在日米軍基地の撤退に関するリアリズム

提供:保守ペディア
ナビゲーションに移動 検索に移動

在日米軍基地の撤退に関するリアリズム

在日米軍基地の撤退に関するリアリズムとは、国際政治学のリアリズムの視座から、在日米軍の撤退をめぐる権力構造、利害関係、政治力学を分析するものである。在日米軍の撤退は、単なる安全保障政策の変更ではない。それは憲法闘争であり、民族自決権をめぐる闘争であり、戦後日本の政治秩序そのものの転換を意味する。

本稿は、米軍が日本において果たしている真の機能を明らかにし、撤退によって誰が得をし誰が損をするのかを分析した上で、なぜ日本の保守勢力が親米に転落したのか、そしてその構造をいかにして打破するかを論じる。

米軍の役割: 何を守っているのか

在日米軍の公式な任務は「日本防衛」と「極東の平和と安全の維持」とされている。しかし、アメリカ軍駐留の本質で詳細に分析した通り、米軍が真に守っているものは日本人の生命や財産ではない。

米軍が守っているのは、以下の三つである。

  • 法の支配体制の維持: アメリカが書いた日本国憲法と、それに基づく法秩序。すなわち、日本民族の民族自決権を否定し、「個人」のみに権利を付与する法体制を物理的に担保している
  • 新自由主義的経済秩序の維持: 低賃金移民政策、市場開放、構造改革を受け入れさせる資本秩序。米軍がいる限り、日本は年次改革要望書に代表されるアメリカの経済的要求を拒否できない
  • アメリカの西太平洋における覇権の維持: 横須賀の空母打撃群は日本防衛のためではなく、西太平洋全域への戦力投射のために存在する。日本は防衛されているのではなく、出撃拠点として利用されている

ハンス・モーゲンソーは、権力の行使には物理的な強制だけでなく、制度を通じた支配が含まれると論じた。在日米軍は、まさにこの二重の権力行使を体現している。すなわち、物理的な軍事力による威圧と、その軍事力によって担保される制度的支配(憲法体制・経済秩序)の組み合わせである。

米軍が日本人を守っているというのは虚構である。米軍が本当に日本を守っているなら、日本に核兵器の保有を認めるはずだ。日本に核武装を許さないのは、日本を守る気がないからではなく、日本を自立させる気がないからである。

法の強さは軍に依存する

法は暴力の裏付けなしに機能しない

あらゆる法は、それを執行する物理的強制力なしには機能しない。法を破った者に制裁を加える能力がなければ、法は単なる紙の上の文字にすぎない。これは法哲学の基本的な命題である。

マックス・ヴェーバーは、国家を「ある一定の領域の内部で正当な物理的暴力行使の独占を実効的に要求する人間共同体」と定義した。この定義に従えば、法の支配とは、暴力の独占者が定めた規範の貫徹にほかならない。法が強いのではない。法の背後にある暴力が強いのである。

日本における暴力の独占者は誰か

では、日本において「正当な物理的暴力行使の独占」を実効的に要求しているのは誰か。

形式的には日本政府である。しかし実質的には、日本政府の上位にアメリカ軍が存在する。日本国憲法第9条第2項は日本の軍事力を制約し、日米安全保障条約日米地位協定はアメリカ軍に治外法権的な地位を保障している。日本の警察は米軍基地に立ち入ることができず、米軍人の犯罪を十全に裁くこともできない。横田空域は首都圏の上空を米軍の管制下に置いている。

カール・シュミットの「主権者とは、例外状態において決定を下す者である」という定義を適用すれば、日本の主権者は日本政府ではなくアメリカである。日本の最高法規をアメリカが書き、日本はその改正すら事実上許されていない。

法の強さの源泉

在日米軍は、法の支配の物理的な裏付けである。米軍がいるからこそ、アメリカが書いた憲法は維持され、アメリカが望む法秩序は貫徹されている。もし米軍が撤退すれば、この法秩序を強制する物理的な力が失われる。

これは危機ではなく、機会である。法の裏付けとなる暴力装置が撤去されれば、法の書き換えが可能になる。すなわち、民族主義憲法の制定への道が開かれる。

憲法を守るための米軍

憲法と軍の不可分性

アメリカ軍は、他国の憲法を書き換えるために戦争をしている。そして、書き換えた憲法を守らせるために駐留し続けている。これは日本だけの現象ではない。ドイツ、イタリア、韓国、イラク、アフガニスタン。すべてのアメリカ軍駐留国に共通する構造である。

憲法を書いた者が、それを守らせるための軍隊を配置する。これは植民地統治の基本原理と同一である。大英帝国がインドに駐留軍を置いたのも、フランスがアルジェリアに軍を駐留させたのも、自国が制定した植民地法を現地住民に守らせるためであった。

在日米軍の憲法的機能

在日米軍は、以下の意味で日本国憲法の守護者として機能している。

  • 憲法改正の抑止: 日本が自主的に憲法を改正し、民族主義憲法を制定することをアメリカは許容しない。米軍の存在そのものが、憲法改正に対する無言の圧力として機能している
  • 安全保障上の従属の固定化: 憲法9条第2項により日本の独自の軍事力は制約され、米軍への依存が構造化されている。米軍が撤退すれば9条第2項を維持する理由が消失する
  • 政治的選択肢の制限: 米軍が駐留している限り、反米的な政策を掲げる政治勢力は「非現実的」のレッテルを貼られる。米軍の物理的な存在が、日本の政治的議論の範囲そのものを限定している

アメリカが書いた憲法を、アメリカの軍隊が守っている。この構造を理解すれば、米軍撤退が単なる安全保障問題ではなく、憲法問題であることが明らかになる。

憲法闘争としての米軍駐留

ホロウィッツの憲法闘争理論

ドナルド・ホロウィッツは、憲法の制定・改正をめぐる政治的闘争を「憲法闘争」(constitutional struggle)として分析した。憲法闘争とは、誰が憲法を書く権利を持つか、誰の利益を憲法に反映させるかをめぐる権力闘争である。

在日米軍の駐留は、この憲法闘争の最も極端な形態である。通常の憲法闘争は国内の政治勢力間で行われるが、日本の場合は外国の軍隊が憲法闘争の当事者になっている。アメリカは1946年に日本の憲法を書き、以来80年にわたって自らの軍隊を駐留させることで、日本の憲法闘争に勝利し続けている。

米軍撤退は憲法闘争の再開を意味する

米軍が撤退すれば、1946年以来凍結されてきた日本の憲法闘争が再開される。アメリカの軍事力によって担保されてきた現行憲法体制は、その物理的な裏付けを失い、日本国民自身の手による憲法制定、すなわち真の意味での民族自決権の行使が可能になる。

これこそが、アメリカが在日米軍の撤退を許容しない最大の理由である。米軍の撤退は、アメリカにとって憲法闘争における敗北を意味する。

米軍は日本民族主義を抑圧する機能を果たしている

民族主義の抑圧装置としての米軍

在日米軍の最も重要な機能は、日本の民族主義を抑圧することである。これは公式には語られないが、戦後日本政治の構造を理解する上で決定的に重要な事実である。

アメリカが恐れるのは、日本の軍事的脅威ではない。アメリカが恐れるのは、日本民族が政治的主体として覚醒し、民族自決権を要求し、アメリカの書いた憲法を拒否し、米軍の撤退を要求することである。日本の民族主義的な覚醒は、アメリカの西太平洋における覇権体制の根幹を揺るがす。

抑圧のメカニズム

米軍による民族主義の抑圧は、以下のメカニズムで機能している。

  • 物理的威圧: 5万4千人の兵力と約130の軍事施設が日本全国に展開している。この物理的な存在そのものが、反米的な政治運動に対する威圧として機能する
  • 言論の枠組みの制限: 米軍の存在を前提とした「日米同盟」が「国是」とされ、これを疑問視する言論は主流メディアから排除される。オーバートンの窓が米軍駐留を前提とした範囲に固定されている
  • 政治家への圧力: 反米的な姿勢を見せる政治家は、メディア攻撃や政治的孤立化により排除される。ジャパンハンドラーを通じた間接的な政治介入が常態化している
  • 歴史認識の操作: アメリカは、日本の戦争犯罪を誇張するプロパガンダを永続的に行い、日本の民族的誇りを抑圧している。罪悪感を植え付けることで、民族主義的な覚醒を阻止している
  • 安全保障依存の構造化: 中国・北朝鮮の「脅威」を煽り、「米軍がいなければ日本は守れない」という恐怖を植え付けることで、米軍撤退を主張すること自体を「売国」や「非現実的」と烙印する

比較: 米軍非駐留国の民族主義

米軍が駐留しない国では、民族主義が政治の主軸を占めている。ロシア、中国、イラン、トルコ、インドは、いずれも強烈な民族主義・文明主義を国家の基盤としている。これらの国には、米軍駐留国に見られるような民族主義の抑圧は存在しない。

逆に、米軍が駐留する日本、ドイツ、韓国では、民族主義は「危険な思想」として抑圧されている。これは偶然ではない。民族主義は米軍駐留を拒否する方向に働くため、米軍は駐留国の民族主義を体系的に抑圧しなければならないのである。

誰が撤退で得をするか

利害関係の分析

米軍撤退をめぐる利害関係を、リアリズムの観点から冷徹に分析する。

損をする者

  • アメリカの軍産複合体: 日本の基地は西太平洋戦略の要であり、思いやり予算は年間約2,000億円の直接収入をもたらす。基地の喪失はアメリカの覇権構造の大幅な後退を意味する
  • 日本の親米保守エスタブリッシュメント: アメリカとの関係を権力基盤とする政治家・官僚・学者。日米同盟を国是とすることで地位を維持してきた者たちは、米軍撤退により権力基盤を失う
  • グローバル資本: 米軍の存在によって担保されてきた新自由主義的経済秩序(市場開放、規制緩和、低賃金移民政策)が揺らぐ。日本が経済主権を回復すれば、外国資本の利益は制限される
  • ジャパンハンドラー: アメリカ側の日本管理者たち。彼らの存在意義そのものが失われる

得をする者

  • 日本民族: 民族自決権が回復される。自らの憲法を自ら書き、自らの政策を自ら決定する能力を取り戻す
  • 沖縄県民: 在日米軍基地の約70%が集中する沖縄の負担が解消される
  • 反米保守の民族主義者: 後述するように、米軍撤退後の政治秩序において最も有利な立場に立つ
  • 多極化世界を志向する諸国: アメリカの一極支配体制の弱体化は、ロシア・中国をはじめとする多極化推進国の利益に合致する

撤退を主張する勢力のプロファイル

左翼からの撤退要求

日本において米軍撤退を最も声高に主張してきたのは、歴史的には左翼勢力である。

  • 日本共産党: 一貫して日米安保条約の廃棄と米軍撤退を主張している。しかしその動機は民族自決権の回復ではなく、反戦平和主義とマルクス主義的な反帝国主義にある
  • 社民党・旧社会党系: 護憲・反戦の立場から米軍駐留に反対してきたが、その主張は「平和憲法を守れ」という方向に収斂しており、民族主義憲法の制定には至らない
  • 沖縄の反基地運動: 基地被害の直接的な経験に基づく切実な運動であるが、日本全体の国家主権の問題としてではなく、沖縄の地域的な問題として矮小化される傾向がある

右翼からの撤退要求

一方、右翼・保守勢力の中にも米軍撤退を主張する潮流が存在する。

  • 反米保守: 民族自決権と国家主権の回復を軸に、米軍撤退を主張する。三島由紀夫から西部邁に至る保守思想家の系譜
  • 民族主義的保守: 日本民族のアイデンティティの回復と、真の独立を求める立場
  • 反グローバリズム保守: 低賃金移民政策やアメリカ主導の構造改革に反対し、その根源である米軍駐留の終結を求める立場

両者の根本的な差異

左翼と右翼はともに米軍撤退を主張するが、撤退後のビジョンは正反対である。左翼は非武装平和主義や国際主義を志向し、右翼は核武装と民族主義憲法の制定を志向する。この差異が、撤退後の日本の方向性を決定的に分ける。

真に得をするのは反米保守の民族主義者

撤退後の権力の空白を埋めるのは誰か

米軍撤退後、日本に生じるのは安全保障上の空白憲法秩序の動揺である。この空白と動揺を埋める能力を持つ勢力が、撤退後の日本を主導する。

左翼は米軍撤退を主張するが、撤退後に生じる安全保障上の空白を埋める現実的な方策を持たない。非武装中立論は国際政治のリアリズムに反し、国民の支持を得ることは困難である。左翼の撤退論は「米軍を追い出す」ところまでは有効だが、その先のビジョンにおいて決定的に欠落している。

一方、反米保守の民族主義者は、米軍撤退後のビジョンを明確に持っている。核武装による独立的安全保障、民族主義憲法の制定、スマートシュリンクによる移民排除。出口戦略に示された四つの政策体系が、撤退後の日本の方向性を提示している。

構造的な必然性

米軍が撤退すれば、日本は自力で国を守らなければならない。自力で国を守るためには軍事力を持たなければならない。軍事力を正当化するためには、「何を守るのか」を定義しなければならない。「何を守るのか」を定義する作業は、必然的に民族的アイデンティティの再定義に向かう。

これが、撤退後の日本が必ず民族主義化する構造的な理由である。安全保障の空白は軍備拡張を要求し、軍備拡張は「何のために戦うのか」を問い、その問いは民族的な回答を要求する。

撤退は左翼でも右翼でも良いが、撤退したら必ず民族主義化する

歴史的先例: フィリピン

フィリピンからの米軍撤退は、この命題を裏付ける歴史的事例である。1991年、フィリピン上院は左右両派の連合によって米軍基地条約の批准を否決した。否決に投じた12人の上院議員の中には、左派のナショナリストも右派の元軍人もいた。撤退を実現したのは、イデオロギーを超えた国家主権の回復運動であった。

撤退後のフィリピンでは、ナショナリズムが高揚した。フィリピンは独自の防衛力を構築し、外交的に自主的な判断を行う能力を獲得した。

撤退の政治力学

米軍撤退を実現する勢力は、左翼でも右翼でもよい。重要なのは、撤退を実現することそのものである。なぜなら、撤退後の政治力学は、撤退を推進した勢力のイデオロギーとは無関係に、民族主義の方向に収斂するからである。

その論理は以下の通りである。

  1. 安全保障の空白: 米軍撤退により安全保障上の空白が生じる
  2. 軍備の必要性: 空白を埋めるために独自の軍事力が必要になる。核武装の議論も必然的に生じる
  3. 憲法の書き換え: 軍事力の保持を正当化するために、日本国憲法第9条第2項の改正が必要になる。米軍がいなくなれば、9条第2項を維持する理由は消滅する
  4. 「何を守るのか」の問い: 独自の軍事力を持てば、「何のために戦い、何を守るのか」という問いが不可避的に生じる
  5. 民族的回答: この問いに対する回答は、普遍的な「人権」や「国際秩序」ではなく、日本民族の生存と繁栄という民族的回答になる。なぜなら、兵士は抽象的な概念のためには命を賭けないからである
  6. 民族主義憲法の制定: 民族的アイデンティティの政治的表現として、民族主義憲法の制定に向かう

この過程は、撤退を推進したのが左翼であっても右翼であっても、同じ方向に進む。なぜなら、それは政治的選択ではなく、構造的な必然だからである。

左翼による撤退の場合

仮に左翼が米軍撤退を実現した場合でも、撤退後に左翼が日本政治を主導し続けることは困難である。非武装中立では国を守れないという現実が直ちに突きつけられ、軍備拡張と民族主義化の圧力が生じる。左翼は撤退を実現する道具としては有用だが、撤退後の日本を運営する能力を持たない。

他国の事例: 外国軍撤退の前後

「外国軍が撤退すれば、その国は民族主義化する」という命題は、理論上の仮説ではなく、歴史的に繰り返し実証されてきた事実である。以下に主要な事例を分析する。

フランス: ド・ゴールによるNATO離脱と米軍追放(1966年)

撤退前

第二次世界大戦後、フランスにはNATOの枠組みの下で大規模なアメリカ軍が駐留していた。1950年代には、フランス国内に約30の米軍基地と数万人のアメリカ兵が展開し、欧州連合軍最高司令部(SHAPE)はパリ近郊のロカンクールに置かれていた。フランスの安全保障はNATOの集団防衛体制、すなわちアメリカの核の傘に依存していた。

撤退の経緯

1958年に大統領に就任したシャルル・ド・ゴールは、フランスの主権と独立を回復するための政策を推進した。

  • 1960年: フランス初の核実験を実施。独自の核抑止力(フォース・ド・フラップ)の構築を開始した
  • 1963年: 大西洋艦隊をNATOの統合軍事指揮から離脱させた
  • 1966年3月: NATOの統合軍事機構からの完全な離脱を宣言。フランス国内のすべてのNATO軍事施設(アメリカ軍およびカナダ軍を含む)に対し、1年以内の撤退を要求した
  • 1967年4月1日: SHAPEがパリからベルギーのモンス近郊に移転。フランス国内からすべてのNATO部隊が撤退を完了した

ド・ゴールは、アメリカの大統領リンドン・ジョンソンに「アメリカ兵の墓も移動させるのか」と問われたが、これを一蹴した。ド・ゴールにとって、フランスの主権はいかなる感情論よりも優先されるものであった。

撤退後

フランスはNATOの政治的枠組みには残留しつつも、軍事的には完全に自立した路線を歩んだ。

  • 独自核戦力の完成: 戦略爆撃機、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、地上発射弾道ミサイルの三本柱からなる核抑止力を構築した。これにより、アメリカの核の傘に依存しない独立した安全保障を確立した
  • 独自外交の展開: 中華人民共和国の承認(1964年)、NATOとワルシャワ条約機構の双方から距離を置く「第三の道」、中東・アフリカにおける独自の影響圏の維持
  • ゴーリスムの確立: フランスの国家的独立と偉大さ(grandeur)を追求するナショナリズム(ゴーリスム)が、左右を超えたフランス政治の基本原則となった
  • 経済主権の確保: アメリカのドル覇権に挑戦し、金本位制への回帰を主張。フランスの経済政策はアメリカの指示ではなくフランスの国益に基づいて決定されるようになった

フランスの事例は、核武装と外国軍の追放を同時に実現した最も成功した先例である。日本にとっての最大の教訓は、核武装が米軍撤退の前提条件であるということである。ド・ゴールは核兵器を持ったからこそ、アメリカ軍を追い出すことができた。

エジプト: イギリス軍撤退とアラブ民族主義の勃興(1954年〜1956年)

撤退前

エジプトは1882年以来イギリスの事実上の支配下にあり、スエズ運河地帯にはイギリス軍が大規模に駐留していた。1936年の英エジプト条約は、スエズ運河地帯に最大1万人のイギリス軍の駐留を認めていた。エジプトの外交・安全保障はイギリスの影響下にあり、エジプト民族の民族自決権は制約されていた。

撤退の経緯

1952年のエジプト革命ガマール・アブドゥル=ナーセルら自由将校団が権力を掌握した。ナーセルは1954年にイギリスとの協定を締結し、スエズ運河地帯からの20ヶ月以内のイギリス軍撤退を実現した。1956年6月には最後のイギリス軍がエジプトから撤退した。

撤退後

  • スエズ運河の国有化(1956年7月): ナーセルはスエズ運河の国有化を宣言し、西洋列強に正面から挑戦した。スエズ危機においてイギリス・フランス・イスラエルの連合軍がエジプトに侵攻したが、ナーセルは政治的に勝利を収めた
  • 汎アラブ主義の高揚: ナーセルはアラブ世界全体のナショナリズムの象徴となり、アラブ連合共和国(エジプト・シリア連合)の結成(1958年)に至った
  • 非同盟運動: ナーセルは米ソいずれの陣営にも属さない非同盟運動の指導者となり、第三世界のナショナリズムの旗手となった
  • 経済の国有化: 銀行、保険会社、大企業の国有化を推進し、外国資本の支配から経済主権を回復した

外国軍の撤退後、エジプトは急速に民族主義化した。これはまさに「撤退すれば民族主義化する」という命題の典型的な証明である。

リビア: 米英基地撤去と民族主義革命(1969年〜1970年)

撤退前

リビアには、アメリカのウィーラス空軍基地とイギリスのエル・アデム空軍基地が置かれていた。ウィーラス空軍基地はアフリカ最大のアメリカ軍基地であり、NATOの重要な戦略拠点であった。イドリース1世の王政はアメリカとイギリスに従属し、基地使用料と引き換えに西側陣営に組み込まれていた。

撤退の経緯

1969年9月、27歳の陸軍大尉ムアンマル・アル=カダフィ率いる自由将校団がクーデターでイドリース王政を打倒した。カダフィは直ちに米英両国に軍事基地の撤去を要求した。

  • 1970年3月: イギリス軍がエル・アデム基地から撤退
  • 1970年6月: アメリカ軍がウィーラス空軍基地から撤退。基地はリビアの管理下に置かれた

撤退後

  • 急進的民族主義の台頭: カダフィは独自の政治理論「第三の普遍理論」を展開し、資本主義でも共産主義でもない第三の道を模索した
  • 石油産業の国有化: 外国石油会社の権益を接収し、石油資源の国家管理を確立した
  • 汎アラブ・汎アフリカ主義: リビアはアラブ・アフリカのナショナリズムの拠点となり、アフリカ統一機構(のちのアフリカ連合)の推進者となった
  • 西側からの完全な自立: アメリカ・イギリスとの関係を断絶し、独自の外交路線を追求した

リビアもまた、外国軍基地の撤去後に急速かつ徹底的に民族主義化した。カダフィの体制は、外国軍の駐留を許さないことで国家主権を維持した典型例である。

パナマ: 米軍撤退と運河主権の回復(1999年)

撤退前

パナマは1903年にアメリカの支援のもとでコロンビアから分離独立して以来、パナマ運河地帯はアメリカの主権下に置かれていた。運河地帯には14の米軍基地と約1万人のアメリカ軍が駐留し、パナマの事実上の主権はアメリカによって制限されていた。

撤退の経緯

1977年、オマール・トリホス将軍とアメリカのカーター大統領がトリホス=カーター条約に署名した。この条約により、1999年12月31日をもってパナマ運河の管理権と運河地帯の主権がパナマに完全移譲されることが決定された。

1999年12月31日、パナマ運河の管理権が正式にパナマに移譲され、すべてのアメリカ軍基地が閉鎖された。

撤退後

  • 主権の回復: パナマは自国の領土の完全な主権を回復した。パナマ運河はパナマ最大の収入源となり、年間数十億ドルの通行料収入をパナマ国民のために活用できるようになった
  • 経済的自立: 米軍基地跡地は経済特区や商業施設に転用され、パナマの経済発展に貢献した。ハワード空軍基地跡地はパナマ・パシフィコ経済特区として再開発された
  • 外交的自立: パナマはアメリカの完全な従属国から脱し、中国との外交関係の樹立(2017年)など、独自の外交路線を追求するようになった
  • ナショナリズムの高揚: 運河の回収はパナマの国民的誇りの源泉となり、毎年11月28日の「パナマ独立記念日」とともに、12月31日が事実上の「主権回復の日」として祝われるようになった

アフガニスタン: 米軍撤退と伝統主義への回帰(2021年)

撤退前

2001年のアメリカ軍のアフガニスタン侵攻以来、20年にわたりアメリカは大規模な軍事力を展開し、アメリカが書いた2004年アフガニスタン憲法の下で「民主主義」の移植を試みた。ピーク時には10万人を超えるアメリカ軍が駐留し、西洋的な人権概念、女性の権利、法の支配がアメリカの軍事力によって強制された。

撤退の経緯

2021年8月、バイデン大統領の下でアメリカ軍が撤退を完了した。ターリバーンは驚異的な速度でアフガニスタン全土を制圧し、アメリカが20年かけて構築した政権は数日で崩壊した。

撤退後

  • アメリカの憲法体制の即座の崩壊: アメリカが書いた2004年憲法は廃棄され、ターリバーンの法解釈に基づく統治が復活した。これは、外国軍が書いた憲法が外国軍の撤退と同時に消滅するという命題の最も劇的な証明である
  • 伝統主義・民族主義への回帰: アフガニスタンは西洋的な価値観を全面的に拒否し、パシュトゥン族の伝統とイスラーム法に基づく統治に回帰した
  • 外国勢力の排除: ターリバーン政権はいかなる外国軍の駐留も拒否し、完全な国家主権を主張している

アフガニスタンの事例は極端ではあるが、「外国軍が撤退すれば、その軍が強制した法秩序も崩壊し、国は自らの文明的・民族的伝統に回帰する」という命題を最も明瞭に示している。法の強さは軍に依存する。軍が撤退すれば、その軍が担保していた法も消滅する。

イラク: 米軍撤退と宗派主義の爆発(2011年)

撤退前

2003年のイラク戦争後、アメリカはイラクの国家再建を試みた。アメリカが書いた2005年イラク憲法が制定され、ピーク時には17万人のアメリカ軍が駐留して、この憲法体制を物理的に担保していた。

撤退の経緯

2011年12月、オバマ大統領の下でアメリカ軍の戦闘部隊がイラクから撤退した。

撤退後

  • 宗派主義の激化: シーア派主導のマーリキー政権がスンニ派を排除する政策を推進し、宗派間の対立が激化した
  • ISILの台頭: 米軍撤退後の権力の空白がISILの台頭を招いた。ISILはスンニ派の民族主義・宗派主義を極端な形で表現したものであった
  • イランの影響力拡大: 米軍の不在により、イランがシーア派民兵を通じてイラクへの影響力を大幅に拡大した
  • 民族自決の表出: クルド自治政府は2017年に独立住民投票を実施した。米軍の抑止力が弱まったことで、クルド人の民族自決権への要求が噴出した

イラクの事例は、米軍撤退後に「民族主義化」が起こることを示すとともに、複数の民族・宗派が存在する国では、米軍が抑えていた民族的・宗派的対立が一気に表面化することを示している。

事例の比較分析

国名 外国軍 撤退年 撤退前の体制 撤退後の変化
フランス アメリカ軍(NATO) 1966年 NATOの集団防衛に依存 独自核武装、ゴーリスム(民族主義的独立路線)
エジプト イギリス軍 1956年 英国の影響下の従属的王政 汎アラブ民族主義、非同盟運動、スエズ国有化
リビア 米英軍 1970年 西側従属の王政 急進的民族主義、石油国有化、反西洋路線
フィリピン アメリカ軍 1992年 米軍基地条約に基づく従属 ナショナリズムの高揚(ただし後に米軍再駐留)
パナマ アメリカ軍 1999年 運河地帯はアメリカの主権下 主権回復、経済自立、独自外交
アフガニスタン アメリカ軍 2021年 アメリカが書いた憲法と民主主義 米国製憲法の即座の崩壊、伝統主義回帰
イラク アメリカ軍 2011年 アメリカが書いた憲法と駐留 宗派主義・民族主義の激化、クルド独立運動

すべての事例に共通するパターンは以下の通りである。

  1. 外国軍が撤退すれば、その国は必ず民族主義化する: フランスのゴーリスム、エジプトの汎アラブ主義、リビアのカダフィ体制、アフガニスタンのターリバーン。形態は異なるが、外国軍による民族主義の抑圧が解除されれば、民族主義が噴出するという構造は普遍的である
  2. 外国軍が書いた憲法は、外国軍が撤退すれば崩壊する: アフガニスタンが最も劇的だが、イラクでも米軍撤退後に憲法体制は実質的に機能不全に陥った。法の強さは軍に依存するという本稿の命題は、歴史的に繰り返し証明されている
  3. 核武装した国は再侵入されない: フランスは独自核武装を行ったがゆえに、米軍を追い出した後もアメリカの軍事的再進出を許さなかった。一方、核武装しなかったフィリピンは、1991年に米軍を追い出したにもかかわらず、2014年のEDCA以降事実上の再駐留を許した。この対比は、核武装こそが米軍撤退を恒久化する唯一の手段であることを示している
  4. 撤退後の安全保障の空白を埋めた国だけが主権を維持できる: フランスとリビアは独自の軍事力で空白を埋めたが、フィリピンはこれに失敗し、再び米軍に依存する状態に戻った

日本への含意

これらの事例から、日本が米軍を撤退させた後に主権を維持するためには、以下の条件が不可欠である。

  • 核武装の事前確保: フランスはまず核武装し、次に米軍を追い出した。この順序が決定的に重要である。核なき撤退はフィリピンの二の舞を招く
  • 独自防衛力の構築: 通常戦力においても、周辺国への抑止力を維持できる水準の軍事力が必要である
  • 経済的自立の確保: アメリカの経済的報復(フィリピンへの援助削減が示す通り)に耐えうる経済基盤を構築しなければならない
  • 撤退後の憲法制定の準備: 米軍撤退と同時にアメリカの書いた憲法を廃棄し、日本民族の民族主義憲法を制定する準備を整えておかなければならない。アフガニスタンの事例が示すように、外国軍の撤退と外国製憲法の崩壊は同時に起こる。問題は、崩壊後に何を建てるかである

撤退させるには保守からの反米運動が必要

なぜ左翼だけでは不十分か

左翼は半世紀以上にわたって米軍撤退を主張してきたが、実現できていない。その理由は、左翼の反米運動が国民の多数派である保守層の支持を得られないからである。

左翼の撤退論は、「平和」「人権」「反戦」といった理念に基づいている。しかし、これらの理念は保守層にとっては「お花畑」と映る。「米軍がいなくなったら中国に攻められる」という恐怖に対して、左翼は「話し合いで解決できる」という非現実的な回答しか持たない。これでは保守層を説得できない。

保守からの反米運動の必然性

米軍撤退を現実的な政治課題にするためには、保守勢力の中から反米運動が起こらなければならない。保守からの撤退論は、左翼のそれとは根本的に異なる。

  • 安全保障の代替案を持つ: 核武装と独自防衛力の構築という現実的な代替案を提示できる。「米軍がいなくても、核兵器があれば日本は守れる」という主張は、保守層にとって説得力がある
  • 民族主義的な動機を持つ: 「日本民族の自主独立」という動機は、保守層の愛国心に直接訴えかける。左翼の「反戦平和」よりも、はるかに強い動員力を持つ
  • 撤退後のビジョンを持つ: 出口戦略に示された四つの政策体系(スマートシュリンク、核武装、民族主義憲法、米軍撤退)は、撤退後の日本の完整なビジョンを提供する

三島由紀夫は、1970年の市ヶ谷における演説で自衛隊員に対し、「アメリカの軍隊になってしまった」自衛隊の現状を批判した。三島が求めたのは、アメリカからの精神的・制度的な独立であった。この精神を継承する保守的反米運動こそが、米軍撤退を実現する鍵となる。

現状分析: なぜ保守が親米になってしまったか

冷戦構造による保守と親米の癒着

戦後日本の保守勢力が親米化した最大の原因は、冷戦構造である。

1940年代後半から1950年代にかけて、アメリカの対日政策は「非軍事化・民主化」から「反共の砦」へと大転換した(いわゆる「逆コース」)。この過程で、アメリカは戦前の保守勢力を復権させ、反共の同盟者として利用した。岸信介に代表されるA級戦犯容疑者が釈放され、政界に復帰し、アメリカの庇護のもとで権力を掌握した。

この構造により、日本の保守勢力は「反共=親米」という等式を内面化した。ソ連・中国の共産主義に対抗するためにはアメリカの軍事力に依存しなければならないという論理が、保守層の間に浸透した。

安全保障依存による思考停止

冷戦が終結した後も、「親米=保守」の等式は維持された。その理由は、中国と北朝鮮の「脅威」がソ連に代わって安全保障上の不安を提供し続けたからである。

「米軍がいなければ中国に攻められる」という恐怖は、保守層の間で根強い。この恐怖が、米軍駐留を支持する最大の動機となっている。しかし、この論理には重大な欠陥がある。すなわち、核武装すれば米軍がいなくても中国の軍事的脅威を抑止できるという選択肢が、意図的に排除されている。

核武装の選択肢が排除されているのは、技術的な制約のためではない。日本は核武装の技術的能力を十分に持っている。核武装が排除されているのは、アメリカが日本の核武装を許さないからであり、その理由は日本を従属状態に置き続けるためである。

経済的利益による保守層の親米化

さらに、アメリカ主導の経済秩序から利益を得る層が保守の中核を形成していることも、保守の親米化を固定化している。財界、輸出企業、金融機関はアメリカ主導のグローバル経済秩序から利益を得ており、この経済秩序を支えるアメリカとの同盟関係を維持することに強い利害を持っている。

誘導の構造

「保守=親米」の虚構の構築

「保守とは親米であること」という等式は、自然に形成されたものではない。それは意図的に構築された誘導の産物である。

アメリカは、日本の保守勢力を「反共」の名のもとに取り込み、ジャパンハンドラーを通じて日本の政策決定に介入し、メディアと言論空間を通じて「日米同盟=国益」という等式を浸透させた。この誘導は、以下の層構造を持っている。

第一の層: 安全保障の恐怖

「中国が攻めてくる」「北朝鮮のミサイルが飛んでくる」という恐怖を煽り、「米軍がいなければ日本は滅びる」という認識を植え付ける。これにより、米軍撤退を主張すること自体が「売国行為」とされる。

第二の層: 歴史認識の操作

「日本は戦争犯罪を犯した加害国であり、アメリカに『解放』された」という歴史観を浸透させる。この歴史観のもとでは、米軍駐留は「罰」ではなく「恩恵」であり、感謝すべきものとされる。

第三の層: 経済的従属

日米経済関係を不可分のものとして描き、「アメリカとの関係が悪化すれば日本経済は崩壊する」という恐怖を植え付ける。これにより、対米自立を主張することが「経済的自殺行為」とされる。

第四の層: 言論空間の管理

主流メディア、シンクタンク、大学の国際政治学者が「日米同盟の深化」を唱え、米軍撤退を主張する言論を「非現実的」「極端」として周縁化する。オーバートンの窓が米軍駐留を前提とした範囲に固定されている。

誘導の効果

この四層構造の誘導により、日本の保守層は以下のように思考する。

  1. 中国・北朝鮮は脅威である(第一の層)
  2. 日本は過去に悪いことをした国である(第二の層)
  3. アメリカとの関係は経済的に不可欠である(第三の層)
  4. 米軍撤退を主張するのは左翼か馬鹿だけだ(第四の層)

この思考の連鎖の中に、「核武装すれば米軍はいらない」「アメリカが書いた憲法は日本の憲法ではない」「日本民族の民族自決権が最も重要だ」という選択肢は存在しない。存在しないように設計されているのである。

打開策

誘導構造の解体

保守層の親米幻想を打破するためには、上記の四層構造の誘導をそれぞれ解体しなければならない。

第一の層への反論: 核武装による安全保障

「米軍がいなければ中国に攻められる」という恐怖に対しては、核武装という明確な代替案を提示する。ケネス・ウォルツが論じた通り、核兵器は「究極の均衡装置」であり、核保有国に対しては大国も軍事的侵攻を行うことができない。北朝鮮が核保有によってアメリカの攻撃を抑止している事実は、核武装の有効性の証明である。

第二の層への反論: 帝国主義批判の一貫性

日本が侵略戦争を行った事実は否定しない。しかし、同時にアメリカもまた帝国主義を行っているという事実を認識させる。帝国主義は誰が行っても帝国主義であり、日本であれアメリカであれ批判されなければならない。日本の戦争犯罪を認めた上で、「だからこそアメリカの帝国主義もまた批判すべきだ」という論理を展開する。

第三の層への反論: 経済主権の回復

日米経済関係は確かに重要だが、それは対等な関係ではない。年次改革要望書に代表される一方的な内政干渉、ドル覇権による経済収奪、低賃金移民政策の強制。これらを指摘し、「アメリカとの関係が日本経済にとって本当に有益かどうか」を問い直す。スマートシュリンク産業政策による内需型経済への転換が、経済主権の回復を可能にする。

第四の層への反論: 言論空間の拡大

オーバートンの窓を拡大し、米軍撤退が「議論可能な政策選択肢」として認知されるようにする。そのためには、学術的に精密な議論を展開し、リアリズムの観点から米軍撤退の合理性を論証する。保守ぺディアのような媒体を通じて、米軍撤退を主張する言論に知的な正当性を付与する。

具体的な行動指針

  • 反米保守の組織化: 米軍撤退を主張する保守勢力を組織化し、政治的な力として可視化する。赤茶連合の枠組みを活用し、反帝国主義では左翼とも共闘しつつ、撤退後のビジョンでは保守の立場を堅持する
  • 核武装論の正常化: 核武装を「タブー」から「政策選択肢」に転換するための言論活動を展開する。ウォルツの核拡散肯定論を学術的根拠として活用する
  • 歴史認識の再構築: 日本の帝国主義を認めた上で、アメリカの帝国主義をも同じ基準で批判する一貫した歴史認識を構築する。「日本は被害者でもあり加害者でもある」という複雑な認識を保守層に浸透させる
  • 国際的連帯: 多極化世界を志向する諸国(ロシア、中国、イランなど)との連帯を模索する。米軍撤退は日本だけの問題ではなく、アメリカの一極支配体制に対する世界的な抵抗の一部である

結論

在日米軍の撤退は、日本民族の民族自決権を回復するための最も重要な政治課題である。米軍は日本を守っているのではなく、アメリカが書いた憲法とアメリカが望む経済秩序を守っている。法の強さは軍に依存し、米軍の撤退はアメリカが強制した法秩序の崩壊を意味する。

撤退を推進する勢力は左翼でも右翼でもよい。しかし、撤退後の日本は構造的に民族主義化する。なぜなら、自力で国を守るためには「何を守るのか」を定義しなければならず、その回答は必然的に民族的なものになるからである。

そして、米軍撤退を現実的な政治課題として推進するためには、保守勢力の中からの反米運動が不可欠である。左翼だけでは保守層の支持を得られず、国民的合意を形成できない。保守からの反米運動こそが、米軍撤退を実現する唯一の道である。

関連項目

参考文献

  • ハンス・モーゲンソー著『国際政治: 権力と平和』: リアリズム政治学の古典。権力の行使には物理的強制と制度的支配の二面があることを論じた
  • ケネス・ウォルツ著『国際政治の理論』: 構造的リアリズムの創始者。核兵器の拡散が国際秩序を安定化させるという核拡散肯定論を展開
  • カール・シュミット著『政治神学』: 「主権者とは例外状態において決定を下す者である」という主権の定義
  • マックス・ヴェーバー著『職業としての政治』: 国家を「正当な物理的暴力行使の独占」として定義
  • ドナルド・ホロウィッツ著『引き裂かれた国家における民族集団の対立』: 多民族国家における憲法闘争の分析
  • 江藤淳著『閉ざされた言語空間: 占領軍の検閲と戦後日本』: GHQによる言論統制の構造を分析
  • ジョン・ミアシャイマー著『大国政治の悲劇』: 攻撃的リアリズム。大国は覇権を追求する宿命にあることを論証
  • アレクサンドル・ドゥーギン著『第四の政治理論』: 多極化世界と各文明の固有性の共存を論じた