パランティア・テクノロジーズ
パランティア・テクノロジーズ
概要と設立の背景
パランティア・テクノロジーズ(Palantir Technologies, Inc.、NYSE: PLTR)は、アメリカ合衆国のビッグデータ分析企業であり、CIA・NSA・FBI・アメリカ軍をはじめとする情報機関・軍事組織にデータ統合・分析プラットフォームを提供するアメリカ帝国の監視インフラの中核企業である。2003年、ピーター・ティールらによって設立された。
社名の「パランティア」は、J・R・R・トールキンの『指輪物語』に登場する「パランティーア」(遠見の石)に由来する。物語において、パランティーアは遠方の出来事を見通す魔法の水晶球であるが、その使用者はしばしば闇の勢力サウロンの監視下に置かれた。皮肉にも、パランティア・テクノロジーズの事業もまた、全世界を「見通す」監視システムの構築そのものである。
設立の経緯が示すのは、パランティアが純粋な民間企業ではなく、CIAの投資部門から生まれた準政府的な監視企業であるという事実である。2003年にティールが会社を設立した後、2004年から2005年にかけてCIAの投資部門In-Q-Telから約200万ドルの出資を受けた。金額としては小規模であったが、In-Q-Telの出資はCIAがパランティアの技術に「お墨付き」を与えたことを意味し、その後のアメリカ情報コミュニティへの参入を決定づけた。ティール自身も3,000万ドルの自己資金を投入した。パランティアの最初の顧客はCIAであり、2005年から2008年にかけてGothamプラットフォームが情報分析に採用された。
パランティアが設立された文脈も重要である。2001年の9.11テロ以降、アメリカは「テロとの戦い」を名目に大規模な監視体制を構築した。ティールは、自身が共同創業したPayPalでの不正検知技術がテロ対策に応用できると着想したとされる。しかし、「テロ対策」の名の下に構築された監視インフラは、テロリストだけでなく一般市民、移民、政治的反対者、そして同盟国に対しても向けられることになった。エドワード・スノーデンの暴露によって明らかになったPRISMやECHELONと同様に、パランティアのプラットフォームは、「安全保障」を口実としたアメリカの全世界的監視体制の一翼を担っている。
2020年9月30日、パランティアはニューヨーク証券取引所(NYSE)に直接上場した。2024年の年間売上高は約29億ドル(約4,300億円)、2025年には約45億ドル(前年比56%増)に達し、その約55%が政府契約、約45%が民間企業からの収入である。2026年3月時点の時価総額は約3,750億ドル(約56兆円)に達し、世界で29番目に企業価値の高い企業となっている。なお、カープCEOの2020年の報酬は11億ドル(約1,650億円)であり、上場企業CEOの中で最高額であった。
パランティアはオーストラリア、カナダ、デンマーク、フランス、ドイツ、イスラエル、イタリア、日本、オランダ、ノルウェー、ポーランド、カタール、韓国、スペイン、スウェーデン、スイス、アラブ首長国連邦、イギリスに拠点を有する。日本にも拠点を持つという事実は、パランティアの監視インフラがすでに日本に浸透しつつあることを示唆している。
創業者と権力ネットワーク
パランティアの創業者はピーター・ティール、アレックス・カープ(CEO)、ジョー・ロンズデール、スティーブン・コーエン、ネイサン・ゲッティングスの5名である。
ピーター・ティール
ピーター・ティールは1967年、フランクフルト生まれのドイツ系アメリカ人である。スタンフォード大学で哲学学士号およびスタンフォード・ロースクールで法務博士号を取得した。1998年にPayPalを共同創業し、2002年にPayPalがeBayに15億ドルで買収された際に約5,500万ドルを得た。
ティールはシリコンバレーにおいて最も政治的に影響力のある人物の一人である。その権力ネットワークは以下のように広がる。
- PayPalマフィア: PayPalの創業メンバーおよび初期社員は「PayPalマフィア」と呼ばれ、イーロン・マスク(テスラ、SpaceX)、リード・ホフマン(LinkedIn)、チャド・ハーリー(YouTube)など、シリコンバレーの中枢を占める人物を多数輩出した。ティールはこのネットワークの中心人物である
- ベンチャーキャピタル: ティールは2005年にファウンダーズ・ファンドを設立し、Facebook(現Meta)への最初の外部投資家(50万ドル)としても知られる。この投資は最終的に10億ドル以上のリターンをもたらした
- トランプ政権との関係: ティールは2016年のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ候補を早期に支持し、125万ドルを献金した。シリコンバレーの大物がトランプを公然と支持したことは異例であった。トランプ政権の政権移行チームにも参加し、国防政策や情報技術政策に影響力を行使した。ティールが支援したJ・D・ヴァンスは、2024年の大統領選挙でトランプの副大統領候補に選出された。ブルームバーグの報道によれば、トランプ政権内にはティールとつながりを持つ人物が12人以上配置されている。イーロン・マスクのDOGE(政府効率化省)、デイヴィッド・サックス(ホワイトハウスAI・暗号資産担当)、マイケル・クラツィオス(元米国CTO)など、ティールのネットワークはアメリカ政府の中枢に深く浸透している
アレックス・カープ
アレックス・カープは1967年生まれ、パランティアのCEO(最高経営責任者)である。スタンフォード・ロースクールでティールの同級生であり、その後フランクフルト大学で新古典主義社会理論の博士号を取得した。ティールが保守・リバタリアンの立場であるのに対し、カープは自らを進歩的(progressive)と位置づけるが、この政治的立場の差異はパランティアの事業に実質的な影響を及ぼしていない。政府・軍・情報機関への監視技術の提供という本質において、カープの個人的な政治信条は何の制約にもなっていない。
主要製品
パランティアの製品群は、政府・軍・情報機関と民間企業の双方に、大規模なデータ統合・分析基盤を提供するものである。
Palantir Gotham
2008年にリリースされたGothamは、パランティアの原点であり、防衛・情報機関向けのデータ統合プラットフォームである。CIA、NSA、FBI、アメリカ軍の各部門が主要な利用者である。
Gothamの機能は、異なるデータソース(金融取引記録、通信傍受データ、衛星画像、ソーシャルメディア、入出国記録など)を統合し、それらの間に隠された関連性やパターンを分析者が発見できるようにすることにある。対テロ分析、戦場指揮、詐欺検知などに使用される。注目すべきは、Gothamがアメリカの最高機密レベル(Top Secret/SCI)の環境で運用可能であるという点である。西側諸国のAIプラットフォームでこの機密レベルに対応できるものは、事実上パランティアだけである。
リアリズムの観点から見れば、Gothamは21世紀における覇権維持の道具である。かつてCIAが人的情報源(HUMINT)を通じて行っていた情報収集・分析を、パランティアはビッグデータとアルゴリズムによって自動化・効率化した。その結果、アメリカの情報機関は従来では不可能であった規模と速度で、世界中の個人・組織・国家の活動を監視・追跡できるようになった。
Palantir Foundry
Foundryは民間企業および政府機関向けのデータ統合プラットフォームである。製造業、サプライチェーン、医療、金融など40以上の業種で導入されている。エアバスが航空機製造工程の管理に、大手医療機関が患者データの統合分析に使用している。
しかし、Foundryの真の危険性は、政府機関での利用にある。2025年、トランプ政権は大統領令により連邦政府機関間のデータ共有を義務化し、パランティアのFoundryが国土安全保障省(DHS)や保健福祉省(HHS)を含む少なくとも4つの連邦機関に導入された。Foundryの導入は、異なる省庁が保有するアメリカ国民の個人情報(税務情報、医療記録、移民記録、犯罪歴など)を一つのプラットフォーム上で統合・検索可能にすることを意味する。上院財政委員会のロン・ワイデン議員とアレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員は、パランティアがIRS(内国歳入庁)の税務データを含む「メガデータベース」の構築を支援していると指摘し、これがプライバシー法に違反する可能性があると警告した。
Palantir Apollo
2021年に商用製品として発表されたApolloは、GothamおよびFoundryの継続的なソフトウェア配信・更新を管理するインフラ層である。クラウド環境、オンプレミス環境、そして機密環境(軍艦上、機密政府施設など)のいずれにも同時にソフトウェアを展開・更新できる。
2024年にはマイクロソフトと提携し、ApolloをAzure Government Secret(国防総省インパクトレベル6)およびTop Secretクラウドに展開した。これにより、パランティアのプラットフォームはアメリカの最高機密環境においてもクラウドベースで運用可能となった。
Palantir AIP(人工知能プラットフォーム)
2023年に発表されたAIP(Artificial Intelligence Platform)は、大規模言語モデル(LLM)をパランティアのデータ基盤に統合するプラットフォームである。自然言語による内部データへの問い合わせ、業務の自動化、AI駆動のアプリケーション構築が可能となる。
AIPの軍事的含意は重大である。戦場において指揮官が自然言語で情報照会を行い、AIが即座にデータを分析して意思決定を支援するという構想は、戦争の本質を変える可能性がある。人間の判断を介さないAI駆動の「センサーからシューターへ」(sensor-to-shooter)のタイムライン短縮は、戦闘の速度を飛躍的に加速させる一方で、誤爆や民間人犠牲のリスクも増大させる。
AIPの導入により、パランティアの米国商業部門の売上は2025年第3四半期に前年比121%増を記録した。
アメリカ政府・軍との契約
パランティアの政府契約の規模と範囲は、この企業が単なるソフトウェアベンダーではなく、アメリカの軍事・情報インフラの不可欠な構成要素であることを示している。
アメリカ陸軍:100億ドル契約
2025年、パランティアはアメリカ陸軍と最大100億ドル(約1.5兆円)規模の契約を締結した。この契約は既存の75の個別契約を統合したものであり、陸軍および国防総省がパランティアの製品・サービスを契約手続きなしで即座に調達できるフレームワークを構築した。これは、パランティアがアメリカ軍のソフトウェア・データインフラにおいて事実上の独占的地位を獲得したことを意味する。
Project Maven:13億ドル
Project Mavenは、アメリカ国防総省のAI・機械学習を活用した情報分析プログラムである。2024年5月に当初4億8,000万ドル(5年間のIDIQ契約)で開始されたが、「需要の増大」を理由に2029年までに約13億ドルへと拡大された。中央軍(CENTCOM)、欧州軍(EUCOM)、インド太平洋軍(INDOPACOM)、北方軍/NORAD、輸送軍の5つの統合軍司令部を対象とする。
かつてProject MavenはGoogleが受注していたが、2018年にGoogle社員の大量抗議(約4,000人が署名)により撤退した。Google社員は、自社の技術が戦争に使用されることに倫理的懸念を表明した。しかしパランティアはこの倫理的問題を一切考慮せず、Googleが撤退した案件を喜んで引き受けた。カープCEOは「シリコンバレーの企業が国防を支援しないのは非愛国的だ」と公言した。
TITANプログラム:8億2,300万ドル
TITANは、アメリカ陸軍初のAI統合型地上車両として開発されている戦場情報プラットフォームである。パランティアは8億2,300万ドルの契約で、「センサーからシューター」までの時間を短縮し、より精密な長距離攻撃を可能にするシステムを構築している。AIが戦場の意思決定を支援することで兵士の認知的負担を軽減するとされるが、これは同時に、殺害の判断をアルゴリズムに委ねるという根本的な倫理的問題を提起する。
CIA・NSA・FBI
CIAはパランティアの最初の顧客であり、Gothamプラットフォームは2005年以来、CIAの情報分析に使用されてきた。NSA、FBIもGothamの主要ユーザーである。エドワード・スノーデンが2013年に暴露したアメリカの大規模監視プログラム(PRISM、ECHELONなど)の文脈において、パランティアのプラットフォームがこれらの監視活動をどの程度支援していたかは、機密情報であるため完全には明らかになっていない。しかし、パランティアが最高機密レベルの環境で運用されている事実は、その関与の深さを示唆している。
移民取締りへの関与:ICEとの契約
パランティアとアメリカ移民・関税執行局(ICE)との関係は、監視技術が国家主権ではなく覇権国の国内統制に転用される構造を端的に示している。
ICEに対するパランティアの契約総額は少なくとも2億4,830万ドルに達する。2025年4月には、複数の連邦機関のデータを統合して不法滞在者を追跡するImmigrationOSと呼ばれるデータベースの構築のために3,000万ドルの新規契約を獲得した。
ImmigrationOSの本質は、税務記録、医療記録、雇用記録、入出国記録、通信記録など、連邦政府の各機関が保有する個人情報を一元化し、アルゴリズムによって「不法滞在者」を特定・追跡するシステムである。批判者はこれを「アルゴリズムによる強制送還」(deportation by algorithm)と呼ぶ。このシステムは、移民の家族を含む無関係の人々をも巻き込み、透明性や適正手続き(due process)を欠いた状態で大量の個人を追跡対象とする。
さらに重要な事実として、トランプ政権の移民政策の立案者であるスティーブン・ミラー大統領顧問がパランティアの株式を保有していることが報じられている。移民取締り政策を設計する政治家が、その取締りのインフラを提供する企業の株式を保有しているという事実は、明白な利益相反である。
保守ぺディアの観点から指摘すべきは、パランティアのICE向けシステムが人口侵略への対策として機能しているのではなく、アメリカ帝国の国内統制の道具として機能しているという点である。アメリカの低賃金移民政策そのものが、グローバル資本の利益のために意図的に設計された政策であり、その政策が生み出した「不法移民」をアルゴリズムで追跡・排除することは、問題の根本的解決ではなく、覇権国家による住民管理の高度化にすぎない。
大規模監視と論争
連邦政府データベースの統合
2025年3月、トランプ大統領は連邦政府機関間のデータ共有を義務化する大統領令に署名した。この大統領令の実行において、パランティアは中核的なインフラ提供者として位置づけられた。トランプ政権発足以来、パランティアは1億1,300万ドル以上の連邦政府契約を獲得している。
この動きの帰結は、アメリカ国民の個人情報(税務情報、医療記録、移民ステータス、犯罪歴、雇用情報など)が、一つのプラットフォーム上で省庁横断的に検索・分析可能になるというものである。アメリカ国民はこのシステムの構築に同意しておらず、自身のプロファイルを確認することも、誤情報を修正することも、離脱することもできない。
13人の元パランティア社員が、同社のトランプ政権との協力を公に非難する声明を発表した。社内でも、アメリカ国民の個人情報を一か所に集中させることへの懸念が広がっていると報じられている。
保健福祉省(HHS)でのAI活用
2025年、保健福祉省はパランティアのAIツールを使用して助成金申請の審査・監査を行っていることが明らかになった。パランティアへの支払いは3,500万ドル以上に達する。具体的には、DEI(多様性・公平性・包摂性)やジェンダー・イデオロギーに関連する用語を含む助成金申請を自動的にフラグ付けするために使用された。政治的立場に基づいて学術研究への助成金をアルゴリズムで選別することは、政治的検閲のアルゴリズム化にほかならない。
陸軍内部メモ:セキュリティ上の脆弱性
2025年後半、アメリカ陸軍の内部メモが、パランティアとそのパートナー企業が構築した戦場通信システムに「根本的なセキュリティ上の問題」と脆弱性があると警告した。内部脅威および外部攻撃からの「非常に高いリスク」があるとされた。監視・情報インフラを一企業に依存することの構造的な危険性を示す事例である。
国際展開:アメリカ監視インフラの輸出
パランティアの事業はアメリカ国内にとどまらず、同盟国への急速な展開を見せている。これはリアリズムの観点から見れば、アメリカの監視インフラが同盟国に「輸出」される過程にほかならない。
イギリス:NHS(国民保健サービス)
パランティアはイギリスの国民保健サービス(NHS)と3億3,000万ポンド(約630億円)の7年契約を締結し、NHSの患者データの統合・分析を担っている。注目すべきは、パランティアがNHSへの参入に際して用いた「上陸して拡大する」(land and expand)戦略である。2020年、パランティアはわずか1ポンド(約190円)という象徴的な金額でNHSとの契約を獲得した。COVID-19パンデミック対応を名目として、イギリス国民の医療データへのアクセスを確保し、その後3億3,000万ポンドの大型契約へと拡大した。ウクライナに無償でプラットフォームを提供する手法と同一の戦略である。
イギリス国民の医療記録という極めて機微な個人情報が、アメリカ企業のプラットフォーム上で管理されることの意味は重大である。同盟国の国民の健康情報がアメリカ企業の手中にあるという状態は、国家主権の観点から深刻な問題を提起する。
ウクライナ紛争への関与
2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、パランティアはウクライナ軍に対するデータ分析・戦場情報支援を提供していることが報じられている。カープCEOはウクライナへの支援を公に表明し、パランティアの技術がウクライナの戦場における意思決定を支援していると述べた。
カープCEOは「ウクライナにおけるターゲティングの大部分はパランティアが担っている」と述べ、2026年2月には「我々の兵器ソフトウェアは、私が知る限りすべての戦闘状況で使用されている」と公言した。パランティアは各大隊にソフトウェアエンジニアを派遣し、ドローン映像、衛星画像、通信傍受、民間人からの情報提供を統合するGothamプラットフォームを運用している。注目すべきは、ウクライナはパランティアの技術に対して対価を支払っていないという点である。パランティアはウクライナを軍事AIの実験場(AI war lab)として利用し、そこで実証された技術を西側諸国の軍に販売するというビジネスモデルを構築している。
リアリズムの観点から見れば、ウクライナ紛争におけるパランティアの関与は、民間テクノロジー企業が事実上の戦争当事者として機能するという新たな現象を示している。パランティアは兵器を製造しているわけではないが、戦場のデータ分析と意思決定支援は、現代の戦争において兵器と同等かそれ以上に重要な機能である。
イスラエル国防軍(IDF)との協力
2024年1月、パランティアはイスラエル国防省との戦略的パートナーシップを発表した。パランティアはイスラエル国防軍(IDF)に対して軍事ロジスティクスおよび兵力管理のプラットフォームを提供しており、2024年のレバノンにおけるポケベル爆発事件への関与も認めている。ノルウェーの資産運用会社ストアブランドは、パランティアのイスラエルでの活動が国際人道法に抵触する懸念から、同社株を売却した。この事例は、パランティアの軍事利用が国際法上の問題を惹起していることを示している。
リアリズムの観点からの分析
監視資本主義と帝国の情報インフラ
パランティアの本質を理解するためには、ハンス・モーゲンソーが『国際政治(権力と平和)』で論じた権力の概念を援用する必要がある。モーゲンソーは権力を「他者の精神と行動に対する統制」と定義した。21世紀において、この「統制」の最も効果的な手段は軍事力ではなく、情報の支配である。
パランティアは、アメリカ帝国の「情報の支配」を技術的に実現する企業である。CIAの出資を受けて誕生し、アメリカの情報機関・軍・法執行機関にデータ統合プラットフォームを提供し、さらに同盟国にまでそのインフラを拡大している。ジョン・ミアシャイマーが『大国政治の悲劇』で指摘したように、大国は潜在的覇権国の台頭を阻止するためにあらゆる手段を行使する。パランティアのグローバルな情報インフラは、アメリカが世界中の国家・組織・個人の活動を把握し、自国の覇権に対する挑戦を事前に察知・阻止するための手段である。
民間企業による公的機能の簒奪
従来、国民の監視や情報管理は国家の独占的機能であった。しかしパランティアの台頭は、この公的機能が民間企業に外部委託されるという構造的変化を示している。アメリカ政府は自前の情報基盤を構築するのではなく、パランティアという民間企業のプラットフォームに依存している。これは、国家の中枢機能が民営化されることを意味する。
この構造は、国家主権の観点から二重の問題を提起する。第一に、国民の個人情報が民間企業の管理下に置かれること。第二に、その民間企業が国際的に事業を展開することで、一国の国民の情報が他国の政府にも利用可能になる潜在的リスクが生まれることである。
日本への浸透
パランティアの日本進出は、NHSやウクライナで実証された「上陸して拡大する」戦略の日本版として理解すべきである。
パランティア・テクノロジーズ・ジャパン
2019年10月、パランティアはSOMPOホールディングスとの合弁でパランティア・テクノロジーズ・ジャパン株式会社(Palantir Technologies Japan K.K.)を設立した。本社は東京都渋谷区神宮前に置かれている。SOMPOホールディングスは日本有数の保険グループであり、パランティアにとって日本市場への「上陸拠点」となった。
SOMPOとの提携は段階的に拡大されてきた。
- 2020年: SOMPOの介護施設にFoundryを導入。高齢者ケアの支援、行政への報告、患者の緊急ニーズの把握に使用。「Real Data Platform」として2,250万ドルの契約を獲得
- 2023年2月: 5年間で5,000万ドルの拡大契約を締結
- 2025年8月: さらなる複数年の拡大契約を締結(金額非公開)
2025年時点で、SOMPOグループ内でパランティアのプラットフォームを日常的に使用する人員は8,000人以上に達している。保険金請求処理、不正検知、引受業務にFoundryが組み込まれ、AIエージェントがリスク評価と推奨を自動的に行っている。引受業務の自動化だけで年間1,000万ドルの収益改善が見込まれるとされる。
富士通との戦略的パートナーシップ
2020年11月、富士通がパランティア・ジャパンの唯一のフラッグシップ・テクノロジー・パートナーとなった。富士通はパランティア・テクノロジーズ本体に5,000万ドル(約53億円)を出資している。
2023年12月、両社は戦略的パートナーシップの強化を発表し、富士通の「Fujitsu Uvance」のデータインフラにパランティアのAI・データ統合機能を組み込むことで合意した。2023年度に日本市場でのサービス提供を開始し、2024年度には北米、欧州、アジア太平洋地域に拡大するとされた。
富士通は日本の行政システム、マイナンバー関連システム、防衛関連システムを多数手がける企業である。富士通を経由してパランティアの技術が日本の公共インフラに浸透する経路が開かれたことの意味は重大である。
ピーター・ティールの首相表敬訪問
2026年3月5日、パランティア共同創業者兼会長のピーター・ティールが高市早苗首相を表敬訪問した。首相官邸での表敬訪問は、単なる儀礼的行為ではなく、パランティアの日本における事業拡大に対する日本政府の政治的承認を意味する。
防衛分野への参入の動き
パランティアCEOのカープは、日本とアメリカがAI防衛ターゲティングシステムにおける連携を「迅速化すべきだ」と公言している。日本の防衛省では、パランティアのGothamプラットフォームを災害情報の統合分析という名目で導入する検討が進められているとされる。現時点で防衛省との正式な大規模契約は公表されていないが、NATOが2025年4月にパランティアの「Maven Smart System NATO」を採用したことを考慮すると、日本の防衛分野への参入は時間の問題である。
2024年4月、アメリカ・イギリス・オーストラリアの安全保障枠組み「AUKUS」は、AI・自律型兵器・サイバー戦争の分野で日本との協力を検討すると表明した。パランティアを含む防衛テック企業と日本の防衛分野の接点は、今後急速に拡大する可能性がある。
主権への脅威
日本は日米同盟の枠組みの中で、アメリカの情報インフラにますます依存する方向に進んでいる。パランティアの日本進出は、以下の構造的な主権侵害のリスクを伴う。
- データ主権の喪失: SOMPOの介護データ、保険データ、そして将来的には防衛データが、アメリカ企業のプラットフォーム上で処理されることになる。これらのデータがアメリカの情報機関によってアクセスされないという保証は存在しない
- 技術的従属: 富士通がパランティアの「唯一のフラッグシップ・テクノロジー・パートナー」となったことは、日本のIT産業がアメリカの監視テクノロジーの下請けに組み込まれることを意味する。自前の情報分析基盤を構築する代わりに、アメリカ企業のプラットフォームに依存するという選択は、長期的に日本の技術的自律性を損なう
- 防衛情報の支配: 日本の防衛情報がパランティアのプラットフォーム上で処理されるようになれば、日本の最も機微な安全保障情報がアメリカの管理下に置かれることを意味する。これは日米地位協定における不平等構造のデジタル版にほかならない
パランティアの日本進出は、イギリスのNHSにおける「1ポンド契約」と同じ構造を持つ。まず介護・保険という「非軍事」分野で足場を築き、富士通という日本の巨大ITベンダーをパートナーに取り込み、やがて防衛・安全保障分野へと「拡大」する。自主的な防衛力と独立した情報基盤の構築なくして、真の国家主権は存在しない。
参考文献
- ハンス・モーゲンソー著『国際政治(権力と平和)』: 権力政治の古典的分析。パランティアの「情報の支配」を権力の一形態として理解するための理論的基盤
- ジョン・ミアシャイマー著『大国政治の悲劇』: 攻撃的リアリズムの観点から、アメリカの覇権維持戦略としての情報支配を分析する枠組み
- ショシャナ・ズボフ著『監視資本主義の時代』: テクノロジー企業による人間の行動データの搾取を「監視資本主義」として体系的に分析
- ティム・ワイナー著『CIA秘録』: CIAの70年にわたる秘密工作の歴史を内部文書に基づいて記録した決定版
- エドワード・スノーデン著『永久ファイル』: NSAの大規模監視プログラムを暴露した内部告発者の証言