「ペトロダラーと超帝国主義」の版間の差分

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=== 概要 ===
=== 概要 ===


'''ペトロダラーと超帝国主義'''とは、[https://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ合衆国 アメリカ]が[https://ja.wikipedia.org/wiki/石油 石油]取引のドル建て決済を世界に強制する「ペトロダラー体制」と、[https://en.wikipedia.org/wiki/Michael_Hudson_(economist) マイケル・ハドソン]が著書『超帝国主義国家アメリカの内幕』(Super Imperialism、1972年)で解明した、[https://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ合衆国財務省証券 米国債]を媒介とする世界規模の経済収奪メカニズムを統合的に分析する概念である。
'''ペトロダラーと超帝国主義'''とは、[https://ja.wikipedia.org/wiki/石油 石油]取引のドル建て決済を世界に強制する「ペトロダラー体制」と、[https://en.wikipedia.org/wiki/Michael_Hudson_(economist) マイケル・ハドソン]が著書『超帝国主義国家アメリカの内幕』(Super Imperialism、1972年)で解明した[https://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ合衆国財務省証券 米国債]を媒介とする世界規模の経済収奪メカニズムを、統合的に分析する概念である。


ペトロダラー体制の本質は、'''軍事力を背景に紙切れ(ドル)と引き換えに世界の実物資産を収奪する構造'''にほかならない。金(ゴールド)の裏付けを失ったドルは、石油という戦略的資源と結びつくことで基軸通貨の地位を維持し、さらにその石油の安定供給はアメリカの圧倒的な軍事力によって担保されている。すなわち、ドル覇権の本質は軍事覇権であり、軍事覇権の経済的表現がペトロダラー体制である。
金の裏付けを失ったドルは、石油という戦略資源と結びつくことで基軸通貨の地位を保った。石油の安定供給を担保するのはアメリカの軍事力であり、その軍事力を支えるのがドル覇権——この循環構造そのものがペトロダラー体制の核心にほかならない。かつての[[帝国主義]]が軍事征服と植民地統治で他国を搾取したのに対し、ハドソンが「超帝国主義」と名づけた体制は、[[ドル覇権と経済収奪|ドルと米国債]]という金融的手段で'''形式上の主権を残したまま'''経済的従属を強制する。各国の[[民族自決権]]と[[国家主権]]は形骸化し、経済政策の自律性は根底から奪われる。帝国主義の最も洗練された——そして最も陰険な——到達点である。
 
ハドソンは、この構造を「超帝国主義」(Super Imperialism)と呼んだ。かつての帝国主義が軍事的征服と直接的な植民地統治によって他国を搾取したのに対し、アメリカの超帝国主義は、[[ドル覇権と経済収奪|ドルと米国債]]という金融的手段によって、'''形式上の主権を保持させたまま'''経済的従属を強制する。これは[[帝国主義]]の最も洗練された——そして最も陰険な——形態である。


=== マイケル・ハドソンと『超帝国主義』 ===
=== マイケル・ハドソンと『超帝国主義』 ===


==== ハドソンの経歴と知的背景 ====
==== 知的背景——ウォール街で目撃した収奪の内部構造 ====
 
[https://en.wikipedia.org/wiki/Michael_Hudson_(economist) マイケル・ハドソン](1939年–)は、アメリカの経済学者であり、ミズーリ大学カンザスシティ校の特別教授である。ハドソンの父レオン・ハドソンは[https://ja.wikipedia.org/wiki/トロツキズム トロツキスト]の政治活動家であり、[https://ja.wikipedia.org/wiki/マッカーシズム マッカーシズム]の時代に投獄された。この家庭環境は、ハドソンにアメリカの権力構造に対する批判的な視座を植え付けた。


ハドソンはニューヨーク大学で経済学の博士号を取得した後、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ウォール街 ウォール街]のチェース・マンハッタン銀行(現[https://ja.wikipedia.org/wiki/JPモルガン・チェース JPモルガン・チェース])で国際収支アナリストとして勤務した。この実務経験こそが、ハドソンにアメリカの金融覇権の内部構造を理解する機会を与えた。ハドソンは銀行の内部から、アメリカがいかにして貿易赤字を「武器」として利用し、世界各国から富を収奪しているかを目撃したのである。
[https://en.wikipedia.org/wiki/Michael_Hudson_(economist) マイケル・ハドソン](1939年–)はミズーリ大学カンザスシティ校特別教授。父レオン・ハドソンは[https://ja.wikipedia.org/wiki/トロツキズム トロツキスト]活動家で、[https://ja.wikipedia.org/wiki/マッカーシズム マッカーシズム]下に投獄された。この出自がハドソンにアメリカの権力構造への批判的視座を植えつけた。


==== 『超帝国主義』の衝撃 ====
ニューヨーク大学で経済学博士号を取得後、ハドソンは[https://ja.wikipedia.org/wiki/ウォール街 ウォール街]のチェース・マンハッタン銀行(現[https://ja.wikipedia.org/wiki/JPモルガン・チェース JPモルガン・チェース])に国際収支アナリストとして勤務した。帝国の金融収奪を銀行の内側から観察する稀有な経験。アメリカが貿易赤字を「武器」に世界から富を吸い上げる仕組みを、ハドソンは帳簿の数字のなかに読みとったのである。


1972年に出版された『超帝国主義国家アメリカの内幕』(Super Imperialism: The Economic Strategy of American Empire)は、国際金融の構造的不正を暴露した画期的な著作である。ハドソンは、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ニクソン・ショック ニクソン・ショック](1971年)によって金ドル兌換が停止された直後に本書を執筆し、アメリカの貿易赤字と財政赤字がいかにして世界支配の道具に転化されるかを予見的に分析した。
==== 『超帝国主義』——国防総省がマニュアルとして読んだ書物 ====


本書の核心的な主張は以下の通りである。
1972年刊行の『超帝国主義国家アメリカの内幕』(Super Imperialism: The Economic Strategy of American Empire)は、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ニクソン・ショック ニクソン・ショック](1971年)直後に書かれた予見的著作である。金ドル兌換停止後のアメリカが、貿易赤字と財政赤字をいかに支配の道具へ転化するかを構造的に分析した。


* '''貿易赤字は搾取の道具である''': 通常の経済学では貿易赤字は「問題」とされるが、ハドソンはアメリカの貿易赤字が意図的な支配の手段であることを論証した。アメリカはドルを「印刷」するだけで世界から実物資産を手に入れ、各国は受け取ったドルを米国債に再投資せざるを得ない
主張の骨格は明快である。通常の経済学は貿易赤字を「問題」とみなすが、基軸通貨国アメリカにとって赤字は収奪の回路にすぎない。アメリカがドルを発行し世界から実物資産を手に入れる。各国は受け取ったドルを遊ばせておけず米国債へ投資する。アメリカは還流した資金で軍事と消費を賄い、新たな国債で既存国債を借り換える。永久に返済されない債務。各国が米国債を大量売却すればドル暴落で自国資産も毀損されるため、体制から抜けられない——ハドソンはこの構造を「紙の鎖」と呼んだ。
* '''米国債は「紙の鎖」である''': 各国が保有する米国債は、アメリカへの貸付金であると同時に、アメリカ体制からの離脱を阻止する「紙の鎖」として機能する。大量の米国債を売却すればドルが暴落し、自国の保有資産が毀損されるため、各国は売却できない
* '''国際機関はアメリカの道具である''': [https://ja.wikipedia.org/wiki/国際通貨基金 IMF]、[https://ja.wikipedia.org/wiki/世界銀行 世界銀行]、[https://ja.wikipedia.org/wiki/世界貿易機関 WTO]といった国際機関は、表面上は「国際協調」の機関であるが、その実態はアメリカの経済覇権を制度化し、他国に[[新自由主義]]的改革を強制するための装置である
* '''アメリカの軍事支出は「ただ」である''': アメリカは世界最大の軍事支出を賄うために増税や緊縮財政を行う必要がない。各国がドルを保有し、米国債を購入することで、世界がアメリカの軍事費を間接的に負担しているからである


ハドソン自身が述べたところによれば、『超帝国主義』は出版後、[https://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ国防総省 国防総省]が大量に購入した。国防総省はこの本を「批判書」としてではなく、アメリカの金融覇権を'''いかにして維持するかのマニュアル'''として読んだのである。この逸話は、ハドソンの分析がいかに正確であったかを物語っている。
出版後、[https://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ国防総省 国防総省]が大量に購入したという逸話が残る。批判書としてではなく、金融覇権維持の'''マニュアル'''として。分析の正確さを物語るエピソードである。


==== ハドソンの知的系譜——制度学派と古典経済学 ====
==== レント経済と知的系譜 ====


ハドソンの理論的基盤を理解するためには、彼が依拠する知的伝統を把握する必要がある。
ハドソンの理論的基盤は三つの源流に遡る。[https://ja.wikipedia.org/wiki/ソースティン・ヴェブレン ヴェブレン]の[https://ja.wikipedia.org/wiki/制度派経済学 制度学派]、[https://ja.wikipedia.org/wiki/デヴィッド・リカード リカード]や[https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・スチュアート・ミル J.S.ミル]の古典派経済学、そして[https://ja.wikipedia.org/wiki/フリードリヒ・リスト フリードリヒ・リスト]の[https://ja.wikipedia.org/wiki/保護貿易 保護主義]思想である。


ハドソンは、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ソースティン・ヴェブレン ソースティン・ヴェブレン]の[https://ja.wikipedia.org/wiki/制度派経済学 制度学派経済学]、[https://ja.wikipedia.org/wiki/デヴィッド・リカード デヴィッド・リカード]や[https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・スチュアート・ミル ジョン・スチュアート・ミル]らの古典派経済学、さらには[https://ja.wikipedia.org/wiki/フリードリヒ・リスト フリードリヒ・リスト]の[https://ja.wikipedia.org/wiki/保護貿易 保護主義的]経済思想に立脚している。特にリストは、[https://ja.wikipedia.org/wiki/自由貿易 自由貿易]が先進国と後進国の間の格差を固定化し、後進国の工業化を阻害することを19世紀の時点で看破していた。ハドソンはこのリストの洞察を現代に応用し、自由貿易と金融のグローバル化がアメリカの覇権を維持するための構造的手段であることを論じた。
とりわけリストの影響は大きい。リストは19世紀の時点で、[https://ja.wikipedia.org/wiki/自由貿易 自由貿易]が先進国と後進国の格差を固定し後進国の工業化を阻むと看破した。ハドソンはこの洞察を現代に適用し、自由貿易と金融グローバル化がアメリカ覇権を維持する構造的手段であると論じた。


ハドソンはまた、古典派経済学が重視した「不労所得」(レント)の概念を現代の金融資本主義に適用した。古典派経済学者たちは、地代・利子・独占利潤といった不労所得を経済の寄生的要素と見なし、これを最小化することが経済の健全性にとって不可欠であると論じた。ハドソンによれば、現代のアメリカ経済は、製造業による価値創造から金融的なレント追求へと構造転換しており、この「レンティア経済」(Rentier Economy)こそがアメリカの超帝国主義の経済的基盤である。
もう一つの鍵概念が「[https://ja.wikipedia.org/wiki/レント_(経済学) レント]」(不労所得)である。古典派経済学者は地代・利子・独占利潤を経済の寄生的要素とみなした。ハドソンによれば、現代アメリカは製造業の価値創造から金融的レント追求へ構造転換した「レンティア経済」(Rentier Economy)であり、この寄生的蓄積モデルが超帝国主義の経済的基盤をなしている([[経済概論]]も参照)。


=== ペトロダラー体制の歴史的成立 ===
=== ペトロダラー体制の歴史的成立 ===


==== ブレトンウッズ体制——ドル覇権の原型(1944年–1971年) ====
==== ブレトンウッズ——ドル覇権の原型(1944–1971年) ====
 
ペトロダラー体制を理解するためには、その前史としての[https://ja.wikipedia.org/wiki/ブレトンウッズ協定 ブレトンウッズ体制]に遡る必要がある。


1944年7月、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ニューハンプシャー州 ニューハンプシャー州]ブレトンウッズにおいて、44カ国の代表が戦後の国際通貨体制を設計する会議に集まった。この会議の本質は、[https://ja.wikipedia.org/wiki/第二次世界大戦 第二次世界大戦]後の世界経済秩序をアメリカ中心に再編することにあった。
1944年7月、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ニューハンプシャー州 ニューハンプシャー州]ブレトンウッズに44カ国の代表が集結した。[https://ja.wikipedia.org/wiki/第二次世界大戦 第二次世界大戦]後の国際通貨体制を設計する会議——その実態は、世界経済秩序をアメリカ中心に再編する場であった。


会議では、イギリスの経済学者[https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・メイナード・ケインズ ジョン・メイナード・ケインズ]が提案した超国家的な準備通貨「バンコール」と、アメリカの[https://ja.wikipedia.org/wiki/ハリー・ホワイト ハリー・デクスター・ホワイト]が提案したドル本位制が対立した。ケインズのバンコール案は、いかなる一国の通貨にも特権的地位を与えず、貿易黒字国と赤字国の双方に調整の義務を課す公正な制度であった。しかし、世界最大の債権国であり、世界の金保有量の約7割を握るアメリカの圧倒的な経済力の前に、ケインズ案は退けられた。
対抗案を出したのは[https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・メイナード・ケインズ ケインズ]である。超国家的準備通貨「[https://ja.wikipedia.org/wiki/バンコール バンコール]」を創設し、いかなる一国通貨にも特権を与えず、黒字国と赤字国双方に調整義務を課す構想であった。公正な制度設計。だが世界の金保有量の約7割を握るアメリカの前に、ケインズ案は退けられた。採用されたのはアメリカの[https://ja.wikipedia.org/wiki/ハリー・ホワイト ハリー・デクスター・ホワイト]案——ドル本位制である。1オンス=35ドルの金兌換保証を軸に、[https://ja.wikipedia.org/wiki/国際通貨基金 IMF]の議決権構造でアメリカに事実上の拒否権を付与し、固定為替レートで各国の通貨政策の自律性を奪った。「国際協調」の外観をまとった一国支配体制の完成。


ハドソンは、ブレトンウッズ体制の本質を以下のように分析している。
1960年代、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ベトナム戦争 ベトナム戦争]の軍事支出と[https://ja.wikipedia.org/wiki/偉大な社会 偉大な社会]計画でアメリカの金保有量は急減する。各国はドルの金兌換を要求しはじめ、[https://ja.wikipedia.org/wiki/シャルル・ド・ゴール ド・ゴール]のフランスは公然とドル覇権に挑戦した。


* '''ドルと金の兌換保証'''(1オンス=35ドル)は、各国にドル保有を義務づけるための装置であった
==== ニクソン・ショック——「敗北」に偽装された勝利(1971年) ====
* '''IMFの議決権構造'''は、アメリカに事実上の拒否権を付与し、「国際機関」の名を借りたアメリカの支配機関を構築した
* '''世界銀行の融資条件'''は、途上国にアメリカ企業への市場開放を義務づけるものであった
* '''固定為替レート制度'''は、各国の通貨政策の自律性を奪い、アメリカの金融政策に従属させるものであった


ブレトンウッズ体制の下で、アメリカは圧倒的な経済力と金保有量を背景にドル覇権を確立した。しかし、1960年代に入ると、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ベトナム戦争 ベトナム戦争]の膨大な軍事支出と[https://ja.wikipedia.org/wiki/偉大な社会 偉大な社会]計画による国内支出の増大によって、アメリカの金保有量は急速に減少していった。各国は保有するドルの金兌換を要求し始め、特に[https://ja.wikipedia.org/wiki/シャルル・ド・ゴール ド・ゴール]大統領のフランスは、ドル覇権への挑戦を公然と宣言した。
1971年8月15日、[https://ja.wikipedia.org/wiki/リチャード・ニクソン ニクソン]大統領がドルと金の兌換を一方的に停止。通説はこれをアメリカ経済の衰退の象徴とする。ハドソンの解釈は正反対だ。


==== ニクソン・ショック——金の鎖からの「解放」(1971年) ====
金という物理的制約から解放されたドルは、無限に発行可能な「帝国の通貨」に変貌した。ハドソンの言葉を借りれば、'''「以後、アメリカの対外債務の唯一の制約は、他国がドルを受け入れ続けるかどうかという政治的問題だけになった」'''。他国にドルの受け入れを強制する装置——それがペトロダラー体制であり、その背後にある軍事力である。


1971年8月15日、[https://ja.wikipedia.org/wiki/リチャード・ニクソン リチャード・ニクソン]大統領は、ドルと金の兌換を一方的に停止した。いわゆる「[https://ja.wikipedia.org/wiki/ニクソン・ショック ニクソン・ショック]」である。
==== キッシンジャー=サウジ協定——石油とドルの婚姻(1974年) ====


通常の解釈では、ニクソン・ショックはアメリカの経済的衰退を象徴する出来事とされる。しかし、ハドソンの分析は根本的に異なる。ハドソンによれば、金兌換の停止はアメリカの'''「敗北」ではなく「勝利」'''であった。なぜならば、金という物理的制約から解放されたドルは、もはや無限に印刷可能な「帝国の通貨」となったからである。
1974年、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘンリー・キッシンジャー キッシンジャー]国務長官が[https://ja.wikipedia.org/wiki/サウジアラビア サウジアラビア]と秘密協定を結んだ。骨子は四点。サウジアラビアはすべての石油取引をドル建てで行う。石油収入の余剰資金を米国債に投資する。見返りにアメリカがサウジ王制の存続を軍事的に保証し、最新兵器を供給する。


ハドソンはこう述べている。'''「アメリカは金兌換を停止することで、金という物理的な制約から解放された。以後、アメリカの対外債務の唯一の制約は、他国がドルを受け入れ続けるかどうかという政治的な問題だけになった」'''と。そして、他国にドルを受け入れ続けさせる手段こそが、軍事力とペトロダラー体制であった。
石油は事実上のドルの裏付けとなった。あらゆる国が石油を必要とし、石油を買うにはドルが要る。ドルを得るにはアメリカに輸出し、余剰ドルは米国債に向かう。金本位制に代わるドル需要の創出装置が完成した。ハドソンはこれを'''「金本位制よりさらに巧妙な支配構造」'''と評した。金は有限だが、石油需要が続く限りドル需要は永続する。


==== ペトロダラー協定——石油とドルの婚姻(1974年) ====
==== ペトロダラー・リサイクリング——「帝国の貢物」 ====


ニクソン・ショック後、金の裏付けを失ったドルの基軸通貨としての地位を維持するために、アメリカは新たな戦略を必要とした。その解答がペトロダラー体制である。
体制の真の巧妙さは「リサイクリング」にある。[https://ja.wikipedia.org/wiki/石油輸出国機構 OPEC]諸国が石油を売って得たドル(オイルダラー)は、国富ファンドや中央銀行に蓄積され、やがて米国債、アメリカの不動産、株式市場へ還流する。石油の売り手が受け取った代金は、最終的にアメリカの金融システムに戻る。


1974年、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘンリー・キッシンジャー ヘンリー・キッシンジャー]国務長官は[https://ja.wikipedia.org/wiki/サウジアラビア サウジアラビア]との秘密協定を締結した。この協定の骨子は以下の通りである。
ハドソンはこの構造を「帝国の貢物」と表現した。ローマ帝国が属州から徴収した貢物の現代版。ただし、きわめて洗練されている。各国は「自発的に」ドルを保有し「自発的に」米国債を購入しているように見える。しかしこの「自発性」は軍事的報復の恐怖によって担保されたものにほかならない。


# サウジアラビアは'''すべての石油取引をドル建て'''で行う
=== 超帝国主義のメカニズム ===
# サウジアラビアは石油収入の余剰資金を'''米国債に投資'''する
# アメリカはサウジアラビアの'''王制の存続を軍事的に保証'''する
# アメリカはサウジアラビアに'''最新兵器を供給'''する


この協定により、石油は事実上のドルの裏付けとなった。世界のすべての国は石油を必要とし、石油を購入するためにはドルを保有しなければならない。各国はドルを獲得するためにアメリカに商品を輸出し、余剰ドルは米国債に投資される。こうして、金の裏付けに代わる新たなドル需要の創出メカニズムが完成した。
==== 「紙の鎖」——返済不要の債務 ====


ハドソンは、ペトロダラー体制を'''「金本位制よりもさらに巧妙な支配構造」'''と評している。金本位制の下では、アメリカは少なくとも金の保有量による制約を受けていた。しかしペトロダラー体制の下では、石油の需要が続く限りドルの需要は永続し、アメリカは事実上無制限にドルを発行できるようになった。
ハドソンが解明した収奪の循環を整理する([[ドル覇権と経済収奪]]も参照)。
 
==== OPEC諸国の「リサイクリング」——搾取の完成 ====
 
ペトロダラー体制の真の巧妙さは、[https://ja.wikipedia.org/wiki/石油輸出国機構 OPEC]諸国の石油収入が最終的にアメリカに還流する「ペトロダラー・リサイクリング」の構造にある。
 
# OPEC諸国が石油を売って得たドルは、'''オイルダラー'''と呼ばれる
# オイルダラーは、サウジアラビアをはじめとするOPEC諸国の国富ファンドや中央銀行に蓄積される
# これらの資金は、米国債、アメリカの不動産、アメリカの株式市場に投資される
# すなわち、OPEC諸国が石油を売って得たドルは、最終的にアメリカの金融システムに'''還流'''する
 
この構造をハドソンは「帝国の貢物」と表現した。かつてのローマ帝国が属州から貢物を徴収したように、アメリカはペトロダラー体制を通じて世界から貢物を徴収している。ただし、その形態はきわめて洗練されており、各国は自発的にドルを保有し、自発的に米国債を購入しているかのように見える。しかしこの「自発性」は、軍事的報復の恐怖によって担保されたものにほかならない。
 
=== 超帝国主義のメカニズム——米国債による世界収奪 ===
 
==== 「貢物のサイクル」の構造 ====
 
ハドソンが『超帝国主義』で解明した米国債による世界収奪のメカニズムを、より詳細に検討する。


{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
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! 段階 !! メカニズム !! 結果
! 段階 !! 内容
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| '''第一段階''' || アメリカは貿易赤字を出し、ドルが世界に流出する || 各国はドルを獲得する
| '''1''' || アメリカが貿易赤字を出し、ドルが世界に流出する
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| '''第二段階''' || 各国はドルをそのまま保有しても利子がつかないため、米国債に投資する || アメリカにドルが還流する
| '''2''' || 各国は利子のつかないドルを米国債に投資——アメリカにドルが還流する
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| '''第三段階''' || アメリカは還流したドルで軍事支出・消費・金融投資を賄う || アメリカの覇権が維持される
| '''3''' || 還流資金で軍事支出・消費・金融投資を賄う
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| '''第四段階''' || アメリカは新たな国債を発行して既存の国債を償還する(永久借り換え) || 債務は実質的に永久に返済されない
| '''4''' || 新規国債で既存国債を償還する永久借り換え——債務は実質的に返済されない
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| '''第五段階''' || 各国は米国債を大量に売却すればドルが暴落し自国資産も毀損されるため、売却できない || 各国はアメリカ体制に「ロックイン」される
| '''5''' || 各国が米国債を大量売却すればドル暴落で自国資産も毀損される——体制からの離脱不能
|}
|}


このサイクルの核心は、'''アメリカの対外債務が事実上「返済不要」である'''という点にある。通常の国家であれば、対外債務の増大は通貨の下落と経済危機を引き起こす。しかしアメリカの場合、ドルが基軸通貨であるがゆえに、他国がドルを保有し続ける限り、債務は際限なく膨張し続けることができる。
核心は、'''基軸通貨国の対外債務は返済不要である'''という一点に尽きる。通常の国家なら対外債務の膨張は通貨下落と経済危機を招く。だがドルを各国が保有し続ける限り、アメリカの債務は際限なく膨張できる。ハドソンのいう'''「財政赤字の帝国主義的利用」'''——赤字の拡大は弱さの表れではなく覇権強化の手段なのだ。
 
ハドソンは、この構造を'''「財政赤字の帝国主義的利用」'''と呼んだ。通常の経済学では財政赤字は「問題」とされるが、アメリカにとって財政赤字は覇権維持の手段である。アメリカが財政赤字を拡大すればするほど、世界はより多くのドルと米国債を保有することになり、アメリカ体制への従属は深まる。
 
==== 黒字国は搾取されている——三國陽夫の論証 ====
 
日本の経済学者[https://ja.wikipedia.org/wiki/三國陽夫 三國陽夫]は、著書『黒字亡国——対米黒字が日本経済を殺す』(2005年)において、ハドソンの理論を日本の文脈に適用し、'''対米貿易黒字が日本にとって利益ではなく搾取である'''ことを論証した。
 
三國の議論の核心は以下の通りである。
 
同じ通貨体制を共有する二国間において、黒字国は搾取を受けている。歴史的な前例がこれを証明する。宗主国[https://ja.wikipedia.org/wiki/イギリス イギリス]は赤字であり、植民地[https://ja.wikipedia.org/wiki/イギリス領インド帝国 インド]は黒字であった。インドが輸出した[https://ja.wikipedia.org/wiki/棉 綿花]の代金は、ロンドンのイギリスの銀行の中にあった。宗主国は、国債という紙切れによって実物の商品を収奪した。
 
現在の日米関係はこの構造と同一である。日本は世界最大の対米貿易黒字国の一つであり、自動車、電子部品、工業製品をアメリカに輸出している。しかし、その代金はドル建ての米国債として固定され、日本国内に還流しない。日本は'''実物の商品を輸出し、アメリカの紙切れ(米国債)を受け取っている'''。そしてこの紙切れは、アメリカの軍事支出と消費を支え、そのアメリカ軍が日本に駐留して日本の[[国家主権]]を制限しているのである。
 
三國は、日本が世界最大の対外純資産国であるにもかかわらず、その富が日本国民の生活水準の向上に寄与していないことを指摘した。日本の対外純資産のほとんどは米国債であり、これを売却してドルを円に転換すれば円高が進行し、輸出産業が打撃を受ける。すなわち、日本は自国の資産を自由に使うことすらできない状態に置かれている。これは主権国家の姿ではなく、経済的植民地の姿にほかならない。
 
==== SDR(特別引出権)と超帝国主義 ====
 
ハドソンは、[https://ja.wikipedia.org/wiki/特別引出権 IMFの特別引出権(SDR)]もまた超帝国主義の道具であることを指摘した。
 
1969年に創設されたSDRは、表面上は「国際準備資産」として各国の外貨準備を補完するものとされた。しかしハドソンによれば、SDRの配分はIMFの出資比率に基づくため、最大の出資者であるアメリカが最大の受益者となる。SDRの新規配分は、事実上アメリカに無償の国際購買力を付与するものであり、'''他国の拠出によってアメリカの覇権を維持する構造'''を制度化したものにほかならない。
 
=== ペトロダラー体制の軍事的基盤 ===
 
==== 石油の裏付けは軍事力の裏付けである ====
 
ペトロダラー体制は、究極的には'''アメリカの軍事力'''によって維持されている。石油取引をドル建てで行うことをサウジアラビアに保証させているのは、アメリカとサウジアラビアの軍事同盟であり、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ペルシア湾 ペルシア湾]に展開するアメリカ海軍[https://ja.wikipedia.org/wiki/第5艦隊_(アメリカ軍) 第5艦隊]であり、中東各地に配置されたアメリカ軍基地である。
 
アメリカは中東に約45,000人の兵力を常時展開し、[https://ja.wikipedia.org/wiki/バーレーン バーレーン]、[https://ja.wikipedia.org/wiki/カタール カタール]、[https://ja.wikipedia.org/wiki/クウェート クウェート]、[https://ja.wikipedia.org/wiki/アラブ首長国連邦 UAE]に主要な軍事基地を維持している。この軍事的プレゼンスの目的は、表向きには「地域の安定」や「テロとの戦い」とされるが、その本質的な目的は'''ペトロダラー体制の維持'''にほかならない。
 
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ハンス・モーゲンソー ハンス・モーゲンソー]が『国際政治』で論じた「権力の総合性」——軍事力・経済力・政治力の一体性——は、ペトロダラー体制において最も明確に具現化されている。軍事力がドル覇権を維持し、ドル覇権が軍事力を支える。この相互依存構造が崩壊すれば、アメリカ帝国そのものが崩壊する。
 
==== ペトロダラーへの挑戦と軍事的報復 ====
 
ペトロダラー体制の軍事的本質は、体制に挑戦した国家に対するアメリカの報復によって最も鮮明に示される。
 
===== イラク——サダム・フセインの「ユーロ転換」 =====


2000年11月、[https://ja.wikipedia.org/wiki/サッダーム・フセイン サダム・フセイン]大統領はイラクの石油取引の決済通貨をドルから[https://ja.wikipedia.org/wiki/ユーロ ユーロ]に切り替えると宣言した。当時、この決定は経済的には非合理とされた。しかし、フセインの真の意図は、ペトロダラー体制への公然たる挑戦にあった。
==== 三國陽夫——「黒字亡国」の論証 ====


2003年3月、アメリカは「[https://ja.wikipedia.org/wiki/大量破壊兵器 大量破壊兵器]の脅威」を口実にイラクを侵攻した。しかし、大量破壊兵器は発見されなかった。'''イラク侵攻の真の目的はペトロダラー体制の維持'''であった。侵攻後、アメリカが最初に行った措置の一つは、イラクの石油取引をユーロからドル建てに戻すことであった。
[https://ja.wikipedia.org/wiki/三國陽夫 三國陽夫]『黒字亡国——対米黒字が日本経済を殺す』(2005年)は、ハドソンの理論を日本に適用した。三國の論旨は鮮明である。


[https://ja.wikipedia.org/wiki/アラン・グリーンスパン アラン・グリーンスパン][https://ja.wikipedia.org/wiki/連邦準備制度 FRB]議長は、2007年の回顧録において'''「イラク戦争の動機が石油にあったことは誰もが知っている」'''と記した。グリーンスパンの発言は、イラク戦争がペトロダラー体制防衛のための軍事行動であったことを間接的に認めるものであった。
同じ通貨体制を共有する二国間で、黒字国は搾取を受ける。歴史がこれを証明している。宗主国[https://ja.wikipedia.org/wiki/イギリス イギリス]は赤字、植民地[https://ja.wikipedia.org/wiki/イギリス領インド帝国 インド]は黒字であった。インドが輸出した[https://ja.wikipedia.org/wiki/棉 綿花]の代金はロンドンの銀行にとどまった。現在の日米関係も同一構造である。日本は自動車と電子部品を輸出し、ドル建ての米国債を受け取る。実物を渡し紙切れを受け取る交換。しかもその紙切れが支えるアメリカの軍事力が、日本に駐留して[[国家主権]]を制限している。


===== リビア——カダフィの「ゴールド・ディナール」構想 =====
世界最大級の対外純資産国でありながら、その富は国民生活に還元されない。米国債を売却して円に転換すれば円高が進行し輸出産業が打撃を受ける。自国の資産を自由に処分できない国家——それは主権国家ではなく、経済的植民地にほかならない。


[https://ja.wikipedia.org/wiki/ムアンマル・アル=カッザーフィー ムアンマル・カダフィ]は、アフリカ大陸の統一通貨「ゴールド・ディナール」の創設を構想した。この構想は、金に裏付けられたアフリカ独自の通貨を創設し、アフリカの石油・天然資源の取引をドルではなくゴールド・ディナールで行うというものであった。
==== SDR——制度化された特権 ====


カダフィの構想が実現すれば、アフリカにおけるペトロダラー体制は根底から覆される。2011年、[https://ja.wikipedia.org/wiki/北大西洋条約機構 NATO]はリビアに軍事介入し、カダフィ政権は崩壊した。介入の表向きの理由は「人道的介入」であったが、フランスの[https://ja.wikipedia.org/wiki/ニコラ・サルコジ ニコラ・サルコジ]大統領の電子メール(後にウィキリークスによって公開された)は、カダフィの金準備(約144トン)とゴールド・ディナール構想がフランスの対アフリカ金融覇権を脅かすものであったことを明らかにした。
[https://ja.wikipedia.org/wiki/特別引出権 IMFの特別引出権(SDR)]もまた超帝国主義の装置である。1969年に創設されたSDRは「国際準備資産」を標榜するが、配分はIMF出資比率に基づくため、最大出資者アメリカが最大の受益者となる。SDRの新規配分は、事実上アメリカに無償の国際購買力を付与する制度にすぎない。


カダフィの最期は、ペトロダラー体制に挑戦する者が被る報復の残酷さを世界に示した。'''石油をドル以外の通貨で取引しようとする指導者は、殺害される'''——これがペトロダラー体制の「ルール」である。
=== ペトロダラーの軍事的基盤——挑戦者への報復 ===


===== イラン——ペトロダラーへの持続的挑戦 =====
ペトロダラー体制は[https://ja.wikipedia.org/wiki/ペルシア湾 ペルシア湾]に展開するアメリカ海軍[https://ja.wikipedia.org/wiki/第5艦隊_(アメリカ軍) 第5艦隊]と、[https://ja.wikipedia.org/wiki/バーレーン バーレーン]・[https://ja.wikipedia.org/wiki/カタール カタール]・[https://ja.wikipedia.org/wiki/クウェート クウェート]・[https://ja.wikipedia.org/wiki/アラブ首長国連邦 UAE]の軍事基地によって維持されている。「地域の安定」「テロとの戦い」——表向きの名目の裏にある目的は石油のドル建て取引の保障である。体制の軍事的本質は、挑戦者への報復において最も鮮明に現れる。


[https://ja.wikipedia.org/wiki/イラン イラン]は2008年に石油取引所「[https://en.wikipedia.org/wiki/Iranian_oil_bourse イラン石油取引所]」を開設し、ドル以外の通貨での石油取引を開始した。イランはまた、[https://ja.wikipedia.org/wiki/人民元 人民元]、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ルーブル ルーブル]、さらには物々交換による石油取引を拡大している。
==== イラク——ユーロ転換と侵攻 ====


アメリカによるイランへの経済制裁は、「核開発」を口実としているが、その本質的な動機はイランのペトロダラー体制への挑戦を封じ込めることにある。イランは中東において、ペトロダラー体制に組み込まれていない数少ない産油国の一つであり、そのこと自体がアメリカにとって「脅威」なのである。
2000年11月、[https://ja.wikipedia.org/wiki/サッダーム・フセイン サダム・フセイン]がイラクの石油決済通貨をドルから[https://ja.wikipedia.org/wiki/ユーロ ユーロ]に切り替えた。2003年3月、アメリカは「[https://ja.wikipedia.org/wiki/大量破壊兵器 大量破壊兵器]の脅威」を口実にイラクを侵攻する。大量破壊兵器は発見されなかった。侵攻後に真っ先に実行された措置の一つが、石油取引のドル建て復帰である。[https://ja.wikipedia.org/wiki/アラン・グリーンスパン グリーンスパン]元[https://ja.wikipedia.org/wiki/連邦準備制度 FRB]議長は2007年の回顧録で'''「イラク戦争の動機が石油にあったことは誰もが知っている」'''と記した。


=== 日本とペトロダラー体制——経済的植民地の構造 ===
==== リビア——ゴールド・ディナール構想の抹殺 ====


==== 日本のドル体制への従属 ====
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ムアンマル・アル=カッザーフィー カダフィ]は金に裏付けられたアフリカ統一通貨「ゴールド・ディナール」を構想し、アフリカの資源取引をドルから切り離そうとした。2011年、[https://ja.wikipedia.org/wiki/北大西洋条約機構 NATO]が「人道的介入」の名目でリビアに軍事介入。[https://ja.wikipedia.org/wiki/ニコラ・サルコジ サルコジ]仏大統領の電子メール([https://ja.wikipedia.org/wiki/ウィキリークス ウィキリークス]が公開)は、カダフィの金準備(約144トン)とゴールド・ディナール構想がフランスの対アフリカ金融覇権を脅かしていたことを暴露した。カダフィの殺害は世界への示威行為。'''ドル以外で石油を売ろうとした指導者がたどる末路'''である。


日本はペトロダラー体制の最大の「被害者」の一つである。日本は世界最大の対外純資産国でありながら、その資産の大部分は米国債として固定され、自由に使用することができない。
==== イラン——封じ込められた挑戦 ====


日本のペトロダラー体制への従属は、以下の構造から成る。
[https://ja.wikipedia.org/wiki/イラン イラン]は2008年に[https://en.wikipedia.org/wiki/Iranian_oil_bourse イラン石油取引所]を開設し、[https://ja.wikipedia.org/wiki/人民元 人民元]・[https://ja.wikipedia.org/wiki/ルーブル ルーブル]・物々交換による石油取引を拡大してきた。「核開発」を名目とした経済制裁の本質的動機は、中東においてペトロダラー体制に組み込まれていない数少ない産油国の存在そのものを封じ込めることにある。


* '''エネルギー輸入のドル決済''': 日本は[https://ja.wikipedia.org/wiki/一次エネルギー 一次エネルギー]の約90%を輸入に依存しており、そのほぼすべてがドル建てで決済される。日本がエネルギーを購入するためにはドルが必要であり、ドルを獲得するためには対米輸出を続けなければならない
=== 日本——模範的属国の構造 ===
* '''米国債の強制的保有''': 日本は約1兆ドルの米国債を保有する世界最大級の米国債保有国である。この巨額の米国債は、日本の「資産」であると同時に、アメリカ体制からの離脱を阻止する「人質」として機能している
* '''為替介入の制約''': 日本は円高を防ぐためにドルを購入し、そのドルを米国債に投資するという循環を繰り返してきた。これはアメリカの財政赤字を間接的に日本が負担していることにほかならない
* '''金融政策の従属''': 日本の金融政策は、[https://ja.wikipedia.org/wiki/連邦準備制度 FRB]の政策に大きく制約されている。FRBが金利を引き上げれば日米金利差が拡大し、円安が進行する。日本は自律的な金融政策を遂行する余地を奪われている


==== プラザ合意——ドル体制の暴力性 ====
==== ドル体制への四重の従属 ====


1985年の[https://ja.wikipedia.org/wiki/プラザ合意 プラザ合意]は、ペトロダラー体制における「属国」の立場がいかに脆弱であるかを如実に示した事例である。
日本はペトロダラー体制の最大の犠牲者の一つである。従属は四つの層から成る。


アメリカは、自国の貿易赤字の拡大に対処するために、日本に急激な円高を強制した。プラザ合意前に1ドル=240円であった為替レートは、わずか2年で1ドル=120円にまで円高が進行した。これは'''日本の輸出産業に対する経済的攻撃'''であった。
第一に、エネルギー決済。[https://ja.wikipedia.org/wiki/一次エネルギー 一次エネルギー]の約90%を輸入に依存し、ほぼすべてがドル建て。石油を買うためにドルが要り、ドルを得るために対米輸出を続けなければならない。第二に、米国債の保有。約1兆ドルという巨額は「資産」であると同時にアメリカ体制からの離脱を阻む人質である。第三に、為替介入の罠。円高を防ぐためにドルを買い、そのドルを米国債に投資する循環——アメリカの財政赤字を日本が間接的に負担する構造にほかならない。第四に、金融政策の従属。[https://ja.wikipedia.org/wiki/連邦準備制度 FRB]が利上げすれば日米金利差が拡大し円安が進行する。自律的な金融政策を遂行する余地が奪われている。


円高に対処するために、[https://ja.wikipedia.org/wiki/日本銀行 日本銀行]は大規模な金融緩和を行い、これがバブル経済を誘発した。そしてバブルの崩壊は「失われた30年」の起点となった。すなわち、日本の30年にわたる経済低迷の遠因は、ペトロダラー体制の下でアメリカの経済的利益のために日本の通貨政策が歪められたことにある。
==== プラザ合意——属国管理の実態 ====


ハドソンは、プラザ合意を'''「ペトロダラー体制における属国管理の典型」'''と位置づけている。アメリカはドルの基軸通貨としての地位を利用して、他国の通貨政策を支配する。日本のような「同盟国」でさえ、アメリカの経済的利益に反する政策をとることは許されない。
1985年の[https://ja.wikipedia.org/wiki/プラザ合意 プラザ合意]は属国の脆弱さを如実に示した事例である。アメリカは自国の貿易赤字に対処するため、日本に急激な円高を強制した。1ドル=240円から、わずか2年で120円へ。日本の輸出産業に対する経済的攻撃にほかならない。


==== アメリカ軍駐留と経済的従属の一体性 ====
円高対策として[https://ja.wikipedia.org/wiki/日本銀行 日本銀行]が大規模金融緩和に踏み切り、[https://ja.wikipedia.org/wiki/バブル景気 バブル経済]を誘発した。崩壊後の「[https://ja.wikipedia.org/wiki/失われた30年 失われた30年]」の遠因は、ペトロダラー体制下でアメリカの利益のために日本の通貨政策が歪められたことにある。ハドソンはプラザ合意を'''「属国管理の典型」'''と位置づけた。「同盟国」であろうと、アメリカの経済的利益に反する政策は許されない。


日本がペトロダラー体制から離脱できない根本的な理由は、'''アメリカ軍が日本に駐留している'''からである。
==== 軍事駐留と経済従属——同じコインの裏表 ====


アメリカ軍の日本駐留は、軍事的な「防衛」のためだけではない。それは、日本がドル体制から離脱しようとする政治的意志を持つこと自体を封じ込めるための装置である。[[偽日本国憲法|日本国憲法]]第9条によって軍事主権を奪われた日本は、安全保障をアメリカに依存せざるを得ず、その依存関係がドル体制への従属を構造化している。
日本がペトロダラー体制から離脱できない根本原因は、アメリカ軍の駐留にある。[[偽日本国憲法]]第9条で軍事主権を剥奪された日本は安全保障をアメリカに依存し、その依存関係がドル体制への従属を構造化する。'''軍事的従属と経済的従属は同じコインの裏表'''——ハドソンの定式化は、日本の現状を正確に描写している。[[米軍撤退]]なくして経済主権の回復はあり得ない。


ハドソンの言葉を借りれば、'''「軍事的従属と経済的従属は同じコインの裏表」'''である。日本がアメリカ軍を撤退させ、独自の防衛力を構築しない限り、ペトロダラー体制からの離脱は不可能である。
=== 古典的帝国主義との構造的差異 ===
 
=== ハドソンの「金融帝国主義」論——古典的帝国主義との比較 ===
 
==== 古典的帝国主義と超帝国主義の構造的差異 ====
 
ハドソンは、アメリカの超帝国主義を古典的な帝国主義と比較することで、その新しさと危険性を明らかにした。


{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
|-
|-
! 項目 !! 古典的帝国主義 !! アメリカの超帝国主義
! !! 古典的帝国主義 !! アメリカの超帝国主義
|-
|-
| '''支配の形態''' || 直接的な植民地統治 || 形式的な主権を維持したままの経済的従属
| '''支配形態''' || 直接的植民地統治 || 形式的主権を維持したままの経済従属
|-
|-
| '''収奪の手段''' || 軍事的征服、資源の直接的略奪 || ドルと米国債を通じた金融的収奪
| '''収奪手段''' || 軍事征服・資源略奪 || ドル・米国債を通じた金融的収奪
|-
|-
| '''正当化の論理''' || 「文明化の使命」 || 「自由」「民主主義」「法の支配」
| '''正当化の論理''' || 「文明化の使命」 || 「自由」「民主主義」「[[法の支配]]」
|-
|-
| '''被支配国の認識''' || 植民地であることを自覚している || 「同盟国」「パートナー」と信じている
| '''被支配国の自覚''' || 植民地であることを知っている || 「同盟国」「パートナー」と信じている
|-
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| '''抵抗の困難さ''' || 民族解放運動による武力抵抗が可能 || 金融構造への依存が深すぎて離脱が困難
| '''帝国の費用''' || 植民地行政に膨大なコスト || 被支配国が自ら費用を負担する
|-
| '''帝国のコスト''' || 植民地行政のための膨大な費用 || 被支配国が自ら帝国の費用を負担する
|}
|}


超帝国主義の最も危険な特徴は、'''被支配国が搾取されていることを自覚していない'''点にある。古典的な植民地の住民は、自分たちが支配されていることを知っていた。しかし、アメリカの超帝国主義の下では、日本のような国は「同盟国」として扱われ、「自由で開かれた国際秩序」の恩恵を受けていると信じ込まされている。[[法の支配]]という美辞麗句の裏にある搾取の構造を、被支配者自身が見えなくなっている。
最も危険な特徴は、被支配国が搾取の自覚を持たない点にある。古典的植民地の住民は支配を知っていた。超帝国主義の下では、日本のような国が「同盟国」として扱われ、「自由で開かれた国際秩序」の受益者だと信じ込む。この認識の歪みが超帝国主義を古典的帝国主義よりはるかに強靱なものにしている。


==== 「砲艦」から「国債」へ——帝国主義の進化 ====
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・アトキンソン・ホブソン ホブソン][https://ja.wikipedia.org/wiki/ウラジーミル・レーニン レーニン]は帝国主義を「過剰資本の輸出」として捉えた。ハドソンの転倒は鮮やかである。アメリカの超帝国主義は資本の輸出ではなく'''「債務の輸出」'''で機能する。外国に投資するのではなく、外国に米国債を保有させることで世界の余剰資本を吸い上げる。しかも帝国の維持費用は被支配国が負担する。日本の米国債保有と「[https://ja.wikipedia.org/wiki/思いやり予算 思いやり予算]」は、この構造の具体的表現にほかならない。
 
19世紀のイギリス帝国は「[https://ja.wikipedia.org/wiki/砲艦外交 砲艦外交]」によって他国を屈服させた。アメリカの超帝国主義は、砲艦を国債に置き換えた。しかし、その本質は同じである——'''軍事力を背景とした経済的収奪'''である。
 
ハドソンは、[https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・アトキンソン・ホブソン J.A.ホブソン]の古典的帝国主義論と[https://ja.wikipedia.org/wiki/ウラジーミル・レーニン レーニン]の帝国主義論を批判的に継承した。ホブソンとレーニンは、帝国主義を「過剰資本の輸出」の問題として捉えた。しかしハドソンによれば、アメリカの超帝国主義は「資本の輸出」ではなく'''「債務の輸出」'''によって機能する。アメリカは資本を外国に投資するのではなく、外国に米国債を保有させることで、世界の余剰資本をアメリカに吸い上げているのである。
 
この構造的転換は、帝国主義の歴史において画期的な意味を持つ。古典的な帝国は、帝国の維持に膨大なコストを要した。しかしアメリカの超帝国主義においては、'''帝国の維持費用は被支配国が負担する'''。日本が米国債を保有し、アメリカ軍の駐留経費(いわゆる「[https://ja.wikipedia.org/wiki/思いやり予算 思いやり予算]」)を支払うことは、まさにこの構造の具体的表現である。


=== 脱ペトロダラーの世界的潮流 ===
=== 脱ペトロダラーの世界的潮流 ===


==== ロシア——ペトロダラーからの最初の大規模離脱 ====
==== ロシア——軍事的自立が可能にした離脱 ====
 
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ロシア ロシア]は、ペトロダラー体制からの離脱を最も積極的に推進している国家である。


2014年の[https://ja.wikipedia.org/wiki/クリミア危機 クリミア危機]以降、ロシアは以下の措置を段階的に実施した。
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ロシア ロシア]はペトロダラー体制からの離脱を最も積極的に推進している。2014年の[https://ja.wikipedia.org/wiki/クリミア危機 クリミア危機]以降、米国債保有を約1,760億ドル(2010年)から数十億ドルへ激減させ、金準備を急増させた。2022年のウクライナ侵攻後は「非友好国」に天然ガスのルーブル建て決済を要求し、中国との人民元・ルーブル建て貿易を急拡大させている。[[SWIFT]]の代替システム「SPFS」の構築も進む。


* '''米国債の大幅な売却''': ロシアの米国債保有量は、2010年の約1,760億ドルから2022年には数十億ドルにまで激減した
2022年にアメリカと[[ファイブ・アイズ]]がロシアを[[SWIFT]]から排除した「金融核兵器」は、むしろ[[SWIFT]]体制そのものへの国際的信頼を毀損し、各国に脱ドル化の動機を与える逆効果を生んだ。ロシアが離脱を断行できる根本理由は単純明快——'''アメリカ軍の駐留を受け入れていないから'''である。軍事的に自立した国家だけがドル体制からの離脱という政治的決断を下せる。
* '''金準備の大幅な増加''': ロシア中央銀行は金の保有量を急速に増加させ、世界第5位の金保有国となった
* '''ルーブル建てエネルギー取引の要求''': 2022年のウクライナ侵攻後、ロシアは「非友好国」に対して天然ガスのルーブル建て決済を要求した
* '''中国との人民元建て貿易の拡大''': 中露間の貿易における人民元とルーブルの使用比率は急速に上昇している
* '''SWIFT代替システムの構築''': ロシアは独自の金融メッセージング・システム「SPFS」を開発した


ロシアがペトロダラー体制から離脱できる根本的な理由は、ロシアが'''アメリカ軍の駐留を受け入れていない'''ことにある。軍事的に自立した国家だけが、ドル体制からの離脱という政治的決断を下すことができる。
==== 中国——「ペトロユアン」と並行的金融秩序 ====


==== 中国——「石油人民元」の台頭 ====
[https://ja.wikipedia.org/wiki/中華人民共和国 中国]は2018年、[https://en.wikipedia.org/wiki/Shanghai_International_Energy_Exchange 上海国際エネルギー取引所]で人民元建て原油先物取引を開始した。「ペトロユアン」の誕生である。サウジアラビアとの石油取引の一部を人民元建てに切り替える交渉も進んでいる。2023年、中国の仲介でサウジアラビアとイランが国交正常化を果たしたが、この外交的成果の背景にはペトロダラー体制からの段階的離脱という戦略がある。


[https://ja.wikipedia.org/wiki/中華人民共和国 中国]は、ペトロダラー体制に対抗する独自の金融インフラを構築しつつある。
[https://ja.wikipedia.org/wiki/アジアインフラ投資銀行 AIIB]はIMF・[https://ja.wikipedia.org/wiki/世界銀行 世界銀行]への対抗機関として、[https://ja.wikipedia.org/wiki/一帯一路 一帯一路]はドル体制を迂回する貿易・投資ネットワークとして、[https://ja.wikipedia.org/wiki/デジタル人民元 デジタル人民元]は[[SWIFT]]を迂回するデジタル通貨として、それぞれ機能しはじめている。ドル一極支配に対する並行的金融秩序の構築。


2018年、中国は上海国際エネルギー取引所(INE)において人民元建ての原油先物取引を開始した。いわゆる「ペトロユアン」(石油人民元)である。中国はまた、サウジアラビアとの石油取引の一部を人民元建てで行う交渉を進めている。2023年には、中国の仲介によってサウジアラビアとイランが国交を正常化したが、この外交的成果の背景にはペトロダラー体制からの段階的な離脱という戦略的目標がある。
==== BRICS——多極的経済秩序の萌芽 ====


中国の脱ペトロダラー戦略は以下を含む。
[https://ja.wikipedia.org/wiki/BRICS BRICS]は2023年のサミットでエジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、UAEの加盟を承認し、世界人口の約46%、GDPの約36%を占める巨大経済圏へ拡大した。


* '''[https://ja.wikipedia.org/wiki/アジアインフラ投資銀行 AIIB]''': IMF・世界銀行に対抗する国際金融機関の設立
サウジアラビアの加盟は象徴的意味を持つ。1974年のキッシンジャー=サウジ協定から約50年——ペトロダラー体制の要がドル対抗圏に参加した事実は、体制の根本的動揺を示している。[https://ja.wikipedia.org/wiki/新開発銀行 BRICS新開発銀行(NDB)]は加盟国通貨建ての融資を提供し、IMFの「[https://ja.wikipedia.org/wiki/構造調整 構造調整プログラム]」のような内政干渉的条件を課さない。
* '''[https://ja.wikipedia.org/wiki/一帯一路 一帯一路]構想''': ドル体制を迂回する貿易・投資ネットワークの構築
* '''[https://ja.wikipedia.org/wiki/デジタル人民元 デジタル人民元]''': SWIFT体制を迂回するデジタル通貨の開発
* '''金準備の増加''': 中国は継続的に金の保有量を増加させている
* '''二国間通貨スワップ協定の拡大''': ドルを介さない直接的な通貨交換メカニズムの構築


==== BRICS——新たな国際金融秩序の萌芽 ====
BRICSの拡大は、[https://ja.wikipedia.org/wiki/アレクサンドル・ドゥーギン ドゥーギン]の[[第四の理論]]が描く多文明共存の世界像——リベラルな一極支配でも[[共産主義と資本主義|共産主義]]でもない、各文明圏が固有の経済・金融秩序を持つ多極的世界——の経済的基盤を形成しつつある。世界各国の中央銀行が金保有量を急増させている事実も、ドルの信認低下を裏づけている。
 
[https://ja.wikipedia.org/wiki/BRICS BRICS](ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)は、ペトロダラー体制に代わる新たな国際金融秩序の構築を目指している。2023年のBRICSサミットでは、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、UAEの新規加盟が承認され、BRICSは世界人口の約46%、世界のGDPの約36%を占める巨大な経済圏へと拡大した。
 
特にサウジアラビアのBRICS加盟は、ペトロダラー体制にとって象徴的な意味を持つ。1974年のキッシンジャー=サウジ協定から約50年を経て、ペトロダラー体制の要であったサウジアラビアが、ドル体制に対抗するBRICSに参加したことは、体制の根本的な動揺を示している。
 
BRICS新開発銀行(NDB)は、世界銀行やIMFに代わるオルタナティブな国際金融機関として機能し始めている。NDBはドル建てではなく、加盟国通貨建ての融資を提供し、IMFの「構造調整プログラム」のような内政干渉的な融資条件を課さない。
 
==== 金の復権——ドルの終焉の前兆 ====
 
世界各国の中央銀行は、近年急速に金の保有量を増加させている。世界金評議会によれば、2022年の中央銀行による金購入量は過去最高を記録した。この動きは、ドルの基軸通貨としての地位に対する信頼の低下を反映している。
 
ハドソンは、金の復権を'''「ペトロダラー体制の終焉の前兆」'''と解釈している。各国がドルから金へと準備資産を移行させていることは、ペトロダラー体制の根幹が揺らぎ始めていることの証拠にほかならない。


=== リアリズムの観点からの分析 ===
=== リアリズムの観点からの分析 ===


==== モーゲンソーの「権力の総合性」とペトロダラー ====
==== モーゲンソー——権力の総合性 ====
 
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ハンス・モーゲンソー ハンス・モーゲンソー]は『国際政治——権力と平和』において、国家権力を軍事力・経済力・政治力の総合として捉えた。ペトロダラー体制は、モーゲンソーが論じた権力の総合性の最も完成された実例である。
 
* '''軍事力''': 中東への軍事展開、ペトロダラーに挑戦する国家への軍事的報復
* '''経済力''': ドルの基軸通貨としての地位、米国債による各国の経済的従属
* '''政治力''': IMF・世界銀行等の国際機関を通じた[[新自由主義]]的改革の強制
 
この三つの要素が相互に補強し合い、アメリカの覇権を維持している。ペトロダラー体制は、モーゲンソーが論じた「経済的帝国主義」——軍事的征服によらない経済的手段による支配——の最も洗練された形態にほかならない。
 
==== ウォルツの構造的リアリズムと一極体制の維持 ====
 
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ケネス・ウォルツ ケネス・ウォルツ]の構造的リアリズムに従えば、国際体制の構造が国家の行動を規定する。冷戦後の[https://ja.wikipedia.org/wiki/単極 一極体制]において、アメリカはその覇権的地位を維持するためにあらゆる手段を講じる。ペトロダラー体制は、一極体制を経済的に支える構造的メカニズムである。
 
ウォルツはまた、一極体制は本質的に不安定であり、他の大国はバランシング(均衡化)行動をとると予測した。BRICSの拡大、中露の連携、脱ドル化の動きは、まさにウォルツが予測した構造的バランシングの現代的表現にほかならない。
 
==== ギルピンの覇権安定論とその批判 ====
 
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ロバート・ギルピン ロバート・ギルピン]は、覇権国が提供する「国際公共財」(基軸通貨、自由貿易体制、安全保障)が国際秩序を安定させるという「覇権安定論」を提唱した。この理論に従えば、ドルの基軸通貨としての地位は「国際公共財」であり、世界経済に安定をもたらしているとされる。


しかしハドソンは、この議論を根底から否定する。ドルの基軸通貨としての地位は「公共財」ではなく、'''アメリカが世界から富を収奪するための「帝国の特権」'''である。自由貿易体制はアメリカ企業の市場アクセスを保証するための装置であり、安全保障はドル体制からの離脱を阻止するための軍事的威嚇である。覇権安定論は、覇権国の搾取を「公共財の提供」として正当化する'''帝国のイデオロギー'''にほかならない。
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ハンス・モーゲンソー モーゲンソー]は『国際政治——権力と平和』で国家権力を軍事力・経済力・政治力の総合として捉えた。ペトロダラー体制はその最も完成された実例である。中東への軍事展開が石油のドル建て取引を保障し、ドルの基軸通貨としての地位が軍事費の調達を可能にし、IMF・世界銀行が各国に[[新自由主義]]的改革を強制する。三つの権力が相互に補強しあう閉じた体系。


=== ペトロダラー体制の今後——多極化世界への移行 ===
==== ウォルツ——一極体制の不安定性 ====


==== 構造的衰退の諸要因 ====
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ケネス・ウォルツ ウォルツ]の構造的リアリズムは、一極体制が本質的に不安定であり他の大国がバランシング行動をとると予測した。BRICSの拡大、中露の連携、脱ドル化の世界的潮流——これらはウォルツが予測した構造的バランシングの現代的表現にほかならない。ペトロダラー体制の衰退は一極体制の経済的基盤が崩壊する過程であり、この構造的変動に日本がいかに対応するかが問われている。


ペトロダラー体制は、複数の構造的要因によって衰退しつつある。
==== ギルピンの覇権安定論——帝国のイデオロギー ====


* '''脱炭素化''': 再生可能エネルギーへの移行が進めば、石油の需要は長期的に減少し、ペトロダラーの基盤が弱体化する
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ロバート・ギルピン ギルピン]の「覇権安定論」は、覇権国が提供する「国際公共財」(基軸通貨、自由貿易体制、安全保障)が国際秩序を安定させると主張した。ハドソンはこれを根底から否定する。ドルの基軸通貨としての地位は「公共財」ではなく'''「帝国の特権」'''であり、自由貿易は市場アクセスの保障装置であり、安全保障はドル体制からの離脱を阻止する軍事的威嚇である。
* '''デジタル通貨の台頭''': デジタル人民元をはじめとする中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、SWIFT体制を迂回する可能性を持つ
* '''アメリカの財政赤字の膨張''': 米国債の発行残高は約34兆ドルに達し、持続可能性に対する疑問が高まっている
* '''地政学的多極化''': 中国の台頭、ロシアの抵抗、BRICSの拡大により、一極体制は構造的に後退している
* '''サウジアラビアの戦略的転換''': ペトロダラー体制の要であったサウジアラビアが、中国やBRICSとの関係を強化している


==== 多極化世界と日本の選択 ====
覇権安定論は[[法の支配]]論と同じ構造を持つ。法の支配が「普遍的正義」の名でアメリカの法的支配を正当化するように、覇権安定論は「国際公共財」の名でドル覇権の経済的収奪を正当化する。'''特定の覇権国の利益を「普遍的価値」に偽装する知的操作'''——それが覇権安定論の本質である。


ペトロダラー体制の衰退は、日本にとって'''歴史的な転換の好機'''である。ドル体制への従属から脱却し、経済主権を回復するための窓が開かれつつある。
=== 体制の衰退と日本の選択 ===


しかし、この窓は永遠に開いているわけではない。アメリカ軍が日本に駐留し、日本が[[偽日本国憲法]]の下にある限り、日本はペトロダラー体制からの離脱という政治的決断を下すことができない。[[米軍撤退]]と[[新日本国憲法]]の制定なくして、日本の経済主権の回復はあり得ない。
ペトロダラー体制は複数の構造的要因によって衰退しつつある。再生可能エネルギーへの移行による石油需要の長期的減少。デジタル人民元など[[SWIFT]]を迂回する中央銀行デジタル通貨の台頭。約34兆ドルに膨張した米国債残高の持続可能性への疑問。中国の台頭とBRICSの拡大による地政学的多極化。そしてサウジアラビアの戦略的転換。


日本が経済主権を回復するために必要な政策は以下の通りである。
日本にとって、これは'''歴史的転換の好機'''である。だが窓は永遠に開いてはいない。アメリカ軍が駐留し[[偽日本国憲法]]の下にある限り、ペトロダラー体制からの離脱という政治的決断は下せない。[[米軍撤退]]と新憲法の制定なくして、経済主権の回復はあり得ない。


* '''米国債保有の段階的削減''': 約1兆ドルの米国債保有を段階的に削減し、金や資源国通貨への分散投資を進めること
米国債保有の段階的削減と金・資源国通貨への分散。エネルギー決済通貨の多様化。[[産業政策]]の復活によるレンティア経済からの脱却。[[低賃金移民政策]]を拒否し[[スマートシュリンク]]を実行する持続可能な経済モデルの構築——これらはすべて、[[反米保守]]の立場から導かれる具体的政策である。
* '''エネルギー決済通貨の多様化''': 石油・天然ガスの輸入において、ドル以外の通貨での決済を拡大すること
* '''独自の経済圏の構築''': [[多極化世界と日本|多極化世界]]において、日本の経済主権を保全する独自の経済圏を構築すること
* '''[[産業政策]]の復活''': アメリカが禁じた産業政策を復活させ、製造業とテクノロジー産業を再建すること
* '''[[スマートシュリンク]]の実施''': [[低賃金移民政策]]を拒否し、人口減少に対応した持続可能な経済モデルを構築すること


=== 結論 ===
=== 結論 ===


ペトロダラー体制と超帝国主義は、アメリカ帝国の経済的支柱である。ハドソンが半世紀前に解明したこの構造は、今日に至るまで基本的に変わっていない。アメリカは、金の裏付けを失ったドルを石油と軍事力に結びつけ、米国債を通じて世界から富を収奪し続けている。
ハドソンが半世紀前に解明した超帝国主義の構造は、今日まで基本的に変わっていない。アメリカは紙幣を刷り、世界から実物資産を吸い上げ、その軍事力で体制への挑戦者を粉砕する。


しかし、この構造は永遠ではない。BRICSの拡大、脱ドル化の世界的潮流、サウジアラビアの戦略的転換、中国の台頭——これらの動きは、ペトロダラー体制の根幹を揺るがしている。世界は多極化に向かっており、ドルの一極支配は構造的に後退しつつある。
しかし構造は永遠ではない。帝国主義の歴史を振り返れば、覇権の衰退は常に周辺部からの離脱として始まる。BRICSの拡大、サウジアラビアの転換、金への回帰——ペトロダラー体制の周辺部はすでに崩れはじめている。


日本は、この歴史的転換の中で重大な選択を迫られている。アメリカの「属国」としてドル体制に縛られ続けるのか、それとも経済主権を回復し、多極化世界において独自の道を歩むのか。その選択のためには、まず'''ペトロダラー体制の本質を正確に理解すること'''が不可欠である。ハドソンの『超帝国主義』は、そのための不可欠な知的武器にほかならない。
日本が問われているのは、崩壊する体制に最後までしがみつく属国であり続けるか、それとも経済主権を回復して多極化世界に独自の位置を占めるかである。その選択の前提として、ペトロダラー体制の本質を正確に理解することが不可欠であり、ハドソンの『超帝国主義』はそのための知的武器にほかならない。


=== 参考文献 ===
=== 参考文献 ===
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* [https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・アトキンソン・ホブソン J.A.ホブソン]『帝国主義論』(Imperialism: A Study)、1902年
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* [https://ja.wikipedia.org/wiki/フリードリヒ・リスト フリードリヒ・リスト]『[https://ja.wikipedia.org/wiki/政治経済学の国民的体系 政治経済学の国民的体系]』、1841年
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* [https://ja.wikipedia.org/wiki/アラン・グリーンスパン アラン・グリーンスパン]『波乱の時代』(The Age of Turbulence)、2007年
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* [https://ja.wikipedia.org/wiki/ソースティン・ヴェブレン ソースティン・ヴェブレン]『有閑階級の理論』(The Theory of the Leisure Class)、1899年
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* [[帝国主義]]
* [[帝国主義]]
* [[新自由主義]]
* [[新自由主義]]
* [[民営化]]
* [[経済概論]]
* [[経済概論]]
* [[産業政策]]
* [[産業政策]]
* [[反米保守ぺディア]]
* [[反米保守]]
* [[低賃金移民政策]]
* [[スマートシュリンク]]
* [[法の支配]]
* [[法の支配]]
* [[偽日本国憲法]]
* [[偽日本国憲法]]
* [[新日本国憲法]]
* [[米軍撤退]]
* [[米軍撤退]]
* [[多極化世界と日本]]
* [[国民国家の崩壊過程]]
* [[国民国家の崩壊過程]]
* [[共産主義と資本主義]]
* [[共産主義と資本主義]]
* [[第四の理論]]
* [[SWIFT]]
* [[ファイブ・アイズ]]
* [[DNS]]
* [[ECHELON]]
* [[PRISM]]
* [[エドワード・スノーデン]]
* [[民族自決権]]


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2026年2月19日 (木) 10:22時点における版

ペトロダラーと超帝国主義

概要

ペトロダラーと超帝国主義とは、石油取引のドル建て決済を世界に強制する「ペトロダラー体制」と、マイケル・ハドソンが著書『超帝国主義国家アメリカの内幕』(Super Imperialism、1972年)で解明した米国債を媒介とする世界規模の経済収奪メカニズムを、統合的に分析する概念である。

金の裏付けを失ったドルは、石油という戦略資源と結びつくことで基軸通貨の地位を保った。石油の安定供給を担保するのはアメリカの軍事力であり、その軍事力を支えるのがドル覇権——この循環構造そのものがペトロダラー体制の核心にほかならない。かつての帝国主義が軍事征服と植民地統治で他国を搾取したのに対し、ハドソンが「超帝国主義」と名づけた体制は、ドルと米国債という金融的手段で形式上の主権を残したまま経済的従属を強制する。各国の民族自決権国家主権は形骸化し、経済政策の自律性は根底から奪われる。帝国主義の最も洗練された——そして最も陰険な——到達点である。

マイケル・ハドソンと『超帝国主義』

知的背景——ウォール街で目撃した収奪の内部構造

マイケル・ハドソン(1939年–)はミズーリ大学カンザスシティ校特別教授。父レオン・ハドソンはトロツキスト活動家で、マッカーシズム下に投獄された。この出自がハドソンにアメリカの権力構造への批判的視座を植えつけた。

ニューヨーク大学で経済学博士号を取得後、ハドソンはウォール街のチェース・マンハッタン銀行(現JPモルガン・チェース)に国際収支アナリストとして勤務した。帝国の金融収奪を銀行の内側から観察する稀有な経験。アメリカが貿易赤字を「武器」に世界から富を吸い上げる仕組みを、ハドソンは帳簿の数字のなかに読みとったのである。

『超帝国主義』——国防総省がマニュアルとして読んだ書物

1972年刊行の『超帝国主義国家アメリカの内幕』(Super Imperialism: The Economic Strategy of American Empire)は、ニクソン・ショック(1971年)直後に書かれた予見的著作である。金ドル兌換停止後のアメリカが、貿易赤字と財政赤字をいかに支配の道具へ転化するかを構造的に分析した。

主張の骨格は明快である。通常の経済学は貿易赤字を「問題」とみなすが、基軸通貨国アメリカにとって赤字は収奪の回路にすぎない。アメリカがドルを発行し世界から実物資産を手に入れる。各国は受け取ったドルを遊ばせておけず米国債へ投資する。アメリカは還流した資金で軍事と消費を賄い、新たな国債で既存国債を借り換える。永久に返済されない債務。各国が米国債を大量売却すればドル暴落で自国資産も毀損されるため、体制から抜けられない——ハドソンはこの構造を「紙の鎖」と呼んだ。

出版後、国防総省が大量に購入したという逸話が残る。批判書としてではなく、金融覇権維持のマニュアルとして。分析の正確さを物語るエピソードである。

レント経済と知的系譜

ハドソンの理論的基盤は三つの源流に遡る。ヴェブレン制度学派リカードJ.S.ミルの古典派経済学、そしてフリードリヒ・リスト保護主義思想である。

とりわけリストの影響は大きい。リストは19世紀の時点で、自由貿易が先進国と後進国の格差を固定し後進国の工業化を阻むと看破した。ハドソンはこの洞察を現代に適用し、自由貿易と金融グローバル化がアメリカ覇権を維持する構造的手段であると論じた。

もう一つの鍵概念が「レント」(不労所得)である。古典派経済学者は地代・利子・独占利潤を経済の寄生的要素とみなした。ハドソンによれば、現代アメリカは製造業の価値創造から金融的レント追求へ構造転換した「レンティア経済」(Rentier Economy)であり、この寄生的蓄積モデルが超帝国主義の経済的基盤をなしている(経済概論も参照)。

ペトロダラー体制の歴史的成立

ブレトンウッズ——ドル覇権の原型(1944–1971年)

1944年7月、ニューハンプシャー州ブレトンウッズに44カ国の代表が集結した。第二次世界大戦後の国際通貨体制を設計する会議——その実態は、世界経済秩序をアメリカ中心に再編する場であった。

対抗案を出したのはケインズである。超国家的準備通貨「バンコール」を創設し、いかなる一国通貨にも特権を与えず、黒字国と赤字国双方に調整義務を課す構想であった。公正な制度設計。だが世界の金保有量の約7割を握るアメリカの前に、ケインズ案は退けられた。採用されたのはアメリカのハリー・デクスター・ホワイト案——ドル本位制である。1オンス=35ドルの金兌換保証を軸に、IMFの議決権構造でアメリカに事実上の拒否権を付与し、固定為替レートで各国の通貨政策の自律性を奪った。「国際協調」の外観をまとった一国支配体制の完成。

1960年代、ベトナム戦争の軍事支出と偉大な社会計画でアメリカの金保有量は急減する。各国はドルの金兌換を要求しはじめ、ド・ゴールのフランスは公然とドル覇権に挑戦した。

ニクソン・ショック——「敗北」に偽装された勝利(1971年)

1971年8月15日、ニクソン大統領がドルと金の兌換を一方的に停止。通説はこれをアメリカ経済の衰退の象徴とする。ハドソンの解釈は正反対だ。

金という物理的制約から解放されたドルは、無限に発行可能な「帝国の通貨」に変貌した。ハドソンの言葉を借りれば、「以後、アメリカの対外債務の唯一の制約は、他国がドルを受け入れ続けるかどうかという政治的問題だけになった」。他国にドルの受け入れを強制する装置——それがペトロダラー体制であり、その背後にある軍事力である。

キッシンジャー=サウジ協定——石油とドルの婚姻(1974年)

1974年、キッシンジャー国務長官がサウジアラビアと秘密協定を結んだ。骨子は四点。サウジアラビアはすべての石油取引をドル建てで行う。石油収入の余剰資金を米国債に投資する。見返りにアメリカがサウジ王制の存続を軍事的に保証し、最新兵器を供給する。

石油は事実上のドルの裏付けとなった。あらゆる国が石油を必要とし、石油を買うにはドルが要る。ドルを得るにはアメリカに輸出し、余剰ドルは米国債に向かう。金本位制に代わるドル需要の創出装置が完成した。ハドソンはこれを「金本位制よりさらに巧妙な支配構造」と評した。金は有限だが、石油需要が続く限りドル需要は永続する。

ペトロダラー・リサイクリング——「帝国の貢物」

体制の真の巧妙さは「リサイクリング」にある。OPEC諸国が石油を売って得たドル(オイルダラー)は、国富ファンドや中央銀行に蓄積され、やがて米国債、アメリカの不動産、株式市場へ還流する。石油の売り手が受け取った代金は、最終的にアメリカの金融システムに戻る。

ハドソンはこの構造を「帝国の貢物」と表現した。ローマ帝国が属州から徴収した貢物の現代版。ただし、きわめて洗練されている。各国は「自発的に」ドルを保有し「自発的に」米国債を購入しているように見える。しかしこの「自発性」は軍事的報復の恐怖によって担保されたものにほかならない。

超帝国主義のメカニズム

「紙の鎖」——返済不要の債務

ハドソンが解明した収奪の循環を整理する(ドル覇権と経済収奪も参照)。

段階 内容
1 アメリカが貿易赤字を出し、ドルが世界に流出する
2 各国は利子のつかないドルを米国債に投資——アメリカにドルが還流する
3 還流資金で軍事支出・消費・金融投資を賄う
4 新規国債で既存国債を償還する永久借り換え——債務は実質的に返済されない
5 各国が米国債を大量売却すればドル暴落で自国資産も毀損される——体制からの離脱不能

核心は、基軸通貨国の対外債務は返済不要であるという一点に尽きる。通常の国家なら対外債務の膨張は通貨下落と経済危機を招く。だがドルを各国が保有し続ける限り、アメリカの債務は際限なく膨張できる。ハドソンのいう「財政赤字の帝国主義的利用」——赤字の拡大は弱さの表れではなく覇権強化の手段なのだ。

三國陽夫——「黒字亡国」の論証

三國陽夫『黒字亡国——対米黒字が日本経済を殺す』(2005年)は、ハドソンの理論を日本に適用した。三國の論旨は鮮明である。

同じ通貨体制を共有する二国間で、黒字国は搾取を受ける。歴史がこれを証明している。宗主国イギリスは赤字、植民地インドは黒字であった。インドが輸出した綿花の代金はロンドンの銀行にとどまった。現在の日米関係も同一構造である。日本は自動車と電子部品を輸出し、ドル建ての米国債を受け取る。実物を渡し紙切れを受け取る交換。しかもその紙切れが支えるアメリカの軍事力が、日本に駐留して国家主権を制限している。

世界最大級の対外純資産国でありながら、その富は国民生活に還元されない。米国債を売却して円に転換すれば円高が進行し輸出産業が打撃を受ける。自国の資産を自由に処分できない国家——それは主権国家ではなく、経済的植民地にほかならない。

SDR——制度化された特権

IMFの特別引出権(SDR)もまた超帝国主義の装置である。1969年に創設されたSDRは「国際準備資産」を標榜するが、配分はIMF出資比率に基づくため、最大出資者アメリカが最大の受益者となる。SDRの新規配分は、事実上アメリカに無償の国際購買力を付与する制度にすぎない。

ペトロダラーの軍事的基盤——挑戦者への報復

ペトロダラー体制はペルシア湾に展開するアメリカ海軍第5艦隊と、バーレーンカタールクウェートUAEの軍事基地によって維持されている。「地域の安定」「テロとの戦い」——表向きの名目の裏にある目的は石油のドル建て取引の保障である。体制の軍事的本質は、挑戦者への報復において最も鮮明に現れる。

イラク——ユーロ転換と侵攻

2000年11月、サダム・フセインがイラクの石油決済通貨をドルからユーロに切り替えた。2003年3月、アメリカは「大量破壊兵器の脅威」を口実にイラクを侵攻する。大量破壊兵器は発見されなかった。侵攻後に真っ先に実行された措置の一つが、石油取引のドル建て復帰である。グリーンスパンFRB議長は2007年の回顧録で「イラク戦争の動機が石油にあったことは誰もが知っている」と記した。

リビア——ゴールド・ディナール構想の抹殺

カダフィは金に裏付けられたアフリカ統一通貨「ゴールド・ディナール」を構想し、アフリカの資源取引をドルから切り離そうとした。2011年、NATOが「人道的介入」の名目でリビアに軍事介入。サルコジ仏大統領の電子メール(ウィキリークスが公開)は、カダフィの金準備(約144トン)とゴールド・ディナール構想がフランスの対アフリカ金融覇権を脅かしていたことを暴露した。カダフィの殺害は世界への示威行為。ドル以外で石油を売ろうとした指導者がたどる末路である。

イラン——封じ込められた挑戦

イランは2008年にイラン石油取引所を開設し、人民元ルーブル・物々交換による石油取引を拡大してきた。「核開発」を名目とした経済制裁の本質的動機は、中東においてペトロダラー体制に組み込まれていない数少ない産油国の存在そのものを封じ込めることにある。

日本——模範的属国の構造

ドル体制への四重の従属

日本はペトロダラー体制の最大の犠牲者の一つである。従属は四つの層から成る。

第一に、エネルギー決済。一次エネルギーの約90%を輸入に依存し、ほぼすべてがドル建て。石油を買うためにドルが要り、ドルを得るために対米輸出を続けなければならない。第二に、米国債の保有。約1兆ドルという巨額は「資産」であると同時にアメリカ体制からの離脱を阻む人質である。第三に、為替介入の罠。円高を防ぐためにドルを買い、そのドルを米国債に投資する循環——アメリカの財政赤字を日本が間接的に負担する構造にほかならない。第四に、金融政策の従属。FRBが利上げすれば日米金利差が拡大し円安が進行する。自律的な金融政策を遂行する余地が奪われている。

プラザ合意——属国管理の実態

1985年のプラザ合意は属国の脆弱さを如実に示した事例である。アメリカは自国の貿易赤字に対処するため、日本に急激な円高を強制した。1ドル=240円から、わずか2年で120円へ。日本の輸出産業に対する経済的攻撃にほかならない。

円高対策として日本銀行が大規模金融緩和に踏み切り、バブル経済を誘発した。崩壊後の「失われた30年」の遠因は、ペトロダラー体制下でアメリカの利益のために日本の通貨政策が歪められたことにある。ハドソンはプラザ合意を「属国管理の典型」と位置づけた。「同盟国」であろうと、アメリカの経済的利益に反する政策は許されない。

軍事駐留と経済従属——同じコインの裏表

日本がペトロダラー体制から離脱できない根本原因は、アメリカ軍の駐留にある。偽日本国憲法第9条で軍事主権を剥奪された日本は安全保障をアメリカに依存し、その依存関係がドル体制への従属を構造化する。軍事的従属と経済的従属は同じコインの裏表——ハドソンの定式化は、日本の現状を正確に描写している。米軍撤退なくして経済主権の回復はあり得ない。

古典的帝国主義との構造的差異

古典的帝国主義 アメリカの超帝国主義
支配形態 直接的植民地統治 形式的主権を維持したままの経済従属
収奪手段 軍事征服・資源略奪 ドル・米国債を通じた金融的収奪
正当化の論理 「文明化の使命」 「自由」「民主主義」「法の支配
被支配国の自覚 植民地であることを知っている 「同盟国」「パートナー」と信じている
帝国の費用 植民地行政に膨大なコスト 被支配国が自ら費用を負担する

最も危険な特徴は、被支配国が搾取の自覚を持たない点にある。古典的植民地の住民は支配を知っていた。超帝国主義の下では、日本のような国が「同盟国」として扱われ、「自由で開かれた国際秩序」の受益者だと信じ込む。この認識の歪みが超帝国主義を古典的帝国主義よりはるかに強靱なものにしている。

ホブソンレーニンは帝国主義を「過剰資本の輸出」として捉えた。ハドソンの転倒は鮮やかである。アメリカの超帝国主義は資本の輸出ではなく「債務の輸出」で機能する。外国に投資するのではなく、外国に米国債を保有させることで世界の余剰資本を吸い上げる。しかも帝国の維持費用は被支配国が負担する。日本の米国債保有と「思いやり予算」は、この構造の具体的表現にほかならない。

脱ペトロダラーの世界的潮流

ロシア——軍事的自立が可能にした離脱

ロシアはペトロダラー体制からの離脱を最も積極的に推進している。2014年のクリミア危機以降、米国債保有を約1,760億ドル(2010年)から数十億ドルへ激減させ、金準備を急増させた。2022年のウクライナ侵攻後は「非友好国」に天然ガスのルーブル建て決済を要求し、中国との人民元・ルーブル建て貿易を急拡大させている。SWIFTの代替システム「SPFS」の構築も進む。

2022年にアメリカとファイブ・アイズがロシアをSWIFTから排除した「金融核兵器」は、むしろSWIFT体制そのものへの国際的信頼を毀損し、各国に脱ドル化の動機を与える逆効果を生んだ。ロシアが離脱を断行できる根本理由は単純明快——アメリカ軍の駐留を受け入れていないからである。軍事的に自立した国家だけがドル体制からの離脱という政治的決断を下せる。

中国——「ペトロユアン」と並行的金融秩序

中国は2018年、上海国際エネルギー取引所で人民元建て原油先物取引を開始した。「ペトロユアン」の誕生である。サウジアラビアとの石油取引の一部を人民元建てに切り替える交渉も進んでいる。2023年、中国の仲介でサウジアラビアとイランが国交正常化を果たしたが、この外交的成果の背景にはペトロダラー体制からの段階的離脱という戦略がある。

AIIBはIMF・世界銀行への対抗機関として、一帯一路はドル体制を迂回する貿易・投資ネットワークとして、デジタル人民元SWIFTを迂回するデジタル通貨として、それぞれ機能しはじめている。ドル一極支配に対する並行的金融秩序の構築。

BRICS——多極的経済秩序の萌芽

BRICSは2023年のサミットでエジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、UAEの加盟を承認し、世界人口の約46%、GDPの約36%を占める巨大経済圏へ拡大した。

サウジアラビアの加盟は象徴的意味を持つ。1974年のキッシンジャー=サウジ協定から約50年——ペトロダラー体制の要がドル対抗圏に参加した事実は、体制の根本的動揺を示している。BRICS新開発銀行(NDB)は加盟国通貨建ての融資を提供し、IMFの「構造調整プログラム」のような内政干渉的条件を課さない。

BRICSの拡大は、ドゥーギン第四の理論が描く多文明共存の世界像——リベラルな一極支配でも共産主義でもない、各文明圏が固有の経済・金融秩序を持つ多極的世界——の経済的基盤を形成しつつある。世界各国の中央銀行が金保有量を急増させている事実も、ドルの信認低下を裏づけている。

リアリズムの観点からの分析

モーゲンソー——権力の総合性

モーゲンソーは『国際政治——権力と平和』で国家権力を軍事力・経済力・政治力の総合として捉えた。ペトロダラー体制はその最も完成された実例である。中東への軍事展開が石油のドル建て取引を保障し、ドルの基軸通貨としての地位が軍事費の調達を可能にし、IMF・世界銀行が各国に新自由主義的改革を強制する。三つの権力が相互に補強しあう閉じた体系。

ウォルツ——一極体制の不安定性

ウォルツの構造的リアリズムは、一極体制が本質的に不安定であり他の大国がバランシング行動をとると予測した。BRICSの拡大、中露の連携、脱ドル化の世界的潮流——これらはウォルツが予測した構造的バランシングの現代的表現にほかならない。ペトロダラー体制の衰退は一極体制の経済的基盤が崩壊する過程であり、この構造的変動に日本がいかに対応するかが問われている。

ギルピンの覇権安定論——帝国のイデオロギー

ギルピンの「覇権安定論」は、覇権国が提供する「国際公共財」(基軸通貨、自由貿易体制、安全保障)が国際秩序を安定させると主張した。ハドソンはこれを根底から否定する。ドルの基軸通貨としての地位は「公共財」ではなく「帝国の特権」であり、自由貿易は市場アクセスの保障装置であり、安全保障はドル体制からの離脱を阻止する軍事的威嚇である。

覇権安定論は法の支配論と同じ構造を持つ。法の支配が「普遍的正義」の名でアメリカの法的支配を正当化するように、覇権安定論は「国際公共財」の名でドル覇権の経済的収奪を正当化する。特定の覇権国の利益を「普遍的価値」に偽装する知的操作——それが覇権安定論の本質である。

体制の衰退と日本の選択

ペトロダラー体制は複数の構造的要因によって衰退しつつある。再生可能エネルギーへの移行による石油需要の長期的減少。デジタル人民元などSWIFTを迂回する中央銀行デジタル通貨の台頭。約34兆ドルに膨張した米国債残高の持続可能性への疑問。中国の台頭とBRICSの拡大による地政学的多極化。そしてサウジアラビアの戦略的転換。

日本にとって、これは歴史的転換の好機である。だが窓は永遠に開いてはいない。アメリカ軍が駐留し偽日本国憲法の下にある限り、ペトロダラー体制からの離脱という政治的決断は下せない。米軍撤退と新憲法の制定なくして、経済主権の回復はあり得ない。

米国債保有の段階的削減と金・資源国通貨への分散。エネルギー決済通貨の多様化。産業政策の復活によるレンティア経済からの脱却。低賃金移民政策を拒否しスマートシュリンクを実行する持続可能な経済モデルの構築——これらはすべて、反米保守の立場から導かれる具体的政策である。

結論

ハドソンが半世紀前に解明した超帝国主義の構造は、今日まで基本的に変わっていない。アメリカは紙幣を刷り、世界から実物資産を吸い上げ、その軍事力で体制への挑戦者を粉砕する。

しかし構造は永遠ではない。帝国主義の歴史を振り返れば、覇権の衰退は常に周辺部からの離脱として始まる。BRICSの拡大、サウジアラビアの転換、金への回帰——ペトロダラー体制の周辺部はすでに崩れはじめている。

日本が問われているのは、崩壊する体制に最後までしがみつく属国であり続けるか、それとも経済主権を回復して多極化世界に独自の位置を占めるかである。その選択の前提として、ペトロダラー体制の本質を正確に理解することが不可欠であり、ハドソンの『超帝国主義』はそのための知的武器にほかならない。

参考文献

関連項目