海上権力史論

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海上権力史論

概要と歴史的背景

アルフレッド・セイヤー・マハン(Alfred Thayer Mahan, 1840年 - 1914年)は、アメリカの海軍軍人・戦略思想家であり、近代海洋戦略論の創始者である。その主著『海上権力史論』(The Influence of Sea Power upon History, 1660-1783, 1890年)は、海軍力が国家の興亡を決定するという命題を歴史的に実証した著作であり、現代地政学と海洋戦略に巨大な影響を与え続けている。

マハンはウェストポイント陸軍士官学校の教授の息子として生まれ、アナポリス海軍兵学校を卒業して海軍に入った。南北戦争に参加した後、海軍での実務経験を積みながら戦略研究に没頭し、1886年に海軍大学校の講師に就任した。『海上権力史論』は、この講義を基盤として執筆された。

マハンが著作を公にした1890年代は、アメリカが大陸国家から海洋帝国への転換を遂げようとしていた時期であった。フロンティアの消滅(1890年、ターナーの「フロンティア学説」)、米西戦争(1898年)によるフィリピン・グアム・プエルトリコの獲得、ハワイ併合(1898年)、パナマ運河の建設計画。マハンの著作は、このアメリカ帝国の海洋進出に思想的正当性を与えた。

同時に、マハンの著作は大英帝国、ドイツ帝国、大日本帝国の海軍戦略にも決定的な影響を与えた。ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世はマハンの著作に感銘を受け、大海軍建設に乗り出した。日本海軍もマハンの理論を熱心に研究し、日本語訳は海軍士官の必読書となった。

主要思想:シーパワーの理論

海上権力(Sea Power)の概念

マハンの理論の核心概念は海上権力(Sea Power)である。これは単に海軍力(naval power)を意味するのではない。マハンの「海上権力」は、以下の要素を含む包括的な概念である。

  • 海軍力: 戦闘艦隊、補助艦艇、海軍基地
  • 商船隊: 海上貿易を担う民間の船舶
  • 海外植民地・拠点: 海軍基地、補給拠点、貿易拠点
  • 海洋産業: 造船業、漁業、海運業
  • 海洋に対する国民の志向: 海洋への関心と海洋活動への国民的な意欲

マハンは、これらの要素の総体としての「海上権力」が、国家の富と強さの源泉であると論じた。

シーパワーを規定する六つの要素

マハンは、国家のシーパワーを規定する六つの要素を体系化した。

  • 地理的位置: 海洋に面し、主要な海上交通路に位置する国家はシーパワーにおいて有利である。イギリスはヨーロッパの沖合に位置し、大西洋と北海の双方に面していたがゆえに、海洋覇権を確立できた
  • 国土の形態: 海岸線の長さ、良港の数、内陸水路の発達。長い海岸線と多くの天然の良港を持つ国家は、海洋活動に適している
  • 領土の広さ: 海岸線の長さに対する国土の広さの比率。広大な内陸を持つ国家は、海洋への関心が分散する傾向がある
  • 人口: 海軍と商船隊に人員を供給できる人口規模
  • 国民性: 海洋貿易・海洋冒険への国民的志向。商業的精神と海洋への親和性を持つ国民は、シーパワーの発展に有利である
  • 政府の性質: 海軍力の建設と海洋政策に対する政府の意志と能力

制海権と通商破壊

マハンの戦略思想の中核は、制海権(command of the sea)の獲得と維持にある。

マハンは、海軍戦略の最終目標を敵艦隊の撃滅による制海権の獲得として定義した。制海権を握った国家は、自国の海上貿易を保護し、敵国の海上貿易を遮断し、海洋を通じた軍事力の投射を自由に行うことができる。

マハンは、艦隊を分散させての通商破壊戦を副次的な戦略として位置づけ、艦隊決戦(fleet engagement)による制海権の一挙的獲得を最重要視した。この思想は、日本海海戦(1905年)における東郷平八郎の戦略にも影響を与えた。

歴史的実証:大英帝国の海洋覇権

マハンは、1660年から1783年にかけてのヨーロッパの戦争史を分析し、海上権力が国家の興亡を決定したことを歴史的に実証した。

大英帝国は、スペイン、オランダ、フランスとの一連の戦争を通じて海洋覇権を確立した。マハンは、イギリスの成功の理由を以下のように分析した。

  • 島国としての地理的優位性(大陸への陸軍展開のコストが低い一方、海軍に集中投資できた)
  • 強力な商船隊と海洋産業基盤
  • 制海権の戦略的優先順位を理解した政府の政策
  • 海洋に志向する国民性

対照的に、フランスは強大な陸軍を持ちながら、海軍力の建設と維持に十分な資源を投入できなかった。大陸国家としての地政学的制約が、フランスのシーパワーを構造的に制限した。

ランドパワーとシーパワー:地政学的対立

マハンとマッキンダーの対抗

マハンの海洋戦略論は、ハルフォード・マッキンダーハートランド理論と対をなす地政学的枠組みを構成する。

マッキンダーは1904年の論文「歴史の地理学的枢軸」において、ユーラシア大陸の内部(「ハートランド」)を支配するランドパワーが、最終的には海洋勢力をも圧倒しうると論じた。「東ヨーロッパを支配する者がハートランドを支配し、ハートランドを支配する者が世界島を支配し、世界島を支配する者が世界を支配する」。

これに対し、マハンの理論はシーパワーの優位性を主張する。海洋を支配する国家が国際貿易を制御し、軍事力を世界中に投射し、大陸の周辺からランドパワーを包囲・制約できる。

この対立は、歴史的には海洋国家群(イギリス、アメリカ、日本)と大陸国家群(ロシア、ドイツ、中国)の地政学的対立として現れてきた。冷戦は、シーパワー(アメリカ中心の海洋同盟)とランドパワー(ソ連中心の大陸ブロック)の対立として理解できる。

リムランド理論と日本の地政学的位置

マハンとマッキンダーの対立を統合しようとしたのが、ニコラス・スパイクマンリムランド理論である。スパイクマンは、ハートランドの周辺部(「リムランド」)——すなわちヨーロッパの沿岸部、中東、南アジア、東アジア——こそが、世界政治の決定的な戦場であると論じた。

日本は、このリムランドの東端に位置する。日本の地政学的位置は、シーパワーとランドパワーの境界線上にあり、東アジアにおけるシーパワーの最前線拠点として機能している。

アメリカの東アジア戦略は、まさにこのリムランド理論に基づいている。日本、韓国、台湾、フィリピン、オーストラリアを結ぶ「第一列島線」は、中国(ランドパワー)の海洋進出を阻止するシーパワーの防衛線である。日本は、この防衛線の最も重要な拠点として位置づけられている。

しかし、ここで問うべきは、日本がアメリカのリムランド戦略の拠点であることが、日本自身の国益に合致するのかということである。アメリカの戦略において日本は「拠点」であり、日本自身の生存と自律は二次的な考慮にすぎない。マハンの理論に基づけば、日本は他国の戦略の拠点ではなく、独自のシーパワー戦略の主体として行動すべきである。

歴史的検証:日本海海戦とシーパワーの実証

マハンの理論が最も劇的に実証された事例の一つが、日本海海戦(1905年)である。

日露戦争において、東郷平八郎率いる日本の連合艦隊は、バルチック海から半年以上かけて回航してきたロシアのバルチック艦隊対馬海峡で迎撃し、壊滅的な勝利を収めた。

この海戦は、マハンの理論の以下の命題を実証した。

  • 艦隊決戦による制海権の獲得: 東郷は分散的な通商破壊ではなく、艦隊決戦による一挙的な制海権の獲得を追求し、成功した。これはマハンが最重視した戦略原則の実践である
  • 地理的優位の活用: 日本は自国周辺の海域で戦い、ロシアは地球の反対側から艦隊を回航させなければならなかった。マハンが「地理的位置」をシーパワーの第一の要素に挙げたことの正しさが実証された
  • シーパワー国家のランドパワー国家に対する優位: 島国日本が大陸国家ロシアに対して海戦で勝利したことは、シーパワーの地政学的優位を示す歴史的事例となった

しかし、日本は日本海海戦の教訓を太平洋戦争で忘れた。マハンの理論を研究していたにもかかわらず、日本海軍は大陸への進出(中国での陸上作戦の支援)にシーパワーを分散させ、アメリカというより巨大なシーパワーとの消耗戦に引き込まれた。マハンの理論に忠実であれば、日本は海洋における自国の優位を最大化し、大陸への過度な関与を避けるべきであった。

リアリズムの観点からの分析

マハンとリアリズム

マハンの理論は、リアリズムの伝統の中で重要な位置を占める。

マハンは、国際関係を権力政治として冷徹に分析した。国家の安全と繁栄は、軍事力(特に海軍力)と経済力によって決定される。道徳や法ではなく、権力の論理が国際秩序を規定する。この認識は、モーゲンソーのリアリズムと完全に一致する。

さらにマハンは、現代の地政学(geopolitics)の先駆者でもある。マハンの海洋戦略論は、ハルフォード・マッキンダーの「ハートランド理論」(ランドパワー重視)と対をなすシーパワー理論として、地政学の二大潮流の一つを形成する。

アメリカの海洋覇権

マハンの理論は、アメリカの海洋覇権の思想的基盤を提供した。

マハンが執筆した時代、アメリカは大陸国家から海洋帝国への転換期にあった。マハンの著作は、この転換に対して明確な理論的根拠を与えた。アメリカが世界的な大国になるためには、強力な海軍、海外基地のネットワーク、制海権の維持が不可欠である。

現代のアメリカ海軍は、マハンの理論を忠実に実現した存在である。11隻の航空母艦を中心とする空母打撃群、世界中に展開する海軍基地のネットワーク(横須賀、グアム、ディエゴガルシア、バーレーン、ナポリ等)、地球上のあらゆる海域に軍事力を投射する能力。これらはすべて、マハンが構想した「海上権力」の現代的実現にほかならない。

日本とシーパワー

マハンの理論は、日本の地政学的分析にとって決定的に重要である。

日本は島国であり、マハンのシーパワー理論が最も直接的に適用される国家の一つである。マハンの六要素に照らせば、日本は以下の特性を持つ。

  • 地理的位置: 東アジアの沖合に位置し、太平洋への出口を持つ。イギリスのヨーロッパにおける位置と構造的に類似
  • 国土の形態: 長い海岸線と多くの天然の良港を持つ
  • 人口: 海軍と海洋産業を支えるのに十分な人口を有する
  • 海洋産業: 世界有数の造船業と海運業を持つ

マハンの理論に従えば、日本はシーパワー国家としての潜在力を最大限に有している。しかし、戦後の日本はこの潜在力を十全に発揮していない。偽日本国憲法の制約と在日米軍への依存が、日本の海洋戦略的自律性を制限しているからである。

横須賀基地はアメリカ第七艦隊の母港であり、マハン的な意味での「海外基地」の典型である。しかしそれは日本の海上権力ではなく、アメリカの海上権力の構成要素にほかならない。日本は、自国の最も重要な海軍拠点をアメリカに提供することで、自らのシーパワーの核心を他国に委ねている。

現代への適用

インド太平洋と海洋覇権の競争

21世紀の国際政治において、マハンの海洋戦略論は再び注目を集めている。中国の海軍力拡大と海洋進出は、南シナ海東シナ海における制海権の競争を激化させている。

中国は、マハンの理論を熟知した上で海軍力の建設を進めている。空母の建造、遠洋海軍の育成、「真珠の首飾り」戦略による海外拠点の確保。これらはすべて、マハンが論じた「シーパワーの六要素」を体系的に構築する試みである。

アメリカの「自由で開かれたインド太平洋」戦略は、マハンの制海権理論の現代的適用にほかならない。インド洋から太平洋にかけての海上交通路の支配権を維持することが、アメリカのグローバルな覇権の基盤である。

海洋を通じた支配

マハンの理論は、アメリカが日本を支配するメカニズムの分析にも適用できる。

日本は資源の大部分を海上輸送に依存している。石油、天然ガス、食料、鉱物資源。これらの海上輸送路(シーレーン)の安全は、日本の生存に直結する。そして現在、これらのシーレーンの安全を「保障」しているのはアメリカ海軍である。

マハンの理論に照らせば、自国のシーレーンの安全を他国の海軍力に依存する国家は、事実上その国家の従属国にほかならない。海上交通路を支配する国家が、その交通路に依存する国家を支配する。これがマハンの理論の政治的含意である。日本がアメリカの海洋覇権に依存し続ける限り、日本のシーレーンはアメリカの「善意」によってのみ維持される。そしてマハンの世界において、善意は安全保障の基盤にはなり得ない。

日本への教訓

マハンの『海上権力史論』が日本に突きつける教訓は明確である。

第一に、日本は本質的にシーパワー国家である。島国としての地理的条件、海洋産業の基盤、長い海洋活動の歴史。これらの条件は、日本がシーパワーとして独立した海洋戦略を追求するための基盤を提供している。

第二に、シーレーンの安全は他国に委ねてはならない。マハンが教えるのは、海上交通路を支配する国家が、国際秩序を支配するということである。日本が自らのシーレーン防衛能力を持たない限り、日本はアメリカの海洋覇権に従属し続ける。

第三に、海軍力は国家の独立の基盤である。マハンが大英帝国の事例で示した通り、強力な海軍力を持つ島国は、大陸の覇権国から独立を維持することができる。日本もまた、自前の海軍力によって東アジアの海洋秩序における独立した地位を確保しなければならない。

マハンの海洋戦略論は、日本が自らの地政学的条件を正しく理解し、シーパワー国家としての潜在力を最大限に発揮するための知的基盤を提供している。海を制する者が、国の運命を制する。この原則は、マハンの時代から現代に至るまで、一貫して真実である。

参考文献

関連項目