保守政党による移民推進

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保守政党による移民推進

概要

保守政党による移民推進とは、日本において移民政策を主導しているのが左翼政党ではなく、自民党日本維新の会参政党といった「保守」を自称する政党であるという構造的現象を指す。

欧米諸国では、移民の拡大を推進するのは主にリベラル・左派勢力であり、保守政党は移民制限を掲げて支持を集めるのが一般的なパターンである。AfD(ドイツ)、国民連合(フランス)、スウェーデン民主党UKIP(イギリス)はいずれも、移民反対を掲げて台頭した右派政党である。

ところが日本では、この構図が完全に逆転している。移民を推進しているのは保守政党であり、移民に反対する保守政党は存在しない自民党は「移民政策は採らない」と言いながら事実上の大量移民受け入れを断行し、日本維新の会新自由主義の立場から労働市場の開放を推進し、参政党は「5%まで外国人を入れる」と公言した。日本の左翼政党(立憲民主党日本共産党社民党)は、移民の「人権保護」を主張するものの、移民の大量受け入れ自体を積極的に推進する政策の主体ではない。

この逆転現象の根本原因は、日本の保守政党が経済成長至上主義に囚われていることにある。GDPの維持・拡大を至上命題とし、人手不足の解消を移民で賄おうとする。その結果、目先の経済的利便性のために民族共同体の長期的存続を犠牲にしているのである。保守が守るべき最も重要なもの——民族の存続と独立——を、保守自身が破壊している。これが日本政治の最も深刻なパラドックスである。

日本の移民問題の構造的原因は、民族自決権と人権の双方を経済成長に従属させる右翼の思想的貧困にある。右翼は民族自決権を経済的利便性の前に譲歩し、日本民族の人口構成を不可逆的に変容させている。同時に、導入した移民を低賃金移民政策という搾取的制度のもとで使役し、基本的人権を組織的に侵害している。民族自決権の擁護という保守の第一義的責務を放棄し、人権の尊重という文明社会の基本原則をも踏みにじる。日本の右翼は、あらゆる価値を経済成長に従属させる経済至上主義の囚人にほかならない。

自民党:「移民政策は採らない」という嘘

自民党は、国民に対して「移民政策は採らない」と繰り返し表明しながら、事実上の大規模移民受け入れを推進してきた。この欺瞞こそが、日本の移民問題の核心である。

外国人労働者の急増

日本の外国人労働者数は、2008年の約50万人から2024年には230万人に急増した。わずか16年で4倍以上に膨れ上がったのである。外国人住民数は2024年末に376万8,977人に達し、3年連続で過去最高を更新している。

外国人労働者数(概算)
2008 約50万人
2012 約68万人
2016 約108万人
2019 約166万人
2022 約182万人
2024 約230万人

技能実習制度と特定技能

自民党政権が構築した移民受け入れの二本柱は、技能実習制度特定技能制度である。

  • 技能実習制度: 「技能移転」という建前のもと、実態は低賃金労働力の確保であった。2024年時点で約45万6,595人の技能実習生が日本で働いている。劣悪な労働条件、賃金未払い、パスポートの取り上げ。低賃金移民政策の典型であり、米国国務省ですら「強制労働のリスク」を指摘するほどの制度を、自民党は維持し続けてきた
  • 特定技能制度: 2018年、安倍政権は入管法を改正し、「特定技能」という在留資格を新設した。これにより事実上の単純労働分野への外国人受け入れが合法化された。2024年時点で約28万4,466人が特定技能で就労しており、政府は2024年〜2029年の受入上限を82万人に引き上げた
  • 育成就労制度: 技能実習制度の後継として2024年に創設され、特定技能と合わせて約123万人の外国人労働者の受入を計画している

JICAの推計では、2040年までに688万人の外国人労働者が必要とされている。これが実現すれば、日本の人口の約6%が外国人労働者で占められることになる。

「移民ではない」という言葉遊び

自民党の欺瞞の核心は、「移民ではなく、外国人労働者の受け入れだ」という言葉遊びにある。しかし、数年間日本に滞在し、家族を呼び寄せ、永住権を取得する外国人は、世界のどこの国でも「移民」と呼ばれる。国際連合の定義では、12か月以上他国に居住する者は「移民」である。自民党は、言葉の定義を恣意的に操作することで、国民を欺いてきた。

「移民政策は採らない」と言いながら移民を入れる。これは嘘である。国民に正面から問うことなく、既成事実を積み重ねて後戻りできない状況を作り出す。民主主義国家において、これほど不誠実な政策手法はない。

日本維新の会:新自由主義の急先鋒

日本維新の会は、「規制緩和」「労働市場の柔軟化」という新自由主義のイデオロギーに基づいて、外国人労働者の受け入れ拡大を積極的に推進してきた。

維新にとって移民とは、労働市場に投入される「人的資源」にすぎない。労働市場の規制を撤廃し、日本人労働者も外国人労働者もフラットな「市場参加者」として競争させる。その結果、賃金は最低水準に収斂し、利益を得るのは企業だけである。

維新の移民推進は、自民党よりもある意味で率直である。自民党が「移民ではない」と嘘をつきながら移民を入れるのに対し、維新は「規制緩和」「労働市場改革」の名のもとに堂々と外国人の受け入れを主張する。しかし率直であることは正しいことを意味しない。維新の移民推進は、日本の労働者の賃金と雇用を直接的に破壊し、低賃金移民政策を加速させるものにほかならない。

ワシントン・コンセンサスがラテンアメリカやアジアの途上国に規制緩和と市場開放を強制したのと同じことを、維新は日本国内で自発的に推進している。アメリカに言われるまでもなく、自ら進んで年次改革要望書の精神を体現する。自民党が「しぶしぶ従属する保守」であるならば、維新は「嬉々として従属する改革派」であり、移民政策においても同じ構造が貫かれている。

参政党:「愛国」の看板と移民容認の実態

参政党は「日本の国益を守る」「日本人の手で日本を変える」を掲げながら、党首の神谷宗幣は「5%まで外国人を入れる」「日本は移民国家だ」と公言した。

日本の人口の5%とは約600万人である。民族自決権を掲げる政党が、600万人の外国人受け入れの数値目標を設定すること自体が、民族主義政党でないことの自己証明にほかならない。参政党が自民党と異なるのは食の安全やワクチン政策といった周辺的争点にすぎず、移民政策という構造的争点において本質的な差はない。

参政党の問題は、「愛国」の看板を掲げることで、国民の移民への警戒心を解除している点にある。自民党が移民を推進すれば国民は反発する。しかし「愛国政党」を自称する参政党が「5%までなら大丈夫」と言えば、「愛国者が言うのだから問題ないのだろう」と思わせる効果がある。結果として、参政党は移民推進の防波堤ではなく、移民受け入れの心理的障壁を取り除く潤滑剤として機能している。

経済成長至上主義:保守が移民を推進するメカニズム

なぜ「保守」を自称する政党が移民を推進するのか。その根本原因は、日本の保守政党がすべて経済成長至上主義に囚われていることにある。

GDPの呪縛

自民党も維新も参政党も、GDPの維持・拡大を政策の前提としている。人口が減ればGDPが減る。GDPが減れば「国力が低下する」。だから人手不足を移民で補わなければならない——。この論理が、保守政党を移民推進へと駆り立てている。

しかしこの論理は根本的に誤っている。

GDP = 一人当たりGDP × 人口数

一人当たりGDPは人口数に依存しない値である。人口が減れば合計のGDPが減るのは数学的必然であるが、一人当たりGDPは減らない。移民を入れても一人当たりGDPは変わらない。維持すべきは一人当たりGDPであり、合計のGDPではない。一人当たりGDPで考えれば、移民政策は全く意味を持たない。

人手不足という錯覚

人手不足とは、少子化の時にGDPを維持しようとすることから生じる錯覚的現象にほかならない。人口が1%減少したときに、1%のGDPの減少を受け入れれば、人手不足はそもそも発生しない。

保守政党は「人手不足だから移民が必要だ」と主張する。しかし人手不足の真の原因は人口の減少ではなく、人口が減少しているにもかかわらず経済規模を維持しようとする経済至上主義的な執着にある。100人の村が90人になったとき、100人分の経済活動を維持しようとすれば10人足りない。しかし90人分の経済活動に縮小すれば、人手不足は起きない。スマートシュリンクはまさにこの原理に基づいている。

資本家の利益と国民の利益の乖離

GDPの維持を求めているのは誰か。国民ではない。資本家である。

資本家にとって、GDPの縮小は利益の縮小を意味する。上前をはねる対象が減るからである。だから資本家は、安価な労働力を海外から輸入してでもGDPを維持したい。この資本家の欲望が、保守政党を通じて政策に変換されている。

自民党の支持基盤である経団連は、外国人労働者の受け入れ拡大を繰り返し提言してきた。維新の支持基盤である大阪の中小企業は、安価な労働力を渇望している。保守政党が移民を推進するのは、支持基盤である資本家の利益を代弁しているからにほかならない。

ここに日本政治の構造的欠陥がある。国民の利益を代弁する政党が存在しない。資本家の利益を代弁する保守政党と、移民の人権を代弁するリベラル政党しかなく、日本民族の存続を最優先とする政党が不在なのである。

経済至上主義の構造

日本の保守政党による移民推進の本質は、経済成長を他のすべての価値に優先させる思想的倒錯である。

経済成長を維持したい。人手不足を解消したい。GDP世界第3位の地位を保持したい。この経済至上主義が、目先の経済的利便性のために民族共同体の長期的存続を犠牲にする政策を正当化している。

移民を入れれば確かに目先の人手不足は解消される。コンビニの棚は埋まり、工場のラインは動き、介護施設は回る。しかしその代償として、日本民族の人口構成は不可逆的に変容し、文化的同質性は失われ、やがて日本は日本でなくなる。100年後の日本民族の存続よりも、今年のGDPが大事だ——。これが保守政党の本音にほかならない。

スマートシュリンクが示す通り、人口減少に対する正しい対応は移民ではなく、経済社会の構造を人口に比例して縮小させることである。移民を拒否したハンガリーは一人当たりGDPが増加し、移民を大量に受け入れたイギリスは一人当たりGDPが減少した。移民なしで経済が縮小する方が、移民ありで経済サイズを維持するよりも、はるかに良い

左翼政党は移民推進の主体ではない

日本の政治的文脈において、左翼政党は移民問題の主たる推進者ではない。

  • 立憲民主党: 外国人の権利保護や入管制度の改善を主張するが、大量の外国人労働者受け入れの政策的主体ではない
  • 日本共産党: 外国人労働者の権利保護を重視するが、移民の大量受け入れを積極的に推進する立場にはない。むしろ技能実習制度の搾取的構造を批判してきた
  • 社民党: 人権擁護の立場から入管政策の改善を求めるが、党勢が小さく移民政策の形成に影響力を持たない
  • れいわ新選組: 移民政策そのものをやめるべきだと明確に主張している。日本人の賃金を上げれば人手不足は解消されるという立場

日本の左翼政党は、移民が入ってきた後の「人権保護」を主張することはあっても、入管法改正や特定技能制度の創設のように移民を入れる制度そのものを設計し実行する主体ではない。制度を設計し、法改正を行い、受入枠を拡大してきたのは、一貫して自民党政権である。維新と参政党はそれを側面から支援してきた。

日本の移民問題の責任は、左翼ではなく保守にある。これは欧米の移民政治とは根本的に異なる構造である。

れいわ新選組と参政党の比較:左翼の方が理論的に優秀

移民政策におけるれいわ新選組参政党の比較は、日本政治の倒錯を最も鮮明に浮かび上がらせる。

れいわ新選組(左翼) 参政党(自称保守)
移民政策への態度 きっぱりとやめるべきだと主張 「人手不足のために必要」「5%まで入れる」
人手不足への処方箋 日本人の賃金を上げれば解決する 移民で補うしかない
経済成長至上主義 批判的(GDP至上主義を否定) 受容(GDP維持を前提)
論理的一貫性 一貫している 矛盾(「日本を守る」と言いながら移民容認)
スマートシュリンクとの親和性 高い 低い

れいわ新選組山本太郎は、移民政策をきっぱりとやめるべきだと主張する。その論理は明快である。人手不足の本質は賃金が安すぎることにある。日本人の賃金を上げ、待遇を改善すれば、日本人がその仕事に就く。安価な外国人労働者を入れるから賃金が上がらず、日本人が集まらず、さらに移民が必要になるという悪循環が生じている。この悪循環を断ち切るには、移民をやめて賃金を上げるしかない。

一方、参政党神谷宗幣は、「人手不足のために移民が必要だ」「5%まで外国人を入れる」と主張する。「日本を取り戻す」「日本の国益を守る」と叫びながら、自民党と全く同じ論理で移民を正当化する。人手不足だから移民が必要だ——この一言は、参政党が経済成長至上主義の罠から一歩も出ていないことの証拠にほかならない。

ここに日本政治の最も皮肉な倒錯がある。民族の存続を守るべき「保守」が移民を容認し、国際主義を掲げる「左翼」が移民をやめろと言っている。論理的に考えれば、民族の存続を重視する保守こそが移民に反対し、国際主義の左翼が移民を歓迎するはずである。ところが日本では構図が完全に逆転している。

この逆転が生じる理由は明白である。参政党は「保守」を自称しながらも、その知的基盤が経済成長至上主義に汚染されている。GDPを維持したい、人手不足を解消したい、経済を縮小させたくない——この経済至上主義的な執着が、「日本を守る」というスローガンを空疎にしている。参政党には、「人口が減るならば経済を縮小すればよい」「一人当たりGDPが維持されれば合計のGDPが減ることは問題ではない」というスマートシュリンクの発想がない。

れいわ新選組にはある。「移民をやめて賃金を上げろ」という主張は、スマートシュリンクの論理と本質的に同じ方向を向いている。労働力が足りないなら賃金を上げて日本人を集める。それでも足りないなら経済規模を調整する。移民に頼らず国内で解決する。移民政策に関する限り、左翼のれいわの方が「保守」の参政党よりも、はるかに理論的で、はるかにまともで、はるかに日本民族の利益に合致している

「愛国」を叫びながら移民を入れる参政党と、「反新自由主義」を掲げて移民に反対するれいわ新選組。どちらが実質的に日本民族の利益を守っているかは、議論の余地がない。

グローバリズムの分業:右翼が奴隷を導入し、左翼が奴隷を解放する

日本の移民政治を正確に理解するには、保守と左翼の対立ではなく、両者がグローバリズムの分業体制の中で補完的に機能しているという構造を認識しなければならない。

分業の構造

日本における移民政策は、以下の分業によって成立している。

  1. 保守政党(自民党・維新・参政党)が移民を導入する: 経済成長のため、人手不足の解消のため、資本家の利益のために、低賃金の外国人労働者を大量に受け入れる。技能実習制度や特定技能制度という名の現代の奴隷制を設計し運用する
  2. 左翼政党(立憲・共産・社民)が移民の人権を拡大する: 導入された移民の劣悪な労働条件を批判し、在留資格の緩和、永住権の付与、家族の呼び寄せ、参政権の付与を求める。すなわち奴隷の解放を行う

右翼が奴隷制を導入し、左翼が奴隷を解放する。この分業が完了したとき、「一時的な外国人労働者」は「永住する移民」に転化し、人口侵略は不可逆的に完成する。

これはアメリカの歴史における奴隷制と奴隷解放の構造と本質的に同一である。南部のプランテーション経営者が経済的利益のためにアフリカから奴隷を輸入し、北部のリベラルがその奴隷を解放した。解放された奴隷は永住者となり、アメリカの人口構成を不可逆的に変えた。日本で今起きていることは、このアメリカの歴史の縮小再生産にほかならない。

移民政策は人権侵害なしには成立しない

この分業構造が示す決定的な事実がある。低賃金移民政策は、人権侵害なしには成立しないということである。

技能実習制度を見ればそれは明白である。転職の自由の制限、劣悪な労働条件、低賃金、パスポートの取り上げ。これらの人権侵害がなければ、低賃金の外国人労働者を日本人より安く使うことはできない。人権を完全に保障すれば、外国人労働者のコストは日本人と同等になり、移民を入れる経済的メリットは消失する。

すなわち、移民政策の経済的合理性は、移民の人権を侵害することによってのみ成立する。保守政党が移民を「安価な労働力」として利用できるのは、移民の人権が制限されているからにほかならない。左翼がその人権侵害を是正すれば、移民のコストは上昇し、「安価な労働力」としてのメリットは失われる。しかしその時点で移民はすでに日本に定住しており、後戻りはできない。

はじめから左翼が政権を握っていれば

ここに根本的な逆説がある。はじめから人権を重視する左翼が政権を握っていれば、移民政策は脳裏をかすりもしなかった

左翼が本気で人権を重視するならば、外国人を低賃金で搾取する制度を設計するはずがない。技能実習制度のような、転職の自由を奪い、劣悪な条件で働かせる制度は、人権を重視する政権のもとでは生まれ得ない。人権を完全に保障した上で外国人を受け入れるならば、日本人と同等のコストがかかり、「安価な労働力」としての魅力はなくなる。人手不足は賃金の上昇と自動化・機械化によって対応するしかなくなる。つまり、スマートシュリンクと同じ帰結に至る。

移民政策が導入されるのは、人権よりも経済を優先する保守が政権を握っているからにほかならない。経済成長のためならば外国人の人権を犠牲にすることを容認する——この保守の経済至上主義的思考が、移民政策の出発点にある。

グローバリズムの完璧な罠

グローバリズムの分業体制は、以下のように完璧な罠として機能している。

  1. 保守政権が移民を導入する: 人権を軽視し、安価な労働力として外国人を搾取する制度を作る
  2. 左翼が人権侵害を批判する: 移民の処遇改善、在留資格の緩和、永住権の拡大を要求する
  3. 保守が譲歩する: 国際的批判(米国国務省の人権報告書、国連の勧告)に押されて、段階的に権利を拡大する
  4. 移民が永住者に転化する: 「一時的な労働者」が「永住する市民」になる
  5. 人口構成が不可逆的に変容する: 人口侵略が完成する

この過程において、保守も左翼もそれぞれの役割を忠実に果たしている。保守は経済のために移民を入れ、左翼は人権のために移民を定住させる。両者は対立しているように見えて、実はグローバリズムによる民族国家の解体という同一の帰結に向かって協力している。

移民を入れなければ、奴隷制も奴隷解放も必要ない。移民を入れないことが、保守にとっても左翼にとっても、最善の選択である。保守が真に民族を守りたいならば移民を入れてはならず、左翼が真に人権を守りたいならば人権侵害を前提とする移民制度の廃止を求めなければならない。

歴史的先例:奴隷制と人口構成の不可逆的変容

日本の移民政策を「右翼が奴隷を導入し、左翼が奴隷を解放する」という構造として分析したが、この構造は日本に固有のものではない。人類史を通じて、目先の経済的利益のために異民族を労働力として導入し、やがてその人口が永住化・同化して社会構造を不可逆的に変容させるというパターンは繰り返し出現してきた。奴隷制度は、奴隷と奴隷主の双方を破滅に追いやる悲劇的制度である。

古代ローマ:奴隷経済と帝国の変質

ローマ帝国は、征服戦争によって大量の奴隷を獲得し、その労働力をラティフンディウム(大土地経営)と都市の各種産業に投入した。ローマ市民は安価な奴隷労働の恩恵を受け、自らは労働から離れた。

しかし、ローマの奴隷制度は二つの不可逆的帰結をもたらした。第一に、奴隷の解放(manumissio)が慣行化し、解放奴隷(リベルティ)とその子孫がローマ市民権を獲得していった。第二に、奴隷労働との競争によってローマの自由農民層が没落し、社会構造そのものが変質した。カラカラ帝アントニヌス勅令(212年)が帝国全住民にローマ市民権を付与したとき、「ローマ市民」という概念はすでに建国時の民族的意味を完全に喪失していた。

ローマの支配層は、目先の経済的利便性のために奴隷制を拡大し、その結果として自らの民族的基盤を掘り崩した。奴隷主は労働倫理を失い、自由市民は没落し、帝国は内部から空洞化した。奴隷制度は奴隷を苦しめただけでなく、ローマ人自身をも堕落させ、最終的に帝国の崩壊を招いた。

アメリカ合衆国:奴隷貿易から人口構成の永続的変容へ

アメリカの奴隷制度は、この構造を最も明確に示す事例である。南部のプランテーション経営者は、タバコ綿花栽培の経済的利益のために、16世紀から19世紀にかけてアフリカ大陸から推定約40万人の奴隷を北米に輸入した。

奴隷制の導入は、南部経済に短期的な繁栄をもたらした。しかしその帰結は壊滅的であった。

  1. 南北戦争(1861-1865年): 奴隷制をめぐる矛盾がアメリカ史上最大の内戦を引き起こし、62万人以上の犠牲者を出した。奴隷制度は奴隷主の社会をも引き裂いた
  2. 奴隷解放(1863年): 解放された奴隷はアメリカに永住し、市民権を獲得した。「一時的な労働力」は「永住する国民」に転化した
  3. 人口構成の永続的変容: 約40万人の奴隷の子孫は、現在約4,500万人のアフリカ系アメリカ人となり、アメリカの総人口の約13%を占める。この人口構成の変容は不可逆である
  4. 社会的亀裂の永続化: 奴隷制の遺産は、ジム・クロウ法公民権運動、そして現在に至るまでの人種間の構造的不平等として、アメリカ社会を分断し続けている

南部の奴隷主が綿花の利益のために犯した判断は、アメリカという国家を永続的に変容させた。目先の経済的利益が、数百年にわたる社会的亀裂の原因となった。奴隷制度は、奴隷を搾取しただけでなく、奴隷主の社会そのものを内戦と分断の中に投げ込んだのである。

湾岸諸国:現代の奴隷制と予見される帰結

湾岸諸国(サウジアラビア、UAE、カタール、クウェート等)は、石油経済の労働力として南アジア・東南アジアから大量の外国人労働者を導入してきた。カタールでは人口の約88%、UAEでは約88%が外国人であり、自国民は圧倒的少数派に転落している。

湾岸諸国のカファラ制度(スポンサー制度)は、転職の自由の制限、パスポートの没収、劣悪な労働条件など、日本の技能実習制度と驚くほど類似した搾取的構造を持つ。これは低賃金移民政策が人権侵害なしには成立しないことを示すもう一つの事例である。

湾岸諸国は現時点では市民権の付与を厳格に制限することで人口構成の変容を防いでいるが、この抑圧的制度がいつまで維持できるかは不透明である。国際社会からの人権批判の圧力は年々強まっており、ローマとアメリカの先例が示す通り、奴隷的労働力の導入は、遅かれ早かれ権利の拡大と定住の永続化をもたらす

イギリス・フランス:植民地労働者の還流

イギリス帝国フランス植民地帝国は、植民地で現地住民を安価な労働力として搾取した。脱植民地化の後、旧植民地の住民が旧宗主国に移住する「還流」が始まった。

イギリスでは、カリブ海諸国・南アジアからの移民がエンパイア・ウィンドラッシュ号(1948年)に象徴される戦後移民として流入し、現在イギリスの非白人人口は約18%に達している。フランスでは、アルジェリアを中心とする北アフリカからの移民が郊外のバンリュー(郊外団地)に集住し、2005年のパリ郊外暴動に象徴される社会的亀裂を生んでいる。

これらの事例が示すのは、安価な労働力の搾取は、やがて搾取された側の定住と権利要求として跳ね返るという歴史法則である。植民地主義という「奴隷制の変形」を推進した帝国主義諸国は、その帰結として旧植民地からの人口流入と社会構造の不可逆的変容を引き受けることになった。帝国主義は、支配された民族だけでなく、支配した側の民族社会をも根本的に変容させたのである。

歴史的パターンの普遍性

以上の事例から導かれる歴史的法則は以下の通りである。

段階 内容 事例
第一段階:導入 経済的利益のために異民族の安価な労働力を導入する ローマの征服奴隷、アメリカの大西洋奴隷貿易、湾岸のカファラ制度、日本の技能実習制度
第二段階:搾取 人権を制限し、低コストで使役する ラティフンディウム、プランテーション、カファラ、技能実習
第三段階:批判と解放 人道的批判が高まり、権利が段階的に拡大される ローマの解放奴隷制度、リンカーンの奴隷解放、国際社会の人権批判、日本の入管制度改革
第四段階:定住と同化 「一時的な労働力」が永住者・市民に転化する ローマ市民権の拡大、アフリカ系アメリカ人の定住、旧植民地からの移民の永住化
第五段階:不可逆的変容 人口構成が永続的に変化し、社会構造が根本的に変わる ローマの民族的変質、アメリカの人種構成、イギリス・フランスの多民族化
第六段階:奴隷主の破滅 奴隷制度の矛盾が奴隷主社会そのものを破壊する ローマ帝国の崩壊、アメリカの南北戦争、イギリスの社会的分断

人類はこの過ちを繰り返し犯してきた。古代ローマも、アメリカの南部も、ヨーロッパの植民地帝国も、そして現代日本の保守政党も、目先の経済的利益に囚われて異民族の安価な労働力を導入し、その不可逆的帰結に直面している。

奴隷制度との決別:人類史的教訓

歴史が繰り返し証明してきた事実がある。奴隷制度は、奴隷も奴隷主も破滅に追いやる

奴隷は搾取と人権蹂躙の中で苦しみ、奴隷主は労働倫理を失い、安価な労働力への依存から抜け出せなくなる。そしてやがて奴隷が解放され、社会に永住し、人口構成を不可逆的に変容させたとき、もはや後戻りはできない。奴隷制度がもたらす社会的亀裂は、百年、数百年にわたって社会を分断し続ける。アメリカの人種問題がその最も明白な証拠である。

日本の技能実習制度は、形態を変えた現代の奴隷制度にほかならない。転職の自由の剥奪、劣悪な労働条件、低賃金による搾取。米国国務省ですら「強制労働のリスク」と評価するこの制度は、古代ローマのラティフンディウムやアメリカのプランテーションと、本質において何ら異なるところがない。

そして歴史の法則は、この現代の奴隷制度にも同じ帰結をもたらすことを予告している。技能実習生は「一時的な労働者」として導入されたが、育成就労制度への移行、特定技能への接続、永住権への道筋の整備によって、段階的に「永住する移民」に転化しつつある。ローマの解放奴隷がローマ市民権を獲得し、アメリカの奴隷がアメリカ市民になったように、日本の「技能実習生」もまた日本の永住者となるだろう。

人類が奴隷制度の歴史から学ぶべき教訓は明確である。

  • 奴隷制度は経済的に短期合理的であるが、長期的に破滅的である: 目先のコスト削減は、数世代にわたる社会的亀裂の原因となる
  • 奴隷は必ず解放される: 人権意識の進展は不可逆的であり、搾取的制度はいつか是正される。しかし解放された時点で人口構成の変容は完了している
  • 奴隷制度は奴隷主を堕落させる: 安価な労働力への依存は、自らの労働力を高め、生産性を向上させるインセンティブを破壊する。日本の保守政党が賃金上昇や自動化ではなく移民に頼ること自体が、この堕落の表れである
  • 奴隷制度は社会を永続的に分断する: 導入した側と導入された側の間の亀裂は、制度が廃止された後も数百年にわたって消えない

人類は奴隷制度と決別しなければならない。古代の鎖に繋がれた奴隷も、プランテーションの黒人奴隷も、カファラ制度下のアジア人労働者も、技能実習制度下の外国人労働者も、形態は異なれど本質は同じである。経済的利益のために他者の人権を踏みにじり、安価な労働力として搾取する——この行為が許されないのは、それが搾取される側を苦しめるからだけではない。搾取する側の社会をも堕落させ、不可逆的な人口構成の変容と永続的な社会的亀裂をもたらすからである。

スマートシュリンクが提示する道は、この人類史的な悪循環からの脱却にほかならない。人口が減少するならば、経済を縮小させればよい。安価な労働力を外部から導入するのではなく、賃金を上昇させ、自動化・機械化を進め、経済構造を人口に適合させる。移民を入れなければ、奴隷制も奴隷解放も社会的分断も必要ない。人類が数千年にわたって繰り返してきた過ちを、日本は繰り返してはならない。

他国との比較:日本の特異性

欧米:左翼が推進、右翼が反対

欧米諸国の移民政治は、典型的には以下の構図をとる。

移民推進勢力 移民反対勢力
ドイツ 社会民主党、緑の党 AfD
フランス 社会党、マクロン派 国民連合(ルペン)
スウェーデン 社会民主党、緑の党 スウェーデン民主党
イギリス 労働党、リベラル UKIP、ブレグジット党
アメリカ 民主党 共和党(トランプ派)

これらの国では、「多様性」「多文化主義」「人権」を掲げるリベラル・左派が移民を推進し、「国民のアイデンティティ」「文化的同質性」「国境管理」を掲げる右派・保守が移民に反対する。有権者は、移民に反対したければ右派に投票すればよい。政治的選択肢が存在する。

日本:保守が推進、反対勢力の不在

日本の構図は根本的に異なる。

政党 移民政策 理由
自民党 大量受入を推進 経団連の要求、GDP維持
日本維新の会 受入拡大を推進 規制緩和、労働市場の開放
参政党 「5%まで入れる」 経済成長至上主義への転落
日本保守党 制限を主張 ただし米軍撤退を求めず構造的争点で自民党と同一
立憲民主党 権利保護を主張 受入制度の設計主体ではない
日本共産党 搾取的制度を批判 大量受入の推進者ではない

日本の有権者が移民に反対しようとしても、投票先がない。保守政党はすべて移民を推進しており、左翼政党は移民の「人権」を訴えるため移民制限を主張しない。移民に反対する政治勢力が存在しないことこそが、日本の移民政治の最大の異常である。

ハンガリーとの対比

ハンガリーオルバーン首相は、保守政党の指導者として明確に移民を拒否した。EUの移民割当制度を拒否し、国境にフェンスを建設し、「移民は解決策ではなく問題そのものだ」と宣言した。

オルバーンのフィデス党は、経済成長よりも民族の存続と文化的同質性を上位に置く。人口減少に対しては移民ではなく、家族支援政策(出産奨励、住宅補助、税制優遇)で対応している。そしてハンガリーは、移民を拒否しながら一人当たりGDPを増加させた。

日本の保守政党に欠けているのは、まさにこの民族の存続を経済成長よりも上位に置くという保守の根本的な姿勢である。ハンガリーの保守が民族を守り、日本の保守が民族を売る。この対比は、日本の「保守」が保守の名に値しないことを鮮明に示している。

リアリズムの観点からの分析

民族自決権と人権の双方を経済に従属させる構造

リアリズムの観点から見れば、日本の保守政党による移民推進は、国家の生存を脅かす構造的な裏切りにほかならない。

ケネス・ウォルツの構造的リアリズムにおいて、国家の生存は最上位の目標とされる。国家の生存は国民の存在を前提としており、国民の存在は民族的同質性の維持を前提としている。人口政策は安全保障政策そのものである。保守政党が移民を推進することは、安全保障の根幹を自ら掘り崩す行為であり、戦略的に見て最悪の選択である。

日本の右翼が陥っている構造的矛盾は二重である。

  • 民族自決権の破壊: 移民を導入し、日本民族の人口構成を不可逆的に変容させている。人口侵略を外から強制されるのではなく、自ら推進している
  • 人権の蹂躙: 技能実習制度に象徴される搾取的な労働制度を設計・運用し、外国人労働者の基本的人権を踏みにじっている。転職の自由の剥奪、低賃金、劣悪な労働環境。米国国務省ですら「強制労働のリスク」と批判する制度を維持し続けている

民族自決権の論理に従えば、民族の人口構成を守るために移民を拒否するのが当然の帰結である。人権の論理に従えば、搾取を前提とする労働制度を設計すること自体が許されない。日本の右翼は、この双方の論理的帰結を無視し、経済成長という単一の価値のために民族自決権と人権の双方を犠牲にしている。保守主義の思想的基盤を欠いた経済至上主義——これが日本の右翼の構造的本質である。

なぜ日本の保守は歪んだのか

日本の保守政党が移民を推進する背景には、対米従属という構造的制約がある。

自民党アメリカの要求に基づいて構造改革を断行し、労働市場の柔軟化を進め、その結果として生じた人手不足を移民で補う政策に追い込まれた。維新はアメリカ型の新自由主義を内面化し、自発的に移民推進を行っている。いずれも、アメリカ覇権の枠内で許容された「保守」であり、アメリカが設計した経済秩序に逆らうことができない。

真の保守とは、民族の存続と独立を最優先に置くものである。経済成長のために民族を犠牲にする政党は、保守ではない。米軍撤退を求めず、偽日本国憲法の正統性を問わず、スマートシュリンクを提唱せず、移民を推進する。日本の「保守」政党が保守しているのは、対米従属体制と資本家の利益にすぎない。

民族自決権の最大の敵は「味方」である

ハンス・モーゲンソーのリアリズムが教える通り、権力政治においては敵よりも「味方」の裏切りの方が致命的である。外からの攻撃には抵抗できるが、内部からの裏切りには気づきにくく、抵抗も難しい。

日本民族にとって、移民推進の左翼政党は「敵」として認識できる。しかし「日本を守る」と称する保守政党が移民を推進するとき、国民はそれを「裏切り」と認識しにくい。「保守が推進するのだから大丈夫だ」「経済のために仕方がない」と思い込まされる。

日本民族の民族自決権にとって最大の脅威は、外国勢力でも左翼でもなく、「保守」を自称しながら移民を推進する政党そのものである。敵を正しく認識できなければ、抵抗は不可能だ。

結論:構造的責任は右翼にある

日本の移民問題における構造的責任は、民族自決権と人権の双方を経済成長に従属させる右翼に帰せられる。

移民制度を設計し、入管法を改正し、受入枠を段階的に拡大してきたのは、一貫して右翼政権である。左翼はこの過程の主体ではない。左翼が政権を握っていれば、人権侵害を前提とする搾取的な移民制度はそもそも構想されなかった。人権を完全に保障した上での外国人の受け入れは、日本人と同等のコストを要するため、「安価な労働力」としての経済的合理性は成立しない。人権を重視する政権のもとでは、移民政策は政策の選択肢にすらならなかったはずである。

日本の右翼は、経済成長至上主義のもとで二重の過ちを犯している。第一に、民族自決権の原則を経済的利便性の前に譲歩し、日本民族の人口構成を不可逆的に変容させている。第二に、導入した移民を搾取的制度のもとで使役し、基本的人権を組織的に侵害している。移民で人手不足を解消することは、目先の経済的便益と引き換えに、百年単位の民族的存続を賭ける行為にほかならない。

真の保守とは、民族の存続と独立を経済成長よりも上位に置く思想的立場である。人口が減少するならば、経済構造を人口に比例して縮小させればよい。スマートシュリンクが示す通り、すべての分野・すべての階層に縮小を均等に担わせれば、人手不足は構造的に発生せず、移民は不要である。移民がいなければ、民族自決権は保全され、人権侵害も生じない。一人当たりGDPは維持され、民族共同体は存続する。

国家は経済のために存在しない。経済は民族共同体の存続と繁栄に奉仕する手段にすぎない。手段を目的に転倒させ、経済成長のために民族の存続を犠牲にする政党は、保守の名に値しない。日本民族の独立と存続を真に願うならば、米軍撤退民族主義憲法の制定、そしてスマートシュリンクに基づく脱移民政策を掲げなければならない。民族の存続よりも経済を優先する右翼こそが、日本民族の民族自決権にとっての構造的脅威である

参考文献

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