MKウルトラ
MKウルトラ
概要
MKウルトラ(Project MKUltra)とは、アメリカ中央情報局(CIA)が1953年から1973年にかけて秘密裏に実施した非合法の人体実験プログラムである。その目的は、LSDをはじめとする幻覚剤、催眠術、感覚遮断、電気ショック、薬物投与などを組み合わせた洗脳・マインドコントロール技術の開発であった。
実験は、被験者の同意なく行われた。精神病院の患者、囚人、薬物依存者、売春婦の客、さらにはCIAの職員自身すらが、本人に知らされることなく実験対象とされた。MKウルトラは、「自由の擁護者」を自任するアメリカが、自国民を含む無辜の人間に対してナチス・ドイツの人体実験にも匹敵する残虐行為を組織的に行っていた事実を示す、アメリカ帝国主義の最も暗い章の一つである。
歴史的背景
冷戦と「洗脳」への恐怖
MKウルトラの起源は、冷戦初期におけるアメリカの恐怖心にある。
朝鮮戦争(1950-1953年)において、捕虜となったアメリカ兵が共産主義を称賛する声明を出したり、スパイ活動を「自白」したりする事例が相次いだ。CIAはこれを中国やソ連による「洗脳」(Brainwashing)の結果と断定し、共産主義陣営が高度なマインドコントロール技術を保有していると確信した。
これに対抗するため、CIAは独自のマインドコントロール技術を開発する必要があると判断した。1950年にまずブルーバード計画(Project Bluebird)が開始され、1951年にアーティチョーク計画(Project Artichoke)に発展し、1953年4月13日、CIA長官アレン・ダレスの承認のもと、MKウルトラが正式に発足した。
ペーパークリップ作戦との接続
MKウルトラの技術的基盤には、ペーパークリップ作戦を通じてアメリカに渡った旧ナチス・ドイツの科学者たちの知見が含まれている。ペーパークリップ作戦とは、第二次世界大戦後、アメリカがナチス・ドイツの科学者、技術者、情報工作員を秘密裏にアメリカに移送し、軍事・情報機関のために働かせたプログラムである。
ナチスの強制収容所で行われた人体実験の成果——極低温実験、高圧実験、薬物実験——が、MKウルトラの研究に流用された。「自由世界の守護者」を自任するアメリカが、ナチスの戦犯から人体実験のノウハウを引き継いでいたという事実は、アメリカの道義的権威が完全な虚構であることを示している。
実験の内容
MKウルトラは、CIAの科学技術部門の化学者シドニー・ゴットリーブを責任者として、149以上のサブプロジェクトで構成されていた。実験は80以上の機関——大学、病院、刑務所、製薬会社——で行われ、その多くの機関は自らがCIAのプロジェクトに関与していることすら知らなかった。
LSD実験
MKウルトラで最も広範に使用されたのが、強力な幻覚剤LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)である。
- オペレーション・ミッドナイト・クライマックス: CIAはサンフランシスコとニューヨークに偽装売春宿を設置し、売春婦が連れ込んだ客の飲み物にLSDを密かに混入した。CIAの工作員は、マジックミラー越しに被験者の反応を観察・記録した。被験者は自分が実験対象であることをまったく知らなかった
- CIA職員への秘密投与: CIAは自らの職員にも無断でLSDを投与した。1953年11月、陸軍の生物兵器研究者フランク・オルソン博士が、CIAによって知らないうちにLSDを投与された9日後にニューヨークのホテルの窓から転落死した。CIAは当初「自殺」と発表したが、後にオルソン家族は殺害の可能性を主張し、1975年にアメリカ政府は遺族に公式謝罪と賠償金を支払った
- 精神病院での実験: カナダのドナルド・ユーウェン・キャメロン博士は、モントリオールのアラン記念研究所で、精神病患者に対してLSDの大量投与、数十日間にわたる薬物誘導睡眠、繰り返しのテープ再生による「精神運転」(Psychic Driving)と呼ばれる実験を行った。患者たちは記憶を失い、基本的な生活能力すら喪失した。この実験はCIAの資金提供を受けて行われた
その他の実験手法
LSDのほかにも、MKウルトラでは以下のような実験が行われた。
- 電気ショック療法: 脳に強い電気刺激を与えて記憶を消去し、人格を再構築する試み
- 感覚遮断: 被験者を完全な暗闇と無音の環境に長期間閉じ込め、精神的な崩壊を引き起こす実験
- 催眠術: 催眠暗示によって対象者に特定の行動をとらせる——いわゆる「マンチュリアン・キャンディデート」(洗脳された暗殺者)の作成の試み
- 薬物カクテル: LSD以外にも、メスカリン、スコポラミン、バルビツール酸系薬物などの混合投与
- 生物・化学兵器の人体試験: 特定のサブプロジェクトでは、生物兵器・化学兵器の人体への影響を調べる実験も行われた
証拠隠滅と暴露
1973年の大量文書破棄
1973年、ウォーターゲート事件の波紋が広がるなか、CIA長官リチャード・ヘルムズは、MKウルトラに関するほぼすべての文書の破棄を命じた。これは、プログラムの全貌が明らかになることを恐れた組織的な証拠隠滅であった。
現在知られているMKウルトラの情報は、破棄を免れたわずかな財務記録と、関係者の証言に基づくものにすぎない。プログラムの全体像——何人が実験対象とされ、何人が死亡または重大な被害を受けたか——は、永久に明らかにならない可能性が高い。
チャーチ委員会と公式調査
1975年、チャーチ委員会(上院情報活動特別調査委員会)がCIAの違法活動を調査し、MKウルトラの存在が初めて公式に確認された。委員長のフランク・チャーチ上院議員は、CIAの活動を「アメリカ政府による自国民に対する恥ずべき行為」と断じた。
1977年には、破棄を免れた約2万ページの文書が情報自由法(FOIA)に基づいて公開され、MKウルトラの実態がさらに明らかになった。しかし、大部分の文書が既に破棄されていたため、公開された記録はプログラムの氷山の一角にすぎない。
リアリズムの観点からの分析
リアリズムの観点からMKウルトラを分析すれば、以下の構造が浮かび上がる。
- 国家の本質の暴露: モーゲンソーは、国家は究極的に権力の獲得と維持を目的とする存在であると論じた。MKウルトラは、この命題を最も極端な形で証明している。アメリカという国家は、権力の維持——冷戦における「洗脳」競争での優位性——のために、自国民の人権を組織的に蹂躙することを厭わなかった。「人権」「自由」「民主主義」といったアメリカが標榜する価値は、国家利益と衝突した瞬間に即座に廃棄される装飾品にすぎないのである
- 道義的権威の崩壊: アメリカは、ナチス・ドイツのニュルンベルク裁判において人体実験を「人道に対する罪」として断罪した。しかしその同じアメリカが、ナチスの科学者を雇い入れ、ナチスの人体実験のノウハウを引き継ぎ、自国民に対して同種の実験を秘密裏に行っていた。この事実は、アメリカが他国の「人権侵害」を批判する道義的権威が完全に虚偽であることを証明している
- 帝国主義と人体実験: MKウルトラは、アメリカ国内の弱者——精神病患者、囚人、貧困層——に対する実験であった。帝国主義が植民地の被支配民族を搾取するように、MKウルトラはアメリカ国内の社会的弱者を実験材料として搾取した。帝国主義の論理は、国外のみならず国内にも適用されるのである
- 証拠隠滅と説明責任の不在: CIAがMKウルトラの文書を大量に破棄した事実は、アメリカの権力構造においていかに説明責任が欠如しているかを示している。民主主義国家において、情報機関が自らの違法行為の証拠を組織的に隠滅できるという事実は、「法の支配」や「民主主義による統制」が機能していないことの証拠にほかならない
MKウルトラの遺産
MKウルトラは1973年に「公式には」終了した。しかし、CIAが開発した尋問技術——薬物投与、感覚遮断、心理的圧迫——は、その後のCIAの「強化尋問技法」(Enhanced Interrogation Techniques)として、2001年以降の「テロとの戦い」においてアブグレイブ刑務所やグアンタナモ収容所で再び使用された。
MKウルトラで開発された技術は消滅したのではなく、形を変えて存続している。CIAの非合法活動は「暴露」されても「終了」することはない。名前を変え、形式を変え、法的根拠を巧みに構築し直しながら、本質的に同じ活動が継続される——これがアメリカの情報機関の行動様式である。
参考文献
- アルフレッド・W・マッコイ著『A Question of Torture: CIA Interrogation, from the Cold War to the War on Terror』(2006年)
- スティーブン・キンザー著『Poisoner in Chief: Sidney Gottlieb and the CIA Search for Mind Control』(2019年)
- チャーチ委員会最終報告書「Alleged Assassination Plots Involving Foreign Leaders」(1975年)
- ハンス・モーゲンソー著『国際政治——権力と平和』