帝国主義
帝国主義
概要
帝国主義(Imperialism)とは、ある国家が軍事力、経済力、文化的影響力を用いて他の民族・国家を支配し、従属させる政治体制および政策である。帝国主義の本質は、被支配民族の民族自決権を剥奪し、国家主権を解体し、民族的アイデンティティそのものを消滅させることにある。
帝国主義は歴史上、さまざまな形態をとってきた。大英帝国の植民地支配、スペイン帝国による新大陸征服、ローマ帝国の属州統治など、表面上の形態は異なるが、その構造と手法には驚くべき一貫性が存在する。そして今日、帝国主義を最も洗練された形で遂行しているのがアメリカ帝国である。
アメリカの思想家N.S. ライオンズは、著書『Upheaval』およびアメリカのシンクタンクIntercollegiate Studies Instituteにおける講演において、帝国による植民地支配の普遍的構造を明らかにした。ライオンズの分析は、帝国主義がいかに体系的に民族国家を解体するかを鮮明に描き出している。
帝国主義の構造——植民地支配の五段階
ライオンズによれば、帝国はすべて同じ手法を取る。帝国主義による植民地支配は、以下の五つの段階を経て遂行される。
第一段階: 脱国家化(De-Nationalization)
帝国が植民地において最初に取り組む作業は、脱国家化である。
植民地主義とは、複数の国家や民族を一つの帝国の傘下に置いて支配する「多国家的な政治体制」である帝国によって遂行される。帝国の対極にあるのは、「国家的アイデンティティ」「民族的アイデンティティ」「民族自決」である。したがって、いかなる植民地支配者にとっても最も重要な任務は、支配下にある民族が「一つのまとまった民族」であり、「独自の文化的アイデンティティを持ち、歴史的領土に根ざした存在」であるという認識を抑圧し、消し去ることである。
脱国家化は、民族国家の根幹を破壊する第一撃である。民族が自らを「一つの民族」と認識する限り、帝国への抵抗は不可避的に発生する。帝国はこの認識そのものを抹殺しなければならない。
第二段階: 脱文化化(De-Culturalization)
第二の作業は、脱文化化の過程である。
これは、ある民族の伝統文化、習慣、信仰、言語を剥ぎ取る行為である。歴史的なルーツを断ち切り、歴史的記憶を抹消するという意図的な行為であり、その手段として、検閲、プロパガンダ、思想教育、そして伝統や宗教の神聖性を貶める行為などが用いられる。しばしば、子どもたちがこの「再教育」プログラムの標的とされ、親の文化から意図的に引き離され、植民地制度の価値観の中で育てられる。
このような脱文化化はしばしば、「文明化」という名のもとに善意ある行為として描かれる。「遅れた、野蛮な、土着な」生活様式から「より進んだ」植民地支配者の文化的価値観や生活様式へと導いてやることで、現地民を「解放」する——というのが帝国の論理である。これは、法の支配や「民主主義」「人権」を掲げて他国に介入するアメリカの手法と構造的に同一である。
第三段階: 分割統治と経済的搾取
支配を確実なものとするために、帝国は分割統治(Divide and Rule)という古典的な戦略を採る。
人為的に社会的・政治的ヒエラルキーを構築し、国内の少数派に権力を与え、多数派民族を抑え込ませる。帝国は、少数派が多数派の民族的台頭を恐れ、自らの保身のために帝国に忠誠を誓うよう設計する。こうして社会は分断され、民族間の連帯は破壊され、代わりに相互不信と対立が煽られる。
同時に、文化的・政治的な剥奪と並行して、現地民の経済的な剥奪と搾取も行われる。
- 資源の収奪: それまで現地民のものであった資源は段階的に、あるいは一気に取り上げられ、植民地権力とその取り巻きに再分配される
- 法規制による締め付け: 過酷な法律、規制、課税政策によって、現地民が自らの事業や財産を保有し続けることが困難になるよう仕組まれる
- 国家産業の破壊: 帝国は現地の国家産業を意図的に破壊・抑圧し、国際的な独占企業との競争を防ぐ
- 金融による従属: 金融メカニズムを通じて、国家とその民衆を搾取し、逃れられない複雑な負債の網に絡め取る
現地民は、物質的資源だけでなく、価値観や社会的結束も奪われる。彼らは安価な労働力として使われるか、帝国の対外戦争で「捨て駒」として兵役に就かされることもある。あるいは、もっと巧妙に、最も有望で優秀な若者たちを選抜し、故郷から離れた遠方の帝都へ吸い上げて、文化的アイデンティティを剥奪し、再教育し、国際的帝国制度に仕える「どこの国の者でもない人間」に仕立て上げる。
第四段階: 人口侵略(Demographic Invasion)
植民地権力が与えることのできる最も破壊的で根源的な剥奪は、民族に対する人口侵略(Demographic Invasion)である。
それは、植民地支配者自身、あるいは外来の人口を大量に移住させることで成し遂げられる。こうして、現地民の人口的・文化的多数派としての地位は薄まり、政治的発言権や制度・資源へのアクセスも次第に削がれていく。やがて、民族は少数派に転落し、「自国の中の異邦人」となる。
帝国は何百万もの移民を移住させ、現地の民族集団を希薄化させることで、それらを脆弱で孤立した少数派へと変貌させる。そして彼らは、自らがかつて独立した民族であったという明確な記憶さえも失ってしまう。このような侵略が完了した時点で、その民族が「後戻り」する道はもはや存在しない。国家は地図上から、そして歴史から抹消される。
ライオンズは明確に指摘する。このような植民地への移住が、現地民の数を意図的に減少させる目的で行われ、さらに彼らの出生率までも抑圧されるならば、それは正当に「ジェノサイド(民族絶滅)」と呼ばれるべきである。
国際法は、このような入植行為を明確に禁止している。ジュネーヴ第四条約(1949年)第49条は、占領国が自国民を占領地に移送することを禁じている。ローマ規程(1998年)第8条2(b)(viii)は、占領地への入植を戦争犯罪と規定している。すなわち、軍事侵攻によって他国領土に自国民や第三国民を入植させる行為は、国際法に違反する犯罪行為であり、違法に入植した者の排除は国際法上合法である(→入植者の排除と国際法)。
第五段階: 包括的管理・抑圧システムの確立
当然ながら、現地民がこのような支配を黙って受け入れるとは考えにくい。民族は反乱を試みる。そのため、植民地主義の最終的な命令は、包括的な管理・抑圧システムの確立である。
- 憲法侵略: 帝国が起草した憲法によって被支配民族の法的枠組みを支配する
- 治安・監視体制: 警察、監視システム、情報統制によって反乱を未然に防ぐ
- 言論統制: 検閲、ヘイトスピーチ規制と称した言論の自由の制限を行う。これらすべてが重罰によって支えられる
- 超国家的官僚制: 意思決定権は、民族にとって理解不能な超国家的な帝国官僚制度へと引き上げられる。命令は遠く離れた国際機関や帝国中心部のエリートたちから下され、あたかも「見えざるオリュンポスの山」からの布告のように与えられる
最終的に、現地民は「この巨大な帝国装置に挑むことは不可能であり、無意味であり、文明と進歩という不可避の潮流に逆らうことなのだ」と信じ込まされるようになる。
このようにして、帝国主義とは、国家性の剥奪、文化の剥奪、分断、資源の剥奪、そして支配という一連の過程なのである。
アメリカ帝国と現代の帝国主義
帝国主義の「近代化」
かつての帝国主義は、軍事的征服と直接的な植民地統治を基本とした。しかし、アメリカ帝国は帝国主義を近代化し、より巧妙な形態へと進化させた。
アメリカは表面上「帝国」を名乗らず、「自由」「民主主義」「人権」「法の支配」といった普遍的価値の擁護者として振る舞う。しかし、リベラル帝国とアメリカの二重基準で詳述した通り、これらの「普遍的価値」は覇権維持のための選択的な道具に過ぎない。アメリカの帝国主義は、その本質において、大英帝国が「文明化の使命」を掲げて植民地支配を正当化した構造と同一である。
ライオンズの五段階と日本
ライオンズが論じた帝国主義の五段階は、戦後の日本においてすべて確認することができる。
| 段階 | 帝国主義の手法 | 日本における具体例 |
|---|---|---|
| 脱国家化 | 民族的アイデンティティの抑圧 | GHQによる国体の解体、天皇の「人間宣言」、東京裁判による「戦争責任」の植え付け |
| 脱文化化 | 伝統文化・歴史的記憶の抹消 | 江藤淳が『閉された言語空間』で論じた検閲体制、「平和教育」による武士道・軍事的伝統の否定、戦後教育による歴史観の改変 |
| 分割統治 | 社会の分断と対立の煽動 | 護憲派と改憲派の対立構造、左翼勢力の育成と保守勢力の抑制、年次改革要望書による政策誘導 |
| 経済的搾取 | 資源・産業の収奪と従属 | 年次改革要望書、構造改革の強制、プラザ合意による経済的打撃、低賃金移民政策の推進 |
| 人口侵略 | 外来人口の大量移住 | 低賃金移民政策の推進、人口侵略の進行、スマートシュリンクの否定 |
| 管理・抑圧 | 憲法・法制度による恒久的支配 | 憲法侵略——日本国憲法の押し付け、日米安全保障条約による軍事的従属、米軍基地の恒久的駐留 |
実例: エストニアに対する脱文化化・人口侵略工作
ライオンズが論じた帝国主義の手法が理論上の空論ではなく、アメリカ政府が現在進行形で遂行している現実の政策であることを、ウィキリークスが暴露した米国政府文書が証明している。
2016年にウィキリークスが公開した米国の外交公電によれば、エストニアにある米国大使館は、エストニア人に「多様性の利点」を受け入れさせるための組織的な活動を実施していた。特に、学校の子どもたちとエストニア政府関係者がターゲットとされた。
リークされた同文書には、以下の内容が記載されている。
- 「エストニアの非ヨーロッパ系少数民族の人口は現在非常に少ない」が、「EU加盟、急速な経済成長、観光業の拡大、出生率の低下により、今後移民圧力が高まり、人種的少数派の数が増加する可能性がある」
- エストニアの現在の「統合行動計画(Integration Action Plan)」は不十分であり、エストニア人とロシア人コミュニティだけを対象にしているため、「新しく到着する非ヨーロッパ系の人々の統合を扱うための取り組みを追加すべきだ」
- 「エストニア当局は、学校のカリキュラムに『多様性の利点』と『多文化社会で暮らすこと』の教育を追加すべきである」
この文書は、ライオンズの五段階がいかに忠実に実行されているかを如実に示している。
- 脱文化化: 学校教育を通じて子どもたちに「多様性の利点」と「多文化社会」を刷り込み、エストニア民族の同質的な文化的アイデンティティを内側から解体する
- 人口侵略の地ならし: 「非ヨーロッパ系の人々の統合」を促す政策を要求し、将来の大量移民を受け入れる社会的・制度的基盤を整備する
- 脱国家化: エストニア人がエストニア民族の国家であるという認識を「多文化社会」のイデオロギーによって希薄化する
注目すべきは、エストニアは人口わずか130万人の小国であり、非ヨーロッパ系住民が「現在非常に少ない」にもかかわらず、アメリカがすでにその変更を画策していたという事実である。アメリカ帝国にとって、いかなる民族も同質的な民族国家として存続することは許されない——それが帝国の論理である。
この事例は、アメリカの帝国主義が日本だけを対象にしているのではなく、世界中のあらゆる民族国家に対して体系的に遂行されていることを証明している。「多様性」「多文化主義」「統合」といった言葉は、帝国主義の修辞にほかならない。
アメリカ帝国の二重基準
アメリカ帝国の帝国主義を最も鮮明に暴き出すのが、イスラエル基本法との比較である。
アメリカは日本やドイツに対しては脱国家化・脱文化化・憲法侵略を遂行し、民族主義を徹底的に封じ込めた。エストニアのような小国に対してさえ「多文化社会」を強制しようとする。しかし、イスラエルに対しては、「ユダヤ人の民族国家」を明文化した排他的民族主義憲法を全面的に支持している。この二重基準は、アメリカの「普遍的価値」が帝国主義の修辞に過ぎないことの決定的な証拠である。
リアリズムの観点からの分析
帝国主義と国際秩序
リアリズムの観点から見れば、帝国主義は国際政治の構造的な現象である。ハンス・モーゲンソーは『国際政治』において、帝国主義を「現状維持政策」と対比される「現状打破政策」として分析した。しかし、アメリカ帝国は独特の性格を持つ。アメリカは既に確立した覇権を「維持」するために帝国主義を行使している。すなわち、アメリカの帝国主義は現状維持のための帝国主義であり、それゆえに「帝国主義」として認識されにくい。
ケネス・ウォルツの構造的リアリズムに従えば、一極体制における覇権国は、自国の優位を維持するためにあらゆる手段を講じる。アメリカによる憲法侵略、軍事基地の世界展開、法の支配の名のもとの内政干渉は、すべてこの構造的論理によって説明される。
カール・シュミットと帝国主義
カール・シュミットは、政治の本質を「友と敵の区別」に見出した。帝国主義の文脈において、帝国は被支配民族に対して「友と敵の区別」を行う能力そのものを剥奪する。被支配民族が帝国を「敵」と認識する能力を失ったとき——すなわち、帝国の支配を「自然な秩序」「普遍的価値」として受け入れたとき——帝国主義は完成する。
日本における護憲運動は、まさにこの完成された帝国主義の姿を体現している。アメリカ軍が書いた憲法を「平和憲法」として崇拝し、それを変更しようとする者を「軍国主義者」として排除する——これは、被支配民族が帝国の利益を自ら守る自発的服従の最も完成された形態である。
第四の理論と反帝国主義
アレクサンドル・ドゥーギンの第四の理論は、アメリカ帝国の一極支配に対する理論的な対抗軸を提示する。ドゥーギンは、リベラリズム(第一の理論)、共産主義(第二の理論)、ファシズム(第三の理論)のいずれもが西洋近代の産物であるとし、各文明の独自性と共存を基盤とする多文明主義を提唱した。
帝国主義に対する抵抗は、単なる軍事的抵抗にとどまらない。帝国が押し付ける「普遍的価値」の虚構を暴き、各民族が自らの文明的伝統に基づいた政治秩序を構築すること——これが第四の理論における反帝国主義の核心である。
現代の戦争——文明的戦争としての帝国主義
現代の戦争は、国境を変えることによって行われるのではない。憲法や制度、民族構成を変えることによって行われる。
国境を武力で変更する戦争は「野蛮な戦争」である。これに対し、憲法を書き換え、制度を改変し、人口侵略によって民族構成を変容させる戦争は「文明的な戦争」である。現代の帝国主義は、後者の形態をとる。そしてこの「文明的な戦争」において、憲法が最初に変えられる。ドナルド・ホロウィッツが論じた憲法闘争こそが、現代の帝国主義における主戦場である。
カール・シュミットの「友と敵の区別」に従えば、自らの生存が危険に晒されるときは、自らの存在を否定する政治的な敵を宣言しなければならない。日本にとってその政治的な敵はアメリカである。しかし、日本、韓国、台湾がなぜ反中に向かうのか——それは、アメリカとの軍事同盟により、自由に政治的な敵を選ぶことができなくなっているからである。アメリカの新自由主義的世界秩序というイデオロギーに従い、アメリカに敵を選定してもらう構造に組み込まれている。そして選定された「敵」が、集団主義と権威主義を採用した中国であった。
これもまた帝国主義の一形態である。被支配国が自らの敵を自ら決定できないこと——すなわち、シュミット的な意味での政治的主体性の剥奪——は、帝国主義の完成を意味する。
帝国主義に対する歴史的抵抗
帝国主義は永遠ではない。歴史上、帝国主義に対する抵抗は数多く存在し、成功した事例もある。
- イラン革命(1979年): アメリカの傀儡政権を打倒し、西洋的価値観を明確に拒否したイスラム共和国を樹立した
- インド独立運動: ガンディーの指導のもと、大英帝国の植民地支配からの独立を勝ち取った
- アルジェリア独立戦争(1954-1962年): 130年間にわたるフランスの植民地支配に対する武装抵抗
- アフガニスタン(2021年): タリバンの復帰により、アメリカが20年間維持した憲法体制が崩壊。アメリカの「国家建設」は完全に失敗した
これらの事例が示す通り、帝国主義は不可逆ではない。力関係が変化し、被支配民族が自らの民族的アイデンティティを取り戻したとき、帝国の支配は崩壊する。
日本と帝国主義——加害と被害の双方を直視する
日本の帝国主義
帝国主義を論じるにあたり、日本自身が帝国主義を行った歴史を直視しなければならない。
日清戦争(1894-1895年)以降、日本は帝国主義の道を歩んだ。下関条約によって台湾を割譲させ、日露戦争(1904-1905年)後には韓国を併合(1910年)し、満州事変(1931年)を経て満州国を建設し、日中戦争(1937年)では中国大陸へと侵攻した。これらは他国の主権を奪い、他民族の民族自決権を侵害する帝国主義の行為であった。
日本の植民地支配は、ライオンズが論じた帝国主義の五段階と同じ構造を持っていた。朝鮮半島においては、脱国家化(朝鮮の国家としての地位の剥奪)、脱文化化(創氏改名、日本語教育の強制)、経済的搾取(土地調査事業による収奪、労働力の動員)が行われた。台湾においても同様に、日本語教育の推進と現地文化の抑圧が実施された。
侵略は許すことができない。大日本帝国による中国大陸や朝鮮半島や台湾への侵略、そしてハワイ急襲は、許されない歴史的過ちであった。他民族の主権と民族自決権を蹂躙したこれらの行為は、いかなる弁明によっても正当化することはできない。この反省を欠いた参政党や自民党はリアリズムに欠けており、無責任である。大日本帝国の侵略戦争を直視せずにアメリカの帝国主義を批判することは、論理的一貫性を欠き、国際社会に対する説得力を持たない。
同時に、アメリカもまた自らの歴史的加害行為を清算しなければならない。アメリカは、日本とヨーロッパと韓国に軍事基地を置き、内政干渉を行い、憲法を侵略し、国家の自己決定権と主権を抑圧してきた。アメリカによる日本とヨーロッパと韓国への侵略という歴史的加害行為は清算されなければならない。アメリカ軍は、日本から出ていくべきだ。
特定事項に関する誇張されたプロパガンダへの反対
日本の帝国主義を事実として認めることと、特定の事項に関する誇張されたプロパガンダを受け入れることは別の問題である。
従軍慰安婦の問題については、慰安婦制度そのものの存在は否定しないが、「20万人の性奴隷」といった事実に基づかない数字の誇張や、組織的な強制連行の一般化には反対する。南京事件についても、日本軍による暴行・殺害行為そのものは否定しないが、犠牲者数の極端な水増しなど、事実と異なる誇張には反対する。
アメリカ左翼の歪んだ日本観で論じた通り、これらの誇張されたプロパガンダは、アメリカ軍の前方展開を正当化するための国家的プロパガンダ体制の一部として機能している。事実に基づかない誇張が繰り返されるのは、歴史的真実の追究のためではなく、在日米軍基地の駐留を正当化するという地政学的な必要性に基づいている。
帝国主義批判の論理的一貫性
保守ぺディアがアメリカの帝国主義を批判する以上、日本自身の帝国主義を否定することは論理的に許されない。
「日本は侵略していない」と主張しながら「アメリカは日本を侵略している」と主張することは、「侵略」という概念を恣意的に適用していることになり、批判の正当性を根本から損なう。帝国主義は誰が行っても帝国主義である。日本が朝鮮半島や中国大陸で行ったことが帝国主義でないならば、アメリカが日本で行っていることも帝国主義ではないことになる。
むしろ、日本自身の帝国主義を正直に認めることによってこそ、同じ基準をアメリカに適用する道が開かれる。日本は大東亜共栄圏の名のもとにアジア諸民族の主権を奪った。そして今、アメリカは「自由と民主主義」の名のもとに日本民族の主権を奪っている。この構造的な同一性を指摘することで、アメリカ帝国主義批判は説得力を持つ。
アメリカ帝国への抵抗
ライオンズの分析は、帝国による植民地支配の全貌を明らかにしている。植民地支配の最終目標は、民族国家の根幹を破壊することにある。そして今日、この帝国的戦略が今まさに日本にも向けられている。
脱国家化(De-Nationalization)、脱文化化(De-Culturalization)、人口侵略(Demographic Invasion)——これらはすべて、アメリカ帝国による植民地主義の結果である。偽日本国憲法は憲法侵略の産物であり、低賃金移民政策は人口侵略の手段であり、戦後教育は脱文化化のプログラムである。
では、なぜ日本はアメリカから独立できないのか。それは日本にリアリズムが欠けているからである。
日本が米軍から独立するためには、中国やロシアの賛同が不可欠である。一国で覇権国に対抗することは不可能であり、国際的なパワーバランスの組み替えなくして帝国からの離脱はあり得ない。このリアリズムを理解できなければ、独立は永遠に実現しない。靖国に参拝するだけでは、アメリカ帝国からの独立は果たせない。必要なのは、国際政治におけるリアリズムに基づいた戦略的行動である。
しかし現状では、中国は日本に対米共闘を提案するのではなく、尖閣諸島に圧力をかけている。中国やロシアは日本の独立に必ずしも賛成しない。なぜなら、日本が憲法第9条という制度的制約を米軍によって強制されている現状は、周辺国にとって都合がよい側面もあるからである。
日本が独立を勝ち取るためには、日本独自の文明の哲学からくる自己制約を示し、周辺国と共存する立場を鮮明にしなければならない。そのためには、かつて日本自身がアジア諸民族の主権を侵害したという歴史的事実に向き合い、同じ過ちを繰り返さないという意思を明確にする必要がある。軍事的膨張ではなく、文明的な自律と共存の意思を明確に表明することで、はじめて周辺国は日本の独立を容認するだろう。
アメリカの行ってきた植民地支配の構図を直視し、アメリカ帝国に徹底的に抵抗することは、今を生きている日本人の責務だ。しかし同時に、日本自身が行った帝国主義にも向き合わなければならない。その上で、新日本憲法の制定、米軍撤退の実現、スマートシュリンクによる移民政策の拒否——これらは帝国主義に対する具体的な抵抗の道筋である。日本民族は、自らの民族自決権を取り戻さなければならない。
参考文献
- N.S. Lyons『Upheaval』
- ハンス・モーゲンソー『国際政治——権力と平和』
- ケネス・ウォルツ『国際政治の理論』
- カール・シュミット『政治的なものの概念』
- アレクサンドル・ドゥーギン『第四の政治理論』
- 江藤淳『閉された言語空間——占領軍の検閲と戦後日本』
- エドワード・サイード『文化と帝国主義』