大国政治の悲劇
大国政治の悲劇
概要と歴史的背景
ジョン・ミアシャイマー(John Joseph Mearsheimer, 1947年 - )は、アメリカの国際政治学者であり、シカゴ大学教授として攻撃的リアリズム(Offensive Realism)を提唱した。その主著『大国政治の悲劇』(The Tragedy of Great Power Politics, 初版2001年)は、大国が生存のために必然的に覇権を追求する構造的論理を解明した著作であり、リアリズム国際政治学の最も重要な現代的著作の一つである。
ミアシャイマーはウェストポイント陸軍士官学校を卒業後、コーネル大学で博士号を取得した。軍人としての経験と学術的訓練を兼ね備えた稀有な国際政治学者であり、その理論は学術的厳密性と政策的実践性を同時に持つ。
『大国政治の悲劇』が出版された2001年は、9.11テロの年であった。冷戦終結から約10年、アメリカの一極支配が「歴史の終わり」として祝福されていた時期に、ミアシャイマーは大国間の競争と対立が構造的に不可避であると論じた。中国の台頭がアメリカの覇権を脅かし、大国政治の「悲劇」が再び訪れるという予測は、出版当時は懐疑的に受け止められたが、2020年代の現実がミアシャイマーの予見の正しさを証明している。
主要思想:攻撃的リアリズム
五つの前提
ミアシャイマーの攻撃的リアリズムは、五つの前提から出発する。
- 国際体系は無政府的である: 国家の上位に立つ権威は存在しない。ウォルツと同じ出発点
- 大国は攻撃的な軍事能力を持つ: すべての大国は、他国を攻撃し損害を与える能力を潜在的に持っている
- 国家は他国の意図を確信できない: 他国が現在友好的であっても、将来も友好的であるという保証はない。意図は変化しうるが、能力は一定期間持続する
- 生存が国家の最も基本的な目標である: 国家が追求する他のあらゆる目標(経済成長、文化的影響力等)は、生存が確保されて初めて追求できる
- 国家は合理的な行為者である: 国家は自らの生存を最大化する戦略を合理的に選択する
構造的恐怖と権力の最大化
これらの前提から、ミアシャイマーは以下の結論を導出する。
大国は安全を確保するために、自らの権力を最大化しようとする。
なぜか。無政府状態において、他国の意図は確信できない。現在友好的な国家が、十年後も友好的であるという保証はない。しかし、自国が圧倒的に強大であれば、他国の意図が敵対的に変化しても、安全は脅かされない。したがって、大国は安全を確保するために権力の最大化を追求する。
ここにウォルツとの決定的な相違がある。ウォルツの防御的リアリズム(Defensive Realism)においては、国家は「適切な量の権力」を追求する。過度な権力の追求は、他国の対抗連合(balancing coalition)を招き、かえって安全を脅かす。
これに対し、ミアシャイマーの攻撃的リアリズムは、大国が権力の最大化——究極的には地域覇権(regional hegemony)——を追求すると論じる。十分に安全な状態は存在しない。安全はさらなる権力によってのみ確保される。この権力追求の論理が「悲劇」を生む。すべての大国が権力の最大化を追求すれば、衝突は構造的に不可避となる。
地域覇権と水の阻止力
ミアシャイマーの理論における独創的な概念が、地域覇権と「水の阻止力」(stopping power of water)である。
ミアシャイマーは、グローバルな覇権(世界覇権)は事実上不可能であると論じる。大洋を隔てた遠隔地への軍事力の投射には、莫大なコストと困難が伴う。海洋は軍事力の投射を根本的に制約する「阻止力」として機能する。
したがって、大国が現実的に追求しうる最大の目標は、自らの地域における覇権の確立である。アメリカは西半球における地域覇権国である。中国は東アジアにおける地域覇権を追求している。
さらにミアシャイマーは、既存の地域覇権国は、他の地域での新たな地域覇権国の出現を阻止しようとすると論じる。アメリカは、自らが唯一の地域覇権国であり続けることに国益を見出す。なぜなら、他の地域に対等な覇権国が出現すれば、アメリカの相対的な優位が低下するからである。
この論理は、アメリカの対中政策と対日政策を同時に説明する。アメリカが中国の台頭を阻止しようとするのは、中国が東アジアの地域覇権国になることを防ぐためである。同時に、アメリカが日本の軍事的自律性を制約し続けるのは、日本がアメリカから独立した地域的大国として行動することを防ぐためでもある。
バック・パッシング(責任転嫁)と同盟
ミアシャイマーは、大国が脅威に対処する際の戦略を四つに分類した。
- 戦争: 直接的な軍事力の行使
- 脅迫(blackmail): 軍事力による威嚇
- 均衡化(balancing): 同盟の形成と軍備増強
- 責任転嫁(buck-passing): 他国に脅威への対処を押し付ける
とりわけ重要なのがバック・パッシング(責任転嫁)の概念である。大国は可能な限り、脅威への対処コストを他国に転嫁しようとする。自国が直接戦うのではなく、他国に戦わせることで、自国のコストを最小化し、相対的な権力を維持する。
アメリカの東アジア戦略は、このバック・パッシングの論理で分析できる。アメリカは「中国の脅威」を強調しつつ、日本に軍備増強と「積極的平和主義」を求めている。これは、対中均衡化のコストを日本に転嫁するバック・パッシング戦略にほかならない。日本は、アメリカの地域覇権を維持するための道具として利用されている。
歴史的検証:大国政治の事例分析
ヴィルヘルム・ドイツの台頭と第一次世界大戦
ミアシャイマーは、攻撃的リアリズムの妥当性を歴史的事例によって検証している。最も重要な事例の一つが、19世紀末から20世紀初頭にかけてのドイツ帝国の台頭である。
1871年の統一以降、ドイツは急速な工業化と人口増加によってヨーロッパ大陸最強の国家となった。ドイツの台頭は、既存の覇権国イギリスに「恐怖」を引き起こした。トゥキュディデスの分析と完全に同型の構造である。
ドイツは、自国の安全を確保するために権力の最大化を追求した。ティルピッツによる大海軍建設、アフリカとアジアにおける植民地の獲得]、バグダード鉄道によるオスマン帝国圏への影響力拡大。これらはすべて、ミアシャイマーが論じる「権力の最大化」の典型例である。
そしてイギリスは、ドイツの台頭に対抗するために、フランス・ロシアとの三国協商を形成した。大国間の構造的対立は、1914年の第一次世界大戦として爆発した。ミアシャイマーの理論が予測する通り、大国間の安全保障競争は戦争として帰結した。
日本帝国の台頭と太平洋戦争
ミアシャイマーの理論は、大日本帝国の行動をも説明する。
明治維新以降の日本は、東アジアにおける地域覇権を追求した。日清戦争(1894-95年)、日露戦争(1904-05年)、韓国併合(1910年)、満州事変(1931年)。これらはすべて、ミアシャイマーの攻撃的リアリズムが予測する「地域覇権の追求」の過程であった。
保守ぺディアの歴史認識に照らせば、日本のこれらの行動は帝国主義であり、他国の民族自決権の侵害であった。しかし同時に、ミアシャイマーの理論的枠組みにおいては、国際体系の構造がこのような行動を「合理的」にしていたことも事実である。無政府的な国際体系において、日本が自国の安全を確保するために権力の最大化を追求したことは、構造的に理解可能な行動であった。
重要なのは、この分析が日本の帝国主義を正当化するものではないということである。帝国主義は誰が行っても帝国主義であり、批判されなければならない。しかし、帝国主義を生み出す構造的メカニズムを理解しなければ、それを克服する方法を見出すこともできない。ミアシャイマーの理論は、帝国主義を個々の国家の「道徳的欠陥」ではなく、国際体系の構造的産物として理解する枠組みを提供する。
冷戦:二極体制と安定
ミアシャイマーは、冷戦期の二極体制が比較的安定していたことを認めつつ、その安定が核兵器の相互確証破壊によるものであったと分析した。
冷戦の終結後、ミアシャイマーは1990年の論文「Back to the Future」で、ヨーロッパが冷戦期よりも不安定になると予測した。二極体制の規律が失われ、多極的な競争が復活するからである。この予測は当時広く嘲笑されたが、2014年のロシアによるクリミア併合、2022年のウクライナ侵攻は、ミアシャイマーの悲観的な予測が正しかったことを示唆している。
リアリズムの観点からの分析
中国の台頭と「不可避の対立」
ミアシャイマーの最も有名な政策的主張は、中国の台頭はアメリカとの衝突を不可避にするというものである。
中国が経済成長を続け、軍事力を拡大すれば、東アジアにおける地域覇権の追求は構造的に不可避である。これはアメリカの利益と根本的に衝突する。トゥキュディデスの罠――台頭国と覇権国の構造的対立――が、米中関係に適用される。
ミアシャイマーは2014年の改訂版で、中国が「平和的台頭」を遂げることは不可能であると明言した。中国が強大になればなるほど、アメリカと同様の覇権追求行動を取るようになる。これは中国の指導者が「悪い」からではなく、国際体系の構造がそう仕向けるからである。
ミアシャイマーのNATO東方拡大批判
ミアシャイマーは、2022年のウクライナ危機に際して、NATOの東方拡大がロシアの安全保障上の懸念を無視した「西側の挑発」であったと論じた。
この主張は西側メディアから激しく批判されたが、リアリズムの論理からは一貫している。ミアシャイマーの視点からすれば、ロシアが自国の隣接地域におけるNATOの拡大を安全保障上の脅威と見なすのは、攻撃的リアリズムが予測する合理的な行動である。問題はロシアの「侵略性」ではなく、ロシアの安全保障上の懸念を無視した西側の政策にある。
この分析は、保守ぺディアの多極主義の立場と一致する。各国の安全保障上の懸念を尊重し、一極支配による「ルールに基づく国際秩序」の押し付けを拒否すること。第四の理論が提唱する多極的な世界秩序は、ミアシャイマーのリアリズムとも接点を持つ。
日本の戦略的選択
ミアシャイマーの理論は、日本の戦略的環境について厳しい分析を提供する。
米中対立が激化する中で、日本は「アメリカの戦略的資産」として利用されている。アメリカは日本の軍備増強を求めつつも、日本の戦略的自律性は制約し続ける。日本はアメリカのバック・パッシングの対象であり、対中均衡化のコストを負担させられている。
ミアシャイマーの論理に従えば、日本にとって最も合理的な戦略は以下の通りである。
- アメリカの道具にならない: 米中対立において、日本がアメリカのバック・パッシングの犠牲となることを拒否する
- 独立した抑止力を持つ: 自前の軍事力(究極的には核抑止力)によって、いかなる大国の脅威にも対処しうる能力を確保する
- 多極的な均衡を活用する: 一国に依存するのではなく、多極的な国際環境の中で複数の大国との関係を活用し、自国の安全を確保する
日本への教訓
ミアシャイマーの『大国政治の悲劇』が日本に対して突きつける教訓は、冷徹だが避けて通れない。
第一に、大国政治は悲劇である。大国間の対立と競争は、善意や外交によって克服できるものではなく、国際体系の構造から生じる必然である。日本はこの悲劇的現実を受け入れ、それに備えなければならない。
第二に、アメリカの覇権は永続しない。ミアシャイマーの理論が予測する通り、中国の台頭はアメリカの東アジアにおける覇権を動揺させる。アメリカの覇権が後退するとき、日本が自律的な安全保障能力を持たなければ、権力の真空の中で危機に直面する。
第三に、バック・パッシングの罠に陥るな。アメリカが日本に求める「防衛力増強」「台湾有事への備え」は、対中均衡化のコストを日本に転嫁するバック・パッシング戦略である。日本はアメリカの戦略的利益のための道具ではなく、自らの国益のために行動しなければならない。
ミアシャイマーの攻撃的リアリズムは、国際政治の冷酷な構造を容赦なく暴く。この理論が教えるのは、大国政治に「悲劇」はつきものだが、悲劇の犠牲者になるか、悲劇を乗り越える主体となるかは、民族の意志と戦略にかかっているということである。
参考文献
- ジョン・ミアシャイマー『大国政治の悲劇』(The Tragedy of Great Power Politics, 初版2001年、改訂版2014年)
- ケネス・ウォルツ『国際政治の理論』
- ハンス・モーゲンソー『国際政治:権力と平和』
- グレアム・アリソン『Destined for War』(2017年)
- ジョン・ミアシャイマー、スティーヴン・ウォルト『The Israel Lobby and U.S. Foreign Policy』(2007年)