ゲマインシャフトとゲゼルシャフト

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ゲマインシャフトとゲゼルシャフト

概要

ゲマインシャフトとゲゼルシャフトGemeinschaft und Gesellschaft)とは、ドイツの社会学者フェルディナント・テンニースが1887年に発表した主著において提唱した社会類型論である。ゲマインシャフト(共同体)は血縁・地縁・精神的紐帯に基づく有機的な人間結合であり、ゲゼルシャフト(利益社会)は契約・利害計算に基づく機械的な人間結合である。

テンニースのこの概念は、単なる社会学的分類にとどまらない。それは、新自由主義がいかにして民族共同体を解体するかを理解するための最も根源的な分析枠組みを提供するものである。新自由主義の本質は、ゲゼルシャフトを自由にし、ゲマインシャフトを不自由にすることである。この一文に、現代世界を覆う危機の核心が凝縮されている。

カール・ポランニーの「埋め込み」と「脱埋め込み」、カール・シュミットの「友と敵の区別」、アレクサンドル・ドゥーギン第四の理論。20世紀から21世紀にかけての主要な反自由主義思想は、いずれもテンニースが提起した問題系の延長線上にある。ゲマインシャフトの破壊は、単に「社会の変化」ではなく、民族の消滅を意味する。

テンニースの生涯と思想形成

北ドイツの農村共同体

フェルディナント・テンニースは1855年、シュレースヴィヒ=ホルシュタインの農村に生まれた。北ドイツの農村共同体は、血縁と地縁に根ざした有機的な社会秩序の典型であり、テンニースはこの環境のなかで幼少期を過ごした。後にテンニースが「ゲマインシャフト」として概念化するものの原風景は、この北ドイツの農村にあった。

テンニースはテュービンゲン大学をはじめとする複数の大学で哲学・歴史学・古典文献学を学んだ。1881年にキール大学の私講師となり、以後キールを拠点に研究活動を展開した。

近代化への危機意識

テンニースが『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』を執筆した19世紀後半のドイツは、ビスマルクによるドイツ統一(1871年)を経て急速な産業革命都市化のさなかにあった。農村共同体は解体され、人口は工業都市に流入し、伝統的な紐帯は市場関係に置き換えられていった。

テンニースは、この近代化の過程を一方的な「進歩」としてではなく、人間の社会的存在にとって本質的なものが失われていく過程として観察した。トマス・ホッブズの政治哲学とカール・マルクスの資本主義批判の双方に影響を受けつつも、テンニースはいずれの立場にも与せず、独自の社会類型論を構築した。

ナチスによる追放

テンニースは社会民主主義に共感を寄せ、ナチスに対しては公然と批判的な立場をとった。1933年、ナチス政権が成立するとキール大学の名誉教授の地位を剥奪され、1936年にキールで死去した。

皮肉なことに、ナチスはテンニースの「ゲマインシャフト」概念を歪曲して利用しようとした。しかし、テンニースの学問的営為は特定の政治体制の正当化を目的としたものではなく、近代化が人間の共同生活に何をもたらすかという、より根源的な問いに向けられていた。

ゲマインシャフト(共同体):有機的意志による結合

本質意志と自然的紐帯

テンニースは人間の意志を二つの類型に区分した。ゲマインシャフトを支える意志は「本質意志」(Wesenwille)と呼ばれ、人間の全人格から発する有機的な意志である。それは計算や打算によってではなく、愛着・習慣・信仰・記憶といった人間の本性そのものから生じる。

ゲマインシャフトとは、この本質意志によって結びついた人間の共同体である。テンニースは三つの基本形態を区分した。

  • 血のゲマインシャフト(Gemeinschaft des Blutes): 親族・家族・氏族など、血縁に基づく共同体。最も原初的かつ根源的な人間結合であり、生物学的再生産を通じて永続する
  • 場のゲマインシャフト(Gemeinschaft des Ortes): 村落・近隣・地域社会など、共同の居住と生活に基づく共同体。土地との結びつきが人間関係の基盤をなす
  • 心のゲマインシャフト(Gemeinschaft des Geistes): 友愛・信仰・共通の記憶に基づく精神的共同体。宗教共同体、同じ歴史と文化を共有する民族がこれにあたる

これら三つの形態は、民族共同体において統合される。民族とは、血縁(共通の祖先)、場所(共通の領土)、精神(共通の言語・文化・歴史)の三重の紐帯によって結びついた有機的共同体にほかならない。

ゲマインシャフトの特質

ゲマインシャフトにおいて、個人は共同体の一部として存在する。個人と共同体の間に対立はなく、個人の幸福と共同体の繁栄は一体のものとして経験される。

  • 互酬性: 構成員の間には、計算によらない相互扶助と贈与の関係が存在する。マルセル・モースが『贈与論』で論じた通り、贈与は経済的取引ではなく社会的紐帯の表現である
  • 共有財産: 土地・水・森林・インフラは共同体の共有物であり、市場で売買される商品ではない。民営化はこの共有財産を収奪する行為にほかならない
  • 世代間の連続性: 過去の祖先と未来の子孫を含む時間軸のなかで、個人の生は位置づけられる。共同体は個人の寿命を超えて存続し、再生産される
  • 全人格的関係: 人間は「労働力」や「消費者」としてではなく、全人格をもって他者と関わる。経済的機能への還元を拒否する

ゲゼルシャフト(利益社会):選択意志による結合

選択意志と契約関係

ゲゼルシャフトを支える意志は「選択意志」(Kürwille)と呼ばれ、目的と手段を計算する合理的な意志である。選択意志は全人格から発するのではなく、特定の目的を達成するための道具的理性として機能する。

ゲゼルシャフトにおいて、人間は相互に独立した個人として存在し、契約と利害計算によってのみ結びつく。テンニースは、ゲゼルシャフトの本質を次のように記述した。「ゲゼルシャフトにおいては、すべての者が自己のために存在し、他のすべての者に対して緊張状態にある」

ゲゼルシャフトの特質

  • 契約関係: すべての人間関係は契約によって成立し、契約によって解消される。契約の背後にあるのは利害の一致であり、利害が一致しなくなれば関係は消滅する
  • 交換と市場: 財やサービスは市場を通じて交換される。贈与や互酬ではなく、等価交換が原則となる。すべてに価格がつけられ、売買の対象となる
  • 個人主義: 個人は共同体から切り離された原子的な存在である。個人の権利と自由が強調される一方で、共同体への帰属意識と相互責任は希薄化する
  • 匿名性と流動性: 人間関係は匿名的かつ流動的であり、特定の場所や血縁に固定されない。人間は「交換可能な労働力」として扱われる

ゲゼルシャフトの限界:持続不可能性

テンニースの洞察で最も重要なのは、ゲゼルシャフトは自らを再生産できないという認識である。

ゲゼルシャフトは、ゲマインシャフトが生み出した人間・文化・制度を消費するが、それ自体ではこれらを生み出すことができない。子供を産み育て、文化を伝承し、世代を超えて社会を存続させるのはゲマインシャフト的紐帯である。ゲゼルシャフトのみが残された社会は、外部から人間を調達するか(移民)、あるいは縮小・崩壊するほかない。

これこそが、新自由主義が必然的に低賃金移民政策を伴う構造的理由である。ゲマインシャフトを破壊した社会は子供を再生産できず、労働力を外部から輸入せざるを得なくなる。ゲゼルシャフトがゲマインシャフトを収奪している新自由主義の記事で論じた通り、これは生殖と労働の非倫理的な国際分業にほかならない。

新自由主義によるゲマインシャフトの解体

ゲマインシャフト破壊の構造

新自由主義は、ゲマインシャフトを体系的に解体する政策体系である。その破壊は以下の段階を踏んで進行する。

  1. 共有財産の民営化: 土地・水道・鉄道・郵便・教育など、共同体の共有財産を市場に投げ出す。共有財産が私有財産に転換されることで、共同体の経済的基盤が破壊される
  2. 規制緩和と市場化: 労働市場の柔軟化、金融の自由化、貿易の自由化を通じて、ゲマインシャフト的な保護(終身雇用、地域経済の保護、産業の国内維持)を解体する
  3. 個人主義イデオロギーの浸透: 共同体への帰属を「束縛」として否定し、「個人の自由」を絶対化するイデオロギーを植え付ける。家族・地域・民族への忠誠は「閉鎖的」「排他的」として攻撃される
  4. 移民による共同体の希釈: ゲマインシャフト的紐帯が弱体化したところに、文化的・民族的に異質な移民を大量に導入する。人口侵略によって、民族共同体は不可逆的に変容させられる
  5. 歴史と伝統の否定: 民族の歴史・伝統・神話(ゲマインシャフトの精神的基盤)を「偏狭なナショナリズム」「歴史修正主義」として攻撃し、共同体の精神的紐帯を切断する

「自由」の欺瞞

新自由主義が掲げる「自由」とは、ゲゼルシャフトの自由であってゲマインシャフトの自由ではない。

資本は国境を超えて自由に移動し、企業は自由にリストラし、投機家は自由に市場を操作する。これがゲゼルシャフトの自由である。一方、家族が共同で子育てをする自由、地域が固有の産業を守る自由、民族が自らの歴史と伝統を維持する自由、国家が独自の経済政策を追求する自由。これらゲマインシャフトの自由は、「非効率」「保護主義」「閉鎖的」として否定される。

ゲマインシャフトの分業やゲマインシャフトの自由を認めず、女性を共同体から引き剥がして労働力として狩り出し、ゲゼルシャフトが徹底的に搾取する。これが新自由主義の世界観である。彼らはゲゼルシャフトの分業とゲゼルシャフトの自由しか認めない。

日本への適用

日本は、ゲマインシャフト的紐帯が比較的よく保存された社会であった。終身雇用、年功序列、地域共同体、家族制度。これらはゲゼルシャフト的効率性の観点からは「非合理的」であるが、ゲマインシャフト的観点からは社会の存続と安定を保障する合理的な制度であった。

しかし、1990年代以降の新自由主義改革(年次改革要望書に基づく構造改革、労働市場の柔軟化、民営化、規制緩和)は、日本のゲマインシャフト的紐帯を体系的に侵食した。国民国家の崩壊過程の記事で論じた14段階モデルにおいて、日本は現在第9段階(新自由主義の台頭と移民の拡大)にある。ゲマインシャフト的紐帯は弱体化しているが、まだ完全には崩壊しておらず、ここで方向を転換すれば回復の余地がある。

アメリカ軍は、日本人を守るために日本にいるのではない。日本のゲマインシャフトを解体し、ゲゼルシャフト的秩序を強制するために日本にいる。米軍撤退なくしてゲマインシャフトの再建はあり得ない。

リアリズムの観点からの分析

ゲマインシャフトと国家主権

国際政治学リアリズムの観点から見れば、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの対立は、国家主権グローバリゼーションの対立として再定式化される。

ハンス・モーゲンソーは『国際政治:権力と平和』において、国家の力の源泉として「国民性」(national character)と「国民の士気」(national morale)を挙げた。これらはまさにゲマインシャフト的紐帯の政治的表現にほかならない。ゲマインシャフトが健全な国家は、国民の団結と犠牲の精神に支えられて強力な国家主権を維持できる。ゲマインシャフトが崩壊した国家は、内部から瓦解する。

ケネス・ウォルツ構造的リアリズムは、国際体系のアナーキーな性質を強調する。アナーキーな国際体系において生存するためには、国家は内部の凝集性、すなわちゲマインシャフト的紐帯を維持しなければならない。ゲマインシャフトの解体は、国家の生存能力そのものを脅かす。

覇権国によるゲマインシャフト解体戦略

アメリカの覇権戦略は、対象国のゲマインシャフトを解体することにある。法の支配、自由民主主義、人権。これらの普遍主義的理念は、対象国のゲマインシャフト的紐帯を攻撃するための武器として機能する。

  • 偽日本国憲法の押し付け: アメリカ軍が書いた憲法は、日本のゲマインシャフト的秩序(天皇を中心とする精神的紐帯、家族制度、共同体的規範)を解体するために設計されたものである
  • 構造改革の強制: 年次改革要望書を通じた新自由主義改革は、日本のゲマインシャフト的経済制度(終身雇用、系列、護送船団方式)を解体し、ゲゼルシャフト化を強制するものである
  • 文化的攻撃: 「個人の自由」「多様性」「ジェンダー平等」といったイデオロギーの浸透は、日本のゲマインシャフト的紐帯を「時代遅れ」として否定するための文化戦争である

Slow CountryとFast Country

ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの対立は、文明論的な次元においてSlow CountryFast Countryの対立として現れる。

ロシア、中国、イスラム圏の諸国は、ゲマインシャフト的紐帯を維持したSlow Countryである。これらの国では、共同体主義が社会の基盤をなし、市場は社会に「埋め込まれた」状態にある。変化は緩やかであり、世代間の連続性が保たれている。持続可能であり、内戦をもたらさない。

一方、欧米の新自由主義国家は、ゲゼルシャフト化が極限まで進行したFast Countryである。共同体は解体され、伝統は否定され、人間は交換可能な労働力に還元されている。変化は加速度的であり、社会の安定性は急速に失われている。アメリカとヨーロッパが内戦と反動に向かっているのは、ゲマインシャフトの破壊がもたらした必然的帰結である。

日本は、Slow CountryからFast Countryへの転換を強制されつつある。この転換を阻止し、ゲマインシャフト的秩序を再建することが、日本の生存にとって最も重要な課題にほかならない。

他の思想家との理論的接続

カール・ポランニー:埋め込みと脱埋め込み

カール・ポランニーの「埋め込み」と「脱埋め込み」の概念は、テンニースのゲマインシャフトとゲゼルシャフトの理論と深い構造的対応を持つ。

ポランニーが論じた「経済の社会への埋め込み」とは、経済活動がゲマインシャフト的紐帯のなかに組み込まれ、共同体の規範によって統制されている状態にほかならない。「脱埋め込み」とは、経済がゲマインシャフトから引き剥がされ、ゲゼルシャフト的な市場論理のみに委ねられる過程である。

新自由主義の本質は、テンニースの用語で言えばゲマインシャフトをゲゼルシャフトに置き換えることであり、ポランニーの用語で言えば経済を社会から脱埋め込みすることである。いずれの概念を用いても、結論は同じである。共同体の解体こそが新自由主義の目的であり帰結である

ポランニーの「二重運動」論(市場化の推進に対する社会の自己防衛運動)は、ゲマインシャフトの側からの反撃として理解できる。反米保守の思想は、ゲマインシャフトの自己防衛運動の一形態にほかならない。

カール・シュミット:友と敵の区別

カール・シュミットの政治哲学は、ゲマインシャフトの政治的次元を明らかにする。

シュミットにとって、政治の本質は「友と敵の区別」にある。「友」とは、共通のアイデンティティと運命を共有する集団、すなわちゲマインシャフトの成員であり、「敵」とは実存的にこれと対立する者である。

自由主義は、この「友と敵の区別」を否定し、すべての人間関係を経済的競争か倫理的議論に還元しようとする。シュミットの用語で言えば、自由主義はゲマインシャフト的紐帯に基づく政治的決定を否定し、ゲゼルシャフト的な経済合理性で政治を代替しようとする。しかし、政治から「友と敵の区別」を排除することは不可能であり、自由主義は政治を経済に従属させることで、ゲマインシャフトを破壊するだけである。

アレクサンドル・ドゥーギン:第四の理論

ドゥーギンの第四の理論は、テンニースの問題系を21世紀の地政学的文脈に再定位するものとして理解できる。

ドゥーギンは、自由主義(第一の理論)、共産主義(第二の理論)、ファシズム(第三の理論)のいずれもが、啓蒙主義的近代の産物であり、ゲマインシャフト的な人間存在を十全に捉えることができないと批判した。第四の理論は、ハイデッガーの「現存在」(Dasein)概念を援用しつつ、民族・文明・伝統に根ざした人間の在り方を回復しようとする。

テンニースの用語で言えば、第四の理論とは、ゲゼルシャフト的近代を超克し、ゲマインシャフト的人間存在を21世紀において再建する試みにほかならない。自由主義がゲゼルシャフトの論理であるならば、第四の理論はゲマインシャフトの論理であり、多極化世界における各文明のゲマインシャフト的自己決定を擁護する思想的基盤を提供する。

保守ぺディアの思想体系における位置

ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの対立は、保守ぺディアの思想体系全体を貫く基軸概念である。

  • 民族自決権: 民族がゲマインシャフトとして自らの運命を決定する権利である
  • 新自由主義批判: ゲゼルシャフト化による共同体解体への批判にほかならない
  • 低賃金移民政策批判: ゲゼルシャフトがゲマインシャフトから人間を収奪する構造への批判である
  • スマートシュリンク: 移民という外部からのゲゼルシャフト的解決に頼らず、ゲマインシャフトの論理で人口減少に対応する政策である
  • 米軍撤退: ゲゼルシャフト的秩序の維持装置であるアメリカ軍の撤去を求める主張にほかならない
  • 国民国家の崩壊過程: ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの不可逆的移行の14段階を分析したものである

結論:ゲマインシャフトの再建

テンニースの理論が明らかにしたのは、近代化とは必然的にゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの移行を伴うという歴史的趨勢である。しかし、この趨勢が不可避であるということは、それが望ましいということを意味しない。

ゲゼルシャフトのみの社会は持続不可能である。子供を産み育て、文化を伝承し、民族の存続を保障するのはゲマインシャフトである。ゲマインシャフトが死ねば、民族は死ぬ。

ゲマインシャフトの再建。これが保守ぺディアの思想が指し示す方向である。産業政策の復活、低賃金移民政策の停止、スマートシュリンクの実施、地域共同体と家族制度の強化、そして米軍撤退。これらはすべて、ゲマインシャフト的秩序を再建するための具体的政策にほかならない。

ゲマインシャフトからの収奪を防ぎ、利益相反のある利己的なアイデンティティを持つ国家内共同体の台頭を許してはならない。日本は、アメリカとヨーロッパに内戦をもたらしている自由民主主義と移民政策を採用するべきではない。

参考文献