性淘汰
性淘汰
概要
「クジャクの尾羽を見るたびに、吐き気がする」
1860年、チャールズ・ダーウィンはアメリカの植物学者エイサ・グレイへの手紙でそう書いた。クジャクの雄が広げる巨大で華麗な尾羽は、捕食者から目立ち、飛行を妨げ、膨大なエネルギーを消費する。自然選択の理論——すなわち、生存に有利な形質が選択されるという理論——では、この途方もない無駄を説明できない。ダーウィンの「吐き気」は、自らの理論の限界に対する知的誠実さの表れであった。
この矛盾を解決するためにダーウィンが提唱したのが、性淘汰(Sexual Selection)である。1871年の主著『人間の由来と性に関する淘汰』において、ダーウィンは自然選択とは別に、配偶者の獲得をめぐる競争が進化の強力な駆動力であることを論じた。性淘汰は、生存への適応ではなく、繁殖への適応を説明する理論である。
性淘汰には二つの形態がある。第一は同性内淘汰(intrasexual selection)——同性間の競争であり、雄ジカの角の突き合いや、雄ゾウアザラシの血みどろの闘いがこれにあたる。第二は異性間淘汰(intersexual selection)——異性による選り好み(mate choice)であり、雌クジャクが最も美しい尾羽を持つ雄を選ぶ行動がこれにあたる。
性淘汰の理論は、動物界にとどまらない。ヒト(Homo sapiens)における男女の身体的差異、認知能力の差異、行動様式の差異、そして政治的態度の差異までもが、数百万年にわたる性淘汰の産物として説明できる。なぜ女性は男性より言語を早く獲得するのか。なぜ男性はリスクを好み、女性は安全を好むのか。なぜ欧米において女性は移民に寛容であり、男性は移民に反対する傾向が強いのか。これらの問いに、性淘汰の理論は進化生物学的な回答を与える。
本記事では、ダーウィン以降の性淘汰理論の発展を体系的に概観した上で、ヒトにおける性差の生物学的基盤を分析し、さらにその知見を現代の政治的・社会的現象——とりわけ移民問題、フェミニズム、そして民族自決権の防衛——に接続する。性淘汰は、単なる生物学の理論ではない。民族の存亡を左右する力学そのものである。
性淘汰の理論的枠組み
ダーウィン:二つの淘汰
チャールズ・ダーウィン(1809–1882)は、1859年の『種の起源』で自然選択の理論を提示したが、同書の中ですでに性淘汰の概念に言及していた。しかし、性淘汰を本格的に論じたのは1871年の『人間の由来と性に関する淘汰』(The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex)である。全2巻のうち、実に3分の2が性淘汰の議論に充てられた。
ダーウィンは、自然選択では説明できない形質が動物界に広く存在することに気づいていた。雄ジカの巨大な枝角は走行を妨げ、捕食者から逃れにくくする。雄クジャクの尾羽は飛行能力を損ない、エネルギー消費を増大させる。雄ライオンのたてがみは体温調節を困難にする。これらの形質は、生存に不利であるにもかかわらず進化した。
ダーウィンの回答は、進化には二つの力が作用しているというものであった。
- 自然選択(Natural Selection): 生存に有利な形質が選択される。環境への適応を駆動する
- 性淘汰(Sexual Selection): 繁殖に有利な形質が選択される。配偶者の獲得をめぐる競争を駆動する
性淘汰は自然選択と対立する場合がある。クジャクの尾羽は自然選択の観点からは不利であるが、性淘汰の観点からは有利である。雌クジャクが大きく美しい尾羽を持つ雄を好んで交配相手に選ぶ限り、尾羽の巨大化は繁殖上の利益をもたらす。生き残るだけでは不十分であり、繁殖しなければ遺伝子は残らない——これがダーウィンの性淘汰理論の核心である。
しかし、同時代の科学者たちの反応は冷淡であった。アルフレッド・ラッセル・ウォレスは、雌が美的感覚に基づいて雄を選ぶという主張を否定した。ウォレスは、目立つ雄の装飾は自然選択だけで説明できると主張した。性淘汰の理論が学界に受け入れられるまでには、ダーウィンの死後100年以上を要した。
トリヴァース:親の投資理論
性淘汰の理論に革命をもたらしたのは、アメリカの進化生物学者ロバート・トリヴァース(1943–2024)である。1972年の論文「親の投資と性淘汰」(Parental Investment and Sexual Selection)は、進化生物学において最も引用された論文の一つとなり、2022年時点で17,000件以上の学術引用がある。
トリヴァースは、性淘汰の方向を決定するのは親の投資(parental investment)の非対称性であると論じた。親の投資とは、ある子への投資が、他の子への投資可能性を犠牲にする度合いのことである。
哺乳類において、雌の親の投資は雄を圧倒的に上回る。雌は以下の負担を負う。
- 卵子の生産: 精子に比べて巨大(ヒトの卵子は精子の約85,000倍の体積)かつ少数
- 妊娠: ヒトの場合、約9ヶ月の妊娠期間
- 授乳: 哺乳類に固有のコスト。ヒトの場合、数ヶ月から数年
- 育児: 多くの哺乳類で、子の養育は主に雌が担う
一方、雄の最小限の投資は精子の提供のみであり、理論上は交配後に立ち去ることが可能である。
この非対称性から、トリヴァースは以下の原則を導き出した。
- 投資の多い性(多くの場合、雌)は配偶者の選択に慎重になる: 一回の繁殖の失敗コストが高いため、質の高い相手を選ぶ圧力が働く
- 投資の少ない性(多くの場合、雄)は同性間で配偶者をめぐって競争する: 繁殖の機会が雌の選択によって制限されるため、雄同士の競争が激化する
この理論の検証は、性役割が逆転した種で最も劇的に確認される。タマシギでは、雄が抱卵と育雛を一手に引き受ける。結果として、雌が雄より大型で鮮やかな羽色を持ち、雄をめぐって雌が争い、雄が配偶者を選り好みする——哺乳類の逆のパターンが観察される。トリヴァースの理論の予測と完全に一致する。
ベイトマン:雄と雌の繁殖成功度の非対称性
トリヴァースの理論には、重要な先駆者がいた。イギリスの遺伝学者アンガス・ジョン・ベイトマン(1919–1996)である。ベイトマンは1948年の論文で、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)を用いた実験から、性淘汰の根底にある原理を発見した。
ベイトマンの原理(Bateman's Principle)は以下の三つの要素からなる。
- 雄の繁殖成功度の分散は雌よりも大きい: ある雄は非常に多くの子を残し、ある雄はまったく子を残さない。雌の繁殖成功度はより均一である
- 雄の繁殖成功度は交配相手の数に比例して増加する: 雄にとって、より多くの雌と交配することは直接的に子の数の増加につながる
- 雌の繁殖成功度は交配相手の数にあまり依存しない: 雌にとっては、一度受精すれば追加の交配は繁殖成功度をほとんど増加させない
この非対称性が性淘汰を駆動する。雄にとって繁殖は「量」の問題であり、雌にとって繁殖は「質」の問題である。ヒトの男性は理論上、一生のうちに数百人から数千人の子を残すことが可能である(モロッコのスルタン、ムーレイ・イスマーイールは888人の子を残したと記録されている)。一方、女性の出産可能数は生理学的に制限されており、記録上の最多は69人(18世紀ロシアの農婦)である。この10倍以上の差が、男女の繁殖戦略の根本的な違いを生み出している。
フィッシャー:暴走的性淘汰
イギリスの統計学者・遺伝学者ロナルド・フィッシャー(1890–1962)は、1930年の著書『自然選択の遺伝学的理論』(The Genetical Theory of Natural Selection)において、性淘汰が自己強化的なフィードバックループとして暴走する可能性を数学的に示した。
フィッシャーの暴走的性淘汰(Fisherian Runaway)のメカニズムは以下の通りである。
- ある集団の雌が、特定の雄の形質(例:長い尾)を好む傾向を持つ
- その好みを持つ雌と、長い尾を持つ雄が交配する
- 子の世代では、雄の子は「長い尾」の遺伝子を、雌の子は「長い尾を好む」遺伝子を受け継ぐ
- 次の世代では、さらに長い尾を持つ雄が、さらに強い好みを持つ雌に選ばれる
- この正のフィードバックにより、雄の形質と雌の好みがともに加速度的にエスカレートする
この過程は、形質のコスト(捕食されるリスク、エネルギー消費)が繁殖上の利益を上回るまで暴走し続ける。クジャクの尾羽が「不合理」なまでに巨大化したのは、まさにこの暴走的性淘汰の結果である。
フィッシャーの理論は当初は言葉による説明にとどまったが、1980年代にラッセル・ランドとマーク・カークパトリックが数量遺伝学のモデルを用いて数学的に厳密化した。
ザハヴィ:ハンディキャップ原理
フィッシャーの暴走的性淘汰とは異なるメカニズムを提唱したのが、イスラエルの動物学者アモツ・ザハヴィ(1928–2017)である。ザハヴィは1975年の論文で、ハンディキャップ原理(Handicap Principle)を提唱した。
ザハヴィの主張は逆説的である。雄の装飾が進化したのは、それがコストを課すからである。
競馬のハンディキャップレースでは、強い馬により重いおもりが課される。それでも勝てる馬こそが、真に優秀な馬である。同様に、巨大な尾羽という「ハンディキャップ」を背負いながらなお健康に生存している雄クジャクは、その遺伝的品質が高いことを雌に正直にシグナリングしていることになる。遺伝的品質の低い雄は、同じハンディキャップを背負うと生存できない。したがって、コストの高いシグナルは「嘘をつけない」正直なシグナルとなる。
ザハヴィの理論は当初、激しい批判を浴びた。とりわけジョン・メイナード=スミスはゲーム理論の観点から批判した。しかし1990年、スコットランドの進化生物学者アラン・グラフェンがゲーム理論モデルを用いてハンディキャップ原理の条件を数学的に定式化し、理論的な妥当性が確認された。
ハンディキャップ原理は性淘汰を超えて広く応用される。ガゼルが捕食者の前で跳躍する「ストッティング」は、「私は十分速いので、こんな余裕がある」というコストのかかるシグナルである。人間社会における誇示的消費——高級車、ブランド品、慈善寄付——もまた、ハンディキャップ原理で説明される。
性淘汰理論の統合
現在、性淘汰の主要な理論は以下のように整理される。
| 理論 | 提唱者 | 年代 | 核心的主張 |
|---|---|---|---|
| 同性内淘汰 | ダーウィン | 1871年 | 同性間の直接的競争(闘争)が形質を進化させる |
| 異性間淘汰 | ダーウィン | 1871年 | 異性による選り好みが形質を進化させる |
| 親の投資理論 | トリヴァース | 1972年 | 親の投資が多い性が選り好みし、少ない性が競争する |
| ベイトマンの原理 | ベイトマン | 1948年 | 雄の繁殖成功度の分散は雌より大きい |
| 暴走的性淘汰 | フィッシャー | 1930年 | 雌の好みと雄の形質が共進化して暴走する |
| ハンディキャップ原理 | ザハヴィ | 1975年 | コストのかかる形質は遺伝的品質の正直なシグナルである |
これらの理論は相互排他的ではなく、異なる種や異なる形質において、それぞれが作用している。重要なのは、これらすべてが雌雄間の非対称性を前提としているという点である。この非対称性こそが、本記事の主題である。
動物界における性淘汰の実例
性淘汰の力は、動物界において驚くべき多様性と極端さを生み出してきた。以下に代表的な事例を挙げる。いずれも、雌雄間の非対称性が形態・行動・生存戦略を劇的に変形させることを実証するものである。
クジャク:美の暴走
インドクジャク(Pavo cristatus)は、性淘汰の最も象徴的な事例である。雄の上尾筒(しばしば「尾羽」と呼ばれるが、正確には尾を覆う羽毛)は長さ1.5メートルに達し、約200本の羽には鮮やかな青緑色の「目玉模様」(眼状紋)が並ぶ。雌(ピーヘン)は地味な褐色の羽毛しか持たない。
マリオン・ペトリー(1994年)による実験では、眼状紋の数が多い雄ほど雌に選ばれる頻度が高いことが示された。さらに、眼状紋の多い雄の子は、生存率が高かった。これはザハヴィのハンディキャップ原理と一致する——巨大な飾り羽を維持しながら健康でいられる雄は、遺伝的品質が高いことを正直にシグナリングしている。
一方、長尾キンチョウ(Euplectes progne)を用いたマルテ・アンダーソンの有名な実験(1982年)は、フィッシャーの暴走的性淘汰を直接的に実証した。アンダーソンは雄の尾羽を人為的に切断・延長し、尾羽の長い雄が圧倒的に多くの雌を獲得することを示した。
ゾウアザラシ:暴力的な同性内淘汰
キタゾウアザラシ(Mirounga angustirostris)は、同性内淘汰が極限まで作用した事例である。雄の体重は最大2,500キログラムに達し、雌の3〜4倍である。この極端な性的二形は、雄同士の激烈な闘争の結果である。
繁殖期、雄は浜辺でハーレムをめぐって血みどろの闘いを繰り広げる。勝者(アルファ雄)は数十頭の雌を独占し、敗者はまったく繁殖できない。バーニー・ル・ブフの長期研究(1974年)によれば、繁殖シーズンにおける雄の繁殖成功度の分散は極めて大きく、上位4%の雄が全交配の約85%を独占した。残りの96%の雄は、子孫をほとんどまたはまったく残せない。これこそベイトマンの原理が最も極端に表れた事例である。
ニワシドリ:建築家としての雄
ニワシドリ(Bowerbird, Ptilonorhynchidae科)の雄は、身体的装飾の代わりに建築物を使って雌を誘引する。オオニワシドリ(Chlamydera nuchalis)の雄は、小枝で精巧な「あずまや」(bower)を建設し、貝殻、花、果実、さらには人間のゴミ(プラスチック製品、アルミホイルなど色彩の鮮やかなもの)で装飾する。
ジェラルド・ボルジアの研究(1985年)は、あずまやの品質と装飾の量が雄の繁殖成功度と正の相関を持つことを示した。さらに注目すべきは、あずまやの建設能力が雄の認知能力と相関することである。精巧なあずまやを建設できる雄は、問題解決能力や空間認知能力が高い。雌は、あずまやの品質を通じて雄の認知能力を評価していることになる。
これは拡張された表現型(リチャード・ドーキンス、1982年)の典型例である。遺伝子の表現型が身体を超えて環境にまで拡張される。ニワシドリのあずまやは、雄の脳の品質を映し出す鏡である。
アカシカ:角の闘い
アカシカ(Cervus elaphus)の雄の枝角は毎年生え変わり、最大で重量15キログラムに達する。枝角は同性内淘汰の武器として機能し、秋の発情期に雄同士が激しくぶつけ合う。ティム・クラットン=ブロックらのラム島アカシカ長期研究(1982年〜)は、大きな枝角を持つ雄がハーレムをより長く維持し、より多くの雌と交配することを示した。
しかし、枝角には甚大なコストが伴う。生成に大量のカルシウムとリンを必要とし(骨粗鬆症様の一時的な骨量減少が起こる)、森林での移動を妨げ、捕食者からの逃走能力を低下させる。自然選択の観点からは不利であるにもかかわらず、性淘汰がこの「武器」の巨大化を維持してきた。
深海アンコウウオ:究極の性的二形
チョウチンアンコウ目(Ceratioidei)の深海性アンコウウオは、脊椎動物において最も極端な性的二形を示す。雌は体長60センチメートル以上に達するが、雄はわずか数センチメートル——雌の体重の1%以下——にすぎない。
この極端な二形は、深海という特殊な環境の産物である。水深1,000メートルを超える暗黒の深海では、配偶者と出会う確率は極めて低い。そのため、一部の種では雄が雌の体に噛みつくと、組織が融合し、循環系が接続され、雄は独立した生物としての存在をやめる。雄は眼も鰭も消化器官も退化させ、永久的な精子提供器官と化す。あるCryptopsaras couesiiの雌には、8匹もの雄が寄生的に融合していた記録がある。
さらに驚くべきことに、寄生的融合を行うアンコウウオの種は、組織の融合に際して免疫拒絶反応が起こらないよう、適応免疫の遺伝子(aicdaを含む)を失っている。これは自然界で知られる唯一のパラビオーシスの事例であり、性淘汰が免疫系という生命の根幹的システムすら改変しうることを示している。
マンドリル:色彩と権力
マンドリル(Mandrillus sphinx)は、霊長類で最も顕著な性的二形を示す種の一つである。雄の平均体重は約25〜35キログラムで、雌(約11.5キログラム)の約3倍に達する。しかし、マンドリルの性的二形で最も注目すべきは体格ではなく、色彩である。
支配的な雄(アルファ雄)は、鮮やかな赤と青の顔面彩色、赤い鼻、そして臀部の鮮やかな色彩を持つ。これらの色彩はテストステロンの濃度と直接的に連動しており、社会的地位の正直なシグナルとして機能する。雄がアルファの地位を獲得すると、精巣が肥大し、顔面の赤色が増し、胸部の臭腺の分泌が活発になり、体脂肪が増加する。地位を失うと、これらの変化は部分的に逆転する。
マンドリルの色彩は、ザハヴィのハンディキャップ原理の生きた実証である。テストステロンは免疫系を抑制するため、高いテストステロン濃度を維持しつつ健康を保てる雄は、遺伝的品質が高いことを正直にシグナリングしている。雌は、雄の顔の色彩を「読む」ことで、雄の社会的地位と遺伝的品質を同時に評価できる。
性淘汰が示す普遍的原理
これらの事例から抽出される原理は以下の通りである。
- 親の投資の非対称性が性淘汰の方向を決定する: 投資の多い性が選び、少ない性が競争する
- 雄の繁殖成功度は高い分散を持つ: 少数の勝者と多数の敗者が生まれる
- 性淘汰は自然選択と対立しうる: 生存に不利な形質が繁殖に有利であれば進化する
- 性淘汰は極端な性的二形を生み出す: 同じ種の雌雄が、まったく異なる外見と行動パターンを持つ
この原理は、ヒトにも例外なく適用される。
ヒトにおける性淘汰と性差
ヒトは性淘汰の産物である。「人間は文化的存在であり、生物学的決定論は適用されない」という主張は、20世紀後半の社会科学を支配したが、21世紀の進化心理学、行動遺伝学、神経科学の知見は、ヒトの性差が深い生物学的基盤を持つことを繰り返し実証している。
身体的性的二形
ヒトは中程度の性的二形を示す霊長類である。
- 体格: 成人男性は平均して女性より約15%大きく、約40〜50%筋力が強い。上半身の筋力差はさらに顕著で、男性の握力は女性の約2倍である。デイヴィッド・シュミットらの研究によれば、この差は文化圏を超えて一貫している
- 骨格: 男性は肩幅が広く、女性は骨盤が広い。男性の骨密度は女性より高い
- 声: 男性の声はテストステロンの作用により思春期に約1オクターブ低下する。低い声は社会的優位性と正の相関がある(ピュッツら、2007年)
- 顔面構造: 男性はより突出した眉弓、広い顎、大きな鼻を持つ。これらはテストステロンの発達期における作用の結果であり、免疫機能を抑制する(免疫ハンディキャップ仮説)テストステロンに耐えながら発達できたことの「正直なシグナル」である
ヒトの性的二形の程度(男性/女性の体重比約1.15)は、一夫一妻制の霊長類(テナガザル:比率約1.0)より大きく、ハーレム型の霊長類(ゴリラ:比率約2.0)より小さい。これは、ヒトが進化の歴史において緩やかな一夫多妻制(mild polygyny)の下にあったことを示唆する。
認知的性差
ヒトの脳にも性淘汰の痕跡が刻まれている。
空間認知能力
男性は平均して、心的回転(mental rotation)、空間ナビゲーション、標的の追跡などの空間認知タスクにおいて優位性を示す。この差のエフェクトサイズはCohen's d ≈ 0.7〜1.0と大きく、心理学における性差の中で最も頑健なものの一つである(ダイアン・ハルパーン、2012年)。
進化心理学者は、この差を男性の祖先的な役割——狩猟、ナビゲーション、縄張り防衛——と関連づけている。アーウィン・シルヴァーマンとマリオン・イールス(1992年)は、男性が空間ナビゲーションに優れる一方、女性が物体の位置記憶に優れることを示し、これを狩猟仮説と採集仮説で説明した。
言語能力
女性は男性より言語を早く獲得し、平均的な言語能力が高い。この知見は、発達心理学と神経科学の広範な研究によって裏付けられている。
- 言語発達の早期性: 女児は男児より平均1〜2ヶ月早く初語を発し、語彙の増加速度も速い(フェンソンら、1994年)。2歳時点で、女児の平均語彙数は男児を有意に上回る
- 言語流暢性: 成人においても、女性は語彙流暢性テスト(一定時間内にカテゴリーに属する語を列挙する)で男性を上回る(ハイドとリン、1988年)
- 読解力: OECD加盟国のPISA調査において、すべての参加国で女子の読解力スコアが男子を上回る。2018年のPISA調査では、この差の平均はOECD全体で30ポイントであった
- 脳の構造的差異: 女性の脳は言語処理において両半球をより均等に使用する傾向がある。脳梁(左右の大脳半球を結ぶ神経線維の束)は女性の方が相対的に大きいとする研究がある(デラコステ=ウタムシングとホリウェイ、1982年)。ブロカ野とウェルニッケ野における灰白質の密度にも性差が報告されている
なぜ女性の言語能力が男性を上回るのか。進化心理学は複数の仮説を提示している。
- 社会的知性仮説: 女性は協力的な育児(alloparenting)において、他者との関係構築と維持に言語を用いた。言語能力の高い女性は、より多くの社会的支援を動員でき、子の生存率が向上した
- 母子コミュニケーション仮説: 乳幼児への言語的刺激は脳の発達を促進する。言語能力の高い母親の子は認知的発達が有利であり、母の言語能力は自然選択の対象となった
- 配偶者選択仮説: 男性は言語的に巧みな女性を好んだ可能性がある。言語能力は知性の指標であり、子の遺伝的品質を予測するシグナルとして機能した
リスク選好の性差
男性はリスクを好み、女性はリスクを回避する傾向がある。この性差は文化圏を超えて一貫しており、生物学的基盤を持つ。
マーゴ・ウィルソンとマーティン・デイリー(1985年)は、この現象を「若い男性症候群」(Young Male Syndrome)と名づけた。15〜30歳の男性は、暴力犯罪、事故死、危険行動のすべてにおいて他のどの人口統計学的グループよりも高いリスクを示す。世界中の殺人統計において、加害者の約90%が男性であり、とりわけ若い男性に集中している。
進化心理学的には、これはベイトマンの原理から予測される。雄の繁殖成功度は配偶者の数に依存し、配偶者をめぐる競争は激烈である。競争に勝つためには、リスクを取らなければならない。リスクを回避する雄は安全に生存するが、繁殖の機会を失う。安全な敗者より、危険な勝者の遺伝子が次世代に残る——これがリスク選好の進化的論理である。
共感性の性差
女性は男性より平均して共感性(empathy)が高い。サイモン・バロン=コーエン(2003年)は、この差を「共感化-体系化理論」(Empathizing-Systemizing Theory)として定式化した。
- 共感化(Empathizing): 他者の精神状態を理解し、適切な感情的反応を示す能力。女性が平均して優位
- 体系化(Systemizing): システムの法則性を分析し、操作する能力。男性が平均して優位
バロン=コーエンは、この差が胎児期のテストステロン曝露と相関することを示した。胎児期に高いテストステロンに曝露された個体(男女を問わず)は、体系化傾向が高く、共感化傾向が低い。
この性差は、後述する政治的態度の性差——とりわけ移民に対する態度の性差——を理解する鍵となる。
配偶戦略の性差
男性の配偶戦略:量と地位
トリヴァースの親の投資理論とベイトマンの原理から、男性の繁殖戦略は以下のように予測される。
- 短期的配偶戦略: 多数の女性との短期的な性的関係を追求する。一回の交配コストが低いため、相手の数を最大化することで繁殖成功度を高める
- 地位と資源の獲得: 女性は男性の社会的地位と資源提供能力を配偶者選択の基準とする。したがって、男性は地位と資源をめぐって激しく競争する
- 同性間競争: 他の男性を直接的(身体的闘争)または間接的(地位競争)に排除する
アメリカの進化心理学者デイヴィッド・バスは、37の文化圏、約10,000人を対象とした大規模調査(1989年)において、男性の配偶者選好が文化を超えて一貫していることを示した。男性は配偶者の若さと身体的魅力を女性より重視する。若さと身体的魅力は繁殖力の指標であり、男性が無意識に繁殖力の高い女性を選好していることを示唆する。
女性の配偶戦略:質と安全
女性の繁殖戦略は男性と根本的に異なる。
- 長期的配偶戦略: 長期的なパートナーシップを通じて、子の生存に必要な資源と保護を確保する
- 配偶者の質の評価: 遺伝的品質(身体的健康、対称性、免疫系の多様性)と投資能力(社会的地位、資源、育児へのコミットメント)を評価する
- 状況依存的戦略の切り替え: 環境条件によって、長期的戦略と短期的戦略を切り替える
バスの同じ調査において、女性は配偶者の経済力と社会的地位を男性より一貫して重視することが示された。この選好は、社会主義国を含むすべての調査対象文化圏で確認された。
とりわけ重要なのは、女性の配偶者選好は環境の安全性と資源の入手可能性に敏感に反応するという点である。資源が乏しく不安定な環境では、女性は資源を提供できる男性への選好を強める。逆に、国家が福祉を通じて資源を提供する環境では、男性の資源提供能力への依存が低下し、女性の配偶者選好が変化する可能性がある。この現象は、後述するフェミニズムと福祉国家の関係を理解する鍵となる。
二重配偶戦略仮説
進化心理学者スティーヴン・ガンゲスタッドとランディ・ソーンヒルは、女性が排卵周期に応じて配偶者選好を変化させることを発見した(1998年)。
- 排卵期: 女性は男性的な顔面特徴(強い顎、突出した眉弓)、対称的な身体、支配的な行動——すなわち「良い遺伝子」の指標——を好む傾向が強まる
- 非排卵期: 女性は優しさ、協調性、資源提供能力——すなわち「良い父親」の指標——を好む傾向が強まる
この知見は、女性が遺伝的品質(良い遺伝子をもつ男性)と投資能力(良い父親となる男性)という、必ずしも一致しない二つの基準を持つことを示唆する。
政治的態度の性差:進化心理学的分析
性淘汰が生み出した心理的性差は、現代の政治的態度にも深い影響を及ぼしている。男女の政治的態度の差異は、単なる「社会化」の結果ではなく、数十万年にわたる性淘汰が形成した心理的適応の表現である。
安全保障志向の性差
男性と女性は、脅威の認知と安全保障の追求において、質的に異なるパターンを示す。
男性は集団間競争の文脈で脅威を認知する傾向がある。同性内淘汰の歴史において、男性は他の集団の男性を「競争者」あるいは「敵」として認知してきた。これは、狩猟採集社会における集団間の暴力的衝突——男性が戦士として部族を防衛した——の進化的遺産である。人類学者ナポレオン・シャニョンのヤノマミ族研究(1968年)は、戦闘で敵を殺した男性がより多くの妻と子を持つことを示した。戦争と繁殖は、男性にとって進化的に結合している。
女性は個人的安全の文脈で脅威を認知する傾向がある。妊娠・授乳期の脆弱性ゆえに、女性は身体的暴力のリスクに対してより敏感である。しかし同時に、女性は集団間の紛争においてより柔軟な戦略を採用する傾向がある。これは、征服や敗北の際に女性が殺害されるリスクが男性より低かった——むしろ征服者集団に統合された——という進化的歴史を反映している可能性がある。
外集団に対する態度の性差
進化心理学者カルロス・ダビッド・ナバレテらの研究(2010年)は、男女が外集団(outgroup)のメンバーに対して異なる反応を示すことを報告している。
- 男性: 外集団の男性に対して、より強い警戒心と敵意を示す。これは、外集団の男性が資源と配偶者の競争者であるという進化的認知を反映する
- 女性: 外集団の男性に対する敵意が男性ほど強くない。進化的に、女性は集団間の接触において殺害されるリスクが低く、新しい集団に統合される可能性があったため、外集団の男性を一方的に「敵」として認知する圧力が弱かった
この性差は、現代の移民問題における男女の態度の違いを進化心理学的に説明する手がかりとなる。
福祉選好の性差
女性は男性より、政府による福祉の拡充と再分配を支持する傾向がある。この傾向は複数の国際調査で確認されている。
進化心理学的に、この傾向は以下のように解釈される。女性の繁殖戦略において、資源の安定的確保は中核的な関心事項である。伝統的社会では、男性配偶者がこの資源を提供した。現代の福祉国家では、国家が男性配偶者の機能を部分的に代替する。政治学者ヨスタ・エスピン=アンデルセンの福祉国家論に従えば、北欧型の手厚い福祉は、女性の男性への経済的依存を低下させ、女性の政治的自律性を高める。
しかし、この「国家が夫の代わりをする」構造は、副作用をもたらす。男性への経済的依存が低下すると、女性の配偶者選好基準が変化し、文化的・民族的に異質な男性に対する選好の障壁も低下する可能性がある。進化心理学者はこの現象を、配偶者選好の環境依存的可塑性として分析する。
欧米における移民態度の性差
なぜ欧米女性は移民に寛容なのか
ヨーロッパおよび北米において、移民に対する態度には顕著な性差が存在する。複数の国際調査が一貫して示すのは、女性は男性より移民に対して寛容であるという事実である。
欧州社会調査(European Social Survey、ESS)のデータ分析(2002〜2018年)によれば、「移民の受け入れを制限すべきか」という質問に対して、すべての調査参加国において女性は男性より移民受け入れに肯定的であった。この差は国によって異なるが、統計的に有意かつ一貫している。
2015年のヨーロッパ移民危機においても、性差は明確であった。ドイツの世論調査では、メルケル首相の難民受け入れ政策("Wir schaffen das")への支持率が女性の間で男性より有意に高かった。難民支援ボランティアにおいても、女性の参加率が男性を大幅に上回った。
この性差を説明する進化心理学的仮説は以下の通りである。
脅威認知の非対称性
男性は外集団の男性を繁殖上の競争者として認知する傾向がある。移民の多くは若い男性であり、これは労働市場、社会的地位、そして配偶者をめぐる競争を意味する。進化的環境において、外集団の男性の流入は、内集団の男性にとって資源と配偶機会の喪失を意味した。
女性にとって、外集団の男性は競争者ではなく、むしろ潜在的な配偶候補のプールの拡大として認知される可能性がある。進化心理学者のデイヴィッド・バスは、女性が配偶者選択においてより広い選択肢を持つことが適応的であったと論じている。
共感性の性差
前述のように、女性は男性より平均して共感性が高い。移民——とりわけ難民——の苦境に対する感情的反応は、共感性の高い個体においてより強い。この共感的反応は、移民受け入れに対する肯定的態度と正の相関がある。
しかし、ここで指摘しなければならないのは、共感性が内集団と外集団を区別しない方向に作用する場合、それは民族自決権の防衛と矛盾する可能性があるという点である。共感は個体レベルでは美徳であるが、集団レベルでは自民族の利益を損なう方向に作用しうる。
征服と統合の進化史
人類の進化史において、集団間の暴力的衝突——戦争、襲撃、征服——は日常的であった。このような衝突の際、男性は殺害されるか奴隷化されることが多かったが、女性は征服者の集団に統合されることが多かった。
人類学者が記録する狩猟採集社会および部族社会の戦争において、敗北した集団の女性が征服者の妻となる事例は世界中に存在する。ナポレオン・シャニョンのヤノマミ族研究、ローレンス・キーリーの『文明化以前の戦争』(1996年)における考古学的証拠、そして遺伝学的研究が、この歴史を裏付けている。
遺伝学は決定的な証拠を提供する。ヒトのミトコンドリアDNA(母系遺伝)の多様性は、Y染色体(父系遺伝)の多様性より大きい。これは、歴史を通じて、女性の方が男性より多くの集団間の遺伝子流動に関与してきた——すなわち、女性は集団間を移動(自発的にまたは強制的に)し、男性は自集団にとどまる(または殺害される)傾向が強かったことを意味する。
この進化史は、現代の女性が外集団の男性に対して男性ほど強い警戒心を持たない理由を部分的に説明する。征服者に対する過度の敵意は、征服者の集団に統合された後の生存と繁殖にとって不利であった可能性がある。逆に、新しい集団に柔軟に適応する能力は、女性にとって適応的であった。
なぜ欧米男性は移民に反対するのか
男性が移民に反対する傾向が強い理由は、上記の性差の裏返しである。
資源と地位の競争
男性にとって、社会的地位と資源は繁殖上の成功に直結する。移民の流入は、労働市場における競争を激化させ、賃金を下押しし、男性の社会的地位を相対的に低下させる。ハーバード大学の経済学者ジョージ・ボーハスの研究(2003年)は、移民の流入が低技能労働者の賃金を有意に押し下げることを示している。低技能の自国民男性は、この競争の最も直接的な敗者となる。
縄張り防衛本能
男性は集団の領域を防衛する心理的傾向を持つ。この傾向は、祖先的環境において集団の資源と女性を守る上で適応的であった。現代において、この心理的傾向は国境管理、移民制限、ナショナリズムへの支持として表れる。
配偶者をめぐる競争
移民の多くが若い男性であるという事実は、自国民の男性にとって配偶者をめぐる競争の激化を意味する。ヴァレリー・ハドソンとアンドレア・デン・ボーアの研究『Bare Branches』(2004年)は、社会における若い男性の過剰が暴力と不安定化の原因となることを論じている。大量の若い男性移民の流入は、受入国の性比を歪め、自国民男性の配偶機会を減少させる。
投票行動における性差:欧米の事例
政治的態度の性差は、投票行動において最も明確に表れる。
アメリカ
アメリカにおける「ジェンダー・ギャップ」は、1980年の大統領選挙以降、すべての選挙で観察されている。女性は民主党を、男性は共和党を支持する傾向が一貫して強い。
2024年の大統領選挙では、この性差は歴史的な規模に拡大した。出口調査によれば、男性の約55%が共和党のトランプ候補に投票し、女性の約54%が民主党のハリス候補に投票した。若年層(18〜29歳)では性差がさらに顕著であり、若い男性はトランプに約20ポイントの差で傾き、若い女性はハリスに約30ポイントの差で傾いた。
ヨーロッパ
ヨーロッパでは、移民制限を掲げるポピュリスト政党・右派政党の支持者に占める男性の割合が一貫して高い。
- ドイツ: ドイツのための選択肢(AfD)の支持者の約60〜65%が男性である。2025年の連邦議会選挙において、AfDは男性からの得票率が女性からの得票率を大きく上回った
- フランス: 国民連合(旧国民戦線)の支持者にも同様の男性偏重が見られる。2022年の大統領選挙では、マリーヌ・ル・ペンへの投票率は男性が女性を約10ポイント上回った
- スウェーデン: スウェーデン民主党は、支持者の約70%が男性であるとされる。スウェーデンは世界で最もジェンダー平等が進んだ国の一つであるにもかかわらず——むしろだからこそ——政治的態度の性差が最も大きい国の一つでもある
この最後の点は特に注目に値する。ジェンダー平等パラドックスとして知られる現象——ジェンダー平等が進んだ国ほど、職業選択やパーソナリティの性差がむしろ拡大する——は、性差の根底に生物学的基盤があることを強く示唆する。社会的制約が取り除かれると、生物学的傾向がより自由に表現されるのである。
日本における投票行動の性差
日本の状況は、欧米とは質的に異なる。日本においては、投票行動のジェンダー・ギャップは欧米に比べてはるかに小さい。
NHK放送文化研究所や各種世論調査のデータによれば、自由民主党(自民党)への支持率は男女間で大きな差がない。男性の方がやや自民党支持率が高い傾向はあるが、その差はアメリカの民主党・共和党間の性差(しばしば10〜20ポイント)に比べて小さく、概ね数ポイントの範囲にとどまる。
2021年の第49回衆議院議員総選挙において、自民党の比例代表得票率は男女間で大きな差は見られなかった。2024年10月の第50回衆議院議員総選挙においても、男女の政党支持パターンの差は欧米ほど顕著ではなかった。
この現象には、進化心理学的に重要な構造的理由がある。
民族的均質性
日本は人口の約98%が日本人で構成される、世界でも稀な民族的均質国家である。欧米における投票行動のジェンダー・ギャップの最大の要因は移民問題であるが、日本では移民が政治的争点として欧米ほどの重みを持っていない。したがって、移民に対する態度の性差が投票行動に反映される程度が小さい。
言い換えれば、外集団の男性の大量流入という進化的トリガーが不在であるため、男女の政治的態度が分極化していないのである。これは、日本の民族的均質性が政治的安定に寄与していることの一つの証拠でもある。
福祉国家の構造の違い
日本の福祉制度は、北欧型の個人主義的・普遍主義的モデルではなく、家族を通じた福祉提供を前提とする大陸型モデルに近い。日本の女性は、北欧の女性ほど国家からの直接的な福祉給付に依存していない。したがって、「国家が夫の代わりをする」効果が北欧より弱く、それに伴う政治的態度の性差も小さい。
フェミニズムの浸透度の差
欧米(とりわけアメリカとスカンジナビア諸国)では、フェミニズムが大学教育、メディア、企業文化に深く浸透し、女性の政治的態度を左派・リベラル方向に組織的に誘導してきた。日本ではフェミニズムの制度的浸透が欧米ほど進んでおらず、女性の政治的態度に対するイデオロギー的影響が相対的に弱い。
予測と警告
しかし、この日本の「例外的状況」は永続的ではない可能性がある。日本政府が低賃金移民政策を推進し、外国人労働者の受け入れを拡大するにつれて、移民問題が政治的争点として浮上する可能性がある。その場合、欧米で観察されるのと同様の投票行動のジェンダー・ギャップが日本にも出現する可能性がある。
また、日本の大学やメディアにおけるフェミニズムの浸透が進めば、欧米型のジェンダー・ギャップが拡大する条件が整う。日本が欧米の轍を踏まないためには、移民の制限とフェミニズムのイデオロギー的浸透の抑制が、性淘汰の進化心理学的知見に基づいても合理的な政策であると言える。
フェミニズムと性淘汰の否定
フェミニズムの進化心理学批判
現代のフェミニズム——とりわけ第三波フェミニズム以降——は、進化心理学に対して激しい敵意を向けてきた。その理由は単純である。進化心理学が明らかにする性差は、フェミニズムの中核的前提——男女の行動的差異は社会的構築物であり、社会制度を変えれば解消できる——を根底から否定するからである。
フェミニズム理論家たちは、進化心理学を「生物学的決定論」「社会ダーウィニズム」「現状維持の正当化」として退けてきた。しかし、進化心理学が示す知見は圧倒的な実証的基盤を持つ。
- バスの37文化圏調査(1989年)は、男女の配偶者選好の差異が文化を超えて普遍的であることを示した。「性差は社会的に構築される」という主張が正しいならば、性差のパターンは文化によって大きく異なるはずである。しかし実際には、男性が若さと外見的魅力を重視し、女性が地位と資源を重視するパターンは、社会主義国を含むすべての文化圏で確認された
- デイヴィッド・シュミットらの国際セクシュアリティ調査(2003年、48カ国、約17,000人)は、男性が女性より短期的な性的関係を求める傾向が普遍的であることを確認した
- デイヴィッド・ギアリーの研究(2010年)は、認知的性差(空間認知、言語能力)が生後数日の新生児にすでに観察されることを示した。生後数日で「社会化」が性差を生み出すことは不可能であり、これらの差異は生物学的基盤を持つ
「社会構築主義」の限界
フェミニズムの社会構築主義は、しばしばジョン・マネーの「ジェンダーは社会的に構築される」というテーゼに遡る。マネーはジョンズ・ホプキンズ大学で、包皮切除手術の事故で陰茎を失ったデイヴィッド・ライマー(1965年生まれ)を女児として育てる実験を行い、「性別は養育によって決定される」と報告した。
しかし、この「成功」は捏造であった。ライマーは女児としての生活に適応できず、14歳で男性としての生活に戻り、2004年に自殺した。マネーの実験は、ジェンダーの社会構築主義が科学的に破綻していることを示す最も悲劇的な証拠となった。
性差は社会的に構築されるのではなく、性淘汰によって進化した生物学的基盤の上に、文化が修飾を加えるのである。フェミニズムがこの事実を否定し続ける限り、その政策提言は現実から乖離し続けるだろう。
フェミニズムと移民推進の構造的関係
フェミニズムと移民推進政策の間には、構造的な親和性がある。
第一に、フェミニズムは普遍主義的イデオロギーである。フェミニズムは「ジェンダー平等」を普遍的な価値として掲げ、民族・文化の特殊性を二義的なものとする。この普遍主義は、国境を超えた連帯を重視し、移民制限を「排外主義」として批判する傾向を生む。
第二に、フェミニズムは伝統的家族構造の解体を目指す。伝統的家族は、男性の保護と資源提供に基づく構造であり、フェミニズムはこの構造からの女性の「解放」を追求する。しかし、伝統的家族の解体は出生率の低下をもたらし、低下した出生率を「補填」するために移民が導入される——という因果連鎖が生じる。
第三に、フェミニズムは民族的アイデンティティを弱体化させる。フェミニズムは「ジェンダー」を最も重要なアイデンティティの軸とし、民族・国民としてのアイデンティティを副次的なものに格下げする。これは、民族自決権の基盤である民族的連帯を侵食する。
アレクサンドル・ドゥーギンは第四の理論において、フェミニズムを含むリベラリズムの普遍主義が、各文明の独自性を破壊する「最も危険なイデオロギー」であると論じた。性淘汰の生物学的知見は、ドゥーギンの批判を自然科学の側から裏付ける。フェミニズムは、数百万年にわたる性淘汰が形成した人間の本性を否定し、その否定の上に社会制度を設計しようとしている。自然に逆らう社会制度は、自然によって報復される——少子化という形で。
性淘汰と民族の存亡:リアリズムの観点から
民族遺伝的利益と性淘汰
オーストラリアの政治学者フランク・ソルターは、著書『遺伝的利益論』(On Genetic Interests: Family, Ethnicity, and Humanity in an Age of Mass Migration、2003年)において、民族を拡大された血縁集団(extended kinship group)として定式化した。
ソルターの理論は、W.D.ハミルトンの血縁選択理論(1964年)の拡張である。ハミルトンの法則——利他的行動は、行動のコストが受益者との血縁度と受益者の利益の積より小さい場合に進化する——は、家族レベルだけでなく、民族レベルにも適用される。同じ民族の個体は、異なる民族の個体よりも遺伝的に近い。したがって、同民族の個体の繁殖成功を助けることは、自己の遺伝的利益に適う。
ソルターは、大規模な移民が受入国の民族にとって遺伝的利益の大量喪失をもたらすことを数学的に論証した。ある民族の居住地域に遺伝的に異質な集団が大量に流入すると、元の民族の遺伝的利益——すなわち、その民族に固有の遺伝的変異が将来の世代に伝達される確率——が低下する。
この理論を性淘汰の知見と結合すると、以下の構図が浮かび上がる。
- 移民の多くは若い男性であり、受入国の女性との配偶をめぐって自国民男性と競争する
- 女性は前述の進化心理学的理由から、外集団の男性に対して男性ほど排他的ではない
- 福祉国家とフェミニズムが男性への経済的依存を低下させ、女性の配偶者選好をさらに可塑的にする
- 結果として、民族の遺伝的利益は、女性の個人的な配偶者選択の集積によって侵食される
これは「女性が悪い」という道徳的非難ではない。女性は性淘汰が形成した心理的適応に従って合理的に行動しているにすぎない。問題は、個体レベルで合理的な行動が、集団レベルでは民族の遺伝的利益を損なうという合成の誤謬にある。
ロバート・パットナムと多様性の代償
ハーバード大学の政治学者ロバート・パットナムは、アメリカの約30,000人を対象とした大規模調査に基づき、民族的多様性が高い地域ほど社会的信頼が低下することを発見した(2007年)。
パットナムの発見は衝撃的であった。多様性が高い地域の住民は、異なる民族の他者だけでなく、同じ民族の他者に対しても信頼が低下する。パットナムはこれを「亀の甲羅に引きこもる」(hunkering down)効果と呼んだ。多様性は社会的連帯を全方位的に破壊する。
この知見を性淘汰の文脈に置くと、以下が明らかになる。性淘汰が形成した男性の縄張り防衛本能と外集団への警戒は、民族的均質性の高い環境では同民族の他者への信頼と協力として表現される。しかし、移民による多様性の増大は、この信頼と協力の基盤を侵食する。パットナムのデータは、性淘汰が形成した人間の集団心理が、民族的均質性を前提として機能するよう設計されていることを示唆する。
性淘汰と国際関係のリアリズム
国際政治学のリアリズムは、国家はアナーキー(無政府状態)の国際体系において、自力で生存を確保しなければならないと説く。性淘汰の理論は、このリアリズムの前提を生物学の側から補強する。
ケネス・ウォルツの構造的リアリズムにおいて、国家の安全保障は他国によって保証されない。同様に、性淘汰の理論において、個体(ひいては集団)の繁殖上の利益は、他の個体や集団によって保証されない。生存と繁殖は自助努力の問題である。
ジョン・ミアシャイマーの攻撃的リアリズムにおいて、大国は地域覇権の確立を目指す。性淘汰の文脈では、支配的な雄(あるいは支配的な集団)は、繁殖資源の独占を目指す。ゾウアザラシのアルファ雄が浜辺のハーレムを独占するのと、大国が勢力圏を確立するのは、異なるスケールにおける同じ原理の表現である。
この分析から導かれる政策的含意は明確である。
- 民族自決権の防衛は、生物学的に根拠のある政策目標である: 民族遺伝的利益の保全は、単なるイデオロギーではなく、進化生物学的な合理性を持つ
- 移民の制限は、内集団の遺伝的利益と社会的信頼の防衛である: 大規模移民は、パットナムが示したように社会的信頼を破壊し、ソルターが示したように民族遺伝的利益を侵食する
- フェミニズムの批判的検討は、民族の存続にとって不可欠である: フェミニズムが推進する個人主義・普遍主義は、性淘汰が形成した集団的連帯を弱体化させる
- スマートシュリンクは、性淘汰の知見と整合的な人口政策である: 移民に頼らず人口減少に対応する政策は、民族の遺伝的利益を保全しつつ人口問題に対処する合理的な方法である
結論
性淘汰は、クジャクの尾羽からヒトの政治的態度まで、生物界の至るところにその痕跡を残している。ダーウィンが「吐き気がする」と嘆いたクジャクの尾羽の謎は、150年の学問的営為を経て、ヒトの社会・政治・文化を理解するための強力な理論的枠組みへと発展した。
男女の性差は社会的に構築されたものではない。数百万年にわたる性淘汰が、男女に異なる身体、異なる脳、異なる心理的適応を与えた。この差異は、現代においても配偶者選好、リスク選好、共感性、政治的態度の違いとして表れている。そして、その差異は移民問題やフェミニズムといった現代政治の核心的争点を理解する鍵を提供する。
欧米社会は、フェミニズムのイデオロギーに従って性差を否定し、移民政策においてその代償を支払っている。日本は今のところ、民族的均質性によってこの危機から守られているが、低賃金移民政策の推進はその防壁を確実に侵食しつつある。
性淘汰の教訓は明確である。民族の存続は、繁殖の問題である。 そして繁殖の問題は、性淘汰が形成した男女の本性を正しく理解し、その本性に逆らうのではなく、その本性に沿った社会制度を設計することによってのみ解決される。日本民族の存続のためには、移民を拒否し、出生率を回復させ、民族自決権を堅持しなければならない。性淘汰の進化生物学は、この主張を科学的に裏付けるのである。
参考文献
- チャールズ・ダーウィン『種の起源』(1859年)
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- ロナルド・フィッシャー『自然選択の遺伝学的理論』(1930年)
- アンガス・ジョン・ベイトマン「性内淘汰」(Intra-sexual Selection in Drosophila、1948年)
- W.D.ハミルトン「社会行動の遺伝的進化 I, II」(1964年)
- ロバート・トリヴァース「親の投資と性淘汰」(1972年)
- アモツ・ザハヴィ「配偶者選択——ハンディキャップの選択」(1975年)
- リチャード・ドーキンス『拡張された表現型』(1982年)
- ティム・クラットン=ブロックら「ラム島アカシカの繁殖成功」(1982年〜)
- マーゴ・ウィルソン、マーティン・デイリー『殺人』(Homicide、1988年)
- デイヴィッド・バス「37文化圏における配偶者選好の性差」(1989年)
- アラン・グラフェン「性淘汰のハンディキャップモデル」(1990年)
- ローレンス・キーリー『文明化以前の戦争』(1996年)
- スティーヴン・ガンゲスタッド、ランディ・ソーンヒル「月経周期と配偶者選好」(1998年)
- フランク・ソルター『遺伝的利益論』(2003年)
- サイモン・バロン=コーエン『共感する女脳、システム化する男脳』(2003年)
- デイヴィッド・シュミットら「国際セクシュアリティ調査」(2003年)
- ヴァレリー・ハドソン、アンドレア・デン・ボーア『Bare Branches』(2004年)
- ロバート・パットナム「多様性と社会的信頼」(2007年)
- デイヴィッド・ギアリー『Male, Female: The Evolution of Human Sex Differences(第2版)』(2010年)
- ダイアン・ハルパーン『Sex Differences in Cognitive Abilities(第4版)』(2012年)