国際政治の理論

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国際政治の理論

概要と歴史的背景

ケネス・ウォルツ(Kenneth Neal Waltz, 1924年 - 2013年)は、アメリカの国際政治学者であり、ネオリアリズム(構造的リアリズム、Structural Realism)の創始者である。その主著『国際政治の理論』(Theory of International Politics, 1979年)は、ハンス・モーゲンソーの古典的リアリズムを革新し、国家の行動を国際体系の構造から説明する画期的な理論を構築した。

ウォルツは1924年にミシガン州に生まれ、第二次世界大戦に従軍した後、コロンビア大学で博士号を取得した。1959年に出版した最初の主著『人間・国家・戦争』(Man, the State and War)において、戦争の原因を三つの「イメージ」(人間の本性、国家の内部構造、国際体系の構造)に分類する分析枠組みを提示した。この中で第三イメージ(国際体系)こそが戦争の根本原因であるという議論が、後の『国際政治の理論』の出発点となった。

『国際政治の理論』が出版された1979年は、冷戦の末期であり、米ソ二極体制が揺らぎ始めた時期であった。モーゲンソーの古典的リアリズムが「人間の本性」に基づく権力闘争を強調したのに対し、ウォルツは個々の国家の内部属性(政治体制、指導者の性格、イデオロギー)ではなく、国際体系の構造的特性が国家の行動を規定すると論じた。この転換は、リアリズム国際政治学における「構造的転回」と呼ばれる。

主要思想:構造的リアリズム

国際体系の無政府性(Anarchy)

ウォルツの理論の出発点は、国内政治と国際政治の秩序原理(ordering principle)の根本的な差異である。

国内政治は階層的秩序(hierarchy)によって組織されている。政府が存在し、法を制定・執行し、暴力を独占する。市民は政府の権威に服従し、紛争は法と裁判所によって処理される。

これに対し、国際政治は無政府的秩序(anarchy)によって組織されている。国家の上位に立つ世界政府は存在しない。国際法は、それを強制する主権的権力を持たない。紛争を最終的に解決する裁判所も警察も存在しない。

この無政府性こそが、国際政治を国内政治と根本的に異なるものにしている。ホッブズが描いた自然状態が国際体系の構造的特性として恒常的に存在しており、国家はこの無政府状態の中で自らの生存を確保しなければならない。

自助の体系(Self-Help System)

無政府的な国際体系において、国家は自助(self-help)によって生存を確保しなければならない。他者の善意や国際制度の保護に頼ることはできない。911番に電話しても、誰も来ない。

ウォルツは書いている。「自助の体系においては、各単位が自らのために行動する。他の何かに依存する単位は、依存を通じて制約を受け入れる」。

この認識は、同盟関係の本質を理解する上で決定的に重要である。同盟は、共通の脅威に対する一時的な利益の結合にすぎない。同盟は恒久的なものではなく、利益の変化に応じて組み替えられる。マキャヴェッリが論じた通り、他国に依存する国家は、自らの運命を他者の手に委ねることになる。

国際体系の構造と国家行動

ウォルツの最も独創的な貢献は、国家の行動を国際体系の構造によって説明したことである。

国際体系の構造は、以下の三つの要素によって定義される。

  • 秩序原理: 無政府性(国際政治)か階層性(国内政治)か
  • 単位の機能的分化: 無政府体系においては、すべての国家は機能的に同質である(すべての国家が同じ種類の課題——生存、安全保障——に直面する)
  • 能力の配分: 国家間の物質的能力(軍事力、経済力、人口、領土)の分布

重要なのは第三の要素である。能力の配分が変化すれば、国際体系の構造が変化し、国家の行動パターンも変化する。二極体制(冷戦)と多極体制(19世紀ヨーロッパ)では、国家の行動パターンが構造的に異なる。

ウォルツは、二極体制が多極体制よりも安定的であると論じた。二極体制においては、超大国は互いの行動を直接的に監視し、計算の不確実性が減少する。多極体制においては、同盟の離合集散が複雑になり、誤算の可能性が増大する。

社会化と競争:国家はなぜ類似するか

ウォルツの理論における重要な概念が、社会化(socialization)と競争(competition)である。

無政府的な国際体系において、国家は生存のために互いの「成功した行動パターン」を模倣する。軍事技術の拡散、外交慣行の標準化、経済政策の収斂。これらは、国家が国際体系の構造的圧力のもとで「社会化」される過程である。

さらに、国家間の競争は、非効率な行動パターンを淘汰する。生存競争の中で、効果的な戦略を採用しない国家は衰退し、場合によっては消滅する。19世紀のオスマン帝国清帝国が、ヨーロッパ的な近代化を迫られたのは、この競争のメカニズムの結果である。明治日本が急速な西洋化・近代化を遂行したのも、国際体系の競争的圧力への合理的な適応であった。

この社会化と競争のメカニズムは、日本の戦後の行動パターンをも説明する。日本がアメリカの覇権秩序に「社会化」され、アメリカ的な制度(民主主義、自由貿易、基地の受け入れ)を内面化したのは、国際体系の構造的圧力の結果である。しかし、体系の構造が変化すれば(一極体制から多極体制へ)、国家の行動パターンもまた変化する。ウォルツの理論は、日本がアメリカへの従属から自律へと転換する可能性を構造的に予測している。

二極体制と多極体制の比較

ウォルツは、国際体系の安定性を極性(polarity)の観点から分析した。

二極体制(冷戦期の米ソ対立)の特徴:

  • 超大国は互いの行動を直接的に監視し、計算の不確実性が減少する
  • 同盟国の離反は超大国の地位を揺るがさないため、同盟管理のコストが低い
  • 紛争は直接的な二者間で管理され、第三者の介入による複雑化が少ない

多極体制(19世紀ヨーロッパ、現在の多極化する世界)の特徴:

  • 同盟の離合集散が複雑で、誤算の可能性が増大する
  • 同盟国の離反が深刻な結果をもたらすため、同盟管理のコストが高い
  • 多数の行為者が関与するため、紛争の管理が困難

ウォルツは二極体制が多極体制よりも安定的であると論じたが、冷戦の終結と中国の台頭により、世界は多極化に向かっている。ウォルツの分析に従えば、多極化は不安定化をもたらす。しかし同時に、多極化は一国の覇権を制約し、中小国家に戦略的選択肢を与える。日本にとって、多極化は危険であると同時に、アメリカの一極的支配から脱却する好機でもある。

国家は「同質的な単位」か

ウォルツの理論において、国家は機能的に同質な「単位」(unit)として扱われる。民主主義国も権威主義国も、資本主義国も社会主義国も、無政府状態の中で同じ種類の課題に直面し、同じ種類の行動を取る傾向がある。

この仮定は強力な分析ツールであるが、同時に重大な限界を持つ。保守ぺディアの視点からの批判は、ウォルツの理論が民族(nation / Volk)を分析から排除していることである。クラウゼヴィッツの戦争論で論じた通り、リアリズムは民族を政治主体として認めるところから始まらなければならない。国家を「同質的な単位」として扱うことは、その国家を構成する民族の意志・情念・凝集力という決定的な要素を見落とすことにつながる。

リアリズムの観点からの分析

ウォルツの理論と日本

ウォルツの構造的リアリズムは、日本の安全保障環境を分析する上で強力な枠組みを提供する。

ウォルツの理論に従えば、日本の行動は国際体系の構造によって制約されている。冷戦期の二極体制において、日本はアメリカの陣営に属し、ソ連に対抗するアメリカの前方基地として機能した。この構造的位置が、日本の「軽武装・経済重視」路線を規定した。

しかし、冷戦後の国際体系は二極から一極を経て多極化に向かっている。ウォルツ自身が論じたように、一極体制は不安定であり、他の大国の台頭による均衡化(balancing)が必然的に生じる。中国の台頭とロシアの再興は、この構造的予測の実現にほかならない。

多極化する世界において、日本はいかなる戦略を取るべきか。ウォルツの理論は二つの選択肢を示唆する。

  • バンドワゴニング(bandwagoning): 最も強い国家(アメリカ)に追随する。現在の日本の戦略
  • バランシング(balancing): 最も強い国家に対抗する連合を形成する。ウォルツの理論によれば、大国はバンドワゴニングよりもバランシングを選好する傾向がある

ウォルツの理論に照らせば、日本がアメリカにバンドワゴニングし続ける現状は、大国としての日本の潜在的能力に見合わない行動パターンである。構造的リアリズムの予測に従えば、日本はいずれアメリカからの自律を追求するか、多極的な均衡の中で独自の位置を確保する方向に動くはずである。

核拡散と日本

ウォルツは、1981年の論文「核兵器の拡散:なぜもっと増えた方がいいかもしれない」において、核拡散が国際秩序を安定化させる可能性を論じた。核兵器の保有は、国家に「究極の自助」の手段を提供し、他国からの侵略を確実に抑止する。

この議論は、日本の安全保障にとって根本的な含意を持つ。ウォルツの論理に従えば、日本が独自の核抑止力を保有することは、自助の体系における合理的な選択肢の一つである。アメリカの「核の傘」に依存する現状は、自助の原則に反する従属的な状態にほかならない。

日本への教訓

ウォルツの『国際政治の理論』が日本に突きつける教訓は、構造的かつ根本的である。

第一に、国際体系は無政府的である。いかなる国家も、他国の善意や国際制度に自らの安全を委ねることはできない。日本がアメリカの「安全保障の傘」に依存する現状は、自助の原則に根本的に反している。

第二に、国際体系の構造が変化すれば、国家の行動も変化しなければならない。冷戦期の二極体制から多極化する世界への構造的転換は、日本に戦略の根本的な見直しを迫っている。冷戦期に有効であった「アメリカ追随」戦略は、多極化する世界においてはもはや最適な選択ではない。

第三に、大国はバランシングを選好する。ウォルツの理論によれば、潜在的な大国である日本が、アメリカの一極支配にバンドワゴニングし続けることは構造的に不自然である。日本の真の国益は、多極的な国際体系の中で独立した戦略的主体として行動する能力を回復することにある。

ウォルツの構造的リアリズムは、国際政治の冷厳な構造を明らかにする。この構造を理解し、構造の変化を好機として活用すること。それが、日本の民族自決権回復への戦略的出発点である。

参考文献

関連項目