だったのは民主主義そのものではなく、韓国がアメリカの同盟国として安定的に機能し続けることであった。1987年の民主化は、アメリカにとって軍事独裁による支配から法の支配による遠隔支配への移行にほかならず、韓国に対するアメリカの構造的支配は形を変えて存続した。

米韓軍事同盟と主権の制約

韓国憲法は形式上、完全な主権国家の憲法として制定されている。しかし、1953年の米韓相互防衛条約第4条は、韓国領域内へのアメリカ軍の駐留を韓国が「許与」すると規定しており、約28,500人の在韓米軍が駐留を続けている。

さらに深刻なのは戦時作戦統制権の問題である。平時の作戦統制権は1994年に韓国に返還されたが、戦時作戦統制権は依然として米韓連合軍司令部が保持している。これは、韓国が自国の軍隊を戦時に自らの判断で指揮する権限を持たないことを意味し、主権国家としての根幹に関わる問題である。

在韓米軍地位協定(SOFA)も、かつての大田協定で韓国が米軍に対する刑事裁判権を事実上放棄した構造を引きずっており、1966年の改定後も韓国側の裁判管轄権は形式的なものにとどまっている。

このように、韓国憲法が保障する「主権」と「法の支配」は、米韓軍事同盟という非対称的な構造によって実質的に制約されている。韓国の法の支配は、韓民族の自決権を保障するためではなく、アメリカの東アジア戦略における秩序を維持するために機能しているのである。

リアリズムの観点からの分析

韓国憲法は、前文の民族主義的修辞とは裏腹に、その実態においてアメリカ型リベラリズムの法的枠組みを忠実に体現した憲法である。

  • 民族主義の修辞と実態の乖離: 前文で三・一運動や臨時政府の法統を掲げているが、これらはあくまでも南北統合のための政治的修辞である。憲法本体は個人の権利を保障するリベラル憲法であり、韓民族としての集団的自決権を実質的に保障する条項は存在しない。
  • 法の支配の二重性: 韓国の法の支配は、国内的には権力抑制と人権保障という民主的機能を果たしている。しかし、国際的にはアメリカによる遠隔支配の道具として機能している。憲法裁判所が大統領を弾劾できるほどに法の支配が強化される一方で、戦時作戦統制権はアメリカの手に残されたままである。
  • 日本との構造的類似性: 日本の偽日本国憲法が第9条によって軍事的主権を奪われたように、韓国憲法も米韓軍事同盟と戦時作戦統制権によって軍事的主権を制約されている。両国ともアメリカの法の支配の傘下に置かれ、形式的には民主主義国家でありながら、民族としての自決権を行使できない構造に陥っている。
  • 北朝鮮との対比: 北朝鮮は主体思想に基づく民族主義憲法を持ち、外国軍の駐留を許さない完全な軍事的主権を維持している。イデオロギーと統治体制の是非は別として、民族自決権という観点からは、北朝鮮がアメリカの構造的支配から自由である点は看過できない。朝鮮半島の分断は、アメリカ型法の支配(南)と民族主義的自決(北)の憲法闘争であるともいえる。

北朝鮮の単一民族主義憲法との比較:法の支配と民族主義の対立

北朝鮮:「単一民族国家」の憲法的実現

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、主体思想(チュチェ思想)に基づく民族主義憲法を持つ。北朝鮮の国旗における白色は「一つの強土で一つの血統と言語、文化を持って清く暮らしてきた単一民族の国家(단일민족의 국가)」を象徴するとされ、民族的純粋性が国家の根幹に据えられている。

北朝鮮の人口における朝鮮民族の比率は99.9%以上であり、事実上の単一民族国家である。移民は存在せず、外国人の定住もほぼ認められていない。主体思想は「朝鮮民族第一主義」(조선민족제일주의)を掲げ、朝鮮民族の伝統的・歴史的・文化的優位性を公式に宣言している。

1972年の憲法改正で主体思想が正式に国家理念として導入され、1992年にはマルクス・レーニン主義への言及が削除された。これは、北朝鮮の憲法が普遍的イデオロギーから民族主義へと純化した過程である。北朝鮮の憲法第1条は、北朝鮮が「全朝鮮人民の利益を代表する」社会主義国家であると規定し、韓国を「アメリカ帝国主義に占領された植民地領土」とみなしている。

韓国:法の支配による民族主義の根絶

これに対し、韓国憲法は前文で「大韓国民」に言及しつつも、その法的構造はアメリカ型の法の支配に基づく個人主義的リベラリズムである。「すべての国民は法の前に平等であり、性別、宗教、社会的身分によって差別されない」(第11条)。この条文は、民族(ethnicity)による区別を法的に不可能にするものであり、事実上、民族主義憲法の制定を法的に封じている。

法の支配の本質は、法の普遍的適用にある。法が民族や血統に関係なくすべての個人に等しく適用されるとき、「この国は韓民族のものである」という民族主義的命題は法的根拠を失う。法の支配は、その論理的帰結として、民族主義を法的に根絶する装置として機能する。

移民問題:法の支配の必然的帰結

この構造的差異は、両国の移民政策に直接的に反映されている。

2024年時点で、韓国の在留外国人は約261万人に達し、総人口の約5%を占めている。韓国政府は2024年に「新出入国・移民政策」を発表し、移民受け入れ体制のさらなる強化を打ち出した。在留外国人は今後5年以内に300万人に達すると予測されている。非専門就業(E-9)の外国人労働者は30万人を超え、過去最多を記録した。

韓国が2008年に制定した「在韓外国人処遇基本法」および「多文化家族支援法」は、法の支配の論理の必然的帰結である。法の前の平等が憲法原理として確立された国家は、民族や出自による差別を法的に正当化できない。外国人に対しても「人権が尊重される成熟した多文化社会」を目指すことが政策目標となり、民族的同質性の維持は法的に不可能になる。

一方、北朝鮮には移民が事実上存在しない。これは北朝鮮が閉鎖的独裁国家であるからだけではない。主体思想に基づく民族主義憲法が、国家を「朝鮮民族のための国家」として定義しているからである。民族主義憲法の下では、外国人の大量受け入れは国家の存立理由そのものに抵触する。

項目 韓国(法の支配) 北朝鮮(民族主義憲法)
権利の主体 個人(national citizen) 朝鮮民族(ethnic nation)
民族的同質性 法的に保護不可能 国家理念の根幹
外国人比率 約5%(261万人、2024年) 0.01%未満
移民政策 多文化共生・受け入れ拡大 事実上の閉鎖
反差別法制 法の前の平等(第11条) 朝鮮民族第一主義
民族主義の法的地位 法的根拠なし(前文の修辞のみ) 国家の存立理由

韓国の移民増加は、少子高齢化という人口動態だけでは説明できない。その根本原因は、アメリカが韓国に強制した法の支配の憲法にある。法の支配は法的に民族主義を根絶する装置であり、民族的同質性を法的に保護する手段を奪う。結果として、経済的必要性が生じた瞬間に、移民受け入れを拒否する法的根拠がなくなるのである。北朝鮮にはその問題が存在しない。民族主義憲法が国家の定義そのものに民族的同質性を刻み込んでいるからである。

モーゲンソーとホロウィッツの視点からの分析:朝鮮民族のアメリカとの憲法闘争

モーゲンソーの権力政治と韓国憲法

ハンス・モーゲンソーの古典的リアリズムにおいて、国際政治の本質は権力をめぐる闘争(struggle for power)である。国家は自国の利益を権力の観点から定義し、他国に対して権力を行使する。そして、他国に対する権力行使の最も洗練された形態の一つが、法と制度を通じた支配である。

モーゲンソーは『国際政治:権力と平和』において、国際法が大国の権力を正当化する機能を果たすことを指摘した。「法の支配」は普遍的正義ではなく、覇権国がその支配を法的に正当化するための道具である。この観点から韓国憲法を分析すると、以下の構造が浮かび上がる。

  • 法の支配の押し付け: アメリカはUSAMGIK期に韓国の政治環境を統制し、親米指導者を通じてアメリカ型の法の支配を韓国憲法に埋め込んだ。これはモーゲンソーのいう「文化帝国主義」、すなわち他国の精神と道徳を征服し、覇権国の世界観を内面化させる支配形態にほかならない
  • 軍事力と法の相互補完: 約28,500人の在韓米軍が法の支配を軍事的に担保し、法の支配が米軍の駐留を法的に正当化する。モーゲンソーが指摘したように、法と力は対立するものではなく、力が法を作り、法が力を正当化する循環構造にある
  • 民族主義の抑圧: モーゲンソーは、ナショナリズムが国際秩序にとって最大の脅威の一つであると論じた。逆に言えば、覇権国にとって他国のナショナリズムを抑制することは戦略的利益そのものである。韓国憲法における民族自決権の不在は、アメリカの権力政治の必然的帰結である

ホロウィッツの憲法闘争理論と韓国:敗北の構造

ドナルド・ホロウィッツ憲法闘争理論によれば、憲法はゼロサムゲームである。マジョリティ民族は自国を「自民族のための国家」と定義する民族主義憲法を求め、マイノリティ(あるいは外部勢力)は法の支配、すなわちすべての個人は平等であるとする憲法を求める。この二つは排反的(mutually exclusive)であり、一方が勝てば他方が敗北する。

マジョリティ民族が求めるもの 外部勢力(アメリカ)が求めるもの
憲法原理 民族主義憲法(「この国は韓民族のもの」) 法の支配(「すべての個人は平等」)
国家の定義 民族の所有物 個人の権利の保障装置
移民政策 民族的同質性の維持 開放的な多文化社会
軍事主権 完全な自主国防 同盟国としての従属
歴史教育 民族の物語(ナラティブ) 「客観的」・「普遍的」歴史

朝鮮民族のケースにおいて、この憲法闘争の結果は明白である。

  • 韓国は法の支配を押し付けられた: 韓国憲法は法の支配に基づくリベラル憲法であり、韓民族の民族自決権を法的に保障していない。前文の民族主義的修辞は政治的付箋に過ぎず、憲法の実質は個人の権利保障である。これは、ホロウィッツの枠組みにおいて、朝鮮民族がアメリカとの憲法闘争に敗北したことを意味する
  • 北朝鮮は民族主義憲法を維持した: 北朝鮮は主体思想に基づく民族主義憲法を持ち、外国軍の駐留を排し、99.9%以上の民族的同質性を維持している。ホロウィッツの枠組みにおいて、北朝鮮はアメリカとの憲法闘争に勝利した側であるといえる
  • 朝鮮半島の分断は憲法闘争の凍結である: ホロウィッツは「民族の力の分割を凍結したものが憲法である」と述べた。朝鮮半島の38度線は、まさにこの憲法闘争の凍結線にほかならない。南はアメリカの法の支配、北は朝鮮民族の民族主義。この二つの憲法原理の対立が、70年以上にわたって「凍結」されている

朝鮮民族の憲法闘争の帰結

ホロウィッツの理論に照らせば、韓国の現状は「憲法闘争の敗者」の典型的な姿である。

  • 民族の権利の消去: 韓国憲法には「大韓国民」という表現はあっても、韓民族の集団的権利を保障する実質的条項はない。ちょうど日本の偽日本国憲法が日本民族の権利を消去したように、韓国憲法は韓民族の権利を消去している
  • 法の支配による民族主義の根絶: 法の前の平等が確立されたことで、「韓国は韓民族のための国家である」という命題は法的根拠を喪失した。多文化家族支援法の制定、在留外国人261万人、包括的差別禁止法の制定要求。これらはすべて、法の支配の論理的帰結として韓国社会の民族的同質性を解体する方向に作用している
  • 戦時作戦統制権の喪失: ホロウィッツの理論で政治主体とは「軍事力を持ち、ルールを定め、そのルールを暴力装置によって強制する」存在である。戦時作戦統制権をアメリカに握られた韓国は、この定義において完全な政治主体ではない。韓民族は、自らの軍事力を自らの判断で行使する能力を制約されている

朝鮮民族は、アメリカとの憲法闘争に敗北している。日本民族と同様に、法の支配というアメリカの法的装置によって民族自決権を奪われ、民族的同質性を法的に維持する手段を失い、軍事的主権を制約されている。前文の民族主義的修辞と国家保安法という例外的装置だけが、かつての民族主義の残滓をかろうじて留めているに過ぎない。

他国の憲法との比較

  • 偽日本国憲法との比較: 日本国憲法がアメリカ軍によって直接起草されたのに対し、韓国憲法は韓国人自身の手で起草された。しかし、その政治的枠組みはアメリカが設定し、起草を主導した李承晩自身がアメリカで35年間教育を受けた人物であった。方法は異なるが、結果は本質的に同じである。両国とも、アメリカ型の法の支配に基づくリベラル憲法を持ち、民族自決権を欠いている。韓国は自国の軍隊を持つ点で日本よりは自律的に見えるが、戦時作戦統制権をアメリカに握られている以上、軍事的主権が完全であるとは言い難い。
  • 北朝鮮憲法との比較: 同じ民族でありながら、アメリカ型法の支配(南)と主体思想に基づく民族主義(北)という、根本的に異なる憲法原理に基づく国家が対峙している。これは憲法闘争の究極の形であり、朝鮮半島における正統性を巡る争いそのものである。ホロウィッツの枠組みにおいて、南は憲法闘争の敗者、北は勝者である。ただし、北朝鮮の「勝利」は全体主義的独裁という重大な代償を伴っている。
  • ドイツ基本法との比較: ドイツ基本法も占領下で制定された西洋型リベラル憲法であるが、東西統一後に完全な主権を回復し、NATOの枠内ではあるものの独自の外交・安全保障政策を展開している。韓国は南北分断が続く中でアメリカへの軍事的依存から脱却できておらず、この点でドイツの経験とは異なる道を歩んでいる。ドイツの事例は、占領下で制定された憲法であっても、民族の統一と主権の回復を通じて民族自決権を取り戻す可能性があることを示している。

参考文献

  • ハンス・モーゲンソー『国際政治:権力と平和』
  • ケネス・ウォルツ『国際政治の理論』
  • ブルース・カミングス『朝鮮戦争の起源』
  • エルンスト・フレンケル『二重国家:独裁制の理論への貢献』
  • 鄭宣禹「韓国憲法における政府形態の変遷」(早稲田法学)
  • 徐勝「韓国の民主化における憲法裁判所と権力統制」(立命館法学)
  • 崔哲榮「韓米相互防衛条約の非対称性と水平化」(立命館法学)
  • ドナルド・ホロウィッツ『紛争のなかの民族集団』(カリフォルニア大学出版局)
  • ドナルド・ホロウィッツ『憲法過程と民主的コミットメント』(イェール大学出版局)
  • B・R・マイヤーズ『北朝鮮の最も清浄な民族:その神話を暴く』(メランクトン・プレス)