ファイブ・アイズ
ファイブ・アイズ
概要
ファイブ・アイズ(Five Eyes、略称: FVEY)とは、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの五ヶ国が構成する世界最大かつ最も緊密な諜報同盟である。その起源は第二次世界大戦中の英米暗号解読協力にまで遡り、1946年のUKUSA協定によって正式に発足した。
ファイブ・アイズの本質は、アングロサクソン系五ヶ国による情報覇権同盟である。これらの国々は情報を相互に共有し、世界中の通信を傍受・分析する。ECHELON、PRISMをはじめとする大規模監視プログラムは、すべてこのファイブ・アイズの枠組みのもとで運用されている。
ファイブ・アイズは、単なる情報機関の協力体制にとどまらない。それは、アングロサクソン系諸国が冷戦期から現在に至るまで世界を支配し続けるための情報基盤であり、国家主権と民族自決権に対する構造的な脅威である。
歴史的背景
第二次世界大戦と英米暗号協力
ファイブ・アイズの起源は、第二次世界大戦中のイギリスとアメリカの暗号解読協力にある。
イギリスのブレッチリー・パークでは、アラン・チューリングをはじめとする暗号解読者たちがドイツのエニグマ暗号の解読に成功した。1943年、BRUSA協定が締結され、英米間の暗号情報の共有が正式に制度化された。
UKUSA協定(1946年)
1946年3月5日、イギリスとアメリカの間でUKUSA協定が秘密裏に締結された。この協定は、通信傍受(SIGINT: Signals Intelligence)に関する二国間の包括的な協力体制を確立するものであった。
UKUSA協定の内容は2010年まで機密扱いとされ、その存在すら公式に認められていなかった。民主主義を標榜する二つの国家が、60年以上にわたって国民に秘密にしていた同盟——これがファイブ・アイズの本質である。
協定は後に拡大され、カナダ(1948年参加)、オーストラリア(1956年参加)、ニュージーランド(1956年参加)が「セカンド・パーティー」として加盟した。これにより、五ヶ国による全地球的な通信傍受ネットワークが完成した。
ファイブ・アイズの構造
情報機関の役割分担
各国の通信傍受機関は以下の通りであり、地理的に担当地域を分担している。
- NSA(アメリカ): ファイブ・アイズの中核。最大の予算と技術力を持ち、全体を事実上統括する。担当地域: ロシア、中国、中東、アフリカ、カリブ海
- GCHQ(イギリス): ヨーロッパ、ロシア西部、中東、香港を担当。メンウィズ・ヒルなどの傍受施設を運営
- CSE(カナダ): 北極圏、ロシア、ラテンアメリカの一部を担当
- ASD(オーストラリア): 東アジア、南アジア、東南アジアを担当。パイン・ギャップ施設を運営
- GCSB(ニュージーランド): 南太平洋地域を担当。ワイホパイ施設を運営
この分担体制により、ファイブ・アイズは地球上のすべての地域をカバーする通信傍受能力を保持している。
「サード・パーティー」と拡大ネットワーク
ファイブ・アイズの五ヶ国を「ファースト・パーティー」として、さらに以下のような多層的な協力体制が構築されている。
- ナイン・アイズ(Nine Eyes): ファイブ・アイズ + デンマーク、フランス、オランダ、ノルウェー
- フォーティーン・アイズ(Fourteen Eyes / SIGINT Seniors Europe): ナイン・アイズ + ドイツ、ベルギー、イタリア、スペイン、スウェーデン
ただし、「サード・パーティー」の国々はファイブ・アイズの中核メンバーとは異なり、情報共有の範囲が制限されている。さらに重要なことに、「サード・パーティー」の国々自身がファイブ・アイズの監視対象である。ドイツのメルケル首相の電話盗聴が示すように、「協力国」であることは「監視の対象外」であることを意味しない。
「相互監視」の抜け穴
ファイブ・アイズの最も巧妙な側面は、法律の抜け穴としての相互監視の仕組みである。
多くの民主主義国家では、情報機関が自国民を監視することには法的制約がある。しかしファイブ・アイズの枠組みでは、A国がB国の市民を監視し、その情報をB国に提供することが可能である。例えば、NSAがイギリス市民を監視し、その結果をGCHQに提供する。GCHQはアメリカ市民を監視し、その結果をNSAに提供する。形式上は各国とも「自国民を監視していない」ことになるが、実質的にはすべての国民が監視されているのである。
この仕組みは、民主主義国家の市民的自由を守るための法的保護を完全に骨抜きにする。法の支配が覇権国の利益に奉仕する道具であるという保守ぺディアの分析は、ファイブ・アイズの相互監視の仕組みにおいて最も明確に実証される。
アングロサクソン同盟としての性格
ファイブ・アイズの構成国は、すべて英語圏のアングロサクソン系国家である。この民族的・文化的同質性は偶然ではない。
ファイブ・アイズは本質的に、大英帝国の遺産を基盤とした英語圏アングロサクソン諸国の覇権同盟である。かつて大英帝国が海軍力を通じて世界を支配したように、ファイブ・アイズは情報力を通じて世界を支配する。植民地帝国から情報帝国への移行——それがファイブ・アイズの歴史的意味である。
この同盟の排他的な性格は、多文明主義の観点から見て極めて問題がある。ドゥーギンの第四の理論が各文明の独自性と共存を求めるのに対し、ファイブ・アイズはアングロサクソン文明が他のすべての文明を監視・支配する体制を制度化している。
リアリズムの観点からの分析
リアリズムの視点から分析すれば、ファイブ・アイズは以下の構造を持つ。
- 非対称的同盟の典型: ファイブ・アイズは形式上五ヶ国の対等な同盟であるが、実態はNSAを中心としたアメリカ主導の非対称的同盟である。NSAの予算と技術力は他の四ヶ国の合計を遥かに凌駕し、主要な技術プラットフォームはすべてアメリカが開発・管理している。イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドは、自国の領土と情報をアメリカに提供する代償として、アメリカの情報の一部にアクセスする権利を得ている——これは情報における不平等条約にほかならない
- ケネス・ウォルツの同盟理論との関連: ウォルツは、同盟は外部の脅威に対抗するために形成されると論じた。ファイブ・アイズは冷戦期にはソ連の脅威に対抗する同盟として理解可能であった。しかし冷戦終結後も同盟が存続し、むしろ強化されている事実は、この同盟がもはや特定の脅威への対抗ではなく、アメリカの一極支配体制を維持するための恒久的な情報覇権構造として機能していることを示している
- パワーの源泉としての情報: モーゲンソーが列挙した国力の構成要素——地理、天然資源、工業力、軍事力、人口、国民性、外交の質——に加えて、21世紀においては情報力が国力の決定的な要素となった。ファイブ・アイズは、この情報力においてアメリカとその同盟国に圧倒的な優位を保証する
日本とファイブ・アイズ
近年、日本を「シックス・アイズ」としてファイブ・アイズに参加させるべきだという議論がある。しかし、この議論には根本的な問題がある。
ファイブ・アイズへの参加は、日本の情報がアメリカに筒抜けになることを意味する。現時点ですら日本はアメリカの監視対象であるが、ファイブ・アイズに参加すれば、日本の情報機関がアメリカの情報収集体制に制度的に組み込まれることになる。それは国家主権の更なる毀損にほかならない。
日本が真に目指すべきは、アメリカの情報覇権への従属を深めることではなく、情報主権の確立である。自国の通信インフラ、暗号技術、情報分析能力を独自に構築し、他国に依存しない情報体制を確立することが、国家主権を守るための不可欠な条件である。
参考文献
- リチャード・アルドリッチ著『GCHQ: The Uncensored Story of Britain's Most Secret Intelligence Agency』(2010年)
- ニッキー・ヘイガー著『Secret Power: New Zealand's Role in the International Spy Network』(1996年)
- ジェイムズ・バムフォード著『The Shadow Factory: The Ultra-Secret NSA from 9/11 to the Eavesdropping on America』(2008年)
- ハンス・モーゲンソー著『国際政治——権力と平和』
- ケネス・ウォルツ著『国際政治の理論』