カール・ポランニー

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カール・ポランニー

概要

カール・ポランニー(Karl Polanyi、1886年 - 1964年)は、ハンガリー出身の経済人類学者・経済史家であり、20世紀を代表する思想家の一人である。主著『大転換——市場社会の形成と崩壊』(The Great Transformation、1944年)において、市場経済が社会から「脱埋め込み」(disembedding)される過程を分析し、自己調整的市場の虚構性を根本から告発した。

ポランニーの思想は、新自由主義とグローバリズムが民族共同体を解体する現代においてこそ、その真価を発揮する。ポランニーが明らかにした核心的な命題——土地・人間(労働)・貨幣は本来、商品ではない——は、市場原理主義が世界を商品に変えるアメリカ型グローバリズムに対する最も根源的な批判の基盤を提供するものである。

生涯と思想的背景

ハプスブルク帝国の知的伝統

カール・ポランニーは1886年、オーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあったウィーンで、ハンガリー系ユダヤ人の家庭に生まれた。多民族帝国であるハプスブルク帝国の知的環境のなかで育ったポランニーは、民族・文化・経済の複雑な交錯を肌で経験した。この経験が、後に経済を社会や文化から切り離して理解することの危険性を論じる基盤となった。

弟のマイケル・ポランニーは化学者・科学哲学者として著名であり、「暗黙知」の概念で知られる。兄弟はともに、合理主義的・機械論的な世界観への根底的な批判を共有していた。

第一次大戦とウィーン時代

ポランニーはブダペスト大学で法学を学び、第一次世界大戦に従軍した。戦後のウィーンにおいて、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスフリードリヒ・ハイエクらのオーストリア学派と対峙し、市場万能論への根本的な疑念を深めた。ポランニーにとって、ミーゼスやハイエクが理想化する「自己調整的市場」とは、人類史上かつて存在したことのない虚構であり、それを強制的に実現しようとする試みこそが社会を破壊するものであった。

イギリス亡命とアメリカ

1933年、ナチスの台頭に伴いイギリスに亡命し、労働者教育協会(WEA)で講師を務めた。この時期にイギリスの産業革命史を徹底的に研究し、市場社会の成立過程を実証的に分析する素地を築いた。1940年代にはアメリカに渡り、コロンビア大学で教鞭を執った。1944年に発表された『大転換』は、第二次世界大戦のさなかに書かれたものであり、19世紀の自由主義的市場経済の崩壊とファシズムの台頭を、市場社会の構造的矛盾から説明する画期的な著作であった。

『大転換』——市場社会の形成と崩壊

埋め込みと脱埋め込み

ポランニーの最も重要な概念は、経済の「埋め込み」(embeddedness)と「脱埋め込み」(disembedding)である。

人類の歴史を通じて、経済活動は常に社会関係のなかに「埋め込まれて」いた。古代ギリシャのポリスにおいても、中世ヨーロッパの封建制においても、日本の体制においても、経済は宗教・親族関係・政治・共同体の規範によって統制され、社会の一部として機能していた。経済活動は共同体の存続と再生産に奉仕する手段であり、それ自体が自律的な領域として存在することはなかった。

ところが、18世紀から19世紀にかけてのイギリスにおいて、前例のない「大転換」が生じた。経済が社会から「脱埋め込み」され、逆に社会が経済(市場)に従属するという、人類史上初めての事態が発生した。市場の論理が社会を規定するようになり、人間の生活全体が市場取引の付属物と化した。これこそが「市場社会」の誕生である。

ポランニーは、この転倒が自然発生的に生じたのではなく、国家権力による意図的な政策の結果であったことを明らかにした。エンクロージャー(囲い込み)による農民の土地からの追放、救貧法の改定による労働市場の創出、金本位制の導入による国際通貨制度の確立——いずれも国家が強制的に遂行した政策であった。「自由放任」は自然に生まれたのではなく、計画的に作り出されたのである。

この洞察は、現代の新自由主義を理解するうえで決定的に重要である。新自由主義者は「規制緩和」「自由化」を掲げるが、その実態は、国家権力を動員して市場の論理を社会の隅々にまで強制的に浸透させることにほかならない。ポランニーが19世紀のイギリスについて論じたことは、アメリカが日本に対して行っている新自由主義的内政干渉と、構造的に全く同一である。

二重運動

ポランニーは、市場化の推進と社会の自己防衛運動が対立する「二重運動」(double movement)の概念を提示した。

市場化が進行すると、社会は破壊的な影響を受ける。土地が商品化されれば農村共同体は解体され、労働が商品化されれば人間の尊厳は損なわれ、貨幣が商品化されれば経済は投機的不安定に陥る。これに対して、社会は自己防衛のために保護主義、社会立法、労働規制、通貨管理などの対抗措置を講じる。これが二重運動の一方の極である。

しかし、市場化を推進する勢力は、こうした自己防衛運動を「非効率」「保護主義」「閉鎖的」として攻撃し、さらなる市場化を迫る。ポランニーは、19世紀末から20世紀初頭にかけてこの二重運動の緊張が極限に達し、その帰結としてファシズムと世界大戦が発生したと論じた。

現代における二重運動は、グローバリズムの推進と、それに対する各国のナショナリズム的反発という形で再現されている。トランプ現象、ブレグジット、ヨーロッパにおける反移民運動、そして日本における反米保守の台頭は、いずれもポランニーが予見した社会の自己防衛運動の現代的発現にほかならない。

スピーナムランド制度——福祉と労働市場化の逆説

『大転換』の中で最も精緻な歴史分析の一つが、スピーナムランド制度(Speenhamland system、1795年 - 1834年)に関するものである。この制度は、イギリスのバークシャー州スピーナムランドで始まった救貧法の運用方式であり、労働者の賃金がパンの価格に連動した最低水準を下回った場合、その差額を教区が補填するというものであった。

一見すると、スピーナムランド制度は労働者を保護する人道的な制度に見える。しかしポランニーは、この制度が労働の擬制商品化を中途半端に阻止した結果、かえって労働者の尊厳と共同体を破壊したという逆説的な帰結をもたらしたことを明らかにした。

スピーナムランド制度の下では、雇用主は労働者にいくら低い賃金しか支払わなくとも、差額は公的資金から補填される。このため雇用主には賃金を引き上げる動機が存在せず、賃金は際限なく引き下げられた。同時に、労働者には勤勉に働く動機も失われた——働いても働かなくても最低限の補填を受けられるからである。結果として、農村共同体の労働倫理は崩壊し、労働者は「怠惰な貧民」として蔑まれ、社会的地位を完全に喪失した。

ポランニーの分析が示すのは、労働の擬制商品化に対する中途半端な対処は、事態を悪化させるということである。スピーナムランド制度は、労働市場の成立を阻止しながらも、共同体の互酬関係を回復したわけではない。旧来の共同体的保護を破壊しつつ、新たな市場的規律も確立しない——この中間状態こそが、労働者の尊厳を最も効果的に破壊した。

スピーナムランド制度が1834年に廃止され、新救貧法によって完全な労働市場が導入されたとき、労働者は今度は市場の暴力に直接さらされることになった。福祉によって中途半端に保護するのでもなく、市場に完全にさらすのでもなく、労働を共同体の互酬関係のなかに再び埋め込むこと——これがポランニーの示唆する第三の道である。

「悪魔の碾き臼」——自己調整的市場というユートピア

ポランニーは、自己調整的市場を「悪魔の碾き臼」(satanic mill)と呼んだ。この比喩はウィリアム・ブレイクの詩から借用されたものであり、産業革命のイギリスにおいて人間と自然を粉砕する市場の破壊力を表現している。

「自己調整的市場」とは、政府の介入なしに需要と供給の法則によって自律的に均衡に至る市場を意味する。アダム・スミス以来、古典派・新古典派経済学はこの市場の自律性を前提としてきた。しかしポランニーは、自己調整的市場は人類史上一度も自然発生的に成立したことがないと断言した。自己調整的市場は、常に国家権力によって人為的に作り出されたものである。

ここに深い逆説がある。市場原理主義者は「小さな政府」を標榜するが、自己調整的市場を作り出し維持するためには、巨大な国家権力が必要である。エンクロージャーには議会立法が必要であった。労働市場の創出には救貧法の改定が必要であった。金本位制には国際的な制度設計が必要であった。そして現代において、新自由主義を世界中に強制するためには、アメリカの軍事力と政治力が必要である。

ポランニーが「悪魔の碾き臼」と呼んだのは、この自己調整的市場が社会を構成するすべての要素——人間、自然、貨幣——を容赦なく粉砕するからである。市場に投入された共同体は個人に分解され、自然は資源に還元され、人間の営みは取引に変換される。

注目すべきは、ポランニーが自己調整的市場を「ユートピア」——すなわちどこにも存在しない場所——と呼んだことである。完全に自己調整する市場は、理論上の虚構にすぎない。あらゆる市場は何らかの形で社会に「埋め込まれて」おり、完全に「脱埋め込み」された市場を実現しようとする試みは、必然的に社会の破壊をもたらす。新自由主義とは、この実現不可能なユートピアを強制的に実現しようとする、ユートピアニズムの一種にほかならない。

自由主義者は保守主義者を「ユートピアニスト」と批判するが、実は逆である。ありもしない自己調整的市場を実現しようとする自由主義者こそが、最も危険なユートピアニストなのだ。

擬制商品——土地・労働・貨幣

ポランニーの思想の核心は、「擬制商品」(fictitious commodities)の概念にある。これは保守ぺディアの立場から見て、最も重要かつ広範な含意を持つ概念である。

擬制商品とは何か

ポランニーによれば、真の意味での「商品」とは、市場での販売を目的として生産されたものである。パン、衣服、工具、自動車——これらは市場で売るために生産された正真正銘の商品である。

ところが、土地・労働(人間)・貨幣の三つは、市場での販売を目的として「生産」されたものではない

  • 土地は自然そのものであり、人間が「生産」したものではない。土地は先祖から受け継がれ、子孫に引き継がれる、民族の生存基盤である
  • 労働は人間の活動そのものであり、人間の存在と不可分である。労働力を「生産」するとは、人間を「生産」するということであり、これは商品生産の論理では捉えられない
  • 貨幣は交換の媒介手段であり、銀行や国家の信用制度によって創出されるものであって、市場で「生産」されるものではない

にもかかわらず、市場社会はこの三つをあたかも商品であるかのように扱う。これが「擬制」(フィクション)である。ポランニーは、この擬制を維持するためにこそ市場は機能しているのであり、擬制商品は市場取引を成立させるための前提条件であって、それ自体を自由に市場で取引してはならないと論じた。

この三つを商品化することは、社会と自然を市場の論理に従属させることを意味し、必然的に社会の崩壊をもたらす。土地の商品化は共同体の破壊を、労働の商品化は人間の尊厳の破壊を、貨幣の商品化は経済の安定性の破壊をもたらす。

土地の擬制商品化——文明の売却

三つの擬制商品のなかで、土地の商品化は最も深刻な問題をはらむ。なぜなら、土地は単なる不動産ではなく、文明そのものであり、民族そのものだからである。

土地には人間の生活が根付いている。先祖の墓があり、神社仏閣があり、祭りがあり、方言があり、食文化があり、農業の伝統がある。土地とは、何世代にもわたって蓄積された民族の記憶と文化の物理的基盤である。土地を売ることは、その上に根付いた生活と歴史のすべてを譲り渡すことにほかならない。

さらに重要なのは、土地の移動には人の移動が伴うという事実である。土地が外国人に売却されれば、その土地には外国人が住み、外国人の生活様式が根付く。土地の商品化は、人口侵略の前提条件なのである。

民族神話を忘れた人間は、先祖から受け継いだ命の土地を簡単に異邦人に売るようになる。土地と民族の結びつきを忘却させること——これが新自由主義による精神的侵略の本質である。共同体意識が破壊された社会においてのみ、土地の自由化は受け入れられる。逆に言えば、土地の自由化を推進するためにこそ、新自由主義は共同体意識を破壊する必要があるのだ。

ポランニーは、イギリスにおけるエンクロージャー(囲い込み運動)が、農民を共同体から引き剥がし、土地なき「自由な」労働者として市場に投げ出したことを詳細に論じた。これと同じ構造が、現代の日本において再現されている。GATS協定による土地の自由化は、21世紀のエンクロージャーにほかならない。日本の土地が中国人によって自由に買われているのは、アメリカが日本に内政干渉し、新自由主義の名の下に土地を「商品」に変えたからである。

商品の見返りに土地を売ることは愚かなことだ。土地を売った結果として生じる人民元安は、中国の輸出競争力をさらに高め、さらなるダンピングによって日本の産業が破壊され、さらに土地が買収されるという悪循環に陥る。土地の喪失は一方通行である。一度売られた土地は、二度と戻ってこない。

労働の擬制商品化——人間の道具化

労働の商品化とは、人間そのものの商品化にほかならない。ポランニーは、労働が「商品」として扱われるとき、人間は市場の付属物に転落すると警告した。

労働力の「価格」すなわち賃金が市場の需給によってのみ決定されるとき、人間の生活は市場の変動に翻弄される。不況時には賃金は引き下げられ、失業が増大し、人間は「不要な商品」として廃棄される。好況時には労働力の「供給」を増やすために移民が推進される。いずれにせよ、人間は市場の論理に従属する「もの」として扱われる。

低賃金移民政策の本質は、まさにこの労働の擬制商品化にある。移民とは、労働市場に投入される「商品」として扱われる人間である。移民を受け入れる側の論理は、「労働力が不足しているから外部から調達する」という、完全に市場的な論理である。しかしポランニーが明らかにした通り、労働は商品ではなく、労働者は人間である。人間を「調達」することは、現代の奴隷制にほかならない。

労働者を再生産不可能なほど搾取し尽くし、労働者が足りなくなれば外から持ってくればよいという発想——これこそ擬制商品化の極北である。スマートシュリンクは、労働の擬制商品化を拒否し、人間を市場の論理から解放するための処方箋である。人口が減少しても、すべての職種の人口を全体の人口数に比例させて縮小させれば、人手不足という問題はそもそも生じない。

貨幣の擬制商品化——共同体の債権と収奪

貨幣は、本来、共同体内部の交換を円滑にするための手段であり、共同体の信用に基づいて創出されるものである。しかし、貨幣が自由に国境を越えて取引される「商品」となったとき、貨幣は共同体を破壊する武器に転じる。

ポランニーが論じた19世紀の金本位制は、貨幣の擬制商品化の典型であった。金本位制の下では、各国の通貨政策は金の移動に従属し、国内経済は国際金融市場の変動に翻弄された。大恐慌は、この貨幣の擬制商品化がもたらした破滅的帰結であった。

現代においては、変動相場制と国際資本移動の自由化が、金本位制に代わる貨幣の擬制商品化のメカニズムとして機能している。ドル覇権の下で、アメリカは基軸通貨の特権を利用して世界から富を収奪している。

外部者が受け取った貨幣により、受け取った者はその共同体に対する債権を得る。これが貨幣の本質的な危険性である。貨幣は広く流通しているために規制が困難であるが、だからこそ、外部に貨幣を供給する際には、債券市場への投資という形で回収するべきである。土地を売ってはいけない。土地を売ることは、債権を永久に譲渡し、共同体の基盤そのものを失うことを意味する。

日本がアメリカに大量の米国債を購入させられていることは、ドルを通じた組織的な富の収奪にほかならない。そして、その貨幣が日本国内で土地の購入に用いられるとき、貨幣の擬制商品化と土地の擬制商品化が結合し、共同体は二重の収奪を受ける。

擬制商品と共同体の防衛

内外の交易条件の差異

ポランニーの分析から導かれる最も重要な政策的含意は、共同体を維持するためには、内部と外部で交易条件に差を設けることが必要だという原則である。

共同体の内部においては、土地・労働・貨幣はある程度市場的に取引されることで、資源配分の効率性が確保される。しかし、共同体の外部との間でこれら三要素を自由に取引することは、共同体の存続そのものを脅かす。なぜなら、外部の経済主体は共同体に対する帰属意識も責任も持たず、純粋に利潤動機のみで行動するからである。

共同体外へと土地を自由化・市場化することは、侵略と同じである。軍事的な侵略が武力によって他国の領土を奪うのに対し、経済的な侵略は市場を通じて他国の土地を奪う。結果は同じである——民族は自らの生存基盤を失い、他者の支配下に置かれる。違いは、軍事的侵略には抵抗が生まれるが、経済的侵略は「自由貿易」「国際協調」という美名の下に遂行されるため、抵抗が生まれにくいことにある。

ポランニーが指摘した通り、人類史において、経済活動が共同体の枠組みから切り離されて行われた時代など存在しなかった。古代から中世に至るまで、交易は常に共同体間の政治的関係の下で統制されていた。外部との自由貿易を原則とする現代のグローバリズムこそが、人類史上の異常事態なのである。

互酬と再分配——市場に先立つ経済

ポランニーは、市場交換以外の経済統合の形態として、「互酬」(reciprocity)と「再分配」(redistribution)の二つを提示した。

互酬とは、対称的な集団間における贈与と返礼の関係である。マルセル・モースが『贈与論』で論じた通り、贈与は単なる経済取引ではなく、社会的紐帯を創出し維持する行為である。日本の「お歳暮」「お中元」「年賀状」「冠婚葬祭の祝儀・不祝儀」といった慣習は、互酬原理の具体的な表現であり、共同体の結合を維持する装置である。

再分配とは、中心的な権威(首長、国家、寺社等)による財の集中と再配分である。日本の律令制における班田収授法、封建時代における年貢参勤交代、近代の累進課税と社会保障は、いずれも再分配原理の表現である。再分配は、共同体の成員間の格差を一定の範囲内に抑え、共同体の存続を保障する。

新自由主義は、互酬と再分配の論理を「非効率」「前近代的」として排除し、あらゆる経済関係を市場交換に一元化しようとする。しかし、ポランニーが実証した通り、市場交換のみに依存する社会は人類史上存在したことがなく、それを人為的に作り出そうとする試みは社会の崩壊をもたらす。

形式主義と実体主義の論争

ポランニーは、経済学の方法論をめぐって「形式主義」と「実体主義」の区別を提起した。

形式主義(formalism)とは、経済学を「希少な手段と複数の目的との間の合理的な選択」として定義する立場であり、新古典派経済学の基本的立場である。この定義に従えば、経済行為とは常に合理的な利潤最大化の行為であり、あらゆる社会のあらゆる時代に普遍的に適用可能である。

実体主義(substantivism)とは、経済を「人間と自然環境の間の制度化された相互作用の過程」として定義する立場であり、ポランニー自身の立場である。この定義に従えば、経済のあり方は社会や文化によって根本的に異なり、市場交換はその一形態にすぎない。

形式主義は、市場的合理性を人間の本質として普遍化する。「経済人」(ホモ・エコノミクス)——利己的で合理的な個人——こそが人間の本来の姿であり、共同体の規制はこの本来の姿を抑圧するものだとする。新自由主義の人間観は、この形式主義経済学に基づいている。

しかし、人間は経済的合理人でもなければ、リベラルな自由電子的な存在でもない。非合理的感情や共同体意識、歴史性があってこそ人間であり、そうした矛盾も非合理も抱え込んだ人間存在の幸福をはかるのが「政道」である。ポランニーの実体主義は、人間を市場の論理に還元する形式主義を根底から否定し、経済が共同体に「埋め込まれた」状態こそが人間にとって正常な状態であることを論証した。

「居住」対「改良」——土地をめぐる二つの論理

ポランニーは『大転換』において、土地をめぐる二つの対立する論理——「居住」(habitation)と「改良」(improvement)——を分析した。この対立は、ポランニーの擬制商品論の中でも最も見過ごされがちでありながら、現代日本の土地問題を理解するうえで決定的に重要な概念である。

居住の論理——土地は生活の場である

「居住」の論理とは、土地を人間が生活を営む場として捉える見方である。この論理において、土地の価値はその上に暮らす人々の生活、文化、歴史によって規定される。土地は売買の対象ではなく、世代を超えて受け継がれる共同体の基盤である。

日本の伝統的な土地観は、「居住」の論理に深く根ざしている。産土神(うぶすながみ)の信仰——人間が生まれた土地の神を終生崇敬する慣習——は、人間と土地の不可分な結びつきを宗教的に表現したものである。氏子制度、檀家制度入会地(いりあいち)の共同管理——これらはすべて、土地が共同体の「居住」の場であり、市場取引の対象ではないことを前提とした制度であった。

「居住」の論理において、土地の「所有者」は厳密には所有者ではなく「管理者」ないし「預かり人」である。先祖から土地を「預かり」、子孫に「引き渡す」——この感覚こそが、土地の擬制商品化を阻む精神的な防壁であった。

改良の論理——土地は利潤の源泉である

「改良」の論理とは、土地を経済的利潤を生み出す生産要素として捉える見方である。この論理において、土地の価値は市場における交換価値、すなわち地代・地価によって規定される。土地はより高い利潤をもたらす用途に転換されるべきであり、「非効率」な利用は「改良」されなければならない。

18世紀のイギリスにおけるエンクロージャーは、「改良」の論理が「居住」の論理を暴力的に駆逐した過程であった。共同体の入会地は、「改良」の名の下に囲い込まれ、私有地に転換された。牧羊業のほうが穀物栽培よりも利潤が高いという理由で、農民は土地から追放された。トマス・モアが『ユートピア』で「羊が人間を食う」と表現した事態は、「改良」の論理が「居住」の論理を圧殺する過程の文学的記録にほかならない。

「改良」の論理による現代日本の土地の破壊

現代の日本において、「改良」の論理は以下のように機能している。

農地の転用:農地は「非効率」であるとして宅地や商業地に転用される。耕作放棄地は「有効活用」の名の下にメガソーラー事業者(多くは外国資本)に売却される。農村共同体の「居住」の場が、投資利回りの計算対象に転落している。

リゾート開発と外資:北海道ニセコ地区では、オーストラリア資本による不動産開発が進行し、地価は高騰する一方、地元住民は高騰した固定資産税を支払えずに土地を手放している。「改良」の論理は、地元住民を排除し、季節的に滞在する外国人富裕層のための空間を創出する。これはエンクロージャーの現代版にほかならない——「羊」が「外国人観光客」に置き換わっただけである。

水源地の買収:中国資本による北海道の水源地買収は、「改良」の論理の最も危険な発現である。水源地は共同体の生存に不可欠な「居住」の基盤であるが、「改良」の論理はそれを「投資対象」として扱う。水の確保という安全保障上の問題が、不動産市場の取引に矮小化されている。

ポランニーの「居住」対「改良」の枠組みは、日本の土地問題の本質を明らかにする。問題は土地の「有効活用」ではなく、土地の意味そのものの転換にある。土地が「居住」の場から「改良」の対象に変わったとき、共同体は存在の基盤を失う。土地問題は経済政策の問題ではなく、文明の問題なのだ。

「居住」の回復——ポランニー的土地政策

ポランニーの分析に基づけば、土地政策の核心は「居住」の論理を「改良」の論理に対して優位に置くことにある。具体的には以下の政策が導かれる。

  • 外国人土地所有の禁止: 共同体への帰属を持たない外部者による土地取得を原則として禁止する。これはポランニーの「共同体の内と外で交易条件に差を設ける」原則の直接的適用である
  • 農地・水源地・森林の非商品化: 共同体の生存に不可欠な土地を市場取引の対象から除外する。入会地の近代的復権とも言える
  • 固定資産税制度の改革: 「居住」目的の土地保有に対する課税を軽減し、投機目的の保有に対する課税を強化することで、「改良」の論理による土地の収奪を抑制する
  • 土地信託制度の創設: 土地を「所有」するのではなく「信託」する制度を創設し、土地が世代を超えて共同体に帰属する仕組みを構築する

現代日本への適用——ポランニーの警告

日本における三つの擬制商品化

ポランニーの擬制商品論は、現代の日本が直面する危機を正確に描写する。

土地の擬制商品化:GATS協定によって日本の土地は完全に自由化された。日本の議員会館では、日本の土地を購入するための説明会が中国語で開催された。北海道、対馬、沖縄などで外国資本による土地買収が進行している。ポランニーが警告した通り、土地の商品化は共同体の解体に直結する。先祖から受け継いだ命の土地が、市場取引の対象物に転落した。

労働の擬制商品化低賃金移民政策が推進され、技能実習制度という名目の下で外国人労働者が「調達」されている。自公政権は少子化を口実に移民を推進するが、その本質は労働の擬制商品化——人間を「生産要素」として扱うこと——にある。

貨幣の擬制商品化:郵政民営化と農中の自由化によって、日本の金融資産はウォール・ストリートに流出した。ドル覇権の下で、日本はアメリカに組織的に富を収奪されている。変動相場制の下での円安は、日本の資産をさらに安価に外国人に売却する結果をもたらす。

土地売却の悪循環

ポランニーの理論的枠組みから見れば、日本の土地が中国資本に買収される構造は、擬制商品化がもたらす自己強化的な悪循環として理解できる。

日本が商品を輸入する見返りに土地を売却すると、中国は外貨(円)を獲得する。この円の流入は人民元に対する下落圧力を生じさせ、人民元安はさらに中国の輸出競争力を高める。結果として、中国からのダンピングによって日本の産業がさらに破壊され、日本の経済力は低下する。経済力の低下は土地価格の下落を招き、さらなる土地買収を容易にする。

この悪循環は、ポランニーが論じた市場の自己調整メカニズムの破壊性を端的に示している。市場に任せれば均衡に至るという新古典派の主張とは裏腹に、擬制商品の市場化は不均衡を自己強化させ、最終的には一方による他方の完全な支配——すなわち経済的植民地化——に帰結する。

大転換の現代的再現

ポランニーが『大転換』で描いた19世紀の破局は、21世紀において再現されている。

19世紀のイギリスにおいて、エンクロージャーが農民から土地を奪い、「自由な」労働者として都市に追いやったように、現代の新自由主義は農村共同体を破壊し、人々を都市の非正規労働者へと転落させている。19世紀の金本位制が各国の経済主権を奪ったように、現代のドル覇権と変動相場制は日本の金融主権を侵害している。

そして、19世紀の市場化に対する社会の自己防衛運動がファシズムと世界大戦という破局的形態を取ったように、現代のグローバリズムに対する反発も、各国で急進的なナショナリズムの形をとりつつある。ポランニーの警告は明白である——市場化を放置すれば、社会は破滅的な反動に至る

しかし、ポランニーの二重運動の論理に従えば、この反動は不可避ではない。社会が自己防衛のために適切な制度——保護主義、資本規制、土地所有の制限、産業政策——を構築することで、破局を回避することは可能である。重要なのは、市場化を「進歩」とみなす新自由主義的幻想から目覚め、共同体の存続を最上位の価値として経済制度を再設計することである。

明治維新——日本版「大転換」の構造分析

ポランニーがイギリスの産業革命について論じた「大転換」の枠組みは、日本の明治維新(1868年)に対しても極めて有効な分析道具を提供する。明治維新は、日本における「大転換」——経済の脱埋め込み——の起点であり、その過程はポランニーがイギリスについて記述したものと驚くほど類似している。

三つの擬制商品化の同時遂行

明治政府は、西洋列強の植民地化を免れるという生存上の必要から、イギリスが約一世紀かけて遂行した三つの擬制商品化を、わずか数十年の間に同時に遂行した。

土地の擬制商品化:1873年の地租改正は、日本版エンクロージャーであった。それまでの村落共同体による土地の共同管理は否定され、土地は個人に「所有」され、金納の税を課される「商品」に転換された。地租を支払えない農民は土地を手放し、寄生地主制が成立した。共同体の「居住」の場であった土地が、「改良」の対象に変わった。

労働の擬制商品化廃藩置県(1871年)と四民平等は、身分制に「埋め込まれて」いた労働を「解放」し、自由な労働市場を創出した。武士は禄を失い、農民は土地を失い、いずれも「自由な」労働者として市場に投げ出された。富岡製糸場に代表される官営工場は、この「自由な」労働力を吸収する装置であった。

貨幣の擬制商品化:1871年の新貨条例による円の導入と、1897年の金本位制の採用は、貨幣を国際市場で取引される「商品」に転換した。松方デフレ(1881年 - 1885年)は、金本位制への移行過程で生じた貨幣の擬制商品化の犠牲であり、農村経済を壊滅させた。ポランニーが分析した19世紀イギリスのデフレーションと、構造的に全く同一の現象である。

日本における二重運動——埋め込みの部分的維持

しかし、日本の「大転換」にはイギリスとは異なる独自の特徴が存在した。日本は、経済を脱埋め込みしながらも、社会的紐帯の一部を意図的に保存したのである。

家制度の法的強化、天皇制を頂点とする国体の構築、教育勅語(1890年)による共同体倫理の教育——これらはすべて、市場化によって解体されつつある社会的紐帯を、国家権力によって再構築する試みであった。ポランニーの用語で言えば、これは市場化に対する「二重運動」の国家主導型の発現である。

日本が西洋列強に追いつくほどの急速な近代化を達成しながらも、イギリスのような社会の完全な崩壊を(少なくとも一時的には)免れた理由の一つは、この部分的な「再埋め込み」にある。市場の論理を導入しつつも、家・村・国体という共同体的枠組みを維持することで、経済活動は完全には社会から脱埋め込みされなかった。

この分析は重要な教訓を含んでいる。近代化と共同体の維持は、二者択一ではない。問題は市場そのものの存在ではなく、市場が共同体の統制を離れて自律化すること——すなわち脱埋め込みすること——にある。明治日本は(不完全ながらも)市場を社会に埋め込み続けることで、破局を回避した。

戦後日本——アメリカによる強制的脱埋め込み

日本における経済の「再埋め込み」が最終的に破壊されたのは、1945年の敗戦とアメリカによる占領を通じてであった。

GHQの占領改革は、ポランニーの枠組みで見ると両義的な性格を持つ。農地改革は、寄生地主制を解体し農民に土地を返した点では「再埋め込み」——土地を耕作者の共同体に戻す行為——であった。しかし財閥解体と経済の分散化は、日本的な経済統制の仕組みを解体する側面を持っていた。そして何より、偽日本国憲法の制定と日米安保体制の構築によって、日本経済はアメリカ主導の国際市場システムに強制的に組み込まれた。占領改革の本質は、日本経済を日本的な埋め込みから引き剥がし、アメリカの覇権秩序に再編入することにあった。

しかし、高度経済成長期の日本は、再び独自の「再埋め込み」を達成した。産業政策による官民協調体制、終身雇用年功序列による労働の非商品化、護送船団方式による金融の非商品化——これらは、ポランニーの用語で言えば、市場経済を日本的な共同体原理に再埋め込みする制度的装置であった。

この再埋め込みは、1980年代以降のアメリカによる構造改革要求——日米構造協議年次改革要望書——によって、系統的に解体されていく。終身雇用は「非効率」として攻撃され、護送船団方式は「閉鎖的」として批判され、産業政策は「市場歪曲」として封印された。これが、現在進行中の日本における「第二の大転換」——アメリカによる強制的な脱埋め込みの完成——である。

ファシズムの起源——二重運動の破局的帰結

ポランニーの『大転換』が1944年——まさに第二次世界大戦のさなか——に書かれたことは偶然ではない。ポランニーの中心的な問いの一つは、「なぜファシズムは生まれたのか」であった。そしてその回答は、通常のリベラルな解釈とは根本的に異なるものであった。

ファシズムは市場自由主義の産物である

リベラルな歴史解釈においては、ファシズムは「非合理的なナショナリズム」「民主主義の失敗」「大衆の狂気」として説明される。しかしポランニーは、ファシズムを市場自由主義が必然的に生み出した産物として分析した。

ポランニーの論理は明快である。自己調整的市場は社会を破壊する。破壊された社会は自己防衛運動を起こす。この自己防衛運動が適切な制度的チャネル(労働法制、社会保障、通貨管理等)を通じて表現される場合、社会は安定する。しかし、市場自由主義のイデオロギーがこれらの制度的チャネルを「非効率」として次々に封鎖する場合、社会の自己防衛運動は制度外の爆発的な形——すなわちファシズム——をとる。

ファシズムは、市場自由主義に対する「過剰な反動」ではなく、市場自由主義が社会のあらゆる自己防衛機構を破壊した結果として生じた唯一残された反応形態であった。市場自由主義が徹底的であればあるほど、その反動もまた徹底的になる。ワイマール共和国におけるハイパーインフレーションと緊縮財政の交互の衝撃が、ナチズム台頭の直接的条件であったことは、この論理を裏づける。

現代における「ファシズムのリスク」

ポランニーのファシズム分析は、現代世界に対して深刻な警告を発している。

新自由主義が世界中で推進されてきた過去40年間に、各国では社会の自己防衛機構が系統的に解体されてきた。労働組合は弱体化され、社会保障は削減され、保護主義は「悪」として排斥され、資本規制は撤廃された。ポランニーの二重運動の論理に従えば、これらの制度的チャネルの封鎖は、自己防衛運動が制度外の形をとる条件を整備していることになる。

ヨーロッパにおける極右政党の台頭、アメリカにおけるトランプ現象と社会の分断、各国における排外主義的運動の活発化——これらは、ポランニーが分析した1930年代の状況と構造的に類似している。社会の自己防衛運動に適切な制度的チャネルを提供しなければ、その運動は破壊的な形をとる

ここで重要なのは、ポランニーの分析に基づけば、ファシズムを防ぐ方法は、さらなる自由化ではなく、適切な保護と規制の復活だということである。リベラルは「ポピュリズム」や「排外主義」を市場自由主義のさらなる推進によって克服しようとするが、これはポランニーの論理からすれば完全に逆効果である。市場化をさらに進めれば反動はさらに激しくなる。必要なのは、共同体の自己防衛を正当な制度的枠組みの中で実現すること——すなわち、保護主義、資本規制、土地所有規制、産業政策の復活——である。

反米保守の立場は、この意味でポランニー的な「穏健な二重運動」にほかならない。アメリカ主導の新自由主義的秩序に対する共同体の自己防衛を、暴力的な反動ではなく、制度的な変革——米軍撤退新日本国憲法の制定、産業政策の復活——を通じて実現する。ファシズムの悲劇を繰り返さないためにこそ、適切な自己防衛の制度を構築しなければならない。

金本位制からドル覇権へ——通貨主権の二百年史

ポランニーが『大転換』で最も詳細に分析した制度の一つが、金本位制である。ポランニーは、金本位制が19世紀の国際秩序の「見えざる柱」であり、その崩壊が二つの世界大戦とファシズムの直接的原因であったと論じた。この分析を現代に延長すれば、ドル覇権の構造が浮かび上がる。

金本位制——通貨主権の最初の喪失

金本位制とは、各国の通貨を一定量の金に固定する制度である。表面上は「健全な通貨制度」に見えるが、その本質は各国の通貨主権を金の移動に従属させることにあった。

金本位制の下では、貿易赤字国から金が流出する。金の流出は通貨供給量の減少を意味し、デフレーションと不況をもたらす。逆に、貿易黒字国には金が流入し、インフレーションと好況をもたらす。この「自動調整メカニズム」は、理論上は各国間の貿易をバランスさせるものとされた。

しかしポランニーは、この「自動調整」が実際には覇権国に有利なルールであることを明らかにした。19世紀の覇権国イギリスは、世界最大の金融センターとしての地位を利用して、金の移動を実質的にコントロールしていた。イギリスのイングランド銀行が金利を操作すれば、世界中の金の流れが変わった。金本位制とは、形式上は「非人格的なルール」に基づく制度でありながら、実質的にはイギリスの通貨主権を世界化する装置であった。

各国が金本位制に「自発的に」参加したのは、参加しなければ国際貿易と国際金融から排除されるからであった。これは「自由な選択」ではなく、覇権国による構造的な強制である。ウィリアム・ジェニングス・ブライアンが1896年の演説で金本位制を「金の十字架」と呼んだように、ポランニーもまた、金本位制が社会を犠牲にして維持される過酷な制度であることを『大転換』において詳細に論証した。

ブレトンウッズ体制——覇権の制度化

第二次世界大戦後に成立したブレトンウッズ体制(1944年)は、金本位制の修正版であった。各国通貨はドルに固定され、ドルは金に固定された。事実上、金本位制における金の役割をドルが引き継いだのである。

これにより、アメリカは19世紀のイギリスが金を通じて行使していた通貨覇権を、ドルを通じて行使するようになった。しかもブレトンウッズ体制では、金本位制と異なり、覇権国(アメリカ)は自国通貨を発行する特権を持っていた。金は人工的に「生産」できないが、ドルは連邦準備制度(FRB)が無限に発行できる。覇権国の特権はさらに強大になった。

変動相場制——通貨主権喪失の完成

1971年、ニクソン・ショックによってドルと金の兌換が停止され、1973年に変動相場制に移行した。表面上、これは各国が為替レートの「自由化」によって通貨主権を回復したかのように見える。

しかし実態は逆である。変動相場制の下で、各国通貨の価値は国際金融市場の投機的取引によって決定される。一日の外国為替取引高は約7兆ドルに達するが、そのうち実際の貿易決済に関連するのはわずか数パーセントにすぎない。残りは投機的取引であり、ヘッジファンドや投資銀行の利益計算に従って各国通貨の価値が変動する。

ポランニーが金本位制について論じた構造は、変動相場制においてさらに純粋な形で再現されている。通貨が完全に「商品」として自由に取引されるようになったのである。金本位制の下では、少なくとも金の物理的制約が通貨供給の上限を設定していた。変動相場制の下では、そのような制約さえ存在しない。貨幣の擬制商品化は、歴史上最も徹底した形で実現された。

ドル覇権のポランニー的分析

ポランニーの枠組みで現代のドル覇権を分析すれば、以下の構造が明らかになる。

ドルは擬制商品の極致である。ドルは商品として「生産」されたものではなく、アメリカの国家信用に基づいて創出されたものであるが、世界中で「商品」として自由に取引されている。しかもドルは単なる一国の通貨ではなく、国際取引の基軸通貨であるため、すべての国がドルを「購入」しなければならない。

ドル覇権は通貨の脱埋め込みの帰結である。各国の通貨がそれぞれの共同体に「埋め込まれて」いた状態——すなわち各国の中央銀行が自国経済の必要に応じて通貨政策を実施できる状態——が、ドル覇権によって「脱埋め込み」された。各国の通貨政策はFRBの金利政策に従属し、各国経済はドルの流入・流出に翻弄される。

日本は通貨の擬制商品化の典型的な犠牲者である。1985年のプラザ合意による急激な円高は、アメリカが同盟国の通貨主権さえ蹂躙する事例であった。日本は自国の経済的必要からではなく、アメリカの貿易赤字を解消するために、通貨の価値を劇的に変更させられた。その結果、バブル経済とその崩壊、そして30年に及ぶ経済停滞がもたらされた。ポランニーが金本位制の犠牲者について論じたことが、プラザ合意以降の日本について、そのまま当てはまる。

通貨主権の回復——すなわち貨幣の再埋め込み——は、日本の経済的自立の前提条件である。ドル覇権からの離脱なくして、日本経済の再建はあり得ない。

ポランニーと他の思想家との関係

ポランニーとマルクスの分岐——搾取か商品化か

ポランニーの思想はカール・マルクスの資本主義批判と表面上の類似性を持つが、両者の間には決定的な分岐が存在する。この分岐を理解することは、ポランニーの独自性を把握するうえで不可欠である。

マルクスの批判の焦点は「搾取」にあった。マルクスは、資本主義の問題を市場の内部に位置づけた。資本家が労働者の生み出す剰余価値を搾取すること——これが資本主義の根本的矛盾である。したがってマルクスの解答は、生産手段の社会化による搾取関係の廃絶であった。

ポランニーの批判の焦点は「商品化」にあった。ポランニーは、資本主義の問題を市場の存在そのもの——より正確には、市場が社会から自律化すること——に位置づけた。問題は資本家が労働者を搾取することではなく、そもそも労働(人間)が「商品」として市場に投入されること自体にある。したがってポランニーの解答は、生産手段の社会化ではなく、市場の社会への再埋め込みであった。

この分岐は政策的含意において決定的な差異を生む。マルクスの論理に従えば、解答は資本主義の廃絶——すなわち革命——である。ポランニーの論理に従えば、解答は市場の制度的統制——すなわち改革——である。マルクスは市場を廃絶しようとし、ポランニーは市場を共同体に埋め込み直そうとした。

さらに重要な差異がある。マルクスは共同体を分析の対象としなかった。マルクスにとって、前資本主義的な共同体は歴史の進歩によって解体されるべき「遅れた」形態であり、プロレタリアートという普遍的な階級が共同体に代わる連帯の基盤であった。これに対し、ポランニーは共同体の存続こそを最上位の価値とした。ポランニーにとって、経済が共同体に埋め込まれた状態こそが人間にとって正常な状態であり、共同体の解体は(それが資本主義によるものであれ共産主義によるものであれ)人間存在の破壊にほかならない。

ポランニー自身の政治的立場は社会民主主義に近く、ハンガリーの急進知識人サークルに属し、ウィーンの社会民主主義運動とも関わりを持った。その意味でポランニーは広義の左翼に位置する。しかし、マルクス主義が「階級」を「民族」に優先させ、共同体を歴史の進歩によって解消されるべき残滓とみなしたのに対し、ポランニーは共同体の存続そのものを最上位の価値とした。この点で、ポランニーの思想はマルクス主義とは決定的に異なり、保守ぺディアの立場——民族共同体の存続を最上位の価値とする——と深く共鳴する。

フリードリヒ・リストと保護主義の知的系譜

フリードリヒ・リスト(1789年 - 1846年)は、ドイツの経済学者であり、保護主義の理論的基礎を築いた人物である。リストの『経済学の国民的体系』(1841年)は、アダム・スミス以来の自由貿易論に対する体系的な反論であり、ポランニーの思想と深い知的系譜で結ばれている。

リストは、自由貿易が覇権国に有利なルールであることを明確に論じた。イギリスが自由貿易を唱えるのは、イギリスが世界最強の工業国だからであり、工業化の途上にある国がイギリスと自由に競争すれば、工業は育たず、永久に原材料供給国にとどまる。したがって、後発工業国は自国産業を保護関税で育成し、十分な競争力を獲得した後に初めて自由貿易に参加すべきである——これがリストの「幼稚産業保護論」である。

ポランニーはリストを直接引用してはいないが、両者の問題意識は重なる。ポランニーが「自己調整的市場は人為的に作り出された制度である」と論じたように、リストは「自由貿易は覇権国が人為的に推進した政策である」と論じた。ポランニーが「市場が社会を規定するのではなく、社会が市場を規定すべきである」と論じたように、リストは「経済は国民の生産力を育成する手段であるべきであり、国民が経済に奉仕するのではない」と論じた。

リストの思想は、明治日本の産業政策の知的基盤を提供した。大久保利通の殖産興業政策は、リスト的な幼稚産業保護の実践であった。そして戦後の日本経済の成功——通商産業省(現・経済産業省)主導の産業政策——もまた、リスト的な保護主義の伝統の上に成立していた。

アメリカが日本に対して行った構造改革要求——市場開放、規制緩和、自由化——は、リストが19世紀に批判したイギリスの自由貿易圧力と構造的に全く同一である。覇権国は常に「自由貿易」を唱え、被覇権国の産業を破壊する。ポランニーとリストの思想を合わせて読めば、「自由貿易」とは覇権国による経済的帝国主義の別名であることが明白になる。

カール・シュミットとの共鳴

カール・シュミットが政治の本質を「友と敵の区別」に見出したように、ポランニーは経済の本質を「共同体の内と外の区別」に見出した。シュミットにおいて、友と敵を区別できない国家は政治的主体性を喪失しているように、ポランニーにおいて、内部と外部で交易条件の差を設けることができない国家は経済的主体性を喪失している。

新自由主義は、シュミットの意味での政治的中性化とポランニーの意味での経済的脱埋め込みを同時に推進する。国境を無意味にし、すべての人間を「消費者」として均質化し、すべての財を「商品」として均質化する。その結果、民族共同体は政治的にも経済的にも自己決定能力を喪失する。

アレクサンドル・ドゥーギンとの接点

アレクサンドル・ドゥーギン第四の理論は、ポランニーの実体主義と深い親和性を持つ。ドゥーギンは、自由主義(第一の理論)、共産主義(第二の理論)、ファシズム(第三の理論)のいずれもが近代的な普遍主義に基づいており、各文明の固有性を抑圧すると論じた。ポランニーの「形式主義」批判——市場的合理性を普遍的人間性として押し付けることへの批判——は、ドゥーギンの自由主義批判と構造的に一致する。

ポランニーが実体主義の立場から各社会の経済制度の多様性を擁護したように、ドゥーギンは多極世界における各文明の固有性を擁護する。いずれも、アメリカ型の普遍主義が各共同体の独自性を破壊することへの根底的な批判を展開している。

フェルディナント・テンニースとの連続性

フェルディナント・テンニースゲマインシャフト(共同体)とゲゼルシャフト(利益社会)を区別したように、ポランニーは「埋め込まれた経済」と「脱埋め込みされた経済」を区別した。テンニースのゲマインシャフトとポランニーの「埋め込まれた経済」は、社会の有機的結合——血縁・地縁・精神的紐帯に基づく人間関係——において経済が営まれる状態を指す。テンニースのゲゼルシャフトとポランニーの「脱埋め込みされた経済」は、契約と利害計算のみに基づく機械的な関係が支配する状態を指す。

新自由主義の本質は、テンニースの用語で言えばゲマインシャフトをゲゼルシャフトに置き換えることであり、ポランニーの用語で言えば経済を社会から脱埋め込みすることである。いずれの概念を用いても、結論は同じである——共同体の解体こそが新自由主義の目的であり帰結である

ハンス・モーゲンソーとリアリズム

ハンス・モーゲンソーに代表される国際政治学のリアリズムは、国際関係を権力政治として捉える。ポランニーの分析は、このリアリズムの枠組みと完全に整合する。

ポランニーが明らかにした通り、「自由貿易」や「市場の自由」は中立的な原則ではなく、特定の国家——覇権国——の利益に奉仕する制度的装置である。19世紀のイギリスが自由貿易の旗手であったのは、イギリスが世界最強の工業国であったからであり、自由貿易はイギリスの覇権を維持するための制度であった。同様に、現代のアメリカが「自由で開かれた国際秩序」を推進するのは、それがアメリカの覇権を維持するための制度だからである。

モーゲンソーのリアリズムが国際政治の権力構造を暴くように、ポランニーの経済人類学は国際経済の権力構造を暴く。「自由市場」という美名の下で遂行される覇権国による経済的支配——これを見抜くことが、民族共同体の自己防衛の第一歩である。

民族神話と土地——ポランニーの思想の射程

ポランニーの擬制商品論を徹底すれば、民族神話と土地の不可分性という命題に到達する。

すべての民族は、自らの土地との関係を神話的に表現する伝統を持つ。日本における国生み神話は、日本列島そのものがイザナギイザナミの子であるとする。すなわち、土地は民族の身体の一部であり、売買の対象ではあり得ない。ユダヤ教における「約束の地」、先住民族における「母なる大地」、中国における「中華」の観念——いずれも、土地が単なる不動産ではなく、民族の存在と不可分であることを表現している。

民族神話を忘れた人は、先祖から受け継いだ命の土地を簡単に異邦人に売るようになる。新自由主義が推進する「脱神話化」「脱伝統化」「脱歴史化」は、土地を純粋な「商品」に変えるための精神的条件の整備にほかならない。民族の精神的紐帯が破壊されて初めて、土地の自由化は抵抗なく受け入れられる。

ポランニーの思想は、経済と文化、市場と神話、商品と聖なるものの関係を根源的に問い直す。経済が共同体に「埋め込まれた」状態とは、土地が神話に「埋め込まれた」状態であり、労働が共同体の互酬関係に「埋め込まれた」状態であり、貨幣が国家の主権的統制に「埋め込まれた」状態である。新自由主義がこのすべてを「脱埋め込み」しようとするとき、民族は自らの存在基盤のすべてを失う。

結論

カール・ポランニーの思想は、新自由主義とグローバリズムが民族共同体を破壊する現代において、最も切実な理論的武器を提供する。ポランニーが論じた擬制商品——土地・労働・貨幣——の商品化の禁止は、民族共同体の自己防衛のための根源的な原則である。

土地は文明であり、労働は人間であり、貨幣は共同体の信用である。これらを「商品」として自由に取引することは、文明を売り、人間を売り、共同体の信用を売ることにほかならない。共同体を維持するために、内部と外部で交易条件に差を設けること——これがポランニーの思想から導かれる最も重要な政策原則であり、反米保守の経済的基盤である。

アメリカが推進する新自由主義は、ポランニーが警告した「脱埋め込み」の意図的な遂行であり、各国の民族共同体を市場の論理に従属させる帝国主義の経済的手段にほかならない。この構造を見抜き、共同体の自己防衛のための制度を構築すること——産業政策の復活、土地外資規制の強化、スマートシュリンクの実施、米軍撤退の実現——が、日本民族の生存のために不可欠である。

ポランニーの言葉を借りれば、我々の課題は、経済を再び社会に「埋め込む」こと——すなわち、市場を共同体の統制の下に置き、民族の存続と繁栄を最上位の目的として経済制度を再設計することにほかならない。

参考文献

関連項目