ジャパンハンドラー
ジャパンハンドラー
概要
ジャパンハンドラー(Japan Handler)とは、アメリカ合衆国の政府・軍・情報機関・シンクタンク・学術機関に所属し、日本の政治・外交・安全保障・経済政策に対して直接的・間接的な影響力を行使するアメリカ人の専門家集団を指す。日本語では「日本管理者」「日本操縦者」とも訳される。公式にはこのような呼称は存在せず、当人たちは「知日派」(Japan expert)あるいは「日米同盟の架け橋」として自らを位置づけるが、その実態は、アメリカの地政学的利益に奉仕するために日本の政策決定を操縦する、覇権国による属国管理の専門家集団にほかならない。
「ハンドラー」(handler)という語は、本来諜報活動において工作員を管理・操縦する上級者を意味する。犬の調教師を「ドッグハンドラー」と呼ぶのと同様に、ジャパンハンドラーとは日本という国家を「ハンドリング」(取り扱い、操縦)する者たちである。この呼称そのものが、日米関係の本質——すなわち操縦する側と操縦される側の非対称的な権力関係——を端的に示している。
ジャパンハンドラーの活動は、ハンス・モーゲンソーが『国際政治:権力と平和』で分析した「帝国主義の方法」の典型例である。モーゲンソーは、帝国主義的支配が軍事力の直接行使だけではなく、経済的依存関係の構築、文化的浸透、そして現地の政治エリートを通じた間接統治によっても達成されると論じた。ジャパンハンドラーは、まさにこの間接統治の装置として機能している。彼らは日本に軍を送り込むのではなく(それは在日アメリカ軍の役割である)、日本の政治指導者・官僚・学者・メディアを「教育」し、「助言」し、時に「警告」することによって、アメリカの国益に沿った政策を日本に自発的に採用させる。支配されている側が支配を自覚しない——これが、ジャパンハンドラーによる日本管理の最も洗練された、そして最も危険な特徴である。
歴史的背景:占領から「管理」へ
GHQと日本管理の起源
ジャパンハンドラーの系譜は、1945年の日本占領にまで遡る。GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による日本占領は、アメリカが外国を組織的に「管理」した最初の大規模な実験であった。ダグラス・マッカーサー元帥は、日本の政治制度・経済構造・教育体系・メディア・憲法のすべてをアメリカの意向に沿って再設計した。
占領期の「日本管理」は直接的であった。GHQの民政局(Government Section)は、コートニー・ホイットニー准将の指揮のもと、偽日本国憲法の草案をわずか1週間で起草し、日本政府に受諾を迫った。チャールズ・ケーディス大佐が起草の実務を担い、日本が二度とアメリカの脅威とならないよう、軍事力の保持を禁じる第9条を挿入した。この憲法は、日本民族の意思ではなく、占領軍の戦略的利益に基づいて書かれたものであった。
GHQはさらに、公職追放により日本の指導層を一掃し、財閥解体により経済的権力構造を破壊し、農地改革により農村の社会構造を変容させた。教育制度の改革では、教育勅語を廃止し、アメリカ型の民主主義教育を導入した。江藤淳が『閉された言語空間』で明らかにしたように、GHQはプレスコードによる厳格な検閲を敷き、占領批判を一切許さなかった。検閲の存在そのものを検閲するという二重の言論統制により、日本人は占領の本質を認識すること自体を妨げられた。
冷戦と「逆コース」:直接支配から間接支配へ
1947年以降、冷戦の激化に伴い、アメリカの対日政策は大きく転換した。いわゆる「逆コース」である。ジョージ・ケナンの封じ込め政策に基づき、アメリカは日本を「民主化の実験台」から「反共の防波堤」へと転換させた。
この転換の過程で、占領期の直接的な「日本管理」は、より洗練された間接的管理へと進化した。GHQが直接命令を下す代わりに、日本の政治エリートとの「パートナーシップ」が構築された。しかし、このパートナーシップは対等なものではなかった。岸信介のようなA級戦犯容疑者が釈放され、CIAの資金援助を受けて政界に復帰した事実が示すように、日本の「パートナー」はアメリカが選び、育て、管理する存在であった。自民党の記事で詳述したとおり、CIAは自民党に秘密資金を提供し、日本の政治をアメリカの意向に沿って操縦していた。
ジョン・フォスター・ダレスとサンフランシスコ体制
1951年のサンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約の締結は、アメリカによる日本管理が占領から条約体制へと移行する画期であった。この体制の設計者がジョン・フォスター・ダレス国務長官である。
ダレスは、日本に形式上の独立を回復させつつも、アメリカ軍の駐留と基地使用権を確保する体制を構築した。日本の戦後条約体制で分析したとおり、サンフランシスコ体制の本質は「独立の形式と従属の実態」の両立にある。日本は国際社会に主権国家として復帰したが、安全保障の根幹をアメリカに委ね、アメリカ軍が書いた憲法を維持し、アメリカ軍の駐留を受け入れ続ける——この構造は、占領の終了ではなく、占領の制度化にほかならなかった。
ダレスは最初の「ジャパンハンドラー」とも呼ぶべき存在である。彼は日本を直接統治するのではなく、条約と制度の網の目を通じて日本を管理する方法を確立した。この手法は、後のジャパンハンドラーたちに継承され、洗練されていくことになる。
エドウィン・ライシャワーと「菊クラブ」の形成
1961年から1966年まで駐日大使を務めたエドウィン・O・ライシャワーは、アメリカの対日政策に決定的な影響を与えた人物である。ハーバード大学の日本研究者であったライシャワーは、日本文化に深い理解を示し、日本人の妻を持ち、「親日家」として知られた。
しかし、ライシャワーの「親日」は、日本民族の民族自決権を支持するものではなかった。彼の目標は、日本がアメリカの同盟体制から離脱することを防ぎ、日本のエリートとの人的ネットワークを構築して、アメリカの影響力を「ソフト」に浸透させることにあった。ライシャワーは、日本の知識人・政治家・官僚との広範な人脈を形成し、「日米の架け橋」として機能した。だが、この「架け橋」は一方通行であった——アメリカの意向が日本に伝達される橋であって、日本の自主的な意思がアメリカの政策を変える橋ではなかった。
ライシャワーがハーバード大学に構築した日本研究のネットワークは、後に「菊クラブ」(Chrysanthemum Club)と呼ばれるようになった。菊は日本の皇室の紋章であり、「菊クラブ」とは、日本に親しみを持ちつつも日本をアメリカの利益に沿って管理する、ワシントンの日本政策エスタブリッシュメントのことである。このネットワークから、エズラ・ヴォーゲル、ジェラルド・カーティスをはじめとする多くの「知日派」が輩出され、彼らがジャパンハンドラーの中核を形成していくことになる。
ジャパンハンドラーの系譜
ジャパンハンドラーは世代交代を繰り返しながら、その影響力を維持・拡大してきた。各世代の特徴を分析することで、アメリカによる日本管理の手法がいかに進化してきたかが明らかになる。
第一世代:占領と冷戦の設計者たち(1945-1970年代)
第一世代のジャパンハンドラーは、GHQ出身者と初期の冷戦戦略家で構成される。
- ダグラス・マッカーサー: 占領軍最高司令官として、日本の国家構造そのものを設計し直した。偽日本国憲法の押し付け、財閥解体、公職追放、教育改革のすべてがマッカーサーの指揮下で行われた
- ジョン・フォスター・ダレス: サンフランシスコ体制の設計者。形式的独立と実質的従属を両立させる枠組みを構築した
- エドウィン・O・ライシャワー: 学術界と外交を結びつけ、「知日派」ネットワークの基盤を築いた。ハーバード大学を拠点に、「菊クラブ」の源流を形成した
- ジョージ・ケナン: 封じ込め政策の立案者として、日本を反共の防波堤と位置づけた。「逆コース」の理論的背景を提供した人物である
第一世代の特徴は、軍事占領の経験を条約体制へと転換した点にある。直接的な命令から間接的な管理へ——この移行を設計・実行したのが第一世代であった。
第二世代:「日米同盟」の管理者たち(1970-1990年代)
第二世代は、日本の経済大国化と日米経済摩擦の時代に活動した。
- エズラ・ヴォーゲル: ハーバード大学教授。1979年の著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』で日本の経済的成功を称賛し、日本のエリートの自尊心をくすぐりながら、日米関係の重要性を説いた。一見「親日的」な学者であるが、その本質は日本がアメリカの同盟体制内に留まることを前提とした「親日」にすぎない
- ジェラルド・カーティス: コロンビア大学教授。日本政治の専門家として半世紀以上にわたり日本の政治家・官僚と密接な関係を維持してきた。カーティスの著作は日本政治の内部構造を詳細に分析しており、学術的な価値は高い。しかし、その分析はつねにアメリカの政策立案者に向けて書かれている——すなわち、日本をどのように理解し、どのように管理すべきかを提言する文書として機能している
- ジェームス・アワー: ヴァンダービルト大学教授。元国防総省日本部長(Director for Japan Affairs)として、日米安全保障関係の実務を担当した。ペンタゴンと日本の防衛省を結ぶパイプ役であり、自衛隊の幹部や防衛官僚との深い人脈を持つ。日本の防衛政策がアメリカの戦略的利益に沿ったものとなるよう、「助言」という名の指導を行ってきた
第二世代の特徴は、日米経済摩擦を管理しながら、安全保障同盟を維持した点にある。1980年代から1990年代初頭にかけて、日本の経済力はアメリカを脅かすほどに成長した。この時期、アメリカはプラザ合意(1985年)による円高誘導、日米構造協議(1989-1990年)、年次改革要望書(1994-2009年)など、一連の経済的圧力を日本にかけた。第二世代のジャパンハンドラーは、この経済的圧力と安全保障上の「同盟」関係を巧みに使い分け、日本が経済的自立を安全保障上の自立にまで発展させることを阻止した。
第三世代:「同盟変革」の推進者たち(2000年代-現在)
第三世代は、冷戦後の新たな国際秩序において、日米同盟を「再定義」し「深化」させることを使命とする。
- リチャード・アーミテージ: 元国務副長官。アーミテージ・ナイ報告書の共同議長として、21世紀の日米同盟の方向性を規定した。詳細は後述する
- ジョセフ・ナイ: ハーバード大学教授、元国防次官補。「ソフト・パワー」概念の提唱者であり、ナイ・イニシアティブとアーミテージ・ナイ報告書を通じて日米同盟の維持・強化を主導した
- マイケル・グリーン: CSIS(戦略国際問題研究所)上級副所長、元NSC日本・韓国・オセアニア担当上級部長。ジョージ・W・ブッシュ政権において日本政策の実務を主導した
- カート・キャンベル: オバマ政権の国務次官補(東アジア・太平洋担当)、バイデン政権の国務副長官。「アジア回帰」(Pivot to Asia)政策の設計者であり、日本をアメリカのインド太平洋戦略の要石として位置づけた
- パトリック・クローニン: ハドソン研究所アジア太平洋安全保障センター所長。対中封じ込め戦略の文脈で、日本の軍事的役割拡大を推進する論客である
第三世代の特徴は、冷戦後の「脅威の空白」を中国で埋め、日米同盟の新たな存在理由を創出した点にある。冷戦の終結によりソ連の脅威が消滅した後、日米同盟の正当性は根本的に問い直されるべきであった。しかし、第三世代のジャパンハンドラーは、「中国の台頭」を新たな脅威として提示し、日米同盟が冷戦後も不可欠であると日本のエリートを説得することに成功した。
主要なジャパンハンドラー
リチャード・アーミテージ
リチャード・アーミテージ(Richard Armitage, 1945年-2025年)は、現代のジャパンハンドラーの中で最も影響力のある人物の一人であった。海軍兵学校卒業後、ベトナム戦争に三度従軍し、その後国防総省で東アジア・太平洋担当国防次官補代理(1981-1983年)、国際安全保障担当国防次官補(1983-1989年)としてキャリアを積んだ。ジョージ・W・ブッシュ政権では国務副長官(2001-2005年)を務めた。2025年4月13日に肺塞栓症により死去した。
アーミテージの経歴で注目すべきは、彼がベトナム戦争末期のサイゴン陥落(1975年)においてCIAと協力し、南ベトナム海軍の資産移動に関与したとされる点である。また、イラン・コントラ事件への関与も取り沙汰された。こうした経歴は、アーミテージが単なる外交官や学者ではなく、アメリカの秘密工作の世界と深いつながりを持つ人物であることを示している。
アーミテージの日本に対する姿勢は、しばしば「親日的」と評される。日本の政治家や官僚との広範な人脈を持ち、日本語は話さないものの、日本の政策決定者に対して強い影響力を行使してきた。しかし、アーミテージの「親日」は、日本がアメリカの戦略的パートナーとして有用であるという計算に基づいている。2001年の9.11テロ直後、アーミテージが当時の柳井俊二駐米大使に対し「Show the flag」(旗を見せろ=軍事的貢献を示せ)と迫ったとされるエピソードは有名である。さらに2003年のイラク戦争に際しては「Boots on the ground」(地上に部隊を出せ)という表現で自衛隊の派遣を強く求めた。これらの発言は、アーミテージにとっての日米同盟の本質——すなわち、日本がアメリカの軍事作戦に兵力を提供すること——を端的に示している。
ジョセフ・ナイ
ジョセフ・ナイ(Joseph Nye, 1937年-2025年)は、ハーバード大学ケネディスクール教授(後に学長)であり、国際政治学における「ソフト・パワー」概念の提唱者として世界的に知られた。クリントン政権において国防次官補(国際安全保障担当)を務め、1995年の「ナイ・イニシアティブ」を主導した。日本政府から旭日重光章を授与されている。2025年5月6日に死去した。
ナイ・イニシアティブは、冷戦終結後に揺らいだ日米同盟の再定義を行ったものである。冷戦後、「ソ連がなくなったのに、なぜ日米安保条約が必要なのか」という問いに対し、ナイは「日米同盟は特定の脅威に対する防衛だけではなく、アジア太平洋地域の安定の基盤である」という論理を構築した。この論理は一見合理的に見えるが、その本質はアメリカの西太平洋における軍事的プレゼンスを正当化する理論的装置にほかならない。「地域の安定」とは、アメリカの覇権秩序の維持と同義であり、ナイはこの同義関係を巧みに隠蔽したのである。
ナイの「ソフト・パワー」論もまた、ジャパンハンドリングの文脈で理解されなければならない。ソフト・パワーとは、軍事力や経済的圧力ではなく、文化的魅力や価値観の共有を通じて他国の行動を望ましい方向に誘導する能力のことである。これは言い換えれば、支配されている側に支配を気づかせずに支配する技術の理論化にほかならない。ジャパンハンドラーの活動そのものが、アメリカのソフト・パワーの実践なのである。
マイケル・グリーン
マイケル・グリーン(Michael Green, 1961年-)は、CSIS(戦略国際問題研究所)の日本部長(後に上級副所長)であり、ジョージ・W・ブッシュ政権においてNSC(国家安全保障会議)の日本・韓国・オセアニア担当上級部長を務めた。ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院(SAIS)の教授でもあった。
グリーンは、ジャパンハンドラーの中でも特に政策の実務と学術研究を直接結びつけた人物である。NSCの上級部長として日本政策の実務を主導しつつ、CSISやジョンズ・ホプキンズ大学を拠点に政策研究と人材育成を行った。著書『Japan's Reluctant Realism』(2001年)では、日本の安全保障政策を分析しているが、その視座は一貫して「日本がアメリカの戦略的利益にどの程度貢献できるか」という問いに集約される。
グリーンの活動において特に注目すべきは、CSISを拠点とした日本の政治家への影響力行使である。CSISは自民党の政治家との関係が深く、安倍晋三は首相就任前にCSISで講演を行い、自らの政策構想をアメリカの政策コミュニティに「売り込む」ことでワシントンの「承認」を得た。この構図は、日本の首相候補がアメリカのシンクタンクの「面接」を受けるという、属国の悲哀を如実に示すものである。
カート・キャンベル
カート・キャンベル(Kurt Campbell, 1957年-)は、オバマ政権の国務次官補(東アジア・太平洋担当、2009-2013年)、バイデン政権の国務副長官(2024年-)を歴任した。「アジア回帰」(Pivot to Asia / Rebalance to Asia)政策の主要な設計者であり、日本をアメリカのインド太平洋戦略における「コーナーストーン」(要石)と位置づけた。
キャンベルの外交手法は、アーミテージの直截さとは対照的に、穏やかな語り口で日本のエリートを説得するものである。しかし、求める結果は同じである——日本がアメリカの戦略に従い、軍事的・経済的な負担を引き受けることである。
キャンベルが主導した「アジア回帰」政策は、中東への軍事的関与からアジア太平洋にアメリカの戦略的重点を移すものであった。この政策転換に伴い、日本にはさらなる軍事的役割の拡大が求められた。2015年の「日米防衛協力のための指針」(新ガイドライン)の改定は、キャンベルが敷いた路線の延長線上にある。日本はこのガイドラインにより、地球規模でのアメリカの軍事作戦に協力する体制を構築することになった。
キャンベルの経歴で見落としてはならないのは、彼が政府を離れた期間(2013-2021年)にコンサルティング会社「The Asia Group」を設立し、アジアでのビジネス展開を行っていた点である。これは後述する「回転ドア」の典型例であり、政策決定者が私的利益のために政府での知見と人脈を利用する構造を示している。
ジェラルド・カーティス
ジェラルド・カーティス(Gerald Curtis, 1940年-)は、コロンビア大学政治学部教授として、半世紀以上にわたり日本政治を研究してきた。1960年代に大分県で自民党の選挙運動に密着して博士論文を書き、その成果は『代議士の誕生』(Election Campaigning Japanese Style)として出版された。日本語に堪能で、日本の政界・官界・メディアに広範な人脈を持つ。
カーティスは、他のジャパンハンドラーとは異なり、学術的な客観性を重視する姿勢を持つ。日本政治の内部構造を深く理解しており、その分析は鋭い。しかし、カーティスもまた、日米同盟の枠組みを前提とした上で日本政治を論じている。カーティスが「日本のために」提言する改革は、常にアメリカとの関係を損なわない範囲内に留まる。
注目すべきは、カーティスが日本の政治家に対して持つ人的影響力の深さである。自民党・民主党を問わず、多くの日本の政治家がカーティスとの個人的な関係を持ち、その「助言」を求めてきた。カーティスが日本の政治家と会食し、意見を述べ、それが日本の政策に反映される——この一連の過程は、形式上は「友好的な意見交換」であるが、実質的にはアメリカの政策コミュニティの意向が日本の政治決定に浸透するチャンネルとして機能している。
シンクタンク:日本管理のインフラストラクチャー
ジャパンハンドラーの活動基盤となっているのが、ワシントンD.C.に集積するシンクタンク群である。これらのシンクタンクは、政策研究の名のもとに日本政策の方向性を規定し、人材を育成し、日本の政治家・官僚との接点を提供する。シンクタンクは、ジャパンハンドリングの制度的インフラである。
CSIS(戦略国際問題研究所)
CSIS(Center for Strategic and International Studies)は、ジャパンハンドラーの活動拠点として最も重要なシンクタンクである。1962年にジョージタウン大学内に設立され、その後独立した。
CSISの日本部門(Japan Chair)は1981年にトヨタ自動車の寄付により設立された。マイケル・グリーンが長年にわたり主導し、日米関係に関する政策提言の中心的な発信源となってきた。2025年3月からはクリスティ・ゴヴェラが新たな日本部長を務めている。CSISが発表する報告書は、日本の外交・安全保障政策に直接的な影響を与える。アーミテージ・ナイ報告書もCSISから発表されている。
CSISと日本との関係で特筆すべきは、日本政府および日本企業からの巨額の資金提供である。CSISは日本の外務省、防衛省のほか、日本の大企業からの寄付を受けている。すなわち、日本は自らを管理するための機関に資金を提供しているのである。これは、植民地が宗主国の統治機構の経費を負担するのと構造的に同じである。
さらに注目すべきは、日本の政治家がCSISを「登竜門」として利用している点である。首相候補や有力政治家がCSISで講演を行い、ワシントンの政策コミュニティからの「承認」を得ることが、日本の政界における出世の条件の一つとなっている。安倍晋三、麻生太郎をはじめ、多くの日本の政治家がCSISで講演を行ってきた。これは、日本の政治リーダーがアメリカのシンクタンクの審査を受けるという、主権国家としてはあり得ない事態である。
ブルッキングス研究所
ブルッキングス研究所(Brookings Institution)は、1916年に設立されたアメリカ最古のシンクタンクの一つであり、民主党系の政策に強い影響力を持つ。東アジア政策研究センターには、日本研究の専門家が所属し、日米関係に関する政策提言を行ってきた。
ブルッキングスの特徴は、CSISに比べてより「リベラル」な立場から日米関係を論じる点にある。しかし、「リベラル」であろうと「保守」であろうと、日米同盟の維持・強化という結論においては違いがない。アメリカのシンクタンクにおける日本研究は、共和党系(CSIS、ハドソン研究所)も民主党系(ブルッキングス)も、日米同盟を前提として議論を行う。日米同盟の解消や日本の自主防衛を真剣に検討するシンクタンクは、ワシントンには存在しない。
ハドソン研究所
ハドソン研究所(Hudson Institute)は、1961年に未来学者のハーマン・カーンが設立した保守系シンクタンクである。近年、日本との関係を急速に深めており、パトリック・クローニンが主導するアジア太平洋安全保障センターを擁する。
ハドソン研究所は、対中強硬路線の拠点として、日本の軍事的役割拡大を積極的に推進している。安倍晋三は2013年にハドソン研究所で「Japan is Back」と題した講演を行い、日本の「積極的平和主義」をアピールした。ハドソン研究所が安倍に「ハーマン・カーン賞」を授与したことは、日本の首相がアメリカのシンクタンクから「褒美」を受け取るという構図を明確に示した。
ランド研究所
ランド研究所(RAND Corporation)は、もともと空軍のシンクタンクとして1948年に設立された。核戦略、軍事作戦、安全保障政策の研究において圧倒的な影響力を持つ。日本の防衛政策に関しても、ランドの分析と提言はアメリカの政策決定に直接反映される。
ランドの日本研究は、他のシンクタンクに比べてより直接的に軍事的観点から行われる。在日米軍の配置、日本の防衛費のあり方、日米共同作戦の構想など、軍事的な「日本の使い方」をランドは研究している。ランドの報告書は、日本を「同盟国」としてではなく、アメリカの軍事戦略における「アセット」(資産)として扱う傾向がある。
アーミテージ・ナイ報告書:日本管理の設計図
ジャパンハンドラーの活動を最も端的に示す文書が、アーミテージ・ナイ報告書である。CSISから発表されるこの報告書は、日米同盟の方向性に関する超党派の提言書であり、事実上アメリカが日本に示す政策指示書として機能してきた。
第1次報告書(2000年)
正式名称は「The United States and Japan: Advancing Toward a Mature Partnership」(成熟したパートナーシップに向けて)。リチャード・アーミテージとジョセフ・ナイが共同議長を務め、2000年10月に発表された。
この報告書は、日本に対して以下を要求した。
- 集団的自衛権の行使: 日本が集団的自衛権の行使を認めないことは日米同盟の障害であるとし、その解禁を求めた
- 日米同盟の「NATOモデル化」: 日英同盟を手本に、日米同盟をより対等かつ積極的なものに変革すべきと提言した(しかし「対等」とは日本の負担増を意味し、アメリカの覇権構造の変更を意味しなかった)
- 有事法制の整備: 日本が有事に迅速に対応できる法的枠組みの整備を求めた
- PKOの拡大: 日本の国際的な軍事的貢献の拡大を求めた
この報告書が発表されたわずか数ヶ月後にジョージ・W・ブッシュ政権が発足し、アーミテージ自身が国務副長官に就任した。報告書の提言は、そのまま新政権の対日政策となった。報告書は「提言」ではなく予告であったのだ。
第2次報告書(2007年)
「The U.S.-Japan Alliance: Getting Asia Right through 2020」と題されたこの報告書は、2007年2月に発表された。中国の台頭を踏まえ、日米同盟をアジアの安定の「要石」として再定義した。
- 日本の防衛費増額: GDP1%枠の撤廃と防衛費の増額を求めた
- インド太平洋への拡張: 日米同盟の地理的範囲をアジア太平洋全域に拡大すべきとした
- 日豪関係の強化: 日本・オーストラリアの安全保障協力を推進し、アメリカを中心とする「ハブ・アンド・スポーク」体制を「ネットワーク型同盟」に発展させることを提言した
第3次報告書(2012年)
「The U.S.-Japan Alliance: Anchoring Stability in Asia」(アジアの安定のアンカー)と題された2012年の報告書は、東日本大震災後の日本に対し、さらなる「同盟の深化」を求めた。
- 原子力エネルギーの維持: 東日本大震災・福島第一原子力発電所事故後の日本に対し、原子力発電の維持を求めた。これはアメリカの原子力産業の利益と、日本がプルトニウムを保有することの戦略的意味を考慮した提言であった
- TPP参加: TPPへの日本の参加を強く求めた
- 武器輸出三原則の見直し: 日本の武器輸出規制の緩和を求めた
- ホルムズ海峡の機雷掃海: 集団的自衛権行使の具体的場面として、ホルムズ海峡での機雷掃海を挙げた
注目すべきは、この報告書の提言のほぼすべてが、その後の安倍政権(2012-2020年)において実際に実行されたという事実である。集団的自衛権の行使容認(2014年閣議決定)、武器輸出三原則の緩和(2014年、防衛装備移転三原則)、TPP交渉参加(2013年)、原子力発電の再稼働推進——安倍政権の安全保障・経済政策は、アーミテージ・ナイ報告書の提言をほぼそのまま実行したものである。
これが何を意味するかは明白である。日本の首相は、アメリカのシンクタンクが書いた報告書の実行者にすぎなかった。日本の安全保障政策は、東京の首相官邸ではなく、ワシントンのCSISで決定されていたのである。
第4次報告書(2018年)
「More Important Than Ever: Renewing the U.S.-Japan Alliance for the 21st Century」と題された2018年の報告書は、トランプ政権下での日米同盟の不確実性に対応するものであった。
- 自由で開かれたインド太平洋: 安倍政権の「自由で開かれたインド太平洋」構想をアメリカが受け入れる形で、日米の戦略的一体化を進めるべきとした
- 防衛費のさらなる増額: GDP2%への引き上げを示唆した
- サイバー・宇宙領域での協力: 新たな領域での日米協力の拡大を求めた
- 経済安全保障: サプライチェーンの「脱中国」と日米経済統合の深化を求めた
この報告書もまた、その後の日本の政策に忠実に反映された。岸田政権(2021-2024年)は防衛費をGDP2%に引き上げることを決定し、経済安全保障推進法を制定した。
第5次報告書(2020年)
「An Equal Alliance with a Global Agenda」(グローバルな課題に取り組む対等な同盟)と題された2020年の報告書は、初めて日本がアメリカと「対等」あるいは「主導的」な役割を果たしつつあると評価した。しかし、この「対等」は日本の自主性の回復ではなく、日本がアメリカの期待する役割をより積極的に自発的に果たすようになったことへの評価にすぎない。
第6次報告書(2024年)
「Toward an Integrated Alliance」(統合された同盟に向けて)と題された2024年の報告書は、アーミテージとナイの最後の共同報告書となった。日米同盟が「歴史的な強さ」にあると評価しつつ、経済と安全保障の両面でさらなる「統合」を求めた。「統合された同盟」とは、日本の外交・安全保障・経済政策がアメリカの戦略と一体化することを意味する。これはもはや「同盟」ではなく、日本のアメリカへの制度的併合の完成形を目指すものである。
2025年にアーミテージとナイが相次いで死去したことで、24年にわたるアーミテージ・ナイ報告書の時代は終わりを告げた。しかし、彼らが構築したシステム——日本の政策をアメリカのシンクタンクが設計するという構造——は、次世代に確実に引き継がれている。
自民党および日本の政党との関係
自民党:ジャパンハンドラーの最大の協力者
自民党は、結党以来一貫してジャパンハンドラーの最大の協力者であり続けてきた。自民党の記事で詳述したとおり、自民党はCIAの秘密資金で育成された親米保守政党であり、ジャパンハンドラーとの関係はその「DNA」に組み込まれている。
自民党とジャパンハンドラーの関係は、以下の複数の回路を通じて維持されている。
- ワシントン詣で: 自民党の有力政治家は、重要な局面でワシントンを訪問し、ジャパンハンドラーとの面談を行う。首相就任前、選挙前、政策転換の前後など、アメリカの「理解」と「承認」を得ることが暗黙の前提となっている。これは属国の政治家が宗主国にお伺いを立てる行為にほかならない
- シンクタンク講演: CSISやハドソン研究所での講演は、日本の政治家がアメリカのエスタブリッシュメントからの「認証」を受ける場として機能している。講演内容は事前にアメリカ側と「調整」されることもあり、日本の政治家が自主的に政策を表明しているように見せながら、実際にはアメリカの意向を代弁させる仕組みとなっている
- 日米議員交流: 超党派の議員交流プログラムを通じて、自民党の若手・中堅議員がアメリカの政策コミュニティに紹介され、「育成」される。アメリカ側から見れば、将来の日本の政策決定者を早い段階から「確保」する投資である
- 防衛官僚ルート: 防衛省・自衛隊の幹部がアメリカの軍事教育機関やシンクタンクに留学し、ジャパンハンドラーとの人脈を形成する。帰国後、これらの官僚は日米安全保障関係の実務を担い、アメリカの戦略的意向に沿った政策を推進する
安倍政権:ジャパンハンドリングの「成功例」
安倍晋三政権(2012-2020年)は、ジャパンハンドラーにとって最大の「成功例」であった。安倍はCSISやハドソン研究所で講演を行い、ワシントンの承認を得た上で首相に就任した。安倍政権が実行した主要政策——集団的自衛権の行使容認、特定秘密保護法の制定、武器輸出三原則の緩和、TPP交渉参加、防衛費の増額——は、いずれもアーミテージ・ナイ報告書の提言に対応するものであった。
安倍は自らを「戦後レジームからの脱却」を掲げる保守政治家として位置づけたが、皮肉なことに、安倍政権はアメリカの要求にこれほど忠実に応えた政権は戦後にもほとんど例がない。「戦後レジームからの脱却」は、実際にはアメリカの要求に従って軍事的役割を拡大し、経済の門戸を開放する——すなわち対米従属の深化を「自主的な判断」であるかのように装う修辞にすぎなかった。
ジャパンハンドラーが安倍政権を高く評価した最大の理由は、安倍がアメリカの要求を日本の「国益」として自発的に実行したからである。アメリカは直接的に命令する必要がなく、日本の首相が「自らの意思で」アメリカの望む政策を推進した。これこそが、ジャパンハンドリングの理想形態——被支配者が支配者の意思を自らの意思として内面化する——にほかならない。
民主党政権の「反乱」と制裁(2009-2012年)
ジャパンハンドラーの影響力の強さを逆説的に証明したのが、民主党の鳩山由紀夫政権(2009-2010年)の顛末である。
鳩山は、「対等な日米関係」「東アジア共同体」を掲げ、普天間基地の県外・国外移設を主張した。これはジャパンハンドラーの想定する日米関係の枠組みから逸脱するものであった。結果として何が起きたか。
- アメリカの政策コミュニティからの激しい批判: ジャパンハンドラーたちは、鳩山を「信頼できない」「素人」「ルーピー(loopy=変人)」と公然と非難した。ワシントン・ポスト紙のコラムで使われた「loopy」という表現は、アメリカの政策コミュニティが日本の首相を嘲笑する姿を世界に示した
- 外務省・防衛省の非協力: 日本の官僚機構、特に外務省のアメリカンスクール(親米派)は、鳩山政権に対して組織的に非協力的な姿勢を取った。ジャパンハンドラーとの人脈を持つ官僚たちが、自国の首相ではなくアメリカの意向に従ったのである
- メディアの攻勢: 日本のマスメディアは、鳩山政権を連日批判し、「日米同盟の危機」を煽った。日本のメディアがジャパンハンドラーの論調をそのまま反復する装置として機能していることが、この時期に最も明確に表れた
- 9ヶ月での退陣: 鳩山は就任からわずか9ヶ月で辞任に追い込まれた。普天間問題は結局「辺野古回帰」に戻り、アメリカの要求が完全に通った
鳩山政権の失敗は、日本の政治家がジャパンハンドラーの設定した枠組みから逸脱しようとした場合に何が起きるかを如実に示した。アメリカの政策コミュニティ、日本の官僚機構、日本のメディアが三位一体となって「反乱者」を排除する——この構造は、ジャパンハンドリングが単に個人的な人脈の問題ではなく、制度化されたシステムであることを証明している。
他の政党とジャパンハンドラー
ジャパンハンドラーの影響力は自民党に限定されない。
- 立憲民主党・旧民主党系: 旧民主党の「親米派」は、ジャパンハンドラーとの関係を維持していた。前原誠司や長島昭久のような「保守系」議員は、CSISやブルッキングスとの関係を持ち、安全保障政策においては自民党と同様にアメリカの意向に沿った路線を支持してきた
- 公明党: 自民党の連立パートナーである公明党は、ジャパンハンドラーとの直接的な関係は薄い。しかし、自民党との連立を通じて、結果的にジャパンハンドラーが推進する政策(集団的自衛権、防衛費増額等)を承認してきた
- 日本維新の会: 維新の会は、新自由主義的な経済政策と日米同盟重視を掲げ、ジャパンハンドラーの方向性と親和的である。維新の会の幹部にはアメリカの政策コミュニティとの接点を持つ者がおり、「改革保守」として自民党の補完的役割を果たしている
- 日本共産党・社民党・れいわ新選組: これらの政党は、日米安保体制への批判を綱領に掲げているが、ジャパンハンドラーの影響力からは距離を置いている。しかし、これらの政党が政権に近づく可能性がほぼない日本の政治構造そのものが、ジャパンハンドラーにとっては好都合である。反米的な政治勢力が政権を取れない体制が維持されている限り、ジャパンハンドラーのシステムは安泰だからである
アメリカの利益と日本の利益の相反
ジャパンハンドラーは「日米同盟は両国の利益に資する」と主張する。しかし、リアリズムの観点からは、国家間関係において利益が完全に一致することはあり得ない。ハンス・モーゲンソーが論じたように、すべての国家は自国の国益を追求するのであり、「同盟」は共通の利益がある場合に一時的に成立する便宜的な取り決めにすぎない。日米同盟においても、アメリカの利益と日本の利益は多くの点で根本的に相反している。
安全保障分野の利益相反
- 在日米軍の駐留: アメリカにとって在日米軍は西太平洋への戦力投射の拠点であり、アメリカの覇権を維持するために不可欠である。日本にとっては、外国軍が自国領土に駐留し続けることは国家主権の侵害であり、民族自決権の否定である。ジャパンハンドラーは、在日米軍が「日本を守っている」という神話を維持することで、この根本的な利益相反を隠蔽している
- 集団的自衛権: アメリカにとっては、日本の軍事力をアメリカの世界戦略に動員できることに意味がある。日本にとっては、アメリカの戦争に巻き込まれるリスクが高まるだけである。自衛隊がアメリカの軍事作戦を支援するために世界中に派遣される体制は、日本の安全保障にとって利益ではなく脅威である
- 防衛費の増額: アメリカは日本にGDP2%の防衛費を求めるが、これはアメリカの軍産複合体にとっての商機でもある。日本が購入する最新鋭兵器——F-35戦闘機、イージスシステム、オスプレイなど——はすべてアメリカ製であり、防衛費の増額は日本の税金がアメリカの軍需産業に流れることを意味する
- 台湾有事: ジャパンハンドラーは、台湾有事における日本の積極的関与を求める。しかし、台湾海峡の「安定」はアメリカの覇権維持の問題であり、日本の死活的利益ではない。日本が台湾有事に介入すれば、中国との全面的な軍事対立に巻き込まれるリスクを負う。ジャパンハンドラーは、日本をアメリカと中国の代理戦争の最前線に立たせようとしている
経済分野の利益相反
- 市場開放と構造改革: 年次改革要望書やアーミテージ・ナイ報告書を通じて求められた経済改革は、アメリカの企業と投資家に日本市場へのアクセスを提供するためのものであった。郵政民営化、農業自由化、金融規制の緩和——これらはアメリカの経済的利益に奉仕するものであり、日本の経済的自立を掘り崩した
- TPP/自由貿易協定: アメリカ主導の通商交渉は、アメリカの多国籍企業が日本市場で有利な条件を獲得するための装置であった。日本の農業、保険、医療、知的財産制度がアメリカの基準に合わせて変更されることを求めた
- 円安・円高の操縦: プラザ合意(1985年)に象徴されるように、アメリカは為替を政治的手段として利用し、日本の経済競争力を操作してきた。ジャパンハンドラーは、これらの経済的圧力を「同盟の文脈」で正当化する役割を果たした
歴史認識と民族の誇り
ジャパンハンドラーは、日本の歴史認識問題にも介入してきた。特に、靖国神社参拝や慰安婦問題に関して、アメリカの「懸念」を日本側に伝えるのはジャパンハンドラーの役割である。
アメリカにとって、日本の歴史認識問題は地政学的なツールである。日本と韓国・中国の歴史的な対立は、これらの国が結束してアメリカの覇権に挑戦することを防ぐ効果がある。一方で、日本がアメリカの要求に従わない場合には、歴史問題を「カード」として利用し、日本に圧力をかけることもできる。ジャパンハンドラーは、歴史問題を管理することで、東アジアにおける分断統治(divide and rule)を維持している。
日本民族にとっては、自国の歴史認識を外国に管理されること自体が、民族自決権の侵害である。歴史の解釈は主権的行為であり、他国に指図されるべきものではない。ジャパンハンドラーによる歴史認識への介入は、日本が精神的にもアメリカに従属していることの証左である。
活動の手法:日本操縦のメカニズム
ジャパンハンドラーの操縦手法は、直接的な命令ではなく、環境の設計を通じた間接的な誘導である。彼らは日本の政策決定者が「自発的に」アメリカの望む結論に到達するよう、情報環境・人的ネットワーク・インセンティブ構造を操作する。
人脈形成と「育成」
ジャパンハンドラーの最も基本的な手法は、日本のエリートとの長期的な人的関係の構築である。
- 留学・研修プログラム: フルブライト奨学金、マンスフィールド・フェローシップ、各種の軍事交流プログラムを通じて、日本の若手官僚・軍人・研究者がアメリカで教育を受ける。彼らはアメリカの世界観を内面化し、帰国後に「親米派」として日本の政策決定に関与する。この「育成」は何十年にもわたる長期投資であり、ジャパンハンドラーのシステムが個人の力量ではなく制度的基盤に支えられていることを示している
- 日米交流プログラム: 日米関係に特化した交流プログラム(日米リーダーシップ・プログラム、日米文化教育交流会議CULCON等)を通じて、日本の次世代リーダーがワシントンの政策コミュニティに紹介される。参加者は「選ばれた」という意識を持ち、日米関係の維持を自らの使命と認識するようになる
- 個人的な信頼関係: ジャパンハンドラーは日本の政治家・官僚との個人的な信頼関係を構築する。食事を共にし、ゴルフを楽しみ、非公式に意見を交換する。この「友情」の中で、アメリカの政策的意向が日本側に浸透していく。日本の政治家は、ジャパンハンドラーから聞いた情報を「アメリカの本音」として政策判断の材料にする。しかし、そこで伝えられる「本音」は、ジャパンハンドラーが日本に採用させたい政策の方向性にほかならない
報告書による政策誘導
アーミテージ・ナイ報告書に代表されるシンクタンクの政策報告書は、ジャパンハンドラーの最も強力な政策誘導のツールである。報告書は以下のメカニズムで機能する。
- アメリカの「超党派的コンセンサス」として提示されることで、日本側に「拒否できない」圧力を生む
- 具体的な政策リストを示すことで、日本の政策決定者に「チェックリスト」として利用される
- 報告書の著者がその後政権に入ることで、提言が政策に直結する
- 日本のメディアが報告書を大きく報道することで、世論形成にも影響する
この構造の問題は、日本の政策議論がアメリカの報告書への対応として行われることにある。「アーミテージ・ナイ報告書が〇〇を求めている。日本としてどう応えるか」——この問いの立て方そのものが、日本の政策的自律性の欠如を示している。主権国家の政策は、外国のシンクタンクの報告書への「対応」であってはならない。
メディア工作
ジャパンハンドラーは、日本のメディアを通じた世論形成にも長けている。
- 日本メディアへの寄稿・取材対応: ジャパンハンドラーは、日本の主要新聞やテレビに頻繁に登場し、日米関係に関する「専門家の見解」を発信する。日本のメディアは、彼らを「知日派」「日米関係の第一人者」として紹介し、その主張を批判的に検証することなく報道する
- 記者との人脈: ワシントン駐在の日本人記者は、ジャパンハンドラーを重要な情報源として依存している。この依存関係は、記者がジャパンハンドラーの論調に批判的な報道をしにくくする構造を生む
- 「日米同盟危機」の演出: 日本がアメリカの要求に応じない場合、ジャパンハンドラーはメディアを通じて「日米同盟の危機」を演出する。この「危機」が報じられることで、日本国内にアメリカの要求に応じるべきだという圧力が生まれる。鳩山政権時代に見られたメディアの一斉攻撃は、この手法の典型例である
日米合同委員会
ジャパンハンドラーの活動を制度的に下支えしているのが、日米合同委員会である。日米合同委員会は、日米地位協定の実施に関する協議機関であり、在日米軍と日本の官僚が定期的に会合を持つ。しかし、その議事録は原則非公開であり、ここで何が決定されているかを日本の国民は知ることができない。
矢部宏治は『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』において、日米合同委員会が日本の法体系の上位に位置する「超法規的」な決定機関として機能している実態を明らかにした。日米合同委員会での合意は、日本の国会の立法過程を経ずに、行政機関の内部決定として実行される。ジャパンハンドラーは、この不透明な制度的回路を通じて、日本の政策に直接的な影響を及ぼしている。
隠された構造:ジャパンハンドラーの内実
「回転ドア」:官民の利益循環
ジャパンハンドラーの活動を理解する上で不可欠なのが、回転ドア(Revolving Door)の構造である。アメリカでは、政府高官がシンクタンクや民間企業に移り、その後再び政府に戻るという人事の循環が制度化されている。
- 政府 → シンクタンク → 政府: アーミテージ、グリーン、キャンベルのいずれも、政府を離れた後にシンクタンクやコンサルティング会社を拠点に活動し、次の政権で再び政府に戻るパターンを繰り返している
- シンクタンク → ロビイング → シンクタンク: シンクタンクに在籍する間、ジャパンハンドラーは日本政府や日本企業のためのコンサルティング業務を行うこともある。これは事実上のロビイングであり、彼らが「日本のために」活動しているように見えながら、その実は日本から報酬を受け取りつつ、アメリカの政策を日本に売り込むという二重の利益構造を持つ
この回転ドアの構造は、ジャパンハンドラーの活動が純粋な政策研究でも純粋な外交でもなく、ビジネスであることを示している。日本に関する「専門知識」は、政策的影響力と経済的利益の双方をもたらす商品なのである。
資金の流れ
ジャパンハンドリングのシステムを維持するための資金の流れは、以下のように多層的である。
- 日本政府からシンクタンクへの資金提供: 外務省、防衛省、経済産業省などが、CSIS、ブルッキングス、ハドソンなどのシンクタンクに研究助成金や寄付を提供している。日本政府が自らを管理するシンクタンクに資金を提供するというこの構造は、被支配者が支配のコストを負担する植民地的関係の現代版である
- 日本企業からの寄付: 三菱、住友、トヨタなどの日本の大企業が、アメリカのシンクタンクに寄付を行っている。これらの企業は、ワシントンの政策コミュニティとの関係を維持することで、日米間のビジネス環境に関する情報と影響力を獲得している
- アメリカの軍需産業からの資金: CSIS等のシンクタンクは、ロッキード・マーティン、レイセオン、ノースロップ・グラマンなどの軍需企業からも資金を受けている。日本の防衛費増額や兵器購入を提言するシンクタンクが、その兵器を製造する企業から資金を受けている——この利益相反は明白である
「知日派」という欺瞞
ジャパンハンドラーはしばしば「知日派」(Japan expert / Japan hand)と呼ばれ、日本のメディアもこの呼称を無批判に使用する。しかし、「知日」と「親日」は根本的に異なる。
「知日」とは、日本を知っていることであり、日本の利益を支持することではない。CIAがソ連の専門家を擁していたのは、ソ連を愛していたからではなく、ソ連を効果的に抑え込むためであった。同様に、ジャパンハンドラーが日本に詳しいのは、日本を効果的に管理するためにほかならない。
「知日派」という呼称は、ジャパンハンドラーの本質を隠蔽する修辞装置である。「知日派」と呼ぶことで、彼らがあたかも日本の味方であるかのような印象が生まれる。しかし実際には、彼らが忠誠を誓っているのはアメリカ合衆国とその国益であり、日本ではない。日本のメディアは、「知日派」「親日派」という言葉を使うことで、ジャパンハンドラーの本質を日本国民から隠している。
次世代のジャパンハンドラー
アーミテージやナイの世代が引退しつつある中、次世代のジャパンハンドラーが台頭している。彼らの特徴は、冷戦を知らない世代であり、中国の台頭を前提として日米関係を構想している点にある。
新世代の特徴
- 中国を中心とした世界観: 新世代のジャパンハンドラーは、米中対立を国際秩序の基本的な構造と捉え、その文脈で日本の役割を規定する。日本は「自由で開かれた国際秩序」を守るためのアメリカの同盟国として位置づけられ、対中封じ込めの最前線としての機能が期待される
- テクノロジーと経済安全保障への注目: 半導体、AI、量子コンピューティングなどの先端技術をめぐる米中競争の中で、日本のテクノロジー産業をアメリカの「陣営」に確保することが新たな課題となっている。新世代のジャパンハンドラーは、安全保障と経済を一体化させた「経済安全保障」の枠組みで日本政策を論じる
- インド太平洋の多国間枠組み: QUAD(日米豪印)、AUKUS(米英豪)などの多国間枠組みの中に日本を組み込むことで、二国間の日米同盟を超えた「ネットワーク型」の管理体制を構築しようとしている
- 「台湾有事」の焦点化: 台湾海峡の危機を前面に出すことで、日本の軍事的関与の深化を正当化する議論が活発化している。新世代のジャパンハンドラーにとって、台湾有事は日本の軍事的役割を飛躍的に拡大させるための最大の梃子である
注目すべき人物
- ミラ・ラップ=フーパー: バイデン政権のNSC東アジア・オセアニア担当上級部長を務め、バイデンのインド太平洋戦略の主執筆者であった。QUADや日米韓三カ国協力の実務を主導した。退任後の2025年4月にブルッキングス研究所に客員研究員として移籍し、次世代のジャパンハンドリングの中心人物として注目されている
- ザック・クーパー: アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のアジア安全保障の専門家。プリンストン大学で教鞭を執りつつ、アーミテージ・インターナショナルのパートナーとしても活動する。笹川平和財団との共同事業「ヤング・ストラテジスト・フォーラム」を主導し、日米の若手戦略研究者のネットワーク構築を行っている
- イーリー・ラトナー: バイデン政権の国防次官補(インド太平洋安全保障担当)を務めた。中国に対する軍事的対抗を重視し、日本を含む同盟国の役割拡大を推進してきた
- クリスティ・ゴヴェラ: 2025年3月にCSIS日本部長に就任。オックスフォード大学准教授を兼任し、経済と安全保障の接点を専門とする。CSISの日本プログラムの新たな舵取り役として、グリーンの後継者的位置にある
- ジェフリー・ホーナング: ランド研究所の日本研究主任。ジョージタウン大学兼任教授。日本の防衛政策に関する多数の報告書を執筆しており、ランドにおけるジャパンハンドリングの実務的中心人物である
2025年にアーミテージとナイが相次いで死去したことは、ジャパンハンドラーの世代交代を象徴する出来事であった。日経新聞は「ジャパン・ハンドラーに種まけ」と題するコラムを掲載し、日本側がアメリカにおける次世代の「知日派」を育成する必要性を論じた。これは、日本が自らの管理者を自ら育てることを提唱するという、対米従属の極みを示すものにほかならない
新世代の危険性
新世代のジャパンハンドラーは、旧世代以上に危険である可能性がある。その理由は以下の通りである。
- 冷戦型の「安定」への感覚がない: 旧世代は冷戦期の経験から、大国間の軍事衝突を避けることの重要性を理解していた。新世代にはこの「抑止と安定」の感覚が乏しく、対中対立のエスカレーションに対する歯止めが弱い
- 日本を「戦闘する同盟国」として設計している: 旧世代のジャパンハンドリングは、日本を「小切手外交」(経済的貢献)の枠内に留める傾向があった。新世代は、日本に実際の戦闘能力の提供を求めている。反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有、南西諸島への部隊配備、台湾有事への対応計画——これらはすべて、日本をアメリカの戦争の最前線に送り出すための準備である
- 経済と安全保障の一体化: 経済安全保障の名のもとに、日本の産業政策そのものがアメリカの地政学的利益に従属させられる危険がある。半導体の対中輸出規制に日本が同調させられた事例は、経済的主権の侵害の始まりにすぎない
ジャパンハンドラーの危険性
ジャパンハンドラーのシステムが日本にもたらす危険は、以下の点に集約される。
民族自決権の否定
ジャパンハンドラーの存在そのものが、日本の民族自決権の否定である。主権国家の政策は、自国民の意思によって決定されなければならない。しかし、ジャパンハンドラーのシステムにおいては、日本の政策はアメリカの「専門家」によって設計され、日本の政治家がそれを実行するという構造になっている。日本民族は、自らの運命を自ら決定する権利を実質的に奪われている。
戦争への巻き込み
ジャパンハンドラーが推進する「同盟の深化」は、日本がアメリカの戦争に巻き込まれるリスクを飛躍的に高めている。集団的自衛権の行使容認、反撃能力の保有、台湾有事への対応計画——これらはすべて、日本がアメリカの軍事作戦に参加するための制度的・能力的基盤を構築するものである。
台湾海峡で軍事衝突が発生した場合、ジャパンハンドラーが構築したシステムは、日本を自動的に戦争に引き込む装置として作動するだろう。日本の南西諸島はアメリカ軍のミサイル発射拠点となり、自衛隊はアメリカ軍の指揮のもとで戦闘行動を行い、日本本土は中国のミサイル攻撃の標的となる。これは日本のための戦争ではなく、アメリカの覇権のための戦争であり、日本はその最大の犠牲者となる。
経済的収奪
ジャパンハンドラーが推進する経済政策は、日本の富をアメリカに移転させる装置として機能している。防衛費GDP2%の引き上げは、年間数兆円規模のアメリカ製兵器の購入を意味する。構造改革と市場開放は、アメリカの企業と投資家に日本市場を売り渡すことを意味する。日本は、自らを管理するシンクタンクに資金を提供し、アメリカに兵器を買わされ、市場を開放させられる——これは経済的搾取以外の何物でもない。
精神的従属の深化
最も深刻な危険は、ジャパンハンドラーのシステムが日本人の精神的従属を深化させることである。ジャパンハンドラーを「知日派」と呼び、CSISの報告書を「日本への好意的な提言」と受け取り、アメリカの「専門家」の意見を日本の政策に反映させることを当然と考える——この精神構造こそが、ジャパンハンドリングの最大の「成果」である。
フランツ・ファノンは『黒い皮膚・白い仮面』において、植民地支配の最も深い暴力は物理的な支配ではなく、被支配者が支配者の世界観を内面化することにあると論じた。ジャパンハンドラーのシステムは、日本のエリートにアメリカの世界観を内面化させ、アメリカの利益を「日本の国益」と錯覚させることに成功している。この精神的従属からの解放なくして、日本の真の独立はあり得ない。
リアリズムの観点からの分析
国際政治学のリアリズムの視座から、ジャパンハンドラーのシステムを分析する。
モーゲンソーの帝国主義論
ハンス・モーゲンソーは『国際政治:権力と平和』において、帝国主義を「現状の権力関係を変更しようとする政策」と定義し、その方法として軍事的征服、経済的浸透、そして文化的帝国主義を挙げた。文化的帝国主義とは、他国の知識人やエリートの思想を支配し、自国の価値観と利益を普遍的なものとして受容させる手法である。
ジャパンハンドラーの活動は、モーゲンソーが分析した文化的帝国主義の完成形である。彼らは軍隊を送り込むのではなく(それは在日米軍の役割である)、日本のエリートの思想を形成し、アメリカの利益を「日米共通の利益」として受容させることで、日本を実質的に支配している。
ウォルツの同盟理論
ケネス・ウォルツは『国際政治の理論』において、国際システムにおける同盟関係を分析した。ウォルツの構造的リアリズムによれば、同盟は共通の脅威に対する一時的な利便的取り決めにすぎず、脅威が変化すれば同盟も変化するのが国際政治の常態である。
この理論に照らせば、ソ連の崩壊後に日米同盟が維持されていること自体が異常である。共通の脅威(ソ連)が消滅した以上、同盟を解消するか再検討するのが合理的な国家の行動であった。しかし、ジャパンハンドラーは「中国の脅威」という新たな正当化根拠を創出することで、同盟の「永続化」に成功した。これは、同盟が特定の脅威への対応ではなく、アメリカの覇権構造の恒久的な一部として制度化されていることを意味する。
ミアシャイマーの攻撃的リアリズム
ジョン・ミアシャイマーの攻撃的リアリズムは、大国は地域覇権を追求し、他の地域での潜在的な覇権国の台頭を阻止しようとすると論じる。ミアシャイマーの理論に基づけば、アメリカが日本にジャパンハンドラーのシステムを維持している目的は明白である——日本がアジアにおける独自の大国として台頭することを阻止し、中国という潜在的覇権国に対する「オフショア・バランサー」として日本を利用することである。
ミアシャイマーは、同盟国は覇権国にとって「使い捨ての道具」になり得ると指摘している。台湾有事において日本が最前線に立たされるシナリオは、まさにこの「使い捨て」の論理の実現形態である。アメリカは日本をバッファ(緩衝帯)として中国と向き合わせ、自らは安全な距離を保つ——これがジャパンハンドラーの構築する「日米同盟」の戦略的本質にほかならない。
ジャパンハンドリングからの脱却
リアリズムの観点からすれば、日本がジャパンハンドラーのシステムから脱却することは、日本の国家主権と民族自決権を回復するために不可欠である。
- 自主防衛の確立: 米軍撤退を実現し、民族主義憲法のもとで自主的な防衛力を構築しなければならない。日本が自国の安全保障を自力で担える能力を持たない限り、ジャパンハンドラーの「日本を守ってあげている」という論理に対抗することはできない
- 独立した外交の展開: アメリカのシンクタンクに政策を決めてもらうのではなく、日本独自の国際政治分析に基づく外交戦略を構築しなければならない。多極化世界と日本で論じたとおり、多極化する世界において日本が生き残るためには、アメリカ一辺倒の外交から脱却し、ロシア、中国、インド、ASEAN諸国との多角的な関係を構築する必要がある
- 知的従属からの解放: ジャパンハンドラーの論調を無批判に受容する日本のメディア・学術界・官僚機構の体質を変革しなければならない。日本には、アメリカの「知日派」に教えてもらう必要のない、独自の国際政治学・安全保障研究の伝統がある。日本人自身が日本の国益を定義し、日本の戦略を構想する——これこそが、ジャパンハンドリングからの真の脱却である
ジャパンハンドラーは、アメリカ帝国の対日統治機構の知的支柱である。彼らの影響力を排除し、日本民族が自らの運命を自ら決定する体制を構築すること——それが反米保守の中核的課題にほかならない。
参考文献
- 『CIA秘録』(Legacy of Ashes)、ティム・ワイナー著
- 『閉された言語空間』、江藤淳著
- 『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』、矢部宏治著
- 『拒否できない日本』、関岡英之著
- 『日本 権力構造の謎』(The Enigma of Japanese Power)、カレル・ヴァン・ウォルフレン著
- 『国際政治:権力と平和』、ハンス・モーゲンソー著
- 『国際政治の理論』、ケネス・ウォルツ著
- 『大国政治の悲劇』、ジョン・ミアシャイマー著
- 『ソフト・パワー』、ジョセフ・ナイ著
- 『黒い皮膚・白い仮面』、フランツ・ファノン著
- 「The United States and Japan: Advancing Toward a Mature Partnership」(第1次アーミテージ・ナイ報告書)、CSIS、2000年
- 「The U.S.-Japan Alliance: Getting Asia Right through 2020」(第2次アーミテージ・ナイ報告書)、CSIS、2007年
- 「The U.S.-Japan Alliance: Anchoring Stability in Asia」(第3次アーミテージ・ナイ報告書)、CSIS、2012年
- 「More Important Than Ever: Renewing the U.S.-Japan Alliance for the 21st Century」(第4次アーミテージ・ナイ報告書)、CSIS、2018年
- 『Japan's Reluctant Realism』、マイケル・グリーン著
- 『代議士の誕生』(Election Campaigning Japanese Style)、ジェラルド・カーティス著
- 『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(Japan as Number One)、エズラ・ヴォーゲル著
- 「An Equal Alliance with a Global Agenda」(第5次アーミテージ・ナイ報告書)、CSIS、2020年
- 「Toward an Integrated Alliance」(第6次アーミテージ・ナイ報告書)、CSIS、2024年