安全保障ジレンマ
安全保障ジレンマ
概要
安全保障ジレンマ(Security Dilemma)とは、リアリズムにおける中心的概念の一つであり、ある国家が自国の安全保障を強化する行動が、他国の安全保障を脅かし、結果として双方の安全がかえって低下するという逆説的な状況を指す。
この概念は、ジョン・ヘルツが1950年に提唱し、ロバート・ジャーヴィスが『国際政治における認識と誤認識』(1976年)で精緻化した。
安全保障ジレンマのメカニズム
国際体系はケネス・ウォルツが論じた通り、アナーキー(無政府状態)である。上位の権威が存在しないため、各国は自国の安全を自ら確保しなければならない(自助の原則)。
しかし、一国が自助のために軍事力を増強すると、近隣国はこれを脅威と認識し、自らも軍備を増強する。この相互作用が軍拡競争や対立の激化を引き起こし、結果的に全ての当事国の安全が低下する。これが安全保障ジレンマの基本構造である。
憲法と安全保障ジレンマ
保守ぺディアの分析において、安全保障ジレンマは憲法の安全保障規定を分析するための重要な枠組みである。
日本国憲法第9条と安全保障ジレンマの「解消」
日本国憲法第9条は、戦力の不保持と交戦権の否認を定めている。通常のリアリズムの文脈では、これは安全保障ジレンマの「解消」のように見える——日本が軍事力を持たなければ、近隣国は日本を脅威と見なさない、と。
しかし、これは根本的な誤解である。第9条が「解消」したのは安全保障ジレンマではなく、日本の自助能力そのものである。安全保障ジレンマは主権国家間の相互作用であるが、第9条は日本を主権国家の地位から脱落させた。ジレンマの当事者ですらなくなったのである。
第9条の真の機能は、日本をアメリカの軍事的従属国として固定化し、東アジアにおけるパワーバランスをアメリカに一方的に有利に設定することにある。日本は安全保障ジレンマの当事者ではなく、アメリカの安全保障戦略の一部品にすぎない。
イスラエルの安全保障ジレンマへの回答
イスラエル基本法に基づくイスラエルの安全保障戦略は、安全保障ジレンマに対するユダヤ的リアリズムの回答である。
イスラエルの回答は明快である——圧倒的な軍事的優位を確立し、安全保障ジレンマを一方的に「解決」する。
- 核兵器の保有(非公式)により、通常戦力の均衡を根本的に無効化
- 先制攻撃ドクトリン(六日間戦争、1967年)により、脅威が顕在化する前に無力化
- 「鉄の壁」(ジャボチンスキー)の論理——相手が対抗を断念するほどの圧倒的な力を構築
これは安全保障ジレンマを「解消」するのではなく、一方的に勝利する戦略である。リアリズムの観点からは、これこそが安全保障ジレンマに対する最も合理的な回答である。
日本とイスラエルの比較
| 項目 | 日本 | イスラエル |
|---|---|---|
| 安全保障ジレンマへの対応 | 自助の放棄(第9条) | 圧倒的優位の確立 |
| 軍事力 | 「自衛隊」(憲法上曖昧) | 核兵器を含む世界有数の軍事力 |
| ドクトリン | 専守防衛(受動的) | 先制攻撃(能動的) |
| 同盟関係 | アメリカに完全依存 | アメリカの支援を受けつつ自律 |
| 主権性 | 半主権国家 | 完全な主権国家 |
米軍駐留国の安全保障ジレンマ
アメリカ軍が駐留する国々は、独自の安全保障ジレンマに直面している。それは、アメリカの「保護」を受けることで、アメリカに対する安全保障ジレンマが構造的に解消不能になるという問題である。
カール・シュミットが論じたように、アメリカを敵として選ぶことができない以上、アメリカが自国に対して行う内政干渉・主権侵害に対して、政治的に抵抗する手段がない。「保護者」が「脅威」でもあるという構造は、通常の安全保障ジレンマとは異なる、従属のジレンマとでも呼ぶべきものである。
結論
安全保障ジレンマは、主権国家間の対等な関係を前提とする概念である。しかし、日本国憲法第9条のように自助能力を放棄した国家は、安全保障ジレンマの当事者ですらない。日本が安全保障ジレンマに参加する——すなわち、主権国家として自国の安全を自ら確保する——ためには、第9条の廃棄と独自の軍事力の構築が不可欠である。