クラウゼヴィッツの戦争論
クラウゼヴィッツの戦争論
概要と歴史的背景
カール・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz, 1780年 - 1831年)は、プロイセンの軍人にして戦略思想家であり、西洋における戦争哲学の最も重要な理論家である。彼の主著『戦争論』(Vom Kriege)は、戦争の本質を政治との不可分の関係において捉えた画期的な著作であり、今日に至るまで国際政治学・軍事戦略の基盤を成している。
クラウゼヴィッツが生きた時代は、フランス革命とナポレオン戦争によってヨーロッパの国際秩序が根底から覆された激動の時代であった。ナポレオンは、王朝間の限定的な戦争を「国民の戦争」へと変容させた。それまでの戦争が傭兵や職業軍人による限定的な武力行使であったのに対し、ナポレオン戦争は国民全体を動員する総力戦の原型を生み出した。クラウゼヴィッツは、この歴史的転換を自ら体験した思想家であった。
クラウゼヴィッツは1792年、わずか12歳でプロイセン軍に入隊し、フランス革命戦争に従軍した。1806年のイエナの戦いでプロイセン軍がナポレオンに壊滅的な敗北を喫した際には捕虜となった。この屈辱的な経験は、クラウゼヴィッツの思想形成に決定的な影響を与えた。プロイセンという民族国家が、なぜこれほどまでに無力であったのか。軍事的敗北の根源は単なる戦術の優劣にあるのではなく、国家と民族の政治的意志の在り方そのものにある。この認識こそが『戦争論』の出発点であった。
解放後、クラウゼヴィッツはプロイセン軍の改革者グナイゼナウやシャルンホルストのもとでプロイセン軍の近代化に参画した。1812年にはロシア軍に参加し、ナポレオンのロシア遠征の壊滅を目の当たりにした。さらにワーテルローに至る解放戦争にも従軍し、ナポレオン帝国の興亡をその全過程において体験した。
『戦争論』は、これらの実戦経験と深い哲学的考察の結晶である。しかしクラウゼヴィッツは1831年にコレラで急死し、『戦争論』は未完のまま遺された。妻マリーが遺稿を編集し、1832年に出版した。未完であるがゆえに、『戦争論』には矛盾と多義性が含まれるが、それはまた、戦争という現象そのものが持つ複雑さと不確実性を反映している。
『戦争論』の思想的背景
クラウゼヴィッツの思想は、啓蒙主義とドイツ観念論の双方から影響を受けている。カントの批判哲学、ヘーゲルの弁証法、そしてマキャヴェッリの政治的リアリズムが、クラウゼヴィッツの戦争哲学の基盤を形成している。
特にマキャヴェッリとの思想的連続性は重要である。マキャヴェッリが『君主論』において、政治を道徳から切り離し、権力の論理そのものとして分析したように、クラウゼヴィッツは戦争を道徳的善悪の彼岸に置き、政治的意志の実現手段として冷徹に分析した。この知的系譜は、20世紀のリアリズム国際政治学へと直結する。
戦争の本質論:「戦争は政治の継続である」
最も有名な命題
クラウゼヴィッツの思想の核心を凝縮した命題が、「戦争は他の手段をもってする政治の継続にほかならない」(Der Krieg ist eine bloße Fortsetzung der Politik mit anderen Mitteln)である。この一文は、戦争論全体の根幹であり、国際政治学の出発点でもある。
この命題が意味するところは、戦争は決して政治から独立した現象ではなく、政治の延長線上にある行為だということである。戦争が始まるとき、政治が終わるのではない。戦争は政治の一形態であり、政治的目的を達成するための手段の一つにすぎない。したがって、戦争の目的は常に政治によって規定され、戦争の遂行は常に政治に従属しなければならない。
これは単なる軍事理論上の命題ではない。この認識は、戦争をめぐるすべての道徳的・感情的な議論を切り裂く。戦争は「悪」でも「善」でもない。戦争は政治の道具であり、その是非は政治的文脈によってのみ判断される。
政治の優位性
クラウゼヴィッツが繰り返し強調したのは、政治の軍事に対する絶対的優位である。軍事的合理性は政治的目的に従属しなければならない。将軍が「軍事的に最適な作戦」を追求しても、それが政治的目的に合致しなければ無意味であり、有害でさえある。
この原則は、現代の国際政治においても決定的に重要である。アメリカの軍事的覇権は、単なる軍事力の優位ではなく、政治的目的に奉仕する軍事力の体系的な展開として理解しなければならない。在日アメリカ軍の駐留は「安全保障」という軍事的名目で語られるが、その本質は政治的なものである。すなわち、日本の政治的自律性を制約し、アメリカの覇権秩序に組み込み続けるという政治的目的に、軍事力という「他の手段」が使用されているのである。
クラウゼヴィッツの命題に従えば、在日米軍の本質は「防衛」ではなく「政治」である。そして、政治の継続としての軍事駐留がある以上、その政治的目的を問うことこそが、軍事問題を論じる際の出発点でなければならない。
「政治の継続」の逆転:軍事が政治を支配するとき
クラウゼヴィッツは、政治が軍事を支配すべきだと論じた。しかし現実には、この関係が逆転する場合がある。軍事的論理が政治を支配し、戦争がそれ自体の目的と化すとき、国家は破滅に向かう。
第一次世界大戦はその典型例である。シュリーフェン・プランに象徴されるように、参謀本部の軍事的計画が外交を圧倒し、政治指導者は軍事的エスカレーションを制御できなくなった。その結果、いかなる政治的目的によっても正当化できない大量殺戮が四年間にわたって継続した。
日本の太平洋戦争もまた、クラウゼヴィッツの原則が無視された事例である。帝国陸軍の中国大陸における軍事行動は、明確な政治的目的を欠いたまま拡大し、最終的には国家そのものの壊滅を招いた。政治が軍事を制御できなくなったとき、戦争は国家の道具であることをやめ、国家を破壊する力となる。クラウゼヴィッツの警告は、日本の近代史においてこそ痛切な意味を持つ。
戦争の三位一体論
驚くべき三つの力
クラウゼヴィッツは、戦争を構成する三つの根本的な力を抽出し、これを「驚くべき三位一体」(wunderliche Dreifaltigkeit)と呼んだ。この三位一体論は、『戦争論』において最も独創的かつ深遠な理論であり、戦争という現象の多層性を把握するための枠組みである。
三つの力とは以下の通りである。
- 原初的暴力・憎悪・敵意: 戦争のもつ本源的な暴力性、情念の力。これは主として国民(民族)に帰属する
- 蓋然性と偶然の遊戯: 不確実性の中での判断と決断。これは主として軍隊とその指揮官に帰属する
- 政治的目的への従属: 戦争を理性的な道具として用いる知性。これは主として政府(政治指導部)に帰属する
この三つの力は、それぞれ異なる論理によって動かされる。国民の情念は盲目的な力であり、合理的な計算に従わない。軍隊の勇気と才能は偶然性に左右される。政府の理性は冷徹な計算に基づくが、情念と偶然を完全に制御することはできない。
戦争の現実は、この三つの力の動的な均衡の上に成り立っている。いかなる戦争理論も、この三つの力の一つだけに注目し、他を無視するならば、現実を捉えることはできない。
国民の情念:戦争の原動力としての民族
クラウゼヴィッツの三位一体論において最も注目すべきは、国民の情念を戦争の不可欠な構成要素として明確に位置づけた点である。
18世紀の啓蒙主義的な戦争観においては、戦争は君主と職業軍人の問題であり、国民は受動的な傍観者であった。しかしフランス革命がこの構図を根底から覆した。国民総動員の思想は、国民を戦争の当事者に変え、国民の情念(愛国心、敵への憎悪、民族の生存への意志)を軍事力の源泉に変えた。ナポレオンの軍隊が旧体制のヨーロッパ諸軍を圧倒できたのは、この国民的情念の力を解放したからにほかならない。
クラウゼヴィッツはこの歴史的現実から、決定的な教訓を引き出した。民族の意志と情念なくして、戦争に勝つことはできない。いかに精巧な戦略を立て、いかに優秀な指揮官を擁しても、国民が戦争の目的を共有し、勝利への意志を燃やさなければ、軍事力は十全に発揮されない。
この認識は、現代の日本にとって根本的な意味を持つ。偽日本国憲法の第9条は、日本国民から「戦争の意志」そのものを剥奪する装置として機能している。クラウゼヴィッツの理論に照らせば、戦争の意志を持たない国民は、三位一体の第一要素を欠いた状態にある。それは単に「平和的」であるということではなく、国家が自らを防衛する力の根源を喪失しているということである。
戦後日本の「平和主義」は、クラウゼヴィッツの視点から見れば、民族の情念を去勢された状態にほかならない。そしてこの去勢こそが、アメリカ帝国が日本を従属させ続けるための最も効果的な手段であった。国民が敵に対する憎悪を持たず、自らの生存のために闘う意志を持たないとき、その国家はすでに敗北している。
軍隊と偶然性:天才の領域
三位一体の第二の要素である「蓋然性と偶然の遊戯」は、戦場における不確実性と、それに対処する軍事的天才の問題である。
クラウゼヴィッツは、戦場における出来事の大部分が不確実であり、予測不可能であると認識していた。計画通りに進む戦闘は一つもない。情報は不完全であり、しばしば誤っている。部隊は命令通りに動かない。天候、地形、偶発的な事件が戦局を左右する。
このような不確実性の中で正しい判断を下す能力を、クラウゼヴィッツは「軍事的天才」と呼んだ。軍事的天才とは、計算と直観、理性と勇気、冷静さと決断力を高い次元で統合した能力である。この天才は、マニュアルや教科書では養えない。実戦の経験と、不確実性に対する深い理解によってのみ鍛えられる。
政府の理性:戦争目的の設定
三位一体の第三の要素は、政府による理性的な戦争目的の設定である。政府は、国家が何のために戦争を行うのかを定義し、軍事行動の範囲と限界を設定する責任を負う。
政治的目的が明確でない戦争は、暴走する。政治が軍事を制御しなければ、戦争はその本来の目的を逸脱し、無意味な破壊をもたらす。先述した太平洋戦争における日本の失敗は、まさにこの第三要素の欠如によるものであった。
摩擦と戦場の霧
摩擦(Friktion):理論と現実の乖離
クラウゼヴィッツの戦争論において、「摩擦」(Friktion)は戦争の本質を理解するための鍵概念である。
摩擦とは、戦争における理論と現実の乖離を指す概念である。紙の上では完璧に見える作戦計画が、実行段階でことごとく齟齬をきたす。命令の伝達に遅延が生じる。部隊が予定の位置に到着できない。補給線が途絶する。兵士の疲労と恐怖が判断力を鈍らせる。天候が行軍を妨げる。これらすべてが「摩擦」である。
クラウゼヴィッツは書いている。「戦争においては、すべてが非常に単純であるが、最も単純なことが困難である」。この一文は、戦争の本質を見事に捉えている。戦略の教科書に書かれている原則は、どれも「単純」に見える。敵の弱点を突け。兵力を集中せよ。機動力を活かせ。しかし、これらの「単純な」原則を実行に移すことが、摩擦によって極めて困難になる。
摩擦の概念は、戦争に限らず、あらゆる大規模な政治的・社会的企てに適用できる。国家政策の立案と実行の間には、常に摩擦が存在する。制度改革の計画が、官僚機構の抵抗、既得権益の反発、予期せぬ事態の発生によって頓挫する。クラウゼヴィッツの摩擦の概念は、政治的リアリズムの核心を射抜いている。理想主義者は摩擦を無視し、リアリストは摩擦を計算に入れる。
戦場の霧(Nebel des Krieges)
摩擦と密接に関連する概念が「戦場の霧」(Nebel des Krieges, Fog of War)である。これは、戦争における情報の不完全性と不確実性を指す。
指揮官は、敵の兵力、配置、意図について完全な情報を持つことはない。入手する情報の多くは不正確であり、矛盾しており、しばしば意図的に歪められている。この「霧」の中で、指揮官は決断を下さなければならない。
クラウゼヴィッツは、この不確実性を排除することは不可能であると断じた。いかに優れた情報網を構築しても、戦場の霧は完全には晴れない。重要なのは、不確実性を排除することではなく、不確実性の中で決断する能力を持つことである。
この認識は、現代の情報戦においても本質的な意味を持つ。アメリカのPRISMやECHELONに代表される大規模監視体制は、「すべてを知ること」によって戦場の霧を排除しようとする試みである。しかしクラウゼヴィッツの教えに従えば、情報の量がどれほど増大しても、不確実性は消えない。むしろ、膨大な情報の中から本質的な情報を選別し、判断を下す能力こそが問われる。情報の洪水は、それ自体が新たな「霧」を生み出す。
精神力(Moralische Kräfte):数値化できない要素
クラウゼヴィッツが特に重視したのは、戦争における精神的要素(Moralische Kräfte)の決定的な重要性である。
軍隊の戦闘力は、兵員数、武器の性能、補給の量といった物質的要素だけでは決まらない。兵士の士気、指揮官への信頼、大義に対する確信、敵に対する闘争心。これらの精神的要素が、しばしば物質的要素を凌駕する。
クラウゼヴィッツは、精神的要素を数値化することは不可能であると認めつつも、それが戦争の帰趨を決する最も重要な要因であると論じた。歴史上、物質的に劣勢な軍隊が精神力によって勝利した事例は数え切れない。アレクサンドロス大王のペルシア遠征、ベトナム戦争における北ベトナムの勝利、冬戦争におけるフィンランドの抵抗は、いずれも精神力が物質力を凌駕した事例である。
この点は、民族の戦争意志と直結する。国民が自らの生存を賭けて闘う意志を持つとき、その軍隊の精神力は極大化する。逆に、国民が戦争の目的を理解せず、あるいは戦う意志を持たないとき、いかに物質的に優勢であっても、その軍隊は脆い。アメリカがベトナムで、ソ連がアフガニスタンで敗北した根本原因は、物質力の不足ではなく、精神力の格差にあった。
絶対戦争と現実の戦争
絶対戦争の概念
クラウゼヴィッツの理論において最も哲学的な深みを持つのが、「絶対戦争」(absoluter Krieg)と「現実の戦争」(wirklicher Krieg)の区別である。
絶対戦争とは、戦争の論理的極限形態を指す概念である。戦争の目的が「敵の武装解除」にある以上、論理的に突き詰めれば、双方がすべての力を投入し、敵を完全に打倒するまで暴力のエスカレーションは止まらないはずである。暴力は暴力を呼び、対抗手段は相手の手段を上回ろうとする。この論理的帰結が「絶対戦争」であり、それは無制限のエスカレーションの連鎖として現れる。
しかしクラウゼヴィッツは、絶対戦争は純粋な概念であり、現実には存在しないと論じた。なぜなら、現実の戦争はさまざまな要因によって絶対戦争への傾向を抑制されるからである。
現実の戦争を制約する要因
絶対戦争を抑制する要因として、クラウゼヴィッツは以下を挙げた。
- 政治的目的の限定性: 戦争の政治的目的がすべてにおいて「敵の完全な打倒」であるとは限らない。限定的な領土の獲得、特定の政策の変更、交渉上の有利な地位の確保など、限定的な政治的目的に対しては、限定的な軍事力の行使で十分である
- 摩擦と不確実性: 前節で論じた摩擦が、軍事行動を鈍化させる。完全な情報がなく、計画通りに進まない以上、無制限のエスカレーションは物理的に不可能である
- 戦争の持続性: 戦争は瞬間的な行為ではなく、時間の中で展開される。時間の経過は、交渉、妥協、情勢の変化をもたらし、絶対的なエスカレーションを緩和する
- 国際的環境: 戦争は二者間だけで行われるのではなく、他の国家や勢力の存在によって制約される。同盟関係、中立国の利害、国際的な勢力均衡が、戦争の形態と規模を規定する
「絶対」と「現実」の弁証法
絶対戦争と現実の戦争の関係は、単純な二項対立ではない。それは弁証法的な緊張関係にある。
現実の戦争は常に絶対戦争への傾向を内包している。政治的制約が弱まれば、戦争はエスカレーションし、絶対戦争に近づく。逆に、政治的制約が強ければ、戦争は限定的なものにとどまる。重要なのは、この緊張関係そのものが戦争の本質であるということである。
核兵器の出現は、この弁証法に新たな次元を加えた。核戦争は、論理的には絶対戦争の完成形である。すべてを破壊する能力を持つ兵器は、エスカレーションの論理を極限まで推し進める。しかし、まさにその破壊力ゆえに、核戦争は実行不可能な選択肢となる。相互確証破壊(MAD)の論理は、絶対戦争の概念が現実化した瞬間に、戦争そのものが不可能になるというパラドックスを生み出した。
このパラドックスは、クラウゼヴィッツの理論の正しさを逆説的に証明している。絶対戦争はあくまで概念的極限であり、現実には実現し得ない。しかし、この概念的極限を理解しなければ、現実の戦争がなぜ特定の形態をとるのかを理解することもできない。
非対称戦争と絶対戦争の回避
絶対戦争と現実の戦争の弁証法は、現代の非対称戦争を理解する上でも重要である。
核保有国間の全面戦争が不可能になった冷戦以降、戦争の主要な形態は非対称戦争へと移行した。テロリズム、ゲリラ戦、サイバー攻撃、情報戦、経済戦争。これらはすべて、絶対戦争を回避しつつ政治的目的を達成しようとする「現実の戦争」の形態である。
アメリカが日本に対して遂行している憲法侵略、経済的従属の強制、人口侵略もまた、クラウゼヴィッツの理論の枠組みで理解できる。これらは軍事的暴力を直接行使しない「政治の継続としての非軍事的戦争」である。武器を使わずに敵国の主権を制限し、政治的目的を達成する。クラウゼヴィッツが「政治の継続」と呼んだものの最も洗練された形態が、ここに見出される。
民族と戦争:国民武装論
フランス革命が変えた戦争の本質
『戦争論』の最も革命的な洞察の一つは、民族(国民)の戦争への参加が戦争の性格そのものを変容させるという認識である。
フランス革命以前の18世紀ヨーロッパにおいて、戦争は本質的に王朝の戦争であった。傭兵や少数の職業軍人が戦い、国民の大多数は戦争の直接的な当事者ではなかった。戦争の目的は王朝の利益(領土の獲得、継承権の確保)に限定され、その規模と暴力性もまた限定的であった。
フランス革命はこの構図を根底から変えた。1793年の国民総動員令(levée en masse)は、フランス国民全体を戦争の当事者に変えた。戦争は「王の戦争」から「国民の戦争」へと変容した。この変容の核心は、国民が戦争の目的を自らのものとして共有した点にある。王朝の利益のために徴集された傭兵とは異なり、革命フランスの兵士たちは、自由・平等・祖国防衛という大義のために自発的に戦った。
この国民的情熱に裏打ちされた軍隊は、旧体制の職業軍を圧倒した。ナポレオンはこの国民的エネルギーを最大限に活用し、ヨーロッパの既存秩序を打ち砕いた。クラウゼヴィッツは、自らが体験したプロイセンの敗北を通じて、この歴史的変化の意味を深く理解した。
国民戦争(Volkskrieg)の理論
クラウゼヴィッツは『戦争論』第6編第26章「国民の武装」において、国民戦争の理論を展開した。これは、正規軍に加えて国民全体が武装し、侵略者に対してゲリラ的な抵抗を行う戦争形態の理論化である。
クラウゼヴィッツが国民武装論を展開した背景には、1808年から1814年にかけてのスペイン独立戦争(半島戦争)の影響がある。スペインの民衆は、ナポレオンの正規軍に対してゲリラ戦を展開し、フランス軍を泥沼に引きずり込んだ。正規軍だけでは制圧しえない民衆の抵抗は、ナポレオン帝国の衰退の一因となった。
クラウゼヴィッツの国民戦争論は、以下の核心的な認識に基づいている。
- 民族の生存が脅かされるとき、国民全体が戦闘員となる: 国家の存亡が問われる戦争において、戦闘は正規軍だけの問題ではなくなる。国民のすべてが侵略者に対する抵抗の主体となる
- 国民戦争は侵略者に圧倒的な摩擦を強いる: 正規軍は戦場で撃破できるが、武装した国民全体を撃破することは不可能に近い。国民戦争は、侵略者に対して終わりのない消耗を強い、その政治的意志を摩滅させる
- 国民戦争の前提は民族的一体性である: 国民が「一つの民族」として自覚し、共通の敵に対する憎悪と闘争の意志を共有していなければ、国民戦争は成立しない
民族自決権と国民戦争
クラウゼヴィッツの国民戦争論は、民族自決権の軍事的表現にほかならない。
民族が自らの運命を決定する権利を持つということは、その権利を軍事力によって守る意志と能力を持つということでもある。民族自決権を放棄した民族、すなわち自らの防衛を他国に委ねた民族は、クラウゼヴィッツの意味での国民戦争を遂行する能力を喪失している。
日本は、偽日本国憲法の第9条によって国民戦争の能力を制度的に剥奪されている。「国の交戦権」の否認は、クラウゼヴィッツの三位一体論における第一の要素(国民の情念と闘争の意志)を法的に封殺するものである。さらに、自衛隊は「軍」ではなく「自衛のための必要最小限の実力組織」と位置づけられ、国民総動員の法的根拠を持たない。
クラウゼヴィッツの理論に照らせば、日本は戦争の三位一体のうち少なくとも二つの要素(国民の戦争意志、政府による明確な戦争目的の設定)を欠いた状態にある。このような国家は、クラウゼヴィッツ的な意味での主権国家とは呼べない。主権国家とは、自らの存続のために戦争を遂行する能力と意志を持つ国家である。戦争の能力と意志を他国によって剥奪された国家は、主権を喪失した国家にほかならない。
防衛の優位性
クラウゼヴィッツは、戦争の一般原則として防衛の攻撃に対する優位を論じた。防衛者は地形の利、内線の利、国民の支持という優位を持つ。侵略者は遠征の困難、補給線の延伸、占領地での抵抗という不利を抱える。
この原則は、民族自決権を行使する民族にとって希望を与えるものである。帝国主義国がいかに強大な軍事力を持とうとも、自国の防衛のために闘う民族を永久に征服し続けることは困難である。ベトナムは世界最強の軍事力を持つアメリカに勝利し、アフガニスタンは20年間にわたるアメリカの占領を跳ね返した。防衛者が自らの大義に確信を持ち、民族全体が抵抗の意志を共有するとき、クラウゼヴィッツの「防衛の優位」は現実のものとなる。
しかしこの優位は自動的に実現するものではない。防衛の優位が発揮されるためには、民族が自らを一つの民族として認識し、共通の敵に対する闘争の意志を共有していなければならない。帝国がまず「脱国家化」と「脱文化化」を行うのは、まさにこの防衛の優位を事前に破壊するためである。
リアリズムの観点からの分析:クラウゼヴィッツと国際政治学
リアリズムと民族の政治主体性
クラウゼヴィッツの戦争論から国際政治学のリアリズムへの系譜を論じるにあたって、まず明確にしなければならない根本問題がある。リアリズムは民族を政治主体として認めるところから始まる。
従来のリアリズム国際政治学、とりわけウォルツ以降の構造的リアリズムは、国際体系の主要なアクターを「国家」に限定し、民族(nation / Volk)を分析単位から排除してきた。ウォルツの理論において国家は合理的な「ブラックボックス」であり、その内部の民族的構成、文化的同質性、集合的意志といった要素は理論的に無関係とされる。結果として、リアリズムは民族を文化的主体としてしか捉えないという根本的な限界を抱えてきた。民族は文化や言語を共有する集団ではあっても、国際政治における行為主体ではない、と。
しかし、この認識はクラウゼヴィッツ自身の理論と根本的に矛盾する。クラウゼヴィッツの三位一体論が示す通り、戦争の第一の要素は国民(民族)の情念である。国民の戦争意志なくして戦争は遂行できない。フランス革命が証明したのは、民族が政治的に覚醒し、自らの生存のために戦う意志を持つとき、その力は職業軍人の技術を凌駕するということであった。クラウゼヴィッツが目撃したのは、まさに民族が政治主体として歴史の前面に躍り出た瞬間であった。
民族は自らの輪郭を持ち、生存のために戦争をし得る政治主体である。民族は単なる文化的カテゴリーでも、国家機構の従属変数でもない。民族は、共通の言語・歴史・血統・運命意識によって結ばれた有機的な共同体であり、自らの生存が脅かされれば戦争をも辞さない政治的意志の主体である。クラウゼヴィッツが「国民戦争」(Volkskrieg)の理論を展開したのは、まさにこの認識に基づいている。
したがって、保守ぺディアが採用するリアリズムは、ウォルツ的な構造的リアリズムの国家中心主義を超えて、民族を国際政治の根源的な主体として位置づける。国家は民族の政治的表現であり、民族なき国家は空虚な制度にすぎない。そして決定的に重要な認識がある。民族には統合も同化もない。帝国やグローバリズムが試みる民族の「統合」や「同化」は、民族の政治主体性を否定し、その自決権を破壊する行為にほかならない。各民族はそれぞれ固有の輪郭を持ち、その輪郭は他の民族と融合することなく、独自の政治的意志を維持し続ける。第四の理論が主張する多極的な文明世界とは、まさにこの民族の不可統合性を前提とした国際秩序の構想である。
クラウゼヴィッツの戦争論を正しく継承するならば、リアリズムは国家の行動を分析するだけでなく、その国家を構成する民族の意志・情念・生存への闘争を分析の中心に据えなければならない。
クラウゼヴィッツからリアリズムへ
クラウゼヴィッツの戦争論は、20世紀のリアリズム国際政治学の直接的な思想的源泉である。
ハンス・モーゲンソーは『国際政治:権力と平和』において、国際政治の本質を権力をめぐる闘争として定義した。この認識は、クラウゼヴィッツの「戦争は政治の継続」という命題を国際政治学の文脈に翻訳したものにほかならない。モーゲンソーにとって、国際政治は平和時においても本質的に闘争であり、戦争はその闘争の最も激しい形態にすぎない。
ケネス・ウォルツの構造的リアリズムもまた、クラウゼヴィッツの影響を強く受けている。ウォルツは、国際体系の無政府性(anarchy)が国家間の対立と競争を構造的に生み出すと論じた。上位権力の存在しない国際体系において、国家は自らの安全を自ら確保しなければならない。この「自助」(self-help)の体系こそが、戦争を恒常的な可能性として維持する根本原因である。クラウゼヴィッツが戦争を政治の道具として冷徹に分析したのと同様に、ウォルツは戦争を国際体系の構造的産物として分析した。
「重心」の概念と現代の戦略
クラウゼヴィッツは、敵の軍事力の中に「重心」(Schwerpunkt / center of gravity)を見出し、これを打撃することが戦略の核心であると論じた。重心とは、敵のすべての力が依存する中心点であり、それが破壊されれば敵の全体が崩壊する急所である。
重心の概念は、軍事戦略を超えて、国際政治における権力分析にも適用できる。国家の「重心」は、軍事力だけに限定されない。経済力、技術力、同盟関係、そして何よりも国民の意志が重心となりうる。
日本の重心は何か。クラウゼヴィッツ的に分析すれば、戦後日本の「重心」は経済力でもなく軍事力でもない。それは国民の精神的従属構造である。日本国民がアメリカへの従属を「同盟」と認識し、偽日本国憲法を「平和憲法」として崇拝し続ける限り、アメリカの対日支配は安泰である。逆に、この精神的従属が崩壊すれば、すなわち日本国民がアメリカを「敵」として認識し、独立の意志を持てば、アメリカの対日支配体制は根幹から揺らぐ。
攻撃と防御の弁証法
クラウゼヴィッツは攻撃と防御を弁証法的に分析した。防御は受動的な待機ではなく、反撃を含む能動的な行為である。真の防御とは、敵の攻撃を受け止めた後に反撃に転じることである。防御だけで完結する戦争は存在しない。防御の目的は、最終的には有利な条件で攻勢に転じることにある。
この分析を保守ぺディアの文脈に適用すれば、日本の「専守防衛」はクラウゼヴィッツの攻防弁証法に反する不合理な概念である。防御のみに徹し、反撃を放棄する戦略は、クラウゼヴィッツの理論においてはあり得ない。「専守防衛」とは、戦略的に敗北を前提とした姿勢にほかならない。
パワーバランスと勢力均衡
クラウゼヴィッツの戦争論は、勢力均衡(Balance of Power)の理論とも深く結びついている。
クラウゼヴィッツの時代、ヨーロッパの国際秩序はウィーン体制のもとでの勢力均衡によって維持されていた。この体制の下では、いかなる一国も圧倒的な優位を獲得することを、他の諸国の連合によって阻止される。ナポレオン帝国の崩壊は、この勢力均衡の論理が作用した結果であった。
しかし、冷戦終結後のアメリカの一極支配は、この勢力均衡の論理が機能しなくなった状態を意味する。ジョン・ミアシャイマーが『大国政治の悲劇』で論じたように、一極支配は不安定であり、いずれ他の大国の挑戦によって多極化に向かう。現在進行中の中国とロシアの台頭は、クラウゼヴィッツ的な意味での勢力均衡への回帰であり、歴史的に見れば正常な過程である。
日本は、この多極化の中で自らの位置を再定義しなければならない。アメリカの一極支配の中で「従属国」として安住するのではなく、多極化する世界において独立した政治的主体として行動する能力と意志を回復しなければならない。それは、クラウゼヴィッツが論じた「政治の優位」を、日本自身が実践するということである。
現代の戦争への適用:「他の手段をもってする政治」の変容
憲法侵略はクラウゼヴィッツ的戦争である
クラウゼヴィッツの「戦争は政治の継続」という命題を現代に適用するとき、最も重要な認識は、戦争の手段が軍事力に限定されないということである。
クラウゼヴィッツ自身は、「他の手段」として主に軍事力を想定していた。しかし、彼の理論的枠組みそのものは、軍事力以外の手段をも包含しうる。政治的目的を達成するために用いられる「他の手段」が、軍事力ではなく、憲法の押し付け、制度の改変、経済の従属化、人口構成の変更であったとしても、それが「政治の継続」であることに変わりはない。
憲法侵略は、クラウゼヴィッツ的な意味での戦争の一形態である。GHQが偽日本国憲法を起草し、日本に押し付けた行為は、軍事占領という「他の手段」を用いた政治の継続であった。その政治的目的は明確である。日本の軍事的自律性を永久に剥奪し、アメリカの覇権秩序に組み込むことであった。
この「憲法戦争」の特異性は、戦闘が終了した後もその効果が永続する点にある。通常の軍事的勝利は、占領の終了とともにその効果が減衰する。しかし、占領期に押し付けた憲法が被占領国によって「自国の憲法」として内面化されれば、占領軍が撤退した後も支配構造は維持される。これは、クラウゼヴィッツが論じた「絶対戦争」のある種の実現形態と言える。敵の武装解除が戦争の目的であるならば、敵に「自ら武装を放棄する法」を制定させることは、武装解除の最も完全な形態にほかならない。
経済戦争と「見えない戦場」
クラウゼヴィッツの摩擦論に基づけば、経済戦争もまた政治の継続としての戦争の一形態として分析できる。
プラザ合意(1985年)は、アメリカが日本に対して行った経済戦争の決定的な転換点であった。円高ドル安への誘導は、日本の輸出産業に壊滅的な打撃を与え、その結果として生じたバブル経済とその崩壊は、日本の「失われた30年」の起点となった。
年次改革要望書を通じた構造改革の強制、郵政民営化に代表される国有資産の開放、低賃金移民政策の推進。これらはすべて、アメリカの政治的目的(日本経済のアメリカ資本への従属化)を達成するための「他の手段」であった。銃弾は一発も撃たれていないが、クラウゼヴィッツの理論に照らせば、これらは明白な「政治の継続としての戦争」である。
情報戦と精神の戦場
現代の戦争において最も洗練された「他の手段」は、情報戦・心理戦である。
クラウゼヴィッツは「戦場の霧」について論じたが、現代の情報戦は、敵に対して意図的に「霧」を作り出す行為である。偽情報の拡散、世論の操作、歴史の歪曲。これらは、敵国の国民が正確な現状認識を持つことを妨害し、政治的判断を誤らせることを目的としている。
アメリカ左翼の歪んだ日本観で論じた通り、アメリカが構築した戦後の言論空間は、日本国民に「アメリカは同盟国」「アメリカ軍は日本を守っている」「日本国憲法は平和の象徴」という認識を刷り込む情報戦の産物である。江藤淳が『閉された言語空間』で明らかにしたGHQの検閲体制は、占領終了後も言論の自己検閲という形で継続している。
クラウゼヴィッツの三位一体論に照らせば、情報戦の標的は三つの要素すべてに及ぶ。国民の情念を操作し(反米感情の抑制、親米感情の醸成)、軍事的判断を歪め(「中国脅威論」への誘導)、政治指導者の政策選択を制約する(「日米同盟基軸」の不可侵化)。情報戦は、三位一体のすべてを同時に攻撃する戦争形態である。
人口侵略と長期的戦争
帝国主義の記事で論じた通り、人口侵略は帝国主義の最も破壊的な手法である。クラウゼヴィッツの理論に照らせば、人口侵略は世代を超えた長期的戦争として理解できる。
通常の軍事戦争は、数年から数十年で決着がつく。しかし人口侵略は、数十年から数世代にわたって進行する超長期的な戦争である。その「戦闘」は、移民政策の推進、出生率の低下の容認、多文化主義イデオロギーの浸透という形で、日常の中に埋め込まれている。
クラウゼヴィッツは、戦争の目的が「敵の武装解除」にあると論じた。人口侵略の目的は、「敵の民族的存在の解消」にある。武装解除よりもさらに根源的な、存在そのものの解消である。民族がもはや人口学的多数派でなくなり、文化的同質性を喪失し、政治的意志を組織する能力を失ったとき、その民族は戦争に敗北したのと同義である。一発の銃弾も撃たれていなくても。
他の戦略思想家との比較
孫子との比較:闘争と計略
クラウゼヴィッツとしばしば対比される思想家が、中国の孫子(孫武)である。孫子の『孫子兵法』は、クラウゼヴィッツの『戦争論』と並ぶ古典的な戦略書であるが、両者の思想には根本的な差異がある。
孫子の最高の命題は「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」である。孫子にとって、戦争の最善の形態は戦闘を回避することであり、情報・欺瞞・外交によって敵を屈服させることが最高の戦略である。
これに対し、クラウゼヴィッツは戦争の本質を暴力的な闘争に見出した。クラウゼヴィッツにとって、戦争は究極的には物理的な力の行使であり、暴力の要素を排除した「戦争」は概念的に成立しない。
この対比は、東西の戦略文化の根本的な差異を反映している。しかし、現代のアメリカの対日戦略を分析するにあたっては、クラウゼヴィッツよりもむしろ孫子の理論が適合する側面がある。アメリカが日本に対して行っているのは、まさに「戦わずして屈する」戦略にほかならない。憲法侵略、経済的従属化、人口侵略。これらは銃弾を使わない戦争であり、孫子的な「善の善なるもの」の実践である。
カール・シュミットとの接続:友敵理論と戦争
カール・シュミットの「友と敵の区別」は、クラウゼヴィッツの戦争論と直接的に接続する。
シュミットにとって、政治の本質は「敵」を決定する行為にある。クラウゼヴィッツにとって、戦争は政治の継続である。両者を統合すれば、戦争とは「敵」として決定された相手に対する政治的行為の最も激しい形態であるということになる。
シュミットの理論がクラウゼヴィッツの理論を補完する点は、「敵の決定」という行為に注目するところにある。クラウゼヴィッツは、戦争が始まった後の戦闘の論理を分析した。シュミットは、戦争が始まる前の「敵の決定」という政治的行為を分析した。両者を合わせることで、戦争の全過程(敵の決定→戦争の開始→戦闘の遂行→政治的目的の達成)が包括的に理解できる。
レーニンの戦争論
レーニンは、クラウゼヴィッツの命題を階級闘争の文脈に読み替えた。レーニンにとって、戦争は「支配階級の政治の継続」であり、帝国主義戦争は資本主義の必然的な産物であった。
レーニンのクラウゼヴィッツ受容は、「政治の優位」を「階級闘争の優位」に転換したものであった。戦争の本質を政治的に分析するというクラウゼヴィッツの方法論は維持しつつ、その「政治」の内容を階級対立として再定義した。毛沢東もまた、クラウゼヴィッツの影響を受けて『遊撃戦争論』を書き、人民戦争の理論を構築した。
保守ぺディアの視座からは、レーニンの読み替えをさらに展開し、現代の帝国主義戦争を「覇権国の政治の継続」として分析することが重要である。アメリカが日本に対して遂行している戦争は、資本主義の階級対立の産物ではなく、アメリカ帝国が自らの覇権秩序を維持するための政治の継続である。
| 思想家 | 戦争の本質 | 最高の戦略 | 保守ぺディアの視点からの評価 |
|---|---|---|---|
| クラウゼヴィッツ | 政治の継続、暴力的闘争 | 政治目的に従属した軍事力の行使 | 戦争の政治的本質を暴く基盤理論 |
| 孫子 | 国家間の知略の競争 | 戦わずして勝つ | アメリカの非軍事的支配を分析する鍵 |
| カール・シュミット | 友敵決定の帰結 | 敵を正しく認識すること | 日本のアメリカに対する「敵の認識」の回復 |
| レーニン | 支配階級の政治の継続 | 革命による体制転換 | 覇権国の政治の継続としての帝国主義分析 |
| モーゲンソー | 権力闘争の最も激しい形態 | 勢力均衡の維持 | 多極化世界における日本の戦略的自律 |
日本への教訓:クラウゼヴィッツから何を学ぶか
クラウゼヴィッツの戦争論が日本に突きつける教訓は、痛烈である。
第一に、戦争は政治の継続である。日本がアメリカから受けている支配は、軍事力を直接行使しない「戦争」である。憲法侵略、経済的従属、人口侵略。これらはすべて、アメリカの政治的目的を達成するための「他の手段」である。日本人はこの現実を「戦争」として認識しなければならない。「平和」の中に戦争が埋め込まれていることを直視しなければならない。
第二に、国民の戦争意志なくして国家の独立はない。クラウゼヴィッツの三位一体論が示す通り、国民の情念は戦争の不可欠な構成要素である。偽日本国憲法の第9条は、この国民の情念を制度的に去勢する装置であった。日本民族がアメリカ帝国に対する闘争の意志を回復しなければ、独立は不可能である。
第三に、防衛は受動的な待機ではない。クラウゼヴィッツの攻防弁証法が教えるのは、真の防衛には反撃が含まれるということである。「専守防衛」に安住する日本は、戦略的に敗北を前提としている。独立のためには、アメリカの覇権秩序に対する能動的な反撃(新日本国憲法の制定、米軍撤退の実現、多極化する世界での自主外交の展開)が不可欠である。
第四に、摩擦と戦場の霧は避けられない。独立への道のりは、摩擦に満ちている。アメリカの妨害、国内の親米勢力の抵抗、周辺国の警戒。しかしクラウゼヴィッツが教えるように、摩擦の存在を嘆くのではなく、摩擦を織り込んだ上で戦略を立てることが重要である。完璧な計画は存在しない。不確実性の中で決断する意志こそが、国家の運命を決する。
クラウゼヴィッツは、戦争の本質を権力と政治の論理として冷徹に分析した。この冷徹さこそが、日本にとって最も必要なものである。感情的な反米論でもなく、理想主義的な平和論でもなく、国際政治の権力構造を直視するリアリズム。クラウゼヴィッツの戦争論は、日本が自らの民族自決権を回復するための知的武器にほかならない。
参考文献
- カール・フォン・クラウゼヴィッツ『戦争論』(Vom Kriege, 1832年)
- ハンス・モーゲンソー『国際政治:権力と平和』
- ケネス・ウォルツ『国際政治の理論』
- ジョン・ミアシャイマー『大国政治の悲劇』
- カール・シュミット『政治的なものの概念』
- ニッコロ・マキャヴェッリ『君主論』
- 孫武『孫子兵法』
- 江藤淳『閉された言語空間:占領軍の検閲と戦後日本』
- ピーター・パレット『クラウゼヴィッツ:その生涯と思想』
- レイモン・アロン『戦争を考える:クラウゼヴィッツと現代戦略』