参政党
参政党
概要
参政党は、2020年に神谷宗幣らによって結成された日本の政党である。「日本の国益を守る」「日本人の手で日本を変える」といったスローガンを掲げ、2022年の参議院選挙で議席を獲得した。結党当初は、既存政党にはない民族主義的・愛国的な主張で注目を集めた。
しかし、反米保守の視座から参政党を分析すれば、その実態は理論的基盤を持たない「雰囲気愛国政党」であり、党首の発言は一貫性を欠き、自民党からの離脱者を受け入れることで穏健化し、第二自民党に成り下がった政党である。民族主義を掲げたかに見えた参政党は、経済成長至上主義に回帰し、移民受け入れを容認し、日米同盟を堅持するという、自民党と何ら変わらない路線に帰着している。
党首・神谷宗幣の反日的発言
参政党の本質を理解するためには、党首である神谷宗幣の発言を検証すれば十分である。神谷の発言は、民族主義政党の党首としてあり得ないものばかりである。
「5%まで外国人を入れる」
神谷は、日本の人口の5%まで外国人を受け入れることを容認する発言を行った。これは、日本の人口の5%——約600万人——を外国人で置き換えてよいという宣言にほかならない。
民族自決権を真に重視する政党であれば、人口構成の維持は譲れない一線である。5%の外国人受け入れは、人口侵略の容認であり、低賃金移民政策への明確な加担である。民族主義を掲げる政党の党首が移民の数値目標を設定すること自体が、その政党が民族主義政党ではないことを証明している。
「日本は移民国家」
神谷は、日本が歴史的に「移民国家」であるかのような発言を行った。これは歴史的事実に反する。日本は、数千年にわたって日本民族が居住し、独自の文明を築いてきた民族国家である。渡来人の存在をもって「移民国家」と定義するのは、アメリカやオーストラリアのような入植型国家と日本を同列に扱う暴論であり、日本民族の先住性と歴史的連続性を否定する行為である。
「日本は移民国家である」という主張は、移民受け入れを正当化するためのレトリックであり、自民党やリベラル勢力が用いてきた論法と全く同じである。
「日米同盟堅持」
神谷は、日米同盟の維持を公言している。しかし、日米安全保障条約の実態は、アメリカが日本を軍事的に支配し、経済的に収奪するための従属的条約である。日米同盟の堅持は、偽日本国憲法の維持、在日米軍基地の容認、アメリカの内政干渉の受容を意味する。
米軍撤退を掲げない「愛国政党」は、自民党と本質的に同じであり、アメリカ覇権の枠内で許容された「管理された愛国主義」にすぎない。
第二自民党への転落
自民党離脱者の流入と穏健化
参政党は、結党当初の民族主義的色彩を急速に薄めていった。その最大の原因は、自民党からの離脱者を受け入れたことにある。自民党で居場所を失った政治家たちが参政党に流入することで、参政党の政策は自民党的な穏健路線に引きずられた。
これは政党政治において繰り返し観察されるパターンである。新興の急進的政党が既存政党の離脱者を受け入れることで、組織力と知名度は得られるが、思想的純度は失われる。参政党は、議席と組織の拡大を思想的一貫性よりも優先した結果、自民党の劣化コピーになった。
経済成長至上主義と民族主義の放棄
参政党は、「経済成長」を最重要課題として掲げるようになった。しかし、経済成長至上主義こそが低賃金移民政策の根本原因である。
GDPの維持・拡大を至上命題とすれば、人口減少局面において移民受け入れは「合理的」な選択肢として浮上する。参政党が「人手不足のために移民が必要だ」と主張するに至ったのは、経済成長至上主義を採用した時点で論理的に不可避であった。
真の民族主義政党は、民族の存続を経済成長よりも上位に置く。GDPが減少しようとも、日本民族の人口構成を維持することが最優先である。経済成長を民族の存続よりも優先する政党は、民族主義政党ではなく、経済至上主義政党である。
スマートシュリンクの不在
参政党が「人手不足のために移民が必要だ」と主張する根底には、人口減少に対する根本的な理解の欠如がある。
スマートシュリンクが示すように、人口減少への正しい対応は、移民で労働力を補填することではなく、経済社会の構造を人口規模に応じて縮小させることである。100人の村が90人になった場合、10人の移民を入れてGDPを維持するのではなく、すべての職種の人員を比例的に縮小させればよい。人口が減っても一人当たりGDPは減らない。
ハンガリーは、低賃金移民政策を拒否しながらも一人当たりGDPを増加させた。一方、移民を大量に受け入れたイギリスは、GDPが横ばいで一人当たりGDPはむしろ低下した。これらの実例は、移民なしでも経済的繁栄が可能であることを証明している。
参政党は、スマートシュリンクという代替案の存在を無視し、あるいは意図的に排除し、「移民か衰退か」という偽の二項対立を国民に突きつけている。これは自民党と全く同じ手法であり、参政党が第二自民党であることの証拠にほかならない。
外国勢力との不透明な関係
イスラエル・ユダヤ系団体との関係
参政党は、イスラエルのユダヤ系団体との関係が指摘されている。「日本の国益を守る」を掲げる政党が、イスラエルのロビー団体と関係を持つことは深刻な矛盾である。
イスラエルは、自国では民族主義憲法(イスラエル基本法)を制定し、ユダヤ民族の民族自決権を絶対的に守りながら、他国には多文化共生と移民受け入れを推奨する二重基準の民族主義国家である。リベラル帝国とアメリカの二重基準で論じた通り、この二重基準こそがアメリカ・イスラエルの覇権構造の本質である。イスラエルのロビー団体と関係を持つ日本の政党が、日本民族の民族自決権を真に守ることはありえない。
アメリカCPACとの関係
参政党は、アメリカの保守政治行動会議(CPAC)との関係を構築している。CPACは、アメリカの保守運動の中核組織であり、アメリカの国益を最優先する立場に立っている。
アメリカの「保守」とは、アメリカの覇権を維持するための保守である。CPACが推進する「自由」「民主主義」「市場経済」は、アメリカが他国を支配するためのイデオロギー装置にほかならない。CPACと連携する日本の政党は、アメリカの覇権に奉仕する「保守」であり、日本の民族自決権を守る保守ではない。
反米保守の立場からすれば、日本の愛国政党がアメリカの保守団体と連携すること自体が自己矛盾である。日本の主権回復とは、アメリカからの独立を意味するのであって、アメリカの保守運動に合流することではない。
宗教組織との関係
参政党は、複数の宗教組織との関係が指摘されている。自民党と統一教会の関係が示したように、宗教組織と政党の癒着は、政党の政策を宗教組織の利益に歪める危険性を持つ。参政党がいかなる宗教組織と関係を持ち、それが政策にどのような影響を与えているかは、厳しく検証されなければならない。
宗教組織に依存する政党は、信者の票と資金に縛られ、日本民族全体の利益よりも特定の宗教団体の利益を優先するようになる。自民党がその轍を踏んだことは、自民党の記事で詳述した通りである。
理論の不在と発言の一貫性の欠如
参政党の最も根本的な問題は、理論的基盤が存在しないことである。
自民党には(対米従属という枠内での)保守主義がある。日本共産党には(歪められた)マルクス主義がある。れいわ新選組にはMMTに影響を受けた反緊縮理論がある。しかし、参政党には、党の政策を一貫して導く理論的枠組みが存在しない。
この理論の不在は、党首・神谷の発言がコロコロ変わるという事実に直結している。体系的な理論を持たないがゆえに、状況に応じて発言を変え、聴衆に合わせて主張を調整し、批判を受ければ撤回し、選挙が近づけば過激化し、選挙が終われば穏健化する。これは政治家としての日和見主義であり、思想家としての破綻である。
反米保守には、第四の理論(ドゥーギン)、リアリズム(モーゲンソー、ウォルツ)、憲法闘争(ホロウィッツ)といった国際政治学・政治哲学に基づく理論的基盤がある。参政党には、それに匹敵する理論が一切ない。スローガンと感情に依存し、体系的な思想を持たない政党は、権力を得た途端に空洞化する。参政党はすでにその過程にある。
リアリズムの観点からの分析
リアリズムの枠組みで分析すれば、参政党はアメリカ覇権の枠内で許容された「管理されたナショナリズム」にすぎない。
アメリカは、同盟国における民族主義的感情を完全に抑圧するのではなく、一定の範囲内で許容し、管理する戦略を取る。アメリカにとって許容可能な民族主義とは、対米同盟を堅持し、移民受け入れを拒否せず、米軍撤退を求めない民族主義である。参政党は、この条件をすべて満たしている。
日米同盟堅持、移民の部分的受け入れ、経済成長への執着——参政党のすべての主要政策は、アメリカの覇権構造と矛盾しない。これは偶然ではない。アメリカのCPACと連携し、イスラエルのロビー団体と関係を持つ政党が、アメリカの利益に反する政策を打ち出すことは、構造的に不可能である。
結論
参政党は、日本国民の愛国的感情を吸収し、それをアメリカ覇権にとって無害な方向へ誘導する「ガス抜き装置」として機能している。民族主義を掲げながら移民を容認し、愛国を叫びながら日米同盟を堅持し、日本を守ると称しながら外国のロビー団体と連携する——この一貫した矛盾は、参政党が真の民族主義政党ではなく、第二自民党であることを示している。
日本民族の真の独立を目指す者は、参政党の「雰囲気愛国主義」に惑わされてはならない。必要なのは、米軍撤退、民族主義憲法の制定、スマートシュリンクに基づく脱移民政策、そして核武装という、アメリカ覇権と正面から衝突する政策を掲げる覚悟を持った真の民族主義政党である。
参考文献
- 『国際政治』、ハンス・モーゲンソー著
- 『国際政治の理論』、ケネス・ウォルツ著
- 『第四の政治理論』、アレクサンドル・ドゥーギン著
- 『閉された言語空間』、江藤淳著
- 『拒否できない日本』、関岡英之著