憲法闘争
憲法闘争
概要
憲法闘争(Constitutional Conflict)とは、ドナルド・ホロウィッツが定義した概念であり、民族・宗教・言語などの集団が国家の根本法(憲法)をめぐって支配と自治を争う政治闘争を指す。
ホロウィッツにおいて、憲法は単なる法的文書ではない。憲法とは、民族間の権力分割が凍結されたものである。すなわち、誰が主権者か、誰が国家を所有するか、誰の言語が公用語となるか——これらの根本的な権力問題が、ある時点の力関係に基づいて「凍結」されたものが憲法にほかならない。
憲法闘争の本質——ゼロサムゲーム
ホロウィッツによれば、憲法闘争はゼロサムゲームである。
マジョリティのための憲法と、マイノリティのための憲法は、排反的(mutually exclusive)である。一方が得れば他方が失う。妥協や共存の余地はない。
- マジョリティ民族は、民族主義憲法——すなわち「この国はこの民族のための国である」と宣言する憲法——を求める。そして中央集権を志向する。
- マイノリティ民族は、法の支配の憲法——すなわち「すべての個人は平等である」と謳う憲法——を求める。そして地方分権を志向する。
この構造は不可避である。民族は統合も同化もしない。民族は消えない。民族は政治主体であり、実体である。リアリズムは、この事実を直視することを要求する。
政治主体としての民族
ホロウィッツの理論において、民族とは政治主体(political actor)そのものである。
政治主体とは何か。それは、軍事力を持ち、ルールを定め、そのルールを暴力装置によって強制する存在である。民族は輪郭を持ち、戦争を行う能力を持つ。この意味で、民族は国家と同等の政治的実体である。
リベラリストは民族を政治的な主体として認めない。リベラリズムにとって、政治の主体は「個人」であり、民族は「文化」や「アイデンティティ」の問題に還元される。しかし、これは現実の歪曲である。
文化それ自体は、リアリズムにおける政治主体にはなり得ない。文化には輪郭がなく、軍事力を持たず、ルールを強制する能力がない。政治主体たり得るのは、文化ではなく民族である。
主体性の幻想
個人や地方が自律的に「主体性」を持つという考えは、幻想である。
ホロウィッツの理論に基づけば、主体性のメカニズムは以下の通りである。
- 指導者が、民族の言葉を語る
- 大衆がその言葉を繰り返す
- 大衆は、その言葉をあたかも自らの言葉であるかのように語り始める
- この過程を通じて、大衆は「主体性を得た」と感じる
すなわち、中央が、個人や地方が持つべき主体性を定義し、個人や地方に主体性を与えるのである。主体性とは、自然発生するものではなく、政治的に構築されるものである。
戒律を持つ一神教の宗教が超憲法的な規範(シャリーアやハラーハーなど)を持つのに対し、日本にはそのような超憲法が存在しない。日本人の個人や地方に主体があるというのは、今も昔も見せかけにすぎない。中央が、個人や地方が持つべき主体性のすべてを定義し、それを「与えて」きたのである。
リアリズムと理想主義——普遍主義の欺瞞
政治にはリアリズムという観点がある。そしてリアリズムの目から見れば、普遍主義の実現は、偏在的(partial)になる。
普遍主義は、常にその提唱者のアイデンティティを反映する。「自由」「民主主義」「人権」「法の支配」——これらの「普遍的価値」は、実際にはアメリカという特定の国家・民族の利益を反映したものにほかならない。
欧州では「二重基準を持つことが基準である」(Double standard is the standard)という名言がある。すなわち、普遍主義を唱える者が最初にそれを裏切る。
その最も鮮明な例がイスラエルである。イスラエルは2018年に制定した「国民国家法」(基本法)において、「イスラエルはユダヤ人のための民族的郷土国家である」と明記した。自国には民族国家の権利を認めながら、他国には法の支配と「平等」を強要する——これが普遍主義の実態である。
リアリズムのホロウィッツは、まさにこの現実を直視した上で、憲法闘争という概念を定義したのである。
憲法闘争の勝者と敗者
勝者——民族憲法の獲得
憲法闘争に勝利した民族は、以下のことを行う。
- 憲法で国家を「○民族の国家」と定義する
- 公用語を民族の言語に定める
- 国教を民族の宗教に定める
- 国旗・国歌を民族のシンボルとする
- 歴史教育を民族の物語(ナラティブ)として構築する
これを実現した国家・民族は数多い。
- ロシア: ロシア連邦憲法(2020年改正)で「ロシア語を国家形成民族の言語」と明記
- 中国: 中華人民共和国憲法で「中華民族の偉大な復興」を国家目標として掲げる
- トルコ: トルコ共和国憲法で「トルコ国家」の不可分性を宣言
- イスラエル: 基本法で「ユダヤ人の民族的郷土国家」と明記
- 韓国: 大韓民国憲法前文で「大韓国民」の民族的法統を継承
- 北朝鮮: 朝鮮民主主義人民共和国憲法で朝鮮民族の主体性を宣言
- 東欧諸国: ハンガリー、ポーランド等が憲法で民族的アイデンティティを保護
- スリランカ: シンハラ民族の優位を憲法で制度化
敗者——民族の権利の消去
憲法闘争に敗北すると、民族の権利は奪われ、代わりに「自由と民主主義」を謳う憲法を押し付けられる。
日本民族は、この憲法闘争に敗れた民族である。
日本民族は米軍に軍事的に敗北し、日本国憲法から民族の権利を消された。「国民」の定義から民族的概念は排除され、日本国憲法第14条によって民族的基盤に基づく政策は不可能にされた。日本民族は、憲法的に殺されたのである。
日本は、日本民族のものではなくなった。日本民族は、国家を持たない民族に格下げされた。
文化主義批判
ここで、文化主義的な楽観論——「日本文化は包容力がある」「八百万の神の多神教だから移民も受け入れられる」「移民が日本語と日本文化を受け入れれば問題ない」——を明確に否定しなければならない。
この立場は取らない。
自民族の文化が統合や同化に優れているなどとは思わない。日本民族の文化は特別ではない。イスラム教のような強固な戒律に裏打ちされた生存力を、日本文化は持っていない。文化主義とは傲慢さの表れではないだろうか。
民族は統合も同化もしない。これはホロウィッツが実証的に示した現実である。文化の力で他民族を「日本人にする」ことができるという幻想は、リアリズムの前に崩壊する。
日本民族の現状——冷たい内戦
日本民族は今、死のうとしている。アメリカによって殺されようとしている。
日本国憲法という憲法侵略によって民族的権利を剥奪され、低賃金移民政策によって混血化が進み、日本民族は消滅の危機に瀕している。この憲法は、米軍によって強制され続けている極左憲法である。日本に対して内政干渉できる存在は、米軍以外には存在しない。
イデオロギー政治の時代は終わった。左右の対立、保守とリベラルの対立——これらは過去のものである。今始まっているのは、アイデンティティ政治の時代である。「自分たちは何者か」「この国は誰のものか」——これが政治の中心的問いとなる。
これは冷たい内戦(Cold Civil War)である。銃声は聞こえないが、民族の存亡がかかった戦争は既に始まっている。
アメリカにおいても同じ現象が起きている。白人という民族が少数派に転落する前に、多数派である間に有利な条件で内戦を起こそうとする動きがある。これは「アメリカは内戦に向かうのか」という問いとして顕在化している。
日本民族の再生——憲法闘争への回帰
法の支配を押し付けられた日本をどうすべきか。
「国民が主体的に考えればいい」「米軍を追い出すには国民の覚醒が必要だ」——このような素朴な楽観論は、ホロウィッツの理論に照らせば幻想である。今も昔も、国民が自律的に「主体性」を持ったことなどない。
必要なのは、以下のプロセスである。
- 指導者が、民族の言葉として言葉を語る
- 国民がその言葉を復唱する
- 国民がそれを主体性があるかのように思い込み、自分の言葉として話し、行動する
リアリズムで考えれば、以下のことが明白である。
- 意味のない靖国参拝はあり得ない。靖国とは、米軍撤退のための政治的シンボルでなければならない(→靖国宣言)
- 日本の対米自立には、中国やロシアの賛同がなければ実現不可能である。孤立した日本単独での対米独立は、パワーバランスの観点から非現実的である
- 参政党のような政党は、このリアリズムを欠いている
日本民族の構成
日本民族は、大和民族とアイヌ民族の二元一体として構成される。これは中華民族の「多元一体」論(費孝通)を参考にした概念である。沖縄・琉球民族は、大和民族の支族として位置づけられる。
日本民族において大和が中心であることは、大和民族の伝統である皇室制度によって間接的に示される。
日本文明独自の哲学から、周辺国との共存のための自己制約をどのように構築できるかが、新たな憲法秩序の重要な課題である。
結論
ホロウィッツの憲法闘争論は、日本の現状を冷徹に説明する。日本民族は憲法闘争に敗北し、憲法的に殺された。民族自決権を回復するためには、憲法闘争において再び勝利する以外に道はない。
すなわち——米軍と移民を排除し、「日本は日本民族のもの」とする新日本憲法を制定するほかない。
憲法闘争は、ゼロサムゲームである。
関連項目
参考文献
- 『Ethnic Groups in Conflict』、ドナルド・ホロウィッツ著
- 『A Democratic South Africa? Constitutional Engineering in a Divided Society』、ドナルド・ホロウィッツ著
- 『Constitutional Design for Divided Societies』、ドナルド・ホロウィッツ著