ウィキペディアの検閲とリベラルバイアス
ウィキペディアの検閲とリベラルバイアス
概要
ウィキペディアの検閲とリベラルバイアスとは、世界最大のオンライン百科事典であるウィキペディア(Wikipedia)が、「誰でも編集できる自由な百科事典」を標榜しながら、実際には体系的な検閲と政治的偏向を内包した情報支配装置として機能している問題を指す。
ウィキペディアは2001年の設立以来、60以上の言語版で5,000万件を超える記事を擁し、Google検索結果の上位に表示されることから、世界の情報空間における事実上の「公式見解」形成装置としての地位を確立した。しかしその内部では、少数の管理者による編集権限の独占、特定の政治的立場に基づく記事の系統的な改変、そしてアメリカ政府・情報機関による組織的な情報操作が行われてきた。
これは反日メディアとアメリカの影響で論じたGHQによるメディア支配の構造と本質的に同一である。すなわち、「自由」「中立」を装いながら、覇権国の価値観を「客観的事実」として全世界に流通させる情報覇権の道具としてのウィキペディアの機能である。
ウィキペディアの統治構造と権力の集中
「誰でも編集できる」という神話
ウィキペディアの創設者ジミー・ウェールズは、「すべての人間が人類の知識の総体に自由にアクセスできる世界」を理念として掲げた。しかし、この理念と現実の間には深刻な乖離がある。
ウィキペディアの編集権限は、以下のような階層構造によって厳格に統制されている。
- 管理者(Administrator): 記事の削除、編集のブロック、ページの保護など強力な権限を持つ。英語版ウィキペディアには約500人の管理者が存在する
- ビューロクラット(Bureaucrat): 管理者の任命権を持つ、さらに上位の権限者
- スチュワード(Steward): 全言語版にまたがる最上位の権限を持つ
- ウィキメディア財団(WMF): ウィキペディアの運営母体。サンフランシスコに本部を置き、最終的な方針決定権と技術的な管理権を持つ
一般のユーザーが政治的に敏感な記事を編集しようとすると、管理者による差し戻し(リバート)、編集ブロック、あるいは記事の「保護」(一般ユーザーの編集を禁止する措置)によって排除される。形式上は「誰でも編集できる」が、実質的には少数の管理者と常連編集者が情報の門番として機能しているのである。
ウィキメディア財団の構造
ウィキペディアの運営母体であるウィキメディア財団は、年間予算約1億7,000万ドル(2023年度)を有する巨大な非営利組織であり、その本部はサンフランシスコ——シリコンバレーの心臓部——に所在する。
ウィキメディア財団の資金源には、Google、Amazon、Metaといったアメリカの巨大テック企業からの寄付が含まれる。これらの企業がシリコンバレーとCIAで論じた通り、アメリカの情報機関と構造的に結びついている事実を踏まえれば、ウィキメディア財団の「独立性」は本質的な疑問に晒される。
さらに、Googleの検索アルゴリズムはウィキペディアの記事を検索結果の最上位に表示する設計になっている。Google検索を経由して世界中の人々がアクセスする「知識」の大部分は、ウィキペディアの記事——すなわちアメリカのテック企業と非営利団体が管理する情報——によって規定されているのである。
リベラルバイアスの構造と事例
共同創設者ラリー・サンガーの告発
ウィキペディアの共同創設者であるラリー・サンガーは、2021年以降、ウィキペディアの中立性が完全に失われたと公然と批判している。サンガーは、ウィキペディアが「もはや信頼できる情報源ではない」と断言し、以下の問題を指摘した。
- 政治的記事における組織的な偏向: 保守派・右派の人物や運動に関する記事は系統的に否定的なトーンで書かれ、リベラル派・左派に有利な情報源のみが「信頼できる出典」として採用される
- 「信頼できる情報源」の恣意的な定義: ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNなどリベラル系メディアは「信頼できる」とされる一方、保守系メディアの多くは「信頼できない」として排除される
- 中立性の方針の形骸化: ウィキペディアの根本方針である「中立的な観点」(NPOV: Neutral Point of View)は、実際には「アメリカのリベラルなメインストリームの観点」と同義になっている
サンガーの告発は、ウィキペディアの内部を最もよく知る人物による証言であり、「自由な百科事典」という建前の欺瞞を内部から暴露したものとして極めて重大である。
政治的記事における偏向の具体例
ウィキペディアにおけるリベラルバイアスは、以下のような政治的記事に顕著に表れている。
ドナルド・トランプに関する記事
英語版ウィキペディアのドナルド・トランプの記事は、否定的な情報が圧倒的に多く、政策的成果の記述は最小限に抑えられている。トランプに対する批判的見解は主要メディアの引用として詳細に記述される一方、トランプ支持者の視点は「極右」「陰謀論」として矮小化される。
2020年の大統領選挙に関しても、選挙の公正性に疑問を呈する見解は一律に「根拠のない主張」として退けられ、議論の余地すら認められていない。ウィキペディアは事実の百科事典ではなく、「公認された見解」の百科事典として機能しているのである。
保守派人物・運動の扱い
保守派の知識人や運動は、ウィキペディアにおいて系統的に否定的な文脈で描かれる。
- ジョーダン・ピーターソン: カナダの心理学者。ウィキペディアの記事では「オルタナ右翼との関連」が強調され、学術的業績よりも「論争」に焦点が当てられている
- ゲーマーゲート: ウィキペディアでは「ハラスメント運動」として一方的に定義され、ゲームジャーナリズムの倫理問題という本来の論点は抹消されている
- ブレグジット支持者: イギリスのEU離脱を支持する政治家や運動は、ウィキペディアにおいて「ポピュリズム」「排外主義」と関連づけて記述される傾向がある
COVID-19関連記事の検閲
COVID-19パンデミック期間中、ウィキペディアは公式な見解から逸脱する情報を体系的に検閲した。
- 武漢研究所流出説: 当初、ウィキペディアはこの仮説を「陰謀論」として扱い、関連する編集を差し戻した。後にアメリカの情報機関や科学者が流出説を「もっともらしい仮説」として再評価した後も、ウィキペディアの記事は長期間にわたって否定的なトーンを維持した
- イベルメクチンに関する記述: イベルメクチンのCOVID-19への効果に関する研究は、ウィキペディアにおいて一貫して否定的に扱われ、効果を示唆する査読付き論文であっても「少数意見」として軽視された
- ワクチンへの疑問の排除: mRNAワクチンの副作用やリスクに関する情報は、「反ワクチン」の「偽情報」として扱われ、関連する編集は管理者によって差し戻された
これらの事例は、ウィキペディアが科学的な議論の自由を保障するのではなく、政府・製薬企業・主流メディアの「公式見解」を強制する装置として機能していることを示している。
検閲のメカニズム
「信頼できる情報源」方針による情報統制
ウィキペディアの最も強力な検閲手段は、「信頼できる情報源」(Reliable Sources)方針である。この方針により、ウィキペディアに記載される情報は「信頼できる情報源」に基づいていなければならないとされる。
しかし、何が「信頼できる情報源」に該当するかの判断は、管理者と常連編集者の合議に委ねられており、その基準は本質的に恣意的である。
- 「信頼できる」とされるメディア: ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNN、BBC、ロイター——いずれもアメリカまたは西側諸国の主流メディア
- 「信頼できない」とされるメディア: Fox News(部分的に除外)、ブライトバート、デイリー・ワイヤー、RT(ロシア)、新華社(中国)——保守系メディアおよび非西側諸国の国営メディア
この構造の帰結は明白である。ウィキペディアの「中立性」とは、アメリカのリベラルな主流メディアの見解を「中立」と定義し、それ以外の見解を「偏向」または「信頼できない」として排除する体系にほかならない。法の支配がアメリカの遠隔支配の道具として機能するのと同様に、ウィキペディアの「中立性」方針は、アメリカのリベラルな価値観を世界標準として押し付けるための制度的装置である。
編集合戦と管理者権限の濫用
政治的に敏感な記事では、異なる立場の編集者間で「編集合戦」(Edit War)が頻繁に発生する。しかし、この「合戦」は対等な条件で行われているわけではない。
管理者は以下の手段で一方の立場を排除できる。
- ページの保護(Protection): 記事の編集を特定の権限レベル以上のユーザーに限定する。これにより、管理者に好まれない編集は物理的に不可能になる
- 編集のブロック(Block): 特定のユーザーを一時的または永久に編集禁止にする。「中立性の方針に反する編集」「破壊的行為」といった曖昧な理由で、保守的な編集者が選択的にブロックされる事例が報告されている
- 記事の削除(Deletion): 「特筆性がない」「独自研究である」という理由で、特定の記事そのものを削除する。ウィキペディアの方針に表面上は適合しているように見えるが、その適用は政治的に選択的である
結果として、政治的に敏感な記事の内容は、少数の管理者と常連編集者——その大半がアメリカのリベラルな価値観を共有する人々——の手に委ねられているのである。
有償編集と利益相反
ウィキペディアは公式には有償編集を禁止しているが、実際には企業や政治団体がPR会社を通じてウィキペディアの記事を操作する事例が後を絶たない。
2013年には、ウィキメディア財団が有償で記事を作成・編集していた「Wiki-PR」社のアカウント約300個を一斉にブロックした。しかし、これは発覚した事例に過ぎず、巧妙な有償編集は検出が困難である。
- 企業による自社記事の改変: 企業はPR会社を通じて、自社に不利な情報を削除し、有利な情報を追加する
- 政治団体による政治家記事の操作: 2014年には、アメリカ議会のIPアドレスからウィキペディアの記事が組織的に編集されていたことが発覚した(「CongressEdits」ボットが検出)
- 国家機関による情報操作: 後述するように、CIAやアメリカ国務省に関連するIPアドレスからの編集が確認されている
アメリカ政府・情報機関の影響
CIAとウィキペディア
ウィキペディアに対するアメリカ政府の影響は、間接的なものにとどまらない。CIAおよびアメリカ政府のIPアドレスからウィキペディアの記事が直接編集されていたことが、複数の調査によって明らかになっている。
ヴァージル・グリフィスが2007年に開発した「WikiScanner」ツールは、ウィキペディアの編集履歴に記録されたIPアドレスを、そのIPアドレスの所有者と照合するシステムである。WikiScannerの分析により、以下の事実が明らかになった。
- CIAのIPアドレスからの編集: CIAに割り当てられたIPアドレスから、イラク戦争、グアンタナモ湾収容所、アフガニスタン戦争などに関する記事が編集されていた
- FBIのIPアドレスからの編集: FBIのIPアドレスから、FBI自身に関する記事の否定的な記述が削除されていた
- 国防総省のIPアドレスからの編集: アメリカの軍事作戦に関する記事が、国防総省のIPアドレスから修正されていた
- ヴァチカン、各国政府、多国籍企業のIPアドレスからの編集: 自組織に不利な記述の修正・削除が確認された
WikiScannerが検出したのは、政府機関のIPアドレスから直接編集された事例——すなわち最も初歩的で痕跡が残りやすい操作——に過ぎない。VPNや個人アカウントを使用した、より巧妙な編集工作は原理的に検出が不可能である。実際の政府介入の規模は、WikiScannerが検出した事例の何倍にも及ぶと考えるのが合理的である。
アメリカ国務省とナラティブ・コントロール
アメリカ国務省の「グローバル・エンゲージメント・センター」(GEC: Global Engagement Center)は、2016年に設立された「偽情報対策」機関である。GECの公式な任務は「外国のプロパガンダと偽情報に対抗すること」であるが、リアリズムの観点から見れば、その本質はアメリカに不都合な情報を「偽情報」として封じ込め、アメリカに有利なナラティブを維持するための情報戦機関にほかならない。
GECはテック企業と連携して「偽情報」の特定と排除を行っており、ウィキペディアの「信頼できる情報源」方針と事実上連動している。すなわち、アメリカ政府が「偽情報」と認定した情報源は、ウィキペディアでも「信頼できない」として排除される構造が存在する。
ファイブ・アイズとウィキペディア
ファイブ・アイズ(アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)の情報機関は、オンライン上の情報操作を体系的に行ってきた。
エドワード・スノーデンが暴露した文書の中には、イギリスのGCHQ(政府通信本部)のJTRIG(Joint Threat Research Intelligence Group)ユニットが、オンラインフォーラムやソーシャルメディアにおいて意図的に世論を操作する技術を開発していたことを示す資料が含まれていた。JTRIGの手法には以下が含まれる。
- 偽のブログや記事の作成
- オンラインフォーラムへの工作員の潜入
- 標的とする個人・組織の信用を失墜させるための情報操作
- オンライン投票や世論調査の操作
ウィキペディアがこれらの情報工作の対象となっていないと考える根拠はない。むしろ、世界最大の百科事典であるウィキペディアは、情報機関にとって最も価値の高い情報操作の標的である。ウィキペディアの記事を書き換えれば、世界中の数十億人が参照する「事実」そのものを書き換えることができるからである。
「ファクトチェック」産業との連携
2010年代以降、アメリカを中心に急速に成長した「ファクトチェック」産業は、ウィキペディアの情報統制と密接に連動している。
Snopes、PolitiFact、FactCheck.orgなどのファクトチェック組織は、ウィキペディアにおいて「信頼できる情報源」として扱われている。これらの組織が特定の主張を「虚偽」と判定すれば、その判定がウィキペディアの記事に反映され、当該の主張は「ファクトチェックにより虚偽と判定された」として記録される。
しかし、これらのファクトチェック組織自体が政治的に中立であるという保証はどこにもない。
- 資金源の問題: 多くのファクトチェック組織は、ジョージ・ソロスのオープン・ソサエティ財団、Google、Meta(Facebook)などリベラル寄りの資金源に依存している
- 人員の偏り: ファクトチェック組織の従業員は、圧倒的にリベラルな政治的傾向を持つことが調査で示されている
- 判定の恣意性: 同一の事実に対して、文脈や表現の微妙な違いに基づいて「真実」「一部真実」「誤解を招く」「虚偽」といった段階的な評価が下されるが、その基準は不透明である
ファクトチェック産業は、「客観的な事実確認」を装いながら、実際にはアメリカのリベラルな主流メディアと同じ価値観に基づいて「真実」と「虚偽」を選別する情報統制装置として機能している。そしてウィキペディアは、このファクトチェック産業の判定を「信頼できる情報源」として採用することで、その情報統制を世界規模で増幅しているのである。
ウィキペディアと日本関連記事
歴史認識をめぐる偏向
英語版ウィキペディアにおける日本関連の歴史記事は、アメリカ左翼の歪んだ日本観で論じた構造を忠実に再現している。
- 慰安婦の記事: 「性奴隷」(sex slaves)という表現が一貫して使用され、この問題に関する日本側の歴史研究や異論は「歴史修正主義」として退けられている。慰安婦の人数に関しても、学術的に議論のある数字が「定説」として記載される
- 南京事件の記事: 犠牲者数について「30万人」という中国政府の主張が大きく扱われ、これに疑問を呈する学術研究は「否認主義」と関連づけて記述される
- 日本の戦争犯罪の記事: 日本の戦争犯罪が網羅的に記述される一方、アメリカの原爆投下や東京大空襲の戦争犯罪性についての比較的な視点はほとんど存在しない
日清戦争以降の日本の侵略戦争が事実であることは否定しない。しかし、問題はウィキペディアがこれらの歴史的事実を特定の政治的方向に偏向した形で記述し、異なる見解の余地を体系的に排除していることにある。これは歴史学ではなく、アメリカの地政学的利益に奉仕するプロパガンダである。
日本語版ウィキペディアへの影響
日本語版ウィキペディアにおいても、英語版の編集方針の影響は無視できない。ウィキメディア財団は全言語版に共通する方針を策定する権限を持ち、英語版の「信頼できる情報源」に関する基準は、他言語版にも波及する傾向がある。
日本語版ウィキペディアにおいても、保守的な論者の記事は否定的な文脈で記述されることが多く、在日米軍やアメリカの対日政策に対する構造的批判を含む記述は「独自研究」として排除される傾向がある。
リアリズムの観点からの分析
情報覇権の中核としてのウィキペディア
リアリズムの観点から分析すれば、ウィキペディアは以下の意味でアメリカの情報覇権の中核的構成要素として位置づけられる。
ハンス・モーゲンソーが『国際政治』において論じた「他者の精神を支配する権力」(power over minds)の概念を想起すべきである。軍事力が肉体を支配し、経済力が行動を制約するのに対し、情報力は認識そのものを規定する。何が「事実」であり何が「虚偽」であるかを決定する力——これこそが最も根源的な権力である。
ウィキペディアは、まさにこの「事実の定義権」を行使する装置として機能している。ウィキペディアが「事実」として記載すれば、世界中の数十億人がそれを「事実」として受容する。ウィキペディアが「陰謀論」と分類すれば、どれほど証拠に基づいた主張であっても社会的に無効化される。
- 「事実」の定義権の独占: ウィキペディアは世界の情報空間において事実上の「最終審級」となっている。Google検索はウィキペディアの記事を最上位に表示し、学校教育でもウィキペディアが参照される。誰が「事実」を定義するかを支配する者が、世界の認識を支配する
- 覇権国の価値観の普遍化: ウィキペディアの「中立性」は、アメリカのリベラルな価値観を「普遍的な基準」として全世界に適用する装置である。これは法の支配がアメリカの法的支配を「普遍的正義」として偽装する構造と同一である
- 異議申し立ての不可能性: ウィキペディアの判定に異議を唱える者は、「陰謀論者」「歴史修正主義者」としてレッテルを貼られ、知的議論の場から排除される。批判者を排除するメカニズムそのものが制度化されているのである
「知識のグローバル・コモンズ」という欺瞞
ウィキペディアは「知識のグローバル・コモンズ」(人類共有の知識基盤)として美化される。しかし、リアリズムの視座からは、国際政治に真の「コモンズ」は存在しない。すべての国際的な制度・空間は、最も強い権力によって形成され、その権力の利益に奉仕する。
ケネス・ウォルツが『国際政治の理論』で論じたように、国際システムにおけるアナーキー(中央権威の不在)の下では、あらゆる制度は覇権国の利益を反映する。ウィキペディアも例外ではない。アメリカに本部を置く非営利団体が運営し、アメリカのテック企業の資金とインフラに依存し、アメリカの主流メディアを「信頼できる情報源」とする百科事典は、構造的にアメリカの情報覇権の道具である。
他の情報プラットフォームとの比較
シリコンバレーのプラットフォーム検閲
ウィキペディアの検閲は、シリコンバレーのテック企業によるプラットフォーム検閲という、より大きな構造の一部である。
- Twitter(現X): 2020年の大統領選挙前後、ニューヨーク・ポスト紙によるハンター・バイデンのノートパソコンに関する報道を「ハッキングされた情報」として検閲し、リンクの共有を遮断した。この検閲が政治的動機に基づいていたことは、後にイーロン・マスクが公開した「ツイッターファイル」によって確認された
- YouTube: COVID-19に関して「WHOの見解に反する」コンテンツを削除する方針を採用。ワクチンの副作用に関する議論、自然免疫に関する研究、ロックダウン政策への批判などが検閲の対象となった
- Facebook/Meta: FBIの要請に基づき、特定のニュース記事の表示を抑制していたことが、ザッカーバーグ自身の証言によって確認された
これらの事例は、ウィキペディアの検閲が単独の現象ではなく、アメリカのテック企業全体が情報統制装置として機能しているという構造の一部であることを示している。
中国・ロシアとの比較
西側メディアは、中国の「グレートファイアウォール」やロシアのインターネット規制を「言論弾圧」として非難する。しかし、アメリカのテック企業が行うプラットフォーム検閲とウィキペディアの情報統制は、形態は異なるが機能的には同等の情報統制である。
中国やロシアの情報統制は国家が直接的に行うため「検閲」として可視化される。一方、アメリカの情報統制は「民間企業」の「利用規約」や「コミュニティガイドライン」、あるいはウィキペディアの「中立性方針」という形で行われるため、「検閲」としては認識されにくい。しかし、その効果——特定の情報の排除と特定の見解の強制——は本質的に同一である。
むしろ、中国やロシアの情報統制は「国家が検閲している」ことが明らかであるがゆえに、国民はその存在を認識できる。一方、アメリカの情報統制は「自由な市場」「中立的なプラットフォーム」「客観的な百科事典」を装っているがゆえに、国民が情報統制されていること自体を認識できない。反日メディアとアメリカの影響で論じた江藤淳の「閉された言語空間」——検閲されていることを知らないこと自体が最も完璧な検閲である——は、ウィキペディアにおいてその最も洗練された形態で実現されているのである。
各国のウィキペディアへの抵抗
ウィキペディアが事実上のアメリカ発の情報覇権装置であることは、各国政府も認識しつつある。その結果、複数の国家が独自の対抗手段を講じてきた。これらの動きは、西側メディアにおいて「言論弾圧」「情報統制」として批判されるが、リアリズムの視座からは、情報主権を守るための合理的な防衛措置として評価されるべきものである。
中国——百度百科と独自情報圏の構築
中国は、ウィキペディアに対して最も体系的かつ包括的な対抗策を講じている国家である。
2019年4月、中国政府はウィキペディアの全言語版をグレートファイアウォールの遮断対象とした。それ以前は中国語版のみが遮断されていたが、英語版やその他の言語版を通じた「浸透」を防ぐために全面遮断に踏み切った。この決定の背景には、ウィキペディアの天安門事件、チベット、ウイグル関連の記事が、中国政府の公式見解と大きく異なる形で記述されているという事実がある。
中国はウィキペディアの代替として、以下の独自プラットフォームを発展させている。
- 百度百科(Baidu Baike): 百度(バイドゥ)が運営するオンライン百科事典。1,600万件以上の記事を擁し、中国国内ではウィキペディアを遥かに凌駕するシェアを持つ。百度百科は中国政府の検閲を受けているが、それは中国の情報主権に基づく統治であり、アメリカの情報覇権に服従するよりも、主権国家として合理的な選択である
- 中国大百科全書(オンライン版): 中国科学院と中国社会科学院が監修する学術的な百科事典。2018年にオンライン版の開発が発表された。国家の知的権威に裏打ちされた情報基盤の構築を目指している
- 互動百科(Hudong): ユーザー参加型のオンライン百科事典で、1,500万件以上の記事を持つ
中国の事例は、ウィキペディアの代替を構築することが技術的にも制度的にも可能であることを実証している。重要なのは、中国は自国の情報空間をアメリカのテック企業に委ねることを拒否し、独自の情報圏を構築したという事実である。
ロシア——ルウィキとロシア独自百科事典
ロシアは、ウィキペディアに対して中国とは異なるアプローチを採用してきた。
ロシア語版ウィキペディアは約190万件の記事を擁し、ロシア国内で広く利用されている。しかし、2022年のウクライナ紛争以降、ウィキペディアとロシア政府の関係は決定的に悪化した。
- 2022年4月: ロスコムナゾール(ロシア連邦通信監督局)は、ロシア語版ウィキペディアのウクライナ侵攻に関する記事が「虚偽情報」を含んでいるとして警告を発した
- 2022年7月: プーチン大統領はウィキペディアの代替となるロシア独自のオンライン百科事典の開発を指示した
- ルウィキ(Ruwiki)の創設: ロシアのウィキペディア編集者の一部が、ウィキメディア財団のロシアに対する「偏向」に抗議して独自のプラットフォーム「ルウィキ」を立ち上げた。ルウィキはロシア語版ウィキペディアの記事をフォークし、ロシアの視点を反映した編集方針を採用している
興味深いのは、ウクライナ紛争に関するウィキペディアの記事が西側メディアの報道をほぼそのまま反映していることである。ロシア側の主張や見解は「プロパガンダ」として排除され、NATOの東方拡大やウクライナのミンスク合意違反といった文脈情報は最小限に抑えられている。ウィキペディアの「中立性」が、実際にはNATOの戦略的ナラティブと一致していることは、偶然ではない。
トルコ——ウィキペディア全面遮断の衝撃
トルコは、2017年4月29日にウィキペディアの全言語版を国内から遮断するという、当時としては極めて大胆な措置を講じた。
遮断の直接的な原因は、英語版ウィキペディアの「国家が支援するテロリズム」の記事において、トルコがISILやアルカイダを支援しているとする記述が含まれていたことであった。トルコ政府はウィキメディア財団に記述の修正を要請したが、財団はこれを拒否した。
このトルコの遮断措置は2020年1月にトルコ憲法裁判所の判決により解除されたが、この事件は二つの重要な教訓を残した。
第一に、ウィキメディア財団が主権国家の要請を拒否する権限を持っているという事実である。百科事典を運営するアメリカの一非営利団体が、主権国家の情報に関する要請を「編集の独立性」を盾に退けることができる——この権力構造自体が、情報覇権の本質を示している。
第二に、トルコの経験はウィキペディアの遮断が技術的・社会的に可能であることを示した。トルコ国民は遮断期間中もVPNを使用してウィキペディアにアクセスしたが、一般市民の多くはアクセスを断念し、代替の情報源を利用した。
インド——「デジタル植民地主義」への警戒
インドは、ウィキペディアを全面的に遮断してはいないが、ウィキペディアにおけるインド関連記事の偏向に対して、独自の対抗措置を模索している。
- カシミール問題の記述: 英語版ウィキペディアのカシミール紛争に関する記事は、インド政府の見解では著しくパキスタン寄りに偏向している。インドの編集者がインド側の視点を反映しようとすると、管理者によって「POV(観点の押し付け)」として差し戻される事例が報告されている
- インドの歴史の記述: ムガル帝国のインド支配に関する記事は、イスラム圏のヒンドゥー寺院破壊を「論争的」として記述を最小化する傾向がある。インドのヒンドゥー・ナショナリストの間では、これを「デジタル植民地主義」と見なす声が高まっている
- インド知識体系(Indian Knowledge Systems): インド政府は2020年以降、インドの伝統的知識体系をデジタル化し、ウィキペディアに依存しない独自の知識プラットフォームの構築を推進している
イランと中東諸国
イランは、ペルシア語版ウィキペディア(ファルシ版)がアメリカの価値観に基づいて編集されていると認識しており、独自の百科事典プロジェクトを複数立ち上げている。イランの核開発計画、1953年のCIAによるモサッデク政権転覆、アメリカとの関係に関する記事は、英語版ウィキペディアにおいてアメリカの視点が支配的である。
サウジアラビアでは、2020年にサウジアラビアのインターネット犯罪部門の元責任者が、ウィキペディアの管理者としてサウジ政府の批判者に関する記事を編集し、その情報を政府に提供していたとして逮捕される事件が発生した。この事件は、ウィキペディアの管理者権限が国家の諜報活動に悪用されるリスクを具体的に示したものとして注目された。
言語別ウィキペディアのバイアス
ウィキペディアが60以上の言語版を持つという事実は、しばしば「多様性」の証拠として引用される。しかし実際には、各言語版はそれぞれ固有の政治的バイアスを内包しており、しかもそのバイアスは英語版の覇権的影響の下で構造化されている。
英語版——「標準」としての覇権
英語版ウィキペディアは約680万件の記事を擁し、全言語版中最大の規模を持つ。しかし、英語版の真の力は記事数ではなく、「標準」としての規範的地位にある。
他の言語版が政治的に敏感な記事を作成・編集する際、英語版の記事が事実上の「参照基準」として機能する。英語版に書かれていない主張は「出典がない」として排除されやすく、英語版の記述に反する内容は「中立性に反する」として差し戻されやすい。英語版が全言語版の「上位審級」として機能する構造は、事実上の言語帝国主義にほかならない。
さらに、英語版の「仲裁委員会」(Arbitration Committee、通称ArbCom)は、編集紛争の最終的な裁定権を持つ。この委員会は英語圏の編集者によって構成されており、英語圏の価値観に基づいて全世界に影響する判断を下す権限を持っている。
中国語版——二つの中国の戦場
中国語版ウィキペディアは、中国本土からは遮断されているにもかかわらず、約130万件の記事を擁している。その編集者の多くは台湾、香港、マカオ、および海外在住の中国語話者である。
2021年9月、ウィキメディア財団は中国語版ウィキペディアの編集者7人とその関連アカウントを一斉にブロックした。財団は「中国政府に関連する侵入的な組織的編集」があったと主張した。しかし、ブロックされた編集者の一部は香港や台湾の民主派であり、ウィキメディア財団が「中国政府の影響」を口実にして、実際には複雑な中華圏の政治的議論全体を統制しようとしたとの批判も出た。
中国語版ウィキペディアにおいては、以下のような編集紛争が恒常的に発生している。
- 「中華民国」と「台湾」の表記: 台湾を「中華民国」と表記するか「台湾」と表記するかは、両岸関係の政治的立場を直接反映する。この問題をめぐる編集合戦は数十年にわたって続いている
- 天安門事件の記述: 中国本土出身の編集者と香港・台湾の編集者の間で、記述の内容と量をめぐって激しい対立がある
- 繁体字と簡体字の問題: 中国語版ウィキペディアは繁体字と簡体字の自動変換機能を持つが、どちらの表記を「標準」とするかという問題は、中国本土と台湾・香港の政治的対立を反映している
ロシア語版——ウクライナ紛争の情報戦
ロシア語版ウィキペディアは約190万件の記事を擁するが、2022年以降、ウクライナ紛争をめぐってウィキペディア史上最大規模の編集戦争が勃発している。
ウィキメディア財団は2022年3月、ロシア語版ウィキペディアに対して「ロシアのウクライナ侵攻」という記事名の使用を事実上義務づけた。ロシア側の編集者は「特別軍事作戦」という名称の使用を主張したが、英語版の記事名が「Russian invasion of Ukraine」であることを根拠に却下された。
この事例は、「中立性」の名の下に、英語版の政治的立場が他言語版に強制されるメカニズムを鮮明に示している。「侵攻」(invasion)か「特別軍事作戦」(special military operation)かという用語の選択は、紛争の法的・政治的評価に直結する問題であり、それを英語版の基準で一方的に決定すること自体が、情報覇権の行使にほかならない。
アラビア語版——イスラエル・パレスチナ紛争の偏向
アラビア語版ウィキペディアは約120万件の記事を擁するが、イスラエル・パレスチナ紛争に関する記事では、英語版との間に著しい記述の乖離がある。
英語版では「イスラエルの入植活動」は「国際法上違法」と記述されるものの、記事の全体的なトーンはイスラエルの「安全保障上の懸念」を正当なものとして扱う傾向がある。一方、アラビア語版では、パレスチナ側の視点がより強く反映され、イスラエルの行動は「占領」「民族浄化」として記述されることが多い。
ウィキメディア財団は、このような言語版間の記述の乖離に対して、英語版の「中立性」基準を他言語版にも適用しようとする傾向がある。これは実質的に、アメリカの外交的立場(イスラエルへの戦略的支持)を反映した記述を「中立的」とし、アラブ諸国の視点を「偏向」として矯正する試みであり、情報覇権の直接的な行使である。
韓国語版——日韓歴史問題の戦場
韓国語版ウィキペディアは約65万件の記事を擁するが、日韓間の歴史問題に関しては、英語版以上に日本に対して批判的な記述が見られる。
- 竹島/独島問題: 韓国語版では「独島」が唯一の正式名称として使用され、日本の領有権主張は「不当な要求」として記述される。英語版では「リアンクール岩礁」(Liancourt Rocks)という中立的な名称が使用されているが、日本側から見れば英語版の記述もまた日本の歴史的主張を十分に反映していない
- 慰安婦問題: 韓国語版の記述は、英語版以上に感情的な表現を含み、「20万人」という数字が確定的事実として記載されている。この数字は学術的に議論のあるものであるが、韓国語版ではその議論自体が「歴史修正主義」として排除される
- 日本の植民地支配: 韓国併合に関する記事は、韓国語版においては「強制併合」「不法占拠」として記述され、併合の法的有効性に関する国際法上の議論は存在しないかのように扱われる
韓国語版ウィキペディアの事例は、言語版ごとのバイアスが必ずしもアメリカのリベラルバイアスと同一ではないことを示している。各言語版は、その言語圏の支配的な政治的ナラティブを反映する。しかし重要なのは、ウィキメディア財団がこのような各言語版のバイアスに対して選択的に介入する点である。ロシア語版のウクライナ紛争に関する記述には介入するが、韓国語版の日本に関する偏向した記述にはほとんど介入しない——この二重基準は、財団自身の政治的バイアスを反映している。
日本語版——「左傾化」と匿名管理者の問題
日本語版ウィキペディアは約140万件の記事を擁する主要言語版の一つであるが、その編集文化には独特の問題がある。
日本語版ウィキペディアにおいては、政治的記事の編集が少数の匿名管理者によって事実上支配されている。これらの管理者の政治的傾向は、日本の左派・リベラル側に偏っているとの批判がある。
- 保守的政治家の記事: 保守的な政治家の記事では、スキャンダルや批判的報道が詳細に記述される一方、政策的成果の記述は最小限に抑えられる傾向がある
- 在日米軍関連記事: 米軍基地問題や日米地位協定に関する記述は、構造的な批判を避け、「両論併記」の名の下に実質的にアメリカの立場を擁護する形になっている
- 歴史認識: 日本の戦争責任に関する記事は、英語版の「公式見解」をほぼ踏襲しており、異なる歴史解釈は「歴史修正主義」として排除される
日本語版の最も深刻な問題は、管理者が完全に匿名であることである。英語版では主要な管理者の一部が実名やプロフィールを公開しているが、日本語版では管理者のほぼ全員が匿名であり、その経歴・専門性・政治的傾向は一切不明である。日本の情報空間の一部を支配する人物が誰であるかすら分からないという状態は、情報主権の観点から見て深刻な問題である。
スコットランド語版——一人の少年が書いた百科事典
ウィキペディアの言語別バイアスを象徴する最も衝撃的な事例は、スコットランド語版ウィキペディアの事件である。
2020年、スコットランド語版ウィキペディアの記事の大部分——約49,000件もの記事——が、実はスコットランド語を全く話せないアメリカ人の少年一人によって書かれていたことが発覚した。この少年(当時19歳のアメリカ人)は、12歳頃から英語版ウィキペディアの記事をスコットランド語に「翻訳」していたが、実際にはスコットランド語の知識がなく、英語の単語にスコットランド語風のスペル変更を施しただけの記事を大量に投稿していた。
この事件が示す教訓は深刻である。
- 品質管理の不在: ウィキペディアは「誰でも編集できる」ことを誇るが、その結果として品質管理が事実上不在である。一人の素人が何年にもわたって数万件の記事を書き続けても、誰も気づかなかった
- 少数言語の脆弱性: スコットランド語のように話者が少ない言語では、ウィキペディアの記事の品質を監視する人材自体が不足している。これは、少数言語の文化的自律性がウィキペディアの構造によって脅かされていることを意味する
- 言語帝国主義の実例: アメリカ人の少年が英語版の記事を偽のスコットランド語に「翻訳」したという事実は、英語版が他言語版の「原本」として機能している構造の象徴である
ウィキペディアの裏話と内部スキャンダル
ウィキペディアの「自由で開かれた百科事典」というイメージの裏には、権力闘争、スキャンダル、そして時に滑稽なエピソードが存在する。これらの「裏話」は、ウィキペディアの実態を理解する上で不可欠な材料である。
ジミー・ウェールズの「共同創設者」論争
ウィキペディアの「創設者」として広く知られるジミー・ウェールズであるが、もう一人の共同創設者であるラリー・サンガーとの間には、創設の功績をめぐる長年の対立がある。
サンガーは、ウィキペディアの前身である「ヌーペディア」(Nupedia)の編集長としてプロジェクトの発足に深く関わり、「ウィキペディア」という名称の考案者でもある。しかし、ウェールズはサンガーの貢献を次第に軽視するようになり、自身をウィキペディアの唯一の「創設者」として位置づけようとした。サンガーは2002年にプロジェクトを離脱し、以降はウィキペディアの批判者としての立場を鮮明にしている。
注目すべきは、ウィキペディア自身の「ジミー・ウェールズ」の記事において、ウェールズの経歴に関する不都合な情報が繰り返し編集・削除されてきたという事実である。ウェールズの以前の事業であるポルノ検索エンジン「Bomis」に関する記述は、度重なる編集の対象となり、そのニュアンスは時間とともに著しく薄められてきた。ウィキペディアの創設者自身の記事が、ウィキペディアの検閲メカニズムによって「浄化」されている——この事実自体が、ウィキペディアの中立性の欺瞞を象徴している。
エッセイニス——偽の身元で管理者になった男
2007年に発覚した「エッセイニス事件」は、ウィキペディアの信頼性に壊滅的な打撃を与えた。
「Essjay」(エッセイ)というアカウント名で活動していた編集者は、自らを神学の博士号を持つ大学教授と称し、その「学術的権威」に基づいて宗教関連の記事で影響力を行使していた。ウェールズは彼を信頼し、ウィキメディア財団の職員として雇用した。しかし、ニューヨーカー誌の取材により、この人物が実際には24歳の大学中退者であることが暴露された。
エッセイニス事件は以下の問題を浮き彫りにした。
- 匿名性の悪用: ウィキペディアの匿名性は、虚偽の身元で権威を詐称することを可能にする
- 権威への盲従: ウィキペディアは「出典」と「権威」に基づく編集を方針としているが、その「権威」そのものが偽装可能である
- 自浄能力の欠如: エッセイニスの偽りの経歴は、ウィキペディア内部ではなく外部のジャーナリストによって暴露された。ウィキペディアの内部チェック機能は、このような基本的な詐欺すら検出できなかった
フィリップ・ロスの自伝編集拒否事件
2012年、ピュリッツァー賞受賞作家のフィリップ・ロスは、自身の小説『ヒューマン・ステイン』に関するウィキペディアの記事に事実誤認があることを発見し、修正を試みた。しかし、ウィキペディアの管理者は、ロスが提供した情報を「信頼できる情報源に基づいていない」として却下した。
自身の小説の創作意図について、著者本人の証言よりもニューヨーク・タイムズの批評家の解釈が「信頼できる」とされる——この不条理は、ウィキペディアの「信頼できる情報源」方針の本質的な欠陥を露呈している。ロスはこの経験をニューヨーカー誌に寄稿し、ウィキペディアの編集方針を痛烈に批判した。
ボット戦争——機械が書く百科事典
ウィキペディアの記事の相当部分は、人間ではなくボット(自動編集プログラム)によって作成・編集されている。
スウェーデン語版ウィキペディアは約250万件の記事を擁し、英語版に次ぐ規模を持つ。しかし、その記事の大部分は「Lsjbot」と呼ばれるボットによって自動生成されたものである。Lsjbotはルンド大学のスウェーデン人物理学者スヴェーケル・ヨハンソンによって開発され、世界中の動植物種や地理的特徴に関する記事を自動的に生成した。Lsjbotだけで約270万件の記事を作成したと推定されている。
この事実は複数の問題を提起する。
- 記事数のインフレ: ウィキペディアが誇る「数百万件の記事」のうち、相当数はボットが自動生成した最小限の情報しか含まないスタブ(短い記事)である。記事数は知識の深さを反映していない
- 「百科事典」の定義の揺らぎ: 機械が自動生成したテンプレート記事は「百科事典」と呼べるのか——この疑問に対するウィキペディアの回答は曖昧である
- 言語版間の不公平: ボットの使用は言語版によって大きく異なり、ボットを活用した言語版は記事数で「大規模」に見える一方、手作業で質の高い記事を書いている言語版は「小規模」とされる。量と質の混同が、ウィキペディアの評価システムに組み込まれている
「靴下人形」——多重アカウントによる世論操作
ウィキペディアにおいて、一人の人物が複数のアカウント(「靴下人形」と呼ばれる)を使い分けて編集する行為は、禁止されているにもかかわらず横行している。
2015年には、英語版ウィキペディアにおいて約380個のアカウントが一斉にブロックされた。これらのアカウントは、有償で企業や個人に有利な記事を作成・編集する組織的な工作の一部であった。一人の人物が数十のアカウントを操り、ウィキペディアのコンセンサス形成プロセスを操作する——この手法は、形式上の「合議制」を維持しながら実質的に少数者が記事の内容を支配することを可能にする。
「削除主義者」対「包括主義者」——ウィキペディア内部の思想戦争
ウィキペディアの編集者コミュニティには、「削除主義者」(Deletionist)と「包括主義者」(Inclusionist)という二つの対立する思想的陣営が存在する。
- 削除主義者: 「特筆性」の基準を厳格に適用し、基準を満たさないと判断される記事を積極的に削除すべきだと主張する。結果として、主流メディアに取り上げられない事象、少数民族の文化、非西洋圏の人物に関する記事が「特筆性なし」として削除される傾向がある
- 包括主義者: 知識は広く包括的に記録されるべきだと主張し、削除基準の緩和を求める
この対立は単なる編集方針の違いにとどまらない。削除主義は構造的に西洋中心主義を強化するのである。西洋の主流メディアに取り上げられる事象は「特筆性がある」とされ、非西洋圏の事象は「特筆性がない」として消去される。何が「記録に値する」知識であるかを決定する権力は、究極的にはどの文明の知識が「存在する」ことになるかを決定する権力である。
知られざる裏話——編集者の実態
ウィキペディアの編集者の人口統計は、「世界の知識」を標榜する組織としては著しく偏っている。ウィキメディア財団自身の調査によれば、
- 性別の偏り: 編集者の約80〜90%が男性である。この偏りは記事の内容にも反映されており、女性の人物、フェミニズムの歴史、女性の視点に関する記事は質・量ともに男性関連の記事に劣る
- 地域の偏り: 編集者の大多数は北米、ヨーロッパ、オーストラリアに居住している。アフリカ、東南アジア、南米の編集者は極めて少なく、これらの地域に関する記事は質・量ともに不十分である
- 年齢・教育の偏り: 編集者の多くは大学教育を受けた若い男性であり、労働者階級、高齢者、非英語圏の人々の声はほとんど反映されていない
「誰でも編集できる」百科事典の執筆者が、実際には欧米の若い高学歴男性に著しく偏っている——この事実は、ウィキペディアの「中立性」がどのような人々の「中立性」であるかを如実に示している。
結論
ウィキペディアは「自由な百科事典」ではない。それは、アメリカのリベラルな主流の価値観を「中立的な事実」として全世界に流通させる情報覇権の装置である。
本記事で論じてきたように、その情報支配は多層的かつ構造的である。
第一に、制度的レベルにおいて、ウィキペディアは「信頼できる情報源」方針、管理者権限、ファクトチェック産業との連携という制度化された検閲メカニズムを通じて、アメリカのリベラルな主流メディアの見解を「中立」として強制する体系を構築した。
第二に、国家レベルにおいて、CIAやFBI、国防総省がウィキペディアの記事を直接編集していた事実は、WikiScannerによって確認されている。アメリカ国務省のGECやファイブ・アイズの情報工作部隊の活動は、ウィキペディアを情報戦の戦場として利用する国家的意志の存在を示している。
第三に、言語帝国主義のレベルにおいて、英語版ウィキペディアが60以上の言語版に対して事実上の「上位審級」として機能し、英語圏の価値観と政治的立場を全世界に浸透させる構造が確立されている。スコットランド語版事件、ロシア語版への介入、中国語版編集者のブロック——これらの事例は、ウィキメディア財団が「多言語の百科事典」を装いながら、英語版の覇権を維持する組織であることを示している。
第四に、社会的レベルにおいて、ウィキペディアの編集者が欧米の高学歴男性に著しく偏っているという事実は、「世界の知識の総体」という理念が幻想に過ぎないことを暴露している。
中国、ロシア、トルコ、インド、イランといった国々が、それぞれの方法でウィキペディアの情報覇権に抵抗している事実は、ウィキペディアの「中立性」が普遍的に受容されていないことの証左である。これらの国家の対抗措置を「言論弾圧」として一方的に断じるのではなく、情報主権を守るための正当な防衛行動として評価する視座が必要である。
ウィキペディアの問題は、単なる「百科事典の偏向」として矮小化してはならない。これは、国家主権と民族自決権に関わる問題である。ある民族の歴史がどのように記述されるか、ある国家の政策がどのように評価されるか——これらの決定権が他国の機関と価値体系に委ねられていること自体が、情報主権の喪失にほかならない。
日本を含むすべての主権国家は、ウィキペディアの「中立性」を無批判に受容するのではなく、それが誰の利益に奉仕しているかを厳しく問い、自らの情報空間を自らの手で守らなければならない。
参考文献
- 『閉された言語空間——占領軍の検閲と戦後日本』、江藤淳著、文藝春秋、1989年
- 『国際政治——権力と平和』、ハンス・モーゲンソー著
- 『国際政治の理論』、ケネス・ウォルツ著
- 『マニュファクチャリング・コンセント——マスメディアの政治経済学』、ノーム・チョムスキー・エドワード・S・ハーマン著、1988年
- 『The Wikipedia Revolution: How a Bunch of Nobodies Created the World's Greatest Encyclopedia』、アンドリュー・リー著、Hyperion、2009年
- 『Wikipedia: The Missing Manual』、ジョン・ブロートン著、O'Reilly Media、2008年
- ラリー・サンガー公式サイト——ウィキペディア共同創設者による批判的論考
- 「Know It All」、ニューヨーカー誌、2006年——ウィキペディアの内部構造に関する調査報道
- 「An Open Letter to Wikipedia」、フィリップ・ロス、ニューヨーカー誌、2012年