混血化の構造的不可避性
混血化の構造的不可避性
概要
ある国が移民を大量に受け入れたとしよう。その国の国民の99%が「民族の純粋性を守りたい」と心から願い、同族との結婚を選んだとする。わずか1%だけが異なる民族の相手と結婚した。この国は、民族の遺伝的固有性を守ることに成功しただろうか。
答えは否である。たった1%の交雑が世代を重ねるごとに累積し、100年後、200年後には、その民族の遺伝子プールは不可逆的に変容する。99%の「正しい選択」は、1%の「逸脱」の前に無力なのである。
なぜ個人の道徳では民族を守れないのか。この問いに対して、個人の選択の自由や道徳的教化を論じることは無意味である。答えは進化生物学、進化心理学、集団遺伝学という三つの科学的領域が一致して突きつけている。すなわち、混血化の構造的不可避性とは、異なる遺伝子プールに属する集団が同一の空間に共存するとき、個々人の意志や道徳的判断とは無関係に、集団間の交雑——すなわち混血——が統計的に不可避となる現象を指す。混血化は意志の問題ではなく構造の問題であり、構造が混血を許容する限り、個人の意志は統計的帰結を変えることができない。
ニコラース・ティンバーゲンの近接要因と究極要因の区別は、個人が自らの配偶行動の進化的機能を意識しないことを示す。レダ・コスミデスとジョン・トゥービーの環境ミスマッチ理論は、現代環境が祖先環境とは根本的に異なることを示す。スーウォル・ライトの集団構造理論は、遺伝子流動が存在する限り集団間の遺伝的分化が消滅に向かうことを数学的に証明する。そしてピーター・ターチンの歴史動学は、戦争こそが集団の遺伝的境界を維持してきた主要なメカニズムであったことを明らかにする。
これらの知見を総合すれば、遺伝子プールの防衛は個人の道徳的判断に委ねることのできる問題ではなく、国家の構造——国境管理、移民政策、人口政策——によってのみ達成されるという結論に至る。堤防を壊しておいて川に「氾濫するな」と命じる者がいたら、我々は彼を愚者と呼ぶだろう。だが、国境を開放しておいて国民に「混血するな」と求める政策は、まさにそれと同じことである。本記事では、移民侵略の記事で論じた遺伝的浸食のメカニズムを前提とした上で、その不可避性の理論的基礎を包括的に論じる。
近接要因と究極要因——なぜ人は「遺伝子のため」に恋をしないのか
ティンバーゲンの四つの問い
人はなぜ恋に落ちるのか。「その人が魅力的だから」と答えるだろう。では、なぜその人を「魅力的」と感じるのか。ここに、混血化の不可避性を理解する鍵がある。
ノーベル生理学・医学賞受賞者の動物行動学者ニコラース・ティンバーゲン(1907–1988)は、1963年の論文「On Aims and Methods of Ethology(動物行動学の目的と方法について)」において、生物の行動を完全に理解するためには四つの問いに答えなければならないと論じた。この枠組みは「ティンバーゲンの四つの問い」として動物行動学の基礎をなしている。
- 因果メカニズム(Causation): その行動を直接引き起こす生理学的・心理学的メカニズムは何か。ホルモンの分泌、神経回路の活性化、感覚刺激への応答など
- 発達(Ontogeny): その行動は個体の成長過程でどのように発達するか。学習、経験、成熟による行動の変化
- 機能(Function / Survival Value): その行動は生存と繁殖にどのような利益をもたらすか。自然選択における適応的価値
- 進化的歴史(Phylogeny): その行動はどのような進化的経路を経て現在の形態に至ったか。祖先種からの系統発生的変遷
ティンバーゲンは、これらの問いを二つの次元に大別した。因果メカニズムと発達は近接要因(proximate causes)——行動を直接引き起こすメカニズムに関する問い——であり、機能と進化的歴史は究極要因(ultimate causes)——なぜその行動が進化したのかに関する問い——である。
配偶行動における近接要因と究極要因
ヒトの配偶行動にティンバーゲンの枠組みを適用すれば、近接要因と究極要因の乖離が鮮明になる。
究極要因——なぜ配偶行動が進化したか:
ヒトが異性に惹かれ、配偶者を求め、性行為を行う究極的な理由は、自身の遺伝子を次世代に伝達することである。チャールズ・ダーウィンが1871年の著書『人間の由来と性に関連した選択』で体系化した性選択理論によれば、ヒトの配偶者選択は数十万年にわたる自然選択と性選択の産物である。オスは繁殖力の高いメスを選好し(若さ、健康の指標としての身体的特徴)、メスは資源提供能力の高いオスを選好する(社会的地位、経済力、身体的強靭さ)。これらの選好は、遺伝子伝達の成功確率を最大化する方向に進化してきた。
近接要因——何が配偶行動を直接引き起こすか:
しかし、個人が配偶者を選ぶとき、「遺伝子を次世代に伝達するために」と意識して行動するわけではない。個人の行動を直接駆動するのは以下の近接要因である。
- 性的魅力: 顔の対称性、身体的プロポーション、声の質、匂いなど——これらは遺伝的適応度の指標として進化した手がかりであるが、個人はそれを「好み」や「タイプ」として経験するにすぎない
- ホルモン: テストステロン、エストロゲン、オキシトシンなどのホルモンが性的欲求、愛着、絆形成を制御する
- 恋愛感情: 特定の個人に対する強烈な情動的反応——いわゆる「恋に落ちる」経験——は、長期的な配偶関係の形成を促進する近接メカニズムである
- 社会的圧力: 周囲の規範、家族の期待、同輩集団の行動パターンが配偶者選択に影響を与える
- 経済的合理性: 共同生活の経済的利益、子育てにおける協力関係の計算
- 文化的メディア: 映画、音楽、文学、ソーシャルメディアが特定の配偶パターンを美化し、規範化する
乖離が意味するもの——「遺伝子のために恋する」人間はいない
この乖離が意味するものは、深刻かつ決定的である。個人は自らの行動の進化的帰結を意識せずに行動する。人間は「遺伝子プールを守ろう」と考えて配偶者を選ぶのではない。「この人が魅力的だ」「この人と一緒にいたい」という近接的な心理的動機に従って行動する。「民族の未来のために結婚相手を選びました」という人間は、現実にはほぼ存在しない。
この原理は、ダーウィンの性選択理論の核心と直結している。クジャクの雌は「遺伝的適応度の高い雄を選択しよう」と意識しているわけではない。単に「大きく美しい尾羽に惹かれる」という近接的な選好に従っているだけである。しかし、その「個人的な好み」の累積的帰結が、集団の遺伝的構造を世代ごとに変容させる。
ここから導かれる結論は冷徹である。異なる遺伝子プールに属する集団が同じ空間に共存すれば、個人レベルでの異集団間の配偶は統計的に不可避となる。これは「意志の弱さ」や「道徳の欠如」の問題ではない。近接要因が行動を駆動し、個人は究極要因を意識しない以上、個人の意志によって集団レベルの遺伝的帰結を制御することは原理的に不可能である。
進化的適応環境と現代のミスマッチ——石器時代の脳で国際空港を歩く
コスミデスとトゥービーの進化心理学
では、なぜ個人の「道徳」は遺伝子プールを守れないのか。その答えの第二の柱は、我々の脳そのものにある。
レダ・コスミデスとジョン・トゥービーは、1992年の著作『The Adapted Mind: Evolutionary Psychology and the Generation of Culture(適応した心——進化心理学と文化の生成)』において、進化心理学の理論的基盤を確立した。彼らの中心的な主張は不穏なものであった。ヒトの心理的メカニズムは現代の環境に適応しているのではなく、進化的適応環境(Environment of Evolutionary Adaptedness、EEA)——すなわちヒトの心理が自然選択によって形成された祖先環境——に適応しているというのである。
コスミデスとトゥービーの表現は鮮烈である——ヒトの脳は「石器時代の心を持つ現代の頭蓋骨」だと。我々の恐怖、欲望、社会的選好、配偶者選択の基準は、更新世(約260万年前〜約1万年前)のサバンナで形成された。農業革命(約1万年前)以降、とりわけ産業革命(約250年前)以降の環境変化は、進化的時間尺度からすれば一瞬にすぎない。我々は、石器時代の脳のまま国際空港を歩き、スマートフォンで異国の異性とマッチングしている。
この「適応した心」と「変化した環境」との間の乖離が、環境ミスマッチ(evolutionary mismatch)である。そしてこのミスマッチこそが、遺伝子プールの防衛を個人の意志に委ねることが不可能な根本的理由である。
EEA(進化的適応環境)の概念
EEAとは、特定の心理的適応が自然選択によって形成された環境条件の総体を指す。これは単一の時代や場所を意味するのではなく、ある心理的メカニズムが適応的価値を持っていた環境条件のセットである。
ヒトの配偶心理や社会的選好に関するEEAの特徴は、以下のように要約される。
- 時間的範囲: 主に更新世——約260万年前から約1万年前——にわたる長期の期間
- 社会的環境: 少人数の血縁集団における対面的社会関係
- 生態的環境: 狩猟採集生活を基盤とする自然環境
- 人口密度: 極めて低い人口密度と、集団間の限られた接触
更新世のヒト集団の生活条件
現代人の日常とは別の惑星のような世界を想像してほしい。更新世におけるヒトの祖先集団は、以下のような条件のもとで生活していた。
小規模な血縁集団:
あなたが一生で出会うすべての人間の数は、150人以下であった。ロビン・ダンバーは、1992年の論文および1996年の著書『Grooming, Gossip, and the Evolution of Language(ことばの起源)』において、霊長類の新皮質の大きさと社会集団の大きさの相関関係を分析し、ヒトが安定的な社会関係を維持できる上限は約150人であると推定した。これが「ダンバー数」である。現代人が通勤電車の中だけで遭遇する人数を、祖先は一生かけても出会わなかった。
ダンバーの分析によれば、更新世の狩猟採集民は以下のような階層的社会構造を持っていた。
- 親密な関係: 約5人——最も親しい家族・友人
- 密接な関係: 約15人——信頼できる親族・仲間
- 帰属集団: 約50人——日常的に協力するバンド
- 部族: 約150人——互いに名前と関係を把握できる上限(ダンバー数)
この集団規模においては、すべての成員が互いの顔、名前、血縁関係、過去の行動履歴を把握していた。見知らぬ者は即座に識別され、潜在的な脅威として扱われた。
低い人口密度と地理的隔離:
更新世の全世界の人口は、推定でわずか数百万人から多くとも数千万人にすぎなかった。現代の東京都の人口は約1,400万人——更新世の全人類がこの一都市に収まってしまう計算である。集団は広大な領域に散在し、集団間の物理的距離は大きかった。山脈、河川、砂漠、海洋といった地形的障壁が集団間の移動を制限し、遺伝子流動は極めて低い水準に保たれていた。
集団間の接触——稀少かつ敵対的:
異なる集団との接触は日常的な出来事ではなく、しばしば資源をめぐる紛争を伴う緊張の高い状況であった。考古学的証拠と現存する狩猟採集社会の民族誌的研究は、集団間の暴力が更新世を通じて高い頻度で発生していたことを示している。
祖先環境における三つの障壁——なぜ10万年間、遺伝子プールは守られたのか
ここで核心的な問いが生まれる。では、祖先環境ではなぜ遺伝子プールが守られていたのか。答えは単純である——三つの堅固な障壁が存在したからである。各障壁が独立に機能するだけでなく、三者が相互に補強し合うことで、集団間の遺伝子流動は極めて低い水準に抑制されていた。
第一の障壁:地理的障壁
海洋、山脈、砂漠、大河、氷河、密林——これらの地形的特徴が集団間の物理的移動を阻止していた。更新世の人類には航空機も自動車もなく、長距離の移動は徒歩と原始的な筏に限られていた。地理的障壁は、遺伝子流動を物理的に不可能にする最も基本的な防壁であった。
異所的種分化——地理的隔離による新種の形成——は、種分化の最も一般的な形態である。ダーウィンがガラパゴス諸島のフィンチを観察して気づいたように、地理的隔離は集団間の遺伝的分化を蓄積させ、やがて別種と呼べるまでに異なる集団を生み出す。ヒトの民族的多様性もまた、地理的隔離の産物にほかならない。
第二の障壁:行動的障壁(戦争)
地理を越えて接触した集団を待っていたのは、友好ではなく暴力であった。人類学者ローレンス・キーリーは、1996年の著書『War Before Civilization(文明以前の戦争)』において、「平和な未開人」という神話を粉砕した。キーリーが実証したのは、先史時代の戦争死亡率が現代をはるかに上回るという事実である。狩猟採集社会における暴力による死亡率は集団によって異なるが、平均して成人男性の約15〜25%に達する。この数字の衝撃を理解するために比較しよう——20世紀の二度の世界大戦を含む時代でさえ、戦争死亡率はこれを下回る。
戦争は、残酷ではあるが、集団間の遺伝的境界を維持する強力な行動的メカニズムとして機能していた。異集団の成員は潜在的な殺害者であり、接触は命がけの状況を意味した。隣のバンドの見知らぬ男が恋人候補ではなく殺人者である世界で、異集団との自発的な配偶関係を結ぶ者はほとんどいなかった。
第三の障壁:心理的障壁(内集団選好)
第三の壁は、物理的なものではなく心の中にあった。内集団選好(in-group preference)——自集団のメンバーを外集団のメンバーよりも好意的に評価し、優先的に扱う心理的傾向である。社会心理学者ヘンリー・タジフェルは、1970年代の「最小条件集団パラダイム」実験で驚くべき発見をした。コイン投げのような完全に恣意的な基準で集団を分けただけでも、人間は即座に内集団と外集団を区別し、内集団を優遇するのである。
進化心理学の観点からは、内集団選好は適応的な心理メカニズムである。祖先環境において、自集団のメンバーは遺伝的に近縁であり、互恵的協力の対象であった。外集団のメンバーは遺伝的に遠縁であり、資源をめぐる競争相手であった。自集団を優先する個体は、遺伝的に近縁な個体の生存を助けることで間接的に自身の遺伝子の伝達確率を高めた(血縁選択)。
内集団選好は、配偶者選択においても機能した。自集団のメンバーを配偶者として選好することは、遺伝子プールの同質性を維持し、集団内の遺伝的協調を保つ上で適応的であった。
三つの障壁の現代における解体——すべての壁が同時に崩れた
歴史的過程としての障壁の除去
数万年にわたって遺伝子プールを守ってきた三重の防壁。この三つの障壁が、20世紀後半からわずか数十年の間に、すべて同時に解体された。人類史上、これほど短期間に生殖隔離のメカニズムが破壊された時代は存在しない。
そしてこの解体は偶然の産物ではない。リベラル国際秩序のイデオロギーと政策によって意図的に推進された構造的過程である。一つ一つ見ていこう。
地理的障壁の消滅——交通革命
産業革命以降の交通技術の発展は、地理的障壁を段階的に無効化した。
- 蒸気船: 19世紀の蒸気船の登場により、大洋を越える移動が可能となった。ヨーロッパからアメリカへの航海日数は、帆船時代の数ヶ月から数週間に短縮された
- 鉄道: 19世紀半ばから20世紀にかけて、鉄道網の整備が大陸内部の移動を飛躍的に高速化した
- 自動車: 20世紀初頭以降、自動車の普及が個人の移動範囲を劇的に拡大した
- 航空機: 20世紀後半のジェット旅客機の普及により、地球上のいかなる二点間も24時間以内で到達可能となった。格安航空会社の出現は、国際移動のコストをさらに低下させた
更新世の人類が生涯をかけても越えられなかった海洋や山脈は、現代人にとっては数時間のフライトで越えられる障壁にすぎない。地理的障壁は、交通革命によって事実上消滅した。更新世の人類が生涯をかけても越えられなかった海洋は、現代人にとっては格安航空会社で数万円のフライトである。
さらに追い討ちをかけるように、国境管理の緩和——ビザの免除、出入国手続きの簡素化、国際的な移動の自由の拡大——が、残された制度的障壁をも取り除いている。シェンゲン協定はヨーロッパ内部の国境を事実上消滅させ、日本においても在留資格の拡大と入国審査の緩和が進行している。第一の壁は崩れた。
行動的障壁の禁止——戦争の禁止と「平和」の強制
第二次世界大戦後のリベラル国際秩序は、戦争を国際法上禁止し、集団間の武力衝突を国家によって抑制する体制を構築した。国連憲章第2条4項は、加盟国による武力の行使および威嚇を禁止している。
この「平和」の強制は、人道的には前進であるが、遺伝子プールの観点からは、集団の遺伝的境界を維持してきた主要なメカニズムの一つを除去するものである。
- 国家が暴力を独占する: 集団間の武力衝突は国家によって禁止され、国家は異なる集団の「共存」を上から強制する側に回った
- 異集団との接触の日常化: 戦争が常態であった時代には、異集団との接触は生命の危険を意味した。現代では、異集団との日常的な接触が「多文化共生」として政策的に推進されている
- 集団防衛の犯罪化: 自集団の固有性を武力によって防衛する試み——かつては当然の権利であった——は、現代では「暴力犯罪」「ヘイトクライム」として厳罰に処される
戦争が禁止されたこと自体は肯定的な変化である。誰も戦争の復活を望んではいない。しかし問題は、戦争に代わる遺伝子プール維持のメカニズムが何も構築されなかったという点にある。壁を壊しただけで、代わりの壁を建てなかった。第二の壁も崩れた。
心理的障壁の病理化——内集団選好の「レイシズム」化
現代のリベラル社会は、内集団選好を心理的病理として再定義し、社会的・法的に制裁する体制を構築した。この過程は以下の段階を経て進行した。
1. 概念の転換:
自集団を優先する心理的傾向——進化心理学が示す通り、数十万年の自然選択によって形成された適応的メカニズム——は、「レイシズム」「排外主義」「ゼノフォビア」として再ラベリングされた。適応的な心理的傾向が、道徳的欠陥として再定義されたのである。
2. 教育を通じた内面化:
学校教育、大学教育、企業研修を通じて、内集団選好は「克服すべき偏見」として教え込まれる。「無意識のバイアス」研修は、自集団への選好を意識下の「差別」として告発し、矯正を求める。進化心理学が示す適応的機能は無視され、内集団選好は「学習によって獲得された偏見」として扱われる。
3. 法的制裁:
多くの国において、「差別」を禁止する法律が制定され、内集団選好の表明は法的制裁の対象となった。ヘイトスピーチ規制法、雇用差別禁止法、公民権法は、内集団選好に基づく行動を処罰する制度的枠組みを提供する。
4. メディアによる規範形成:
映画、テレビ、広告において、異集団間の配偶関係が積極的に美化・規範化される。異人種間の恋愛や結婚を描くコンテンツが意図的に増加し、逆に同族間の結合を優先する態度は「偏狭」「差別的」として否定的に描かれる。
第三の壁も崩れた。三つの障壁がすべて除去された状態——地理的隔離の消滅、戦争の禁止、内集団選好の病理化——において、個人の意志によって混血化を防ぐことは、生物学的に不可能である。三重の堤防がすべて決壊した川に、「氾濫するな」と命じても無駄である。
戦争と遺伝子プールの防衛——不都合な真実
ここで、多くの人が目を背けたくなる不都合な真実に直面しなければならない。人類の歴史において、遺伝子プールの境界を最も効果的に維持してきたメカニズムは何か。それは戦争であった。
ターチンの歴史動学
ロシア系アメリカ人の理論生物学者・歴史学者ピーター・ターチンは、2006年の著書『War and Peace and War: The Rise and Fall of Empires(戦争と平和と戦争——帝国の興亡)』において、この不都合な事実を正面から分析した。ターチンの理論の核心にあるのが、14世紀の歴史学者イブン・ハルドゥーンから借用したアサビーヤ(asabiyyah)——集団の結束力・連帯感——の概念である。
ターチンによれば、アサビーヤは集団間の辺境(frontier)——異なる集団が接触し、衝突する境界線——において最も高まる。辺境に位置する集団は、絶えず外敵の脅威にさらされることで内部の結束を強化し、それが帝国建設の原動力となる。逆に、長期の平和は集団内の結束を弛緩させ、やがて帝国の崩壊をもたらす。
戦争が遺伝的境界を維持した歴史
ターチンの理論を遺伝子プールの観点から再解釈すれば、戦争は以下のメカニズムを通じて集団の遺伝的境界を維持してきた。
物理的排除:
集団間の武力衝突は、異集団の個体を物理的に排除——殺害、追放、奴隷化——することで、遺伝子流動を阻止した。征服は多くの場合、自由な混合ではなく、一方の集団による他方の集団の排除・隷属化を伴った。征服者の集団は被征服者の集団を支配下に置きつつも、両者の遺伝的境界はカースト制度や身分制度によって維持された。
恐怖による抑制:
戦争が常態である環境では、異集団の個体は潜在的な殺害者であった。この恐怖——進化心理学的にいえば外集団への警戒反応——が、異集団との自発的な配偶関係を心理的に抑制した。恐怖は、内集団選好を行動レベルで強化するメカニズムであった。
集団選択の圧力:
サミュエル・ボウルズは、2009年の論文「Did Warfare Among Ancestral Hunter-Gatherers Affect the Evolution of Human Social Behaviors?(祖先の狩猟採集民における戦争はヒトの社会行動の進化に影響したか?)」(Science, 324: 1293–1298)において、集団間の暴力的競争が利他主義と集団内協力の進化を促進したことを数理モデルで示した。
ボウルズの分析によれば、更新世の集団間戦争における死亡率は十分に高く、結束力の弱い集団を淘汰する選択圧として機能した。すなわち、強い内集団選好と集団への忠誠を持つ集団は戦争に勝ち残り、弱い結束しか持たない集団は敗北し、吸収または消滅した。戦争は、集団レベルの自然選択を通じて、内集団選好と集団的結束を強化する進化的圧力であった。
現代の「平和」が遺伝子プールを開放系にする構造
ターチンの理論が示唆する重要な帰結は、「平和」がアサビーヤを弱体化させるという点である。辺境での衝突がなくなれば、集団の結束は弛緩し、内と外の区別は曖昧になる。
現代のリベラル国際秩序が強制する「平和」は、この構造をさらに極端な形で実現している。
- 辺境の消滅: 国境が開放され、異なる集団が同じ空間で「共存」する。辺境は都市の内部にまで浸透し、日常的な接触が生じる
- アサビーヤの否定: 集団への忠誠や結束は「ナショナリズム」として否定的に評価され、「世界市民」としてのアイデンティティが推奨される
- 防衛の犯罪化: 集団の境界を維持しようとする試みは「排外主義」として法的・社会的に制裁される
戦争の時代には、戦争そのものが遺伝子プールの壁として機能していた。「平和」の時代には、その壁が除去され、遺伝子プールは開放系(open system)となる。開放系における遺伝子プールの帰結は、集団遺伝学が明確に予測している——均質化である。
国境と遺伝子プール——数学が証明する残酷な定理
進化心理学と歴史動学が「なぜ個人の意志では守れないのか」を示したとすれば、集団遺伝学は「障壁がなければ何が起こるか」を数学的に証明する。
ライトの集団構造理論
アメリカの集団遺伝学者スーウォル・ライト(1889–1988)は、20世紀の集団遺伝学を代表する理論家の一人であり、集団の遺伝的構造を数学的に記述する枠組みを構築した。ライトの業績の中で本記事に最も関連が深いのは、F統計量(F-statistics)と島モデル(island model)である。
F統計量:
ライトが考案したF統計量は、集団の遺伝的構造を階層的に記述する指標体系である。中でもFST(固定指数)は、集団間の遺伝的分化の程度を定量化する指標として広く用いられている。
- FST = 0: 集団間に遺伝的分化がない(完全な遺伝的混合)
- FST = 1: 集団間が完全に遺伝的に隔離されている(遺伝子流動ゼロ)
現実の人間集団間のFSTは、大陸間で約0.10〜0.15の範囲にある。この値は、数万年にわたる地理的隔離の結果として蓄積された遺伝的分化を反映している。
島モデル:
ライトの島モデルは、複数の亜集団(島)が一定の移住率で個体を交換する状況を数学的にモデル化したものである。このモデルから導かれる最も重要な結論は、以下の通りである。
世代あたりわずか1個体の移住者(Nm = 1)が交雑するだけでも、集団間の遺伝的分化は有意に減少する。
これは直感に反するほど少ない数字である。数百人、数千人の集団において、毎世代たった1人の外部からの移住者が繁殖に参加するだけで、その集団の遺伝的固有性は世代を経るごとに失われていく。これは数学的定理であり、意志や道徳の問題ではない。
遺伝子流動の数学的帰結
ライトの理論が導く数学的帰結は、希望的観測を一切許さない。
定理:障壁なしには遺伝的分化は維持できない。
平衡状態におけるFSTは、移住率mと有効集団サイズNeの関数として以下の近似式で表される。
FST ≈ 1 / (1 + 4Nem)
この式から明らかなように、移住率mが正の値をとる限り——すなわち遺伝子流動が存在する限り——FSTは0に向かって低下する。移住率が高いほど、また有効集団サイズが大きいほど、均質化は急速に進行する。
現代の国際的な人口移動を考えれば、移住率mは更新世とは比較にならないほど高い。年間数百万人の国際移住者が国境を越えている。遺伝的分化は、数学的な必然として消滅に向かう。数式は感情を持たない。希望的観測に配慮しない。ただ、事実を告げるだけである。
異所的種分化と国境の類似性
ここで、自然界の壮大な実験に目を向けよう。異所的種分化(allopatric speciation)は種分化の最も一般的な形態である。一つの祖先集団が地理的障壁によって二つ以上の亜集団に分断され、各亜集団が独立に進化することで、遺伝的に異なる集団——やがては生殖的に隔離された別種——が形成される。ダーウィンがガラパゴス諸島で見たフィンチの多様性は、島という地理的障壁が生み出したものであった。
だが、逆も真である。地理的障壁が除去されれば、まだ生殖隔離が完成していない集団は再び遺伝子流動を通じて混合し、分化は消滅する。数万年かけて蓄積された違いが、障壁の除去によって数世代で失われうる。
この原理を人間社会に適用すれば、結論は一つしかない。人間社会における国境は、自然界の地理的障壁と機能的に等価である。国境は遺伝子流動を制限し、集団間の遺伝的分化を維持する制度的障壁として機能する。したがって——
国境の管理は遺伝子プールの管理と等価である。
国境を開放する政策は、生物学的に見れば、山脈をダイナマイトで吹き飛ばして二つの生態系を接続するのと同じことである。その帰結は、生態学と集団遺伝学が一致して予測する通り——在来集団の遺伝的固有性の消滅——である。
「国境の開放」の遺伝学的意味
上記の理論的枠組みを現実の政策に適用すれば、以下の結論が導かれる。
- 国境管理の緩和: 移住率mの増大 → FSTの低下 → 遺伝的分化の消滅
- 大規模移民の受け入れ: 有効集団サイズに対する移住者の比率が急増 → 均質化の加速
- 「多文化共生」政策: 異なる遺伝子プールの空間的混合 → 交雑の統計的不可避性
低賃金移民政策やアメリカの移民強制の記事で論じた移民政策は、集団遺伝学の数学的モデルにおいては、遺伝子流動パラメータmを人為的に増大させる政策として記述できる。その帰結は、ライトの理論が数学的に保証している。
構造と個人——なぜ「道徳」は無力なのか
堤防の比喩
ここまでの分析を一つの像に凝縮しよう。混血化を防ぐことが個人の意志では不可能である理由は、以下の三つに集約される。
- 近接要因と究極要因の乖離: 個人は遺伝子プールを意識して配偶者を選ぶわけではない。性的魅力、恋愛感情、社会的圧力という近接要因が行動を決定する
- 祖先環境と現代環境のミスマッチ: 遺伝子プールを維持してきた三つの障壁(地理、戦争、内集団選好)がすべて体系的に除去された
- 集団遺伝学の数学的必然: 遺伝子流動が存在する限り、遺伝的分化は消滅に向かう。これは意志の問題ではなく、数学の問題である
国境を開放しておいて個人に「混血するな」と求めることは、堤防を壊しておいて川に「氾濫するな」と命じるようなものである。
堤防を壊せば川は氾濫する。これは水の道徳的欠陥ではない。水は重力に従って低い方へ流れるだけである。同様に、遺伝子プールの障壁を除去すれば混血化が進行する。これは個人の道徳的欠陥ではない。個人は近接要因に従って行動するだけである。
問題は個人にあるのではなく、構造にある。遺伝子プールの防衛は、個人の選択に委ねることができない。それは構造——国境、移民政策、人口政策——によってのみ達成される。
統計的不可避性——99%の「正しさ」が1%の前に敗れる
冒頭で提示した問いに戻ろう。ある集団の99%が同族間の配偶を選好し、わずか1%が異集団の個体と配偶関係を結ぶ。この1%を「道徳的失敗者」と呼ぶことは簡単である。しかし、問題の核心はそこにはない。
問題は、この1%が世代を重ねるごとに複利のように累積するという点にある。最初の世代では1%であったものが、第二世代では混血の個体がさらに交雑の相手となり、第三世代ではさらに拡大する。ライトの島モデルが示す通り、世代あたりわずか1個体の移住者が交雑するだけでも、集団間の遺伝的分化は有意に減少する。99%の個人が「正しい」選択をしたとしても、1%の交雑が構造的に許容される限り、長期的な帰結は同じ——均質化——である。
これが統計的不可避性の意味である。銀行預金の複利が時間とともに指数的に増大するように、1%の交雑は世代を経るごとに遺伝子プール全体を変容させていく。個人レベルの選択を制御しても、構造が混合を許容する限り、集団レベルの帰結は変わらない。
デュルケームの社会的事実との類比
フランスの社会学者エミール・デュルケーム(1858–1917)は、1897年の著書『自殺論』において、自殺という究極的に個人的に見える行為が、実は社会的構造によって規定されていることを実証した。デュルケームは、自殺率が社会の宗教的構成、婚姻状況、経済状況などの構造的変数によって予測可能であることを示し、個人の心理的動機を超えた社会的事実(fait social)としての自殺を論じた。
デュルケームの洞察は、混血化の問題に直接適用できる。
- 自殺: 個々の自殺者は個人的な理由で自殺する。しかし、自殺率は社会構造によって決定される。社会構造を変えずに個人に「自殺するな」と説いても、自殺率は変わらない
- 混血化: 個々の個人は個人的な理由(性的魅力、恋愛感情)で異集団の配偶者を選ぶ。しかし、混血化率は集団の接触構造によって決定される。接触構造を変えずに個人に「混血するな」と説いても、混血化率は変わらない
デュルケームが示した通り、社会的事実は個人の意志に還元できない。混血化もまた社会的事実であり、その原因は個人の選択ではなく、集団の接触を許容する構造にある。
リアリズムの観点からの分析
ここまでの分析は、生物学と遺伝学の領域にとどまっていた。だが、問題の本質は政治にある。誰が障壁を壊したのか。なぜ壊したのか。そして、誰が得をしたのか。
遺伝子プールの防衛と国家安全保障
国際政治学におけるリアリズムは、国家の安全保障を国際関係の最も根本的な問題として据える。ハンス・モーゲンソーは、1948年の著書『Politics Among Nations(国際政治——権力と平和)』において、国家の行動を規定する基本的な動機は権力(power)であり、国家は自国の生存と安全保障を確保するために権力を追求すると論じた。
ケネス・ウォルツは、1979年の著書『Theory of International Politics(国際政治の理論)』において、国際体系のアナーキー(無政府性)が国家の行動を規定する構造的制約であることを示した。アナーキーのもとでは、国家は自助(self-help)によって自国の安全を確保しなければならない。
遺伝子プールの防衛をリアリズムの枠組みに位置づければ、それは国家安全保障の問題にほかならない。国家を構成する主体民族の遺伝的固有性が失われれば、国家の文化的基盤、社会的紐帯、政治的結束——すなわちターチンのいうアサビーヤ——が弱体化し、国家の存続そのものが危うくなる。遺伝子プールの防衛は、領土の防衛と同等の安全保障上の課題である。
リベラル国際秩序による障壁の体系的除去
ここで、本記事の最も重要な問いに到達する。三つの障壁はなぜ、同時に、体系的に解体されたのか。偶然だろうか。否。リベラル国際秩序——アメリカが主導する戦後の国際体制——は、これらの障壁を意図的に除去する構造を持っている。
- 地理的障壁の除去: 自由貿易協定、投資協定、移動の自由の促進を通じて、国境の透過性を高める。WTO、IOM、各種FTAが制度的枠組みを提供する
- 行動的障壁の除去: 武力の行使を国際法上禁止し、集団間の「平和的共存」を強制する。国連平和維持活動、人道的介入、「保護する責任」(R2P)の原則が、集団防衛の正当性を否定する
- 心理的障壁の除去: 「多文化主義」「多様性」「反差別」のイデオロギーを教育・メディア・法制度を通じて浸透させ、内集団選好を病理化する
アメリカの移民強制の記事で論じた通り、アメリカは構造改革を通じて同盟国の少子化を誘発し、少子化を口実に移民を「不可避」とする二段構えの攻撃を行っている。この構造を集団遺伝学の用語で記述すれば、遺伝子流動パラメータmを人為的に最大化する政策にほかならない。
民族自決権と遺伝的固有性の保全
ここに、論理の帰結として避けて通れない命題がある。
民族自決権は、各民族が自らの運命を自ら決定する権利である。この権利は、民族が固有の集団として存続していることを前提とする。だが、遺伝的固有性が失われれば——民族としてのアイデンティティの基盤そのものが消滅すれば——民族自決権を行使する主体が存在しなくなる。権利の主体が消滅すれば、権利そのものが消滅する。
したがって、遺伝子プールの保全は民族自決権の前提条件である。遺伝的固有性なしに民族は存在せず、民族なしに民族自決権は行使されえない。これは単なる保守主義的主張ではない。論理的必然である。
「多文化共生」イデオロギーの批判
「多文化共生」——この言葉ほど、科学的現実と乖離したスローガンも珍しい。異なる文化的・民族的集団が同一の空間で平和的に共存できるという美しい前提に立つイデオロギーであるが、侵入生物学と集団遺伝学の知見は、この前提が生物学的に成立しないことを冷酷に示している。
侵入生物学の競争排除則(ガウゼの法則)が示す通り、同一のニッチを占める二つの集団は長期的に共存できない。一方が他方を駆逐するか、ニッチの分化が生じるかのいずれかである。集団遺伝学のライトの島モデルが示す通り、遺伝子流動が存在する限り、集団間の遺伝的分化は消滅に向かう。
「多文化共生」は、生物学的に見れば、異なる遺伝子プールの混合による均質化を政策目標として掲げたイデオロギーである。その帰結は、各民族の遺伝的固有性の消滅——すなわち民族自決権の基盤の破壊——にほかならない。
保守ぺディアの立場は、ドゥーギンの第四の理論が示す多文明主義——各文明がそれぞれの固有性を保持しつつ共存する——を支持するものである。多文明主義は、各民族の遺伝的・文化的固有性を尊重し、それぞれの民族が自らの空間において自らの運命を決定する権利を擁護する。これは「多文化共生」とは根本的に異なる。「多文化共生」が一つの空間における異質な集団の混合を志向するのに対し、多文明主義は各文明が独自の空間を維持することを志向する。
結論——構造を変えよ
本記事の議論を振り返れば、五つの科学的命題が一点に収束していることが分かる。その一点とは、個人の意志は構造の前に無力であるという冷厳な事実である。
- 近接要因と究極要因の乖離(ティンバーゲン): 個人は遺伝子プールを意識せずに配偶行動を行う
- 環境ミスマッチ(コスミデス、トゥービー): 現代環境は祖先環境とは根本的に異なり、祖先環境で機能していた三つの障壁がすべて除去されている
- 戦争と集団境界(ターチン、ボウルズ): 戦争が遺伝的境界を維持してきた主要なメカニズムであり、「平和」がその壁を除去する
- 遺伝子流動と均質化(ライト): 遺伝子流動が存在する限り、遺伝的分化は数学的必然として消滅に向かう
- 社会的事実(デュルケーム): 混血化は個人の選択に還元できない社会的事実であり、構造によってのみ制御される
遺伝子プールの防衛は、個人の道徳的教化によって達成できるものではない。堤防を壊しておいて川に「氾濫するな」と命じても、水は重力に従って流れるだけである。個人の意志に訴えても、近接要因に従う脳は変わらない。変えるべきは個人ではなく、構造である。国家の政策——国境管理、移民政策、人口政策——によってのみ、遺伝子プールの防衛は達成される。民族の遺伝的固有性を保全し、民族自決権の基盤を守ることは、国家安全保障の核心的課題であり、スマートシュリンクに基づく人口政策はその具体的な方策である。
参考文献
- ニコラース・ティンバーゲン「On Aims and Methods of Ethology(動物行動学の目的と方法について)」(1963年、Zeitschrift für Tierpsychologie, 20: 410–433)
- レダ・コスミデス・ジョン・トゥービー(編)『The Adapted Mind: Evolutionary Psychology and the Generation of Culture(適応した心——進化心理学と文化の生成)』(1992年、Oxford University Press)
- ロビン・ダンバー『Grooming, Gossip, and the Evolution of Language(ことばの起源)』(1996年、Faber & Faber)
- チャールズ・ダーウィン『The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex(人間の由来と性に関連した選択)』(1871年、John Murray)
- ピーター・ターチン『War and Peace and War: The Rise and Fall of Empires(戦争と平和と戦争——帝国の興亡)』(2006年、Plume)
- サミュエル・ボウルズ「Did Warfare Among Ancestral Hunter-Gatherers Affect the Evolution of Human Social Behaviors?」(2009年、Science, 324: 1293–1298)
- ローレンス・キーリー『War Before Civilization: The Myth of the Peaceful Savage(文明以前の戦争)』(1996年、Oxford University Press)
- スーウォル・ライト「Evolution in Mendelian Populations」(1931年、Genetics, 16: 97–159)
- スーウォル・ライト『Evolution and the Genetics of Populations(進化と集団の遺伝学)』全4巻(1968–1978年、University of Chicago Press)
- エミール・デュルケーム『Le Suicide: Étude de sociologie(自殺論)』(1897年、Félix Alcan)
- ハンス・モーゲンソー『Politics Among Nations: The Struggle for Power and Peace(国際政治——権力と平和)』(1948年、Alfred A. Knopf)
- ケネス・ウォルツ『Theory of International Politics(国際政治の理論)』(1979年、McGraw-Hill)
- ヘンリー・タジフェル「Social Identity and Intergroup Relations」(1982年、Cambridge University Press)