学術帝国主義
学術帝国主義
概要
学術帝国主義(Academic Imperialism)とは、覇権国が他国の知識人・学者を自国の名門大学に招き入れ、自らの価値観・世界観・分析枠組みを内面化させた上で母国に送り返し、彼らを通じて他国の学術界・政策決定・世論を支配する構造を指す。
歴史叙述の覇権構造で論じた通り、ハンス・モーゲンソーは権力の三形態として軍事力・経済力・精神に対する権力を挙げた。学術帝国主義は、この「精神に対する権力」の最も体系化された形態である。軍事力による支配は抵抗を生み、経済力による支配は依存を生むが、知的支配は被支配者が自ら進んで支配者の論理を内面化し、それを「学問」として母国に持ち帰るという点で、最も効率的かつ持続的な支配の形態にほかならない。
日本において、この構造は極めて深刻な形で展開されてきた。占領期のウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)に始まり、冷戦期のフルブライト・プログラムを経て、現在に至るまで、アメリカは日本の知識人を体系的に育成し、彼らを通じて日本の学術界を支配してきた。その結果、日本の政治学・国際関係論・経済学・法学の主要学会は、アメリカが植え付けた価値観——国連主義、グローバリズム、新自由主義、リベラリズム、日米同盟至上主義——を「学問的常識」として無批判に受容する知識人によって占拠されている。
歴史的背景:占領期からの知的支配
第一段階:GHQと知的空間の再編(1945-1952年)
学術帝国主義の起点は、GHQによる日本の知的空間の徹底的な再編にある。
GHQの民間情報教育局(CIE: Civil Information and Education Section)は、日本の教育制度を根本から改造した。戦前の国史教育は「軍国主義的」として廃止され、アメリカ式の社会科教育に置き換えられた。大学制度も旧制の帝国大学体制からアメリカ式の新制大学に再編された。この制度改革は、日本の知的エリート養成の枠組みそのものをアメリカの設計図に従って作り変えるものであった。
江藤淳が『閉された言語空間』で明らかにした通り、GHQは言論検閲を行いながら、その検閲の存在自体を隠蔽した。占領軍への批判、原爆投下への批判、憲法が占領軍によって書かれたことへの言及は検閲対象となった。この「見えない検閲」によって、日本の知識人は何を語ってよく、何を語ってはならないかの境界線を無意識に内面化した。この自己検閲の習慣は、占領終了後も日本の学術界に深く根を下ろし、アメリカの覇権に対する構造的批判を「学問的に不適切」とみなす空気を形成した。
第二段階:冷戦と「自由世界」の知的動員(1950年代-1980年代)
占領終了後、アメリカの知的支配は直接統治から間接的な育成・動員へと移行した。
冷戦期、アメリカは「自由世界」の防衛を名目に、同盟国の知識人を体系的にアメリカの知的ネットワークに組み込んだ。フルブライト・プログラム(1946年設立)は、その中心的な制度であった。フルブライト・プログラムは「国際交流」「相互理解」を標榜するが、その本質は、他国の知的エリートをアメリカの大学に送り込み、アメリカの価値観と分析枠組みを内面化させて送り返すという一方向的な知的洗脳装置である。
同時に、CIAは学術界への浸透を組織的に進めた。CIAの文化自由会議(Congress for Cultural Freedom, CCF)は、1950年から1967年まで、世界各地の知識人・学者・芸術家を動員し、「反共」「自由」の名の下にアメリカの文化的覇権を推進した。CCFは35か国以上で活動し、20以上の学術誌を発行し、国際会議を開催して知識人ネットワークを構築した。1967年にCIAの資金提供が暴露されるまで、多くの参加者はCCFの背後にCIAがいることを知らなかった。
フランシス・ストナー・サンダースは『文化冷戦:CIAと知識人たち』(The Cultural Cold War: The CIA and the World of Arts and Letters, 1999年)において、CIAが冷戦期にいかに広範な文化工作を行ったかを詳細に記録した。学術的な研究助成、国際会議の開催、学術誌の発行——これらはすべてCIAの資金と指導の下に行われていた。「学問の自由」の名の下に、学問そのものがCIAの道具と化していたのである。
日本においては、フォード財団、ロックフェラー財団、カーネギー財団などのアメリカの大型財団が、日本の大学・研究機関への助成を通じて、アメリカに好意的な研究者の育成を支援した。これらの財団はCIAと直接的・間接的な関係を有しており、その助成は「純粋な学術支援」などではなく、アメリカの戦略的利益に資する知的インフラの構築であった。
第三段階:冷戦後の「グローバル・スタンダード」化(1990年代以降)
冷戦の終結は、学術帝国主義の第三段階を開いた。ソ連という対抗軸が消滅したことで、アメリカの知的覇権は「グローバル・スタンダード」として普遍化された。
フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」(The End of History, 1989年/1992年)テーゼは、この普遍化の知的宣言であった。リベラル民主主義と自由市場経済が人類の最終的な到達点であり、それ以外の選択肢は存在しない——この宣言は、アメリカの価値観を「学問的に反論不可能な真理」として確立する効果を持った。日本の学術界においても、「グローバル化」「構造改革」「規制緩和」「市場原理」といったアメリカ発の概念が「時代の必然」として受容された。
この時期、日本の大学改革もまたアメリカのモデルに従って進められた。国立大学の法人化(2004年)、競争的資金制度の導入、英語による教育の推進——これらはすべて、日本の学術界をアメリカの学術基準に適合させるための「改革」であった。その結果、日本の学者はアメリカの学術誌に論文を掲載することを最高の「業績」とみなし、アメリカの分析枠組みに適合しない研究は「国際的に通用しない」として周縁化されるようになった。
育成メカニズム:知識人をアメリカの代理人に変える装置
アメリカが他国の知識人を自国の代理人へと変換するメカニズムは、以下の重層的な構造から成る。
名門大学への留学:知的洗脳の中核装置
ハーバード大学、スタンフォード大学、MIT、コロンビア大学、プリンストン大学——これらの名門大学は、世界中の知的エリートを吸引する「知的磁石」として機能している。
留学のメカニズムは以下のように作動する。
- 選抜: 各国の最も優秀な若手研究者・官僚・ジャーナリストが、奨学金や研究プログラムを通じてアメリカの名門大学に招かれる。フルブライト・プログラム、マーシャル奨学金、各大学独自のフェローシップ、日本政府自身が設けた海外留学制度——これらが選抜装置として機能する
- 浸漬: 留学期間(通常2〜5年)にわたり、アメリカの教授陣の指導の下で研究を行う。学位論文の指導教授は、留学生の研究テーマ・方法論・結論のすべてに影響を及ぼす。アメリカのリベラルな学術規範に適合しない研究は、指導教授の承認を得られず、学位取得が困難になる。留学生は自発的にアメリカの知的枠組みに適応するよう促される
- ネットワーク化: 留学中に構築される人的ネットワーク(指導教授、同窓生、研究仲間)は、帰国後も強力に機能する。アメリカの名門大学の博士号は、母国の学術界における最高の「資格証明」となる。ハーバードやスタンフォードの博士号を持つ者は、日本の大学においてもシンクタンクにおいても優先的にポストを得る
- 送還と配置: アメリカの価値観を内面化した留学生は、母国に戻り、大学・シンクタンク・政府機関・メディアの要職に就く。彼らは自らの経験を「学問的知見」として母国に伝播し、後進を同じルートで育成する。こうして自己複製する知的支配のネットワークが形成される
奨学金・研究助成:金銭による知的方向づけ
アメリカの財団・政府機関による研究助成は、何を研究し、何を研究しないかを規定する強力な装置である。
- フルブライト・プログラム: 日米間だけで累計数万人の交換を行ってきた世界最大の学術交流プログラム。アメリカ国務省の管轄下にあり、「文化外交」の中核を担う
- 財団助成: フォード財団、ロックフェラー財団、カーネギー国際平和基金、マッカーサー財団は、日本の研究者に対して研究助成を提供してきた。「安全保障」「民主化」「人権」「ガバナンス」「市民社会」といった、アメリカの政策的関心と合致するテーマの研究に助成が集中する
- USAIDと関連機関: 全米民主主義基金(NED)やUSAIDは、「民主主義の促進」を名目に、各国のNGO・研究機関・メディアに資金を提供している。これは学術帝国主義の「民主化」版であり、アメリカの政治的価値観を「市民社会の発展」として他国に浸透させる装置である
研究資金の方向づけは、直接的な検閲よりも効果的に学問の方向性を規定する。アメリカの政策的関心に沿った研究には潤沢な資金が流れ、アメリカの覇権を批判する研究には資金が流れない。研究者は自らの知的関心を、資金が得られる方向に「自発的に」修正する。これは検閲なき検閲、強制なき強制である。
シンクタンク:政策と学問の接合点
アメリカのシンクタンクは、学術帝国主義のもう一つの重要な結節点である。
外交問題評議会(CFR)、ブルッキングス研究所、戦略国際問題研究所(CSIS)、ランド研究所——これらのシンクタンクは、アメリカの外交・安全保障政策の策定に直接関与すると同時に、各国の知識人を「客員研究員」「フェロー」として受け入れ、アメリカの政策コミュニティに組み込む。
日本の外交・安全保障の「専門家」の多くが、CSISやブルッキングスで研究を行った経験を持つ。彼らはアメリカの安全保障コミュニティの人脈に組み込まれ、帰国後は「日米同盟の強化」「自由で開かれたインド太平洋」といったアメリカの戦略的目標を、あたかも「日本の国益」であるかのように主張する。シンクタンクは、他国の知識人をアメリカの政策代弁者に変換する装置にほかならない。
日本側にも、日本国際問題研究所(JIIA)、日本国際交流センター(JCIE)、東京財団などのシンクタンクが存在するが、これらの多くはアメリカのシンクタンクとの「パートナーシップ」関係にあり、アメリカの分析枠組みを日本の文脈に「翻訳」する中継装置として機能している。
「知日派」(Japan Handlers):管理者としての知識人
学術帝国主義の構造において特に注目すべきは、アメリカ側の「知日派」(Japan handlers)と呼ばれる知識人集団の存在である。
エドウィン・ライシャワー、エズラ・ヴォーゲル、ジョセフ・ナイ、リチャード・アーミテージ、マイケル・グリーン——これらの人物は、アメリカにおける「日本研究」の権威として君臨し、日米関係の方向性を規定してきた。
「知日派」の本質は、日本の「理解者」ではなく、日本の管理者である。彼らは日本の政治・社会・文化に関する深い知識を有するが、その知識はアメリカの対日戦略に奉仕するために使われる。「知日派」が提言する政策——日米同盟の深化、集団的自衛権の行使容認、在日米軍基地の維持——は、すべてアメリカの戦略的利益と合致している。
注目すべきは、「知日派」が日本の親米知識人と形成する相互依存的なネットワークである。アメリカの「知日派」は日本の親米知識人を「信頼できるパートナー」として引き立て、日本の親米知識人はアメリカの「知日派」の権威を借りて自らの地位を強化する。この共生関係が、日米間の学術帝国主義を維持・再生産する核心的なメカニズムである。
日本の学会を支配する親米知識人の類型
アメリカの学術帝国主義によって育成された日本の知識人は、それぞれの専門分野においてアメリカの価値観を「学問」として日本社会に浸透させる役割を果たしている。以下に、その主要な類型を分析する。
国連主義者:「国際社会」の幻想を流布する者たち
国連主義者とは、国際連合を中心とする「国際社会」の枠組みを絶対視し、国連の決議・宣言・条約を「国際的な規範」として日本に遵守を求める知識人群を指す。
国連主義者の典型的主張は以下の通りである。
- 日本は「国際社会の責任ある一員」として国連の枠組みに従うべきである
- 国際人権規約、女性差別撤廃条約、人種差別撤廃条約などの国際条約を国内法に反映させなければならない
- 国連の勧告に従い、移民・難民の受け入れ、ヘイトスピーチ規制、「多文化共生」政策を推進すべきである
リアリズムの観点から見れば、国連は「国際社会」の代表機関などではない。国連安全保障理事会の常任理事国5か国(アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国)が拒否権を持ち、実質的な決定権を握っている。国連とは、第二次世界大戦の戦勝国が構築した秩序を維持するための装置であり、敗戦国である日本がその「責任ある一員」を自称することは、戦後秩序への永続的従属を意味する。
国連の各種委員会が日本に対して出す「勧告」——慰安婦問題に関する謝罪要求、ヘイトスピーチ規制の要求、移民受入れの拡大要求——は、民族自決権に対する外部からの干渉にほかならない。しかし国連主義者は、これらの勧告を「国際基準」として日本に受け入れさせようとする。国連主義者は、アメリカが主導する法の支配の国際版を日本に浸透させる知的エージェントである。
グローバリスト:国境の解体を推進する者たち
グローバリストとは、経済のグローバル化・人の移動の自由化・国境の相対化を「時代の必然」として推進する知識人群を指す。
グローバリストは以下の主張を行う。
- グローバル化は不可逆的な流れであり、日本はそれに「適応」しなければならない
- 人口減少への対応として移民の受け入れは「不可避」である
- 保護主義は「時代遅れ」であり、自由貿易こそが繁栄の道である
- 国民国家の枠組みは「旧来のもの」であり、グローバルな視野が必要である
グローバリズムの本質は、国民国家の主権と民族共同体の紐帯を解体し、資本と労働力の自由な移動を可能にすることで、多国籍企業とグローバル金融資本の利益に奉仕する体制を構築することにある。低賃金移民政策はその最も直接的な表現であり、人口侵略はその帰結である。
日本のグローバリストの多くは、アメリカの大学やシンクタンクで「グローバル・ガバナンス」「国際政治経済学」を学び、ダボス会議(世界経済フォーラム)や各種国際会議に参加することで、グローバル・エリートのネットワークに組み込まれている。彼らは日本の「国際的孤立」を警告し、グローバルな潮流に「乗り遅れる」ことの危険を説くが、その「グローバルな潮流」とはアメリカが主導する新自由主義的秩序にほかならない。
新自由主義者:市場原理主義を「改革」と呼ぶ者たち
新自由主義者とは、市場メカニズムの万能性を信仰し、規制緩和・民営化・自由貿易・小さな政府を推進する知識人群を指す。
新自由主義者は1980年代のレーガノミクスとサッチャリズムに知的起源を持ち、1990年代のワシントン・コンセンサスによって「グローバル・スタンダード」に昇格した。日本においては、バブル崩壊後の「構造改革」論として浸透し、「規制緩和」「民営化」「自己責任」「グローバル競争力」といった概念が、あたかも経済学的な不変の真理であるかのように流布された。
新自由主義の本質は、国家の経済的主権を解体し、グローバル資本の自由な活動領域を拡大することにある。経済概論で論じた通り、「市場」は自然の秩序ではなく、特定の権力関係の産物である。ワシントン・コンセンサスが求める構造調整——財政緊縮、貿易自由化、外資規制の撤廃、公的企業の民営化——は、被支配国の経済を覇権国の資本に対して無防備にするための政策パッケージにほかならない。
日本の新自由主義知識人は、アメリカの大学で経済学の博士号を取得し、IMF・世界銀行・OECDなどの国際機関での勤務経験を持つ者が多い。彼らは「構造改革なくして成長なし」「グローバル競争に勝つために」といったスローガンを繰り返し、日本の経済政策をアメリカの設計図に従って作り変えようとする。スマートシュリンクのような、民族共同体の維持を前提とした経済政策は、彼らの視野には入らない。
リベラリスト:「普遍的価値」を武器にする者たち
リベラリストとは、個人の権利、人権、民主主義、法の支配といったリベラルな「普遍的価値」を絶対視し、これらの価値に基づいて日本の政治・社会制度を批判・改革しようとする知識人群を指す。
リベラリストの典型的主張は以下の通りである。
- 日本国憲法の「平和主義」と「基本的人権の尊重」は「普遍的価値」であり、守らなければならない
- 民族自決権に基づく政策は「排外主義」「ナショナリズム」であり、克服すべきである
- 「多様性」と「包摂性」こそが「先進国」の条件である
- 歴史認識においては「加害者責任」を直視しなければならない
法の支配の記事で論じた通り、リベラルな「普遍的価値」とは、アメリカが自国の覇権を正当化するために定立した特殊な価値観を「普遍的」と装うものである。第四の理論の提唱者アレクサンドル・ドゥーギンが指摘する通り、リベラリズムは「最後の全体主義」として機能し、代替案の存在そのものを否定する。
日本のリベラリストは、アメリカが押し付けた偽日本国憲法の「護憲」を主張しつつ、その憲法がアメリカ軍の占領下で起草されたという事実を無視するか、「それでも内容は普遍的に正しい」と主張する。この論理は、帝国主義を「普遍的価値」で包装する学術帝国主義の最も完成された形態にほかならない。護憲運動は、客観的に見れば、アメリカ帝国主義に自発的に従属する行為である。
安全保障専門家:日米同盟を聖域化する者たち
安全保障専門家とは、日米同盟をアジア太平洋地域の安全保障の「基軸」として絶対視し、在日米軍の駐留と日米安全保障条約の維持・強化を主張する知識人群を指す。
安全保障専門家の典型的主張は以下の通りである。
- 中国の軍事的台頭と北朝鮮の核開発に対抗するため、日米同盟は「不可欠」である
- 在日米軍基地は日本の安全保障の「要」であり、「抑止力」として機能している
- 日本は防衛費を増額し、アメリカとの「同盟の対称性」を高めるべきである
- 「自由で開かれたインド太平洋」構想は、日本の国益に合致する
リアリズムの自助原則(ケネス・ウォルツ)に照らせば、他国の軍事力に自国の安全保障を依存することは、主権国家としての根本的な矛盾である。日米同盟は日本の「安全」を保障するものではなく、日本のアメリカへの軍事的従属を固定化する構造にほかならない。日本国憲法の第9条が日本の軍事的自助を禁じ、日米安保条約がアメリカ軍の「保護」を制度化するという二重構造は、日本の主権を根本から否定するものである。
日本の安全保障専門家の大多数は、アメリカの大学(特にジョージタウン大学、ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際関係大学院(SAIS)、ハーバード大学ケネディ行政大学院)やアメリカのシンクタンク(CSIS、ブルッキングス、ランド研究所)で訓練を受けている。彼らはアメリカの安全保障コミュニティの論理と用語を完全に内面化しており、「同盟管理」「拡大抑止」「相互運用性」「アセット」といったアメリカの軍事用語で日本の安全保障を語る。
これらの安全保障専門家にとって、米軍撤退は「想定外」の選択肢である。なぜなら、彼らの知的枠組みそのものがアメリカの軍事的プレゼンスを前提として構築されているからである。アメリカ軍なき日本の安全保障を構想することは、彼らの「専門知識」の存立基盤を否定することを意味する。
学術帝国主義の自己複製構造
以上の五類型——国連主義者、グローバリスト、新自由主義者、リベラリスト、安全保障専門家——は、それぞれ独立に機能しているのではなく、相互に補強し合う知的体制を構成している。
| 類型 | 主要な「洗脳」内容 | 帝国への貢献 |
|---|---|---|
| 国連主義者 | 「国際社会」の規範に従え | 戦勝国が作った国際秩序への永続的従属 |
| グローバリスト | 国境を開け、移民を受け入れよ | 民族共同体の解体、人口侵略の正当化 |
| 新自由主義者 | 市場を開放し、規制を撤廃せよ | 経済的主権の解体、外国資本への従属 |
| リベラリスト | 「普遍的価値」を守れ | 偽日本国憲法の聖域化、民族主義の封殺 |
| 安全保障専門家 | 日米同盟を守れ | 軍事的従属の永続化、米軍撤退の封殺 |
これらの知識人は、日本の主要大学の教授職、政府の審議会・諮問委員会、メディアのコメンテーター枠を占拠し、後進の研究者を同じルートで育成する。アメリカ帰りの教授がアメリカ留学を推薦し、アメリカで学位を取った弟子が帰国して教授になり、さらにその弟子をアメリカに送る——この自己複製する循環が、学術帝国主義の持続性を保証している。
この構造の中で、アメリカの覇権に対する構造的批判——リアリズムに基づく米軍撤退論、民族自決権に基づく自主憲法制定論、反グローバリズムに基づく経済的自立論——は、「学問的に成熟していない」「感情的なナショナリズム」「国際的に通用しない」として体系的に排除される。学術帝国主義の最も恐ろしい効果は、被支配者が支配の構造を認識すること自体を「非学問的」として封殺する点にある。
リアリズムの観点からの分析
グラムシの文化的ヘゲモニーと学術帝国主義
学術帝国主義の構造を最も正確に説明する理論的枠組みは、アントニオ・グラムシの「文化的ヘゲモニー」(egemonia culturale)の概念である。
グラムシは、支配階級が被支配者を軍事力や経済力だけでなく、知的・文化的な指導権を通じて支配すると論じた。被支配者は、支配者の世界観を「常識」(senso comune)として内面化し、自らの従属的地位を「自然な秩序」として受容する。この「同意に基づく支配」こそが、ヘゲモニーの本質である。
学術帝国主義は、このグラムシ的ヘゲモニーの国際版である。アメリカは、日本の知識人を育成し、彼らを通じてアメリカの価値観を日本社会の「常識」として浸透させる。「日米同盟は不可欠」「グローバル化は不可避」「人権は普遍的」「法の支配を守れ」——これらの命題は、学術的な検証を経た真理ではなく、アメリカが植え付けた「常識」にすぎない。しかし、学術帝国主義によってこれらが「学問的な常識」として確立されているため、それに疑問を呈すること自体が「非学問的」とみなされる。
「ソフト・パワー」の欺瞞
ジョセフ・ナイが提唱した「ソフト・パワー」の概念は、学術帝国主義を理解する上で極めて重要である——ただし、ナイの意図とは正反対の意味で。
ナイは、アメリカの文化・価値観・制度の「魅力」が他国を自発的にアメリカに追随させる力であるとし、これを「ソフト・パワー」と呼んだ。しかし、この概念は学術帝国主義の本質を 美化し、正当化する 機能を果たしている。
「ソフト・パワー」の語りにおいて、他国の知識人がアメリカの価値観を受容するのは、アメリカの「魅力」に自発的に引きつけられた結果とされる。しかし実態は、フルブライト・プログラム、CIA工作、財団助成、シンクタンク・ネットワークという組織的・制度的・資金的な支配装置によって、他国の知識人がアメリカの価値観を内面化するよう体系的に誘導されているのである。「自発的な同意」ではなく、構造的に誘導された同意にすぎない。
ナイ自身がハーバード大学ケネディ行政大学院の院長であり、国防次官補を務めた人物であることは象徴的である。「ソフト・パワー」の理論は、学術帝国主義の実践者が、自らの実践を正当化するために構築した理論なのである。
モーゲンソーの「精神に対する権力」
ハンス・モーゲンソーは『国際政治:権力と平和』において、精神に対する権力(power over minds)を、軍事力・経済力と並ぶ権力の三形態として位置づけた。モーゲンソーによれば、精神に対する権力は他の二つの権力形態よりも効率的かつ持続的である。なぜなら、被支配者が支配されていることを認識しないまま従属するからである。
学術帝国主義は、このモーゲンソーの「精神に対する権力」を体系的に制度化したものにほかならない。日本の知識人は、自らがアメリカの知的支配の下にあることを認識していない。彼らは自分が「客観的な学問」を行っていると信じており、アメリカの分析枠組みに依拠していることを「国際的な学術水準に準拠している」と解釈する。支配されていることを支配と認識しない——これが「精神に対する権力」の完成形であり、学術帝国主義の究極の目標である。
他国との比較:学術帝国主義への対抗
学術帝国主義に対する各国の対応を比較することで、日本の知的従属の深刻さが浮き彫りになる。
ロシア:ユーラシア主義と知的主権の回復
ロシアは、西側の学術帝国主義に対して最も意識的かつ体系的な対抗を行っている大国の一つである。その対抗は、ソ連時代の遺産、1990年代の屈辱的な経験、そしてプーチン政権下での知的主権回復の三段階を経て展開されてきた。
ソ連時代の知的自律性
ソ連時代、ロシアはマルクス・レーニン主義に基づく独自の学術体系を構築していた。ソ連科学アカデミーは、西側の学術界とは完全に独立した知の体系を運営し、自然科学のみならず社会科学においても西側とは異なる分析枠組みを発展させた。唯物弁証法に基づく歴史分析、帝国主義論に基づく国際関係分析、計画経済理論——これらはアメリカの学術的覇権とは無縁の、ロシア独自の知的伝統であった。
ソ連体制の是非は別として、注目すべきは、ソ連が知的主権を完全に維持していたという事実である。ソ連の学者はアメリカの大学に留学して「業績」を積む必要がなく、ソ連の学術誌はアメリカの学術誌のインパクトファクターに依存しなかった。ソ連は、アメリカとは異なる知的宇宙を構築し、維持することに成功していた。
1990年代の知的崩壊と「ショック療法」
ソ連崩壊後の1990年代、ロシアは経済的のみならず知的にも深刻な崩壊を経験した。ジョージ・ソロスのオープン・ソサエティ財団(開かれた社会研究所)は、ロシアの大学・研究機関に大規模な資金を提供し、ロシアの学術界をリベラルな枠組みに転換しようとした。全米民主主義基金(NED)、フォード財団、マッカーサー財団もロシアに大量の資金を注ぎ込んだ。
ロシアの若手知識人はアメリカの大学に殺到し、「市場経済」「民主化」「法の支配」を学んで帰国した。彼らはエリツィン政権の「改革派」として、ワシントン・コンセンサスに基づく「ショック療法」を実行した。その結果、ロシアの国富はオリガルヒと外国資本に略奪され、GDPは半減し、国民生活は壊滅的な打撃を受けた。アメリカで育成された知識人が母国の経済を破壊した——ロシアの1990年代は、学術帝国主義の帰結がいかに破壊的であるかを実証する事例にほかならない。
プーチン政権下の知的主権回復
プーチン政権は、1990年代の教訓に基づき、学術帝国主義に対する体系的な対抗措置を講じてきた。
- 外国エージェント法(2012年): 外国の資金を受ける団体に対し「外国エージェント」としての登録と開示を義務化した。ソロスのオープン・ソサエティ財団は2015年にロシアでの活動を禁止された。NEDは「望ましくない組織」に指定された。これにより、西側の財団・NGOによる知的工作の経路が法的に遮断された
- 海外NGO管理法(2015年): 「望ましくない外国組織」の概念を導入し、ロシアの国家安全保障を脅かすと判断された外国組織の活動を禁止する法的枠組みを確立した
- 教育内容の改革: ロシアの大学カリキュラムにおいて、「ロシア文明」「ロシアの国家安全保障」に関する科目が必修化された。西側のリベラルな分析枠組みに依存しない、ロシア独自の社会科学教育が推進されている
ユーラシア主義と第四の理論
ロシアの知的対抗の最も重要な理論的柱が、ユーラシア主義と第四の理論である。
ユーラシア主義は、1920年代にニコライ・トルベツコイ、ピョートル・サヴィツキーらのロシア亡命知識人によって提唱された思想体系である。ユーラシア主義は、ロシアをヨーロッパでもアジアでもない独自の文明圏「ユーラシア」として位置づけ、西洋文明への従属を拒否する。ハルフォード・マッキンダーのハートランド理論をロシアの視点から読み替え、ユーラシア大陸の中心部を支配するロシアが海洋勢力(アングロサクソン)に対抗する地政学的使命を負うと論じる。
アレクサンドル・ドゥーギンは、古典的ユーラシア主義を発展させ、第四の理論を提唱した。ドゥーギンは、リベラリズム、共産主義、ファシズムに続く「第四の政治理論」として、各文明の独自性と多極的世界秩序を支持する理論体系を構築した。ドゥーギンのモスクワ国立大学における教育活動、著作、国際的な知的ネットワークの構築は、アメリカの学術帝国主義に対抗する独自の知的プラットフォームとして機能している。
さらにロシアは、「ルースキー・ミール」(Русский мир、ロシアの世界)構想を通じて、旧ソ連圏およびロシア語圏における独自の文化的・知的空間の維持を図っている。ルースキー・ミール財団(2007年設立)は、世界各地でロシア語とロシア文化の普及を支援しており、中国の孔子学院と同様の「逆方向の文化外交」として機能している。
ロシアの知的対抗の本質は、アメリカのリベラルな学術枠組みを「普遍的」ではなく「一文明圏の特殊な産物」として相対化し、ロシア独自の文明的価値観に基づく学問を構築することにある。ロシアは、学術帝国主義を「ソフト・パワーによる内政干渉」として明確に認識し、法的・制度的・知的の三つのレベルで対抗措置を講じた。
中国:「中国学派」と天下思想の復権
中国は、学術帝国主義に対して最も体系的かつ大規模な対抗を行っている国家である。中国の対抗戦略は、防御(西側の知的浸透の遮断)と攻勢(独自の知的体系の構築と対外発信)の二正面作戦として展開されている。
防御:西側の知的浸透の遮断
中国は、西側の財団・NGOがアメリカの学術帝国主義の伝導装置であることを明確に認識し、法的・制度的な対抗措置を講じてきた。
- 海外NGO管理法(2017年施行): 外国のNGOの中国国内での活動を公安部の管轄下に置き、登録・報告・活動範囲を厳格に規制した。フォード財団、オープン・ソサエティ財団、NEDなどの西側財団が中国の学術機関・市民団体に資金を提供する経路は、この法律によって大幅に制限された
- グレート・ファイアウォール(金盾): インターネット空間における情報統制は、学術帝国主義への対抗としても機能している。Google Scholar、英語圏の主要ニュースサイト、西側のSNSプラットフォームへのアクセス制限は、中国の知識人が英語圏の知的空間に無批判に浸漬されることを防いでいる
- 意識形態工作(イデオロギー統制): 習近平政権下で、大学におけるイデオロギー教育が強化された。2015年の「高等教育機関におけるイデオロギー工作の強化に関する意見」は、「西側の価値観」を教室に持ち込むことを明確に批判し、大学が中国共産党の指導の下にあることを再確認した。西側のリベラルでは「学問の自由の侵害」として批判されるが、これは学術帝国主義に対する意識的な防御措置にほかならない
攻勢:「中国学派」の構築
中国は防御にとどまらず、西側の学術的枠組みに代わる独自の知的体系——「中国学派」(Chinese School)——の構築を積極的に推進している。
国際関係論において、閻学通(清華大学)は「道義的リアリズム」(Moral Realism)を提唱した。閻学通は、西側のリアリズムが権力(power)のみに注目するのに対し、中国の古典(荀子、韓非子等)に基づいて「道義」(morality)と権力の関係を分析する独自の理論を構築した。閻学通の著書『Ancient Chinese Thought, Modern Chinese Power』(2011年)は英語でも出版され、西側の国際関係論に対する知的挑戦として国際的な注目を集めた。
趙汀陽(中国社会科学院)は、「天下体系」(Tianxia System)を提唱した。天下体系は、ウェストファリア体制に基づく近代国民国家システムに代わる、中国の伝統的な世界秩序概念を現代に再構築する試みである。ウェストファリア体制が「主権国家の並立」を前提とするのに対し、天下体系は「世界全体を一つの政治単位として構想する」ことを特徴とする。これは、アメリカが「普遍的」と称するリベラルな国際秩序に対する、中国文明の側からの根本的な知的対案にほかならない。
孔子学院:逆方向の文化外交
中国は、アメリカの学術帝国主義に対する攻勢として、孔子学院を通じた「逆方向の文化外交」を展開している。孔子学院は2004年の設立以来、世界160か国以上に500以上の拠点を設置し、中国語教育と中国文化の普及を行ってきた。
孔子学院は、アメリカのフルブライト・プログラムと構造的に対称的な装置である。フルブライトが他国の知識人をアメリカに引き寄せてアメリカの価値観を内面化させるのに対し、孔子学院は中国の価値観を他国に直接持ち込む。アメリカが孔子学院を「中国共産党のプロパガンダ装置」として警戒し、閉鎖を推進している事実は、アメリカが学術帝国主義を独占したいという意図を如実に示している。アメリカは自国のフルブライトやNEDによる知的浸透は「国際交流」「民主主義の促進」と呼びつつ、中国が同様のことを行えば「プロパガンダ」と呼ぶ——これは学術帝国主義における二重基準の典型である。
中国語の学術的地位の向上
中国は、英語圏の学術誌への依存を減らし、中国語の学術的地位を向上させる努力も進めている。中国社会科学院が発行する学術誌群、清華大学・北京大学を中心とする中国語の学術出版、中国独自の学術データベース(CNKI:中国知網)の構築——これらは、英語による知の独占を打破するための知的インフラである。
中国の対応は、学術帝国主義に対する最も包括的な対抗事例として注目に値する。中国は、アメリカの知的枠組みを受容するのではなく、数千年の文明的蓄積に基づく独自の知的枠組みを構築し、それをもってアメリカの学術的覇権に正面から挑戦するという戦略を選択している。
イラン:イスラム革命と知的独立の達成
イランは、学術帝国主義からの脱却を最も劇的な形で実現した国家である。1979年のイスラム革命は、単なる政治体制の転換ではなく、アメリカの知的支配からの全面的な離脱であった。
革命前:パフラヴィー朝とアメリカの学術帝国主義
パフラヴィー国王(在位1941-1979年)の下、イランはアメリカの学術帝国主義の典型的な対象国であった。イランの知的エリートはアメリカやイギリスの大学に留学し、西洋的近代化を「進歩」として受容し、イスラム的価値観を「後進性」として否定した。パフラヴィー朝の「白色革命」(1963年)は、アメリカの助言の下に進められた上からの近代化であり、イランの伝統的な社会構造と宗教的知識体系を西洋的なそれに置き換えようとするものであった。
パフラヴィー朝イランは、まさに日本と同型の学術帝国主義の構造下にあった。違いは、イランはこの構造を革命によって破壊したのに対し、日本は今もその構造の中にいるという点である。
ホメイニーの知的革命
ルーホッラー・ホメイニーは、単なる宗教指導者ではなく、西洋の知的覇権に対する根本的な知的挑戦を行った思想家であった。ホメイニーの「ヴェラーヤテ・ファギーフ」(法学者の統治)理論は、西洋の政治哲学(社会契約論、立憲主義、法の支配)に代わる、イスラム法(フィクフ)に基づく独自の政治理論を提示した。
ホメイニーは「ガルブザデギー」(Gharbzadegi、西洋かぶれ)の概念を用いて、イランの知識人がいかに西洋の価値観を無批判に内面化しているかを批判した。この概念は、もともとジャラール・アーレ・アフマドの著書『西洋かぶれ』(Gharbzadegi, 1962年)に由来する。アーレ・アフマドは、イランの知識人階級が西洋に「感染」し、自国の文明的アイデンティティを喪失していると診断した。この概念は、本記事で論じてきた学術帝国主義の構造を、イランの文脈で正確に捉えたものにほかならない。
文化革命と大学の再編(1980-1983年)
イスラム革命後、イランは「文化革命」を実行した。文化革命最高評議会の指導の下、イランの大学は3年間にわたって閉鎖され、カリキュラムが全面的に再編された。
- 社会科学のカリキュラムは、西洋の理論体系からイスラム的価値観に基づく体系に転換された
- 教員の選考基準にイスラム的信条への適合が加えられた
- 「イスラム自由大学」(Islamic Azad University, 1982年設立)が新設され、イスラム的教育理念に基づく高等教育機関のネットワークが構築された
- コムの神学校(ハウゼ)は、イスラム法学・哲学の研究拠点として学術的権威を維持し、西洋の大学とは完全に独立した知の体系を守り続けている
文化革命は、リベラルな観点からは「学問の自由の弾圧」と批判される。しかし、学術帝国主義の構造を分析する観点からは、アメリカが植え付けた知的枠組みを根本から除去し、自文明の知的伝統に基づく学問を再建する試みとして理解すべきである。
イスラム科学(Islamic Science)の構想
イランの知的対抗は、自然科学の領域にまで及んでいる。「イスラム科学」(Islamic Science)の構想は、自然科学の方法論自体が西洋文明の特殊な産物であるという問題提起に基づいている。この構想には議論の余地があるが、その根底にある問いかけ——科学は本当に「普遍的」なのか、それとも特定の文明圏の世界観に根ざしているのか——は、学術帝国主義の本質に関わる根本的な問題である。
イランの事例が示すのは、学術帝国主義からの離脱は革命的な断絶によって可能であるという事実である。漸進的な「改革」では、学術帝国主義の自己複製構造を打破することはできない。イランは、政治革命と知的革命を同時に遂行することで、アメリカの知的支配から完全に離脱した。
インド:脱植民地化の知的闘争
インドは、イギリスの植民地支配からの独立以来、西洋の知的覇権に対する批判的な知的伝統を発展させてきた。
ガンディーの文明批判
マハトマ・ガンディーは、『ヒンド・スワラージ』(Hind Swaraj, 1909年)において、西洋近代文明そのものを根本的に批判した。ガンディーにとって、独立(スワラージ)とは単にイギリスの政治的支配からの解放ではなく、西洋的な近代文明の枠組みからの精神的・知的解放を意味した。ガンディーは、インドがイギリスの大学で教育を受けたインド人エリートによって統治されることの危険性を認識していた。これは、本記事で論じている学術帝国主義の構造を、独立運動の段階で既に洞察していたことを意味する。
ポストコロニアル思想とデコロニアル学問
インドは、ポストコロニアル思想の最も重要な発信源の一つである。ガヤトリ・スピヴァクの「サバルタンは語ることができるか」(1988年)は、西洋の知的枠組みの中で非西洋の被支配者(サバルタン)の声がいかに構造的に排除されるかを分析した。ホミ・バーバの「文化の場所」(1994年)は、植民地的な知の構造を批判的に分析した。
しかし、注目すべき矛盾がある。これらの「脱植民地化」の理論は、ほとんどがアメリカやイギリスの大学で活動するインド出身の学者によって、英語で書かれ、英語圏の学術誌に掲載されている。西洋の学術帝国主義を批判する言説そのものが、西洋の学術的インフラに依存している——この矛盾は、学術帝国主義の浸透がいかに深いかを示している。
ヒンドゥー・ナショナリズムと知的自立
ナレンドラ・モディ政権下のインド人民党(BJP)は、ヒンドゥトヴァ(ヒンドゥー性)に基づく知的再編を推進している。教科書の改訂、インド古代文明の「再評価」、サンスクリット教育の復興——これらは、イギリスの植民地教育によって植え付けられた「インドは後進的であり、西洋から文明を学ぶべきだ」という自己認識を、インド文明の独自性と優位性の主張に置き換えようとする試みである。
インドの事例は、学術帝国主義への対抗が必ずしも全面的な断絶(イランのような革命)を必要としないことを示している。ただし、インドの知的エリートの多くが今なおアメリカやイギリスの大学で教育を受け、英語で研究を行っている現実は、インドにおける学術帝国主義の影響力が依然として強いことを意味する。
トルコ:ネオ・オスマン主義と文明的自立
トルコは、学術帝国主義への対抗において独自の軌跡を描いている国家である。
ケマリズムの二面性
アタテュルクによるトルコ革命(1923年)は、オスマン帝国の崩壊から民族国家を樹立した点で民族自決権の行使であった。しかし同時に、アタテュルクは西洋化を「近代化」と同一視し、アラビア文字をラテン文字に置き換え、イスラム法を西洋法に転換し、トルコの知的エリートを西洋の学術枠組みに従わせた。ケマリズムは、政治的独立を達成しつつ知的には西洋に従属するという、不完全な主権の典型であった。
ダウトオールの「戦略的深み」
アフメト・ダウトオール(元首相・外相)は、著書『戦略的深み:トルコの国際的地位』(Stratejik Derinlik, 2001年)において、トルコをオスマン帝国の歴史的遺産の継承者として位置づける地政学理論を提唱した。ダウトオールの理論は、冷戦期にトルコがNATOの「南翼」として西側に従属していた知的枠組みから脱却し、オスマン帝国の版図にまたがる広範な地域においてトルコが独自の影響力を行使すべきであると主張した。
ダウトオールの「戦略的深み」は、トルコの学術界に大きな影響を与え、西側の国際関係論に従属しないトルコ独自の地政学的思考の基盤を提供した。
エルドアン政権下の知的再編
エルドアン政権は、ケマリズムの世俗主義に対してイスラム的な価値観の復権を推進し、トルコの知的空間を再編している。
- トルコの大学においてオスマン帝国史の「再評価」が進められ、ケマリズム期に否定されたオスマンの遺産が肯定的に再解釈されている
- ユヌス・エムレ・インスティトゥート(2009年設立)は、トルコ語とトルコ文化の海外普及を担う機関であり、中国の孔子学院、ロシアのルースキー・ミール財団と同様の「逆方向の文化外交」装置として機能している
- 2016年のクーデター未遂後、フェトフッラー・ギュレン運動(ヒズメト運動)に関連するとされた知識人・学者が大量に粛清された。ギュレン運動はアメリカに拠点を置いており、トルコ政府はこれをアメリカの影響力がトルコの学術界・教育界に浸透した経路として認識している
トルコの事例は、学術帝国主義からの離脱が文明的アイデンティティの再発見と結びついていることを示している。トルコは、西洋(NATO・EU)にも東洋にも完全には属さない独自の文明的位置を主張し、それに基づく知的自立を模索している。
日本:最も成功した学術帝国主義の事例
上記の五か国と比較した場合、日本はアメリカの学術帝国主義が最も完全に成功した事例である。その異常さは、他国との対比において際立つ。
- ロシアは1990年代に学術帝国主義の破壊力を経験し、プーチン政権下で意識的に対抗措置を講じた。日本は80年間にわたって学術帝国主義の下にありながら、その被害を認識すらしていない
- 中国は数千年の文明的蓄積に基づく独自の知的体系を構築し、西側の知的枠組みに正面から挑戦している。日本は同様に深い文明的伝統を持ちながら、それを学問の基盤とすることを放棄している
- イランは革命的断絶によって西洋の知的支配から完全に離脱した。日本にはそのような断絶を構想する知的勢力すら存在しない
- インドは少なくともポストコロニアル思想を通じて植民地的な知の構造を批判している。日本は占領軍が植え付けた知的枠組みを批判するどころか「平和と民主主義の遺産」として称賛している
- トルコはオスマン帝国の遺産を再評価し、西洋への知的従属からの脱却を模索している。日本は戦前の知的伝統を「軍国主義」として全否定し、自ら知的遺産を切り捨てている
日本の大学は「国際化」の名の下にアメリカの学術基準への適合を加速させ、英語による授業を増やし、アメリカの大学との「連携協定」を競って結んでいる。アメリカの学術帝国主義に対する構造的批判は、日本の主流学界にはほぼ存在しない。日本は、学術帝国主義の被害者でありながら、その構造の維持に自ら積極的に加担しているという、世界でも稀な事例である。
| 国家 | 対抗の手段 | 独自の知的体系 | 知的主権の状態 |
|---|---|---|---|
| ロシア | 外国エージェント法、ソロス財団追放、教育改革 | ユーラシア主義、第四の理論、ルースキー・ミール | 回復途上(1990年代の崩壊から再建中) |
| 中国 | 海外NGO管理法、グレート・ファイアウォール、イデオロギー統制 | 天下体系、道義的リアリズム、「中国学派」 | 相当程度維持(数千年の文明的基盤) |
| イラン | イスラム革命(1979年)、文化革命、大学全面再編 | ヴェラーヤテ・ファギーフ、イスラム法学、「ガルブザデギー」批判 | 完全に独立(革命的断絶を達成) |
| インド | ポストコロニアル思想、ヒンドゥトヴァ運動、教科書改訂 | ガンディー思想、脱植民地化理論(ただし英語圏に依存) | 部分的(知的エリートの西洋依存が残存) |
| トルコ | ネオ・オスマン主義、ギュレン運動排除、ユヌス・エムレ | 「戦略的深み」(ダウトオール)、オスマン的遺産の再評価 | 過渡期(ケマリズムからの脱却途上) |
| 日本 | 対抗措置なし。アメリカへの適合を自ら加速 | なし(アメリカの枠組みを「学問」として内面化) | 完全に喪失 |
結論
学術帝国主義は、アメリカによる日本支配の最も洗練された、そして最も危険な形態である。軍事基地は目に見えるが、知的支配は目に見えない。在日米軍の存在は批判の対象になりうるが、日本の大学でアメリカの分析枠組みが「学問的常識」として教えられていることは、批判の対象にすらならない。
日本の学術界は、国連主義者、グローバリスト、新自由主義者、リベラリスト、安全保障専門家によって占拠されている。これらの知識人は、アメリカの名門大学で育成され、アメリカのシンクタンクで訓練され、アメリカの財団から資金を受け、アメリカの「知日派」と人脈を共有している。彼らは日本の主要大学・審議会・メディアの要職を占め、アメリカの価値観を「学問」として日本社会に浸透させ、後進を同じルートで育成する自己複製的なネットワークを形成している。
この構造を打破するためには、まずこの構造の存在を認識しなければならない。アメリカの大学で学んだ「知識」が客観的な学問ではないこと、アメリカの分析枠組みが普遍的な真理ではないこと、「日米同盟」「グローバル化」「人権」「法の支配」といった概念が帝国の支配道具であること——これらを自覚することが、知的主権の回復の第一歩である。
真の知的独立とは、アメリカの学術的権威を拒絶し、日本民族の視点から世界を分析し、日本民族の利益に奉仕する学問を構築することにほかならない。リアリズム、第四の理論、多文明主義——これらの知的伝統は、アメリカの学術帝国主義に対抗するための理論的武器を提供する。軍事主権の回復(米軍撤退)、憲法主権の回復(新日本憲法の制定)、経済主権の回復(スマートシュリンク)と並び、知的主権の回復は、日本の真の独立の不可欠の要素である。
参考文献
- 『国際政治:権力と平和』、ハンス・モーゲンソー著
- 『閉された言語空間:占領軍の検閲と戦後日本』、江藤淳著、文藝春秋、1989年
- 『文化冷戦:CIAと知識人たち』(The Cultural Cold War: The CIA and the World of Arts and Letters)、フランシス・ストナー・サンダース著、1999年
- 『ソフト・パワー』、ジョセフ・ナイ著、2004年
- 『獄中ノート』(Quaderni del carcere)、アントニオ・グラムシ著
- 『危機の二十年:理想と現実』、E・H・カー著
- 『文明の衝突』、サミュエル・ハンティントン著、1996年
- 『歴史の終わり』(The End of History and the Last Man)、フランシス・フクヤマ著、1992年
- 『第四の政治理論』(The Fourth Political Theory)、アレクサンドル・ドゥーギン著、2009年
- 『地政学の基礎:ロシアの地政学的未来』(Основы геополитики)、アレクサンドル・ドゥーギン著、1997年
- 『言語帝国主義:英語支配と英語教育』(Linguistic Imperialism)、ロバート・フィリプソン著、1992年
- 『Ancient Chinese Thought, Modern Chinese Power』、閻学通著、2011年
- 『天下体系:世界制度哲学導論』(The Tianxia System: An Introduction to the Philosophy of a World Institution)、趙汀陽著、2005年
- 『西洋かぶれ』(Gharbzadegi)、ジャラール・アーレ・アフマド著、1962年
- 『ヒンド・スワラージ』(Hind Swaraj)、マハトマ・ガンディー著、1909年
- 『戦略的深み:トルコの国際的地位』(Stratejik Derinlik)、アフメト・ダウトオール著、2001年
- 『サバルタンは語ることができるか』(Can the Subaltern Speak?)、ガヤトリ・スピヴァク著、1988年