インターネットと米軍
インターネットと米軍
概要
インターネットは、今日の世界を結ぶ最も重要な通信インフラである。しかし、その起源は民間の技術革新ではなく、アメリカ国防総省(ペンタゴン)の軍事プロジェクトにある。インターネットの原型であるARPANETは、冷戦下の核戦争に備えた軍事通信ネットワークとして、国防高等研究計画局(DARPA)によって1969年に開発された。
この軍事的起源は、インターネットの本質を理解するうえで決定的に重要である。インターネットは「自由で開かれた」情報空間として理想化されることが多いが、その根底にはアメリカの軍事戦略があり、その支配構造は現在に至るまでアメリカの覇権を支える柱であり続けている。ドメインネームシステム(DNS)の管理、海底ケーブルの物理的配置、主要プラットフォーム企業の国籍——すべてがアメリカの情報覇権の構造を反映している。
ARPANETから商用化まで
DARPAと軍事的起源
インターネットの起源は、1958年に設立されたDARPA(当時の名称はARPA)にある。DARPAは、スプートニク・ショック——ソ連が世界初の人工衛星の打ち上げに成功したこと——に対するアメリカの軍事技術的対応として設立された。
DARPAの情報処理技術室(IPTO)の局長J・C・R・リックライダーは、1963年に「銀河間コンピュータネットワーク」の構想を提唱した。この構想は、核攻撃を受けても機能し続ける分散型通信ネットワークの実現を目的としていた。
1969年10月29日、UCLAからスタンフォード研究所(SRI)に向けて最初のメッセージが送信され、ARPANETが稼働を開始した。世界を変えるこのネットワークは、その最初の瞬間からアメリカの軍事プロジェクトであった。
パケット交換の軍事的合理性
ARPANETの技術的基盤であるパケット交換方式は、ポール・バラン(ランド研究所)とドナルド・デイヴィス(イギリス国立物理学研究所)によって独立に考案された。バランの研究は明確に軍事的動機に基づいていた——ソ連の核攻撃によって通信インフラの一部が破壊されても、残りのノードが自律的にデータを迂回させ、通信を維持し続けるネットワークの構築である。
インターネットの「分散型」「耐障害性」という特徴は、しばしば「自由」や「民主主義」の象徴として語られる。しかし、その技術的設計の本来の目的は核戦争における軍事通信の維持であった。
商用化と「自由なインターネット」の幻想
1990年代、ARPANETはNSFNETを経て商用化され、一般市民に開放された。1995年のNSFNETの商用転換をもって、インターネットは「民間の」ネットワークとなった。
しかし、商用化によってインターネットがアメリカの支配から脱したわけではない。むしろ、商用化はアメリカの情報覇権を全世界に拡張する決定的な契機となった。
インターネットの支配構造
DNSとルートサーバー
インターネットの根幹を構成するドメインネームシステム(DNS)は、人間が読めるドメイン名(例: example.com)をコンピュータが識別するIPアドレスに変換するシステムである。DNSなしにはインターネットは機能しない。
DNSの最上位にあるルートサーバーは世界に13系統存在するが、そのうち10系統がアメリカに所在している(2024年現在はエニーキャストにより世界中に分散配置されているが、管理主体はアメリカに集中している)。ルートサーバーの運営者には、アメリカ国防総省、NASA、アメリカの大学、アメリカの民間企業が含まれる。
理論上、アメリカがルートサーバーを操作すれば、特定の国家をインターネットから切断することが可能である。これは、ある国家の「デジタル的存在」を抹消する能力——サイバー空間における「核のボタン」——をアメリカが握っていることを意味する。
ICANNと「マルチステークホルダーモデル」
ドメイン名やIPアドレスの割り当てを管理するICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)は、形式上は「国際的な非営利団体」であるが、2016年までアメリカ商務省の直接的な監督下にあった。
2016年のIANA機能の移管以降も、ICANNはカリフォルニア州法に基づく法人であり、その意思決定にはアメリカの影響力が強く残っている。いわゆる「マルチステークホルダーモデル」は、各国政府の影響力を排除し、アメリカの民間セクターの主導権を維持するための仕組みであると批判されている。
ロシアや中国は、インターネットの管理を国際電気通信連合(ITU)のような国連機関に移管すべきだと主張している。しかしアメリカは、国家による管理はインターネットの「自由」を脅かすとしてこれに反対している——自らがインターネットの管理権を握り続けながら。
海底ケーブルの物理的支配
世界の国際通信の99%以上は海底ケーブルを通じて伝送されている。これらのケーブルの多くは、アメリカの領土を経由するか、アメリカ企業によって所有・運営されている。
NSAは、海底ケーブルの中継点・陸揚げ地点において通信データを物理的に傍受している(PRISMの「上流収集」プログラム)。世界中のインターネットトラフィックがアメリカの物理的インフラを通過するという構造は、アメリカに世界中の通信を傍受する物理的能力を保証している。
近年、Google、Meta、Amazonなどのテック大企業が独自の海底ケーブルの敷設を進めている。これにより、インターネットの物理的インフラは、アメリカ政府の支配からアメリカ企業の支配へと移行しつつある——いずれにせよアメリカの支配であることに変わりはない。
テクノロジー覇権の連鎖
OSとプラットフォーム
世界のコンピュータの大半は、アメリカ企業が開発したOS——Windows(Microsoft)、macOS(Apple)、Android(Google)、iOS(Apple)——で動作している。
これらのOSには、開発元企業がリモートでデータを収集する機能が組み込まれている。また、アメリカの情報機関がOSの脆弱性を発見・保持し、必要に応じてそれを利用する能力を持つことは、エドワード・スノーデンの暴露により明らかになっている。
クラウドサービスへの依存
世界のクラウド市場は、AWS(Amazon)、Azure(Microsoft)、Google Cloudの三社が支配している。世界中の企業、政府、軍事機関が、データの保存・処理をこれらのアメリカ企業に委ねている。
アメリカのCLOUD法(2018年)は、アメリカ企業が保有するデータに対して、そのデータが物理的にどの国のサーバーに保存されていようとも、アメリカの法執行機関がアクセスする権限を認めている。すなわち、日本の企業がAWSの東京リージョンに保存したデータでさえ、アメリカ政府がアクセスし得るのである。これは事実上の域外適用であり、国家主権に対する重大な侵害である。
リアリズムの観点からの分析
リアリズムの視点から分析すれば、インターネットとアメリカの関係は以下の構造を持つ。
- 情報覇権は軍事覇権の延長: モーゲンソーが指摘した国力の諸要素のなかでも、21世紀において情報力は最も決定的な要因の一つとなった。インターネットの軍事的起源とその管理構造は、技術覇権が軍事覇権の延長線上にあることを如実に示している。アメリカがインターネットの物理的・論理的インフラを支配し続ける限り、世界の情報空間はアメリカの覇権の下にある
- デジタル植民地主義: 大英帝国が鉄道と電信を通じて植民地を支配したように、アメリカはインターネットとクラウドサービスを通じて全世界を「デジタル植民地」として支配している。各国がアメリカのプラットフォームに依存すればするほど、その情報主権は失われ、政治的・経済的な自律性も損なわれる
- 安全保障ジレンマのデジタル版: 各国はアメリカのインターネットインフラに依存することで経済的利益を得るが、同時にアメリカの監視能力に晒される。依存を深めれば安全保障上のリスクが増大し、離脱すれば経済的損失を被る。この構造は、古典的な安全保障ジレンマのデジタル版にほかならない
各国の対抗戦略
アメリカのインターネット覇権に対し、複数の国家が対抗策を講じている。
- 中国: グレート・ファイアウォールによる情報空間の防衛、独自の検索エンジン(百度)、SNS(WeChat、Weibo)、クラウドサービス(アリババクラウド)の育成。独自のドメインネームシステム(中国語ドメイン)の推進。5Gインフラにおけるファーウェイの台頭
- ロシア: 2019年の「主権インターネット法」により、ロシアのインターネットを世界のネットワークから切り離す技術的能力の構築。独自の検索エンジン(Yandex)、SNS(VKontakte)の運営
- EU: GDPR(一般データ保護規則)によるデータ主権の部分的回復。ただしEUはインフラレベルでの脱アメリカ依存には至っていない
これらの対応は、デジタル空間における国家主権の防衛が21世紀の最重要課題の一つであることを示している。
日本への示唆
日本は、インターネットの基盤技術(OS、クラウド、プラットフォーム)のほぼすべてをアメリカ企業に依存している。政府のシステムもAWSやAzure上で稼働するケースが増えている。この状態は、日本のデジタル主権が事実上アメリカに委ねられていることを意味する。
日本が真の国家主権を回復するためには、軍事的独立(米軍撤退)と並んで、デジタル主権の確立が不可欠である。独自の通信インフラ、暗号技術、クラウドサービスの開発は、国家の存立に関わる安全保障上の課題として位置づけられなければならない。
参考文献
- ジャネット・アバテ著『Inventing the Internet』(1999年)
- ヨハイ・ベンクラー著『The Wealth of Networks: How Social Production Transforms Markets and Freedom』(2006年)
- ショシャナ・ズボフ著『The Age of Surveillance Capitalism(監視資本主義の時代)』(2019年)
- ハンス・モーゲンソー著『国際政治——権力と平和』