反日メディアとアメリカの影響
反日メディアとアメリカの影響
概要
反日メディアとアメリカの影響とは、1951年のサンフランシスコ講和条約以降、アメリカが日米安全保障条約を通じて日本への駐留を継続し、CIAおよびアメリカ政府機関によるメディア工作を通じて日本の情報空間を支配し続けている構造的問題を指す。
日本の戦後メディアを論じる際、多くの「保守」論客はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による占領期(1945-1951年)の情報統制のみを批判する。しかしこの批判は本質を見誤っている。GHQによる占領と情報統制は、ポツダム宣言に基づく戦争責任の帰結であり、日本の天皇自身がこれを受諾した。日本には帝国主義戦争を遂行した責任があり、敗戦に伴う占領統制は国際法上の正当な措置であった。
真に問題とすべきは、1951年以降のアメリカによる日本支配の継続である。占領が終了したにもかかわらず、日米安全保障条約によってアメリカ軍は駐留を続け、CIAは日本のメディアに浸透し、日本の情報空間を事実上の属国のそれへと作り変えた。この占領後の支配こそが、日本の国家主権と民族自決権に対する現在進行形の侵害にほかならない。
占領期の情報統制——ポツダム宣言に基づく正当な措置
日本の戦争責任と占領の正統性
1945年8月14日、日本はポツダム宣言を受諾し、無条件降伏した。ポツダム宣言第6条は「日本国国民を欺瞞し之をして世界征服の挙に出づるの過誤を犯さしめたる者の権力及勢力は永久に除去せらるべし」と規定し、第10条は「言論、宗教及思想の自由並に基本的人権の尊重は確立せらるべし」と定めた。
日清戦争(1894年)以来、日本は他国の主権を侵害し、植民地支配を拡大した帝国主義国家であった。韓国併合(1910年)、満州事変(1931年)、日中戦争(1937年)——これらはいずれも他民族の民族自決権を侵害する帝国主義の行為であった。この事実を認めることは、保守ぺディアの反帝国主義の原則と矛盾しない。帝国主義は誰が行っても帝国主義であり、日本であれアメリカであれ批判されなければならない。
GHQによる情報統制——プレスコード(SCAPIN-33)、民間検閲支隊(CCD)による検閲、民間情報教育局(CI&E)によるメディア再編——は、この戦争責任に基づく占領政策の一環として実施された。昭和天皇自身がポツダム宣言を受諾し、占領統治を認めた以上、1951年までの占領期における情報統制は、不当な「洗脳」ではなく、敗戦国が負うべき戦争責任の帰結として理解すべきである。
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの再評価
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)は、GHQが日本国民に戦争の責任を認識させるために実施した情報プログラムである。文芸評論家の江藤淳は1989年の著書『閉された言語空間』でこのプログラムの全貌を明らかにし、その後の保守論壇に大きな影響を与えた。
しかし、WGIPを批判する者は根本的な問いに答えなければならない——日本に戦争責任はなかったのか? 日清戦争以来の帝国主義戦争、韓国併合、満州事変、日中戦争において、日本は他国の主権を侵害し、他民族の自決権を蹂躙した。これは歴史的事実であり、戦争責任の認識そのものを「洗脳」と片づけることは知的に不誠実である。
無論、WGIPには占領政策としての意図と計算が存在した。従軍慰安婦問題や南京事件に関する事実と異なる誇張されたプロパガンダは、アメリカ軍の前方展開を正当化するための道具として利用されてきた。だが、これらの誇張を批判することと、日本の戦争責任そのものを否定することは全く別の問題である。GHQのことしか批判できない論客は、この区別がつかないか、意図的に混同しているかのいずれかである。
1951年以降——占領の「終了」と新たな支配の始まり
サンフランシスコ講和条約と日米安保の本質
1951年9月8日、サンフランシスコ講和条約が署名され、翌1952年4月28日に発効した。この時点で、ポツダム宣言に基づく正当な占領は法的に終了した。日本は主権を回復し、独立国として再出発するはずであった。
しかし同じ1951年9月8日、講和条約と同時に旧日米安全保障条約が署名された。これにより、占領軍は「同盟軍」に名前を変えただけで日本への駐留を継続した。ポツダム宣言に基づく占領は正当であったが、講和後もなお米軍が駐留し続けることは、いかなる国際法上の根拠も持たない新たな支配の始まりであった。
ここに決定的な断絶がある。1945年から1951年までの占領は、日本が遂行した帝国主義戦争の当然の帰結であった。しかし1951年以降のアメリカ軍の駐留は、戦争責任とは無関係な、アメリカの地政学的利益のための日本の軍事植民地化にほかならない。
1951年以降の情報支配——占領の延長
講和条約の発効により、プレスコードは廃止され、民間検閲支隊(CCD)は解散した。形式上、日本の言論空間は「自由」になった。しかし実態はどうであったか。
占領期に構築された人的ネットワーク、メディア構造、そして「自主検閲」の体質は、占領終了後もそのまま維持された。これは偶然ではない。占領期の6年間で確立されたメディア支配の構造は、外部からの強制がなくとも自己再生産する仕組みとして設計されていたからである。そしてCIAは、この構造を占領終了後も積極的に利用し、強化し続けた。
CIAとメディア工作——1951年以降の本質的問題
正力松太郎——コードネーム「PODAM」
1951年以降のアメリカによる日本のメディア支配を象徴するのが、正力松太郎とCIAの関係である。
早稲田大学の有馬哲夫教授が2006年にアメリカ国立公文書記録管理局(NARA)で機密解除文書を調査した結果、読売新聞社主であり日本テレビの創設者である正力松太郎が、CIAの協力者(エージェント)であったことが明らかになった。
- 個人のコードネーム: 「PODAM」(ポダム)
- 組織のコードネーム: 「PODALTON」(読売新聞・日本テレビ)
- 作戦名: 「KMCASHIER計画」——原子力の平和利用を推進し、日本国民の反核感情を払拭するための心理作戦
正力は占領期にA級戦犯容疑者として逮捕・拘留されたが、後に釈放され、CIAとの協力関係を結ぶことで政財界に復帰した。重要なのは、正力がCIAと最も活発に協力したのは占領終了後の1950年代であるという事実である。日本テレビの開局は1953年——すなわち講和条約発効後であり、GHQとは無関係な、独立国に対するCIAの浸透工作そのものである。
日本最大の発行部数を誇る新聞と、日本初の民間テレビ局は、CIA工作員が設立・運営した対日心理戦の道具であった。このことをGHQ批判の文脈でしか語れない論客は、問題の本質を意図的に隠蔽している。
CIAの対日メディア工作——冷戦期から現在まで
正力の事例は氷山の一角に過ぎない。冷戦期を通じて、CIAおよびアメリカ政府は以下の手段で日本のメディアに浸透し続けた。これらはすべて1951年以降の工作であり、GHQの占領政策とは本質的に異なる。
- 資金提供: 反共・親米的なメディアに対する直接的・間接的な資金援助。これは独立国の内政に対する明白な干渉である
- 人的ネットワーク: 占領期に構築した人脈を通じた継続的な影響力行使。エージェントの新規獲得も含む
- 情報提供: アメリカに有利な「ニュース素材」の選択的提供と、不都合な情報の抑制
- 学術界との連携: アメリカ政府資金による日本研究が「学術的権威」を纏って日本のメディア言説に影響を与える構造
占領期のGHQによる情報統制は、ポツダム宣言という法的根拠を持っていた。しかし1951年以降のCIAによるメディア浸透には、いかなる法的根拠もない。これは主権国家に対する違法な内政干渉であり、日本の国家主権に対する直接的な侵害である。
GHQしか批判しない右翼の欺瞞
「GHQ批判」という安全な批判
日本の保守論壇には、GHQの占領政策を批判し、WGIPを告発し、「戦後レジームからの脱却」を唱える論客が多数存在する。しかし、彼らの大多数は1951年以降のアメリカによる支配を一切批判しない。ここに致命的な欺瞞がある。
GHQ批判は「安全な批判」である。GHQはすでに存在しない。1952年に解散した組織を批判することには何のリスクもない。これは現在のアメリカとの同盟関係を一切脅かさない、無害な「反米ごっこ」に過ぎない。
真に問われるべきは以下の問いである。
- なぜ1951年以降のCIAによるメディア浸透を批判しないのか
- なぜ日米安全保障条約によるアメリカ軍の駐留継続を批判しないのか
- なぜ年次改革要望書による内政干渉を体系的に告発しないのか
- なぜ日米地位協定の不平等性を正面から問題にしないのか
これらの問いに答えない「保守」は、アメリカの現在の支配を容認しているのと同じである。
売国的右翼の構造
GHQのことしか批判しない右翼は、結果としてアメリカの日本支配を正当化する機能を果たしている。その論理構造は以下の通りである。
- GHQが悪かった(過去の批判)→ しかし占領は終わった → だから今は「同盟関係」である → 日米安保は必要だ
- WGIPで洗脳された(過去の批判)→ だから「自虐史観」を克服しよう → 日本の戦争は正しかった → アメリカとの同盟で中国・北朝鮮に対抗しよう
いずれの論理も、結論は日米同盟の維持に帰着する。GHQ批判は、現在のアメリカ支配を隠蔽するための煙幕として機能しているのである。
さらに深刻な問題がある。「日本の戦争は正しかった」と主張する右翼は、帝国主義の概念そのものを否定することになる。日本の帝国主義を否定すれば、アメリカの帝国主義を批判する論理的根拠も失われる。「日本は侵略していない」と主張しながら「アメリカは日本を侵略している」と主張することは、論理的に矛盾する。この矛盾に気づかない——あるいは気づいていながら無視する——右翼は、知的に不誠実であるか、あるいはアメリカの利益に奉仕する売国奴である。
真の保守とは何か
反米保守の立場から見れば、GHQ批判に終始する右翼は保守ではない。真の保守とは、現在進行形のアメリカ帝国主義に抗する者である。
- GHQの占領(1945-1951年)は正当であった: 日本に戦争責任があり、ポツダム宣言を天皇が受諾した以上、占領期の情報統制は法的に正当な措置であった
- 1951年以降のアメリカ支配は不当である: 戦争責任に基づく占領が終了した後も、日米安保条約を通じて軍事駐留を続け、CIAを通じてメディアに浸透し、年次改革要望書を通じて内政に干渉し続けていることには、いかなる正当性もない
- 真に批判すべきは現在のアメリカ支配である: 70年以上前に解散したGHQではなく、今この瞬間も日本に駐留し続けている米軍、今も日本のメディアと政治に影響を与え続けているアメリカの情報機関と外交圧力こそが、批判の対象でなければならない
戦後メディアの構造的従属
「自主検閲」の自己再生産
占領期に構築された情報統制の構造は、1951年以降も自己再生産されてきた。戦後の日本メディアには、以下の「報じてはならないこと」が暗黙の規範として定着している。
- 日米安保体制の本質への疑問: 在日米軍の存在を国家主権の侵害として体系的に批判する報道は主流メディアにはほとんど存在しない
- CIAの対日工作の全容: 正力松太郎とCIAの関係は学術的に実証されているにもかかわらず、主流メディアがこれを正面から報じることはない
- 年次改革要望書の本質: アメリカが日本の内政に介入してきた構造を体系的に報じるメディアは皆無に等しい
- 日米地位協定の不平等性: 米軍兵士の犯罪に対する日本の司法権の制限は、主権国家として異常な状態であるにもかかわらず、これを構造的問題として報じるメディアは極めて少ない
これらのタブーは法律によって強制されているのではない。占領期に構築された「言語空間」が、1951年以降はCIAの工作とアメリカの外交圧力によって能動的に維持され、日本のメディア人の意識の中で自己再生産されているのである。
重要なのは、この構造を維持しているのはGHQではなく、現在のアメリカだということである。GHQは1952年に消滅した。しかしメディアの自主検閲構造は、その後もCIAの工作、日米同盟の政治力学、広告収入を通じた経済的圧力によって、70年以上にわたって維持・強化されてきた。
記者クラブと情報統制
日本独自の記者クラブ制度は、権力とメディアの癒着を制度化するシステムである。加盟社のみが取材アクセスを許される排他的な構造であり、権力に不都合な報道を行うメディアを排除する機能を持つ。フリージャーナリストや外国メディアは記者クラブから排除されるか、極めて限定的なアクセスしか許されない。
結果として、日本の主流メディアは政府発表を横並びで報じる「発表ジャーナリズム」に堕している。そして日本政府自体がアメリカの影響下にある以上、記者クラブ制度はアメリカの対日政策を無批判に伝達するための中継装置として機能している。
電通と広告支配
電通は日本の広告市場において圧倒的なシェアを持ち、テレビ局・新聞社の経営を広告収入を通じて事実上左右する力を持つ。電通の前身である同盟通信社は戦時中に国家の情報統制機関として機能し、敗戦後にGHQの指示により解散させられ、共同通信社と時事通信社に分割された。広告部門は電通として存続し、戦後日本のメディア支配構造の中核となった。
電通による広告支配は、メディアの論調を直接的に統制する。日米安保体制に批判的な報道は、スポンサー企業の広告引き揚げというリスクを伴う。このような経済的圧力によるメディア統制は、GHQ時代の法的検閲よりもはるかに巧妙であり、1951年以降のアメリカ支配の特徴を端的に示している。
リアリズムの観点からの分析
二つの支配——正当な占領と不当な継続支配
リアリズムの観点から見れば、1945年から1951年までの占領と、1951年以降の日米安保体制は、本質的に異なる二つの現象である。
前者は、日本が遂行した帝国主義戦争に対する正当な法的帰結であった。国家が侵略戦争を遂行し、敗北した場合、勝者による占領と統制を受けることは国際政治の論理として当然である。ハンス・モーゲンソーが論じたように、国際政治は権力闘争の場であり、敗者は勝者の条件を受け入れざるを得ない。
しかし後者——1951年以降の日米安保体制——は、戦争責任とは無関係な、アメリカの覇権維持のための帝国的支配である。講和条約によって日本の戦争責任は法的に清算された。それにもかかわらずアメリカ軍が駐留を続け、CIAがメディアに浸透し、年次改革要望書で内政に干渉し続けていることは、新たな帝国主義にほかならない。
情報主権の喪失
国家主権の構成要素として、軍事主権、憲法主権、経済主権と並んで、情報主権——自国の言論空間を自ら統治する権利——が存在する。
日本の情報主権は、占領期に制限されたが、それは戦争責任に基づく正当な制限であった。問題は、講和後も情報主権が回復されなかったことにある。CIAの浸透工作、電通を通じた広告支配、記者クラブ制度による情報統制——これらの構造は、1951年以降も日本の情報主権を侵害し続けている。そしてこの侵害には、ポツダム宣言のような法的根拠は一切存在しない。
「自由な報道」という幻想
日本のメディアが「自由」であるという認識こそが、1951年以降のアメリカによるメディア支配の最大の成功を示している。プレスコードは廃止されたが、自主検閲はCIAの工作と経済的圧力によって維持されている。「自由」に見える状態でメディアが覇権国の利益に奉仕する——これは法的検閲よりもはるかに効率的な支配形態である。
これは法の支配の記事で論じた構造と同一である。「報道の自由」もまた、覇権国が従属国の情報空間を支配するための装置として機能し得る。従属国のメディアが「自由に」覇権国の価値観を内面化し、「自発的に」自国の主権を批判する——これほど効率的な支配はない。
他国との比較
ドイツ——同様の構造
ドイツも日本と同様に、占領期のメディア再編を経験し、その構造が占領終了後も維持されている。日独両国に共通するのは、占領は終わったが、メディアの従属構造は終わっていないという事実である。
両国はNATO・日米安保を通じてアメリカ軍の駐留を受け入れ続けており、そのメディアは自国の安全保障体制の本質を批判することをタブーとしている。これはアメリカ左翼の歪んだ日本観の記事で論じた通り、米軍の前方展開を正当化するためのプロパガンダ体制が占領終了後も維持されていることを意味する。
イスラエル——情報主権を保持する国家
イスラエルは、アメリカの同盟国でありながら情報主権を完全に保持している。イスラエルのメディアは自国の安全保障利益に沿った報道を行い、アメリカがイスラエルのメディアに「反省」を求めることは決してない。
この二重基準は決定的である。アメリカは日本とドイツには講和後もメディアの従属を要求する一方、イスラエルには完全な情報主権を認めている。これは「報道の自由」が普遍的な価値ではなく、覇権国の地政学的利益に基づく選択的適用であることの証拠にほかならない。
ロシア・中国——情報主権の防衛
ロシアと中国は、アメリカの情報覇権に対して明確に抵抗している国家である。ロシアは外国エージェント法によって外国資金で運営されるメディアを規制し、中国はグレートファイアウォールによってアメリカのテック企業の浸透を遮断している。
これらの政策は西側メディアから「言論弾圧」と非難されるが、リアリズムの観点からは、自国の情報主権を守るための合理的な政策である。日本が1951年以降、このような情報主権の防衛を一切行っていないことこそが、アメリカの対日メディア支配がいかに「成功」してきたかを物語っている。
メディア支配からの脱却
日本が国家主権と民族自決権を回復するためには、1951年以降のアメリカ支配を正面から批判する言論の確立が不可欠である。
- 批判対象の転換: GHQ批判(過去の正当な占領への批判)から、1951年以降のアメリカ支配の批判(現在進行形の不当な支配への批判)へと焦点を移さなければならない
- CIAの対日工作の全容解明: 正力松太郎のケースのように、機密解除文書に基づく実証的な研究を推進し、1951年以降のCIAの日本メディアへの浸透の全貌を明らかにすべきである
- 情報主権の確立: 外国資本・外国政府による日本のメディアへの影響力を制度的に規制し、日本民族自身が自らの言論空間を統治する体制を構築すべきである
- 「GHQ批判保守」との決別: GHQのことしか批判せず、現在のアメリカ支配を容認する「保守」とは明確に一線を画さなければならない。彼らはアメリカの利益に奉仕する売国的右翼であり、真の保守ではない
結論
日本のメディア問題の本質は、GHQによる占領期の情報統制ではない。GHQの占領はポツダム宣言に基づく正当な措置であり、日本の天皇が受諾し、日本の戦争責任に基づくものであった。
真に問題とすべきは、1951年の講和条約以降も継続しているアメリカの対日メディア支配である。CIAによるメディア工作、経済的圧力を通じた論調の統制、自主検閲の構造的維持——これらはすべて、正当な占領が終了した後に行われている不当な主権侵害である。
GHQのことしか批判しない右翼は、この本質的問題から国民の目を逸らす役割を果たしている。彼らは70年以上前に消滅した組織を批判することで「保守」を気取りながら、現在進行形のアメリカ帝国主義には一切抗わない。これは売国にほかならない。
カール・シュミットが論じたように、「主権者とは、例外状態において決定を下す者」である。日本の情報空間における「例外状態の決定」は、GHQではなく、1951年以降のアメリカの情報機関と政治的影響力によって下され続けている。日本民族が真に主権を回復するためには、占領期の過去ではなく、現在のアメリカ支配と正面から対峙しなければならない。
参考文献
- 『閉された言語空間——占領軍の検閲と戦後日本』、江藤淳著、文藝春秋、1989年
- 『日本テレビとCIA——発掘された「正力ファイル」』、有馬哲夫著、新潮社、2006年
- 『原発・正力・CIA——機密文書で読む昭和裏面史』、有馬哲夫著、新潮新書、2008年
- 『国際政治——権力と平和』、ハンス・モーゲンソー著
- 『政治的なものの概念』、カール・シュミット著