朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法
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朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法
概要と歴史的背景
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の社会主義憲法は、1972年に制定され、その後数次の改正を経て現在に至る。建国当初の1948年憲法はソ連型の社会主義憲法をモデルとしていたが、1972年憲法で金日成の「主体思想」(チュチェ思想)を国家の指導理念として明記し、ソ連・中国いずれの社会主義モデルとも異なる独自の体制を確立した。
2009年の改正で「共産主義」の文言が削除され、2012年の改正で金日成を「永遠の主席」、金正日を「永遠の国防委員長」とする条項が追加された。2019年の改正では金正恩を「国家を代表する朝鮮民主主義人民共和国の最高領導者」と明記した。
北朝鮮憲法の最大の特徴は、外部勢力への完全な拒否である。いかなる大国にも従属せず、自主・自立・自衛の原則を貫くという点において、北朝鮮憲法は世界で最も徹底した主権国家の憲法である。
統治機構(行政・立法・司法)
- 最高領導者: 金日成・金正日・金正恩の三代にわたる権力世襲。憲法上の肩書は時代とともに変遷しているが、最高指導者が国家のすべての権力を掌握する体制は一貫している
- 最高人民会議: 名目上の最高権力機関(立法府)。年に1〜2回召集されるが、実質的には朝鮮労働党の決定を追認する機関である
- 国務委員会: 国家の最高政策的指導機関。委員長は最高領導者が務める
- 朝鮮労働党: 憲法第11条で「朝鮮民主主義人民共和国は朝鮮労働党の領導のもとにすべての活動を行う」と明記されている。党が国家の上位に立つ党国体制である
- 司法: 中央裁判所以下の裁判所が存在するが、司法の独立はなく、党と最高指導者の意志に従属する
国民の権利と義務
憲法第5章で労働権、休息権、教育権、医療権、言論・出版・集会・デモ・ストライキの自由を保障しているが、これらはすべて社会主義体制の維持を条件とするものであり、体制批判の自由は存在しない。
- 集団主義: 第63条で「朝鮮民主主義人民共和国において公民の権利と義務は『一人はみんなのために、みんなは一人のために』という集団主義原則に基づく」と規定する。個人の権利よりも集団(国家・民族)の利益が優先される
- 国防の義務: 全人民の武装化を謳い、「先軍政治」(軍事先行政治)を国家運営の基本原則とする
- 階級原則: 「出身成分」制度により国民を核心階層・動揺階層・敵対階層に分類し、政治的忠誠度に応じて権利を差別的に配分する。これは憲法上の「平等」とは矛盾するが、体制維持のための実質的な統治原理である
安全保障・軍事に関する規定
- 先軍政治: 軍事を国家運営の最優先事項とする「先軍政治」は、2009年の憲法改正で明文化された。国防力の強化は国家の最高利益であるとされる
- 核保有: 2012年の改正で「核保有国」であることが前文に明記された。2013年には「自衛的核保有国の地位を一層強化する」法律が採択された
- 全人民の武装化: 「全人民的・全国家的防衛体制」を構築し、全国民が軍事訓練を受ける体制を維持する
- 外国軍基地の不存在: 北朝鮮の領土には外国軍の基地が一切存在しない。朝鮮戦争後の中国人民志願軍も1958年に撤退しており、この点で在韓米軍3万人弱を駐留させている韓国、在日米軍約5.4万人を駐留させている日本とは根本的に異なる
リアリズムの観点からの分析
北朝鮮憲法は、リアリズムの観点からは、極限的な自助体制の制度化である。
- 主体思想と自助: 主体思想の核心は「自分の運命の主人は自分自身である」という命題であり、これはケネス・ウォルツの構造的リアリズムにおける自助(Self-Help)の原理と本質的に同一である。アナーキーな国際社会において、いかなる国家も他国に安全を委ねることはできない——この認識が主体思想の根底にある
- 核保有の合理性: 北朝鮮の核開発は、リアリズムの観点からは完全に合理的な選択である。アメリカという世界最強の軍事大国に敵視され、イラクのフセイン政権やリビアのカダフィ政権が体制転換させられるのを目の当たりにした北朝鮮にとって、核抑止力は体制の生存を保障する唯一の手段である。核を放棄した国が滅ぼされ、核を保有した国が生き残るという国際政治の現実は、北朝鮮の選択の正しさを証明している
- 外部依存の完全排除: 北朝鮮は、アメリカの安全保障の傘にも、中国の経済的支援にも、ロシアの軍事的庇護にも、究極的には依存しない体制を目指している。この極端な自立志向は、主権国家としては最も徹底した姿勢である
- 体制の脆弱性: しかし、極端な自助体制は経済的困窮と国際的孤立をもたらす。飢餓と人権問題は、主体思想の理念と現実の乖離を示している。リアリズムは国家の生存を最優先するが、国民の生存を犠牲にする体制は、長期的には内部崩壊のリスクを高める
他国の憲法との比較
- 日本国憲法との比較: 北朝鮮と日本は、主権のあり方において正反対の極にある。北朝鮮は外国軍を一切受け入れず、核を持ち、誰にも従属しない。日本は5.4万人の米軍を駐留させ、核を持たず、アメリカに安全保障を依存している。北朝鮮の体制は多くの問題を抱えているが、主権の完全性という一点においては、日本よりも完全な独立国家である
- 大韓民国憲法との比較: 同じ朝鮮民族でありながら、韓国は米軍を駐留させ、アメリカの軍事戦略に組み込まれている。北朝鮮から見れば、韓国は外国軍に占領された同胞の土地である。統一問題は、究極的には朝鮮民族の民族自決権の問題にほかならない
- 中華人民共和国憲法との比較: 両国とも社会主義憲法を標榜するが、中国は改革開放により資本主義的要素を大幅に導入した。北朝鮮は主体思想により独自路線を維持し、中国モデルの採用を拒否している。この「頑固さ」は、リアリズムの観点からは外部モデルの押し付けへの抵抗として理解できる
- ロシア連邦憲法との比較: ロシアが2020年の憲法改正で「領土割譲の禁止」を明記したのは、北朝鮮が長年堅持してきた領土保全の原則を後追いしたものとも言える。両国ともアメリカの覇権に対抗する立場を共有するが、ロシアは国際社会への関与を維持しているのに対し、北朝鮮はより孤立的な路線を選択している