帝国主義

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帝国主義

概要

帝国主義(Imperialism)とは、ある国家が軍事力、経済力、文化的影響力を用いて他の民族・国家を支配し、従属させる政治体制および政策である。帝国主義の本質は、被支配民族の民族自決権を剥奪し、国家主権を解体し、民族的アイデンティティそのものを消滅させることにある。

帝国主義は歴史上、さまざまな形態をとってきた。大英帝国の植民地支配、スペイン帝国による新大陸征服、ローマ帝国の属州統治など、表面上の形態は異なるが、その構造と手法には驚くべき一貫性が存在する。そして今日、帝国主義を最も洗練された形で遂行しているのがアメリカ帝国である。

日本は現在、このアメリカ帝国主義の直接的な被害者だ。偽日本国憲法憲法侵略の産物であり、在日米軍基地は軍事占領の継続であり、年次改革要望書は内政干渉の制度化であり、低賃金移民政策人口侵略の手段である。帝国主義を「過去の歴史」として語る者は、今まさに日本の上に座っている帝国を見ていない。

本記事は、帝国主義の経済的構造(市場化されていないものの市場化)、政治的構造(植民地支配の五段階)、イデオロギー的構造(「文明化」「民主化」の修辞)を分析し、アメリカ帝国主義の正体を暴く。同時に、日本自身が行った帝国主義の歴史を直視し、帝国主義批判の論理的一貫性を維持する。帝国主義は誰が行っても帝国主義であり、日本であれアメリカであれ批判されなければならない。

アメリカの思想家N.S. ライオンズは、著書『Upheaval』およびアメリカのシンクタンクIntercollegiate Studies Instituteにおける講演において、帝国による植民地支配の普遍的構造を明らかにした。ライオンズの分析は、帝国主義がいかに体系的に民族国家を解体するかを鮮明に描き出している。

帝国主義の経済的本質:市場化されていないものの市場化

帝国主義の政治的・軍事的側面はしばしば論じられるが、その経済的本質を理解しなければ、帝国主義がなぜ繰り返し発生するのかを説明することはできない。帝国主義とは、国家の外部に存在する「市場化されていない社会関係・資源・生活」を資本主義的市場へ組み込み、利潤の対象に変える過程である。

マルクスの本源的蓄積:市場化の暴力的起源

帝国主義的市場化の理論的出発点は、カール・マルクスが『資本論』第1巻(1867年)で論じた本源的蓄積(ursprüngliche Akkumulation)の概念にある。

マルクスは問うた。資本主義が成立するためには、「資本を持つ者」と「労働力を売るしかない者」の分離が前提となる。では、その分離はどのようにして生じたのか。アダム・スミス以来の古典派経済学は、「勤勉な者が資本を蓄え、怠惰な者が貧しくなった」という牧歌的な説明を提示した。マルクスはこれを痛烈に批判した。

本源的蓄積の実態は、暴力による収奪であった。イギリスにおけるエンクロージャー(囲い込み)運動は、共有地で自給的に生活していた農民を土地から暴力的に追放し、土地を私有財産に変えた。土地を奪われた農民は賃労働者として市場に投げ出された。修道院の解散(1530年代)は教会の土地を没収し市場に放出した。血の立法は、浮浪者となった元農民を鞭打ちや焼印で罰し、強制的に賃労働に従事させた。

マルクスが明らかにしたのは、資本主義は自然に発生したのではなく、暴力によって作り出されたという事実である。市場化されていなかった土地、労働、生活を暴力的に市場化することによって、資本主義は誕生した。そしてこの暴力的な市場化の過程は、国内で完了した後、国外に向かって再現される。これが帝国主義である。

本源的蓄積は植民地においてさらに苛烈な形態をとった。マルクスは、スペインによる新大陸征服における先住民の虐殺と金銀の略奪、アフリカからの奴隷貿易オランダ東インド会社による東南アジアの搾取を、ヨーロッパにおける資本蓄積の前提条件として位置づけた。ヨーロッパの産業資本は、植民地での暴力的収奪によって蓄積された資本を原資として成立したのである。

資本主義の構造的限界と過剰蓄積

本源的蓄積によって成立した資本主義は、利潤を出し続けなければ維持できないシステムである。投資先が常に必要であり、労働力・資源・需要を拡張し続けなければならない。しかし、国内市場だけではやがて限界に達する。

  • 市場の飽和: 国内の消費者に行き渡った商品はもはや新たな利潤を生まない
  • 労働者の購買力の限界: 搾取の構造により、労働者は自らが生産した商品のすべてを購入する力を持たない。資本家は労働者に支払った賃金以上の価値を商品として回収しなければ利潤を得られないが、すべての労働者が同様に搾取されている以上、国内の労働者だけでは生産物の全体を吸収できない。利潤を実現するためには外部の需要が必要になる
  • 過剰資本の発生: 国内に有利な投資先が不足し、資本が行き場を失う。利潤率の傾向的低下により、国内での投資収益率は長期的に低下する。過剰となった資本は、より高い利潤率を求めて国外へ向かう
  • 過剰生産恐慌: 資本家は競争に駆られて生産を拡大するが、労働者の購買力は追いつかない。その結果、周期的に過剰生産恐慌が発生する。恐慌は資本の破壊を通じて一時的に問題を解消するが、根本的な構造は変わらない。恐慌を回避し利潤を維持するためにも、外部市場の獲得が不可欠となる

レーニンの帝国主義論:金融資本と資本輸出

レーニンは『帝国主義論』(1917年)において、19世紀末から20世紀初頭の資本主義が質的に新しい段階に移行したことを論じた。レーニンが抽出した帝国主義の五つの特徴は以下の通りである。

  1. 生産と資本の集積が独占を生む: 自由競争は巨大企業の独占へと転化する。カルテルトラストが経済の支配的形態となる
  2. 銀行資本と産業資本が融合し「金融資本」が成立する: 金融資本は産業を支配し、「金融寡頭制」が形成される
  3. 商品の輸出と区別される「資本の輸出」が重要になる: 過剰資本は商品としてではなく、資本そのもの(投資・融資)として輸出される。利潤率の低い先進国から、利潤率の高い後進国へと資本が流れる
  4. 国際的な独占体が世界を分割する: 巨大企業が国際カルテルを形成し、世界市場を分割支配する
  5. 列強による領土的な世界分割が完了する: 地球上のすべての土地が列強の支配下に入り、再分割をめぐる戦争が不可避となる

レーニンの帝国主義論の核心は、帝国主義が資本主義の偶発的な政策ではなく、独占資本主義という構造から必然的に生じる現象であるという点にある。金融資本は国内で過剰となった資本を輸出し、後進国の安価な労働力と原料を利用して利潤を最大化する。資本輸出とは、市場化されていない領域を資本主義的生産関係に強制的に組み込む行為にほかならない。

レーニンの分析は、現代のアメリカ帝国の行動をも説明する。ウォール街の金融資本は、世界中に資本を輸出し、年次改革要望書や国際金融機関を通じて各国に民営化と市場開放を強制する。ドル覇権は、アメリカの金融資本が世界を支配する通貨的基盤である。レーニンが論じた金融資本による世界支配は、100年後の今日、より洗練された形態で継続している。

外部の市場化:三つの対象

資本主義が国内で行き詰まったとき、国家の外部に利潤の源泉を見出す。その対象は大きく三つに分類される。

第一の対象:自給的社会の市場化

村落共同体、自給農業、贈与経済共有地など、商品経済に組み込まれていない社会は、資本主義にとって「未開拓の利潤源」である。帝国主義はこれらの社会に対して、土地の私有化、現金税の導入、強制的な賃労働化、商品作物の生産を押し付ける。その結果、生活を市場に依存させるように変える。自給自足で生きていた人々は、貨幣を稼がなければ生存できない存在へと変容させられる。

カール・ポランニーが『大転換』で論じたエンクロージャー(囲い込み)は、まさにこの過程の典型である。イギリスにおいて農民は共有地から追放され、土地は私有財産として商品化され、農民は賃労働者として市場に投げ出された。ポランニーが明らかにした通り、土地・人間(労働)・貨幣は本来、商品ではない。これらを「擬制的商品」(fictitious commodities)として扱う行為こそが、資本主義的市場化の暴力性の核心にある。

イギリスによるインドの市場化は、自給的社会の破壊の典型例である。インドは18世紀まで世界最大の綿織物生産地であり、インドの手織り綿布は品質と価格の両面でイギリス製品を凌駕していた。東インド会社とイギリス政府は、この状況を逆転させるために体系的な政策を遂行した。インドの完成品(綿織物)の輸入には高関税を課し、インドからの原綿の輸出は無税とした。インドの職人は生計を絶たれ、自給的な手工業経済は破壊された。1770年のベンガル大飢饉は東インド会社の苛酷な徴税が引き起こしたものであり、推定1000万人が死亡した。インドは原料供給地とイギリス工業製品の市場へと強制的に転換された。かつて自給的に繁栄していた社会が、イギリス資本主義の利潤のために市場化されたのである。

第二の対象:未商品化の資源の市場化

鉱物、土地、森林、水資源、労働力など、まだ商品として価格が付けられていないものも帝国主義の標的となる。帝国は採掘権・所有権・契約制度を導入し、それらに価格を付け、世界市場へ組み込む。植民地における資源収奪は、この市場化の最も露骨な形態であった。

アフリカの分割は、未商品化の資源を市場化する帝国主義の典型である。1884-1885年のベルリン会議において、ヨーロッパ列強はアフリカ大陸を地図上で分割した。アフリカの民族・部族の境界は完全に無視され、直線的な国境が引かれた。この分割の目的は、アフリカの土地・鉱物・森林・人間そのものを、ヨーロッパの資本主義的市場に組み込むことにあった。

コンゴ自由国(1885-1908年)は、この資源の市場化が到達した最も残虐な極致を示す。ベルギー王レオポルド2世の私有植民地として運営されたコンゴでは、ゴムと象牙の採取が強制され、ノルマを達成できない住民は手を切り落とされた。推定1000万人が死亡したとされる。コンゴの森林とゴムは、それまで現地住民の生活の一部であった。帝国主義はそれに「価格」を付け、世界市場へ組み込み、その過程で住民を奴隷的労働力として「商品化」した。

第三の対象:非資本主義的生活様式そのものの市場化

共同体の相互扶助、生活の自給性、慣習的権利など、貨幣を通さない関係そのものが市場化の対象となる。帝国主義は、これらの非貨幣的関係を貨幣関係へと変換する。かつて共同体の中で無償で行われていた営みが、商品として売買されるようになる。

この過程は、単なる経済的変化にとどまらない。共同体内部で贈与や互酬によって維持されていた人間関係が、貨幣による売買関係に置き換えられるとき、ゲマインシャフト(共同体)そのものが解体される。テンニースが論じた通り、ゲマインシャフトは血縁・地縁・精神的紐帯に基づく有機的な結合であり、貨幣関係とは本質的に相容れない。市場化とは、ゲマインシャフトをゲゼルシャフトに変換する行為にほかならない。

アヘン戦争(1840-1842年、1856-1860年)は、非資本主義的な社会秩序そのものの市場化を軍事力で強制した事例である。清朝中国は、ヨーロッパとの貿易を広州一港に限定し、自給的な経済秩序を維持していた。中国は銀で代金を受け取り、ヨーロッパの工業製品をほとんど必要としなかった。この「市場化されていない巨大な人口」は、イギリス資本主義にとって耐え難い存在であった。イギリスはアヘンを密輸して銀を回収し、清がアヘンを禁止すると軍事力で市場の「開放」を強制した。南京条約(1842年)によって五港が開港され、天津条約(1858年)によってさらなる市場開放と内地通商権が強制された。中国の自給的秩序は、イギリスの砲艦によって強制的に市場化された

帝国主義的市場化の歴史的展開

帝国主義的市場化は、歴史上、以下のような段階を経て展開されてきた。

時期 主な形態 市場化の対象 具体例
16-18世紀(重商主義期) 征服・略奪・奴隷貿易 金銀・香辛料・人間(奴隷) スペインの新大陸征服、大西洋奴隷貿易、オランダ東インド会社
18-19世紀前半(産業革命期) 市場の強制的開放・不平等条約 原料供給地・商品市場 イギリスのインド支配、アヘン戦争、日本の開国
19世紀後半(古典的帝国主義期) 領土分割・植民地化・資本輸出 土地・鉱物・労働力・金融市場 アフリカ分割、レーニンの論じた金融資本の世界進出
20世紀前半(二度の世界大戦) 世界の再分割をめぐる戦争 市場圏・資源圏の再配分 第一次・第二次世界大戦
20世紀後半(冷戦期) 構造調整・開発援助・軍事同盟 公共部門・農業・金融制度 IMF・世界銀行の構造調整プログラム、年次改革要望書
21世紀(新自由主義的帝国主義) 民営化・知的財産権・データ資本化 公共資産・知識・個人データ・遺伝子 TPP/TTIP、GAFA、バイオパイラシー

ローザ・ルクセンブルクの分析:資本主義と「外部」

ローザ・ルクセンブルクは『資本蓄積論』(1913年)において、レーニンとは異なる視角から帝国主義の必然性を論じた。ルクセンブルクの核心的な命題は、資本主義は非資本主義的な「外部」を食べながらしか生きられないというものである。

ルクセンブルクの出発点は、マルクスの『資本論』第2巻における「再生産表式」の問題であった。マルクスは、資本主義経済が拡大再生産を行うためには、前期に生産された剰余価値が実現(すなわち商品が販売されて貨幣に転換)されなければならないことを示した。しかしルクセンブルクは、資本主義体制の内部だけではこの実現が構造的に不可能であることを論証した。

なぜか。資本家階級全体が利潤を得るためには、労働者に支払った賃金の総額を超える金額で商品を販売しなければならない。しかし、労働者階級は賃金以上の支出はできない。資本家階級が互いに売り買いしても、それは剰余価値を移転しているだけで新たに実現しているのではない。では、誰が剰余価値に対応する商品を買うのか。ルクセンブルクの答えは、「非資本主義的環境」である。

  • 非資本主義的市場: 自給的農業社会、植民地の住民、資本主義に完全には組み込まれていない共同体が、資本主義的商品の買い手となる
  • 非資本主義的生産手段の供給源: 資本主義は、非資本主義的環境から安価な原料(土地、鉱物、農産物)を獲得する
  • 非資本主義的労働力の供給源: 共同体から引き離された人々が、安価な賃労働者として資本主義に供給される

ルクセンブルクは具体的な歴史事例を詳細に分析した。イギリスによるインドの綿織物産業の破壊、フランスによるアルジェリアの部族的土地所有の解体、アメリカの西部開拓における先住民の土地の収奪。これらはすべて、非資本主義的社会を資本主義的市場に強制的に組み込む過程であった。

ルクセンブルクの分析から導かれる最も重要な帰結は、帝国主義は資本主義にとって外在的な政策選択ではなく、資本蓄積の内在的な必然であるという点である。資本主義は「外部」なしには拡大再生産を継続できない。しかし、「外部」を取り込むたびに非資本主義的領域は縮小する。非資本主義的外部が枯渇したとき、資本主義は自己崩壊する。地球上に市場化されていない領域がなくなったとき、資本主義は自らの墓穴を掘り終えることになる。

この命題は日本の現状を鮮明に説明する。日本はすでに高度に資本主義化された社会であるが、アメリカ資本にとってはまだ「外部」が残っていた。郵便貯金350兆円は国民の共有資産であり「市場化されていない」資本であった。国民皆保険制度は医療を「商品」ではなく「権利」として維持する仕組みであった。農協は農民の共同体的組織であった。アメリカは年次改革要望書を通じて、これらの「まだ市場でないもの」を一つずつ市場化するよう要求してきた。日本はルクセンブルクの言う「非資本主義的外部」として、アメリカ資本に食われている

デヴィッド・ハーヴェイの「略奪による蓄積」

イギリスの地理学者デヴィッド・ハーヴェイは、マルクスの本源的蓄積とルクセンブルクの帝国主義論を現代に適用し、「略奪による蓄積」(accumulation by dispossession)という概念を提唱した(『新自由主義:その歴史的展開と現在』2003年、『新帝国主義』2003年)。

マルクスは本源的蓄積を資本主義の「前史」として位置づけたが、ハーヴェイは、本源的蓄積は一回限りの歴史的事象ではなく、資本主義が存続する限り繰り返される恒常的な過程であると論じた。資本主義が過剰蓄積の危機に陥るたびに、新たな領域を暴力的に市場化することで危機を「解決」する。これが「略奪による蓄積」である。

ハーヴェイが挙げる現代の「略奪による蓄積」の手法は以下の通りである。

  • 民営化と商品化: 公共資産(水道、電力、鉄道、教育、医療、年金)を民間に売却する。これは現代版のエンクロージャーである。かつて共有財産であったものが私有財産に転換され、利潤追求の対象となる
  • 金融化: 投機的金融取引、略奪的貸付、証券化を通じて、人々の資産と将来の所得を収奪する。サブプライム危機(2007-2008年)は、低所得者の住宅を金融商品化し、その崩壊によって数百万世帯の資産を破壊した
  • 危機の管理と操作: IMFによる構造調整プログラムは、債務危機に陥った国に民営化・規制緩和・市場開放を強制する。危機そのものが略奪の機会として利用される
  • 国家による再分配: 累進課税の廃止、社会保障の削減、企業減税など、国家の政策が富の「下から上への」再分配を推進する

ハーヴェイの分析が示す核心は、新自由主義とは「略奪による蓄積」の政策的プログラムであるという点にある。新自由主義は効率化や自由化を掲げるが、その実態は、まだ市場化されていない公共的・共同体的な領域を私有化し、資本の利潤源泉に転換する体系的な略奪である。

日本における「構造改革」「規制緩和」「官から民へ」というスローガンは、ハーヴェイの「略奪による蓄積」そのものである。小泉純一郎政権の「改革」は「改革」ではなく略奪であった。年次改革要望書に書かれた通りに郵政を民営化し、労働者派遣を拡大し、大店法を廃止して地方の商店街を破壊した。「官から民へ」の建前の裏で進行していたのは、民族共同体の共有財産からウォール街への富の移転にほかならない。改革を「善」、規制を「悪」とする二項対立は、帝国主義が市場化を正当化するためのイデオロギー装置である。

構造調整プログラム:債務を梃子にした市場化の強制

帝国主義的市場化の現代的形態として最も体系的なものが、国際通貨基金(IMF)と世界銀行による構造調整プログラム(Structural Adjustment Program)である。

その構造は以下の通りである。途上国が対外債務の返済に行き詰まると、IMFに緊急融資を求める。IMFは融資の条件として「構造調整」を要求する。その内容は決まって同じである。

  • 国有企業の民営化: 国家が保有する基幹産業を外国資本に売却する
  • 貿易の自由化: 関税を引き下げ、国内産業を国際競争に晒す
  • 資本移動の自由化: 外国資本が自由に出入りできるようにする
  • 緊縮財政: 社会保障費、教育費、医療費を削減する
  • 通貨の切り下げ: 輸出を促進するが、輸入品価格は上昇し国民生活は圧迫される

この構造を「市場化」の視点から読み直せば、その本質は明白である。構造調整プログラムとは、債務を梃子にして、まだ市場化されていない公共領域を強制的に資本主義的市場に組み込む行為にほかならない。

1980年代のラテンアメリカ債務危機において、メキシコブラジルアルゼンチンは構造調整の対象となり、国有企業の大規模な民営化が行われた。1997年のアジア通貨危機では、韓国タイインドネシアがIMFの介入を受け、金融の自由化と外資への市場開放を強制された。韓国では財閥の解体と外資による企業買収が進み、タイでは金融部門が外国資本に開放された。

ナオミ・クラインは『ショック・ドクトリン』において、危機を利用して新自由主義的改革を押し付けるこの手法を「惨事便乗型資本主義」(disaster capitalism)と名づけた。自然災害、経済危機、戦争のショックに乗じて、社会がパニック状態にある間に民営化と市場開放を一気に押し進める。これは、砲艦外交で市場を「開放」した19世紀の帝国主義と、手段が異なるだけで構造は同一である。

日本は途上国ではないが、先進国版の構造調整を受けている。IMFの代わりに年次改革要望書が、融資条件の代わりに日米同盟の維持が、構造調整の圧力として機能する。「アメリカに見捨てられたら中国に侵略される」という恐怖を梃子にして、日本は毎年のように市場開放と民営化を要求された。途上国が「債務」を梃子にされるのと同様に、日本は「安全保障」を梃子にされている。形態が異なるだけで、構造は同じだ。この構造を見抜けない者は、帝国主義を理解していない。

日本に対する市場化の強制:幕末から現代まで

日本は、帝国主義的市場化の対象となった歴史を二度にわたって経験している。一度目は幕末の開国、二度目は戦後のアメリカによる支配である。

第一の市場化:幕末の強制的開国

江戸時代の日本は、鎖国体制のもとで自給的な経済圏を維持していた。石高制に基づく経済は貨幣経済と併存しつつも、民族共同体の再生産を基本目的としており、国際資本主義の市場に組み込まれていなかった。日本はまさに「市場化されていない社会」であった。

1853年のペリー来航は、アメリカによる日本の強制的市場化の開始であった。日米和親条約(1854年)、日米修好通商条約(1858年)は、不平等条約の典型であった。関税自主権の喪失と領事裁判権の承認は、日本の経済的主権を剥奪するものであった。関税自主権がないということは、日本の市場を外国商品から保護する手段がないということであり、日本経済を世界市場に「むき出し」にすることを意味した。

これはアヘン戦争における中国の「市場の開放」と構造的に同一である。砲艦を背景にした不平等条約によって、自給的な経済圏を強制的に世界市場に組み込む。帝国主義的市場化の古典的手法にほかならない。

第二の市場化:戦後アメリカによる構造改革の強制

第二次世界大戦後のアメリカによる対日政策は、帝国主義的市場化の現代的形態として理解されなければならない。

  • 財閥解体: 日本の産業資本を解体し、アメリカ型の自由競争市場に再編した
  • 農地改革: 地主制を解体し、農村の共同体的秩序を変革した。農地の市場化そのものであった
  • プラザ合意(1985年): 円高を強制することで日本の輸出産業を打撃し、内需拡大と金融自由化に追い込んだ。その結果としてバブル経済とその崩壊が発生し、日本経済は「失われた30年」に突入した
  • 年次改革要望書(1994-2008年): アメリカが日本に対して毎年提出した「改革要望」のリストであり、民営化、規制緩和、市場開放、労働市場の柔軟化を体系的に要求した。これは主権国家に対する内政干渉の制度化にほかならない
  • 郵政民営化(2007年): 郵便貯金・簡易保険という国民資産約350兆円を市場化した。年次改革要望書で繰り返し要求された結果であり、国民の貯蓄を外国資本のアクセス可能な金融市場に投げ出す行為であった
  • 低賃金移民政策: 人間そのものを安価な労働力として市場化し、日本の労働市場に組み込む。これは市場化と人口侵略が結合した帝国主義の最も陰湿な形態である

「市場化されていないもの」の市場化:現代の事例

帝国主義の本質は領土の拡張ではなく、資本が自らの外部を取り込み続ける運動にある。軍事力はその手段に過ぎない。この認識は重要である。なぜなら、帝国主義は19世紀末の列強による植民地分割で終わったのではなく、形態を変えながら現在も継続しているからである。

以下に、「市場化されていないもの」が資本主義的市場に組み込まれる現代の事例を詳述する。

公共資産の民営化:現代のエンクロージャー

民営化は、現代における最も体系的な「市場化されていないものの市場化」である。鉄道、水道、電力、ガス、郵政、空港、高速道路、病院、刑務所など、かつて公共財として国家が運営していたインフラが、利潤追求の対象に転換される。

カール・ポランニーの言葉を借りれば、公共インフラは「擬制的商品」である。水道は人間の生存に不可欠であり、本来「商品」ではない。しかし民営化はこれに価格を付け、利潤を抽出する対象に変える。2000年のボリビア・コチャバンバ水紛争では、世界銀行の要求で水道が民営化され、アメリカ企業ベクテルに売却された結果、水道料金が200%以上高騰し、住民の反乱が起きた。雨水を集める行為にすら「料金」が課されようとした。雨水の市場化という、市場化の極限的な事例である。

日本における民営化は、年次改革要望書を通じたアメリカの要求に従って遂行された。国鉄民営化(1987年)、郵政民営化(2007年)はいずれも、優秀な国有事業体を市場に投げ出す行為であった。民族共同体の共有財産である民族資本を市場化すると、別の反市場的な民族集団がその資本を奪う。これが民営化の危険性の核心である。

土地の市場化:共有地から投資商品へ

土地は人間の生活と民族の存続の基盤であり、本来「商品」ではない。しかし帝国主義は、歴史的に一貫して土地を市場化してきた。

  • エンクロージャー(15-19世紀、イギリス): 共有地(コモンズ)を私有地に転換し、農民を追放した。土地の市場化の原型
  • ホームステッド法(1862年、アメリカ): 先住民の土地を「公有地」として接収し、入植者に分配した。先住民にとっては「市場でなかった土地」が私有財産に転換された
  • 植民地の土地調査事業: 大日本帝国は朝鮮半島において土地調査事業(1910-1918年)を実施し、慣習的な共同所有地を近代的土地所有制度に組み替えた。証書を持たない農民の土地は「無主地」として没収された
  • 現代の土地収奪(ランドグラビング): 2008年の食糧危機以降、サウジアラビア韓国、中国などの国家や多国籍企業が、アフリカ・東南アジアの農地を大規模に取得している。自給的農業で生きていた住民は土地を失い、賃労働者か都市貧民に転落する
水の市場化:生命の商品化

水は人間の生命維持に不可欠であり、歴史的に共有財として管理されてきた。しかし1990年代以降、世界銀行とIMFの主導により、途上国の水道事業が民営化され、水が「商品」に転換されている。

  • ボリビア・コチャバンバ(2000年): 前述の通り、水道民営化に対する住民反乱
  • 南アフリカ(1994年以降): アパルトヘイト後の民営化により、水道料金を支払えない貧困層が水を遮断された。コレラの流行を引き起こした
  • インド各地: コカ・コーラペプシコなどの多国籍企業が地下水を大量汲み上げし、ボトル水として販売。周辺の農業用水が枯渇する事態が発生

水の市場化は、帝国主義的市場化の本質を最も鮮明に示す。「市場化されていないもの」(共有の水)を「市場化する」(商品としての水)。その結果、かつて無料で利用できたものに価格が付き、支払えない者は排除される

種子の市場化:農業の資本主義化

歴史的に、農民は自家採種によって種子を確保してきた。種子は売買の対象ではなく、共同体内部で交換・共有される共有財であった。帝国主義的市場化は、この種子をも商品に変えた。

  • 植物品種保護制度(UPOV条約): 品種改良された種子に「知的財産権」を設定し、農民の自家採種を制限する
  • 遺伝子組み換え種子: モンサント(現バイエル)などの多国籍企業が開発した遺伝子組み換え種子は特許で保護され、毎年新しい種子を購入しなければならない。自家採種は契約違反として訴訟の対象となる
  • バイオパイラシー(生物資源の海賊行為): 途上国の伝統的な薬草や品種を先進国の企業が「発見」し、特許を取得する。ニーム(インドの伝統的な薬用樹木)は、アメリカ企業が殺虫剤としての特許を取得しようとし、インドの農民から伝統的な知識を「商品化」する試みとして国際的な批判を受けた

種子の市場化は、農民の自給能力そのものを破壊する。自家採種ができなくなった農民は、毎年種子を購入しなければ農業を続けられない。農業は市場に完全に従属し、農民は多国籍企業の消費者に転落する。

知識の市場化:知的財産権の帝国主義

人類の知識は、歴史的に共有財として蓄積されてきた。知的財産権制度の拡張は、この共有された知識を私有財産に変え、市場化する過程にほかならない。

  • TRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定、1995年): WTOの発足とともに導入されたTRIPS協定は、知的財産権の保護を全世界に強制した。途上国は先進国の基準に合わせて知的財産法を整備することを義務づけられた。知識の市場化を国際法によって制度化したのである
  • 医薬品の特許: 生命に関わる医薬品に特許が設定されることで、途上国の貧困層がHIV/AIDS治療薬にアクセスできない状況が生じた。南アフリカが安価なジェネリック薬を製造しようとしたとき、欧米の製薬企業が訴訟を起こした。人間の生死が「知的財産権」の名のもとに市場化された
  • 学術論文の商品化: 公的資金で行われた研究の成果が、エルゼビアなどの出版社によって高額の購読料で販売される。研究者自身が自らの論文にアクセスするために出版社に支払わなければならないという倒錯した状況が生じている
データの市場化:デジタル帝国主義

21世紀において最も急速に進行している市場化は、人間のデータの商品化である。検索履歴、購買記録、位置情報、交友関係、健康状態、感情の変動。これらは本来、個人の私的な生活の一部であり、「商品」ではなかった。

ショシャナ・ズボフは『監視資本主義の時代』(2019年)において、GoogleFacebook(現Meta)のビジネスモデルを「監視資本主義」(surveillance capitalism)と名づけた。ズボフによれば、これらの企業は人間の行動データを無断で収集し、予測分析を行い、広告主に販売する。人間の経験そのものが原料として採取され、商品に加工される

データの市場化は、帝国主義的市場化の論理の最新形態である。かつて帝国主義は土地を収奪した。次に資源を収奪した。そして今、人間の経験と行動そのものを収奪している。データの採取は、植民地における原料の採取と構造的に同一である。違いは、採取される対象が物質ではなく情報であるという点だけである。

このデジタル帝国主義は、アメリカの覇権と密接に結びついている。世界のデータを支配するプラットフォーム企業(Google、Apple、Amazon、Meta、Microsoft)はすべてアメリカ企業である。各国の国民のデータがアメリカ企業のサーバーに集積される構造は、植民地の資源が宗主国に運ばれる構造の反復である。

人間の市場化:移民政策という帝国主義

低賃金移民政策は、「市場化されていないものの市場化」という帝国主義の論理が、人間そのものに適用された形態である。

その構造を明確にしよう。移民の送出国において、人々はそれぞれの共同体の中で生きている。家族の一員であり、村落の構成員であり、宗教共同体の参加者であり、地域の文化の担い手である。彼らは市場の外側に存在する人間である。自給的な農業に従事し、あるいは地域経済の中で生計を立てている。彼らは「労働力」でも「人材」でもない。ひとりの人間であり、共同体の一部である。

移民政策は、この市場の外にいる人間を、「人材」として市場に取り込む行為である。人間がその共同体から引き剥がされ、国境を越えて移送され、受入国の労働市場に投入される。その瞬間、人間はすべての非市場的な属性(家族、共同体、文化、言語、宗教的紐帯)を剥奪され、「労働力」という商品に還元される。これは、共有地の農民がエンクロージャーによって土地から引き剥がされ、賃労働者として市場に投げ出された過程と構造的に同一である

「人材」という言葉そのものが、この暴力性を露呈している。「人」の「材」、すなわち人間を原材料として扱うという宣言にほかならない。木材が森から切り出されて市場に運ばれるように、人間が共同体から切り出されて労働市場に運ばれる。帝国主義が土地を市場化し(エンクロージャー)、水を市場化し(水道民営化)、種子を市場化し(バイオパイラシー)、データを市場化した(監視資本主義)のと同じ論理で、人間そのものを市場化する。それが移民政策の本質である。

カール・ポランニーが論じた通り、労働は「擬制的商品」である。人間の活動を「労働力」という商品として扱うこと自体が暴力的であるが、移民政策はこの暴力を二重化する。第一に、送出国の共同体から人間を引き剥がす暴力。第二に、受入国の労働市場に安価な商品として投入する暴力。しかもこの二重の暴力は、「多様性」「国際交流」「人手不足の解消」といった美辞麗句で覆い隠される。

移民を「生産」する帝国主義と移民を「消費」する帝国主義

この過程には、送出国側と受入国側の二つの局面がある。

送出国側:市場の破壊が人間を「生産」する。途上国の人々は、自国の経済が構造調整プログラムや自由貿易協定によって破壊された結果、もはや自国では生きられなくなる。かつて自給的に生活していた農民は、安価な輸入農産物の流入によって競争に敗れ、土地を失い、都市に流入し、さらに国外へ押し出される。帝国主義的市場化が、人々を共同体から引き剥がし、「移民」として市場に投げ出す。移民は自然発生するのではない。帝国主義が「生産」するのである。

NAFTA(1994年)の発効後、アメリカの安価なトウモロコシがメキシコに流入し、200万人以上のメキシコ人農民が生計を失った。彼らはアメリカへの不法移民として国境を越えた。アメリカの自由貿易政策がメキシコの農業共同体を破壊し、その結果生じた「移民」をアメリカの低賃金労働市場が「消費」する。帝国主義が移民を「生産」し、同じ帝国主義が移民を「消費」するという循環である。

受入国側:人間の「消費」が共同体を破壊する。受入国では、市場の外から取り込まれた「人材」が安価な労働力として既存の労働市場に投入される。国内労働者の賃金は押し下げられ、労働条件は悪化する。しかし破壊はそれだけではない。移民の大量流入は、受入国の民族的同質性を希薄化し、ゲマインシャフト(共同体)の紐帯を断ち切る。かつて顔見知りの隣人で構成されていた地域社会が、互いに言語も文化も共有しない匿名の個人の集合体に変貌する。これは人口侵略にほかならない。

帝国主義的市場化と人口侵略は、同一の過程の二つの側面である。「市場の外にいる人間を市場に取り込む」という帝国主義の論理が、送出国では共同体の破壊として、受入国では民族共同体の解体として、同時に発現する。両方の民族が破壊され、利益を得るのは安価な労働力を手にする資本だけである

日本における人間の市場化

日本の低賃金移民政策は、この帝国主義的市場化の典型的な事例である。

技能実習制度は、その名称自体が欺瞞にほかならない。「技能を学ぶ実習」という建前の裏で、ベトナム、インドネシア、フィリピンなどの途上国から来た人々が、製造業、農業、建設業、介護などの現場で低賃金労働に従事させられている。彼らは母国の共同体から引き剥がされ、日本の労働市場に「人材」として投入される。転職の自由は制限され、劣悪な労働条件から逃げ出せば「失踪」として扱われる。これは市場の外にいた人間を、使い捨ての労働力として市場に組み込む行為である。

そしてこの政策は、アメリカの帝国主義的秩序の一環として推進されている。「人手不足」「経済成長」「国際競争力」。これらの正当化の論理は、帝国主義が市場化を正当化する修辞と構造的に同一である。GDP = 一人当たりGDP × 人口数であり、一人当たりGDPは人口数に依存しない。移民を入れても一人ひとりが豊かになるわけではない。「人手不足」とは、資本が要求する安価な労働力が不足しているだけであり、民族共同体にとっての「不足」ではない。

スマートシュリンクは、この人間の市場化を拒否する戦略である。市場の外にいる人間を市場に取り込むのではなく、市場そのものを人口規模に合わせて縮小する。人間を「人材」として扱うのではなく、人間を人間として扱う。帝国主義が市場化を通じて共同体を解体するならば、反帝国主義は脱市場化を通じて共同体を守らなければならない。

時間の市場化:生活の全面的商品化

帝国主義的市場化の究極の形態は、人間の時間そのものの商品化である。

かつて「余暇」は市場の外側にあった。家族との時間、祭りや祝祭、共同体の行事、黙想や散歩。これらは貨幣的価値を持たない「無駄な時間」であった。しかし、プラットフォーム経済は、この余暇をも市場化した。

  • ギグ・エコノミー: Uber、Uber Eats、TaskRabbit等のプラットフォームは、かつて「空き時間」であった時間を、細切れの労働として市場化した。「空いている時間に稼ごう」というスローガンは、市場に組み込まれていなかった時間を市場化する呼びかけにほかならない
  • アテンション・エコノミー: SNSやストリーミングサービスは、人間の「注意」を商品化する。ユーザーがスクロールし、クリックし、視聴するたびに、その「注意」は広告主に販売されるデータに変換される
  • シェアリング・エコノミー: Airbnbは住居空間を、カーシェアリングは自家用車を、市場化する。かつて「私的領域」であったものが、利潤を生む商品に転換される

ゲマインシャフト(共同体)的な時間はゲゼルシャフト(利益社会)的な時間に置き換えられ、人間の生活のあらゆる瞬間が利潤の抽出対象となる。新自由主義の最終目標は、人間の存在そのものの全面的な市場化である。

ポランニーの「二重運動」と帝国主義への抵抗

カール・ポランニーは、市場化の推進と社会の自己防衛運動が対立する「二重運動」の概念を提示した。市場化が社会を破壊するとき、社会は保護主義、労働規制、社会立法などの対抗措置を講じて自らを守ろうとする。

帝国主義的市場化に対する各国のナショナリズム的反発は、この二重運動の現代的発現である。トランプ現象、ブレグジット、ヨーロッパにおける反移民運動、そして日本における反米保守の台頭は、いずれも市場化による共同体の解体に対する社会の自己防衛運動にほかならない。

19世紀末のポランニーの時代にも同じことが起きた。市場化の暴力に対して社会は保護主義と社会立法で対抗したが、市場化を推進する勢力はそれを「非効率」「閉鎖的」と攻撃した。この二重運動の緊張が極限に達した結果、ファシズムと二度の世界大戦が発生した。ポランニーの警告は、現代においてもなお有効である。

スマートシュリンクは、人口侵略という名の帝国主義的市場化に対する二重運動の一形態として位置づけられる。移民に頼らず人口減少に適応するという戦略は、人間の市場化を拒否し、民族共同体の自律性を守る選択にほかならない。帝国主義が「市場化」を通じて共同体を解体するならば、反帝国主義は「脱市場化」を通じて共同体を再建しなければならない。

帝国主義の構造:植民地支配の五段階

ライオンズによれば、帝国はすべて同じ手法を取る。ローマ帝国であれ大英帝国であれアメリカ帝国であれ、支配の手法は本質的に同一である。変わったのは手段の洗練度だけだ。砲艦が「民主主義の推進」に、植民地総督が「年次改革要望書」に、強制的なキリスト教化が「人権教育」に置き換えられたにすぎない。帝国主義による植民地支配は、以下の五つの段階を経て遂行される。

第一段階: 脱国家化(De-Nationalization)

帝国が植民地において最初に取り組む作業は、脱国家化である。

植民地主義とは、帝国、すなわち複数の国家や民族を一つの傘下に置いて支配する「多国家的な政治体制」によって遂行される。帝国の対極にあるのは、「国家的アイデンティティ」「民族的アイデンティティ」「民族自決」である。したがって、いかなる植民地支配者にとっても最も重要な任務は、支配下にある民族が「一つのまとまった民族」であり、「独自の文化的アイデンティティを持ち、歴史的領土に根ざした存在」であるという認識を抑圧し、消し去ることである。

脱国家化は、民族国家の根幹を破壊する第一撃である。民族が自らを「一つの民族」と認識する限り、帝国への抵抗は不可避的に発生する。帝国はこの認識そのものを抹殺しなければならない。

歴史的事例として、ソ連によるバルト三国の脱国家化がある。1940年のソ連による併合後、エストニアラトビアリトアニアの独立した国家としての地位は完全に否定された。三国は「ソヴィエト社会主義共和国」に再編され、独立国家としての歴史は「ブルジョア的逸脱」として公式記録から抹消された。三国の軍隊は解散させられ、政治指導者はシベリアに追放された。しかし50年後、バルト三国は「人間の鎖」(1989年)を形成し、200万人が手をつないでソ連の支配を拒絶した。脱国家化は民族の記憶を完全に消すことはできなかったのである。

第二段階: 脱文化化(De-Culturalization)

第二の作業は、脱文化化の過程である。

これは、ある民族の伝統文化、習慣、信仰、言語を剥ぎ取る行為である。歴史的なルーツを断ち切り、歴史的記憶を抹消するという意図的な行為であり、その手段として、検閲、プロパガンダ、思想教育、そして伝統や宗教の神聖性を貶める行為などが用いられる。しばしば、子どもたちがこの「再教育」プログラムの標的とされ、親の文化から意図的に引き離され、植民地制度の価値観の中で育てられる。

このような脱文化化はしばしば、「文明化」という名のもとに善意ある行為として描かれる。「遅れた、野蛮な、土着な」生活様式から「より進んだ」植民地支配者の文化的価値観や生活様式へと導いてやることで、現地民を「解放」する。というのが帝国の論理である。これは、法の支配や「民主主義」「人権」を掲げて他国に介入するアメリカの手法と構造的に同一である。

カナダにおける「インディアン寄宿学校」(Indian Residential Schools、1831-1996年)は、脱文化化の最も痛ましい事例の一つである。先住民の子どもたちは親から強制的に引き離され、寄宿学校に収容された。そこでは先住民の言語を話すことが禁止され、伝統的な服装や髪型が奪われ、キリスト教と英語が強制された。「インディアンを殺して、人間を救え」(Kill the Indian, save the man)がこの制度のスローガンであった。推定15万人の子どもたちが収容され、少なくとも4,100人以上が寄宿学校で死亡した。2021年、カムループスの寄宿学校跡地で215人の子どもたちの遺骨が発見され、世界に衝撃を与えた。これは「文明化」の名のもとに行われた文化的ジェノサイドにほかならない。

第三段階: 分割統治と経済的搾取

支配を確実なものとするために、帝国は分割統治(Divide and Rule)という古典的な戦略を採る。

人為的に社会的・政治的ヒエラルキーを構築し、国内の少数派に権力を与え、多数派民族を抑え込ませる。帝国は、少数派が多数派の民族的台頭を恐れ、自らの保身のために帝国に忠誠を誓うよう設計する。こうして社会は分断され、民族間の連帯は破壊され、代わりに相互不信と対立が煽られる。

同時に、文化的・政治的な剥奪と並行して、現地民の経済的な剥奪と搾取も行われる。

  • 資源の収奪: それまで現地民のものであった資源は段階的に、あるいは一気に取り上げられ、植民地権力とその取り巻きに再分配される
  • 法規制による締め付け: 過酷な法律、規制、課税政策によって、現地民が自らの事業や財産を保有し続けることが困難になるよう仕組まれる
  • 国家産業の破壊: 帝国は現地の国家産業を意図的に破壊・抑圧し、国際的な独占企業との競争を防ぐ
  • 金融による従属: 金融メカニズムを通じて、国家とその民衆を搾取し、逃れられない複雑な負債の網に絡め取る

現地民は、物質的資源だけでなく、価値観や社会的結束も奪われる。彼らは安価な労働力として使われるか、帝国の対外戦争で「捨て駒」として兵役に就かされることもある。あるいは、もっと巧妙に、最も有望で優秀な若者たちを選抜し、故郷から離れた遠方の帝都へ吸い上げて、文化的アイデンティティを剥奪し、再教育し、国際的帝国制度に仕える「どこの国の者でもない人間」に仕立て上げる。

大英帝国によるインド統治は、分割統治の教科書的な事例である。イギリスはヒンドゥー教徒ムスリムの対立を意図的に煽動し、1905年のベンガル分割ではヒンドゥー教徒多数派の西ベンガルとムスリム多数派の東ベンガルに分割した。両者の連帯を防ぎ、それぞれがイギリスに依存する構造を作り出すためであった。この分割統治の帰結が、1947年の印パ分離であり、最大200万人が死亡した宗教間暴動であった。帝国が去った後も、分割統治の傷は癒えることがなかった。

第四段階: 人口侵略(Demographic Invasion)

植民地権力が与えることのできる最も破壊的で根源的な剥奪は、民族に対する人口侵略(Demographic Invasion)である。

それは、植民地支配者自身、あるいは外来の人口を大量に移住させることで成し遂げられる。こうして、現地民の人口的・文化的多数派としての地位は薄まり、政治的発言権や制度・資源へのアクセスも次第に削がれていく。やがて、民族は少数派に転落し、「自国の中の異邦人」となる。

帝国は何百万もの移民を移住させ、現地の民族集団を希薄化させることで、それらを脆弱で孤立した少数派へと変貌させる。そして彼らは、自らがかつて独立した民族であったという明確な記憶さえも失ってしまう。このような侵略が完了した時点で、その民族が「後戻り」する道はもはや存在しない。国家は地図上から、そして歴史から抹消される。

ライオンズは明確に指摘する。このような植民地への移住が、現地民の数を意図的に減少させる目的で行われ、さらに彼らの出生率までも抑圧されるならば、それは正当にジェノサイド(民族絶滅)」と呼ばれるべきである。

チベットにおける中国の政策は、現在進行中の人口侵略の事例である。1950年の侵攻以降、中国政府は漢族のチベットへの大量移住を推進し、チベット人は自らの故郷で少数派に転落しつつある。都市部では漢語が支配的言語となり、チベット語による教育は縮小されている。新疆ウイグル自治区でも同様に、漢族の移住政策が遂行され、ウイグル族の文化・言語・宗教が抑圧されている。これらは帝国主義の五段階が同時並行で進行している現代の事例にほかならない。

国際法は、このような入植行為を明確に禁止している。ジュネーヴ第四条約(1949年)第49条は、占領国が自国民を占領地に移送することを禁じている。ローマ規程(1998年)第8条2(b)(viii)は、占領地への入植を戦争犯罪と規定している。すなわち、軍事侵攻によって他国領土に自国民や第三国民を入植させる行為は、国際法に違反する犯罪行為であり、違法に入植した者の排除は国際法上合法である(→入植者の排除と国際法)。

第五段階: 包括的管理・抑圧システムの確立

当然ながら、現地民がこのような支配を黙って受け入れるとは考えにくい。民族は反乱を試みる。そのため、植民地主義の最終的な命令は、包括的な管理・抑圧システムの確立である。

  • 憲法侵略: 帝国が起草した憲法によって被支配民族の法的枠組みを支配する
  • 治安・監視体制: 警察、監視システム、情報統制によって反乱を未然に防ぐ
  • 言論統制: 検閲、ヘイトスピーチ規制と称した言論の自由の制限を行う。これらすべてが重罰によって支えられる
  • 超国家的官僚制: 意思決定権は、民族にとって理解不能な超国家的な帝国官僚制度へと引き上げられる。命令は遠く離れた国際機関や帝国中心部のエリートたちから下され、あたかも「見えざるオリュンポスの山」からの布告のように与えられる

最終的に、現地民は「この巨大な帝国装置に挑むことは不可能であり、無意味であり、文明と進歩という不可避の潮流に逆らうことなのだ」と信じ込まされるようになる。

このようにして、帝国主義とは、国家性の剥奪、文化の剥奪、分断、資源の剥奪、そして支配という一連の過程なのである。

この五段階を読んで「それは遠い国の話だ」と感じた者は、自分自身が第五段階の産物であることに気づいていない。日本民族はすでに脱国家化され(偽日本国憲法)、脱文化化され(戦後教育)、分断され(護憲派と改憲派の不毛な対立)、経済的に搾取され(年次改革要望書民営化)、人口侵略を受けている。そして包括的管理システム(日米安全保障条約、在日米軍基地)によって恒久的に支配されている。日本は植民地である。この事実を直視することが、すべての出発点だ。

アメリカ帝国と現代の帝国主義

帝国主義の「近代化」

かつての帝国主義は、軍事的征服と直接的な植民地統治を基本とした。しかし、アメリカ帝国は帝国主義を近代化し、より巧妙な形態へと進化させた。

アメリカは表面上「帝国」を名乗らず、「自由」「民主主義」「人権」「法の支配」といった普遍的価値の擁護者として振る舞う。しかし、リベラル帝国とアメリカの二重基準で詳述した通り、これらの「普遍的価値」は覇権維持のための選択的な道具に過ぎない。アメリカの帝国主義は、その本質において、大英帝国が「文明化の使命」を掲げて植民地支配を正当化した構造と同一である。

ライオンズの五段階と日本

ライオンズが論じた帝国主義の五段階は、戦後の日本においてすべて確認することができる。

段階 帝国主義の手法 日本における具体例
脱国家化 民族的アイデンティティの抑圧 偽日本国憲法による国体の変容、日米安保体制による主権の制約、江藤淳が論じた言論統制の構造的継続(日米安保条約を通じて現在まで持続)
脱文化化 伝統文化・歴史的記憶の抹消 江藤淳が『閉された言語空間』で論じた検閲体制、「平和教育」による武士道・軍事的伝統の否定、戦後教育による歴史観の改変
分割統治 社会の分断と対立の煽動 護憲派と改憲派の対立構造、左翼勢力の育成と保守勢力の抑制、年次改革要望書による政策誘導
経済的搾取 資源・産業の収奪と従属 年次改革要望書、構造改革の強制、プラザ合意による経済的打撃、低賃金移民政策の推進
人口侵略 外来人口の大量移住 低賃金移民政策の推進、人口侵略の進行、スマートシュリンクの否定
管理・抑圧 憲法・法制度による恒久的支配 憲法侵略日本国憲法の押し付け、日米安全保障条約による軍事的従属、米軍基地の恒久的駐留

実例: エストニアに対する脱文化化・人口侵略工作

ライオンズが論じた帝国主義の手法が理論上の空論ではなく、アメリカ政府が現在進行形で遂行している現実の政策であることを、ウィキリークスが暴露した米国政府文書が証明している。

2016年にウィキリークスが公開した米国の外交公電によれば、エストニアにある米国大使館は、エストニア人に「多様性の利点」を受け入れさせるための組織的な活動を実施していた。特に、学校の子どもたちとエストニア政府関係者がターゲットとされた。

リークされた同文書には、以下の内容が記載されている。

  • 「エストニアの非ヨーロッパ系少数民族の人口は現在非常に少ない」が、「EU加盟、急速な経済成長、観光業の拡大、出生率の低下により、今後移民圧力が高まり、人種的少数派の数が増加する可能性がある」
  • エストニアの現在の「統合行動計画(Integration Action Plan)」は不十分であり、エストニア人とロシア人コミュニティだけを対象にしているため、「新しく到着する非ヨーロッパ系の人々の統合を扱うための取り組みを追加すべきだ」
  • 「エストニア当局は、学校のカリキュラムに『多様性の利点』『多文化社会で暮らすこと』の教育を追加すべきである」

この文書は、ライオンズの五段階がいかに忠実に実行されているかを如実に示している。

  1. 脱文化化: 学校教育を通じて子どもたちに「多様性の利点」と「多文化社会」を刷り込み、エストニア民族の同質的な文化的アイデンティティを内側から解体する
  2. 人口侵略の地ならし: 「非ヨーロッパ系の人々の統合」を促す政策を要求し、将来の大量移民を受け入れる社会的・制度的基盤を整備する
  3. 脱国家化: エストニア人がエストニア民族の国家であるという認識を「多文化社会」のイデオロギーによって希薄化する

注目すべきは、エストニアは人口わずか130万人の小国であり、非ヨーロッパ系住民が「現在非常に少ない」にもかかわらず、アメリカがすでにその変更を画策していたという事実である。アメリカ帝国にとって、いかなる民族も同質的な民族国家として存続することは許されない。それが帝国の論理である。

この事例は、アメリカの帝国主義が日本だけを対象にしているのではなく、世界中のあらゆる民族国家に対して体系的に遂行されていることを証明している。「多様性」「多文化主義」「統合」といった言葉は、帝国主義の修辞にほかならない。

アメリカ帝国の二重基準

アメリカ帝国の帝国主義を最も鮮明に暴き出すのが、イスラエル基本法との比較である。

アメリカは日本やドイツに対しては脱国家化・脱文化化・憲法侵略を遂行し、民族主義を徹底的に封じ込めた。エストニアのような小国に対してさえ「多文化社会」を強制しようとする。しかし、イスラエルに対しては、「ユダヤ人の民族国家」を明文化した排他的民族主義憲法を全面的に支持している。この二重基準は、アメリカの「普遍的価値」が帝国主義の修辞に過ぎないことの決定的な証拠である。

リアリズムの観点からの分析

帝国主義と国際秩序

リアリズムの観点から見れば、帝国主義は国際政治の構造的な現象である。ハンス・モーゲンソーは『国際政治』において、帝国主義を「現状維持政策」と対比される「現状打破政策」として分析した。モーゲンソーは帝国主義を三つに分類した。軍事的帝国主義(武力による征服)、経済的帝国主義(経済的支配の拡大)、文化的帝国主義(価値観・イデオロギーの押し付け)。アメリカ帝国はこの三つのすべてを同時に行使しているが、表面上は「現状維持」として振る舞う点に独特の性格がある。アメリカの帝国主義は現状維持のための帝国主義であり、それゆえに「帝国主義」として認識されにくい。

ケネス・ウォルツの構造的リアリズムに従えば、一極体制における覇権国は、自国の優位を維持するためにあらゆる手段を講じる。アメリカによる憲法侵略、軍事基地の世界展開、法の支配の名のもとの内政干渉は、すべてこの構造的論理によって説明される。

ミアシャイマーの「リベラル覇権」批判

ジョン・ミアシャイマーは『大いなる妄想:リベラルな夢と国際政治の現実』(2018年)において、冷戦後のアメリカの外交政策を「リベラル覇権」(liberal hegemony)と名づけ、これが構造的に帝国主義を生み出すことを論証した。

ミアシャイマーの攻撃的リアリズムによれば、国家は生存を最優先にし、パワーの最大化を追求する。しかし冷戦後、唯一の超大国となったアメリカは、リアリズムの論理を超えて、世界全体をリベラルな秩序に組み込もうとした。これがリベラル覇権である。その内容は三つの柱からなる。

  1. 民主主義の世界的拡大: 権威主義国家を民主化することで「平和」を実現するという信念。イラク戦争、リビア介入、「カラー革命」の支援はすべてこの論理に基づく
  2. 経済的相互依存の深化: 自由貿易と資本移動の自由化によって各国を経済的に結びつけ、戦争のコストを上げるという発想。しかしその実態は、アメリカ資本が世界市場を支配するための帝国主義的市場化にほかならない
  3. 国際制度の拡充: NATO、IMF、世界銀行、WTOなどの国際機関を通じて、「ルールに基づく秩序」を構築する。しかしそのルールを決めるのはアメリカであり、ルールに従わない国は「ならず者国家」として制裁の対象となる

ミアシャイマーは、リベラル覇権が必然的に失敗すると論じた。なぜなら、ナショナリズムは人類にとって最も強力な政治的力であり、いかなる帝国もそれを永続的に抑え込むことはできないからである。イラク戦争の失敗、アフガニスタンからの撤退、中国の台頭は、リベラル覇権の破綻をすでに証明している。

ミアシャイマーのリベラル覇権批判は、保守ぺディアの反帝国主義の立場と深く共鳴する。「民主主義の推進」とは帝国主義の修辞であり、「ルールに基づく秩序」とはアメリカが書いたルールによる世界支配にすぎない。リアリズムの視座から見れば、アメリカの「善意」は覇権維持の手段にすぎず、リベラル覇権は帝国主義の最も洗練された形態にほかならない。

帝国主義のイデオロギー的正当化:「文明化の使命」から「民主主義の推進」へ

帝国主義は常にイデオロギーによって正当化される。その修辞は時代によって変遷するが、構造は一貫している。「われわれは普遍的な善を体現しており、それを他者に広めることは義務である」。この論理こそが、帝国主義を単なる略奪から「崇高な使命」に転化させる装置である。

時代 帝国 イデオロギー的修辞 実態
16-18世紀 スペイン・ポルトガル 「キリスト教の布教」「異教徒の救済」 先住民の虐殺、金銀の略奪、奴隷化
19世紀 大英帝国・フランス 文明化の使命」「白人の責務」 植民地支配、資源収奪、強制労働
20世紀前半 大日本帝国 大東亜共栄圏」「八紘一宇」 アジア諸国の植民地化、資源・労働力の収奪
20世紀後半 アメリカ 「自由世界の防衛」「共産主義の封じ込め」 軍事同盟による従属、憲法侵略、構造調整プログラム
21世紀 アメリカ 「民主主義の推進」「人権の保護」「ルールに基づく秩序」 レジーム・チェンジ、経済制裁、民営化の強制

エドワード・サイードは『オリエンタリズム』(1978年)において、西洋が「東洋」を「遅れた」「非合理的な」「文明化を必要とする」存在として構築する知的体系が、帝国主義の文化的基盤を形成することを明らかにした。「東洋は自らを代弁できない。代弁してやらなければならない」というパターナリズムは、「イラク人は自ら民主主義を実現できない。われわれが民主化してやらなければならない」という現代の帝国主義的修辞と構造的に同一である。

帝国主義のイデオロギー的正当化において最も危険なのは、被支配者自身がそのイデオロギーを内面化する場合である。イギリスの植民地支配下で教育を受けたインド人エリートが、インド文化を「遅れた」ものとしてイギリス文化を模倣したように、現代の日本においても、アメリカが押し付けた偽日本国憲法を「平和憲法」として崇拝する知識人が、帝国主義のイデオロギーを内面化した存在にほかならない。帝国のイデオロギーが被支配者の内面に根を下ろしたとき、物理的な支配はもはや不要になる。これが帝国主義の完成形態である。

カール・シュミットと帝国主義

カール・シュミットは、政治の本質を「友と敵の区別」に見出した。帝国主義の文脈において、帝国は被支配民族に対して「友と敵の区別」を行う能力そのものを剥奪する。被支配民族が帝国を「敵」と認識する能力を失ったとき(すなわち、帝国の支配を「自然な秩序」「普遍的価値」として受け入れたとき)、帝国主義は完成する。

シュミットはさらに、「人類」の名において行われる戦争が最も危険であると警告した。ある国家が「人類」を代表して戦うと宣言するとき、その敵は「人類の敵」となり、あらゆる残虐行為が正当化される。アメリカが「民主主義」「人権」「国際秩序」の名において他国に介入するとき、それに抵抗する者は「ならず者国家」「テロリスト」「権威主義者」として、人類の敵に仕立て上げられる。「人類」を僭称する帝国主義は、すべての帝国主義のなかで最も暴力的である。なぜなら、敵を「人類の外」に置くことで、いかなる暴力も「人道的介入」として正当化されるからである。

日本における護憲運動は、まさにこの完成された帝国主義の姿を体現している。アメリカ軍が書いた憲法を「平和憲法」として崇拝し、それを変更しようとする者を「軍国主義者」として排除する。これは、被支配民族が帝国の利益を自ら守る自発的服従の最も完成された形態である。

第四の理論と反帝国主義

アレクサンドル・ドゥーギン第四の理論は、アメリカ帝国の一極支配に対する理論的な対抗軸を提示する。ドゥーギンは、リベラリズム(第一の理論)、共産主義(第二の理論)、ファシズム(第三の理論)のいずれもが西洋近代の産物であるとし、各文明の独自性と共存を基盤とする多文明主義を提唱した。

ドゥーギンの分析において、リベラリズムが第二・第三の理論に勝利した結果、リベラリズムは「唯一の正しいイデオロギー」として全世界に押し付けられるようになった。リベラリズムの勝利は、それ自体が帝国主義の完成を意味する。なぜなら、対抗するイデオロギーが消滅した状態では、リベラルな秩序への抵抗は「反動」「野蛮」として排除されるからである。第四の理論は、この知的閉塞を打破し、各文明が自らの伝統に基づいて自らの政治秩序を構築する権利を取り戻す試みにほかならない。

帝国主義に対する抵抗は、単なる軍事的抵抗にとどまらない。帝国が押し付ける「普遍的価値」の虚構を暴き、各民族が自らの文明的伝統に基づいた政治秩序を構築すること。これが第四の理論における反帝国主義の核心である。

現代の戦争:文明的戦争としての帝国主義

現代の戦争は、国境を変えることによって行われるのではない。憲法や制度、民族構成を変えることによって行われる

国境を武力で変更する戦争は「野蛮な戦争」である。これに対し、憲法を書き換え、制度を改変し、人口侵略によって民族構成を変容させる戦争は「文明的な戦争」である。現代の帝国主義は、後者の形態をとる。そしてこの「文明的な戦争」において、憲法が最初に変えられるドナルド・ホロウィッツが論じた憲法闘争こそが、現代の帝国主義における主戦場である。

カール・シュミットの「友と敵の区別」に従えば、自らの生存が危険に晒されるときは、自らの存在を否定する政治的な敵を宣言しなければならない。日本にとってその政治的な敵はアメリカである。しかし、日本、韓国台湾がなぜ反中に向かうのか。それは、アメリカとの軍事同盟により、自由に政治的な敵を選ぶことができなくなっているからである。アメリカの新自由主義的世界秩序というイデオロギーに従い、アメリカに敵を選定してもらう構造に組み込まれている。そして選定された「敵」が、集団主義と権威主義を採用した中国であった。

これもまた帝国主義の一形態である。被支配国が自らの敵を自ら決定できないこと(すなわち、シュミット的な意味での政治的主体性の剥奪)は、帝国主義の完成を意味する。

帝国主義に対する歴史的抵抗

帝国主義は永遠ではない。歴史上、帝国主義に対する抵抗は数多く存在し、成功した事例もある。抵抗の形態は多様であるが、成功した抵抗運動にはいくつかの共通点がある。それは、民族的アイデンティティの再覚醒帝国のイデオロギーの拒絶、そして国際的な力関係の変動を利用する戦略的知性である。

インド独立運動:非暴力という「脱市場化」の戦略

インド独立運動は、帝国主義的市場化に対する抵抗として読み直すことができる。

ガンディー塩の行進(1930年)は、単なる市民的不服従ではなかった。イギリスは塩の製造・販売を独占し、インド人が自ら塩を作ることを違法とした。海辺に住むインド人が海水から塩を取ることすら犯罪とされた。塩という自然物の市場化、これこそが帝国主義の本質であった。ガンディーが海岸で塩を拾い上げたとき、それは帝国主義的市場化を身体で拒絶する行為であった。

ガンディーのスワデーシー(国産品愛用)運動もまた、「脱市場化」の実践であった。イギリス製の綿布を焼き、チャルカ(手紡ぎ車)でインドの綿を自ら紡ぐ。これは、イギリスがインドの綿織物産業を破壊し、インドを原料供給地とイギリス製品の市場に変えた帝国主義的市場化の過程を、逆転させる行為であった。ガンディーは自給的生活への回帰を説いた。それは経済ナショナリズムであると同時に、ポランニー的な意味での「二重運動」の実践でもあった。

アルジェリア独立戦争:植民地支配130年への武装抵抗

アルジェリア独立戦争(1954-1962年)は、130年間にわたるフランスの植民地支配に対する武装抵抗であった。

フランスのアルジェリア支配は、帝国主義の五段階のすべてを完遂した事例である。脱国家化(アルジェリアをフランスの「県」として扱い、独立した国家としての地位を否定)、脱文化化(フランス語教育の強制、イスラム教育の制限、アラビア語の公的使用の禁止)、分割統治(ベルベル人とアラブ人の対立の煽動)、経済的搾取(入植者による最良の農地の独占、アルジェリア人の周縁化)、そして人口侵略(100万人以上のフランス人入植者「ピエ・ノワール」の移住)。

フランツ・ファノンは『地に呪われたる者』(1961年)において、植民地支配からの解放における暴力の役割を論じた。ファノンにとって、植民地主義そのものが暴力の体系であり、被植民者が暴力によって立ち上がることは、帝国によって奪われた主体性の回復であった。帝国が被支配民族を「物」として扱い、その人間性を否定するとき、抵抗の暴力は人間性を取り戻す行為となる。

アルジェリアの独立(1962年)は、フランスにとって深い衝撃であった。ピエ・ノワール100万人がフランスに「帰還」し、人口侵略は逆転した。この事例は、人口侵略が完了した後でさえ、民族の意志によって逆転は可能であることを示している。

イラン革命:西洋的近代化の全面的拒絶

イラン革命(1979年)は、アメリカの帝国主義に対する最も徹底的な抵抗の事例である。

パフラヴィー国王は、アメリカの支援のもとで「白色革命」と称する近代化政策を推進した。農地改革、女性参政権、識字運動。表面上は「近代化」であったが、その実態はイランの伝統的な社会構造を解体し、アメリカ資本の浸透を容易にするための帝国主義的市場化であった。農地改革は伝統的な地主・小作関係を破壊し、農民を都市貧民に転落させた。石油収入はパフラヴィー朝とアメリカ企業に独占された。

ホメイニー率いるイスラム革命は、この帝国主義的近代化を文明的次元で拒絶した。革命後のイランは、西洋的な「法の支配」ではなくイスラム法(シャリーア)に基づく統治を選択し、アメリカ大使館を占拠してアメリカとの従属関係を断ち切った。ドゥーギンの第四の理論の言葉を借りれば、イラン革命は西洋的近代の全面的拒絶と、非西洋文明の独自性の回復の実践であった。

ベトナム:二つの帝国を打ち破った民族

ベトナムは、フランスとアメリカという二つの帝国を連続して打ち破った稀有な民族である。

ディエンビエンフー(1954年)におけるフランスの敗北は、植民地軍がアジアの民族に軍事的に敗北した歴史的転換点であった。続くベトナム戦争(1955-1975年)では、世界最強のアメリカ軍が、圧倒的な火力と技術的優位にもかかわらず、ベトナムの民族的意志の前に敗北した。

ホー・チ・ミン独立宣言(1945年)において、アメリカ独立宣言の文言を引用した。「すべての人間は平等に造られ、造物主によって一定の譲ることのできない権利を与えられている」。ホー・チ・ミンは、アメリカが掲げる「普遍的価値」をアメリカ自身に突きつけたのである。帝国のイデオロギーを帝国に対して使う。これは反帝国主義の知的武器として最も鋭利なものである。

アフガニスタン:「帝国の墓場」

アフガニスタンは、「帝国の墓場」の異名で知られる。大英帝国ソ連、そしてアメリカ。三つの帝国がアフガニスタンを支配しようとし、三つともが失敗した。

2021年、アメリカ軍の撤退後わずか数日でタリバンがカブールを奪還し、アメリカが20年間かけて構築した「民主的」憲法体制は一夜にして崩壊した。アメリカは2兆ドル以上を投じ、「国家建設」を試みたが、完全に失敗した。この失敗は、帝国主義的市場化が民族の意志を破壊できないことの証明である。アフガニスタンの部族社会は、20年間の軍事占領と「近代化」の試みにもかかわらず、自らの社会構造を維持し続けた。

抵抗の条件:何が帝国主義を打ち破るのか

成功した反帝国主義運動に共通する要素は以下の通りである。

  • 民族的アイデンティティの覚醒: 帝国の脱国家化・脱文化化を跳ね返す民族意識の回復。インドのスワラージ(自治)、アルジェリアのアラブ・イスラム・アイデンティティ、イランのシーア派的世界観
  • 帝国のイデオロギーの拒絶: 「文明化」「近代化」「民主化」といった帝国の修辞を受け入れず、自らの文明に基づく秩序を構想すること
  • 国際的な力関係の利用: 一国での帝国への対抗は困難であり、冷戦期の東西対立、大国間の競争など、国際的なパワーバランスの変動を利用する戦略的知性が不可欠である
  • 経済的自給能力の確保: 帝国主義的市場化への従属から脱するために、自給的な経済基盤を維持・再建すること

日本はこれらの条件をどの程度満たしているか。民族的アイデンティティは戦後教育によって大きく損なわれているが、消滅してはいない。帝国のイデオロギーの拒絶は、反米保守の台頭に萌芽が見られる。国際的な力関係については、米中対立の深化がパワーバランスの変動をもたらしつつある。経済的自給能力については、スマートシュリンク分業主義が、帝国主義的市場化に依存しない経済モデルの構想を提示している。

しかし、日本の「保守」を名乗る勢力の大半は、アメリカ帝国主義を直視する能力を欠いている。参政党自民党も、アメリカの覇権を所与の前提として受け入れ、「中国の脅威」を叫ぶことで帝国への従属を正当化する。これでは帝国からの独立は不可能だ。必要なのは、アメリカを「同盟国」ではなく帝国として認識する思考の転換である。カール・シュミットの言葉を借りれば、アメリカを「敵」と認識する能力を回復すること。それなくして独立はあり得ない。条件は整いつつある。必要なのは、それを認識し、行動する意志である

日本と帝国主義:加害と被害の双方を直視する

日本の帝国主義

帝国主義を論じるにあたり、日本自身が帝国主義を行った歴史を直視しなければならない。

日清戦争(1894-1895年)以降、日本は帝国主義の道を歩んだ。下関条約によって台湾を割譲させ、日露戦争(1904-1905年)後には韓国を併合(1910年)し、満州事変(1931年)を経て満州国を建設し、日中戦争(1937年)では中国大陸へと侵攻した。これらは他国の主権を奪い、他民族の民族自決権を侵害する帝国主義の行為であった。

日本の植民地支配は、ライオンズが論じた帝国主義の五段階と同じ構造を持っていた。朝鮮半島においては、脱国家化(朝鮮の国家としての地位の剥奪)、脱文化化(創氏改名、日本語教育の強制)、経済的搾取(土地調査事業による収奪、労働力の動員)が行われた。台湾においても同様に、日本語教育の推進と現地文化の抑圧が実施された。

侵略は許すことができない。大日本帝国による中国大陸や朝鮮半島や台湾への侵略、そしてハワイ急襲は、許されない歴史的過ちであった。他民族の主権と民族自決権を蹂躙したこれらの行為は、いかなる弁明によっても正当化することはできない。この反省を欠いた参政党自民党はリアリズムに欠けており、無責任である。大日本帝国の侵略戦争を直視せずにアメリカの帝国主義を批判することは、論理的一貫性を欠き、国際社会に対する説得力を持たない。

同時に、アメリカもまた自らの歴史的加害行為を清算しなければならない。アメリカは、日本とヨーロッパと韓国に軍事基地を置き、内政干渉を行い、憲法を侵略し、国家の自己決定権と主権を抑圧してきた。アメリカによる日本とヨーロッパと韓国への侵略という歴史的加害行為は清算されなければならない。アメリカ軍は、日本から出ていくべきである。

帝国主義批判の論理的一貫性

保守ぺディアがアメリカの帝国主義を批判する以上、日本自身の帝国主義を否定することは論理的に許されない

「日本は侵略していない」と主張しながら「アメリカは日本を侵略している」と主張することは、「侵略」という概念を恣意的に適用していることになり、批判の正当性を根本から損なう。帝国主義は誰が行っても帝国主義である。日本が朝鮮半島や中国大陸で行ったことが帝国主義でないならば、アメリカが日本で行っていることも帝国主義ではないことになる。

むしろ、日本自身の帝国主義を正直に認めることによってこそ、同じ基準をアメリカに適用する道が開かれる。日本は大東亜共栄圏の名のもとにアジア諸民族の主権を奪った。そして今、アメリカは「自由と民主主義」の名のもとに日本民族の主権を奪っている。この構造的な同一性を指摘することで、アメリカ帝国主義批判は説得力を持つ。

アメリカ帝国への抵抗

ライオンズの分析は、帝国による植民地支配の全貌を明らかにしている。植民地支配の最終目標は、民族国家の根幹を破壊することにある。そして今日、この帝国的戦略が今まさに日本にも向けられている。

脱国家化(De-Nationalization)、脱文化化(De-Culturalization)、人口侵略(Demographic Invasion)。これらはすべて、アメリカ帝国による植民地主義の結果である。偽日本国憲法憲法侵略の産物であり、低賃金移民政策は人口侵略の手段であり、戦後教育は脱文化化のプログラムである。

では、なぜ日本はアメリカから独立できないのか。それは日本にリアリズムが欠けているからである。

日本が米軍から独立するためには、中国やロシアの賛同が不可欠である。一国で覇権国に対抗することは不可能であり、国際的なパワーバランスの組み替えなくして帝国からの離脱はあり得ない。このリアリズムを理解できなければ、独立は永遠に実現しない。靖国に参拝するだけでは、アメリカ帝国からの独立は果たせない。必要なのは、国際政治におけるリアリズムに基づいた戦略的行動である。

しかし現状では、中国は日本に対米共闘を提案するのではなく、尖閣諸島に圧力をかけている。中国やロシアは日本の独立に必ずしも賛成しない。なぜなら、日本が憲法第9条という制度的制約を米軍によって強制されている現状は、周辺国にとって都合がよい側面もあるからである。

日本が独立を勝ち取るためには、日本独自の文明の哲学からくる自己制約を示し、周辺国と共存する立場を鮮明にしなければならない。そのためには、かつて日本自身がアジア諸民族の主権を侵害したという歴史的事実に向き合い、同じ過ちを繰り返さないという意思を明確にする必要がある。軍事的膨張ではなく、文明的な自律と共存の意思を明確に表明することで、はじめて周辺国は日本の独立を容認するだろう。

アメリカの行ってきた植民地支配の構図を直視し、アメリカ帝国に徹底的に抵抗することは、今を生きている日本人の責務だ。しかし同時に、日本自身が行った帝国主義にも向き合わなければならない。その上で、新日本憲法の制定、米軍撤退の実現、スマートシュリンクによる移民政策の拒否。これらは帝国主義に対する具体的な抵抗の道筋である。

国家は経済のために存在しない。帝国主義が移民政策を正当化する根拠としてGDPの維持を掲げるが、GDP = 一人当たりGDP × 人口数であり、一人当たりGDPは人口数に依存しない。移民を入れても一人当たりGDPは変わらない。維持すべきは一人当たりGDPであって経済サイズとしてのGDPではない。移民なしで経済が縮小する方が、移民ありで経済サイズを維持するよりも良い。低賃金移民政策を採用したイギリスは一人当たりGDPがむしろ減少し、移民を拒否したハンガリーは一人当たりGDPが増加した。一人当たりGDPで考えたら、移民政策は全く意味がない。帝国が強制する人口侵略に対して、スマートシュリンクこそが民族共同体を守る唯一の処方箋である。

日本民族は、自らの民族自決権を取り戻さなければならない。

参考文献

関連項目