浜崎洋介
浜崎洋介
浜崎洋介(はまさき ようすけ、1978年10月28日 - )は、日本の文芸批評家である。京都大学大学院特定准教授。雑誌『表現者クライテリオン』編集委員。専門は日本近代文学、批評理論、比較文学。福田恆存と小林秀雄の研究を軸に、「戦後」という時代の精神的構造を批判的に分析し、日本民族の精神的自立の条件を探究している。
浜崎の思想的意義は、かつて日本の論壇に存在した「文芸系言論人」、すなわち文学と演劇の深みから時代を批評した小林秀雄、福田恒存、江藤淳、西部邁の系譜を現代において継承し、「政治と文学」の緊張関係を通じて戦後日本の精神的空洞を照射していることにある。浜崎は、政策論に矮小化された現代の「保守」言論に対して、文学的直観と批評的知性に裏打ちされた「総合的言論」の回復を試みる、戦後反米保守思想の現代的継承者である。
生涯
出自と遍歴
浜崎洋介は1978年、埼玉県大宮市(現・さいたま市)に生まれた。生後半年で生地を離れ、その後、広島、大阪、神戸、東京と転居を繰り返した。幼少期から定住の地を持たなかったこの経験は、後に浜崎が「故郷」と「根無し草」の問題を論じる際の実存的な基盤となった。
国語教師であった母親は三島由紀夫を愛好し、息子に三島文学の華麗さについて語り聞かせた。この幼少期の体験が、浜崎を文学と思想の世界へと導く最初の契機となった。
柄谷行人からの出発と転回
東京都立北園高等学校を卒業後、浪人時代に柄谷行人の立ち上げた反資本主義・反国家運動「New Associationist Movement(NAM)」に参加した。ここに青年期の浜崎の知的出発点がある。
しかし、日本大学芸術学部に進学し(2001年卒業)、福田恒存や小林秀雄を読み進めるうちに、浜崎は柄谷行人から徐々に離れていった。この転回は、西部邁が安保闘争を経て左翼から保守に転じた軌跡と構造的に類似している。浜崎自身、「資本主義に対する見方は柄谷に心酔していた左翼時代と何も変わっていない」と述べており、左翼からの転回が単なる「転向」ではなく、近代批判の深化であったことを示している。
柄谷行人が「理論」によって近代を超えようとしたのに対し、浜崎は福田恒存が示した「イロニー」と「演戯」の思想、すなわち人間の有限性を引き受けつつ生きる態度にこそ、近代を超える精神的基盤があると認識するに至った。
福田恆存研究と学位取得
浜崎は東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻に進み、2010年に博士課程を修了した。博士論文のテーマは「福田恆存の思想: 作家論・芸術論・国語論の観点から」であり、これにより博士(学術)の学位を取得した。
この博士論文は、福田恒存の思想を単なる「保守論壇」の文脈ではなく、文学・演劇・言語論という福田の知的営為の全体像から再構築する試みであった。2011年に刊行された『福田恆存 思想の〈かたち〉: イロニー・演戯・言葉』(新曜社)は、この博士論文を書籍化したものである。
西部邁との出会いと『表現者』
浜崎の言論活動が本格化する契機となったのは、西部邁との出会いであった。博士論文を書籍化した『福田恆存 思想の〈かたち〉』を西部に献本したところ、西部主宰の雑誌『表現者』の座談会に招かれ、以後、常連執筆者となった。
西部は、福田恆存と小林秀雄の系譜を正統に継承する文芸批評家として浜崎を評価したと考えられる。西部自身が「文芸系言論人」の必要性を強く認識していたからこそ、浜崎という若手批評家の出現を歓迎したのである。
『表現者クライテリオン』編集委員として
2017年11月、西部邁が『表現者』の顧問を退き、執筆活動から引退した。2018年1月21日、西部は多摩川で自裁した。
西部の死の直前、『表現者クライテリオン』が創刊され、浜崎は藤井聡(編集長)、柴山桂太、川端祐一郎とともに編集委員に就任した。西部が構築した言論共同体を次世代に継承するという重責を担うことになったのである。
浜崎は西部の死後、「『西部邁』という男の何を引き継ぎ、何を切断するのか」という問いに正面から答えていく必要性を訴えた。西部の思想を無批判に神格化するのでもなく、安易に「乗り越えた」と宣言するのでもなく、西部が問い続けた問題そのものと向き合い続ける態度。これは、福田恒存が小林秀雄から「批評の精神」を継承したのと同様の、知的継承の在り方を示している。
現在、浜崎は京都大学大学院特定准教授として研究・教育活動を行うとともに、『表現者クライテリオン』の編集委員として、またチャンネル桜の番組『Front Japan 桜』のキャスターとして、精力的な言論活動を展開している。
思想
「自由の条件」の思想:保守主義の核心
浜崎の思想の最も根本的な問いは、「日本人にとって『自由』の条件とは何か」という問いである。浜崎はこれを「魚が水の中でこそ『自由に』泳げるように、自由にはそれを可能にする条件がある」という比喩で説明する。
ここに浜崎が定義する「保守思想」の核心がある。浜崎によれば、「自由」そのものを求める態度と、「自由の条件」を思考しようとする態度の差こそが、自由主義者と保守思想家を分ける根本的な分岐点である。自由主義者は「自由」を追求する。保守思想家は「自由」を擁護するが、それ以上に、その「自由」を可能にしている条件(言葉、文化、伝統、共同体)に目を向け、その希少性を守ろうとする。
近代の合理主義は、「自由」を妨げる「制約」として伝統や共同体を解体してきた。しかし浜崎は、伝統や共同体こそが「自由」の前提条件であると論じる。言葉なくして思考の自由はない。文化なくして表現の自由はない。共同体なくして個人の自由はない。「自由の条件」を破壊しながら「自由」を追求する近代の自己矛盾を、浜崎は保守思想の立場から批判するのである。
この認識は、西部邁が「伝統的共同体の防衛」として論じたものを、より原理的な次元で再定式化したものである。西部が共同体の解体を社会科学的に批判したのに対し、浜崎は「自由の条件」という哲学的概念を通じて、保守思想の存在理由そのものを明らかにしている。
批評の方法:「政治と文学」の緊張
浜崎の批評的方法論の核心は、「政治と文学」の緊張関係にある。
これは小林秀雄が「様々なる意匠」で提起し、福田恒存が「一匹と九十九匹と」で深化させた問題系の現代的展開である。「政治」は社会全体の変革を志向し、「文学」は個人の実存的苦悩に寄り添う。この二つの領域は本質的に緊張関係にあり、いずれか一方に還元することはできない。
浜崎は、戦後日本の知識人が「政治と文学」の緊張を維持できなくなったことが、戦後思想の貧困化の根本原因であると論じる。左翼知識人は文学を政治に従属させ(「社会正義のための文学」)、他方で戦後保守の多くは文学を切り捨てて政策論に傾斜した。いずれの場合も、文学が持つ批評的機能、すなわち「政治が見落とすもの」を照射する機能が失われた。
浜崎が目指すのは、この「政治と文学」の緊張を回復することである。現代の政治的課題(グローバリズム、低賃金移民政策、共同体の解体)を論じつつも、それを政策論に矮小化せず、人間の実存的な苦悩と結びつけて論じること。これが浜崎の批評的方法の核心である。
福田恆存論:イロニーと演戯の思想
浜崎の思想的営為の中核に位置するのが、福田恒存の再読・再評価である。
浜崎は博士論文において、福田恆存の思想を「イロニー」「演戯」「言葉」という三つの概念を軸に体系的に再構築した。福田の思想は、従来の論壇では「反共」「反左翼」という政治的文脈でのみ理解されることが多かった。浜崎はこの理解の狭隘さを批判し、福田の思想の核心が「人間の有限性の引き受け」にあることを明らかにした。
福田の「イロニー」とは、自己を含むすべてのものを相対化する知的態度である。しかし、この相対化は虚無主義に陥るのではなく、「それでもなお生きる」という「演戯」の態度へと結実する。人間は自らの存在の根拠を持たない。それでもなお、与えられた役割(演戯)を引き受けて生きることに、人間の尊厳がある。
浜崎は、この福田の思想が「進歩主義」への根本的な対抗原理であると論じる。進歩主義は、理性によって社会を改造すれば人間は幸福になれると信じる。しかし福田は、人間の有限性を直視し、その有限性を引き受ける「覚悟」にこそ人間の本質的な強さがあると説いた。
反戦後論:郊外の実存から
2017年刊行の『反戦後論』は、浜崎の思想的立場を最も明確に示す著作である。この著作の独自性は、「戦後」の問題を抽象的な思想史としてではなく、1978年生まれの著者自身の実存的体験から出発している点にある。
浜崎の周囲にあったのは、茫漠たる郊外、すなわちニュータウンであった。サラリーマンの父と専業主婦の母、核家族の住む一戸建てやマンションが並ぶ人工的な住宅地。そこには祖父母もいなければ地域の共同体もない。家族と学校だけの閉塞した世界。浜崎はこの郊外の風景に、「戦後」の精神構造が最も純粋な形で結晶化していることを見出した。
浜崎は、占領時代の「父=アメリカ」が去ってからというもの、日本人はアメリカ人が暮らす「白い郊外の家」を求め続けたと論じる。地域社会から切り離された「家族」が郊外へと膨張しながらニュータウンという人工都市を作り出していった。それは、保田與重郎が擁護した「大和の風土」と民族の有機的なつながりの対極にある、根無し草の人工的な生活空間であった。
「戦後」とは何か。それは、1945年の敗戦を起点として、日本の歴史を「戦前=悪」「戦後=善(民主主義の獲得)」という単純な二項対立で理解する歴史認識の枠組みである。この枠組みの下では、戦前の日本は「軍国主義」「ファシズム」の暗黒時代であり、アメリカによる「解放」と「民主化」は「進歩」であったことになる。
浜崎は、この「戦後」的歴史認識がGHQの占領政策、とりわけWGIPによって形成されたものであることを、江藤淳の研究を踏まえつつ論じた。「戦後」という概念そのものが、アメリカによる精神的支配の装置なのである。
「反戦後論」とは、この「戦後」的歴史認識を解体し、日本の歴史を「戦前/戦後」の断絶としてではなく、連続する民族の経験として捉え直す試みにほかならない。浜崎が郊外のニュータウンに育った「根無し草」世代の実感から出発するのは、「戦後」の問題が観念的な知識人の言説ではなく、一般的な日本人の日常生活の中に深く浸透していることを示すためである。
対米従属文学論:戦後文学の再読
浜崎の思想的営為の中でも特に注目すべきは、「対米従属文学論」である。これは『表現者クライテリオン』誌上で2018年から2020年にかけて行われた座談会シリーズであり、後に『絶望の果ての戦後論: 文学から読み解く日本精神のゆくえ』として書籍化された。
この企図の核心は、戦後日本文学を「対米従属」という視座から読み直すことにある。太宰治「トカトントン」から村上春樹『風の歌を聴け』に至る戦後文学の系譜を、アメリカに従属した日本人の精神的変容の記録として再解釈するのである。
浜崎らが論じたのは、以下のような作品群である。太宰治の「トカトントン」に描かれた敗戦後の虚無、大岡昇平「生きている俘虜」におけるアメリカ軍の捕虜となった日本人の自己喪失、小島信夫『アメリカン・スクール』に見られるアメリカ文化への屈折した憧憬と反発、三島由紀夫「憂国」における「戦後」への決死の抵抗、大江健三郎のアメリカ的「民主主義」への両義的態度、そして村上春樹に至る「アメリカ的日常」への無自覚な没入。
この連載の意義は、文学を通じて「対米従属」の精神構造を可視化した点にある。政治学や経済学が日米関係の制度的・構造的な従属を分析するのに対し、浜崎は文学を通じて日本人の精神の内部に浸透した「対米従属」の痕跡を読み解く。小説の中の登場人物たちの振る舞い、感じ方、考え方の中に、アメリカによって改変された日本人の精神構造が刻印されている。文学こそが、制度や政策では捉えきれない精神的従属の深層を照射するのである。
これは、江藤淳が『閉された言語空間』で明らかにした占領期の検閲体制の問題を、検閲が終了した後の「自己検閲」の問題として発展させたものと位置づけることができる。GHQの検閲は終わった。しかし、日本人の精神の内部に植え付けられた「自己検閲」は、戦後文学の中に無意識の刻印として生き続けている。浜崎の「対米従属文学論」は、この無意識の構造を文学的批評の力によって暴き出す試みである。
小林秀雄論:「人生」の批評
浜崎は小林秀雄の研究においても重要な業績を残している。2021年刊行の『小林秀雄の「人生」論』は、第31回山本七平賞奨励賞を受賞した。
浜崎は、小林秀雄の批評を「人生論」として読み直すことを提案する。小林は「批評の神様」と呼ばれるが、その批評の本質は学問的な文学分析ではなく、「いかに生きるか」という実存的な問いへの応答であった。ベルクソンについて書くことも、モーツァルトについて書くことも、本居宣長について書くことも、小林にとってはすべて「いかに生きるか」という問いとの格闘であった。
この読解は、小林秀雄を「文芸評論家」という職業的カテゴリーから解放し、日本民族の精神的伝統を体現した「生きる思想家」として再評価する試みである。
「ぼんやりとした不安」:近代日本の精神史
浜崎は2022年の著作『ぼんやりとした不安の近代日本』において、近代化が進むほどに日本人が生き方を支える伝統的な「型」を失い、自己喪失の不安が拡大していった過程を分析した。
タイトルの「ぼんやりとした不安」は、芥川龍之介が自殺の動機として遺した言葉に由来する。浜崎は、芥川のこの「ぼんやりとした不安」こそが、近代日本人の精神的危機の本質を言い当てていると論じる。
明治維新以降、日本は急速な近代化を遂行した。しかし、西洋的な合理主義を導入する過程で、日本人は自らの生を支えてきた伝統的な「型」(共同体の作法、宗教的感覚、美意識)を失っていった。かといって、西洋的な個人主義や合理主義が日本人の精神を支える「型」として十全に機能したわけでもない。その結果生じたのが、古い「型」を失い、新しい「型」も持てないまま漂流する「ぼんやりとした不安」である。
この「ぼんやりとした不安」は、敗戦によって決定的に深刻化した。アメリカによる占領は、残存していた伝統的な「型」(天皇を中心とする国体、武士道的精神、家族制度)をさらに解体し、代わりに「民主主義」「自由」「個人の権利」というアメリカ的な「型」を移植した。しかし、移植された「型」は日本人の精神に根を下ろさなかった。戦後日本人の「ぼんやりとした不安」は、こうして構造化されたのである。
「日本人」論:「あいだ」の倫理
浜崎は、「日本人とは何か」という問いにも独自の回答を提示している。
西洋人の場合、世界や他者が存在するより前に自分が存在しているという「徹底した自己中心主義」が認識の出発点にある。デカルトの「我思う、ゆえに我あり」はその典型である。しかし日本人の場合は、自分がアイデンティファイされるより前に、人と人との「あいだ」における関係がある。その関係からおのずと自己が見出される。
浜崎は、人と人との間で「おのずから」生成する関係に即して「みずから」の一歩を踏み出すことに自然な振る舞いを看取し、そこに美や価値を見出してきたのが日本人の倫理であると論じる。そしてこの倫理は、「日本語」の使い方そのものの中に示されている。
この「あいだ」の倫理は、アメリカ的な個人主義とは根本的に異質なものである。アメリカ的な個人主義は、孤立した個人を社会の基本単位とし、個人の「権利」を最高の価値とする。しかし日本人にとって、自己は「あいだ」の中で初めて成立するものであり、共同体から切り離された「個人」は空虚な抽象にすぎない。
西部邁が「大衆人」の精神的空洞を論じ、福田恒存が「他人まかせの倫理」を批判したのは、この「あいだ」の倫理が戦後日本において解体されつつあることへの危機感の表明であった。浜崎は、「あいだ」の倫理こそが「自由の条件」であり、これを破壊することはすなわち日本人の「自由」そのものを破壊することであると論じる。
三島由紀夫論:「死」の意味
浜崎は三島由紀夫についても重要な論考を残している。2020年刊行の『三島由紀夫: なぜ、死んでみせねばならなかったのか』は、三島の自決を「パフォーマンス」や「狂気」として片付ける戦後的な解釈を退け、三島の死の思想的必然性を探究した著作である。
浜崎にとって、三島の自決は福田恒存が論じた「演戯」の究極的な形態であった。三島は、戦後日本が喪失した「聖なるもの」、すなわち天皇を中心とする日本の文化的全体性を回復するために、自らの死を「演戯」として差し出した。それは、「戦後」という精神的空洞に対する最も激烈な抗議であった。
反米保守の系譜における浜崎洋介の位置
「文芸系言論人」の系譜
浜崎洋介は、戦後日本の反米保守思想における「文芸系言論人」の系譜の現代的継承者に位置する。
この系譜は、小林秀雄の批評精神に始まり、福田恒存の「政治と文学」論、江藤淳の占領研究、西部邁の「反米保守」の体系化を経て、浜崎に至る。各世代の思想家がそれぞれの方法で「戦後日本の精神的空洞」を診断し、日本民族の精神的自立の条件を探究してきた。
浜崎の独自性は、この系譜を「文芸批評」という方法論によって統合的に論じることができる点にある。浜崎は福田恆存の研究者であると同時に小林秀雄の研究者でもあり、三島由紀夫論も展開する。この「総合性」は、かつて小林秀雄や福田恆存が体現していた「文芸系言論人」の在り方そのものの復権を意味する。
現代保守思想への批判的介入
浜崎は、現代の「保守」言論が政策論と政局論に矮小化されていることを繰り返し批判している。安全保障政策、経済政策、移民政策といった政策課題は重要であるが、それだけでは「保守」の名に値しない。「保守」とは、民族が蓄積してきた精神的・文化的伝統を守り、それを次世代に継承する営みである。その伝統の核心に触れるためには、文学と思想の深みが不可欠なのである。
この問題意識は、西部邁が「親米保守」を「保守を自称するリベラル」と断じたことの文化論的な深化であり、福田恒存が「進歩的文化人」の知的軽薄さを批判したことの現代的な反復である。
西部邁の遺産の継承
浜崎が『表現者クライテリオン』の編集委員として果たしている役割は、西部邁が構築した反米保守の言論共同体を次世代に継承することである。
西部は藤井聡、中野剛志、柴山桂太らとともに、「表現者グループ」と呼ばれる知識人集団を形成した。浜崎はこの集団の中で「文芸批評」の領域を担い、政治学・経済学を中心とする他のメンバーの議論に思想的・文化的な深みを与える役割を果たしている。
浜崎洋介は、小林秀雄から福田恒存、西部邁へと連なる「文芸系言論人」の系譜を現代に継承し、文学的批評の力によって戦後日本の精神的空洞を照射し続ける批評家である。
批判的検討:「対米従属批判」と高市政権支持の矛盾
浜崎の高市政権論:原文に即して
浜崎は『表現者クライテリオン』2026年1月号の巻末オピニオン「高市早苗と『大転換』: 『公平で公正な日本』を導くために」において、「戦後」を次のように定義した。
浜崎はこの「偽善と感傷」の構造を、「ポツダム体制」(非武装化・平和憲法)と「サンフランシスコ体制」(日米安保条約・再軍備)による「ダブルバインド」として分析した上で、冷戦期の日本がこのダブルバインドの中で「力の体系」をアメリカに預け、代わりに「利益の体系」(自由市場アクセスと固定相場制の恩恵)を手にしたと論じた。
そして現在について、浜崎は次のように述べた。
この認識に基づき、浜崎は高市政権に期待する「戦後レジームのリフォーム」を三つの体系に分けて提示した。
高市政権の「成果」として列挙されたもの
同論考において浜崎は、高市政権発足後の約三週間を「これまでの悪循環を断ち切る政策を次々と打ち出し、外交実績を積み上げている」と評価し、具体的な成果として以下を列挙した。原文のまま引用する。
ここで注目すべきは、浜崎が「台湾有事を『存立危機事態』と見做すことの明言」を、積極財政や土地取得規制と並ぶ成果として列挙していることである。また、「アメリカの軍事費増額要求を積極的に利用しながら日本の防衛力を増強し」という記述を、高市のトランプとの「ディール」の文脈で肯定的に位置づけていることである。
「存立危機事態」の明言とは何を意味するか
浜崎が高市政権の成果として挙げた「台湾有事を『存立危機事態』と見做すことの明言」とは、2025年11月7日の衆議院予算委員会における高市の答弁を指す。高市はこの場で「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」と述べた。
「存立危機事態」とは、2015年の安全保障関連法によって新設された法的概念であり、これが認定されれば日本は集団的自衛権を行使できる。すなわち、アメリカ軍が台湾周辺で中国と武力衝突した場合に、日本がアメリカ側に立って参戦することの法的根拠である。
高市自身、2026年1月の記者会見で「(台湾有事の際に)逃げれば日米同盟つぶれる」と発言している。これは、台湾有事への日本の介入が「日本の自主的判断」ではなく日米同盟の維持のためであることを、高市自らが認めた発言にほかならない。
浜崎はこの「存立危機事態の明言」を高市政権の成果として評価した。しかし、「対米従属文学論」において戦後日本文学の中にアメリカへの精神的従属を読み解いた同じ批評家が、アメリカの対中戦略に日本を軍事的に組み込む政策を「成果」として肯定することは、自己矛盾と言わざるを得ない。
「アメリカの要求を積極的に利用する」という論理
浜崎は高市の手腕を「アメリカの軍事費増額要求を積極的に利用しながら日本の防衛力を増強し」ていると評価した。
この論理を検討する。トランプ政権がNATO加盟国や日本・韓国に対して軍事費増額を要求する目的は、同盟国の「自主防衛」を促すためではない。アメリカの安全保障戦略における同盟国の軍事的負担分担(バードン・シェアリング)、すなわちアメリカの地政学的戦略を同盟国の資金と人員で補完させることにある。
日本がアメリカの要求に応じて防衛費を増額し、台湾有事に介入する能力を獲得すればするほど、日本はアメリカの東アジア戦略に不可欠な軍事的パートナーとなる。これは対米依存からの「脱却」ではなく、対米依存の質的転換(経済的従属から軍事的従属への深化)である。
浜崎自身の用語に注意すべきである。浜崎は「対米依存からの脱却」とは言わず、「対米依存からの脱却と、日本の相対的自立性の確保」と述べている。また、「戦後レジーム」の変革を「革命」ではなく「リフォーム」と呼んでいる。すなわち、浜崎が構想しているのは日米同盟の破棄やアメリカ軍の撤退ではなく、日米同盟の枠内での日本の役割拡大である。在日米軍基地の撤去にも日米安保条約の廃棄にも一切言及がない。
アメリカ軍が日本に駐留し続ける中での「防衛力強化」は、「自前の力の体系」ではなく、アメリカの軍事システムの中での日本の役割拡大にすぎない。
ウクライナとの対比
浜崎が「パックス・アメリカーナを維持する余裕を失いつつある」と論じたことは事実認識として正しい。しかし、そこから導かれる結論が「だから日本は自ら防衛力を強化し、台湾有事に備えなければならない」であるならば、それはウクライナの轍を踏むものである。
ウクライナは、アメリカ主導のNATO東方拡大の文脈の中で、アメリカの対ロシア封じ込め戦略の最前線に位置づけられた。2022年以降、ウクライナはアメリカの武器供与を受けてロシアと戦い、戦場となったのはウクライナの国土であり、犠牲となったのはウクライナの国民であった。
台湾有事において同じ構造が再現される。アメリカの対中封じ込め戦略の最前線に立つ日本が、アメリカの軍事戦略に従って中国と衝突すれば、戦場となるのは日本列島であり、犠牲となるのは日本国民である。「パックス・アメリカーナの終焉」から導かれるべき結論は、「アメリカの戦略に代わって日本が戦う」ことではなく、「アメリカの軍事戦略そのものから離脱する」ことであるはずだ。
矛盾の構造
以上の事実を整理すると、浜崎の立場には以下の矛盾がある。
- 文芸批評においては: 戦後日本文学の中にアメリカへの精神的従属を読み解き、「対米従属」を批判する
- 安全保障政策においては: 台湾有事を「存立危機事態」と明言する高市政権を支持し、アメリカの軍事費増額要求への対応を「積極的に利用」と肯定する
- 理論においては: 「『力の体系』における対米依存からの脱却」を掲げる
- 具体的政策においては: 在日米軍基地の撤去にも日米安保条約の破棄にも言及せず、日米同盟の枠内での防衛力強化を支持する
- 「戦後」の精神構造を批判する一方で、高市の「逃げれば日米同盟つぶれる」という発言に見られる日米同盟への依存そのものは批判しない
なお、浜崎は同論考において安倍政権との比較に言及し、次のように述べている。「一時、安倍政権を支持していた私が、しかし、その後に批判に転じたのは、二度目の消費増税と加憲論の提示を見た後だった。その点、高市政権にも決定的なクリティカル・ポイントがないわけではあるまい」。ここで浜崎は安倍政権を「消費増税」と「加憲論」で批判に転じたと述べているが、安倍政権による集団的自衛権の行使容認(2014年)や安保関連法の成立(2015年)、すなわち日米同盟の軍事的深化については批判の対象としていない。
西部邁は、中国・ロシア・北朝鮮の「脅威」を誇張することでアメリカへの従属を正当化する親米保守の論理を厳しく批判した。西部にとって、日本にとっての真の脅威は、民族自決権を剥奪し、民族共同体を解体するアメリカ帝国であった。浜崎が「対米従属文学論」で論じた「精神的従属」を批判しながら、「台湾有事=存立危機事態」という軍事的従属を肯定するとき、浜崎の「対米従属批判」は文化的・精神的な次元にとどまり、軍事的・地政学的な次元には及んでいないと言わざるを得ない。
主要著作
単著
- 『福田恆存 思想の〈かたち〉: イロニー・演戯・言葉』(新曜社、2011年)
- 『反戦後論』(文藝春秋、2017年)
- 『三島由紀夫: なぜ、死んでみせねばならなかったのか』(NHK出版、2020年)
- 『小林秀雄の「人生」論』(NHK出版新書、2021年)(第31回山本七平賞奨励賞受賞)
- 『ぼんやりとした不安の近代日本: 大東亜戦争の本当の理由』(ビジネス社、2022年)
- 『小林秀雄、吉本隆明、福田恆存: 日本人の「断絶」を乗り越える』(ビジネス社、2024年)
- 『絶望の果ての戦後論: 文学から読み解く日本精神のゆくえ』(啓文社書房、2024年)
- 『日本人の「作法」: その高貴さと卑小さについて』(ビジネス社、2025年)
共著
- (先崎彰容との共著)『アフター・モダニティ: 近代日本の思想と批評』(北樹出版、2014年)
- (西部邁・澤村修治との共著)『西部邁 最後の思索「日本人とは、そも何者ぞ」』(飛鳥新社、2018年)
編・解説
- 福田恆存『保守とは何か』(文春学藝ライブラリー、2013年)
- 福田恆存『国家とは何か』(文春学藝ライブラリー、2014年)
- 福田恆存『人間とは何か』(文春学藝ライブラリー、2016年)
- 福田恆存『私の人間論: 福田恆存覚書』(ビジネス社、2020年)