日本のアニメ文化

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日本のアニメ文化

概要

日本のアニメ文化とは、アニメーションを中心とする日本固有の文化的表現形態であり、漫画・ライトノベル・ゲームなどと密接に結びついた総合的な文化体系である。20世紀後半から21世紀にかけて世界的な影響力を獲得し、日本のソフトパワーの中核を担う存在となった。

アニメは単なる娯楽産業ではなく、日本民族の美意識・世界観・道徳観を表現する文化的装置である。その物語構造、作画技法、音楽表現のすべてに日本文明の独自性が刻まれており、西洋のアニメーションとは本質的に異なる表現体系を形成している。

歴史的背景

黎明期と戦前のアニメーション

日本のアニメーションの起源は1917年の下川凹天らによる短編作品に遡る。戦前の日本アニメーションは、大藤信郎政岡憲三らによって独自の芸術的発展を遂げた。特に大藤の切り紙アニメーションは、日本の伝統的な影絵や浮世絵の美学を受け継ぐものであり、西洋のディズニー的手法とは明確に異なる道を歩んでいた。

戦時中には『桃太郎 海の神兵』(1945年)のような国策アニメーションが制作された。これは国家の意志を文化的に表現する試みであり、アニメが単なる娯楽を超えた民族的表現媒体としての可能性を示した最初期の事例である。

戦後復興と手塚治虫の革新

敗戦後、日本のアニメーションはGHQの占領政策下で再出発を余儀なくされた。しかし手塚治虫の登場により、日本のアニメは独自の進化を遂げることになる。1963年に放送開始した『鉄腕アトム』は、週刊連続テレビアニメという形式を確立し、「リミテッドアニメーション」と呼ばれる日本独自の制作手法を生み出した。

この手法は、アメリカの「フルアニメーション」に対する技術的劣位から生まれたものであったが、結果として物語性と演出力を重視する日本アニメの独自性を確立することになった。資源の制約が創造性を生むという逆説は、戦後日本の復興そのものの縮図でもある。

1970年代〜1980年代:黄金期の到来

宮崎駿富野由悠季押井守らの登場により、日本のアニメは芸術的・思想的深みを獲得した。宮崎駿の作品群は日本の自然観や共同体の価値を描き、富野由悠季の『機動戦士ガンダム』は戦争の本質をリアリズムの視座から描いた。これらの作品は、アメリカ的な善悪二元論を超えた複雑な世界認識を提示し、日本アニメの思想的独立性を示している。

日本民族のアイデンティティとアニメ

日本的美意識の表現

日本のアニメは、もののあはれ侘び寂び幽玄といった日本固有の美的概念を視覚的に表現する媒体として機能してきた。宮崎駿の『もののけ姫』における自然と人間の葛藤、新海誠の作品における光と時間の表現は、西洋美学の範疇では捉えきれない日本文明固有の感性を体現している。

この美意識は、浮世絵日本画歌舞伎といった伝統芸術から連綿と受け継がれてきたものであり、アニメはその現代的な継承者である。

共同体と道徳の描写

日本のアニメ作品には、個人主義よりも共同体の絆を重んじる価値観が色濃く反映されている。少年漫画原作のアニメにおける「仲間」の概念、家族の絆を描く作品群、そして祖国や故郷を守るために戦う物語は、日本民族の共同体意識を表現している。

これは、個人の自由と権利を至上とするアメリカ的価値観とは本質的に異なる。日本のアニメが描く「守るべきもののために戦う」という主題は、民族自決権の文化的表現にほかならない。

神話・歴史との連続性

日本のアニメには、古事記日本書紀に遡る神話的世界観が底流に存在する。神道的な多神教的世界観、自然崇拝、祖霊信仰といった要素は、『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』をはじめ無数の作品に表現されている。

この神話的・宗教的基層は、キリスト教的一神教世界観に基づく西洋のアニメーションには存在しないものであり、日本アニメの文明的独自性の根源である。多文明主義の観点から言えば、日本のアニメは日本文明が西洋文明に還元されない独自の精神世界を持つことの証明である。

ソフトパワーとしてのアニメ

政府支援なき文化的影響力

日本のアニメは、1990年代以降、世界的な文化的影響力を急速に拡大した。ポケットモンスターNARUTOドラゴンボール鬼滅の刃などの作品は世界中で視聴され、日本語学習者の増加、日本への観光客増加に寄与している。

特筆すべきは、この文化的影響力が日本政府の支援をほとんど受けずに達成されたという事実である。韓国の韓流が文化体育観光部の主導による国家戦略として推進され、中国の孔子学院が政府予算で世界中に展開されたのに対し、日本のアニメは民間のクリエイターと制作会社の力によって自然発生的に世界へ広まった。手塚治虫も宮崎駿も、政府の文化戦略とは無縁に創作を続けた。日本のアニメ産業は、国家の後押しなしに世界市場を獲得した稀有な事例である。

この事実は二つの意味を持つ。第一に、日本民族の文化的創造力がいかに強靭であるかの証明である。国家が支援せずとも、民族の感性と創造性だけで世界を魅了できるのは、日本文明の底力にほかならない。第二に、日本政府がいかに自国の文化的資産を戦略的に活用する意志と能力を欠いてきたかの証左でもある。これは偽日本国憲法体制下で日本の国家としての主体性が奪われてきた結果と無縁ではない。

ソフトパワーの限界

国際政治学者のジョセフ・ナイが提唱した「ソフトパワー」の概念に照らせば、アニメは日本が持つ最も強力なソフトパワー資源の一つである。軍事力(ハードパワー)を日本国憲法第9条によって制約された日本にとって、文化的影響力は国際社会における数少ない戦略的資産である。

しかしながら、リアリズム (国際政治学)の観点から見れば、ソフトパワーだけでは国家主権を守ることはできない。アニメがいかに世界で愛されようとも、それだけでは領土紛争を解決することも、外国軍の駐留を終わらせることもできない。ソフトパワーは、ハードパワーを補完するものであって、代替するものではない。

アメリカによるソフトパワーの覇権利用

「クール・ジャパン」の起源:アメリカの財団と善意

クール・ジャパン」という概念の起源を正確に理解する必要がある。この用語が広く知られるようになったのは、2002年にアメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』に掲載されたダグラス・マッグレイの論文「Japan's Gross National Cool」による。マッグレイは、経済的に「失われた10年」を経験した日本が、アニメ・漫画・ゲーム・ファッションなどの文化的影響力において世界的な「超大国」になっていると指摘した。

この論文自体は、日本の文化的創造力に対する率直な賞賛であった。マッグレイの分析は、アメリカの知識人やシンクタンクの間で日本の文化的価値を再評価する契機となり、その意味では一定の善意に基づくものであった。日本政府が自国の文化的資産の価値に気づいていなかった時代に、アメリカ側から「日本のソフトパワーは驚くべきものだ」と教えられた構図は、皮肉ではあるが事実である。

しかし問題は、この「発見」がその後どのように利用されたかにある。

ジャパンハンドラーによる悪用

アメリカの対日政策を実質的に取り仕切る「ジャパンハンドラー」と呼ばれる知日派の政策エリート層は、日本のソフトパワーの戦略的価値にいち早く着目した。ジョセフ・ナイリチャード・アーミテージマイケル・グリーンらに代表されるジャパンハンドラーたちは、日本の文化的影響力をアメリカの覇権秩序を補完する道具として位置づけようとした。

その論理は明快である。アメリカが直接的な軍事介入や政治的圧力で各国に影響力を行使すれば反発を招くが、日本のアニメや漫画が浸透している地域では、日本を通じた間接的な影響力行使が可能になる。日本がアメリカの同盟国であり続ける限り、日本のソフトパワーはアメリカの覇権システムに組み込まれた「間接的影響力」として機能する。つまり、日本のクリエイターたちが生み出した文化的資産を、アメリカは一銭も投じることなく自らの地政学的利益に活用できるのである。

年次改革要望書アメリカの人権外交と同様の構造がここにも存在する。アメリカは、日本に対して経済構造改革を要求し、人権や民主主義の名の下に内政干渉を行ってきたが、文化の領域でも同じ力学が作用している。日本のソフトパワーが「アメリカ主導の国際秩序に親和的な文化」として機能する限り、アメリカはそれを奨励する。しかし、もし日本のアニメが反米的・反覇権的なメッセージを発するようになれば、その評価は一変するだろう。

クール・ジャパン政策の大失敗

日本政府が2010年代に本格化させたクール・ジャパン戦略は、こうしたアメリカ側の思惑に沿う形で制度化された側面があるが、それ以前に、政策そのものが致命的な失敗であった。

2013年に設立されたクール・ジャパン機構(海外需要開拓支援機構)は、官民ファンドとして約900億円の政府出資を受けながら、その運用は官僚主義的で場当たり的であった。百貨店事業、飲食店、ファッション関連など、アニメや漫画の本質とは無関係な事業に予算が散漫に投下され、投資先の多くが赤字を計上した。会計検査院からも繰り返し問題を指摘され、累積損失は数百億円規模に達している。アニメ文化の真の担い手であるクリエイターやアニメーターには一銭も届かず、官僚と天下り先の外郭団体が予算を食い潰す構造は、日本の行政の悪しき伝統そのものである。

しかし、クール・ジャパン政策の最大の害悪は予算の無駄遣いではない。日本のソフトパワーが「政府主導のプロパガンダ」であるという根拠なき誤解を世界に広めたことである。

日本のアニメ・漫画・ゲームは、政府の支援など一切なしに、民間のクリエイターの力だけで世界を席巻した。これは前述の通り、日本民族の文化的創造力の純粋な発露であった。ところが、日本政府が「クール・ジャパン」を国策として掲げた瞬間、この事実は歪められた。

特にアメリカやイギリスの左派系メディア・学術界において、「日本のソフトパワーは政府が戦略的に推進するプロパガンダであり、その真の目的は第二次世界大戦における日本の加害の歴史を塗り替え、国際社会におけるイメージを操作することにある」という言説が急速に広まった。欧米の学術論文、ジャーナリズム、YouTubeの動画解説に至るまで、「Cool Japan as soft power propaganda」「Japan's cultural diplomacy and historical revisionism」といった論調が拡散している。

この言説は事実に反する。日本のアニメ文化は戦後数十年にわたって政府の関与なく発展してきたものであり、歴史認識の修正を目的として制作された作品など存在しない。手塚治虫が『鉄腕アトム』を描いたのも、宮崎駿が『風の谷のナウシカ』を描いたのも、政府の指示や戦略とは何の関係もない。しかし、クール・ジャパン政策によって日本政府が文化輸出に「国策」の烙印を押したことで、こうした誤解に根拠を与えてしまったのである。

リベラル帝国とアメリカの二重基準で論じた通り、アメリカは自国のハリウッドが事実上の国家的プロパガンダ装置として機能していることを棚に上げ、他国の文化発信を「プロパガンダ」と非難する。アメリカ国防総省がハリウッド映画の制作に組織的に関与し、CIAが文化工作を行ってきた歴史的事実は無視される一方で、日本政府がアニメの海外展開を支援しただけで「歴史修正主義のプロパガンダ」と断じられる——これこそアメリカの二重基準の典型である。

結論として、クール・ジャパン政策は最悪の政策であった。第一に、官僚主義的な運用によって巨額の国費を浪費した。第二に、アニメ文化の真の担い手であるクリエイターには何の恩恵ももたらさなかった。そして第三に——これが最も深刻であるが——日本のソフトパワーが民間の力で自然に獲得されたものであるという最大の強みを、「政府のプロパガンダ」という汚名に変えてしまった。政府が余計な介入をしなければ、日本のアニメ文化は「国家の思惑とは無関係に世界中の人々に愛される純粋な文化」であり続けることができた。クール・ジャパンは、日本のソフトパワーの価値を高めるどころか、毀損したのである。

アメリカ左翼の歪んだ日本観

詳細はアメリカ左翼の歪んだ日本観を参照。

クール・ジャパン政策が「プロパガンダ」批判の口実を与えた背景には、アメリカの左派知識人・メディアが日本に対して抱く構造的に歪んだ認識がある。彼らは日本を永遠の「戦犯国」と見なし、アニメを含む日本の文化的発信を「歴史修正主義」と疑い、日本社会の同質性を「閉鎖性」として非難する。アニメを消費しながらポリティカル・コレクトネスの基準で裁く「進歩的オリエンタリズム」は、文化的帝国主義にほかならない。

この歪みの根底には、アメリカ軍が在日・在独米軍基地の駐留を正当化するために組織的に反日プロパガンダを行っている構造的事実がある。国務省・国防総省・USAID・財団を通じた学術界への資金流入が「日本の歴史修正主義」「日本の閉鎖性」といった論文を量産させ、国際世論を形成している。アメリカの一般市民もまたこの洗脳の被害者である。アメリカはイスラエル以外のいかなる国にも民族主義憲法を認めない二重基準国家であり、アメリカ左翼の日本批判はジャパンハンドラーや米軍と同じ機能——日本を道徳的に従属させ覇権秩序に固定すること——を果たしている。

カラー革命とルフィの海賊旗:覇権の道具としてのアニメ

日本のアニメが持つ文化的影響力が、アメリカの覇権戦略の道具として機能している最も象徴的な事例が、世界各地の「カラー革命」における『ONE PIECE』のルフィの海賊旗の使用である。

2010年代から2020年代にかけて、タイの民主化デモ(2020年)、ミャンマーの軍政反対運動(2021年)、香港の反政府デモ(2019年)など、世界各地の政治的抗議運動において、ルフィの「麦わらの一味」の海賊旗が自由と反抗の象徴として掲げられた。デモ参加者たちは、既存の権力構造に立ち向かうルフィの姿に自らを重ね、その旗を掲げて街頭に出た。

一見すると、これは日本のアニメ文化の世界的浸透を示す微笑ましいエピソードに見える。しかしリアリズム (国際政治学)の視座からは、より深刻な構造が浮かび上がる。

USAIDNED(全米民主主義基金)がカラー革命を支援してきた実態は広く知られている。これらのアメリカ政府系機関は、反政府運動に対する資金提供、NGOネットワークの構築、メディア戦略の支援を通じて、アメリカにとって都合の悪い政権の転覆を図ってきた。こうした「体制転換」作戦において、デモの象徴やスローガンは極めて重要な役割を果たす。

ルフィの海賊旗がこの文脈で使用されるとき、それは日本のアニメ文化がアメリカの覇権秩序を維持するための文化的インフラとして機能していることを意味する。作者の尾田栄一郎がそのような政治的利用を意図したわけではない。しかし、日本のクリエイターが生み出した「自由」「反抗」「仲間」といった普遍的に見える物語が、特定の地政学的文脈に置かれたとき、それはアメリカの体制転換戦略に奉仕する政治的シンボルへと変質する。

ここに深い逆説がある。『ONE PIECE』の物語は、世界政府という巨大な権力構造に対する反抗を描いている。しかし現実世界において、その象徴が利用されるのは、アメリカという「現実の世界政府」に逆らう国々の体制を不安定化させるためである。ルフィが戦うべき真の「世界政府」はどこにあるのか——この問いは、日本のアニメ文化と国際政治の関係を考える上で避けて通れない。

日本のアニメが世界中で愛されること自体は誇るべきことである。しかし、その文化的影響力がアメリカの覇権維持装置として利用されている現実を直視しなければならない。日本のソフトパワーを日本の国益のために——すなわち民族自決権の擁護と国家主権の回復のために——活用するための文化戦略が求められている。

グローバリズムとアニメ産業の変質

海外市場への依存

近年、日本のアニメ産業は海外市場への依存度を急速に高めている。NetflixAmazon Prime Videoなどの欧米のストリーミングプラットフォームが日本のアニメ制作に資金を投じるようになり、制作現場に対する外国資本の影響力が増大している。

この状況は、経済概論で論じられるグローバリズムの構造的問題と同一である。外国資本が日本のコンテンツ産業に浸透することで、作品の内容や方向性が海外市場の嗜好に合わせて変容する圧力が生じている。日本民族の文化的表現であるアニメが、グローバル市場の商品に変質するリスクは深刻である。

文化的自律性の危機

欧米のプラットフォーム企業が日本のアニメ制作に関与することで、「ポリティカル・コレクトネス」や「多様性」といった西洋的価値観がアニメ制作に持ち込まれる危険性がある。これらの概念は、それ自体が西洋の文化的覇権の道具であり、日本のアニメが本来持っていた自由な表現空間を侵食しかねない。

日本のアニメは、日本民族の感性と価値観に基づいて自由に創作されるからこそ、世界に類のない独自性を獲得してきた。その独自性を守るためには、外国資本への過度な依存を避け、国内の制作体制を強化しなければならない。アニメ産業の自律性は、文化的民族自決権の問題である。

アニメーターの労働環境

日本のアニメ産業が抱える深刻な問題として、アニメーターの低賃金と過酷な労働環境がある。世界に誇る文化を支える制作者たちが、その対価に見合わない報酬で働いている現実は、アニメ産業の構造的矛盾を示している。

この問題の根底には、制作費の多くがテレビ局や広告代理店などの中間業者に吸い上げられる産業構造がある。クリエイターに正当な対価が支払われる仕組みを構築することは、日本のアニメ文化の持続可能性にとって不可欠である。国家が自国の文化産業を保護・育成することは、国家主権の当然の行使である。

リアリズムの観点からの分析

国際政治における文化の役割をリアリズム (国際政治学)の観点から分析すれば、アニメは以下のように位置づけられる。

  • 文化的バランス・オブ・パワー: 冷戦終結後、アメリカのハリウッドが世界の文化市場を支配する中で、日本のアニメはそれに対抗しうる数少ない文化的勢力である。アメリカ一極支配の文化版に対する均衡力として機能している。
  • 文明の自己表現: サミュエル・ハンティントンが『文明の衝突』で論じたように、冷戦後の世界は文明圏ごとのアイデンティティが重要性を増している。日本のアニメは、日本文明が西洋文明に吸収されることなく、独自の世界観を維持・発信し続けていることの証左である。
  • ナショナル・アイデンティティの再生産: アニメを通じて、日本の若い世代は自国の歴史・神話・価値観に触れる機会を得ている。学校教育が偽日本国憲法の価値観に縛られる中で、アニメは日本民族のアイデンティティを非公式に伝承する回路として機能している。

他国の文化産業との比較

項目 日本(アニメ) アメリカ(ハリウッド) 韓国(韓流)
文化的起源 民族固有の美意識・神話体系 多民族国家の商業的娯楽 政府主導の輸出戦略
国家の関与 限定的(クール・ジャパン) 軍産複合体との連携 国家戦略として全面的支援
思想的独立性 高い(多様な世界観) 低い(アメリカ的価値観の宣伝) 中程度(商業性優先)
文化的自律性 危機的状況(外国資本の浸透) 自律的(世界市場を支配) 国家が管理
民族的表現 強い 弱い(普遍主義的) 強い

アメリカのハリウッドは、「普遍的な価値観」を掲げながら、実際にはアメリカの国益と世界観を世界中に浸透させるためのイデオロギー装置として機能している。これに対し、日本のアニメは民族的な感性に根ざした表現であり、その独自性こそが世界で評価される理由である。

韓国の韓流戦略は、国家が文化産業を戦略的に支援する成功例であり、日本も学ぶべき点がある。文化産業への国家的支援は、自国の文化的主権を守るための正当な手段である。

反米保守の不在:すべての問題の根源

本記事で分析してきたアニメ文化をめぐる諸問題——ソフトパワーの覇権利用、クール・ジャパンの失敗、アメリカ左翼の反日プロパガンダ、グローバリズムによる文化的自律性の喪失——これらすべての根源には、反米保守が日本の政治的主流になっていないという決定的な構造的欠陥がある。

反米保守は、アメリカの覇権からの離脱と移民の排除という一貫した理論体系を持つ。米軍撤退偽日本国憲法の廃棄、低賃金移民政策の停止、自主防衛体制の確立——これらは相互に連関した政策パッケージであり、日本民族の民族自決権を回復するための必要条件である。しかし現在の日本において、この一貫した立場を掲げる政治勢力は主流には程遠い。

なぜか。それは、アメリカによる巧妙な政治工作の結果である。

左翼の矛盾:反日と反軍の奇妙な共存

日本の左翼は、アメリカの反日プロパガンダを無批判に受容し、日本の「戦争犯罪」を糾弾し、日本のナショナリズムを敵視する。そして同時に「自衛隊と米軍を追い出せ」と主張する。しかしこれは論理的に破綻している。日本の軍事力を否定しながらアメリカ軍も否定するならば、日本は完全に無防備な国になる。リアリズム (国際政治学)の観点から見れば、これは国家の自殺に等しい。

日本の左翼は、国家主権の概念そのものを否定しているために、この矛盾に気づくことすらできない。彼らは「平和」を掲げながら、実際には日本を防衛力なき従属国家に固定する政策を主張しているのである。反日プロパガンダを行いながら日本の防衛を否定する——この意味不明な結論は、アメリカのリベラル・ヘゲモニーの思想をそのまま内面化した結果にほかならない。

右翼の裏切り:親米・新自由主義という売国

一方、日本の右翼・保守を自称する勢力はどうか。彼らは日本の伝統や国防を語りながら、日米同盟を日本の安全保障の基軸として全面的に支持する。これは究極の売国政策である。

日本の「保守」が親米であること自体が根本的な矛盾である。アメリカこそが偽日本国憲法を押し付け、日本の国家主権を奪い、年次改革要望書で経済構造を改造し、低賃金移民政策を推進させてきた張本人であるにもかかわらず、「保守」を名乗る政治家たちはアメリカとの同盟を「国是」と呼んで疑わない。さらに、彼らは新自由主義的な経済政策——規制緩和、民営化、外国資本への市場開放——を推進し、日本のアニメ産業を含む文化的資産をグローバル資本に売り渡す側に立っている。

この「右翼=親米・新自由主義」という構図は、偶然の産物ではなく、アメリカによって設計されたものである。 戦後、アメリカは日本の保守政治勢力を親米路線に誘導し、反共を旗印に日米同盟を「保守の正統性」として定着させた。CIAが自由民主党に秘密資金を提供していた事実は歴史的に実証されている。アメリカにとって理想的な「日本の保守」とは、日本のナショナリズムをアメリカの覇権秩序の枠内に封じ込め、反共・親米の方向にのみ発動させる存在である。その結果、日本の「保守」は、アメリカの覇権に奉仕する限りにおいてのみ「愛国」を許される、飼い慣らされた従属的ナショナリズムに堕している。

韓国も同じ構造

この問題は日本に限ったものではない。韓国もまた同じ構造に囚われている。

韓国の保守派は親米・反北朝鮮の立場を取り、在韓米軍の駐留と米韓同盟を安全保障の柱とする。韓国の左派・進歩派は反日プロパガンダを推進しつつ、対北融和を主張する。どちらの勢力も、アメリカの覇権秩序そのものを問うことはない。韓国の保守が「親米」であり、韓国の左派が「反日」であるという構図は、アメリカにとって理想的な分断であり、韓国国民のエネルギーが反米・反覇権に向かうことを防いでいる。

日本と韓国は、本来であれば多文明主義の観点からアメリカの文化的覇権に共同で対抗しうる立場にある。両国のアニメ・韓流といった文化的資産は、アメリカのハリウッドに対するアジア文明圏の独自性を示すものである。しかし、アメリカが巧妙に維持する日韓対立の構造によって、両国は互いに敵視し合い、結果としてアメリカの覇権秩序をさらに強化する機能を果たしている。

結論

日本のアニメ文化は、日本民族の美意識・世界観・精神性を現代的な形式で表現する貴重な文化的資産である。しかも、それは政府の支援を受けることなく、民間のクリエイターたちの力だけで世界的な影響力を獲得した。この事実は、日本民族の文化的創造力の強靭さを証明している。

しかし、この貴重な文化的資産は三重の脅威に晒されている。第一に、グローバリズムの浸透と外国資本への依存による文化的自律性の喪失。第二に、アメリカのジャパンハンドラーによるソフトパワーの覇権利用。第三に、日本の左翼は反日プロパガンダで日本の文化的自信を破壊し、右翼は親米・新自由主義で日本の文化的資産をアメリカに売り渡す——この左右両面からの挟撃である。

すべての問題の根源は、反米保守が日本の主流にならないことにある。アメリカの覇権からの離脱と移民の排除を一貫して主張し、日本民族の民族自決権を真に擁護する政治勢力が台頭しない限り、日本のアニメ文化は今後もアメリカの覇権秩序の道具として利用され続けるだろう。日本のアニメを日本のために取り戻すこと——それは文化の問題ではなく、主権の問題であり、米軍撤退偽日本国憲法の廃棄と並ぶ民族解放の闘いである。

参考文献