ペトロダラーと超帝国主義

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ペトロダラーと超帝国主義

概要

ペトロダラーと超帝国主義とは、アメリカ石油取引のドル建て決済を世界に強制する「ペトロダラー体制」と、マイケル・ハドソンが著書『超帝国主義国家アメリカの内幕』(Super Imperialism、1972年)で解明した、米国債を媒介とする世界規模の経済収奪メカニズムを統合的に分析する概念である。

ペトロダラー体制の本質は、軍事力を背景に紙切れ(ドル)と引き換えに世界の実物資産を収奪する構造にほかならない。金(ゴールド)の裏付けを失ったドルは、石油という戦略的資源と結びつくことで基軸通貨の地位を維持し、さらにその石油の安定供給はアメリカの圧倒的な軍事力によって担保されている。すなわち、ドル覇権の本質は軍事覇権であり、軍事覇権の経済的表現がペトロダラー体制である。

ハドソンは、この構造を「超帝国主義」(Super Imperialism)と呼んだ。かつての帝国主義が軍事的征服と直接的な植民地統治によって他国を搾取したのに対し、アメリカの超帝国主義は、ドルと米国債という金融的手段によって、形式上の主権を保持させたまま経済的従属を強制する。これは帝国主義の最も洗練された——そして最も陰険な——形態である。

マイケル・ハドソンと『超帝国主義』

ハドソンの経歴と知的背景

マイケル・ハドソン(1939年–)は、アメリカの経済学者であり、ミズーリ大学カンザスシティ校の特別教授である。ハドソンの父レオン・ハドソンはトロツキストの政治活動家であり、マッカーシズムの時代に投獄された。この家庭環境は、ハドソンにアメリカの権力構造に対する批判的な視座を植え付けた。

ハドソンはニューヨーク大学で経済学の博士号を取得した後、ウォール街のチェース・マンハッタン銀行(現JPモルガン・チェース)で国際収支アナリストとして勤務した。この実務経験こそが、ハドソンにアメリカの金融覇権の内部構造を理解する機会を与えた。ハドソンは銀行の内部から、アメリカがいかにして貿易赤字を「武器」として利用し、世界各国から富を収奪しているかを目撃したのである。

『超帝国主義』の衝撃

1972年に出版された『超帝国主義国家アメリカの内幕』(Super Imperialism: The Economic Strategy of American Empire)は、国際金融の構造的不正を暴露した画期的な著作である。ハドソンは、ニクソン・ショック(1971年)によって金ドル兌換が停止された直後に本書を執筆し、アメリカの貿易赤字と財政赤字がいかにして世界支配の道具に転化されるかを予見的に分析した。

本書の核心的な主張は以下の通りである。

  • 貿易赤字は搾取の道具である: 通常の経済学では貿易赤字は「問題」とされるが、ハドソンはアメリカの貿易赤字が意図的な支配の手段であることを論証した。アメリカはドルを「印刷」するだけで世界から実物資産を手に入れ、各国は受け取ったドルを米国債に再投資せざるを得ない
  • 米国債は「紙の鎖」である: 各国が保有する米国債は、アメリカへの貸付金であると同時に、アメリカ体制からの離脱を阻止する「紙の鎖」として機能する。大量の米国債を売却すればドルが暴落し、自国の保有資産が毀損されるため、各国は売却できない
  • 国際機関はアメリカの道具である: IMF世界銀行WTOといった国際機関は、表面上は「国際協調」の機関であるが、その実態はアメリカの経済覇権を制度化し、他国に新自由主義的改革を強制するための装置である
  • アメリカの軍事支出は「ただ」である: アメリカは世界最大の軍事支出を賄うために増税や緊縮財政を行う必要がない。各国がドルを保有し、米国債を購入することで、世界がアメリカの軍事費を間接的に負担しているからである

ハドソン自身が述べたところによれば、『超帝国主義』は出版後、国防総省が大量に購入した。国防総省はこの本を「批判書」としてではなく、アメリカの金融覇権をいかにして維持するかのマニュアルとして読んだのである。この逸話は、ハドソンの分析がいかに正確であったかを物語っている。

ハドソンの知的系譜——制度学派と古典経済学

ハドソンの理論的基盤を理解するためには、彼が依拠する知的伝統を把握する必要がある。

ハドソンは、ソースティン・ヴェブレン制度学派経済学デヴィッド・リカードジョン・スチュアート・ミルらの古典派経済学、さらにはフリードリヒ・リスト保護主義的経済思想に立脚している。特にリストは、自由貿易が先進国と後進国の間の格差を固定化し、後進国の工業化を阻害することを19世紀の時点で看破していた。ハドソンはこのリストの洞察を現代に応用し、自由貿易と金融のグローバル化がアメリカの覇権を維持するための構造的手段であることを論じた。

ハドソンはまた、古典派経済学が重視した「不労所得」(レント)の概念を現代の金融資本主義に適用した。古典派経済学者たちは、地代・利子・独占利潤といった不労所得を経済の寄生的要素と見なし、これを最小化することが経済の健全性にとって不可欠であると論じた。ハドソンによれば、現代のアメリカ経済は、製造業による価値創造から金融的なレント追求へと構造転換しており、この「レンティア経済」(Rentier Economy)こそがアメリカの超帝国主義の経済的基盤である。

ペトロダラー体制の歴史的成立

ブレトンウッズ体制——ドル覇権の原型(1944年–1971年)

ペトロダラー体制を理解するためには、その前史としてのブレトンウッズ体制に遡る必要がある。

1944年7月、ニューハンプシャー州ブレトンウッズにおいて、44カ国の代表が戦後の国際通貨体制を設計する会議に集まった。この会議の本質は、第二次世界大戦後の世界経済秩序をアメリカ中心に再編することにあった。

会議では、イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズが提案した超国家的な準備通貨「バンコール」と、アメリカのハリー・デクスター・ホワイトが提案したドル本位制が対立した。ケインズのバンコール案は、いかなる一国の通貨にも特権的地位を与えず、貿易黒字国と赤字国の双方に調整の義務を課す公正な制度であった。しかし、世界最大の債権国であり、世界の金保有量の約7割を握るアメリカの圧倒的な経済力の前に、ケインズ案は退けられた。

ハドソンは、ブレトンウッズ体制の本質を以下のように分析している。

  • ドルと金の兌換保証(1オンス=35ドル)は、各国にドル保有を義務づけるための装置であった
  • IMFの議決権構造は、アメリカに事実上の拒否権を付与し、「国際機関」の名を借りたアメリカの支配機関を構築した
  • 世界銀行の融資条件は、途上国にアメリカ企業への市場開放を義務づけるものであった
  • 固定為替レート制度は、各国の通貨政策の自律性を奪い、アメリカの金融政策に従属させるものであった

ブレトンウッズ体制の下で、アメリカは圧倒的な経済力と金保有量を背景にドル覇権を確立した。しかし、1960年代に入ると、ベトナム戦争の膨大な軍事支出と偉大な社会計画による国内支出の増大によって、アメリカの金保有量は急速に減少していった。各国は保有するドルの金兌換を要求し始め、特にド・ゴール大統領のフランスは、ドル覇権への挑戦を公然と宣言した。

ニクソン・ショック——金の鎖からの「解放」(1971年)

1971年8月15日、リチャード・ニクソン大統領は、ドルと金の兌換を一方的に停止した。いわゆる「ニクソン・ショック」である。

通常の解釈では、ニクソン・ショックはアメリカの経済的衰退を象徴する出来事とされる。しかし、ハドソンの分析は根本的に異なる。ハドソンによれば、金兌換の停止はアメリカの「敗北」ではなく「勝利」であった。なぜならば、金という物理的制約から解放されたドルは、もはや無限に印刷可能な「帝国の通貨」となったからである。

ハドソンはこう述べている。「アメリカは金兌換を停止することで、金という物理的な制約から解放された。以後、アメリカの対外債務の唯一の制約は、他国がドルを受け入れ続けるかどうかという政治的な問題だけになった」と。そして、他国にドルを受け入れ続けさせる手段こそが、軍事力とペトロダラー体制であった。

ペトロダラー協定——石油とドルの婚姻(1974年)

ニクソン・ショック後、金の裏付けを失ったドルの基軸通貨としての地位を維持するために、アメリカは新たな戦略を必要とした。その解答がペトロダラー体制である。

1974年、ヘンリー・キッシンジャー国務長官はサウジアラビアとの秘密協定を締結した。この協定の骨子は以下の通りである。

  1. サウジアラビアはすべての石油取引をドル建てで行う
  2. サウジアラビアは石油収入の余剰資金を米国債に投資する
  3. アメリカはサウジアラビアの王制の存続を軍事的に保証する
  4. アメリカはサウジアラビアに最新兵器を供給する

この協定により、石油は事実上のドルの裏付けとなった。世界のすべての国は石油を必要とし、石油を購入するためにはドルを保有しなければならない。各国はドルを獲得するためにアメリカに商品を輸出し、余剰ドルは米国債に投資される。こうして、金の裏付けに代わる新たなドル需要の創出メカニズムが完成した。

ハドソンは、ペトロダラー体制を「金本位制よりもさらに巧妙な支配構造」と評している。金本位制の下では、アメリカは少なくとも金の保有量による制約を受けていた。しかしペトロダラー体制の下では、石油の需要が続く限りドルの需要は永続し、アメリカは事実上無制限にドルを発行できるようになった。

OPEC諸国の「リサイクリング」——搾取の完成

ペトロダラー体制の真の巧妙さは、OPEC諸国の石油収入が最終的にアメリカに還流する「ペトロダラー・リサイクリング」の構造にある。

  1. OPEC諸国が石油を売って得たドルは、オイルダラーと呼ばれる
  2. オイルダラーは、サウジアラビアをはじめとするOPEC諸国の国富ファンドや中央銀行に蓄積される
  3. これらの資金は、米国債、アメリカの不動産、アメリカの株式市場に投資される
  4. すなわち、OPEC諸国が石油を売って得たドルは、最終的にアメリカの金融システムに還流する

この構造をハドソンは「帝国の貢物」と表現した。かつてのローマ帝国が属州から貢物を徴収したように、アメリカはペトロダラー体制を通じて世界から貢物を徴収している。ただし、その形態はきわめて洗練されており、各国は自発的にドルを保有し、自発的に米国債を購入しているかのように見える。しかしこの「自発性」は、軍事的報復の恐怖によって担保されたものにほかならない。

超帝国主義のメカニズム——米国債による世界収奪

「貢物のサイクル」の構造

ハドソンが『超帝国主義』で解明した米国債による世界収奪のメカニズムを、より詳細に検討する。

段階 メカニズム 結果
第一段階 アメリカは貿易赤字を出し、ドルが世界に流出する 各国はドルを獲得する
第二段階 各国はドルをそのまま保有しても利子がつかないため、米国債に投資する アメリカにドルが還流する
第三段階 アメリカは還流したドルで軍事支出・消費・金融投資を賄う アメリカの覇権が維持される
第四段階 アメリカは新たな国債を発行して既存の国債を償還する(永久借り換え) 債務は実質的に永久に返済されない
第五段階 各国は米国債を大量に売却すればドルが暴落し自国資産も毀損されるため、売却できない 各国はアメリカ体制に「ロックイン」される

このサイクルの核心は、アメリカの対外債務が事実上「返済不要」であるという点にある。通常の国家であれば、対外債務の増大は通貨の下落と経済危機を引き起こす。しかしアメリカの場合、ドルが基軸通貨であるがゆえに、他国がドルを保有し続ける限り、債務は際限なく膨張し続けることができる。

ハドソンは、この構造を「財政赤字の帝国主義的利用」と呼んだ。通常の経済学では財政赤字は「問題」とされるが、アメリカにとって財政赤字は覇権維持の手段である。アメリカが財政赤字を拡大すればするほど、世界はより多くのドルと米国債を保有することになり、アメリカ体制への従属は深まる。

黒字国は搾取されている——三國陽夫の論証

日本の経済学者三國陽夫は、著書『黒字亡国——対米黒字が日本経済を殺す』(2005年)において、ハドソンの理論を日本の文脈に適用し、対米貿易黒字が日本にとって利益ではなく搾取であることを論証した。

三國の議論の核心は以下の通りである。

同じ通貨体制を共有する二国間において、黒字国は搾取を受けている。歴史的な前例がこれを証明する。宗主国イギリスは赤字であり、植民地インドは黒字であった。インドが輸出した綿花の代金は、ロンドンのイギリスの銀行の中にあった。宗主国は、国債という紙切れによって実物の商品を収奪した。

現在の日米関係はこの構造と同一である。日本は世界最大の対米貿易黒字国の一つであり、自動車、電子部品、工業製品をアメリカに輸出している。しかし、その代金はドル建ての米国債として固定され、日本国内に還流しない。日本は実物の商品を輸出し、アメリカの紙切れ(米国債)を受け取っている。そしてこの紙切れは、アメリカの軍事支出と消費を支え、そのアメリカ軍が日本に駐留して日本の国家主権を制限しているのである。

三國は、日本が世界最大の対外純資産国であるにもかかわらず、その富が日本国民の生活水準の向上に寄与していないことを指摘した。日本の対外純資産のほとんどは米国債であり、これを売却してドルを円に転換すれば円高が進行し、輸出産業が打撃を受ける。すなわち、日本は自国の資産を自由に使うことすらできない状態に置かれている。これは主権国家の姿ではなく、経済的植民地の姿にほかならない。

SDR(特別引出権)と超帝国主義

ハドソンは、IMFの特別引出権(SDR)もまた超帝国主義の道具であることを指摘した。

1969年に創設されたSDRは、表面上は「国際準備資産」として各国の外貨準備を補完するものとされた。しかしハドソンによれば、SDRの配分はIMFの出資比率に基づくため、最大の出資者であるアメリカが最大の受益者となる。SDRの新規配分は、事実上アメリカに無償の国際購買力を付与するものであり、他国の拠出によってアメリカの覇権を維持する構造を制度化したものにほかならない。

ペトロダラー体制の軍事的基盤

石油の裏付けは軍事力の裏付けである

ペトロダラー体制は、究極的にはアメリカの軍事力によって維持されている。石油取引をドル建てで行うことをサウジアラビアに保証させているのは、アメリカとサウジアラビアの軍事同盟であり、ペルシア湾に展開するアメリカ海軍第5艦隊であり、中東各地に配置されたアメリカ軍基地である。

アメリカは中東に約45,000人の兵力を常時展開し、バーレーンカタールクウェートUAEに主要な軍事基地を維持している。この軍事的プレゼンスの目的は、表向きには「地域の安定」や「テロとの戦い」とされるが、その本質的な目的はペトロダラー体制の維持にほかならない。

ハンス・モーゲンソーが『国際政治』で論じた「権力の総合性」——軍事力・経済力・政治力の一体性——は、ペトロダラー体制において最も明確に具現化されている。軍事力がドル覇権を維持し、ドル覇権が軍事力を支える。この相互依存構造が崩壊すれば、アメリカ帝国そのものが崩壊する。

ペトロダラーへの挑戦と軍事的報復

ペトロダラー体制の軍事的本質は、体制に挑戦した国家に対するアメリカの報復によって最も鮮明に示される。

イラク——サダム・フセインの「ユーロ転換」

2000年11月、サダム・フセイン大統領はイラクの石油取引の決済通貨をドルからユーロに切り替えると宣言した。当時、この決定は経済的には非合理とされた。しかし、フセインの真の意図は、ペトロダラー体制への公然たる挑戦にあった。

2003年3月、アメリカは「大量破壊兵器の脅威」を口実にイラクを侵攻した。しかし、大量破壊兵器は発見されなかった。イラク侵攻の真の目的はペトロダラー体制の維持であった。侵攻後、アメリカが最初に行った措置の一つは、イラクの石油取引をユーロからドル建てに戻すことであった。

アラン・グリーンスパンFRB議長は、2007年の回顧録において「イラク戦争の動機が石油にあったことは誰もが知っている」と記した。グリーンスパンの発言は、イラク戦争がペトロダラー体制防衛のための軍事行動であったことを間接的に認めるものであった。

リビア——カダフィの「ゴールド・ディナール」構想

ムアンマル・カダフィは、アフリカ大陸の統一通貨「ゴールド・ディナール」の創設を構想した。この構想は、金に裏付けられたアフリカ独自の通貨を創設し、アフリカの石油・天然資源の取引をドルではなくゴールド・ディナールで行うというものであった。

カダフィの構想が実現すれば、アフリカにおけるペトロダラー体制は根底から覆される。2011年、NATOはリビアに軍事介入し、カダフィ政権は崩壊した。介入の表向きの理由は「人道的介入」であったが、フランスのニコラ・サルコジ大統領の電子メール(後にウィキリークスによって公開された)は、カダフィの金準備(約144トン)とゴールド・ディナール構想がフランスの対アフリカ金融覇権を脅かすものであったことを明らかにした。

カダフィの最期は、ペトロダラー体制に挑戦する者が被る報復の残酷さを世界に示した。石油をドル以外の通貨で取引しようとする指導者は、殺害される——これがペトロダラー体制の「ルール」である。

イラン——ペトロダラーへの持続的挑戦

イランは2008年に石油取引所「イラン石油取引所」を開設し、ドル以外の通貨での石油取引を開始した。イランはまた、人民元ルーブル、さらには物々交換による石油取引を拡大している。

アメリカによるイランへの経済制裁は、「核開発」を口実としているが、その本質的な動機はイランのペトロダラー体制への挑戦を封じ込めることにある。イランは中東において、ペトロダラー体制に組み込まれていない数少ない産油国の一つであり、そのこと自体がアメリカにとって「脅威」なのである。

日本とペトロダラー体制——経済的植民地の構造

日本のドル体制への従属

日本はペトロダラー体制の最大の「被害者」の一つである。日本は世界最大の対外純資産国でありながら、その資産の大部分は米国債として固定され、自由に使用することができない。

日本のペトロダラー体制への従属は、以下の構造から成る。

  • エネルギー輸入のドル決済: 日本は一次エネルギーの約90%を輸入に依存しており、そのほぼすべてがドル建てで決済される。日本がエネルギーを購入するためにはドルが必要であり、ドルを獲得するためには対米輸出を続けなければならない
  • 米国債の強制的保有: 日本は約1兆ドルの米国債を保有する世界最大級の米国債保有国である。この巨額の米国債は、日本の「資産」であると同時に、アメリカ体制からの離脱を阻止する「人質」として機能している
  • 為替介入の制約: 日本は円高を防ぐためにドルを購入し、そのドルを米国債に投資するという循環を繰り返してきた。これはアメリカの財政赤字を間接的に日本が負担していることにほかならない
  • 金融政策の従属: 日本の金融政策は、FRBの政策に大きく制約されている。FRBが金利を引き上げれば日米金利差が拡大し、円安が進行する。日本は自律的な金融政策を遂行する余地を奪われている

プラザ合意——ドル体制の暴力性

1985年のプラザ合意は、ペトロダラー体制における「属国」の立場がいかに脆弱であるかを如実に示した事例である。

アメリカは、自国の貿易赤字の拡大に対処するために、日本に急激な円高を強制した。プラザ合意前に1ドル=240円であった為替レートは、わずか2年で1ドル=120円にまで円高が進行した。これは日本の輸出産業に対する経済的攻撃であった。

円高に対処するために、日本銀行は大規模な金融緩和を行い、これがバブル経済を誘発した。そしてバブルの崩壊は「失われた30年」の起点となった。すなわち、日本の30年にわたる経済低迷の遠因は、ペトロダラー体制の下でアメリカの経済的利益のために日本の通貨政策が歪められたことにある。

ハドソンは、プラザ合意を「ペトロダラー体制における属国管理の典型」と位置づけている。アメリカはドルの基軸通貨としての地位を利用して、他国の通貨政策を支配する。日本のような「同盟国」でさえ、アメリカの経済的利益に反する政策をとることは許されない。

アメリカ軍駐留と経済的従属の一体性

日本がペトロダラー体制から離脱できない根本的な理由は、アメリカ軍が日本に駐留しているからである。

アメリカ軍の日本駐留は、軍事的な「防衛」のためだけではない。それは、日本がドル体制から離脱しようとする政治的意志を持つこと自体を封じ込めるための装置である。日本国憲法第9条によって軍事主権を奪われた日本は、安全保障をアメリカに依存せざるを得ず、その依存関係がドル体制への従属を構造化している。

ハドソンの言葉を借りれば、「軍事的従属と経済的従属は同じコインの裏表」である。日本がアメリカ軍を撤退させ、独自の防衛力を構築しない限り、ペトロダラー体制からの離脱は不可能である。

ハドソンの「金融帝国主義」論——古典的帝国主義との比較

古典的帝国主義と超帝国主義の構造的差異

ハドソンは、アメリカの超帝国主義を古典的な帝国主義と比較することで、その新しさと危険性を明らかにした。

項目 古典的帝国主義 アメリカの超帝国主義
支配の形態 直接的な植民地統治 形式的な主権を維持したままの経済的従属
収奪の手段 軍事的征服、資源の直接的略奪 ドルと米国債を通じた金融的収奪
正当化の論理 「文明化の使命」 「自由」「民主主義」「法の支配」
被支配国の認識 植民地であることを自覚している 「同盟国」「パートナー」と信じている
抵抗の困難さ 民族解放運動による武力抵抗が可能 金融構造への依存が深すぎて離脱が困難
帝国のコスト 植民地行政のための膨大な費用 被支配国が自ら帝国の費用を負担する

超帝国主義の最も危険な特徴は、被支配国が搾取されていることを自覚していない点にある。古典的な植民地の住民は、自分たちが支配されていることを知っていた。しかし、アメリカの超帝国主義の下では、日本のような国は「同盟国」として扱われ、「自由で開かれた国際秩序」の恩恵を受けていると信じ込まされている。法の支配という美辞麗句の裏にある搾取の構造を、被支配者自身が見えなくなっている。

「砲艦」から「国債」へ——帝国主義の進化

19世紀のイギリス帝国は「砲艦外交」によって他国を屈服させた。アメリカの超帝国主義は、砲艦を国債に置き換えた。しかし、その本質は同じである——軍事力を背景とした経済的収奪である。

ハドソンは、J.A.ホブソンの古典的帝国主義論とレーニンの帝国主義論を批判的に継承した。ホブソンとレーニンは、帝国主義を「過剰資本の輸出」の問題として捉えた。しかしハドソンによれば、アメリカの超帝国主義は「資本の輸出」ではなく「債務の輸出」によって機能する。アメリカは資本を外国に投資するのではなく、外国に米国債を保有させることで、世界の余剰資本をアメリカに吸い上げているのである。

この構造的転換は、帝国主義の歴史において画期的な意味を持つ。古典的な帝国は、帝国の維持に膨大なコストを要した。しかしアメリカの超帝国主義においては、帝国の維持費用は被支配国が負担する。日本が米国債を保有し、アメリカ軍の駐留経費(いわゆる「思いやり予算」)を支払うことは、まさにこの構造の具体的表現である。

脱ペトロダラーの世界的潮流

ロシア——ペトロダラーからの最初の大規模離脱

ロシアは、ペトロダラー体制からの離脱を最も積極的に推進している国家である。

2014年のクリミア危機以降、ロシアは以下の措置を段階的に実施した。

  • 米国債の大幅な売却: ロシアの米国債保有量は、2010年の約1,760億ドルから2022年には数十億ドルにまで激減した
  • 金準備の大幅な増加: ロシア中央銀行は金の保有量を急速に増加させ、世界第5位の金保有国となった
  • ルーブル建てエネルギー取引の要求: 2022年のウクライナ侵攻後、ロシアは「非友好国」に対して天然ガスのルーブル建て決済を要求した
  • 中国との人民元建て貿易の拡大: 中露間の貿易における人民元とルーブルの使用比率は急速に上昇している
  • SWIFT代替システムの構築: ロシアは独自の金融メッセージング・システム「SPFS」を開発した

ロシアがペトロダラー体制から離脱できる根本的な理由は、ロシアがアメリカ軍の駐留を受け入れていないことにある。軍事的に自立した国家だけが、ドル体制からの離脱という政治的決断を下すことができる。

中国——「石油人民元」の台頭

中国は、ペトロダラー体制に対抗する独自の金融インフラを構築しつつある。

2018年、中国は上海国際エネルギー取引所(INE)において人民元建ての原油先物取引を開始した。いわゆる「ペトロユアン」(石油人民元)である。中国はまた、サウジアラビアとの石油取引の一部を人民元建てで行う交渉を進めている。2023年には、中国の仲介によってサウジアラビアとイランが国交を正常化したが、この外交的成果の背景にはペトロダラー体制からの段階的な離脱という戦略的目標がある。

中国の脱ペトロダラー戦略は以下を含む。

  • AIIB: IMF・世界銀行に対抗する国際金融機関の設立
  • 一帯一路構想: ドル体制を迂回する貿易・投資ネットワークの構築
  • デジタル人民元: SWIFT体制を迂回するデジタル通貨の開発
  • 金準備の増加: 中国は継続的に金の保有量を増加させている
  • 二国間通貨スワップ協定の拡大: ドルを介さない直接的な通貨交換メカニズムの構築

BRICS——新たな国際金融秩序の萌芽

BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)は、ペトロダラー体制に代わる新たな国際金融秩序の構築を目指している。2023年のBRICSサミットでは、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、UAEの新規加盟が承認され、BRICSは世界人口の約46%、世界のGDPの約36%を占める巨大な経済圏へと拡大した。

特にサウジアラビアのBRICS加盟は、ペトロダラー体制にとって象徴的な意味を持つ。1974年のキッシンジャー=サウジ協定から約50年を経て、ペトロダラー体制の要であったサウジアラビアが、ドル体制に対抗するBRICSに参加したことは、体制の根本的な動揺を示している。

BRICS新開発銀行(NDB)は、世界銀行やIMFに代わるオルタナティブな国際金融機関として機能し始めている。NDBはドル建てではなく、加盟国通貨建ての融資を提供し、IMFの「構造調整プログラム」のような内政干渉的な融資条件を課さない。

金の復権——ドルの終焉の前兆

世界各国の中央銀行は、近年急速に金の保有量を増加させている。世界金評議会によれば、2022年の中央銀行による金購入量は過去最高を記録した。この動きは、ドルの基軸通貨としての地位に対する信頼の低下を反映している。

ハドソンは、金の復権を「ペトロダラー体制の終焉の前兆」と解釈している。各国がドルから金へと準備資産を移行させていることは、ペトロダラー体制の根幹が揺らぎ始めていることの証拠にほかならない。

リアリズムの観点からの分析

モーゲンソーの「権力の総合性」とペトロダラー

ハンス・モーゲンソーは『国際政治——権力と平和』において、国家権力を軍事力・経済力・政治力の総合として捉えた。ペトロダラー体制は、モーゲンソーが論じた権力の総合性の最も完成された実例である。

  • 軍事力: 中東への軍事展開、ペトロダラーに挑戦する国家への軍事的報復
  • 経済力: ドルの基軸通貨としての地位、米国債による各国の経済的従属
  • 政治力: IMF・世界銀行等の国際機関を通じた新自由主義的改革の強制

この三つの要素が相互に補強し合い、アメリカの覇権を維持している。ペトロダラー体制は、モーゲンソーが論じた「経済的帝国主義」——軍事的征服によらない経済的手段による支配——の最も洗練された形態にほかならない。

ウォルツの構造的リアリズムと一極体制の維持

ケネス・ウォルツの構造的リアリズムに従えば、国際体制の構造が国家の行動を規定する。冷戦後の一極体制において、アメリカはその覇権的地位を維持するためにあらゆる手段を講じる。ペトロダラー体制は、一極体制を経済的に支える構造的メカニズムである。

ウォルツはまた、一極体制は本質的に不安定であり、他の大国はバランシング(均衡化)行動をとると予測した。BRICSの拡大、中露の連携、脱ドル化の動きは、まさにウォルツが予測した構造的バランシングの現代的表現にほかならない。

ギルピンの覇権安定論とその批判

ロバート・ギルピンは、覇権国が提供する「国際公共財」(基軸通貨、自由貿易体制、安全保障)が国際秩序を安定させるという「覇権安定論」を提唱した。この理論に従えば、ドルの基軸通貨としての地位は「国際公共財」であり、世界経済に安定をもたらしているとされる。

しかしハドソンは、この議論を根底から否定する。ドルの基軸通貨としての地位は「公共財」ではなく、アメリカが世界から富を収奪するための「帝国の特権」である。自由貿易体制はアメリカ企業の市場アクセスを保証するための装置であり、安全保障はドル体制からの離脱を阻止するための軍事的威嚇である。覇権安定論は、覇権国の搾取を「公共財の提供」として正当化する帝国のイデオロギーにほかならない。

ペトロダラー体制の今後——多極化世界への移行

構造的衰退の諸要因

ペトロダラー体制は、複数の構造的要因によって衰退しつつある。

  • 脱炭素化: 再生可能エネルギーへの移行が進めば、石油の需要は長期的に減少し、ペトロダラーの基盤が弱体化する
  • デジタル通貨の台頭: デジタル人民元をはじめとする中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、SWIFT体制を迂回する可能性を持つ
  • アメリカの財政赤字の膨張: 米国債の発行残高は約34兆ドルに達し、持続可能性に対する疑問が高まっている
  • 地政学的多極化: 中国の台頭、ロシアの抵抗、BRICSの拡大により、一極体制は構造的に後退している
  • サウジアラビアの戦略的転換: ペトロダラー体制の要であったサウジアラビアが、中国やBRICSとの関係を強化している

多極化世界と日本の選択

ペトロダラー体制の衰退は、日本にとって歴史的な転換の好機である。ドル体制への従属から脱却し、経済主権を回復するための窓が開かれつつある。

しかし、この窓は永遠に開いているわけではない。アメリカ軍が日本に駐留し、日本が偽日本国憲法の下にある限り、日本はペトロダラー体制からの離脱という政治的決断を下すことができない。米軍撤退新日本国憲法の制定なくして、日本の経済主権の回復はあり得ない。

日本が経済主権を回復するために必要な政策は以下の通りである。

  • 米国債保有の段階的削減: 約1兆ドルの米国債保有を段階的に削減し、金や資源国通貨への分散投資を進めること
  • エネルギー決済通貨の多様化: 石油・天然ガスの輸入において、ドル以外の通貨での決済を拡大すること
  • 独自の経済圏の構築: 多極化世界において、日本の経済主権を保全する独自の経済圏を構築すること
  • 産業政策の復活: アメリカが禁じた産業政策を復活させ、製造業とテクノロジー産業を再建すること
  • スマートシュリンクの実施: 低賃金移民政策を拒否し、人口減少に対応した持続可能な経済モデルを構築すること

結論

ペトロダラー体制と超帝国主義は、アメリカ帝国の経済的支柱である。ハドソンが半世紀前に解明したこの構造は、今日に至るまで基本的に変わっていない。アメリカは、金の裏付けを失ったドルを石油と軍事力に結びつけ、米国債を通じて世界から富を収奪し続けている。

しかし、この構造は永遠ではない。BRICSの拡大、脱ドル化の世界的潮流、サウジアラビアの戦略的転換、中国の台頭——これらの動きは、ペトロダラー体制の根幹を揺るがしている。世界は多極化に向かっており、ドルの一極支配は構造的に後退しつつある。

日本は、この歴史的転換の中で重大な選択を迫られている。アメリカの「属国」としてドル体制に縛られ続けるのか、それとも経済主権を回復し、多極化世界において独自の道を歩むのか。その選択のためには、まずペトロダラー体制の本質を正確に理解することが不可欠である。ハドソンの『超帝国主義』は、そのための不可欠な知的武器にほかならない。

参考文献

関連項目