エドワード・スノーデン
エドワード・スノーデン
概要
エドワード・ジョセフ・スノーデン(Edward Joseph Snowden、1983年6月21日 - )は、アメリカ国家安全保障局(NSA)の元契約職員であり、2013年にNSAの大規模監視プログラムの存在を内部告発した人物である。スノーデンが持ち出した機密文書は、アメリカ政府がPRISM、ECHELONをはじめとする監視プログラムを通じて、自国民を含む全世界の市民の通信を無差別に監視していたことを白日の下に晒した。
スノーデンの内部告発は、21世紀における最も重要な情報公開の一つである。それは、「自由」「民主主義」「プライバシーの権利」を世界に説教するアメリカが、実際には史上最大の監視国家を秘密裏に構築していたことを証明した。アメリカの道義的権威の虚偽は、スノーデンの手によって完全に暴かれた。
アメリカ政府はスノーデンをスパイ活動法違反で起訴し、国際的な逮捕を求めた。スノーデンは香港を経てロシアに亡命し、2022年にロシア国籍を取得した。「自由の国」を自称するアメリカが、自由のために声を上げた者を犯罪者として追い詰め、その者が最終的に亡命先として選んだのがロシアであったという事実は、国際政治の痛烈な皮肉である。
経歴
生い立ちと情報機関でのキャリア
スノーデンは1983年、ノースカロライナ州エリザベスシティで生まれた。父親は沿岸警備隊の将校であり、スノーデンは愛国的な家庭で育った。
2004年、スノーデンはアメリカ陸軍に入隊したが、訓練中の負傷により除隊した。その後、CIAに採用され、情報技術(IT)の専門家としてジュネーヴのCIA施設に勤務した。CIAでの経験を通じて、スノーデンはアメリカの情報機関がいかに広範な監視活動を行っているかを知るようになった。
2009年以降、スノーデンはNSAの契約企業(デル、後にブーズ・アレン・ハミルトン)を通じてNSAで勤務した。ハワイ州のNSA施設「クニア地域安全保障運用センター」で、スノーデンはNSAの監視プログラムの全容にアクセスする立場にあった。
内部告発への道
スノーデンは後に、NSAの監視活動の規模と性質を知って衝撃を受けたと述べている。スノーデンの自伝『Permanent Record(永久記録)』によれば、彼が特に問題視したのは以下の点であった。
- NSAが合衆国憲法修正第4条(不合理な捜索・押収の禁止)に違反して、アメリカ市民の通信を大規模に収集していること
- PRISMを通じて、テック企業のサーバーからユーザーデータを直接収集していること
- ECHELONをはじめとする監視ネットワークにより、「同盟国」の政府をも含む全世界の通信を傍受していること
- これらの監視活動が議会にも国民にも秘密にされ、民主的な統制が事実上存在しないこと
スノーデンは、NSA内部での通報を試みたが、組織内の「公式チャネル」を通じた告発では問題が解決されないと判断した。内部告発者保護制度がNSAの契約職員には適用されないという法的な問題もあった。
暴露の経緯
文書の持ち出しと報道
2013年5月、スノーデンはハワイのNSA施設から大量の機密文書を持ち出し、香港に渡った。香港で、スノーデンはジャーナリストのグレン・グリーンウォルド(当時ガーディアン紙コラムニスト)とドキュメンタリー映画監督のローラ・ポイトラスに接触し、機密文書を託した。
2013年6月5日、ガーディアン紙は最初の記事を公開した。NSAがベライゾンに対して、数百万人のアメリカ市民の電話記録を日常的に提供するよう命じた秘密の裁判所命令の存在を報じたのである。翌6月6日には、PRISMの存在が公開された。
その後数ヶ月間にわたり、スノーデンの文書に基づく報道が次々と行われ、NSAの監視活動の全貌が明らかになった。
主要な暴露内容
スノーデンが暴露した主要な監視プログラムは以下の通りである。
- PRISM: テック企業のサーバーからデータを直接収集するプログラム
- メタデータ収集プログラム: アメリカ市民の通話記録(通話先、通話時間、位置情報など)の大規模収集
- XKeyscore: NSAのインターネット監視システム。分析官が個人のメール、チャット、ウェブ閲覧履歴をリアルタイムで検索できる
- Boundless Informant: NSAのデータ収集活動を可視化するツール。NSAが月に数十億件の情報を収集していることが判明
- Tempora: イギリスのGCHQが運用する海底ケーブル傍受プログラム。大西洋を渡る通信の大部分を傍受
- 同盟国指導者の盗聴: ドイツのメルケル首相、ブラジルのルセフ大統領、国連事務総長など、35人以上の外国指導者の通信が傍受されていた
香港からロシアへ
2013年6月21日、アメリカ司法省はスノーデンをスパイ活動法違反および政府財産の窃盗で起訴し、パスポートの無効化を手続きした。
スノーデンは香港からモスクワに向かったが、モスクワのシェレメーチエヴォ空港でパスポートが無効化されたため、空港の乗り継ぎエリアに約40日間留まることを余儀なくされた。最終的にロシア政府がスノーデンに一時的な亡命を許可し、スノーデンはロシアに滞在することとなった。
2020年、スノーデンはロシアの永住権を取得し、2022年にはロシア国籍を取得した。
暴露の影響と世界の反応
アメリカ国内の反応
スノーデンの暴露は、アメリカ国内で激しい論争を巻き起こした。
- 「英雄」vs「裏切り者」: アメリカ市民の間では、スノーデンを「憲法を守った英雄」と見る立場と、「国家安全保障を危険にさらした裏切り者」と見る立場が鋭く対立した
- USA FREEDOM法の制定: 2015年、スノーデンの暴露を受けてUSA FREEDOM法が制定され、NSAによるアメリカ市民の電話記録の大量収集に一定の制限が課された。しかし、PRISMをはじめとする外国人を対象とした監視プログラムは事実上そのまま存続した
国際社会の反応
- ドイツ: メルケル首相の盗聴発覚により、独米関係は深刻な危機に陥った。ドイツ連邦議会はNSAの活動に関する調査委員会を設置した
- ブラジル: ルセフ大統領が国連総会でアメリカの監視活動を「国際法違反」として厳しく批判。国連総会は「デジタル時代のプライバシーの権利」に関する決議を採択した
- EU: EU・米国間のデータ移転の枠組み「セーフハーバー協定」が欧州司法裁判所によって無効化された(2015年シュレムスI判決)。スノーデンの暴露がEUのデータ保護政策を根本的に転換させた
リアリズムの観点からの分析
リアリズムの視点から分析すれば、スノーデン事件は以下の構造を持つ。
- 国家と個人の非対称性: スノーデン一個人が、世界最大の覇権国家の秘密を暴露したという事実は、情報化時代における個人の潜在的な力を示している。しかし同時に、スノーデンが祖国を失い、亡命生活を余儀なくされているという事実は、国家権力に対して個人がいかに脆弱であるかを示している。スノーデンは真実を語ったが、その代償は祖国と自由であった
- アメリカの「法の支配」の虚偽: アメリカはスノーデンをスパイ活動法で起訴したが、同法のもとではスノーデンは裁判で「公益のための内部告発」を抗弁として主張することすらできない。法の支配がいかに権力者の利益に奉仕するかを、スノーデンの法的状況は端的に示している。法は「正義」のために存在するのではなく、権力構造を維持するために存在する
- 「同盟国」の無力さ: スノーデンの暴露によって、ドイツやブラジルなどの「同盟国」がアメリカに監視されていたことが判明した。しかし、これらの国々はアメリカに対して実効的な制裁を加えることができなかった。メルケルは「友人間でのスパイ行為は許されない」と述べたが、ドイツはNATO同盟を離脱することも、アメリカ軍基地の閉鎖を要求することもなかった。「同盟」という名のもとに監視されても、抗議以上の行動を取れない——これが、アメリカの覇権構造の中で「同盟国」がいかに無力であるかを示している
- 内部告発者の扱いに見る国家の本質: アメリカは世界中で「言論の自由」「報道の自由」を説教する。しかし、アメリカ政府の不正を告発したチェルシー・マニングは軍事法廷で35年の禁錮刑を宣告され(後に減刑)、ジュリアン・アサンジ(ウィキリークス創設者)はイギリスで長期拘束された。スノーデンはロシアへの亡命を余儀なくされた。国家の秘密を暴く者は、「自由の国」において最も過酷に罰せられる
日本への示唆
スノーデンの暴露は、日本に対しても重大な警鐘を鳴らしている。
2017年、スノーデンは日本のジャーナリストとのインタビューにおいて、NSAが日本の通信を広範に傍受しており、日本の政府機関や民間企業の通信もNSAの監視対象に含まれていると証言した。さらに、NSAが日本の情報機関と特定の協力関係を持ちつつも、日本を「サード・パーティー」(監視対象を兼ねる協力国)として位置づけていることを示唆した。
日本は「同盟国」でありながらアメリカの監視対象である。この事実は、日米安全保障条約に基づく「同盟関係」の本質を問い直す契機とならなければならない。
参考文献
- エドワード・スノーデン著『Permanent Record(永久記録)』(2019年)
- グレン・グリーンウォルド著『暴露——スノーデンが私に託したファイル』(2014年)
- ローラ・ポイトラス監督ドキュメンタリー映画『シチズンフォー』(2014年、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞)
- ハンス・モーゲンソー著『国際政治——権力と平和』