出生の義務

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出生の義務

概要

出生の義務とは、共同体の成員が次の世代を産み育てることを社会的・道徳的・宗教的な義務として負うという、人類社会に普遍的に見られる規範である。古代ローマから古代中国、ユダヤ教からイスラームに至るまで、文明と宗教を問わず、子供を産まないことは共同体に対する義務の不履行として社会的制裁の対象とされてきた。

贈与論の枠組みで分析すれば、出生の義務とは共同体から受け取った「生」という贈与に対する返礼の義務にほかならない。人間は自らの意思で生まれてくるのではない。共同体が生命を育み、養い、教育し、一人前の成員に育て上げる。この贈与に対して次の世代を共同体に返すこと、すなわち子供を産み育てることが返礼である。子供を産まないとは、共同体から贈与を受け取ったまま返礼しないこと、すなわちフリーライドにほかならない。

この普遍的な規範が近代以降、とりわけ20世紀後半から急速に崩壊しつつある。その背景には、新自由主義による共同体の解体と、反出生主義(アンチナタリズム)というイデオロギーの浸透がある。本稿では、出生の義務が人類史においてどのように機能してきたかを概観し、その崩壊の構造的原因を分析する。

古代世界における出生の義務

古代ローマ:独身者への法的制裁

出生の義務を法制度として最も明確に体系化したのは、古代ローマである。初代皇帝アウグストゥスは、紀元前18年に「ユリウス姦通罪法」(Lex Iulia de adulteriis)を、紀元9年に「パピア・ポッパエア法」(Lex Papia Poppaea)を制定し、結婚と出産を法的に義務づけた。

パピア・ポッパエア法の主要な規定は以下の通りである。

  • 独身者への制裁: 適齢期(男性25歳から60歳、女性20歳から50歳)に達した独身者は、遺産の相続を制限された。遺贈を完全に受け取るためには、結婚していなければならなかった
  • 子なし夫婦への制裁: 結婚していても子供のいない夫婦は、遺贈の半分しか受け取れなかった
  • 多子家庭への優遇: 三人以上の子供を持つ男性は公職就任において優遇された。自由身分の女性で三人以上、解放奴隷の女性で四人以上の子供を持つ者は、後見人なしに法律行為を行う権利(「子供の権利」、ius liberorum)を付与された

アウグストゥスがこの法律を制定した背景には、共和政末期の内戦による人口減少と、ローマ市民の出生率低下に対する危機感があった。リウィウスタキトゥスが記録した通り、ローマの上流階級においては、婚姻を忌避し、子供を持たない生活様式が拡大していた。アウグストゥスはこれを国家の存亡に関わる問題と認識し、法的制裁と経済的インセンティブの両面から出生を促進しようとした。

リアリズムの観点から見れば、アウグストゥスの人口政策は国力の維持という安全保障上の要請に基づくものであった。ローマの軍事力は市民兵に依拠しており、市民人口の減少はそのまま軍事力の低下を意味した。出生の義務は、個人の道徳の問題ではなく、共同体の生存の問題であったのである。

古代ギリシア:スパルタの独身者懲罰

スパルタ(ラケダイモン)は、出生の義務を最も過酷な形で制度化した都市国家であった。プルタルコスの『対比列伝』(リュクルゴス伝)によれば、スパルタでは以下の制裁が独身者に課された。

  • 冬季の裸体行進: 独身の男性は、冬の寒い時期に広場を裸で行進させられ、自分の不名誉を歌う歌を強制的に歌わされた
  • 祭典からの排除: 独身者は若者たちの裸体競技を観覧する祭典(ギュムノパイディア)から排除された
  • 社会的名誉の剥奪: 若者が老人に対して席を譲る慣習があったが、独身の老人に対しては若者が席を譲る義務がなかった。子供を産み育てていない者は、共同体への貢献がないとみなされ、敬意を受ける資格がなかったのである

アテナイにおいても、ソロンの立法において独身者に対する制裁が存在したとされる。ただし、アテナイにおける制裁はスパルタほど過酷なものではなく、主として社会的な非難にとどまった。

古代中国:儒教における「不孝」

古代中国において、出生の義務は儒教(こう)の概念に基づいて正当化された。孟子は「不孝に三あり、後なきを大となす」(不孝有三、無後為大)と述べた。すなわち、親に対する不孝のうち、子孫を残さないことが最も重大な不孝であるとされた。

この思想の根底にあるのは、個人の生命は祖先から受け継いだものであり、それを次世代に伝える義務があるという認識である。贈与論の枠組みで再解釈すれば、生命は祖先からの「贈与」であり、子孫を残すことはその「返礼」にほかならない。返礼しない者、すなわち子孫を残さない者は、祖先の贈与を踏みにじる「不孝」の最たるものとして非難された。

礼記は「身体髪膚、これを父母に受く、あえて毀傷せざるは、孝の始めなり」と述べる。自分の身体は親から受け取った贈与であり、それを傷つけないことが孝の出発点である。しかし、身体を保全するだけでは不十分であり、生命という贈与の連鎖を次世代に継承することこそが孝の完成である。

中国の伝統社会においては、結婚と出産は個人の「選択」ではなく、宗族(そうぞく、父系親族集団)に対する義務であった。結婚相手の選択は宗族の長老によって行われ、結婚式は個人間の契約ではなく、宗族間の贈与交換の儀礼として挙行された。レヴィ=ストロースが分析した「女性の交換」としての婚姻が、儒教文化圏において最も制度的に発達した形態である。

古代インド:ヒンドゥー教のダルマ

ヒンドゥー教の伝統において、出生の義務はダルマ(法、義務)の不可欠な構成要素であった。マヌ法典(マヌスムリティ)は、バラモンの男性が生涯において通過すべき四つの段階(アーシュラマ)を規定した。

第一段階の「学生期」(ブラフマチャリヤ)を終えた者は、第二段階の「家住期」(グリハスタ)に入り、結婚して家庭を持ち、子供を産み育てなければならない。家住期は四段階のうち最も重要な段階とされ、他の三段階(学生期・林棲期・遊行期)はいずれも家住期を経てこそ意味を持つとされた。

マヌ法典には「息子を持つことによって、男は世界を征服する。孫を持つことによって、不滅を獲得する」という記述がある。出生とは、個人の生の延長であると同時に、祖先の生を未来に接続する行為であり、宇宙的秩序(リタ)の維持に参与することを意味した。

さらに重要なのは、ヒンドゥー教における「祖先祭祀」(シュラーッダ)の伝統である。死後の祖先の安寧は、子孫が定期的に祭祀を行うことに依存する。子孫がいなければ祖先の祭祀は途絶え、祖先の霊は不安定な状態に置かれる。したがって、子供を残さないことは自分自身のみならず、祖先に対する義務の放棄でもあった。

宗教における出生の義務

ユダヤ教:「産めよ、増えよ」

ユダヤ教において、出生の義務は最も根源的な戒律の一つとして位置づけられている。創世記1章28節において、神は人間に対して「産めよ、増えよ、地に満ちよ」(ペル・ウレヴー)と命じた。タルムードはこれを613のミツヴォット(戒律)の最初のものと解釈し、結婚と出産を宗教的義務として確立した。

タルムード(ミシュナー・イェヴァモート6:6)によれば、男性が「産めよ、増えよ」の義務を果たすためには、少なくとも一男一女をもうけなければならない(ヒレル学派の見解)。シャンマイ学派は二人の男子を要求した。いずれにせよ、子供を持たないことは戒律違反であり、宗教的義務の不履行であった。

イスラーム:結婚はスンナである

イスラームにおいて、結婚は預言者ムハンマドのスンナ(慣行)として強く推奨される。ハディースにはムハンマドの言葉として「結婚は私のスンナの一部である。私のスンナに従わない者は、私の共同体に属さない」(イブン・マージャ伝)と記録されている。

イスラームにおいては、独身主義や禁欲主義は明確に否定される。キリスト教の修道制度とは異なり、イスラームは出家や独身生活を認めず、結婚と出産を信仰の実践の不可欠な要素と位置づけている。別のハディースでは「結婚せよ、子を増やせ。まことに、私は審判の日にあなたたちの数の多さを他の共同体に対して誇るであろう」(アブー・ダーウード伝)とされる。

儒教と神道:日本における出生の義務の思想的基盤

日本において、出生の義務の思想的基盤は儒教と神道の融合によって形成された。

儒教の孝の概念は、日本の家制度に深く浸透した。「家」の存続は最高の義務であり、跡継ぎを残さないことは「家」を断絶させる最大の不孝であった。跡継ぎが生まれない場合、養子を迎えてでも「家」の継承を図ったことは、出生の義務が個人の生物学的な問題ではなく、共同体の継承の問題であることを端的に示している。

神道においては、「産霊」(むすひ)の概念が出生の神聖性を表現する。産霊とは万物を生み出す神の力であり、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)と神産巣日神(かみむすひのかみ)は天地開闢の根源神である。生命を産み出すことは、宇宙の創造力に参与する神聖な行為であり、その義務を放棄することは神の意志に反する行為として理解された。

日本における出生の義務の歴史

村落共同体と結婚の義務

日本の村落共同体においては、結婚と出産は個人の「自由な選択」ではなく、共同体の存続に関わる義務であった。

農村共同体の経済は、水田の共同管理、用水路の維持、祭礼の共同挙行など、労働力の継続的な供給を前提としていた。次世代の労働力が確保されなければ、共同体は維持できない。したがって、結婚適齢期に達した男女が結婚し子供を産むことは、共同体の再生産に対する義務として暗黙のうちに要求された。

この義務を果たさない者、すなわち適齢期を過ぎても結婚しない者は、共同体の中で「異端」として扱われた。極端な場合には、村八分に類する社会的制裁が加えられた。贈与論の枠組みで言えば、これはフリーライダー排除のメカニズムにほかならない。共同体から生の贈与を受けながら、次世代という返礼を行わない者は、共同体の規範に違反する者として排除の対象となったのである。

近代日本の人口政策

明治維新以降、出生の義務は国家政策として明確に位置づけられた。明治政府は「富国強兵」の方針の下、人口増加を国力増強の基盤と位置づけた。

1941年、東條英機内閣は「人口政策確立要綱」を閣議決定し、「今後の二十年間に現在の人口を一億に増加するための方策」を示した。「産めよ殖やせよ」のスローガンに象徴されるこの政策は、人口を国家の戦略的資源と明確に位置づけるものであった。

リアリズムの観点から見れば、人口政策は安全保障政策の根幹である。軍事力の維持、経済力の維持、そして共同体そのものの存続は、すべて十分な人口の確保に依存する。出生の義務は、個人の道徳の問題ではなく、民族の存続の問題なのである。

近代国家と出生奨励政策

フランスのプロナタリズム

出生の義務を近代国家政策として最も体系的に推進してきたのはフランスである。フランスは19世紀後半からプロナタリズム(出生促進主義)を国策として採用し、一貫して出生率の向上を図ってきた。

1870年の普仏戦争でプロイセンに敗北したフランスは、フランスとドイツの人口差が軍事的敗北の一因であると認識した。以来、人口問題は安全保障の核心的課題と位置づけられ、出生奨励政策が継続的に推進された。1920年には避妊具の広告と販売が禁止され(1967年まで継続)、多子家庭に対する手当(アロカシオン・ファミリアル)が整備された。

フランスのプロナタリズムが注目に値するのは、それが左右を問わず超党派的な合意事項であったという点である。保守派は家族の価値の維持として、社会主義者は社会的連帯としてプロナタリズムを支持した。出生の義務は、イデオロギーを超えた共同体の生存戦略として認識されていたのである。

ソ連の「母親英雄」勲章

ソ連は1944年、第二次世界大戦の甚大な人的損失を受けて「母親英雄」(Мать-героиня)勲章を制定した。十人以上の子供を産み育てた女性に授与されるこの最高位の勲章は、出生を国家への奉仕として位置づけるものであった。七人以上で「母性栄光」勲章、五人以上で「母性メダル」が授与された。

共産主義イデオロギーは個人の自由を標榜しながらも、出生の義務については極めて保守的な立場をとった。なぜなら、国家の存続は人口の維持なくしてあり得ないからである。左右のイデオロギーを問わず、出生の義務が国家政策の核心であり続けたことは、この問題がイデオロギーの次元ではなく、共同体の存続という実存的次元に属することを示している。

反出生主義の台頭とその正体

反出生主義とは何か

反出生主義(アンチナタリズム)とは、人間の出生を道徳的に否定する思想であり、子供を産むことは倫理的に不正であると主張する立場である。その代表的な論者として、南アフリカの哲学者デイヴィッド・ベネター(David Benatar)が挙げられる。ベネターは著書『生まれてこないほうが良かった: 存在してしまうことの害悪』(Better Never to Have Been、2006年)において、「存在することは常に害悪であり、存在しないことは常に害悪ではない」という非対称性の議論を展開した。

反出生主義はまた、環境主義の文脈においても主張される。「人口増加が地球環境を破壊する」「子供を産むことは最大の炭素排出である」といった主張は、出生を環境問題として否定的に位置づけるものであり、2010年代以降、欧米のリベラル知識人の間で急速に浸透した。

反出生主義の思想的問題

反出生主義は、贈与論の枠組みから見れば、贈与と返礼の循環を根源から否定する思想にほかならない。

モースが明らかにした通り、贈与には三つの義務がある。与える義務、受け取る義務、返す義務である。人間は共同体から「生」という贈与を受けた。この贈与に対する返礼が、次の世代を共同体に返すこと、すなわち出生である。反出生主義は、この返礼そのものを「悪」として否定する。これは、贈与の連鎖を意図的に断絶させる行為であり、共同体の再生産を不可能にする。

さらに根本的な問題は、反出生主義が共同体の存在そのものを前提としない個人主義的な倫理学に基づいているという点である。ベネターの議論は、「個人が存在することの害悪」を論じるが、「共同体が存続することの意味」を一切問わない。個人の苦痛と快楽の収支計算のみが倫理の基準とされ、共同体の存続、民族の継承、世代を超えた贈与の連鎖は考慮の外に置かれる。

これは、カール・ポランニーが批判した「脱埋め込み」の極端な形態である。人間の存在を共同体から引き剥がし、原子的な個人として扱い、その個人の「コスト・ベネフィット分析」に基づいて出生の是非を判断する。反出生主義は、新自由主義的な個人主義の哲学的極致にほかならない。

反出生主義を推進する勢力

反出生主義が2010年代以降急速に浸透した背景には、アメリカを中心とするリベラル知識人のネットワークと、その思想を増幅するメディア・学術機関の存在がある。

第一に、環境主義を外装とした人口抑制論がある。アメリカの環境保護運動の一部は、1960年代のポール・エーリック人口爆弾』(1968年)以来、人口増加を環境破壊の主因とみなす立場をとってきた。この立場は、先進国の出生率低下を「地球にとって良いこと」として肯定し、出生を抑制すべきとの言説を拡散する。

しかし、この「環境のために子供を産むな」という主張は、先進国の民族共同体にのみ向けられるという決定的な非対称性がある。アフリカ、中東、南アジアの高出生率は批判の対象とされず、先進国(とりわけ日本、韓国、ヨーロッパ諸国)の出生率低下のみが「環境に良い」と肯定される。環境主義的反出生主義は、特定の民族の人口減少を促進する選択的なイデオロギーとして機能している。

第二に、個人主義・フェミニズムの一部の潮流が出生を「女性の自由」と対立するものとして位置づけてきた。「子供を産まない自由」が人権として主張され、出生の義務を共同体に対する負債として語ることはタブーとされる。この言説は、アメリカの大学・メディア・NGOのネットワークを通じて世界中に拡散された。

第三に、新自由主義の経済的利害がある。出生率の低下は「人手不足」を生み出し、「人手不足」は低賃金移民政策を正当化する口実となる。新自由主義にとって、移民は労働コストを削減する最も効率的な手段であり、移民を正当化するためには出生率の低下が「必要」である。反出生主義は、意図的であれ無意識的であれ、移民推進の思想的基盤として機能している。

この構造を総合すれば、以下の図式が浮かび上がる。新自由主義が共同体の贈与ネットワークを破壊することで出生率を低下させ、反出生主義がその低下を「個人の自由」「環境への配慮」として正当化し、低下した出生率が生む「人手不足」を口実に移民が導入される。共同体の構成員を減少させ、外部から代替人口を流入させる。この一連の過程は、人口侵略の構造にほかならない。

贈与論の視点:共同体への返礼としての出生

「生」は共同体からの贈与である

贈与論が明らかにした贈与の構造を人間の存在そのものに適用すれば、出生の義務の根拠が明確になる。

人間は自らの意思で生まれてくるのではない。共同体、すなわち親、家族、地域社会、民族が、生命を育み、養い、教育し、一人前の成員に育て上げる。学校教育、医療制度、治安維持、インフラ、文化、言語。これらのすべてが、先行世代が構築し維持してきた共同体の贈与にほかならない。

モースが分析したマオリ族のハウ(物に宿る贈与者の霊力)の概念を適用すれば、共同体から受け取った「生」には共同体のハウが宿っている。このハウは共同体に返されなければならない。子供を産み育てることは、共同体の生命力(ハウ)を共同体に還流させる行為にほかならない。

子供を産まないことはフリーライドである

共同体から「生」という贈与を受け取りながら、次の世代を共同体に返さないとすれば、それは贈与を受け取りながら返礼しないこと、すなわちフリーライドである。

集団淘汰の枠組みで言えば、成員が返礼(出生)を拒否する集団は、世代を経るごとに縮小し、最終的に消滅する。アリー効果と絶滅の渦が示す通り、個体数が一定の閾値を下回ると、繁殖効率が低下し、さらに個体数が減少するという不可逆的な悪循環に陥る。少子化とは、贈与の返礼が途絶えたことによる共同体の絶滅の渦にほかならない。

しかし、子供を産まない個人を一方的に非難することは正当ではない。なぜなら、返礼を不可能にしているのは市場社会の構造そのものだからである。モースの分析が示す通り、贈与と返礼は共同体(ゲマインシャフト)に「埋め込まれた」行為である。新自由主義がこの贈与的ネットワークを破壊した結果、子供を産み育てることは純粋に個人の「コスト」となった。贈与のネットワークが破壊された社会において、返礼(出生)のコストは個人に転嫁される。共同体が贈与として担っていた育児の負担が、市場交換として個人に請求されるのである。

出生の義務の回復に向けて

人類史を通じて、出生の義務はあらゆる文明、あらゆる宗教において普遍的に認識されてきた。この普遍性は偶然ではない。出生の義務は共同体の存続にとって不可欠な条件であり、これを否定する共同体は消滅するからである。自然淘汰が出生の義務を認識する共同体を選択してきたのだ。

現代において出生の義務が崩壊しつつあるのは、共同体そのものが新自由主義によって解体されたからにほかならない。出生の義務は共同体に「埋め込まれた」規範であり、共同体なき社会において出生の義務は機能しない。個人に対して「子供を産め」と要求するだけでは、返礼は実現しない。必要なのは、子育てが共同体の贈与として機能する環境、すなわちゲマインシャフトの再建である。

反出生主義は、この共同体の解体を思想的に正当化する役割を果たしている。出生を「個人の選択」「環境への負荷」として否定する言説は、共同体の再生産を不可能にし、その結果生じる人口減少を移民で補充するという新自由主義の政策体系に奉仕する。反出生主義は、民族共同体の解体を促進するイデオロギー的武器にほかならない。

スマートシュリンクは、移民という「外部からの人口補充」に頼らず、共同体の内部で贈与の循環を回復させようとする構想である。出生率の回復に必要なのは、金銭的な「少子化対策」ではなく、共同体の贈与ネットワークの再建である。結(ゆい)の相互扶助、大家族による育児の分担、終身雇用による経済的安定。これらの贈与的制度が再建されるとき、出生の義務は再び自然に機能するようになるであろう。

モースの贈与論、古代ローマの法制度、儒教の孝の思想、ユダヤ教の「産めよ増えよ」。文明を超えて共有されてきた出生の義務は、人類の集合的知恵の結晶である。この知恵を「時代遅れ」として廃棄することは、共同体の自殺にほかならない。

参考文献

関連項目