人類進化学

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人類進化学

概要

人類進化学とは、進化生物学の方法論を用いて、人類(ホモ・サピエンス)の身体的・認知的・社会的特性の起源と変遷を分析する学問分野である。チャールズ・ダーウィンが『種の起源』(1859年)と『人間の由来』(1871年)で提示した自然淘汰の理論に端を発し、現代では遺伝学、古生物学、人類学、認知科学、行動生態学を包含する広大な学際的領域となっている。

リアリズムの視座から見れば、人類進化学は国際政治を理解する上で不可欠な基盤を提供する。リアリズムが前提とする人間の本質——利己性、集団間の競争、権力への志向——は、いずれも進化の産物である。ハンス・モーゲンソーが「人間の本性に根ざす権力への意志」と呼んだものは、数百万年の自然淘汰によって人類に刻み込まれた行動傾向にほかならない。

自然淘汰と適応の原理

ダーウィンの洞察

自然淘汰の原理は、以下の三つの条件が揃うとき作動する。

  • 変異: 個体間に形質の差異が存在すること
  • 遺伝: その形質が次世代に遺伝すること
  • 差異的繁殖: 特定の形質を持つ個体がより多くの子孫を残すこと

この単純な機構が、数十億年にわたって作動し続けた結果、地球上の全ての生命の多様性が生じた。人類の脳、言語能力、社会性、道徳感情、戦争の傾向——いずれも自然淘汰の産物である。

適応と適応主義

適応(adaptation)とは、自然淘汰によって形成された、特定の環境問題を解決するための形質である。人間の目は光を捉えるための適応であり、免疫系は病原体に対抗するための適応であり、恐怖という感情は生存に対する脅威に迅速に対応するための適応である。

進化心理学の創始者の一人であるジョン・トゥービーレダ・コスミデスは、人間の心が多数の「進化的適応モジュール」から構成されていると論じた。裏切り者検知モジュール、顔認識モジュール、言語獲得装置、配偶者選択モジュール——これらはいずれも、祖先の環境で繰り返し直面した問題を解決するために自然淘汰が設計した心理的装置である。

リアリズムの観点から特に重要なのは、内集団・外集団の区別を行う心理的適応である。人類は進化の過程で常に集団間の競争にさらされてきた。自集団の成員を認識し、協力し、外集団の成員を警戒し、必要に応じて排除する能力は、生存にとって決定的に重要であった。カール・シュミットの「友と敵の区別」は、この進化的適応を政治哲学の言葉で表現したものとして理解できる。

集団淘汰と多層的淘汰理論

集団淘汰論争の歴史

進化生物学における最も激烈な論争の一つが、集団淘汰(group selection)をめぐる論争である。この論争は、保守ぺディアが重視する民族自決権、民族の生存、集団的アイデンティティの問題と直結している。

集団淘汰とは、自然淘汰が個体レベルだけでなく集団レベルでも作動するという理論である。すなわち、利他的な個体を多く含む集団は、利己的な個体ばかりの集団よりも競争において有利であり、結果として利他性が進化しうるという考え方である。

集団淘汰の歴史的経緯は以下の通りである。

  • 1962年: V・C・ウィン=エドワーズが『社会行動に関連した動物の分散』において、動物が「種の利益」のために繁殖を自制すると提唱した
  • 1964年: ウィリアム・ハミルトン血縁淘汰(kin selection)の理論を発表。利他行動は、遺伝的に近縁な個体間で進化しうることを数学的に証明した(ハミルトンの法則: rb > c)
  • 1966年: ジョージ・C・ウィリアムズが『適応と自然淘汰』において集団淘汰を徹底的に批判。個体レベルの淘汰がほぼ全ての適応を説明できると論じた
  • 1976年: リチャード・ドーキンスが『利己的な遺伝子』を出版。遺伝子中心主義の進化観を一般に普及させた

この結果、1960年代から2000年代にかけて、集団淘汰は進化生物学の主流から事実上追放された。「集団淘汰を援用する」と言うことは、科学的に未熟であることの告白に等しいとすら見なされた。

デイヴィッド・スローン・ウィルソンの多層的淘汰理論

集団淘汰の復権に最も貢献したのは、デイヴィッド・スローン・ウィルソン(ビンガムトン大学教授)である。ウィルソンは哲学者エリオット・ソーバーとの共著『他者のために——利他行動の進化と心理学』(1998年)において、多層的淘汰理論(Multilevel Selection Theory, MLS)を体系化した。

多層的淘汰理論の核心は以下の通りである。

自然淘汰は、生物学的階層の複数のレベルで同時に作動する。遺伝子は細胞内で競争し、細胞は個体内で競争し、個体は集団内で競争し、集団は集団間で競争する。どのレベルの淘汰が支配的であるかは、各レベルにおける適応度の分散によって決まる。

ウィルソンとE・O・ウィルソン(血縁関係はない)はこれを以下のように要約した。

「利己主義は集団内で利他主義に勝つ。利他的な集団は利己的な集団に勝つ。それ以外は全て注釈にすぎない」

この定式は、国際政治におけるリアリズムの核心と深く共鳴する。国家内部では権力闘争が生じるが、外敵に対しては国民的結束が生存を決定する。民族の内部的結束力は、集団間の競争における最大の武器である。

E・O・ウィルソンの転向

エドワード・O・ウィルソン(1929-2021)は、ハーバード大学の昆虫学者であり、社会生物学の創始者として知られる。ウィルソンは長年、ハミルトンの血縁淘汰理論の支持者であったが、晩年に劇的な転向を行った。

2010年、ウィルソンは数学者マーティン・ノワクおよびコリーナ・タルニタとともに、科学誌『ネイチャー』に血縁淘汰を正面から批判する論文を発表した。この論文は、137人の著名な生物学者による連名の反論を引き起こし、進化生物学史上最大級の論争となった。

ウィルソンは2012年の著書『地球の征服者——人類はなぜ社会性を進化させたか』において、自らの立場を明確に表明した。人類を含む真社会性種の進化を駆動したのは、血縁淘汰ではなく集団淘汰であるというのがウィルソンの結論であった。

ウィルソンの議論は、民族自決権を進化生物学的に基礎づける上で重要な含意を持つ。集団淘汰が人類進化の主要な駆動力であるならば、集団(民族)の境界を維持し、集団内の協力を強化し、集団間の競争に備えることは、数百万年の進化によって人類に刻まれた本質的な行動傾向ということになる。

リアリズムと集団淘汰の並行性

集団淘汰理論と国際政治学のリアリズムは、驚くべき構造的類似性を共有している。

概念 集団淘汰理論 リアリズム(国際政治学)
基本単位 集団(群れ、部族、民族) 国家(民族国家)
環境の性質 資源をめぐる集団間の競争 アナーキーな国際システム
生存条件 集団内の協力 + 集団間の競争 国民的結束 + 軍事力
利他性の説明 集団淘汰によって利他性が進化 国家への忠誠・愛国心
裏切りの問題 フリーライダー問題 国内の反逆者・売国行為
境界の維持 集団の排他性 国境管理・移民規制

この並行性は偶然ではない。リアリズムの諸前提——アナーキー、自助、パワーバランス——は、数百万年の集団間競争の中で自然淘汰によって形成された人間の本性を反映している。国際政治のリアリズムは、人類進化のリアリズムの制度的延長にほかならない。

ブレット・ワインスタインの進化生物学

テロメアと予備能力仮説

ブレット・ワインスタイン(1969年生)は、アメリカの進化生物学者であり、ミシガン大学でリチャード・アレクサンダーの指導のもと博士号を取得した。ワインスタインの最も重要な科学的貢献は、2002年にデボラ・チゼックと共に発表した予備能力仮説(Reserve-Capacity Hypothesis)である。

この仮説の背景には、実験用マウスのテロメア問題という、科学史上最も興味深い発見の一つがある。

テロメアとは、染色体の末端に位置するDNAの反復配列であり、靴紐の先端のプラスチック部分に例えられる。細胞分裂のたびにテロメアは短くなり、臨界的な長さに達すると細胞は老化(senescence)に入り分裂を停止する。これがヘイフリック限界として知られる現象である。

実験用マウスの進化的トラップ

ワインスタインは、アメリカの実験用マウスのほぼ全てが、メイン州バーハーバーのジャクソン研究所に由来する系統であることに注目した。これらの実験用マウスが、野生のマウスと比べて異常に長いテロメアを持っていることを彼は発見した。

ワインスタインとチゼックの仮説はこうである。研究所の繁殖プロトコルは、繁殖能力の最大化を目的として設計されていた。繁殖能力が低下したマウスは淘汰され(飼料節約のため殺処分され)、繁殖能力の高い個体のみが次世代を残した。この人為的な淘汰環境は、短期的な繁殖力を強く選択する一方で、腫瘍抑制能力を選択する圧力を事実上ゼロにした。なぜなら、マウスは癌が発症する前に繁殖から退役させられるからである。

この人為的淘汰が数十世代にわたって作用した結果、実験用マウスのテロメアは異常に長くなった。テロメアが長いことは短期的な細胞再生能力を高めるが、同時に腫瘍抑制のフェイルセーフ(安全装置)を無効化する。

薬物安全性試験への含意

この発見の含意は深刻である。テロメアのフェイルセーフが無効化された実験用マウスは、正常な老化や腫瘍形成のモデルとして信頼できない。これらのマウスを用いた薬物安全性試験は、発癌リスクを過大評価し、組織損傷と加速老化のリスクを過小評価する可能性がある。

ワインスタインは、関節炎治療薬バイオックスのスキャンダルを具体例として挙げた。この薬は脳卒中を引き起こすことが判明して回収されたが、政府の調査委員会による300ページの報告書にはマウスについての言及が一切なかった。

この論文は当初、科学誌『ネイチャー』に投稿されたが、査読なしで却下された。著名な進化生物学者ジョージ・C・ウィリアムズがこの論文を高く評価していたにもかかわらずである。最終的に『Experimental Gerontology』に掲載された。

この逸話は、科学制度そのものの進化的トラップを示唆している。科学の制度的インセンティブ構造が、不都合な発見を抑圧するように機能する——これは、政治的制度が不都合な真実を抑圧するのと構造的に同じ現象である。

進化的ミスマッチと「超新奇性」

ワインスタインの公的知識人としての活動における中心的概念は、進化的ミスマッチ(evolutionary mismatch)である。現代の環境は、人類の心理と生理が進化した祖先の環境とは劇的に異なっている。この断絶が、現代社会の多くの問題の根底にある。

ワインスタインは現代文化を「超新奇性」(hyper-novelty)の時代と特徴づける。「我々は、周囲のほぼ全てのものが時の試練に耐えていない時代に生きている」。人類史上最も繁栄した時代に生きているにもかかわらず、人々はかつてなく無気力で、分断され、不幸であり、自殺率、孤独感、慢性疾患が急増し続けている。

ワインスタインと妻の進化生物学者ヘザー・ヘイングは、共著『21世紀のための狩猟採集民ガイド——進化と現代生活の課題』(2021年)において、ミスマッチが特に顕著な四つの領域を特定した。食事、医療、性、睡眠である。

進化的ミスマッチの概念は、保守ぺディアの思想体系にとって重要な含意を持つ。低賃金移民政策による急激な人口構成の変化、人口侵略、グローバリズムによる伝統的共同体の解体——これらは全て、人類が進化的に適応していない「超新奇」な環境変化である。人類は、数十万年にわたって同質的な小集団の中で生存してきた。突然の多民族混住は、進化的ミスマッチの典型的な事例であり、社会的紐帯の崩壊、信頼の低下、孤立感の増大を引き起こす。

ロバート・パットナムが『孤独なボウリング』(2000年)で示した社会関係資本の減少、さらには彼自身が多民族混住地域において社会的信頼が低下することを発見した研究(2007年)は、進化的ミスマッチの社会的帰結を経験的に裏付けている。

ダークホース・ポッドキャストとオメガ原理

ワインスタインは2019年にダークホース・ポッドキャスト(DarkHorse Podcast)を開始し、進化生物学の視点から現代社会の諸問題を分析している。彼が提唱するオメガ原理(Omega Principle)とは、人類の適応の大部分が遺伝子レベルではなく文化レベルで生じるが、遺伝子は依然として「間接的な命令的地位」にあるという理論である。

デイヴィッド・スローン・ウィルソンはワインスタインについて、「ブレット・ワインスタインは、集団淘汰という言葉を使うこと以外のあらゆる方法で集団淘汰を援用している」と批評した。これは、ワインスタインがリチャード・アレクサンダーとジョージ・C・ウィリアムズの個体淘汰の伝統に知的ルーツを持ちながら、その推論が実質的に集団レベルの現象に依拠していることを指摘するものである。

エバーグリーン州立大学事件

ワインスタインの名が広く知られるようになったのは、2017年のエバーグリーン州立大学事件を通じてである。同大学には「不在の日」(Day of Absence)という伝統行事があり、従来は有色人種の学生・教員がキャンパスを離れて議論を行うものであった。2017年、主催者はこれを逆転させ、白人の教員と学生にキャンパスからの退去を要求した

ワインスタインはこれに反対し、「大学キャンパスにおいて、発言する権利——あるいは存在する権利——が肌の色に基づいてはならない」とメールで主張した。これに対し、学生グループがワインスタインの授業を妨害し、「人種差別主義者」として辞職を要求した。50人以上の教員がワインスタインへの懲戒処分を求める書簡に署名した。キャンパスは3日間閉鎖された。最終的にワインスタインと妻は大学を辞職し、各25万ドルの和解金を受け取った。

この事件は、アメリカの大学における言論の自由をめぐる論争の象徴的事例となった。進化生物学の観点からは、集団内の同調圧力、異端者の排除、集団の道徳的境界の強制という、人類に深く根づいた社会的行動の発現として分析できる。

テロメア研究の系譜

ヘイフリック限界の発見

ワインスタインのテロメア研究を理解するためには、その前史を知る必要がある。

1961年以前、生物学者たちは脊椎動物の細胞が無限に分裂できると信じていた。この信念は、アレクシス・カレルがニワトリの心臓細胞を数十年にわたって培養したという主張(後に誤りであったことが判明)に基づいていた。

レオナード・ヘイフリック(1928年生)は、1961年にウィスター研究所において、正常なヒト胎児細胞が培養中に40回から60回しか分裂しないことを実証した。これは細胞の不死性というドグマを覆す発見であった。マクファーレン・バーネットは1974年の著書でこれを「ヘイフリック限界」と命名した。

テロメラーゼの発見とノーベル賞

テロメア研究の系譜は以下の通りである。

ヘイフリックが最初に指摘した通り、不死であるのは癌細胞だけである。癌細胞はテロメラーゼを発現させ、テロメアを無限に延長することで、無限の増殖能力を獲得する。この発見は、テロメラーゼ阻害剤を癌治療に応用する研究の基盤となっている。

ワインスタインの予備能力仮説は、このテロメア研究の系譜の中で、進化的トレードオフ(腫瘍抑制 vs. 組織修復)という視点を導入した点で独創的であった。

適応と淘汰圧——「面白い話」

孔雀のパラドックス

進化生物学には、一見すると進化論に反するように見える現象が数多く存在する。その中で最も有名なのが、孔雀の尾羽のパラドックスである。

ダーウィン自身が「孔雀の尾羽を見ると気分が悪くなる」と述べたように、巨大で華麗な尾羽は明らかに生存に不利である。捕食者から逃げにくくなり、エネルギーコストも大きい。なぜこのような形質が進化したのか。

アモツ・ザハヴィ(テルアビブ大学)は1975年にハンディキャップ原理を提唱し、この謎を解いた。巨大な尾羽は、まさにそのコストの高さゆえに正直なシグナルとして機能する。「このような不利な形質を維持しながらも生存できるほど、私は優秀な遺伝子を持っている」というメッセージを雌に送るのである。シグナルのコストが高いからこそ、それは偽ることができない。

このハンディキャップ原理は、人間社会にも広く適用できる。宗教的儀礼のコスト(断食、苦行、巡礼)、ポトラッチ(富の誇示的消費)、武士道における名誉の追求——いずれもコストの高いシグナルとして機能し、集団内での信頼と地位を確立するための進化的戦略である。

鎌状赤血球とトレードオフ

進化的トレードオフの最も劇的な事例が、鎌状赤血球の遺伝子である。この遺伝子をホモ接合体(両親から受け継いだ場合)で持つ個体は重篤な貧血症に苦しむ。しかし、ヘテロ接合体(片方の親からのみ受け継いだ場合)で持つ個体は、マラリアに対して高い抵抗性を持つ。

マラリアが蔓延する地域(サハラ以南のアフリカ等)では、ヘテロ接合体の優位性が鎌状赤血球遺伝子の維持を可能にする。一つの遺伝子が、文脈によって致命的な病気にも、生存上の利点にもなりうるのである。

この原理は、人間社会の制度や文化にも適用できる。法の支配は、本来は権力の恣意性を制限する機能を持つが、覇権国の手にかかれば他国を従属させる道具にもなる。同じ制度が、文脈によって正反対の機能を果たすのである。

乳糖耐性——文化が遺伝子を変える

進化生物学における最も驚くべき発見の一つは、文化が遺伝子の進化を駆動しうるという事実である。

成人の乳糖耐性は、約8000年前に牧畜文化を発展させた北ヨーロッパおよび東アフリカの集団において独立に進化した。牧畜という文化的革新が、乳糖を成人期にも消化できる遺伝的変異に対する淘汰圧を生み出したのである。

同様に、農耕文化の発展は、唾液中のアミラーゼ遺伝子のコピー数を増加させた。農耕によってデンプンの摂取量が増加し、デンプン消化能力に対する淘汰圧が強まったのである。

これらの事例は、遺伝子と文化が一方通行の関係ではなく、双方向的な共進化の関係にあることを示している。この遺伝子-文化共進化は、社会進化学の記事で詳述する。

リアリズムの進化生物学的基盤

人間の本性と国際政治

リアリズムの前提は、進化生物学によって強固に基礎づけられる。

  • アナーキー: 自然界には世界政府は存在しない。生物は自助によって生存する。国際政治の無政府状態は、自然界の基本条件の社会的反映である
  • 自助(self-help): 個体も、集団も、最終的には自力で生存しなければならない。他者に依存する存在は、他者の利益変更によって致命的なリスクにさらされる
  • 権力の追求: 資源は有限であり、より多くの資源を獲得する能力(権力)は生存を左右する。権力への意志は、進化が人間に与えた根本的な動機づけである
  • 安全保障ジレンマ: 一方が軍備を増強すれば他方も増強せざるを得ないというジレンマは、進化における軍拡競争(捕食者と被食者のコエボリューション)と同型である
  • 集団内協力と集団間競争: 人類は集団内では協力し、集団間では競争する。この二重構造が、愛国心と戦争を同時に生み出す

ハンス・モーゲンソーが『国際政治——権力と平和の理論』(1948年)で論じた「権力への意志」は、進化生物学の言葉で言い換えれば、自然淘汰が個体に刻み込んだ「適応度最大化への志向」である。ケネス・ウォルツが『国際政治の理論』(1979年)で論じた「国際システムの構造」は、集団間競争の淘汰圧と構造的に同型である。

民族の進化生物学的基盤

民族とは何か。進化生物学の観点からは、民族は拡大された血縁集団である。ハミルトンの血縁淘汰理論によれば、個体は遺伝的に近縁な他者に対して利他的に振る舞う傾向がある。民族の成員は、他の民族の成員よりも平均的に高い遺伝的近縁度を共有している。

もちろん、民族は純粋に遺伝的な単位ではない。言語、文化、歴史的記憶、宗教といった文化的要素が、民族の境界を定義し維持する上で決定的に重要である。しかし、遺伝的近縁性という生物学的基盤が、民族的連帯感の進化的起源を提供していることは否定できない。

民族自決権とは、この進化的に形成された集団が、自らの運命を自ら決定する権利である。これを否定することは、人類の進化的本性を否定することにほかならない。

国家とは何か——進化学的起源

バンドから国家へ——社会的複雑性の進化

国家とは何か。進化学的に見れば、国家は集団淘汰と文化進化の産物であり、人類の社会組織の最も高度な形態である。

人類学者エルマン・サーヴィスは、人間社会の進化を四段階で記述した。

  • バンド(band): 20〜50人の血縁者集団。狩猟採集社会。リーダーシップは非公式。全員が顔見知りであり、協力は直接的互酬性と血縁淘汰に基づく
  • 部族(tribe): 数百人の集団。農耕・牧畜の開始とともに出現。氏族(クラン)や年齢階梯制による社会組織。リーダーは「ビッグマン」(名声に基づく非制度的リーダー)
  • 首長制(chiefdom): 数千人から数万人。首長が世襲的権力を持ち、再分配経済を管理する。社会的階層の出現。祭祀と政治の融合
  • 国家(state): 数万人以上。官僚制、常備軍、成文法、課税制度を持つ。暴力の独占(ウェーバーの定義)。匿名の他者との大規模な協力が可能

この四段階の移行は、進化生物学の主要な進化的遷移(major evolutionary transition)と構造的に同型である。デイヴィッド・スローン・ウィルソンが論じたように、集団間淘汰が集団内淘汰を圧倒するとき、下位レベルの単位(個体)が統合されて上位レベルの単位(集団)が新たな「有機体」として出現する。独立した細胞が多細胞生物に統合されたのと同じ原理で、独立した個人・家族がバンド・部族・国家に統合されたのである。

戦争が国家を作り、国家が戦争を作る

国家の起源をめぐる最も有力な仮説は、戦争仮説である。社会学者チャールズ・ティリーは「戦争が国家を作り、国家が戦争を作った」(War made the state, and the state made war)という有名な定式を提唱した。

ティリーの論理は以下の通りである。ヨーロッパにおいて国家が形成されたのは、集団間の軍事的競争の結果であった。戦争を遂行するためには、課税能力、官僚制、常備軍が必要である。これらの制度を整備した政治体が戦争に勝利し、生き残った。整備できなかった政治体は淘汰された。すなわち、国家は集団間の軍事的淘汰圧によって進化した制度である。

人類学者ロバート・カーネイロは、この論理を「制約理論」(circumscription theory)として精緻化した。地理的に制約された環境(山脈や砂漠に囲まれた谷)において、敗北した集団が逃走できない場合、征服と統合が生じ、国家が形成される。ナイル川流域、メソポタミア、黄河流域、ペルーの谷——最初の国家が出現した場所は、いずれも地理的に制約された環境であった。

進化生物学の言葉で言えば、国家の形成は集団淘汰の結果にほかならない。軍事的に組織化された集団が、組織化されていない集団を征服・吸収・淘汰した。この過程で、大規模な匿名集団内での協力を可能にする制度——法、宗教、官僚制、市場——が文化的に進化した。

国家は拡張された表現型である

リチャード・ドーキンスは、『延長された表現型』(1982年)において、遺伝子の影響が個体の身体を超えて環境にまで及ぶことを論じた。ビーバーのダムは、ビーバーの遺伝子の「延長された表現型」である。

この概念を文化進化に適用すれば、国家は人類の文化的に延長された表現型である。国家の諸制度——法律、軍隊、官僚制、教育制度、市場——は、人類の文化的遺伝子(ミーム)の表現型であり、集団の生存と繁殖を促進するために文化的淘汰を通じて進化してきた。

リアリズムの観点からは、国家を「社会契約」の産物として理解するリベラルな伝統は根本的に誤っている。国家は、自由な個人が合意によって創設した制度ではない。国家は、数千年にわたる集団間の軍事的競争と文化的淘汰によって進化した集団適応である。国家の目的は個人の権利を保護することではなく、集団(民族)の生存を確保することである。

言語とは何か——進化学的分析

言語能力の進化

言語は人類を他の全ての動物から決定的に区別する能力である。ノーム・チョムスキーが提唱した「普遍文法」の仮説——人間の脳には生得的な言語獲得装置(LAD: Language Acquisition Device)が備わっている——は、言語能力が自然淘汰によって進化した適応であることを示唆している。

言語の進化的起源については複数の仮説がある。

  • 社会的結束仮説: ロビン・ダンバーは、言語が霊長類の「毛づくろい」の代替として進化したと論じた。霊長類は毛づくろいによって社会的絆を維持するが、集団規模が大きくなると一対一の毛づくろいでは限界がある。言語は、一対多の「音声による毛づくろい」として、より大きな集団内の社会的結束を可能にした
  • 協力の促進仮説: 言語は、集団的狩猟や集団防衛における協力を調整するために進化した。複雑な計画を伝達し、役割を分担し、戦略を共有する能力は、集団間競争において決定的な優位性をもたらした
  • ゴシップ仮説: ダンバーはまた、言語の主要な機能が「ゴシップ」——集団成員に関する情報の交換——であると論じた。誰が信頼できるか、誰がフリーライダーか、誰と同盟を組むべきかに関する情報は、集団生活において生存に直結する

いずれの仮説においても、言語は集団内の協力を促進するために進化したという点で一致している。言語は、本質的に集団的な現象であり、個人のための道具ではなく集団のための道具である。

言語は民族の境界装置である

進化学的に見れば、言語は民族の境界を維持する最も強力な装置の一つである。

言語は、集団の成員を識別するマーカーとして機能する。同じ言語を話す者は「我々」であり、異なる言語を話す者は「彼ら」である。この識別機能は、集団間の競争が激しい環境において進化的に有利であった。

さらに興味深いことに、方言アクセントの微細な差異もまた、集団の境界を維持する機能を持つ。ある集団に属さない者が言語を学習したとしても、方言やアクセントの微妙なズレによって「よそ者」であることが判明する。これは、言語が単なるコミュニケーションの道具ではなく、集団帰属性の信号装置であることを示している。

言語学者の研究は、言語の分化が地理的障壁だけでなく、社会的障壁によっても駆動されることを示している。互いに敵対する隣接集団は、意図的に異なる言語的特徴を発展させる傾向がある。バベルの塔の物語——人類の言語の分裂——は、集団間の競争と境界維持の進化学的必然性を神話的に表現したものとして読むことができる。

憲法闘争でドナルド・ホロウィッツが論じたように、民族主義憲法において公用語の指定は最も重要な闘争点の一つである。「この国の言語は何か」という問いは、「この国は誰のものか」という問いと同義である。言語は、民族の存在そのものを音声として具現化したものだからである。

言語の消滅は民族の消滅である

世界には約7000の言語が存在するが、その多くが消滅の危機に瀕している。言語学者の推定では、今世紀末までに現存する言語の50%以上が消滅する可能性がある。

進化学的観点からは、言語の消滅は単なる「文化的損失」ではない。言語は、その言語を話す民族の数千年にわたる環境適応の知恵を凝縮した情報体系である。特定の生態系に関する知識、薬用植物に関する語彙、狩猟・農耕技術に関する概念体系——これらは、その言語と共にのみ伝達される。言語の消滅は、数千年の文化進化によって蓄積された適応的知識の不可逆的な喪失を意味する。

さらに、ヘンリックの遺伝子-文化共進化理論に基づけば、言語の消滅は遺伝子-文化共進化のプロセスを断ち切る。言語は文化の伝達媒体であり、文化は遺伝子の淘汰圧を変化させる。言語が消滅すれば、その文化が方向づけてきた遺伝的進化の軌道が破壊される。

グローバリズムによる言語の均質化——世界中で英語が支配的になる過程——は、人類の文化的多様性の進化学的基盤を破壊する行為にほかならない。多文明主義が各文明の独自性を擁護するのは、進化学的にも正当な立場である。

文化とは何か——進化学的分析

文化はニッチ構築である

文化とは何か。進化学の観点からは、文化は人類のニッチ構築(niche construction)の最も高度な形態である。

ニッチ構築とは、生物が自らの環境を能動的に改変し、その改変された環境が自らおよび子孫に対する淘汰圧を変化させるプロセスを指す。ビーバーがダムを建設すること、ミミズが土壌を改良すること——これらはニッチ構築の例である。

人類は、地球上で最も強力なニッチ構築者である。火の使用、衣服、住居、農耕、都市、法制度、宗教、市場——これらの全てが人類のニッチ構築の産物であり、これらの総体が文化である。

文化的ニッチ構築は、遺伝的進化に対して強力なフィードバック効果を持つ。火の使用は食物の調理を可能にし、調理された食物は消化にかかるエネルギーを減少させ、余剰エネルギーは脳の拡大に振り向けられた。農耕は定住を可能にし、定住は人口増加を加速し、人口増加は社会的複雑性の増大を促進した。すなわち、文化は人類の遺伝的進化を方向づける最も強力な力である。

文化は集団の拡張された免疫系である

生物学的な免疫系が個体を病原体から防御するように、文化は集団を社会的な脅威から防御する機能を持つ。

  • 宗教: 集団の結束を維持し、フリーライダーを排除し、集団の境界を維持する。免疫系が「自己」と「非自己」を区別するように、宗教は「我々」と「彼ら」を区別する
  • 言語: 集団内のコミュニケーションを促進し、同時に外部者の浸透を困難にする。細胞膜のように、内部の情報交換を可能にしつつ外部からの侵入を阻止する
  • 法制度: 集団内の行動を規制し、逸脱者を制裁する。免疫系の監視機能と同型である
  • 婚姻規範: 遺伝的境界を維持し、集団の遺伝的同質性を保つ。生殖隔離メカニズムの文化的等価物である
  • 歴史的記憶: 過去の脅威(迫害、侵略、裏切り)の記録を保存し、将来の脅威に対する「免疫記憶」として機能する。獲得免疫が過去の病原体を記憶するように、歴史的記憶は過去の敵を記憶する

この分析に基づけば、グローバリズムが推進する「文化の開放」——国境の撤廃、「多文化共生」、移民の無制限な受け入れ——は、集団の免疫系を意図的に無効化する行為として理解できる。免疫不全症候群(AIDS)がHIVウイルスによって免疫系を破壊された結果生じるように、文化的免疫の破壊は民族の「後天的免疫不全」を引き起こす。

文化的適応の多様性——「一つの最善解」は存在しない

進化生物学の基本的洞察は、適応は常に環境に依存するということである。サバンナに適応した生物と、熱帯雨林に適応した生物は、異なる形質を持つ。どちらが「より優れた」適応であるかを問うことは無意味である。なぜなら、適応の価値は環境との関係においてのみ定義されるからである。

文化的適応にも同じ原理が適用される。砂漠に適応したベドウィンの文化と、モンスーン地帯に適応した日本の稲作文化は、それぞれの環境に対する固有の適応的解である。どちらが「より優れた」文化であるかを問うことは、進化学的に無意味である。

この原理は、第四の理論のドゥーギンが提唱する多文明主義を進化学的に基礎づける。西洋文明の制度——自由民主主義、市場経済、法の支配——は、西洋の特殊な歴史的・地理的・文化的環境への適応的解にすぎない。これを「普遍的に最善の制度」として他文明に押し付けることは、熱帯魚にサバンナの適応を強制するような生物学的ナンセンスである。

参考文献

関連項目