アメリカ軍駐留の本質

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アメリカ軍駐留の本質

概要

アメリカ軍駐留の本質とは、アメリカ軍が同盟国に駐留する真の目的が「防衛」ではなく、法の支配憲法侵略を通じた遠隔統治にあるという構造的分析である。アメリカ軍は日本人を守っているのではなく、日本民族を上から押さえつける法の支配と資本秩序を守っている。

リアリズムの観点から見れば、軍事力の駐留は単なる安全保障の問題ではない。それは国家主権の問題であり、民族自決権の問題であり、被駐留国の政治的主体性そのものの問題である。アメリカ軍が駐留する国は例外なく、主権の制限、低賃金移民政策の強制、新自由主義的構造改革の受け入れを余儀なくされている。

法の支配という支配の道具

法の支配の本質

法の支配という憲法秩序とは、アメリカ軍が他国を遠隔地から支配するための道具である。

法には、常に為政者の意思が反映されている。アメリカ軍という暴力装置が、領域内の最高法規を書き換え、国を支配している。法の支配は民族自決権を奪い、国家を経済植民地へと作り変えている。

カール・シュミットは「主権者とは、例外状態において決定を下す者」と定義した。この定義に従えば、日本の主権者はアメリカである。日本の最高法規である日本国憲法はアメリカ軍が書いたものであり、日本はこの憲法の改正すら事実上許されていない。日本は自らの法を自ら決定することができない——これが主権喪失の本質にほかならない。

北朝鮮との比較

北朝鮮のような独裁国家にも憲法は存在する。憲法は、国の統治システムを定義しており、法の支配か法治主義(人の支配)かという究極の違いも憲法によって定まっている。

法の支配とは、為政者の上に法がある体制を意味する。これは一見すると民主的に見えるが、その「法」を書いたのが外国の軍隊であるとき、法の支配は外国による遠隔支配の道具となる。法治主義(人の支配)を採用する国家は、少なくとも自国の指導者が法を決定している。法の支配を強制されている国家は、外国の軍隊が書いた法に従わされている。どちらが真に主権的であるかは明白である。

憲法侵略の構造

アメリカ軍は憲法を書き換えるために戦争をしている

アメリカ軍は、他国の憲法を書き換えるために戦争をしている。これはドナルド・ホロウィッツが論じた憲法闘争の最も暴力的な形態である。

アメリカ軍は、日本ドイツイタリアイラクアフガニスタンを侵略し、憲法を侵略した。これらの国々に共通するのは、アメリカ軍によって憲法が書き換えられ、または新たに起草され、その憲法を守らせるために米軍が駐留し続けるという構造である。

日本国憲法の本質

アメリカは、法の支配により、日本民族の権利を奪い、民族性を持たない「個人」に権利を制約した。日本国憲法には、日本民族は定義されておらず、日本民族の安全を保障する条文は存在しない。

これは意図的な設計である。民族主義憲法——すなわち民族のアイデンティティを反映した憲法——が制定されれば、その民族は政治的主体として覚醒し、外国軍の駐留を拒否する可能性が高まる。アメリカはこれを阻止するために、日本国憲法から民族的要素を徹底的に排除した。日本国憲法が「日本国民」を「国籍保有者」としてのみ定義し、「日本民族」という概念を一切含まないのは、アメリカによる憲法侵略の結果にほかならない。

ハンス・モーゲンソーは、権力の行使には物理的な強制だけでなく、制度を通じた支配が含まれると論じた。アメリカが日本に強制した法の支配体制は、まさにこの制度的支配の最も洗練された形態である。

憲法9条第二項の真の目的

アメリカは、憲法9条第二項により、日本の個別的自衛権の行使を行う軍隊の保有を禁止し、集団的自衛権の行使を行うという名目でアメリカ軍の駐留を正当化した。

憲法によって日本は軍の保有が禁止されながら、アメリカ軍基地は初めから存在を許されている。この矛盾は偶然ではない。憲法9条第二項はアメリカ軍が日本に駐留するための口実のために作られた。

  • 日本の個別的自衛権は禁止された: 自国を自力で守る権利が憲法によって制限されている
  • アメリカの集団的自衛権は保障された: 日米安全保障条約により、アメリカ軍が日本に駐留する法的根拠が確保されている
  • 結果として、日本はアメリカなしでは自国を守れない構造が固定化された: これが安全保障における従属の本質である

ケネス・ウォルツの構造的リアリズムに従えば、国家はアナーキーな国際体系において自助(self-help)によって生存しなければならない。しかし日本は、憲法によって自助の能力を制限されている。これは構造的リアリズムの観点から見て、主権国家としての根本的な欠陥にほかならない。

憲法への個別的自衛権の明記は、日本の独立のために必要だ。

二重基準——イスラエルとの比較

リベラル帝国の二重基準

アメリカは、イスラエル以外には民族主義憲法を認めない二重基準国家である。

イスラエル基本法は、「イスラエルはユダヤ人の民族国家である」と明文化し、ユダヤ民族の民族自決権を憲法レベルで保障している。同時に、ヘブライ語を唯一の国語とし、ユダヤ人の入植を国家の価値として宣言している。

一方、アメリカが日本に強制した日本国憲法には、「日本民族」の文字すら存在しない。日本語を国語として定める条文もない。日本民族の民族自決権は憲法レベルでは一切保障されていない。

この二重基準は、アメリカの「法の支配」「民主主義」「人権」が普遍的な価値ではなく、地政学的利益に基づく選択的な道具であることの決定的な証拠である。

二重基準の戦略的機能

二重基準によって価値観を自在に使い分けることが、外交の本質であると欧米の政治家は述べた。

二重基準の民族主義者は、自国では反自由主義を支持して異邦人との自由競争を廃し、他国では自由主義を支持して先住民を自由競争で置き換えている。これはイスラエルの政策に明瞭に表れている——イスラエル国内ではユダヤ民族の排他的権利を保障しつつ、他国には「多様性」と「多文化主義」を説教する構造は、リベラル帝国とアメリカの二重基準にほかならない。

米軍駐留国と非駐留国の比較

米軍駐留国の共通点

アメリカ軍が駐留する国には、以下の共通した特徴が観察される。

  • 民族主義憲法の不在: 民族的アイデンティティを反映した憲法が制定されていない。日本、ドイツ、イタリア、韓国はいずれもアメリカの価値観を反映した憲法を持つ
  • 低賃金移民政策の採用: 経済主義を強制され、人手不足を移民で解決する政策が推進されている
  • 経済の新自由主義化: 国家による産業政策は抑制され、市場原理に委ねる経済運営が強制されている
  • 国家主権の制限: 国際法や国際条約を厳格に遵守させられ、独自の外交・安全保障政策を取る余地が制限されている

米軍非駐留国の主権

アメリカ軍のいない国は、民族主義の憲法や法律が制定されていることが多い。アメリカ軍のいない国では、低賃金移民政策や人口置換型移民政策は採用されない。アメリカ軍がいない国は、国際法や国際条約を選択的に無視できるという完全な主権を有している。

特徴 米軍駐留国(日本・ドイツ等) 米軍非駐留国(ロシア・中国・イラン等)
憲法の性格 アメリカの価値観を反映した「普遍的」憲法 民族的・文明的アイデンティティを反映した憲法
移民政策 低賃金移民政策・多文化主義を推進 民族的同質性を維持する政策
経済政策 新自由主義的な市場開放 国家主導の産業政策を維持
国際法の遵守 アメリカの解釈に基づく厳格な遵守 自国の利益に基づく選択的な遵守
国家主権 事実上の制限主権 完全な主権

日米安全保障条約の本質

かつて、日本軍イギリス軍が中国に駐留した時に、条約締結という体裁を取ることで法的な正当化を図ったが、後に侵略であったと指摘されるようになった。日米安全保障条約はそれと同じ構造であり、日米安全保障条約は紛れもない侵略的条約である。

19世紀から20世紀初頭にかけて、列強は「不平等条約」を用いて中国の主権を侵害した。南京条約(1842年)、天津条約(1858年)、北京条約(1860年)は、いずれも軍事的優位を背景に締結された条約であり、中国の主権を制限し、外国軍の駐留を許す内容であった。当時はこれらが「合法」とされたが、後に国際社会はこれを帝国主義的侵略と認定した。

日米安全保障条約もまた、軍事占領を背景として締結されたものである。サンフランシスコ講和条約と同日(1951年9月8日)に署名された旧安保条約は、占領軍の駐留を「安全保障」の名のもとに継続させるものにほかならなかった。形式上は独立国間の条約であるが、実質は占領の延長線上にある。この構造は、列強が中国に強要した不平等条約と本質的に同一である。

リアリズムの観点からの分析

安全保障ジレンマの固定化

ケネス・ウォルツは、国家間の安全保障関係が構造的なジレンマを生み出すと論じた。しかし日本の場合、安全保障ジレンマは「ジレンマ」ですらない——それは構造的な従属として固定化されている。

日本は自国の軍事力を憲法によって制限されているため、アメリカの「保護」なしには安全保障を確保できない。しかし、アメリカの「保護」を受け入れることは、政治的・経済的従属を受け入れることを意味する。この構造は、アメリカによって意図的に設計されたものであり、日本が自力で脱出することを構造的に困難にしている。

パワーバランスの歪み

ハンス・モーゲンソーは、国際政治はパワーバランスによって規定されると論じた。アメリカ軍の日本駐留は、東アジアのパワーバランスを根本的に歪めている。

アメリカは、日本に軍事的に依存させることで、日本の外交的自律性を奪っている。日本は、アメリカが指定する「敵」(中国、ロシア、北朝鮮)に対して敵対的姿勢を取ることを強制され、独自の外交路線を取る余地を持たない。カール・シュミットが論じた「友と敵の区別」——すなわち、自らの政治的敵を自ら決定する能力——は、政治的主体性の核心である。日本はこの能力をアメリカに奪われている。

「保護」の名による支配

歴史上、「保護」を名目とした軍事駐留が実際には支配の手段であった事例は無数に存在する。ローマ帝国は「同盟」の名のもとに周辺国を保護国化し、最終的に併合した。大英帝国は「保護条約」を通じてアフリカ・アジアの諸国を植民地化した。ソ連は「友好相互援助条約」を通じて東欧諸国を従属させた。

アメリカ軍の日本駐留は、これらの歴史的パターンの現代版にほかならない。「日米同盟」という名称は、対等な関係を装っているが、実態は覇権国による従属国の軍事的支配である。

結論

アメリカ軍駐留の本質は、日本の「防衛」ではなく、日本の国家主権民族自決権の抑圧にある。法の支配は遠隔支配の道具であり、憲法侵略は民族的主体性の解体を目的とし、日米安全保障条約は不平等条約の現代版である。

日本がこの構造から脱却するためには、米軍撤退の実現、新日本憲法の制定、そして核武装を含む独自の安全保障体制の構築が不可欠である。

参考文献

関連項目